東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

56 / 119
お、おまたせー(おずおず)

活動報告には書いたのですが、PCぶっ壊れてました(血涙)
辛うじて動くようになったので、またちょもちょも書いております。



55・世界は「Ⅰ」に満ちている

 アリスの人形の修理も終わり、ようやくの対峙となったその場で眩暈が起こり、そして止まる。

 正面に居るアリスを見れば、頭に手を置く彼女も同じ不快感を感じているらしい。この部屋の安全を確保する為、地下室を薄紙一枚世界の外へと分離していた魔法が解けたのだ。

 それは、術者であるパチュリーが魔法の制御を崩してしまうほどの「何か」が起こったという証明。

 

「――パチュリー?」

 

 その事実に気付いたのだろう。私から視線を外し、地上への階段へ目を向けるアリス。

 だが、折角この私が直々にダンスのお誘いをしているというのに、他の女に目移りされるのは少々癪だ。

 

「気にしないで――彼女は、運命に破れたのよ」

 

 運命とは何だ。

 絶対の帰結か?

 不変なる因果か?

 決定された天の采配か?

 私と図書館の親友は、出会うべくして出会ったのか?

 門番と従者たちは、この館へと集うべくして集ったのか?

 私の妹は――あの愚かで愛しい私の妹は、狂うべくして狂ったのか?

 否だ。いずれも否だ。

 居るのだ。

 浮かぶ者が。

 捻じ曲げる者が。

 すり抜ける者が。

 断ち切る者が。

 それすらも、運命という名の演目によって踊らされている喜劇だというのならば、私はその摂理を捻じ伏せる。

 万物に絡みつく、無限に等しいこの長大な糸の全てを操ってみせる。

 私自身が、運命となる。

 

「……」

「まず始めに――貴女に死んで欲しいとは願ったけれど、実際は本当に殺そうというわけではないの」

 

 相変わらず仮面のように変化のない表情でこちらへと視線を戻す人形遣いへと、私は優雅に右手を差し出してみせる。

 互いの視線が交差する瞬間、私は魅了の魔眼を発動させアリスへと誘惑の魔力を放った。

 しかし――やはりというべきか、この魔女には通用しない。

 抵抗しているわけでも、対抗策を講じているわけでもない。魅了の魔力は、確かに彼女の心を捉えている。

 だというのに、彼女には()()()()()()()()がないのだ。

 がらんどうの空間と、ほんの少しの感情()。それが彼女の全てであり、一滴程度の「愛」や「恋」を操られたところで痛くも痒くもないのだろう。

 ありもしないのに――彼女は、その感情を欲するが為に道化を演じ続けている。

 人形を遣う、哀れな人形の魔法使い。

 彼女もまた己の運命にもてあそばれ、それでも抗い続ける道を選んだ者の一人――

 

「「妖精の道」というのを知っているかしら? 妖精たちが異なる集落同士を繋ぐ為に作る、秘密の通路よ。この地の妖精たちを使役する事で、紅魔館にもその通路を通れる「扉」が出来ているわ」

 

 忘れ去られた者たちの行き着く先、幻想郷。

 外の世界で噂を聞き付け、皆と相談してその地へと転移する事を決めはした。だが、だからといって次善の策を何も用意しないわけがない。

 先に述べた通り、決定された運命に変動が生じる可能性が残る以上、私の能力は全知全能とは程遠い。

 私にとって大切なのは、館とその内に住まう者だけだ。我々にとって住み辛い土地であるならば、再度の転移も視野に入れての移住だった。

 

「流石に土地の規模は幻想郷(ここ)と比べるべくもないけれど、外の世界にある妖精の集落の一つに別荘を残しているの――転移出来るのは、総量を問わず一回限り」

 

 それは、追っ手に対する策であり同時に種族の違いを無視して強引に利用する為に生じる、ある種の制約でもある。

 元々は、パチュリーが紅魔館へ住みつく前に使っていた住宅を私が当時の部下に命じて改装させたものだ。魔法使いが暮らすのに、然して不便はないだろう。

 

「……貴女に救われたフランは、貴女という存在に依存を始めているわ」

 

 制御出来ない自身の能力に翻弄され、絶望から死を望むようになってしまったあの娘の心は、私たちでは救えなかった。

 けれど、今度はあの娘を救ったアリスがあの娘の重荷になり始めた。

 これ以上フランの心に踏み込ませた後でアリスが死ねば、今度こそあの娘はもう二度と戻れないほどに壊れてしまう。

 閉じ込める事さえ叶わないほどに、狂ってしまう。

 解っていたのだ、こうなる事は。

 なのに、私は二人の関係を黙認してしまった。先に待つ未来を知りながら、都合の悪い今に目を逸らし続けてしまった。

 

「今ならまだ傷で済むの。今ならまだ、思い出に出来る」

 

