東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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どらぁ、これでも食っとけ!(自棄)
勢いだけで書いたので、後日修正する可能性大です。

注意・ここから原作無視や激しいキャラ崩壊が始まります。
見るも無残な嫁の姿に涙する人続出だと思われるので、気を付けて下さい。

「見せてみろ、お前の幻想郷を!」と言える恐れ知らずで豪気な方は、孵卵器と契約する覚悟でどうぞ。


5・幻想郷戦隊 アリス6+従者付き(承)

 先代博麗の巫女――逝く――

 

 出会いから丁度一年。

 あの時と同じような、焼けるような日差しの夏だった。

 死因は、限界以上に酷使されていた肉体の崩壊による、様々な病の併発。

 彼女は、致命的なまでに才能がなかった。

 空も飛べず、弾幕も撃てず、霊力を高める事すら出来ない。本当に、黒髪が美しいだけの単なる人間だった。

 しかし、彼女は努力した。それこそ、肉体が限界を迎えて崩壊するほどに。

 魔を払い、悪を断ち、鬼すら屠ると呼ばれた幻想郷最強の巫女は、己の肉体に敗れたのだ。

 彼女は元々、人里に住む単なる村娘だったらしい。

 紫が、何を思って彼女を博麗の巫女に定めたのかは知らないが、彼女は博麗の巫女としての責務を完全にまっとうした。

 彼女の葬式は、人間の関係者だけでしめやかに行われたらしい。

 彼女ほどの人物を失うのは、この理想郷にとって大きな損失だ。私は何度も、彼女に人を捨てるよう提案した。

 だが、彼女は最期まで首を縦には振らなかった。

 強い人だった。とても強い人だった。

 優しく、大らかで、時に少しだけお茶目で。

 太陽を背に、二本の足で大地を堂々と踏み締めているような、人間としての価値を極限まで詰め込んだような人だった。

 霊夢の修行を後一年と残した、ぎりぎりの時間での逝去。

 関係者の誰もが沈み、曇天の空となった幻想郷。

 その時を見計らっていたかの如く、幻想郷へと向けられた最悪の勢力が、紅い閃光となって到来する。

 

 紅魔館による、幻想郷への殴り込みだ。

 

 「運命を操る程度の能力」。

 原作知識を持つ私だからこそ解る。恐らくレミリアは、この運命を待っていたのだ。

 霧の湖近くに出現した紅い洋館は、瞬く間に周囲の妖精や妖怪を力によって屈服させ、一大勢力へと拡大していく。

 そして今宵。上弦の半月が昇る丑三つ時に、私たち幻想郷の妖怪変化は攻めて来た脅威へ対抗するべく集結する事となった。

 

「……ありす」

 

 戦闘準備として人形の上海と蓬莱を徹底的に整備し、紫と博麗神社で合流した私は、他のメンバーとの集合場所へと飛び立とうとした直前、一年という時を過ごしすっかり懐いてくれた霊夢によって袖を引かれた。

 どうも、霊夢の様子がおかしい。

 今回の異変解決には足手まといとして、博麗神社に残される事に不安を抱いているのかもしれない。

 

「どうしたの?」

「……行っちゃダメ。行かないで」

 

 そんな風に思っていた私を見上げる霊夢の顔は、普段の茫洋さを失って激しく瞳を揺らし、今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。

 

 めっちゃ可愛いけど、死亡フラグ立てるのやめて。

 え、霊夢の直感でヤバイって、相当なレベルだよね。

 

 霊夢からの必死の制止に、これから起こる未来をおぼろげに察した私の心境は、コンクリ詰め一歩手前の一般人と相違なかった事だろう。

 だが、ここまで来ておいて「やっぱりいーかない」などと言えば、私の幻想郷での立場は終わる。

 行くも地獄、戻るも地獄。

 ギロチンと絞首台があり、どちらか好きな方を選べと言われているようなものだ。

 正直どちらもごめんこうむりたいが、幻想郷の屋根を借りている店子としては紫からの要請に座して待つ事は出来ない。

 

 どないせいっちゅうんじゃあ。

 

 内心訛り口調になりながらも、私は霊夢を優しく抱き寄せた。

 

「大丈夫よ。心配しないで」

 

 子供特有の甘い匂いにほっこりしながら、精一杯の虚勢を張って霊夢を宥めようとする。

 

 逆に考えるんだ――これから先、死ぬほどの目に合うのが解って良かったと。

 ――って、思える訳ねぇだろこのスカタン!

