東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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何気に、五十話という区切りの良い場所から最初の異変が始まりですね。
ちょっと嬉しい(*´ω`*)



49・レミリア、カリスマやめるってよ(始ノ三)

 唐突だが、本日私は香霖堂で写真機を購入した。

 記憶にある一般的な物と遜色のない、一眼レフだろう黒の塗装に倍率を調整するレンズが別で取り付けられた極普通のカメラだ。

 香霖堂の商品としては珍しく、損傷の少ないほぼ完品に近い状態で置かれていた為食指が動いてしまった次第である。

 

「――まいどあり」

 

 霖之助に代金として、自分で生成出来るようになった握り拳ほどの魔石(ジェム)の塊と金具用の銀をインゴットに加工したものを渡す。

 片や、無縁塚からの拾いもの。片や、人形素材庫からの湧き出しもの。お互いに手間賃しか掛かっていないという、実に虚しい取引である。

 カメラの背面を開き中を覗いてみると、驚いた事にこちらもほぼ未使用だろうフィルムが顔を出した。元の持ち主は、なくなったこのカメラを探してさぞや嘆いている事だろう。

 シャッターやファインダーの位置などを確認した後、とりあえずカウンターで頬杖を付く霖之助を一枚撮ってみる。

 カシャリッ、と小気味の良い音が店内に響き、記念すべき一枚目のシャッターが切られた。先程フィルムを日に晒してしまったので最初の数枚の画像が焼けてしまったかもしれないが、適当に撮ってフィルムを回せば問題ないだろう。

 そもそも、このフィルム自体が劣化していて使えない可能性もあるのだから、使いきるまでを練習として考えておいた方が良い。

 

「特に、動作に問題はないみたいね」

「現像は出来るのかい?」

「いいえ。今のところは無理ね」

 

 大図書館でやり方を調べるか、もしくはそういった技術を持っているだろう山の組織と繋がりが出来るまでは、このカメラも宝の持ち腐れとなるだろう。

 どのみち、私の行動範囲はそう広くはない。自宅と、紅魔館と、このお店――今はこれだけなのだから。

 「アリス・マーガトロイド」の初登場作品である東方妖々夢――つまりは、春雪異変が始まるまでの我慢である。

 楽しみは後に取っておくというのも、また乙な話だ。

 

「だったら、撮り終ったらまたここに持って来ると良い」

 

 などと考えている私へと、古道具屋さんから意外な申し出があった。

 

「僕は河童や天狗と伝手があるから、現像を頼んであげるよ。替えのフィルム共々、別料金でね」

「ありがとう」

 

 おー、それは大助かりだよ霖ちゃん。

 なんでも自分だけだけでやってると、時間なんてすぐになくなっちゃうからね。

 

 実際、人形の作製と操作の練習、魔法の研究、実験、鍛練――存在意義と生命に関わる最低限の日課だけ考えても、たった二つの項目だけでその日一日の予定を埋める事が出来る私だ。

 それに、幾ら人形たちを操って分担作業が出来るからといってこういった他者との繋がりを捨てるのは、幻想郷という地域社会に生きる者として余りよろしくない。

 

 一人……コミュ障……ぼっち……アッテムト……

 う、頭が……っ。

 

 なんだか良く解らない黒歴史の蓋が開きそうなので全力で無視させて貰うが、つまりはそういう事情だ。

 自分の手である程度練習したら、撮影を専門とする人形を作っても面白いかもしれない。人形のモチーフは、当然あの伝統文屋一択で良いだろう。

 

 何撮ろっかなー。

 風景も良いけど、やはり人物かなー。

 あ、そうだ。

 吸血鬼は鏡に映らないっていうし、写真で撮れるか最初に確認してみよう。そうしよう。

 

 思い立ったが吉日だ。早速、レミリアたちの居る紅魔館にお邪魔させて貰う事にしよう。

 

「それじゃあ、さようなら」

「あぁ。君はたかりもしないしツケもしない上客だから、これからもご贔屓にお願いするよ」

「それは、比べる対象が間違っていると思うわ」

「確かに」

 

 誰とは聞かないけど、逆に言えばそれが許されるくらいそのお客さんたちとは仲が良いって事だよね。

 羨ましいよねぇ、そういう関係って。

 

「――時に、左腕の調子はどうだい?」

 

 去り際に、霖之助が何気ない口調を装ってそう問い掛けて来る。

 わざわざ五体満足なこの身体の一部を切断し、別の部品を取り付けようという正気の沙汰ではない暴挙の片棒を担いだ身としては、やはり負い目を感じているのだろうか。

 