 だが、それももう限界だ。

 私の大事なあの娘を、もうこれ以上惑わせるわけにはいかない。

 フランは私の妹で、アリスは私の友人だ。

 二つに一つを選ぶならば――私は当然、最愛の家族を選ぶ。

 どれほど身勝手で利己的な選択であろうと、私だけはあの娘の味方であり続ける。

 それが、姉として生まれた私の矜持。

 

「紅魔の主が、ただ一人の家族の為に友へと願う――どうか、あの娘の幸せの為にこの土地から出て行ってくれ」

 

 当主として、頭は下げない。

 私は、アリスの答えを知っているから。

 彼女が、私の提案を拒む未来を知っているから。

 

「――ごめんなさい」

 

 彼女もまた、謝罪をしつつも頭を下げない。ただ静かにその場でたたずみ、小さく首を振って私の願いを退ける。

 

「私には、この地でなさねばならない事があるの。「私」が生まれてしまったその意味と、あるべき本当の姿を確かめる為に」

「従わなければ、私が貴女を力尽くで幻想郷から叩き出すと言っても?」

「それ、選択肢になっていないわよ」

 

 アリスの背後で、魔法陣が開く。自宅に置いてあるというご自慢の人形を、この場へと転送する為の魔法陣が。

 

「まぁ、その場合は――全力で抵抗させて貰うしかないわね」

 

 出現するのは、見上げるほどの巨躯を持つ全身を黒い布で包んだ人型の人形だった。

 顔には硬質な仮面がはめこまれ、装飾品の額当てから伸びるのは幾つもの長い羽飾り。隻腕の手の平が握るのは、爪を鋭く尖らせる金属の手が付けられたもう一本の腕。

 

「道化か――皮肉が利いている」

「えぇ。この子の名は、あるるかん――私の自信作よ」

 

 キリキリ、キリキリと音を奏で、手に持つ千切れた腕を剣か槍のように構えた大型の人形が構えを取る。

 その背後に立つアリスの左右を固めるのは、双剣と円錐の槍を携える青と赤の小型人形。

 呼び出せる人形は、もっとあるだろうに。一度に操れる人形の数は、こんなものではないだろうに。

 解っているのだ、彼女もまた。

 流石は人形師、芸術に身を捧げただけあって様式美というものを良く理解している。どこかの紫婆とは大違いだ。

 

「ねぇ、レミリア。始める前に、一つだけ聞いても良いかしら」

「えぇ、私が答えられるものであれば」

「私も、貴女も、お互いが譲れないものを抱えているわ。私たちの主張は、決して交わる事はない――その上で、これから何を始めるつもり?」

 

 それが避けられないと知っていて、受け取る覚悟を決める為の質問だ。

 全てを解っていても尋ねて来る。この女のこういうところは、嫌いじゃない。

 

「決まっている――鬱憤晴らしだ!」

 

 両翼を盛大に広げ、床を蹴ってアリスを見下ろせる高さまで高度を上げる。

 私は今、ちゃんと笑えているだろうか。

 私は今、ちゃんと暴君であれているだろうか。

 私は今――ちゃんとあの娘の姉であれているだろうか。

 勝つ意味も、負ける意味もない。ならば、純粋にただ楽しむだけだ。

 

「いくわよ、皆」

 

 さぁ、始めようじゃないかアリス――()()()()()()()怪物よ!

 

 アリスの操る大きな人形が私へと跳躍し、小さな二体の人形が左右へと囲うように動く。

 それが、私とアリスの大喧嘩の始まる合図となった。

 

 

 

 

 

 

 最初に魔法の森の「アリス・マーガトロイド」宅で目覚めた私は、ただの幼子と同じだった。

 魔法を使えるのに魔法を知らず、人形を操れるのに人形を知らない。

 自宅の本棚で最低限の知識を獲得し、人形を解体して構造を理解し、後はひたすら反復と修正の繰り返し。

 幸い、地下の素材庫の材料は毎日夜明けと共に十分な量まで元通りになり、人形格納庫にいたっては増えた人形の数に応じて自動的に空間の拡張が行われるという出鱈目振り。

 潤沢な時間と、豊富な物資。それらを可能とする、摩訶不思議な施設。

 まるで、見も知らない誰かから「早く育て」と急かされているかのように、私は「アリス」としての腕前を上げていった。

 繰り返し、繰り返し――同じ作業ばかりを続けていると、時に余裕や遊び心が出てしまうものだ。

 この子は、そんな私が自分の記憶を元にして作製した、最初の人形。

 勿論、最初から完璧に完成させる事など出来るわけもなく、失敗と試行錯誤の連続だった。

 重心や可動域の調整、構造にギミックを組み込む為のスペースの確保、操作上の問題点の発覚――部品一つから作り直した回数は、百回辺りで数えるのを止めてしまった。

 だが、だからこそ私は学ぶ事が出来た。

 作ってみなければ、確かめてみなければ、何も解らない――当時の私は、そんな簡単な事すら理解していなかったのだ。

 知らない事を知り、足りないものを考え、遠い何時かに感動した憧れの姿を追い求め――私は、ようやくこの子を納得のいく出来栄えにまで作り上げる事が出来た。

 だから、この子は私の人形師としての本当の始まり――

 