 

 ナイスミドルのお父さんに、トンファーキックを決める想像でストレスを発散した私は、取り合えず心の平静を取り戻す。

 

「そうそう。何も心配は要らないわ、霊夢。だから橙と仲良くここで待っているのよ――ぷいぃ!?」

 

 顔を近づけ、指を振って余裕を表す紫の顔面に、霊夢の全力ビンタが炸裂する。

 かなり良い音がして、紫が変な声を出しながら大きく仰け反った。

 既視感を起こす光景からも解る通り、霊夢は紫に対して全く懐いていなかった。

 後から来た私の方が霊夢に懐かれ、紫から大層不満を漏らされているのはどうでも良い蛇足だ。

 

「……死なないで」

 

 オーケー霊夢。君はあれだな、実は私に死んで欲しいんだな。

 

「終わったら、皆でお祝いをしましょうね」

「……うん、絶対」

 

 今度は私が、なおも死亡フラグを乱立させようとする霊夢を制し、頭を撫でて頬に軽くキスをする。

 

 よし、これだけ死亡フラグを乱立させとけば、逆に生存フラグがビンビンやで!

 

「うぅ~、いたい~」

「橙、霊夢から目を離しては駄目よ」

「はいっ、お任せ下さい! アリスさん!」

 

 確信という名の現実逃避をした私は、未だ頬を押さえて涙ぐむ紫に替わり、紫の式である藍の式というよく解らない立ち位置に居る凶兆の黒にゃんこ、橙に指示を出しておく。

 霊夢はまだ幼い。もしかすると、異変の元凶に単身で突撃しかねないほどに、行動が危なっかしいのだ。

 

「行くわよ、紫」

「ふんっ。霊夢に好かれてるからって、調子に乗らないで欲しいですわね」

 

 何と言うか、滅茶苦茶小物臭のする紫の台詞を聞き流しながら、空へと飛翔する二人。

 

「行って来ます」

「……行ってらっしゃい」

「皆様のお帰りを、お待ちしております!」

 

 空中から片手を振る私に、霊夢は同じく片手を振って答え、橙は大きく頭を下げて見送ってくれた。

 月夜の空を飛びながら、私はかねてからの疑問を紫へと問うた。

 

「――それで?」

「それで、とは?」

「色々よ。私は来いと言われただけで、詳しい説明は何も聞いていないわ」

「あらあら。貴女ほどの者ならば、もう全てお見通しなのだと思っていましたわ」

 

 んなわけねぇだろ。

 しまいにゃ霊夢みたいに顔面ひっぱたくぞ、このスキマ。

 

 目は口ほどにものを言う。怒りを込めた私の視線に、肩を竦めた紫が前を向きながら説明を開始する。

 

「まず最初に、今回の件は異変ではありません」

「これだけの規模で起こっているのよ。異変でなければ何なの?」

「単なる、妖怪同士の小競り合いよ」

「……」

 

 お、おう……

 

「無理があるわね」

「それを通します。博麗の巫女が動けない以上、人間がこの件を解決する事は不可能だから。しかし、脅威は取り除かねばならない――よって、事を起こした首謀者をこれより説得します」

「どうやって?」

「話し合いで――貴女と他にも呼んだ方々には、悪く言えばそれが終わるまでの露払いに努めて頂きます」

 

 その「話し合い」って、多分相手をフルボッコにした後から始まるんだよね。

 半死半生にした状態で地面に転がして頭蹴り飛ばした後、髪の毛とか掴み上げながら「なぁ、今どういう気分だ?」とか言っちゃう系の「話し合い」だよね。

 

