東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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感想欄を見て、ココと次話の原作解説部分をちょっと変更しました。

何時も様々なご感想、本当にありがとうございます。


6・フラン、四百九十五年の歴史(転)

 誰か来た。私の部屋に誰かが来た。

 人形みたいに綺麗な顔をした、人形みたいなお姉さん。

 

「だぁれ?」

 

 私に気付くと、お姉さんは魔法を使った。

 知っている。私は、その魔法を知っている。

 お姉様の友達が、私に会う時使う魔法。

 自分の前に自分の幻を出して、私に「目」を見せないようにする魔法。

 

「お姉さんは、だぁれ?」

 

 パチェの知り合い?

 

 でも、彼女からはパチェの匂いはしない。

 今度は、彼女の周りから人形が幾つも現れた。

 人形みたいなお姉さんは、人形遣いのお姉さんだった。

 

 なんだか可笑しい。

 

 パチェの代わりに匂って来るのは――「そと」の匂いだ。

 一度も出た事ないけれど、一度も見た事ないけれど、話と匂いだけなら知っている。

 美鈴が良く、綺麗な花を持って来てくれるから。

 お姉様や咲夜が良く、「そと」の話をしてくれるから。

 でも、お姉さんからはあの人たちの匂いもしない。

 それでも、私の知らないお姉さんは、きっと私を知っている。

 私の知らないお姉さんは、私を知ってるお姉さんは、それでも私に会いに来てくれた。

 

 ねぇ、お姉さん――お姉さんなら――

 

「私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。お姉さん、お名前を教えて?」

 

 私を壊して、くれるかな?

 

 

 

 

 

 

 おい、紫。

 私とフランドールの相性の良さってやつを、今北産業で答えてみろよ。

 ひょっとして、霊夢と私の仲の良さに嫉妬心を募らせた結果、ここで私を亡き者にする算段か!?

 

 内心テンパりながら、彼女の姿を確認した時点で私はある魔法を発動させていた。

 幻影魔法の一種で、生み出した一枚の薄い壁に任意の映像を映す魔法だ。私はその魔法で、自分の姿を私の正面へと映し出す。

 フランドールの能力はチートだ。

 「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」。回避も防御も不可能な、一撃即死の絶対攻撃。

 だが、この能力にもご多分に漏れず穴というか、欠点がある。

 彼女――フランドールは、物質の中にもっとも緊張した「目」と呼ばれる部分を視認する事が出来、そこに力を加えるとあっけなく破壊することが出来るのだという。それを自分の手に移して握り潰す事で、対象を破壊するのだ。

 俗に言う「きゅっとしてにゃーん!」というやつである。

 つまり、前提条件として破壊するものの「目」が見えていなければ、能力は発動出来ない。

 よって私は、私とフランとの間に一枚壁を挟む事で、私を直接視認出来ない環境を作ったのだ。

 紫への追求は後だ。何を思って私とフランドールをぶつけたのかは解らないが、妖怪の賢者には深遠な思惑があるのだろう。

 今は、余計な事など考えずに、この場を生き延びる事に全力を尽くさなければ。

 私は更に、転送魔法で家から人形たちを周囲へと呼び寄せる。

 上海、蓬莱を始め、双剣、槍、鉈、盾、盾。その身の丈に近い武器を携えた、その他三体計五体の人形が私を守るように布陣する。

 とりあえず、ここから自己紹介と会話で時間を稼いでみるテストから。

 

「はじめまして。私は、アリス・マーガトロイド。幻想郷に住む魔法使いよ」

「パチェ以外の魔法使いって、初めて見たわ。げんそうきょうってなぁに?」

「貴女たちが転移して来た、この土地の名前よ」

「ふぅん」

 

 気のない返事をしながら、口元に指を当ててそっぽを向くフランドール。

 彼女は原作で、少々気がふれているという表記をされていたが、至って普通の反応だ。

 これは、ひょっとしたら戦闘回避も夢じゃないかもしれない。

 

「私はね、ずっとここに閉じ込められているの」

 

 知っている。理由は定かではないが、フランドールは四百九十五年間、この地下室で幽閉されていた事になっている。

 

 原作で四百九十五年なら、霊夢が幼い今は何年になるんだろうね。

 中国四千年みたいに、ずっと四百九十五年のままなのかな?

 

 そんな阿呆な事を考えていた私の前で、フランドールが突然ブルブルと震え出した。

 

「どうし――」

「あははハははははっ! あははハははははははハハッ!」

 

 前言撤回。この娘、相当キレてるわ。

 

 声を掛けようとした私を遮り、腹を抱え、腰を反り、文字通り狂ったように哄笑を始めるフランドール。正直に言って、滅茶苦茶恐い。

 

「私、アリス()遊ぶ!」

 

 フランドールの狂気を宿した両の紅眼が、真っ直ぐに私を捉えた。

 

 戦闘不可避。ならば、先手必勝!