「いくわよ、皆」

 

 あるるかんを前衛に据え、上海と蓬莱を左右に飛ばして臨戦態勢とする。

 真剣勝負とはいえ、私もレミリアも相手の命を奪うつもりなど毛頭ない。

 レミリアは強者だ。その実力は、幻想郷という名の人外魔境であっても上から数えた方が早いだろう。

 そんな猛者たちを相手に、今の私の力がどこまで届き得るのかを確かめるのにこれほど適した場面もない。

 魔法使いとして。また、人形遣いとしての技量を最大限試させて頂こう。

 

「「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)」!」

「ふふっ、いくわよっ!」

 

 人形たちの武器に強化呪文を施し、レミリアの動きを捉える為に軽い思考加速の魔法を発動させた段階で、紅の吸血鬼はまず手始めにとあるるかんへと接近し高速の拳打を繰り出す。

 吸血鬼は怪力の持ち主。その見た目に反し、正面から受け止めるには少々重過ぎる一撃だ。

 故に――逸らす。

 

「へぇっ」

 

 人形の動作から察したのか、レミリアの口角が小さく上がる。

 吸血鬼の拳を弾いたあるるかんの動きは、彼女と私が良く知る人物の模倣だった。

 人形が人の形をしている以上、その操作の下地には人間の行う様々な動作が含まれている。

 より素早く、より的確に――突き詰めていった私が辿り着いたのは、武芸をたしなむ紅美鈴その人だ。

 時に毎朝の鍛練を見学させて貰い、自分の身体を使って動作の指導を受け、練習用人形である「殴られ木人くん一号」を提供し実際に目の前で技を披露して貰い――そうして彼女の一挙手一投足を丁寧に人形へと反映させ続けた結果は、ご覧の通り。

 私は人形遣いだ。度重なる練磨と研鑽は、全て人形へと還元されていく。

 

「ふっ、はぁっ!」

 

 二つ目の拳と右からの横蹴りを回避させてところで、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。

 人形の身体がしなり、手に持つ腕を刃に見立てて袈裟切りを放つ。半身となって回避した瞬間に迫るのは、左右からの上海と蓬莱の追撃。

 

「くくっ、温いなっ!」

 

 三体同時の連撃を、レミリアはまるでダンスでも踊るかのように涼しい顔で回避していく。

 

「「浄結水(アクア・クリエイト)」!」

 

 人形に囲まれたレミリアの頭上に、私の呪文により一つの水球が出現する。

 毒でも酸でもない、正真正銘ただの水だ。

 

弾けろ(ブレイク)!」

 

 私が指を鳴らすと同時に水球が弾けて飛沫となり、真下に居るレミリアへと殺到していく。

 吸血鬼は、流れ水の上を渡れない。

 ならば、流れ続ける雨に打たれた場合はどうなるのか。

 身動きが取れなくなる?

 激痛が走る?

 身体が焼ける?

 或いは、何も効果がない?

 その結果は、これから私の親友が教えてくれるに違いない。

 

「くふっ」

 

 多数の水が振り落ちようとする中、レミリアの笑みが深まる。

 

 ちょっ、はやっ!?

 

 今まで手を抜いていたのだろう。更なる俊敏な動作であるるかんの脇を抜け、上海と蓬莱の牽制を最小限の動きで潜り、私へと向けて一直線に突進して来るレミリア。

 遮る者が居なくなった時点で、右手の指二本を自らの唇へと触れた彼女は、完全な無防備を晒す私の眼前へと辿り着いた瞬間その右手の指を今度は私の唇へと押し当てた。

 直後に、ようやく私の降らせた小雨が床へと落ちる音が響く。

 

「ふふっ、残念」

 

 う、美しい……はっ。

 

 エレガントに私との間接キスをかましてくれた悪い少女は、妖艶に笑いながら真横に逸れ背後から追いついた蓬莱の刺突をかわし、更にあるるかんの横蹴りに対し強く地面を蹴って後方へと大きくバク転する事で回避と退避を同時に行ってみせる。

 彼女がその気であれば、今の時点で勝負は付いていた。

 まるで赤子と大人だ。これが、私とレミリアの間に横たわる歴然とした実力の差。

 

 うぅ……完全に遊ばれてるし。

 

 このまま遊ばれてばかりもいられない。負けるにしても、せめて一撃は見舞わなければ決闘を願ったレミリアに申し訳が立たない。

 

「あるるかん、(アン・)(ガルド)――(フレッシュ)

 

 私の操作によってあるるかんが大股を開いて深く腰を落とし、次いで石床の地面にめり込むほどの強烈な振脚と同時に一足飛びでレミリアへと迫る。

 

「「(フレッシュ)()(アンフラメ)」!」

 

 技の名前は、叫んでから殴りにいくスタイル!