 まぁ、解り易くはある。

 要は、レミリアと紫が肉体言語で話し合いをしてこのバカ騒ぎを止めるまでの間、私たち他のメンバーは紅魔館の面々とお茶でもしばいていれば良い訳だ。

 出来れば争いそのものを回避したい所だが、時間稼ぎだけでよいなら生存率も格段に上がる。

 霊夢の死亡フラグの件もあり、油断は禁物だが小悪魔ぐらいなら今の私でも十分足止め可能だろう。

 そんな事を思っていると、人里近くの空中で指定されていた集合場所に、こちらよりも早く到着している者たちが見えて来た。

 全員、既に私が知り合いになった者たちだ。

 

「誘っておいて後から来るなんて、帰っても良いのかしら?」

 

 最初からどS炸裂の、チェック柄の服を着たボインで綺麗なお姉さん。

 幻想郷において、絶対不可侵の禁忌(タブー)

 「太陽の畑」に居を構える、アルティメットロマンティックRPG(ロケットおっぱい的な意味で)。風見幽香。

 

「ふわぁ~あ――まぁまぁ、お互い報酬は前払いで貰っちゃってるんだし、そんなに目くじらたててちゃ綺麗な顔が台無しよ?」

 

 欠伸をしているのは、本来出て来る季節が違うからか――

 冬に到来する、雪国の白岩さん。

 太ましい黒幕乳業、レティ・ホワイトロック。

 

「おー、アリスなのかー」

 

 人間よりも若干長い犬歯を覗かせて、嬉しそうに私へと笑い掛ける顔からは、彼女が人食い妖怪だとはとても思えない。

 持ちネタの一発芸で一世を風靡する宵闇のロリ、ルーミア。

 

「まだ、一人来ていないようですわね」

『いいや、もう来てるよ』

 

 全員を見渡した紫がポツリと呟けば、どこからか気風の良さそうな少女の声が落ちて来る。

 

「来てくれたのね、ありがとう」

『良いさ、古い友人からの頼み事だ。しこたま上等な酒を飲ませてくれるってんだから、協力するのはやぶさかじゃないよ』

 

 ウェイト、ウェイト。

 いや、地底に居るのは知ってるけどさ。

 何で今、貴女がここに居るの?

 

「誰?」

『伊吹萃香だ。紫から、姿は晒さないようお願いされててね。悪いが声だけで失礼するよ』

 

 恐らく能力で霧に変化しているのか、幽香の問いに辺りへと反響するような声でからからと楽しそうに笑うのは、幻想郷でも忘れられた妖怪最強種族、鬼。

 更に、その頂点に君臨していたお山の大将の一人、ロリと巨娘を両立させる正真正銘の大怪物(ラージャン)、伊吹萃香。

 

 何この最強メンバー、幻想郷の外に世界征服でもしに行くの?

 ていうか、このメンバーなら私いらなくない?

 

 原作が、弾幕ゴッコというルールに則ったシューティングゲームなので、レティやルーミアの実力はいまいち解らない部分があった。

 しかし、実際に出会ってみた私の感想は、それぞれが相当ヤバイ相手だというものだ。

 能力のえげつなさしかり、内在する妖気の高さしかり。はっきり言って、私はこの中の誰かと正面切って戦った場合、五体満足で生き延びられる自信はない。

 

 まぁ、私は萃香以外の皆と既に友達なので、そんな可能性は万に一つもないんだけどね。

 

 この一年で、私の友好範囲は相当に広がった。

 幽香とは、人里の花屋で。

 一見してどSとしか思えないちょっとクセの強い性格だが、草花を虐めるという地雷を踏み抜かない限りは普通に優しく、私が最近始めたハーブなどの家庭菜園についてありがたい助言の数々をくれるどS(淑女)なお姉さんだ。

 レティとは、昨年の冬で。

 彼女自身は、比較的温和な性格なので出会って直ぐに仲良くなれた。

 私の作るスイーツを気に入ってくれて、一緒に作って試食会をしたり、お返しに決して溶けない雪だるまをインテリアとして貰ったりと、女子女子した付き合いの出来る良き友人だ。