 

「光よ。我が手に集いて閃光となり、深淵なる闇を打ち払え――「烈閃槍(エルメキア・ランス)」!」

 

 詠唱の後、私の手の平から光波の槍が出現し、フランドールへと突撃する。

 魔法が使えると解った瞬間、私は歓喜した。

 ファンタジーライトノベルという概念を、私に知らしめた傑作。私の「聖典(バイブル)」と言える作品の呪文を、私自身が使える可能性があったからだ。

 詠唱をそらで覚えるほどに堪能した、あの素晴らしい作品の技を、自らの手から生み出したい。

 「最下位の呪文は、丸暗記して唱えるだけで発動する」という原作の記述を頼りに、私の手の平に明りの玉が出現した瞬間、私はこの魔法を極める決意を固めた。

 私の家にあった魔道書の記述と摺り合わせを行い、詠唱で唱える単語の意味を全て理解し、発動させ、次の呪文の研究へと移る。後はもう、その繰り返しだ。

 原作に出て来る上位存在の力を借りた魔法が発動した時点で、私は原作世界を含む平行世界の存在を確信出来た。 

 大雑把にでも理論を把握し、発動までの工程を理解出来ている上に、唱えるべき詠唱まで知っている。

 すでに、完成された答えがあるのだ。後は、私の持つ知識と新しく仕入れた魔法を知識を使って逆算していくだけ。

 楽勝だとは言わないが、何も解らない五里霧中の中を一から手探りで習得していくよりは、遥かに早い期間で技術の錬度を高めていける。

 原作知識という事前情報を下敷きに、研究を重ねて一年半。結果はご覧の通り。

 ここは幻想郷。忘れられ、否定されたものたちが集う世界。

 言葉を借りて説明をするなら、ここは現世から薄紙一枚を隔てた世界。別の世界と、薄紙一枚分だけ近づいた世界。

 だから、他世界の理論も幻想郷(ここ)に届いた。

 こんなものは虚構(フィクション)だ。

 こんな世界、ある訳ない。

 そんな、人々の概念は信仰に近い結晶となり、この失われた箱庭で現実となって顕現する。

 

「ぎぅっ!」

 

 短い悲鳴と共に、フランドールの肩に直撃した光の槍が、その部位を消し飛ばす。

 本来、精神世界面(アストラル・サイド)と呼ばれる私たちの今居る世界と鏡面のような、延長線上にある私たちの魂や精神の存在する場所に干渉し、相手の精神のみにダメージを与えるはずの攻撃なのだが、人間とは違い他者からの恐怖や概念を基盤に身体を形作る妖怪には、こういった直接的な破壊として効果を発揮する。

 人間ならば酷い虚脱感に襲われ、木っ端妖怪であれば一撃で吹き散らす私の魔法は、しっかりと彼女に通用した。

 

 いけるっ。

 

「痛いなぁ……お返しだよ!」

 

 確信を持った私に、フランはすぐさま肩口を再生させると、叫びながら弾幕を振り撒いた。

 例え見なくとも理解出来る、弾幕ごっこ用の非殺傷などではない、妖気を大量に込めた完全な撃滅用の弾幕。

 武器を持つ人形三体を散開させ、盾を持つ二体を私の前で上下に展開。人形たちをすっぽり覆うほどの巨大な盾で、彼女からの弾幕を受け止める。

 人形たちの武器や防具の作成も、「聖典(バイブル)」の知識から。

 研究により精神世界面(アストラル・サイド)を知覚出来るようになった私は、あちらでいう魔族と呼ばれる精神生命体に近い感覚を持っているのだろう。

 平時は精神世界面(アストラル・サイド)に身を置き、物理的な攻撃は一切通用せず、精神世界面(アストラル・サイド)からの攻撃――つまりは精神的な攻撃でしかダメージを与えられないというかなり極悪な生態を持つこの種族たちは、幻想郷の人外たちと多くの共通点を持っている。

 流石の私も、彼らのように「自分を分けて武器や部下を作る」といったスライムみたいな真似は出来ないが、現実よりも精神世界面(アストラル・サイド)方面への強化を施す事で、精神的、概念的な力である魔力や妖気、霊気などに強い素材を生み出す事に成功していた。

 目論見通り、フランドールの弾幕は人形の盾に阻まれ、私には届かない。

 

 さて、お次はこれだ!