 

 人形の手首に施したギミックが作動し、手の平を高速で前後させるピストン運動がさながら豪雨の如き連続の抜き手となって吸血鬼へと襲い掛かった。

 

「かはっ」

 

 人形の技を迎え撃つのは、両手を手刀に構え満面の笑みで呼気を吐き出す紅の暴君。

 金属同士の衝突を思わせる、鋭くも甲高い音が幾度も地下室の内部に響く。

 信じられない光景に、私は思わず息を飲んでしまう。あるるかんの猛攻は、吸血鬼の肌を掠めすらせず全てその手刀によって撃ち落されたのだ。

 

 おいぃっ、あるるかんが隻腕とはいえ、百近い連打の全てに手刀を合わせるってどういう事!?

 一体どんな動体視力と反応速度だ! 化け物か!

 

 そう、彼女は化け物だ。

 生物の天敵。災いの悪魔――どんなに言葉を並べようと足りはしないだろう、絶望という名の具現者。

 

 まだだ、まだ終わらんっ。

 

「「(セント)・ジョージの剣」!」

 

 臆する心に蓋をして、私はあるるかんを更に前進させながら、右前腕部に内蔵された反りのある刃を出現させて強引に切り掛かった。

 

「ふんっ」

 

 呆れか、嘲笑か。レミリアはその場に留まったまま鼻を鳴らし、羽と腕を盾にしてその一撃を待ち構える。

 油断大敵だ。

 侮って貰っては困る。この装備だけは、他の人形たちのそれとはわけが違うのだから。

 この刃に使用されているのは、古道具屋の店主から物々交換で少量だけ譲り受けた神の金属、ヒヒイロノカネ。あるるかんが原作で見せたあの切れ味を再現する為に、手に入れた全てを贅沢に使用した素材だけならば幻想郷においても最高峰の一刀。

 だが、幾ら素材が良くとも私のような二流所が作製した武具だ。正直に言って、この状況では切っ先が三寸めり込めば御の字だろう。

 そんな私の予想に反し、人形の刃は剛力によって防御を固めたレミリアの羽と左腕を碌な抵抗もなくあっさりと切断する。

 

「ぐぅあっ!?」

 

 私自身が予期していなかったのだ。流石のレミリアもここまでの威力は完全に予想外だったらしく、切り離された自分の腕を逆側の手で掴み取り目を白黒させながら後退していく。

 

 うわぁ……ヤバ過ぎでしょ、何今の切れ味。下手したら、防御力マックスの天人さんも切れるんじゃね?

 ――封印しとこう。

 

 今の私に、この金属は過ぎた力だ。身を滅ぼす前に、再びあるるかんの腕の奥へと戻しておく事にしよう。

 この先、使用しなければならないような事態が訪れない事を切に願わずにはいられない。

 

「やってくれたわ――ねっ!」

 

 激痛を笑みに変え、レミリアは切断された腕を私に向かって全力で投げ放つ。飛翔する腕は一瞬で変化を起こし、替わりにレミリアの腕と羽が再生していく。

 

「グルアァァァッ!」

 

 投げ付けられた腕は、真紅の瞳をした黒い狼へと豹変していた。吸血鬼の腕より生み出された小さな獣は、地面に着地する事なく一直線に私へと迫りながら大きな口を開いてその牙を見せ付ける。

 速度は十分だが、軌道が単純なので対処出来ないほどではない。

 

「ギッ、ガヒッ!」

 

 上海の双剣によりその牙を受け止められた黒狼は、蓬莱の槍に脇腹を貫かれ、あるるかんの振り下ろす腕によって首と胴を切り離される。

 

「グアッ! アァァぁァぁぁッ!」

 

 しかし、それでも止まらない。紅い瞳を血走らせ、首だけとなった狼は口から血とよだれを吐き出しながら上海を弾いて床へと落ち、自力で何度も跳ね回って私の喉に喰らい付かんと迫る。

 

 こいつ、首だけで動きよった!

 ところがぎっちょん、私はか弱いだけの乙女じゃありませんの事よ!

 

「「螺光衝霊弾(フェルザレード)」!」

 

 私の右手から、渦巻きながら直進する白い光の帯が首だけ狼へと放たれる。

 軌道が直線でない為回避が困難となるその呪文は、私の首目掛けて飛び掛かろうとしていた黒狼の側頭部を見事に撃ち抜く。

 

「ギャウゥッ!」

 

 悲鳴を上げながら吹き飛び、精神を焼かれた事で灰へと帰る狼の頭部。

 この瞬間も、レミリアへの人形での牽制は始まっている。私は彼女の動きを注視しながら、更に次の呪文を発動させる。

 

「「餓竜咬(ディス・ファング)」!」

 

 私の影が巨大な竜の顎へと変化し、石床を滑ってレミリアの影へと向けてその牙を突き立てんと突進していく。

 精神世界面(アストラル・サイド)のみで行われる攻防。物理的な干渉を一切受け付けないこの呪文は、初見での対処は相当に困難なはずだ。

 

「はっ、下らん児戯かっ!」

 

 なんて思ってた時期が、私にもあったんだぁ……

 