 ルーミアとは、人里近くの道端で。

 ぶっ倒れていたところに出くわし、理由を聞いた所「お腹が空いて動けない」というテンプレだったので、家に招いてルパンのカリオストロに出て来たばりのメガモリミートスパゲッティを食べさせたら、なんか懐かれた。

 それから、たまに道端で出会っては餌付け――もとい、食事に誘ったりする近所の子供のような存在だ。

 強大な力を持っているからといって、彼女たちは殺戮を好むイカれた戦闘狂だという解釈は、とんでもない誤解だ。

 幽香は確かにちょっと戦闘民族の血が入っているが、そんな彼女だって友好の相手にいきなり殴り掛かるようなはしたない真似はしない。

 

 で、皆の紹介も脳内で終わった事だし、私は帰って良いかな?

 

 私の口に出さない願いは当然ながら却下され、事態は戦闘前のブリーフィングへと移る。

 

「まずは、集まって頂けた事に感謝を」

 

 まず始めに、紫が皆へと深く腰を折り感謝を示す。

 何気に、幻想郷最強の妖怪からの頭下げである。優越感など微塵もなく、逆に遥か上の立場の人から謝罪されているような居心地の悪さばかりを感じてしまう。

 

「今回の依頼は至って単純。あの屋敷を私の結界によって隔離した後、このスキマの先に居る者と戦って負けない事。相手の生死は問わないわ」

 

 言いながら、それぞれの前に出現するスキマ。ギョロギョロと虚空で動く大量の眼が、大層気持ち悪い。

 最初から解っていた事ではあるが、やはり命のやり取りをするのは気が引ける。

 だが、それでも飲み込まなければ今度はこちらが殺されるのだ。

 嫌でいやでしょうがないが、やるしかない。

 

「レティには、屋敷の外に居る妖怪を相手にして貰うわ。数はおよそ二百。他の人は、館の中に居る主要な妖怪ね」

「えぇ~。そんな大人数、私一人で相手をするの~?」

「中の妖怪は、外の連中を全て束ねても上を行くわ。境界をいじって、結界内の環境も冬に合わせる。貴女の仕事は、この中では一番楽なのよ?」

「まだちょっと眠いから、そのくらいが丁度良いわ~」

 

 一対多数は、レティの能力の独壇場だ。見ているだけなら美しいのだが、敵にとっては単なる拷問。

 その勇姿が見れないのは、果たして幸か不幸か。

 

「レティを含めて、それぞれ相性の良い相手を選んでいるわ。最悪、私が当主の吸血鬼と話を終えるまで持ち堪えてくれていれば良い」

「それは、私を侮った台詞と取って良いのかしら?」

「貴女以外に言ったのよ。一々言わなくても解るでしょうに」

 

 喧嘩腰の幽香に、紫が扇子で口元を隠しながらわずらわしそうに眉をひそめた。

 

「解ったのだー」

 

 ルーミアは相変わらず、本当に解っているのか不明なエヘ顔だ。超可愛い。

 この顔は、霊夢の寝顔と伍するほどだと、私は場違いながら内心で頬を緩ませた。

 

 ふむ。という事は、私の相手は同じ魔法使いという土俵に居るパチュリーか。

 

 勝算は欠片もないが、彼女は喘息持ちだという事前知識がある。時間稼ぎに徹すれば、或いは勝機も見えて来るかもしれない。

 私とて、一年半という期間を魔法使いとして過ごしてきたのだ。研究成果を発揮するには、これ以上のステージはないだろう。

 獣の知性しか持たない木っ端妖怪を相手に戦った事は何度かあるが、格上との実戦はこれが初めて。

 

 イベント戦が、いきなり原作キャラとガチの殺し合いとか……ははっ、ワロス。

 

 出来る事なら今すぐ逃げ出したい。

 だけど、私も幻想郷に生きる一人なのだ。ここで逃げれば、私はこの土地での居場所を失う。

 

「それでは皆様、ご武運を」

 

 その言葉を最後に、紫は自らの生み出したスキマへと消えて行く。

 

 恐い――

 恐い――

 恐い――

 

 

 

 

 

 でも、終わったら霊夢とお祝いするって約束したんだ――それを嘘にしちゃいけない。

 アリス、いけるな。

 よっしゃあ! ファイ・オー!