「問題ないわ。この場で動かしていた分にも、別段違和感は感じなかったでしょう?」

 

 確かに肉体を崩壊させるレベルの出力である関係上、機能の一つである「単眼砲(バロウル)」の調整にはまだまだ時間が掛かりそうではある。だが、そういった内部の事情を抜きにすればこの義手は私の身体に十分馴染んでいると言って良い。

 紅魔館との戦争が終わり、私の左腕が偽りの部品になって随分と年季も入って来た。私の愚かさも、霖之助の罪の意識も、全ての不和は時間が解決してくれる。

 

「あぁ、そうだね」

「大丈夫よ。貴方も、パチュリーも、世間知らずな小娘の我侭に付き合わされただけ――本当に、ただそれだけなのだから」

「言葉で言い表すのなら、君の言う通りなのだろうけれどね。だからといってそれをあっさりと納得出来るほど、甲斐性なしではないつもりだよ」

「何か違和感を感じれば、すぐに相談するわ。その辺りも、ちゃんと弁えているわよ」

「弁えている者は、自分の腕を切り落とすなんて発想には至らないものさ」

 

 ごもっともで。

 

「また来るわ」

 

 この話題に関してはどう足掻いても勝てそうにないので、振り向きながら片手を振って退散させて貰う事にする。振っているのは、彼の作ってくれた文字通りの私の義手(片腕)だ。

 悪いのは私だ。霖之助やパチュリーが、何かを背負う必要はない。

 私は、彼らと友人になれた事を心から感謝しているのだから。

 上海と蓬莱を連れて飛び上がった僅かに雲のある空は、吸血鬼起床時間には些か早い太陽が西へと傾き掛けた頃合いだった。

 

 

 

 

 

 

 俗に言う「吸血鬼異変」の後、事後処理の一環として結界によって隔離され陸の孤島と化している紅魔館。

 退屈が緩やかに心を壊死させていく中、昼のテラスには館の主だった者たちが特にする事もなく集っていた。

 天井として大きな日除けのパラソルが差されたテーブルに三名が着き、従者たちがその周囲へと起立している。

 そんな即席の会合場所で、当主である吸血鬼の少女がテーブルに両肘を突き真剣な表情で重々しくその言葉を紡ぐ。

 

「――最近、私のカリスマが減って来ている気がするの」

 

 レミリアからの議題は、聞き間違いかと錯覚するほど実に下らない内容だった。

 心を許した者にしか晒さない彼女のこういった部分が見れる事を、果たして幸運と取るべきか、面倒と取るべきか。

 

「あ、そう」

 

 対面に座るお茶会の友である七曜の魔女は、親友への返信を一言で済ませて自分の分であるショートケーキをフォークによって切り分ける作業へと戻る。

 

「えーと――それは、そのぉ……困りましたねぇ」

 

 レミリアの左後ろに立つ美鈴は、何を言えば良いのか解らず頬を掻いて言葉通りの困り顔だ。

 

「このケーキ、アリスお姉ちゃんがくれたの?」

「えぇ。昨日もまた、図書館へご来訪されていたようで」

「むー、むー。起こしてよぉ」

「申し訳ございません」

 

 レミリアたちと同じテーブルに着くフランと、当主の右隣に居る咲夜に至っては別の会話に熱中し話を聞いてすらいない。

 

「なんとおいたわしい! この小悪魔、お嬢様の深いお嘆きを察して胸が押し潰されんばかりです!」

 

 唯一、パチュリーの右隣に立つ小悪魔だけが全身を使ってその胸中を表現しているが、仕草が大げさ過ぎてどう好意的に解釈してもバカにしているとしか見えなかった。

 

「あ・な・た・た・ち・が! そういう当主を軽んじる態度を取るから、私が周りから侮られるのよ!」

 

 白のテーブルを両手でバシバシと叩きながら、今にも噴火しそうな不満をあらわにするレミリア。その幼い仕草がすでに侮られる要因の一つとなっている事は、自覚していないらしい。

 

「具体的には?」

「貴女が、私からのお茶会の誘いを断ったわ」

「あの時は、アリスからの急ぎの頼まれ事があったと理由を教えたでしょう?」

 

 レミリアからの半眼を受け流し、パチュリーは紅茶を一口含んでからのんきに正当な反論を語る。

 