 

「永久と無限をたゆたいし、全ての心の源よ。我に集いて力となれ――「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)」!」

 

 最初に放った「烈閃槍(エルメキア・ランス)」と同様の効果を、武器に付与する呪文。

 散開させていた三体の人形が、一斉にフランドールへと襲い掛かる。

 

「ぎゃあうっ!」

 

 上海の剣によって右腕を切断され、先程よりも大きな悲鳴を上げて仰け反るフランドール。

 

「この、ぎぃあっ!?」

 

 残った左手で上海へと殴り掛かろうとした彼女に、開いた右の横腹から蓬莱の円錐槍が突き込まれる。

 最後に、正面から右肩へと縦に鉈を振り降ろした人形の一撃を食らいながら、フランドールはその人形の頭部を掴んでいた。

 

「ぐうぅぅぅ……やったなぁ!」

 

 再生する彼女の怒りを表すように、人形がその怪力によって嫌な音を立てて握り砕かれる。

 

 カトリーーーーヌ!

 

 戦闘用人形には皆に名前を付けていた私は、無残に散った彼女に内心で絶叫を送っていた。

 

 お前の死、無駄にはしねぇ!

 

 私の操る人形たちは、一体一体が真心を込めて作った大事な子供たちだ。

 死んでいった仲間の為にも、このままフランドールを弱らせて無力化してのけよう。

 

「「烈閃槍(エルメキア・ランス)」!」

 

 決意を新たに、私は増援の人形を呼び出しながら、再び閃烈の槍をフランへと放つ。

 

「あっはハハッ! アリスって、とっても強いのね!」

「貴女にそう言って貰えるなら、光栄ね」

 

 私に接近しながら、あっさりと回避したフランドールに人形をけしかけて牽制しつつ、次の一手を思案する。

 

「ねぇアリス! 「死ぬ」って何だか知っている!? 「壊れる」ってどういう事か、私に教えてくれる!?」

 

 人形たちからの攻撃を回避し、後ろへと下がったフランドールが、突然そんな質問を始めた。

 

「お姉様も、パチェも、美鈴も、咲夜も、小悪魔も――口で言うばっかりで、全然教えてくれないの!」

 

 それはそうだろう。

 目の前で死んで見せた所で、見ている本人に「死」の概念を伝える事は不可能だ。

 弱点以外では不死に等しい再生能力を持つ吸血鬼に、本当の意味で「死」を教えるのは相当な難題だと思う。

 

「だから壊すの! 全部殺して壊していったら、何時かはきっと、私にも「死ぬ」って事が解るよね!?」

「無理よ」

 

 今語ったように、どれだけ他人で試しても自分で感覚を掴まない限り、その概念を理解する事は出来ない。

 

「だったら――アリスが教えてよ!」

 

 何時の間にか、フランドールは泣いていた。

 ボロボロと大粒の涙を流し、狂気に染まっていた顔を迷子の子供のようにくしゃくしゃにして、必死に何かを私へと訴えていた。

 

「壊れちゃうの。皆壊れちゃうの――大好きなのに、大好きだから、皆壊れちゃうの」

 

 制御出来ない、己の力に振り回される少女。

 創作で、似たような環境を知る私には解る。解ってしまう。

 いや、この想いは単なる哀れみの感傷だ。本当のフランの苦しみは、私などには到底共有してあげる事の出来ない、とてもとても深いものだ。

 

「大怪我をさせたお姉様に言われた通り、地下に行ったの。我侭言わないで、ずっとずっとここに居るの……」

 

 もう、両者の動きは止まっていた。

 人形たちを自分の周囲へと戻した私の前で、フランは瞳を揺らして泣いている。

 だが、ここで終わるならフランドールは幽閉されてなどいない。彼女がただの少女であるなら、こんな仕打ちは必要ない。

 

「教えてよ――私を壊して、私に教えてよぉ!」

 

 零れる涙をそのままに、狂気と殺気を限界まで滾らせたフランドールが、私へと突撃して来る。

 

 お断りだよ! お嬢様!