 今度は私が驚く番だ。

 嘲笑うレミリアは両手の爪を高々と振り上げ、影の竜の頭部が重なる石の床へと全力で振り下ろす。

 轟音を伴い周囲へと亀裂が走るほどとなったその一撃は、「影」という別空間に出現させた存在を見事に引き裂きあっさりと消滅させた。

 理屈は不明だが、どうやら私の呪文の内容を看破した上で彼女なりの手段で精神世界面(アストラル・サイド)へと干渉を果たしたらしい。

 

「お返しだ――そらっ!」

「が、ぁっ!?」

 

 動揺したその瞬間、私は何が起こったのかまったく理解出来なかった。

 視線を向けて来たレミリアの瞳が光ったかと思うと、いきなり私の身体が背後の壁にめり込むほどの勢いで吹き飛ばされたのだ。

 

「……か、はぁっ」

 

 意識が明滅し、肺から全ての空気を吐き出しながら、ようやく今の一撃の正体に気付く。

 念力。物体に触れる事なく操作する事を可能とする、吸血鬼の持つ超能力。

 

 ったく次から次へと、出鱈目過ぎんでしょうが!

 自重しろや! このシスコン!

 

「ごほっ――」

 

 咳き込みながら口早に呪文を唱え、私は自分の目の前に私と同じ映像を写した幻影を出現させる。

 ああいった類の能力は、対象を視認出来ないと発動出来ない場合が多い。時間稼ぎにしかならないだろうが、対策は打っておくに越した事はない。

 

 ――ほんなら、もう一体追加でどうだ!

 

「――来なさい、オリンピア!」

 

 呼び掛けに、因縁を含めたあるるかんの兄妹が姿を現す。ウェディングドレスのような純白の衣装を着込む、六腕の一本を欠けさせた女型人形。

 欠損したその腕を使うのは、今もなおレミリアへと攻撃を繰り返す道化の人形。

 

「美しいわね」

 

 そうでしょうとも!

 

「「塵化滅(アッシャー・ディスト)」!」

「っ!? ぐギャアぁぁァッ!」

 

 新手の人形に気を取られた瞬間を逃さず、死角に居た上海を杖として発動させた対死霊(アンデット)用の浄化呪文は、咄嗟に防御として振るわれたレミリアの右腕を黒い灰だけを残して粉微塵に消し飛ばす。

 

「殺す気か!?」

「お互いさまでしょう」

 

 腕を再生させながら睨み付けてくる友人に、私は平坦な声を返答とする。

 今更何を言っているのか。物騒な事を最初に言い始めたのは、彼女の方だろうに。

 というか、本来弱点であるはずの浄化呪文がダメージ止まりにしかならない時点で、どう考えても真っ当な手段で私がこの吸血鬼を殺せるとはとても思えない。

 

「くくっ、恐ろしい女だよ! お前は!」

 

 二つの剣を逆手に急降下する上海の顔面に、カウンターとして放たれたレミリアの右拳が突き刺さる。グシャッ、と鈍い音が鳴り金髪を含めた頭部が彼方へと吹き飛んでいく。

 

「貴様もだ!」

 

 真横から突き込もうとした蓬莱の円錐槍を左の手の平で受け止め、もう一度振るわれる右の豪腕が私の愛娘の頭を抉る。

 

 おまっ、うちの娘たちになんばしよっとかぁっ!

 

「オリンピア! あるるかん!」

「ふふふふっ」

 

 二人の娘が倒れ、私はやけくそ気味に糸を操作しながら魔王レミリアに突貫を仕掛ける。

 正面から突進を開始するオリンピアに合わせ、あるるかんがレミリアの背後を取った。

 

「「羽の(ラ・ダンス・)舞踏(ダン・ヴォラン)」!」

「ふわっ」

 

 奇抜に見える装飾品だとしても、それは私の手で作り出したギミックの一つだ。

 気の抜けた声を漏らすレミリアの全身を捕らえたのは、道化の人形の頭から伸びた幾つもの羽飾り。

 

 幼女、羽、悪戯――後は、解るな?

 

 蠢き走る羽飾りたちが、彼女の衣服の隙間から滑り込み全身の肌にくすぐりの刑を開始する。

 

「く、ふひっ、あはははははっ。こ、こらぁ、あんっ、ちょ、アリスッ、貴女真面目に――っ」

 

 中心の鋼線以外は、本当にただの羽毛の装飾だ。鋼線の柔軟性と長さも十分なので、無理やり引き千切ろうとしても笑っている最中では中々上手くいかない。

 微妙に艶めかしいレミリアの抗議を聞き流し、身動きの取れなくなったレミリアにオリンピアが全ての腕を広げながら辿り着く。

 

 私が真面目じゃないなんて、何時言ったよレミリアたん!