「他にも、妖精メイドが私とおんなじ格好をしていたり――」

「あぁ、それはアリスですね。この前フラン様にお嬢様の衣装を着せて、他に似合う娘はいないかとご一緒に探されていました」

「楽しかったー!」

「……」

 

 次に答えたのは、咲夜とフランだ。満面の笑みを作る妹を見て、レミリアは続く言葉を言えなくなってしまう。

 

「美鈴と小悪魔が、私に献上せずに美味しいものを食べていたわ」

「えぇ。時々アリスさんから、労いとして軽いお菓子を頂いています」

「同じくですねー」

「アーリースー!」

 

 遂にレミリアの怒りが爆発し、ここに居ない人形遣いへの怨嗟となって響く。

 誰かが困っていれば世話を焼き、妖精メイドたちやフランとの遊び相手になり、お祝いや労いには必ず贈り物を用意する。

 媚びへつらっているのかと思えばそんな気はまるでないらしく、庇護や協力関係の取り引きを打診して来た事は一度もない。

 個を信じ、そして尊ぶ妖怪という種族の中で、アリスの社交性はある種異常といえるほどに高かった。

 妖怪なのに、人間のよう――変化しない表情と抑揚のない声音も相まって、彼女と接する者たちは何時もその距離感を錯覚させられてしまう。

 

「そういう貴女は、アリスから何も貰っていないの?」

「貰っているわよ! えぇ! だから何!?」

 

 パチュリーの問いに、レミリアが吠える。

 真に、暴君極まりない発言である。

 

「大体、アリスが一番私を侮っているのよ! 誰よ、あんな奴を屋敷に入れる許可を出したのは!?」

「間違いなく貴女よ。一応付け足すと、当時の咲夜と私は反対したわ」

 

 当然だ。当時は終結したとはいえ、幻想郷と紅魔館が戦争を起こした直後だったのだ。

 良くてレミリアやフランの首や地位、能力の簒奪を狙った愚者。最低でも、敵対したスキマの間者だと考えるのは当たり前の思考だった。

 しかし、大方の予想を外し結局アリスは何も考えておらず、本人の申し出通り大図書館に保管された本を読む為だけにこの館へと足繁く通っているだけ。今ではもう、疑うのもバカらしいという虚しい空気だけが漂っている有り様だ。

 

「うるさいうるさい! もう、アリスはこれから紅魔館に出入り禁止よ!」

「ぇ……」

 

 多分に嫉妬も含まれているのだろう癇癪を起こしたレミリアの決定に、幸せそうにケーキを食べていたフランの表情が一瞬で曇る。

 

「もう、お姉ちゃんと遊んじゃいけないの……?」

 

 潤んだ瞳に、悲しくも不安げな表情。宝石の羽は垂れ下がり、まるで捨てられた子犬のように上目遣いで姉を見つめている。

 例え血の繋がった姉妹でなくとも、その破壊力は絶大だった。つまり、姉妹であれば殊更に威力は増すわけで――

 

「うぐぅ……っ。そ、そうね私の方にもほんのちょっとだけ問題があったように思わなくもないしあの娘にだけ責任を押し付けるのも紅魔館の当主として狭量が過ぎた部分もなきにしもあらずの可能性はあるのではないかと考えたりもしてて――ねぇ、咲夜!?」

「勿論でございます。お嬢様」

 

 長台詞を息継ぎなしで喋り通し、更には涙目で従者へと助けを求める紅魔館の当主。その従者は心得たもので、うやうやしく腰を折ってレミリアの良く解らない主張へと同意を返す。

 

「流石です、妹様。私が、お嬢様や咲夜さんの目を盗んで伝授した小悪魔四十八手の内が一つ、「抉り込むような上目遣い」を見事に使いこなしておられますっ」

「貴女たちは、一体何をやっているのよ……」

「あはは……」

 

 感動に目頭を押さえる小悪魔には、パチュリーの呆れた溜息と美鈴の苦笑が送られていた。

 なんというか、もうグダグダである。

 

「と、とにかく!」

 

 仕切りなおしとして、椅子から立ち上がったレミリアが両手を腰に当てて精一杯の威厳を見せ付けようとふんぞり返る。

 

「新参の妖精メイドとアリスには、私の偉大なる力をとくと教えてあげる必要があるのよ!」

「そう、頑張って」

「あ・な・た・も・て・つ・だ・う・の!」

 

 完全に他人事を決め込んでいるパチュリーも巻き込んで、ご当主様の今日のお遊びが決定した。

 