 

 震える心を何とか滾らせ、私は目の前のスキマへと突入して行った。

 

 

 

 

 

 

「あら、本当に楽な仕事ねー」

 

 レティの戦いは、もう決着が付いていた。

 ごうごうと音すら立てて、大粒の雪が空間全てにぶち撒けられる。

 ただの雪ではない。レティの能力、「寒気を操る程度の能力」を用いて作られた、妖気の結晶。

 その一粒が触れる度、地上に居た妖怪たちの身体が一気に凍り付いていく。

 抵抗もなく雪に埋もれるもの。無理に動こうとして凍った部位が折れてしまうもの。雪に対抗して吐き出した炎ごと、氷の彫像と化すもの。

 阿鼻叫喚の地獄絵図となった地面を他所に、レティはふわふわと気の抜けた調子で空を泳いでいた。

 寒気とは空気、つまりは空間に作用する能力であり、「冬」という最高のフィールドを手にして絶対者となったレティに、敗北する要素などなかった。

 

「あーあ。こんな事なら、アリスと替わって上げれば良かったかなぁ」

 

 友人である魔法使いを思い浮かべ、申し訳なさそうに眉根を下げるレティ。

 

 あの娘は、戦闘をするには優し過ぎる。

 確かに魔力は高いし、見せて貰った魔法は見事だったが、あれは無条件に誰かを殺せる性質ではない。

 

「ま、生きてたら冬にお祝いねー」

 

 悔やんでも悩んでも、現実は変わらない。

 

「季節外れで起こされたから、眠気が取れないのよねー。そんな訳で、おやすみー」

 

 レティは自分の考えを早々に終わらせると、未だ猛然と吹雪が荒れ狂う屋敷の屋根に寝転がり、誰に言っているのか解らない台詞を吐きながら、そのまま夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 スキマを通った幽香の前に現れたのは、前後に果てが見えないほど延々と洋風の廊下が伸びる、鏡の先のような場所だった。

 暴れるには十分な広さを持った空間に、佇むは華人服の女性。

 紅い長髪と若草色の帽子を被った誰かは、薄く笑うような人好きのする表情で幽香を前に拳と手の平を合わせて一礼した。

 

「初めまして。(わたくし)、この紅魔館の門番兼庭師をやっております、紅美鈴と申します」

「風見幽香よ。所属や役柄なんてないわ」

「そうですか。では――」

 

 場違いに見える挨拶を交わした後、美鈴は右手を開いて前へ、左拳を横腰に添えて構えを取る。

 素人目にも解る、武道の構えだ。

 

「へぇ、妖怪が人の技を学んだのね」

「えぇ。浅学菲才の身ではありますが、日々の精進を欠かしてはいません」

「そう、なら――っ!」

 

 何の躊躇もなく、気楽とも言える歩みで近づく幽香の顔に、美鈴の左拳が刺さった。

 一発ではない。更に右、左、そして仰け反った幽香のあご先目掛けて、右の足刀が伸び上がる。

 

「はぁっ!」

 

 裂帛の気合と共に打ち付けられた美鈴の足を、防御する暇もなくまともに食らった幽香は、数歩たたらを踏んで後退り――それだけだった。

 

「ふぅん――まぁまぁ楽しめそうね」

 

 ポケットからハンカチを取り出し、鼻や頬から出た僅かな血を拭いていく幽香。

 隙だらけの行為だが、美鈴は攻めない。否、攻められない。

 

「じゃあ、今度はこっちの番ね」

 