 

「こ、のぉっ!」

 

 それでもなんとか左腕だけは拘束から外し、レミリアはオリンピアの抱擁に合わせて全力で真横へと振り抜いた。

 音を置き去りにするほどの豪爪の一撃は、人形の胴を無残に破砕し腰から下を振るった方角へと吹き飛ばす。

 しかし、上半身は健在だ。これから放つ技の要は、何も失われてはいない。

 

「「聖母の(ラ・サント・ヴィエルジュ)抱擁(・ダンブラスマン)」!」

 

 花嫁の腕たちから伸びる指が、小柄な吸血鬼の背へと突き刺さる。その瞬間内部の機構が作動し、指から生えた同数の注射器から吸血鬼の力の源である紅の液体を一気に奪う。

 

「が、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 レミリアの喉から絶叫が吐き出される。

 オリンピアの胸部に内蔵された強力なポンプによって、両肩の裏に開いた排出口から大量の血液がぶち撒けられていく。

 

「く、がっ。放しな――ぎゃっ、ぐがっ!?」

 

 機を逃さずに畳み掛ける。

 頭部を失ったところで、私の人形が停止などするものか。死んだ振りをさせていた上海と蓬莱を動かし、それぞれの武器でレミリアの両肩を背中から突き刺す事でオリンピアへと縫い付ける。

 

「あるるかん!」

「うがっ!」

 

 更にもう一手。

 羽の拘束をそのままに、今度はあるるかんを片腕と両足まで使ってオリンピアへと抱きつかせる。当然、その間にあるレミリアや上海たちも諸共にだ。

 まるで、大きな団子のように血の床へと転がるレミリアと人形たちの横を走り抜け、私は目的地へと到着を果たす。

 それは、この地下室唯一の出入り口である硬く冷たい金属の扉。

 

「「神滅斬(ラグナ・ブレード)」!」

 

 パチュリーの仕掛けただろう封印に、まともな解呪など試すだけ無駄だ。私は、両手から出現させた虚無の刃で扉ごと掛けられた魔法を袈裟切りに伏す。

 

「逃げるかぁ!」

 

 扉が崩れる音で察したのか、人形団子の中からレミリアの憤りを込めた怒声が響く。

 

 逃げないよ!

 

「すぅ――バースト・リンクッ」

 

 返答する間も惜しいとレミリアの憤怒に言葉を返さず、私は思考だけを一気に限界まで加速させる。

 ここから先は、時間が勝負だ。

 

「ぬ、ぅ――があぁぁぁっ!」

 

 レミリアが拘束を振り払うのと、私が合体呪文を完成させたのはほぼ同時だった。

 

「アリスゥッ! ――っ!?」

 

 鼻血を垂れ流し、限界まで両目を見開く私を視界に捉え、異常を感じたレミリアの表情が引きつる。

 

「ま……っ」

 

 ――沈め。

 

「「浄結水(あ゛グア゛・ぐリ゛エ゛イ゛ドォ)」っ!」

 

 レミリアの制止を聞き入れるわけもなく、重ね過ぎて濁音と化した宣誓によって発動した呪文が私の正面へと具現化した。

 現れた水弾は、最初と同じ両手で抱える程度の一つ――それが、留まる事なく次々と同じ場所へ出現し続ける。

 すでに水の玉ではなく、大河の源泉となった無限の水弾は、地下室という狭い室内を容赦なく埋め尽くしていく。

 レミリアの位置からでは、この水の奔流を回避する事は不可能だ。私は、地上への階段の上を全力で飛翔して背後から迫る水の脅威からの逃走を図る。

 

「「水気術(アクア・ブリーズ)」!」

 

 鼻血を右腕で拭いつつ、水中呼吸を可能とする呪文を発動する。そして、やがて来るだろう下からの衝撃に備え強く自分の身体を抱きすくめた。

 覚悟していた水の勢いは想像通りであり、かくして私は出口を求めて吹き上がる怒涛の勢いに飲まれ、天井や階段へ何度もぶつかりながら地上へと向けて押し出されていく。

 

 いたいいたい! いたいって!

 

 それほど長い時間ではないが、平衡感覚が狂わされるほどの凄まじい攪拌の末にようやく私の身体は水の外へと放り出された。

 

「――ぷぁっ!」

 

 見慣れた石壁と、見慣れた廊下だ。どうやら再び別空間に飛ばされるという事もなく、私は無事に地上へと脱出を果たせたらしい。

 しかし、私には安堵する余裕も休んでいる暇もない。

 最初の確認で、レミリアは雨を避けた。だが、だからといって本当に流水や雨が彼女の弱点になるのかは解らないのだ。

 

「「水竜破(シーブラスト)」」

 

 勿論、簡単に脱出を許すつもりはない。

 吹き上がり続ける水に手を付き、私はとある呪文を発動させる。

 中型帆船を転覆させるほどの津波を発生させるという、本来は河川や海などで使用する呪文だ。私はそれを、レミリアの居るだろう地下室へと放つ。

 止まり掛けていた水の勢いに追加の後押しが入り、部屋の内部は盛大な渦巻き状態となっているに違いない。

 

「「水竜破(シーブラスト)」――「水竜破(シーブラスト)」――」

 

 一定の間隔を保ち、私はその呪文を何度も繰り返し発動させる。

 レミリアの出鱈目振りから考えて、流石に溺れ死ぬまでにはどうにかするのだろう。だが、それまでは可能な限り体力を削らせて貰う。

 階下から溢れる水の勢いが次第に収まり始めた頃、精神世界面(アストラル・サイド)を知覚する私の視界に階段の奥から高速で水中を移動するレミリアの姿が映る。

 

 足止めもここまでか。

 それじゃあ、最後に駄目押しの一発を食らって貰おうかっ。

 三――二――一――今っ!