「見てなさい。このレミリア・スカーレットの名を魂の奥底に刻み込むほど、皆の度肝を抜いてあげるんだからっ」

 

 この時レミリアの言った「皆」の意味を、ここに居る彼女以外の者たちはまだ理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 紅魔館なう。

 

 人目を気にしながら空を飛ぶのも、紫の敷いた結界を通り過ぎるのも、もう慣れたものだ。

 紅魔館と幻想郷を隔離する結界は、認識を軽く阻害する程度の微弱なものだ。屋敷の存在と位置を知る私には通用すらしない。

 どれだけ分厚く堅牢な結界を張ったとしても、大妖怪として規格外の妖気を持つ当主、術者という一点においては幻想郷の管理者と伍する魔女、問答無用であらゆる現象を「破壊」出来る最終兵器妹等々。中に居る者たちがその気になれば、そんなものはまるで意味がないからだ。

 よって、管理も維持も楽な方法だけを取っているのだろう。

 暇なので、時々紛れ込んで来る妖精を片っ端から掴まえて咲夜にメイドの教育をさせているとレミリアが言っていた。妖精にとっては、非常に理不尽かつ横暴の過ぎる話である。

 

「こんにちわ」

「ようこそ、アリスさん」

 

 挨拶をすると、門番の華人妖怪が笑顔で応対してくれる。閉じられた場所では来客もほとんどないだろうに、彼女は律儀に自分の役目をこなし続けていた。

 

「それでは、中へご案内しましょう」

「ありがとう」

 

 美鈴が世話をしているという花壇には、美鈴が世話をしたのだろうフロックスや色分けされた紫陽花などが見事に咲き誇っている。

 

「何時見ても綺麗ね」

「私のしている事なんて、本当にほんの少しですよ。幽香さんから毎度良い種を頂けるもので、水やりと軽い剪定だけでこんなにも素敵な花を咲かせてくれます」

 

 花を見る美鈴の視線は、とても優しい。まるで人間のように趣味として草花を愛でる彼女は、私と同じで妖怪として酷く歪んでいる存在だと言えるだろう。

 だが、それで良いのだ。変人と狂人の巣窟に今更異常者が二人ほど紛れたところで、気に止める者も居ない。

 

「では、私はこれで――っ!」

 

 扉の前で一礼した直後、何かを察した美鈴が私を抱えて大きく後ろへと跳躍する。

 

「退避、退避ー!」

「あっはははははっ!」

 

 観音開きのドアを開けて雪崩出て来たのは、血相を変えた吸血鬼の姉と大笑いするその妹。そして、メイド長の腕に抱えられた魔女。

 

「「「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」」」

 

 小悪魔を先頭に、似たり寄ったりの格好をした妖精メイドたちも一斉に屋敷の外へと飛び出していく。

 

「何が――」

「伏せなさい!」

 

 私が問うよりも早く、咲夜の腕から解放されたパチュリーが全員の前で魔力による障壁を展開させた。細かな術式を描くよりも、膨大な出力をただ力任せに両手から発するだけの最短最高密度の防御壁。

 一瞬だけ遅れて、屋敷の全体から外へと向けて強烈な閃光と爆裂が発生する。

 鼓膜を痛めるほどの轟音の後、大地を抉り身体が泳いでしまうほどの烈風が吹き荒れる。

 鉄の扉で塞いでいた屋敷の窓が軒並み吹き飛び、ガラスや陶器の砕ける甲高い音が一斉に鳴り響く。

 

「……」

 

 全てが終わった後、残されたのは見るも無残に半壊したかつての紅魔館だった。流石に原型は留めているが、だからといってそのまま普通に住めるような状態ではない。

 最初から最後まで、私は一体何が起こったのかが一切解らず混乱の極みだった。

 

「ふぅー、危なかったわねぇ。流石の私も、この規模の爆発を食らったらかなり痛かったでしょうし」

「あっはははっ、おもしろーい!」

 

 額の汗を拭うレミリアの横で、フランが本当に楽しそうに笑っている。

 

「小悪魔、メイドの点呼を。もしも欠けている娘が居たら、探索を行うわ」

「了解しましたー。まぁ、その場合は普通に死んでるでしょうけどねぇ」

 

 こんな状況にあっても態度を崩さないのは、冷静な咲夜と余裕を持つ小悪魔のどちらもだ。普段通りの彼女たちを見ていると、これも日常の一部なのではと錯覚さえしてしまいそうになる。

 