 言うが早いか、ハンカチをポケットへと戻した幽香は、再び正面から美鈴へと近づいて行く。

 策も合理もない、ただの歩み。

 右の手で拳を作り、背筋を使って後ろへと引く。

 あからさまなテレフォンパンチ。そこには武人としての型や、戦闘者として身に付いた独自の構えすら存在しない。

 美鈴からの拳が入る――止まらない。

 美鈴からの掌打が入る――止まらない。

 都合六発。美鈴からの全ての攻撃を素で受け止めた幽香は、自らの拳を全力で打ち出した。

 見事なまでの受け流しで、拳を逸らす美鈴。

 一歩進んで、背後の壁に激突した幽香の拳は、触れた箇所を中心に轟音を伴って巨大なクレーターを出現させた。

 規格外の破壊力を前に、しかし下がった美鈴は薄く笑った最初の表情を崩さない。

 

「あら、はずれ」

 

 自分の拳を見つめ、当たらなかった事を不思議がる幽香。

 

「ですね。では、今度はこちらの番です」

「嫌よ。私は叩くのは好きだけど、叩かれるのは好きじゃないの」

 

 我侭放題の台詞を吐いて、再び幽香が拳を振り上げながら美鈴へ迫る。

 力と技、野生と武の戦いは、周囲を破壊しながら続いていく。

 何時までも、どこまでも――

 

 

 

 

 

「おー」

 

 ルーミアが訪れた場所は、洋館の広い一室だった。

 上空で光るシャンデリア以外、調度品など何もない空虚な空間。

 その中央にナイフを構えて立つのは、メイド服を着た白髪の少女。

 

「おねーさんが、私のお相手なのかー?」

「えぇ、そうね。お嬢様からは油断をするなと聞いていましたが……よもや子供の妖怪とは」

 

 両手を横にして、十字架のような姿勢で小首を傾げるルーミアに、メイド――十六夜咲夜は小さく頭を掻きながら嘆息した。

 

「そうかー。なら、おねーさんは食べても良い人類?」

 

 まるで天気の挨拶をするかのように、捕食の是非を問うルーミア。

 

「アリスがねー、言ってたのだー。「人間を食べたければ、悪い人だけ食べなさい」って。「悪い人間だけ食べてれば、貴女はきっと恨まれないから」って。だから、最初に聞く事にしてるのだー」

 

 成りは小さくとも、ルーミアは妖怪だ。人の(ことわり)の外にあり、人間の常識など通用しない圧倒的な捕食者。

 気付いた時には、ルーミアの目の前に複数のナイフが迫っていた。回避出来る余裕などない。

 しかし、肉に刺さる不快な音は鳴らなかった。替わりに聞こえて来るのは、沼地に足を踏み込んだような汚く耳障りな濁音。

 ルーミアとナイフの間に出現した闇から、ナイフが滑り落ちる。まるで噛み千切られたかのような断面で、ナイフは半ばほどから消失していた。

 「闇を操る程度の能力」。この場合の「闇」とは、能力を使うルーミア本人に他ならない。

 触れた箇所をまとめて抉り食う、凶悪な口腔が宵闇少女の周囲を包む。

 

「私も一つ教えて上げるわ――そういう台詞は、勝者が敗者へするものよ」

 

 ナイフを投げたであろう、咲夜の身体が宙へと浮かぶ。

 それと同時に、無数のナイフが彼女の前に出現した。

 

「そーなのかー」

 

 ルーミアの足元からも、ボコリッと浮いた沼地の気泡の如き闇を皮切りに、宵闇が影となって溢れ出す。

 撃ち出される銀の連弾を、溢れた闇によって丸ごと飲み干しながら、ルーミアの口は笑みの形に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の地下――大図書館では、近くに小悪魔を立たせたパチュリーが、変わらず机で本を読んでいた。

 規則的に捲られるページの音と、大時計の秒針の音だけが満ちる静寂の空間。

 

「――それで隠れているつもりなら、かくれんぼの及第点は上げられないわね」

「え?」

『――ほぅ、気配を断ったわたしに気付くか。面白い』

「えぇ!?」

 

 突然何かを言い始めた主にきょとんとした顔を向ければ、別のどこかから当然のように声が返され、小悪魔は大きく慌てた。

 

「ウチの当主が悪戯好きなの。嬉しくないけれど、お陰で気配を読むのは得意よ」

『はっはっはっ! 良いね、良いね。気に入った!』

 