 

「「覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)」!」

 

 今は廊下の絨毯も濡れてしまっているので、感電を防ぐ為にほんの少しだけ浮いておくのも忘れない。

 魔王の腹心が一、覇王の力を借りた精神と肉体を同時に滅す魔力の雷。

 階段の出口近くの水中に五芒星が出現し、それぞれの頂点へと稲妻が同時に着弾する。そこから更に伸びた覇王の雷撃が、広範囲に渡る周辺へとその力を迸らせる。

 壁を焼き、階段を焦がし、水面を激しく叩く雷の中、レミリアは留まる事なくそのままの勢いで私へと向けて飛び出して来た。

 

「ごっ!?」

 

 レミリアのロケットずつき!

 アリスのきゅうしょにあたった! こうかはばつぐんだ!

 

 ミシッ、と聞きたくもない肋骨の軋む音を内部から耳へと届けられながら、吹き飛んだ私は息も出来ずに背後の壁へと盛大に叩き付けられる。

 

「ぐ、ごほっ、ごほっ……」

「ぶ――ぶばぁ゛っ」

 

 血を混じらせて何度も咳き込む私も酷いが、レミリアの方は更に酷い有り様だ。

 びしょ濡れで背中に刺さった蓬莱の円錐槍を引き抜く彼女は、口や鼻から水中遊泳で飲まされたのだろう水を吐き出し涙と鼻水で見ていられないほどになっている。

 

「げほっ、ごほっ、う゛ぇっほっ――やっで、ぐれる゛じゃない」

「はい、ハンカチ」

 

 流石にこのままだと締まらないので、スカートのポケットに入れてある上海と蓬莱の刺繍が入ったハンカチをレミリアへと投げ渡す。

 当然このハンカチも濡れてはいるが、顔を拭くぐらいは出来るだろう。

 

「ん、ありがと……ちーんっ」

 

 レミリアは受け取った布を広げて顔を何度か往復させた後、背中を丸めて盛大に鼻を噛む。

 

「――次で終わりにしましょうか、レミリア」

「ふぅ……そうね。これ以上やっても、お互いに疲れるだけなのは解ったし。それで良いわ、アリス」

 

 溜息を吐きながら私のハンカチを自分のスカートのポケットへとしまいつつ、コウモリの羽を何度か羽ばたかせて私から軽く距離を取るレミリア。

 提案を飲んでくれた事には感謝するが、その評価ははなはだ不服であると思わざるを得ない。

 

「ふふん、負けて泣くなよ?」

「そっちこそ」

 

 軽口を言い合い、私は精神の集中を開始する。

 レミリアとの決闘。その最後に相応しい呪文と言えば、もうこれしかないだろう。

 

黄昏(たそがれ)よりも(くら)きもの、血の流れより紅きもの――」

 

 両手に集う無色の魔力が、私の詠唱により紅の色へと染まっていく。

 この世界で、私だけが知っている。

 神と争い、その身を分かたれ、極寒の地へと縫い止められながら、全ての終末を夢見る破滅の王――「赤眼の魔王(ルビーアイ)」を知っている。

 

「時の流れに埋れし、偉大なる汝の名において、我ここに闇に誓う――」

 

 私を中心として風が舞い、色を帯びた魔力を加えてその勢いを増していく。

 

「良い風ね――」

 

 対するレミリアの生み出すものも、当然彼女の代名詞である神槍だ。広げた右手より発生した紅の光波が伸び、彼女の身の丈に勝る波動の槍と化す。

 それだけでは留まらず、槍は更に肥大化し最後には一本の柱に見間違うほどの巨人の武器へと進化していく。

 

「我らが前に立ち塞がりし、すべての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを――」

 

 突き出される私の手と、振り被られるレミリアの手――その二つの場所で赫灼(かくしゃく)と照り輝く互いの光が、最高潮にまで膨れ上がった。

 

「「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」!」

「スピア・ザ・グングニル!」

 

 互いの宣誓は同時であり、竜殺しの赤光と神殺しの紅槍が互いを食らわんと激突する。

 爆裂と轟音が私たちの立っていた通路の全てを飲み込み、巻き起こる煙が全てを閉ざす。

 

 あぁ――やっぱり、思ってた通りだ。

 楽しくはなかったけどさ――それでもやっぱり、私も楽しかったよ。

 レミリア――ありがとう。

 