「レミィッ! 邪魔しないでって言ったでしょう!? お陰で私まで死に掛けたじゃない!」

 

 障壁を消し、大変珍しく怒り心頭のパチュリーが大声で怒鳴りながらレミリアを睨んでいた。

 

「だって、何時まで経ってもチマチマと面倒臭い事をしているのだもの。魔力を注げば完成するのだから、そうしてあげたまでよ」

「術の構成を省略出来るほど、あの魔法陣は単純ではないの! 事前に説明しておいたでしょう!」

「私、知らなーい」

 

 どうやらこの騒動の原因は、レミリアとパチュリーにあるらしい。パチュリーが発動させようとしていたなんらかの魔法を、横槍を入れたレミリアが暴走させたといったところか。

 

「……始まったわ」

 

 七曜の魔女に釣られ視線を上へと向ければ、屋敷の真上にある空に紅い雲の渦が発生し回転を繰り返しながらその勢力を徐々に広げ始めている。

 

「これは?」

「本来なら、一箇所に留まって天候を自由に操作出来る雲の塊りを発生させる魔法よ。趣味の悪い色は、レミィの希望ね」

 

 私が問えば、パチュリーは眉間に皺を寄せつつも答えてくれる。溜息混じりなのは、ご愁傷様と言う他ない。

 

「どうしてそんなものを?」

「何時もの我侭よ。あれを使って、妖精メイドや貴女に自分の素晴らしさを伝えたかったらしいわ」

 

 あれかな。こう、格好良いポーズを取ると背後で雷鳴が起こるとか、そんなのかな。

 ――なるほど、それはカリスマックスですな!

 丁度霖ちゃんの店でキャメラも買ったし、準備万端じゃないですかー!

 さぁレミリア、ポージングはよ。

 

 とはいえ、失敗した魔法が元の通りに発動しているわけもなく、増殖を続ける紅い雲は段々と霧へと変わり大地へと降り注ぎ始める。

 

 あれ? これ、ヤバくね?

 具体的には、紅魔館の周りに張られてる結界も越えてね?

 越えてるっていうか、このままの勢いだと人里とかその先にも普通に届きそうじゃね?

 

 紅い霧が、幻想郷を覆う――

 偶然であれ、必然であれ、力持つ妖怪がこの楽園を揺るがせるほどの悪戯を起こす。それは、幻想郷に住む全ての者たちへの宣戦布告を意味していた。

 箱庭の調和を正す為、悪逆非道の者たちを調伏すべく楽園の管理者が動く。きっと、その相方に黒と白の魔法使いを連れて。

 

「ふふっ、丁度良いわ。あの老害から、そろそろ動けと言われていたし――精々派手に動くとしようじゃないか」

「貴女は……」

 

 笑みを深めるレミリアに、その旧友が額を押さえて左右に振る。全てを読んだ故意なのか、何も解っていない単なる勢いなのか、語られないこの吸血鬼の胸の内はどこまでも謎めいてばかりだ。

 

 さーてっ、と。

 それじゃあ、皆忙しくなりそうだし私は家で裁縫の続きでもしようかなぁ。

 

「アリス、こっちへ」

 

 ん? 何かな咲夜。

 そっちは屋敷の入り口なんですが……

 

「この騒ぎに刺激されて何が来るのか解らない以上、今から帰るのは危険よ。中で隠れていなさい」

 

 いやいや、どう考えてもこれから爆心地になるのはこの館だよね?

 

「ありがたい申し出だけれど――」

「アリス、敵前逃亡は銃殺刑よ。生憎と銃はないから、私の弾幕で良いかしら?」

 

 咲夜からの申し出を丁重に断ろうとした私だが、言い終わるより先に笑顔の暴君から先手を取られてしまう。

 

 何時から私は、紅魔館所属の軍人になったんですかねぇ。レミリア大元帥様。

 

「これから迎撃と侵略の策を練るのだから、万が一にでも貴女から情報を外に漏らされると困るのよ。安全は確保してあげるから、中に居なさい」

「パチュリーまで……」

 

 外部との隔離を行っていた紫の結界を解除しながら、パチュリーまでもが私を引き止め始めた。どうあっても、私をこのまま帰してくれる気はないらしい。

 

「ささ、こちらへどうぞぉ。パチュリー様の研究室には、屋敷の内部と外周を見渡せる水晶があるのできっと退屈はしないと思いますよ」

 