 机を挟んだパチュリーの前にある椅子に、何かが集い始める。

 まずは角。頭の両端から長く伸びた、実に見事な双角。

 続いて顔。あどけなくもあり、しかし決定的な豪気と傲慢を宿す、強者の笑み。

 続いて身体。丸・三角・四角の分銅を付けた鎖を垂らす、半袖の和服。

 強大な妖気を隠そうともせず滾らせる、化け物の権化が出現した。

 

「名乗ろう、伊吹萃香だ」

「パチュリー・ノーレッジよ――鬼とは、また時代錯誤な者が来たわね」

「ほほぅ、忘れられた我らを知るか。流石に、この場所のカビ臭いにおいを身体に染み込ませるほど、本の虫なだけはあるね」

「お褒めに預かり、光栄だわ」

 

 両足を机に乗せ、喧嘩を売っているとしか思えない萃香の態度を流しながら、パチュリーは読んでいた本を閉じて元の本棚へと転送する。

 

「褒めた次いでに一つ聞きたいんだけどね。わたしの相手は、当主の妹で吸血鬼の片割れだったはずなんだ。紫がわたしに嘘を吐くとは思えないし、どういう理屈か聞いても良いかい?」

「紫――この土地の管理者、八雲紫ね。この幻想郷には、土地を覆う結界を維持する為に彼女の術式が溢れているわ。これだけ時間を貰えば、割り込みの術式を組むくらい訳はない」

 

 まぁ、今回だけしか通用しないでしょうけれどね――

 

 パチュリーは、萃香へ向けた最後の言葉を飲み込んだ。

 

「妹様の相手だから、規格外だろうとは思っていたけれど……貴女が鬼なら話は早いわ」

 

 言いながらかざしたパチュリーの手に、手の平に納まる程度の大きさをした、長方形の箱が出現する。

 

「そいつは何だい?」

「トランプよ。西洋の札遊びの道具ね。不正を疑われないよう、新品を用意したわ」

 

 萃香の疑問に答えながら、パチュリーは箱の封を切ると、そこからカードの束を取り出す。

 

「勝負よ。賭け金は、互いの命」

「っは。最高だよ、アンタ」

 

 相手の情報を揃え、最も効果的な手段で対抗するのは魔法使いにとって戦いの基本だ。

 鬼として、挑まれた勝負に逃げるという選択肢を持たない萃香は、犬歯を剥き出しにして楽しそうに笑う。

 

「勝負の遊びはブラックジャック。まずはルールの説明をして、それから二、三練習した後、本番と行きましょう。先に十勝した方が勝ちよ」

「おいおい、随分気前が良いね。それとも、わたしは舐められているのかな?」

「お互い、時間稼ぎが仕事でしょう? だったらこうして会話を続けるだけで、目的は達成するわ」

「あっははは! 確かにその通りだ!――でもね」

 

 突然机に乗った萃香が、パチュリーの胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「言ったからには、命は賭けなよ?」

 

 肌が触れそうなほど近付けた萃香の顔には、それだけで呑まれてしまいそうなほど凄惨な笑みが浮かんでいた。

 

「――鬼は嘘を嫌うのでしょう? 命知らずな真似をするつもりはないわ」

 

 強烈な殺気を浴びせられながら、パチュリーは平然とした表情でそれを流す。

 パチュリーは、長く生きた魔法使いという人生のあらゆる智を尽くしてでも、萃香を止める覚悟を持っていた。

 今更、死の恐怖など存在しない。

 

「それじゃあ、始めましょうか。小悪魔、紅茶を――貴女は何が良いかしら?」

「酒」

「生憎、以前に当主がワインを飲んで暴れて以来、この図書館は飲酒禁止よ」

 

 後腰から、酒の入った瓢箪を取り出そうとした萃香は、パチュリーに釘を刺されて渋々と元の位置へと戻す。

 

「っちぇ」

 

 唇を尖らせた可愛い小鬼が、不満そうに悪態を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 八雲紫と八雲藍。