 異変の影で行われた私とレミリアの大ゲンカも、これにて幕だ。

 爆風により三度彼方へと吹き飛ばされながら、私は無二の友人と出会えた喜びを噛み締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは、幻想郷の各地からでも目撃出来るほどの光景だったという。

 空をおおっていた紅の雲が消え去り、降り注いでいた紅い霧も徐々に薄まり始めた頃合い。

 寺子屋の教師であり、人里の守護者でもある慧音は、この異変の始まりから里を訪れ護衛として子供たちと一緒に里の中央にある集会場で夜を明かしていた。

 

「せんせー」

「どうした? どこか痛むのか?」

「ううん、あれー」

 

 そんな彼女の服を引き、不安に当てられ寝付けなかった一人の少年が開かれた障子の窓から覗く空を指差す。

 

「すっげー」

「きれー」

「あれは……紅い、彗星?」

 

 そこに見えるのは、地上から天空を目指す逆へと伸びる流れ星だった。赤い紅い真紅の光が、速度を弛める事なく延々と星たちを目指して突き進んでいく。

 

「――さ、もう寝なさい。起きた頃には、きっともう安全だから」

「「「えー」」」

 

 その現象に危険はないと判断し子供たちを寝かしつけようとする慧音だったが、面白そうなものを見てしまった子供たちは一斉に不満の声を漏らす。

 

「じゃあじゃあ、先生も一緒に寝よう?」

「私が寝るのは、お前たち全員が寝たのを確かめてから――こら、あの光を見るなとは言わないが、この部屋から出る事は許さんぞ」

「うーっ、放せよぉせんせー」

 

 深夜となり、逆に目の冴えてしまって手の付けられなくなった子供たちを相手に、イヤな顔一つせずてきぱきと一人ひとりを各々の布団へと導いていく。

 

「先生――綺麗だね」

「あぁ、そうだな」

 

 子供たちの中では最年長の少年が、慧音と一緒に子供たちを寝かしつけながら窓から立ち昇る流星に見惚れていた。

 

「ねぇ、先生。願いを乗せた流れ星が乗せられた想いを叶えてくれるのなら、昇る星には何を乗せれば良いのかな」

「――さぁ、なんだろうな」

 

 少々夢見がちで本の虫が過ぎる点が珠に瑕だが、勤勉で、それでいて聡明な少年だ。

 もしかすると、慧音ですら気付かない何かを察しているのかもしれない。

 だが、同時にその聡明さは等しく危うさにも繋がっている。他者が気付かない、気付く事の出来ない真実へと辿り着けるその才知は、他者と同じ視線で暮らす事が不可能であるという証明でもあるからだ。

 世界は――時折酷く窮屈だ。

 

「余り見続けるな。魅入られても事だ」

「うん――でも、もう少しだけ」

「……もう少しだけだぞ」

「うん」

 

 慧音は教育者として、この子たちの保護者として、成長していく子供たちへの期待と、同じくらいの不安を感じずにはいられない。

 

 私はこれから、この子たちにどれだけの事をしてやれるのだろうか――

 

 閉ざされた世界の中で、それでも時の流れは止まらない。

 この少年が大人と呼べる年齢になり、誰かを教え育てる立場になった時代で、幻想郷は一体どんな変化を起こしているのか。

 次代を担う者、知識を託す者――そんな連綿とした営みを、余興として眺める人外たち。

 

「……」

「――大丈夫だよ、先生。僕ももう寝るよ、おやすみ」

「あぁ、そうしてくれ。おやすみ」

 

 慧音の不安気な雰囲気を心配されていると捉えたのか、少年は少しだけばつが悪そうにはにかんで自分の布団へと移動していく。

 慧音は――この寺子屋の教師は人間であり、そして人間と共に歩む事を許されない半獣という存在だ。

 十年先で、百年先で、今ここで天使の寝顔を見せてくれている子供たちの全員を看取ったとしても、それでも彼女に時間のもたらす死は訪れない。

 

「……あぁ。確かに、綺麗だな」

 

 窓を閉じようと傍へより、一人慧音は少年と同じように上昇する紅の光へと魅入る。

 きっと届くと、きっと叶うと、そうして光を掴まえようと腕を伸ばし、慧音はそっと手の平を閉じた。

 

「昇る流れ星にはな――きっと、「夢」が込められるべきなんだろうなぁ」

 

 願わくば――どうか、どうか、この子たちに一つでも多くの幸福を。

 

 慧音の夢を乗せた紅色の流星が、空の彼方へと消えていく。徐々に輝きが薄れ、視覚では捉えられないほどの向こう側へと過ぎ去ってしまった。

 

「おやすみ、皆」

 

 音を立てないよう気を付けながら、子供たちを愛する里の守護者はそう呟いてそっと窓を閉じた。

 それは、次の朝日が昇るまでにもう少しだけ時間がありそうな、そんな深く暗い夜の一幕だった――

 




良いかい皆。
モブっていうのはね(ry

今回のVSレミリアは、仲良しなのを強調したくて普段よりも遊び要素を加えてみました。

さぁて、続き書くかぁ(ふんすっ)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。