 笑顔の小悪魔に連れられ、私は半ば強制的に屋敷へ滞在する事となった。出来ればこの異変では霊夢たちと関わりたくはなかったのだが、ここまで来ればなるようになると諦めるしかなさそうだ。

 初めてのスペルカード・ルール、初めての弾幕ごっこによる異変――今代の博麗の巫女にとって、初めてとなる大きな事件。

 これが、「紅霧異変」――幻想郷の運命を変える、そんな特別な意味を持つ異変の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

「霊夢! 驚け! 慌てろ! こりゃあ一体何事だ!?」

 

 突如始まった謎の現象に、博麗神社で茶の湯を共にしていた魔理沙が庭へと飛び出し大騒ぎしながら紅い霧によっておおわれていく遠方の空を見た。

 

「あんたは落ち着きなさいよ」

 

 それまで魔理沙の相手をしていた霊夢の方は落ち着いたもので、慌てず騒がず湯飲みで緑茶を啜っている。

 魔理沙の方も、驚いてはいるものの恐れたり気味悪がったりしているわけではない。その証拠に、白黒の少女の顔はプレゼントを前にした子供のように実に活き活きとしたものだ。

 

「事件だぜ! 大事だぜ! ――あ、これが世にいう「異変」って奴か!?」

 

 最後に「異変」と呼べるほどの大規模な事件が起こったのは、十数年前。それも、人間たちとは余り関係のない形で知らぬ間に解決されてしまった。

 つまり、魔理沙にとっては今回の出来事が彼女が初めて自分の身で体験する「異変」なのだ。

 

「ふぅ……面倒ね」

 

 それは、本心から口にしているのだろう。魔理沙と同じ空を見ながら、酷く億劫な溜息を吐き出す霊夢は畳の部屋に座ったまま立ち上がろうとすらしない。

 

「何やってんだよ! 異変解決、妖怪退治が巫女の仕事だろ!?」

「なんで、関係ない貴女も行く気満々なのよ」

 

 鼻息荒く急かす魔理沙に、霊夢は当然の疑問を投げ掛ける。

 

「決まってるだろ! 私も「異変」に参加するからだよ!」

 

 置いてあった箒を自分の腕へと呼び寄せ、普通の魔法使いは不敵な笑みで堂々と宣言した。

 魔法という技術を齧ってはいるものの、魔理沙は結局ただの人間だ。それでも彼女は、博麗の巫女として選ばれた霊夢を生涯のライバルとして定め一歩も引く気はないらしい。

 そして、今の幻想郷にはそれを可能とするまったく新しいルールが広がり始めていた。

 スペルカード・ルール。通称は、弾幕ごっこ。

 一撃決着をむねとし、不殺を基本に美しさと技術を競い合う血の流れない妖怪退治。

 霊夢がその遊戯を提唱してから、今で約半年ほど。天狗の新聞によって瞬く間に広がった情報により、今ではそれなりの人気と周知が行われていた。

 

「負けないぜ、霊夢!」

 

 言うが早いか、魔理沙はそのまま箒に跨り紅の広がるその発生源へと全力で飛翔していく。

 新しいルールは、まだ普及を始めたばかり。異変を起こした主謀者が、従わない可能性は十分にあるだろう。

 しかし、霊夢は魔理沙を引き止めなかった。

 巫女の直感が告げているのだ。この異変は、きっとその為(・・・)に起こされたのだと。

 全てを過去へと封じ込めるこの儀式により、新しい歴史を磐石とする為に。

 

「妖怪の社会も、世知辛いみたいね……」

 

 同情のようで、そこにはなんの感情も込められてはいない。

 「空を飛ぶ」彼女は、あるがままを受け入れる。否定もせず、さりとて肯定もしないまま。

 

「それじゃあ、魔理沙の言う通り妖怪退治といきましょうか」

 

 中々出て来ないやる気をなんとか搾り出そうと白々しい言葉を吐きながら、霊夢はようやく文字通りの意味でも重い腰を上げて立ち上がった。

 妖怪用の霊符は袖の下、対魔針は戸棚の箱に――陰陽玉は、呼べば来る。異変解決と妖怪退治を生業とする彼女の準備は、始めるまでもなく最初から整っているのだ。

 勢いを止めない紅い霧はもう、幻想郷の最果てである博麗神社の空にすら到着している。

 傲慢不遜な人外に、人間の代表として幻想郷の管理者が挑む。それは予定調和でありながら、確かな真剣勝負の始まりだった。

 




アリスさん、観客席にごあんなーい。

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