 謁見の間を思わせる広い空間の最奥で、階段の上に置かれた王者の椅子から、二者を睥睨するレミリア。

 

「ふん。郷一つを生み出した賢人と聞いて、大層期待していたのだがな。従者を連れねば遊戯の対戦相手と面会も出来ないとは、とんだ拍子抜けだ」

「お初にお目に掛かりますわ。外界から遠路はるばるようこそ、レミリア・スカーレット」

「しかも、名乗りの礼儀も知らない愚女か」

「おイタを仕出かしたお子様に、敬う礼儀がありまして?」

「はっ。我ら妖怪は、何時から他人にお伺いを立ててから暴れる紳士になったんだ? 弱卒が群れた掃き溜めの上に立ち、そんな道理も忘れてしまったか」

 

 レミリアの態度は、どこまでも傲慢だ。

 貴族として、上位者として。今の立ち位置が示すよう紫と藍を完全に見下していた。

 

「よかろう。ならば、私がお前たちに真の闇に生きる者の在り方を教えてやる。当主同士、一対一だ」

 

 『スピア・ザ・グングニル』――

 

 立ち上がり、レミリアが開いた右手から紅の光波が走る。それは一条の槍となってその場に留まり、彼女の手の平へと納まる。

 それを眺める紫は、扇子を開いて口元を隠し、クスクスと肩を震わせて笑い出す。

 

「あら、私は大人ですもの。子供相手に一対一の決闘なんて、幼稚な真似はしないのよ?――藍」

「はっ」

 

 主の命に応え、式神の袖から大量の札が溢れ出す。明らかに袖に入る量を超えた膨大な札が、術者の意思によって集まり輪郭を形作っていく。

 

 式神召喚 『前鬼・後鬼』――

 

 野太い腕を持つ、一角と二角の巨人。札という擬似体で出来た二体の鬼が、紫たちの前に出来上がった。

 

「貴様ぁ!」

 

 神聖な――悪魔にとって神聖な決闘を汚され、怒りを噴出させるレミリアの周り全方位に、紫の作り出したスキマが姿を現す。

 スキマから飛び出すのは、殺傷力を込めた弾幕の群れ。

 

「くっ!」

「さて、お仕置きの時間ですわ」

 

 咄嗟に背中の羽で身体を囲い、紫からの弾幕を防ぐレミリアへと、二鬼の巨人が走り出す。

 紫と藍、二人の完璧な式によって空中に溢れる弾幕に一つたりとも当たらずレミリアの元へと到着した二体の鬼は、未だ防御を続ける吸血鬼へとその豪腕を叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 こんばんはー。今私は、紅魔館の大図書館にお邪魔していまーす(小声)。

 

 ドッキリレポーターの如く、脳内の声を潜めて呟く私。

 

 へぇ、「大」って付くからもっと大きな場所だと思ってたけど、普通の個室くらいしか広さはないね。

 本も小さな本棚があるだけだし。

 あれかな? 実はこの壁を取っ払うと、外には広大な図書空間が広がっていて、ここは読書に集中する為の個室だとか。

 

「だぁれ?」

 

 あー、壁の紅い染みとか、ホラー映画のようにリアルだわー。でも、読書にホラー要素とか普通必要ないよね。

 

「お姉さんは、だぁれ?」

 

 そこな美少女は、日陰の少女パチュリーかな? 背中に宝石とか背負っちゃって、随分イメージと違うね。

 

 

 

 

 

 ――オーケー。現実逃避はここまでだ。

 これ以上は、私の命がマッハで消える。

 

 本がなくて当たり前。ここは大図書館ではなく、一人の少女を閉じ込める為に作られた地下室。

 付いてる染みは、誰のかは知らないが本物の血。

 そして、私の前に立っているのもパチュリーではなく、この地下室に四百九十五年間閉じ込められていた紅魔館の最終兵器(リーサルウェポン)

 その名も――

 

「私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。お姉さん、お名前を教えて?」

 

 私の人生、終了のお知らせ――

 

 




好きなキャラは大体EX化してます。

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