 

「「烈閃咆(エルメキア・フレイム)」!」

 

 「烈閃槍(エルメキア・ランス)」の強化版、威力と範囲を拡大した閃光が、フランドールの胴体を撃ち抜く。

 

「あはハはっ! あはっ! あハハははははッ!」

 

 笑っているのか、泣いているのか。彼女自身にも、もう解ってはいないだろう。

 ぐちゃぐちゃになった感情のまま、構わず私へと襲い掛かって来るフランドール。

 

「「餓竜咬(ディス・ファング)」!」

 

 私の呪文に合わせて、フランドールは直線から真横へと軌道を変えた。今まで私が正面からしか魔法を撃たなかった為の回避行動。

 しかし、甘い。

 

「ぐぎゃあぁぁぁ!」

 

 彼女の背後(・・)から伸びた影の顎に自身の影を食われ、肉体の同じ箇所を失うフランドールの口から、高々と絶叫が吐き出された。

 相手の精神と肉体に食らい付く呪文を放ったのは、私の魔法の糸と繋がった上海人形。

 人形たちは、私の武器であり杖だ。接続(リンク)が繋がっている状態で、そこから魔法を放つ練習も怠ってはいない。

 接近を封じ、弾幕を受け止め、その行動を制限していく。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「っ!?」

 

 想定通りに進む戦闘に、内心で僅かに勝利を思い浮かべた私の真横に、突然影が差し込んだ。

 慌ててそちらに目を向ければ、そこには目の前で叫んでいたはずの、フランドール。

 

 禁忌 『フォーオブアカインド』――

 

 フランドールが四人に分裂するという、原作にも登場した反則にもほどがある鬼畜スペルカード。

 今の戦いは、弾幕ごっこなどというお遊びではないのだ。宣言など、必要ない。

 

「「霊皇結魔弾(ヴィスファランク)」! ぐうぅっ!」

 

 咄嗟に、効果の落ちる詠唱破棄で両手に魔力を這わせ、両腕を交差してその拳を受け止めるが、吸血鬼の膂力にしてみれば破城槌の前にポッキーを置くようなものだ。

 骨が折れ、肉の裂ける、どうしようもない破滅の音が、私の身体を楽器に鳴り響く。

 

「ぐっ、がうっ、がはぁっ!」

 

 地を跳ね、転がり、背後の壁へと叩き付けられる私。衝撃により、肺と喉から盛大に空気と血反吐がぶちまけられた。

 戦いを始める前、最初から解っていた事ではあるが――たった一撃で形勢逆転だ。

 傷を癒す呪文も使えるが、フランがそれを律儀に待ってくれるはずもない。

 

 終わった――

 

 遠くで、フランドールの笑い声が聞こえる。

 何とか今まで頑張って来たものの、私は結局、ここで終わる運命らしい。

 

 ここで私が死ねば、原作が崩壊する?

 

 それがどうした。これが現実だ。

 その現実を舐めきっていたつけが、ここで来ただけの話。

 

 紫、ごめん――私、頼まれた仕事、こなせなかった。

 

 心の中で、私は私を頼ってくれた友人に謝罪する。

 

 あぁ――そうだね、解ってる。

 

 今まで使った呪文より、より強い呪文は使えた。

 原作に登場する魔族の王、魔王とその五人の腹心。恐らくは、フランドールより遥かに格上であろう彼らの力を借りた呪文を、私は使う事が出来た。

 吸血鬼に有効な、それこそ彼女が消滅する可能性すらある対死霊者(アンデット)用の浄化呪文も、私は習得していた。

 なのに、使わなかった。

 

 解ってる――もう、解ってるんだ。

 私は――死にたいんだ。

 だってそうだろう?

 私は、アリス・マーガトロイドなんて人物じゃない。

 どこの誰かも知らないけれど、どこかの誰かも覚えてないけど――私は、どこかで生きてたその誰かなのだから。

 

 ひょっとして、次に目を覚ました時には、元の世界に戻れているかもしれない。

 目覚まし時計を止めて、「あ~、なんか凄いリアルな夢を見たなぁ」何て言いながら、顔を洗って歯磨きして、ご飯を食べて仕事や学校に行って――

 帰って来たら、ゲームをやったりマンガを読んだり、テレビの番組やネットの動画を見て泣いたりゲラゲラ笑ったり。

 そういう、どこにでも居るただの人間に戻れているかもしれないじゃないか。

 外に出るのが恐かった。

 外に出て、そこが自分の知る現代の風景ではなく、架空の世界である幻想郷だと知れば、言い訳が出来なくなると身も凍るほどの恐怖だった。

 外に出て、時間が経つのが恐かった。

 幽香、レティ、ルーミア――気安く彼女たちへと近づいたのは、ひょっとして、彼女たちから攻撃されれば死ねるんじゃないかと、密かに思ってしまったからだ。

 死ぬのは恐い。だから、そんな私の抵抗を捻じ伏せて殺してくれる相手を、私は探していた。

 だけど、結局私は皆と仲良くなった。

 日本人らしい日和見主義。皆素敵な人たちばかりで、嫌われたくないと思ってしまった。

 死にたいのに、死にたくない。

 怖くて、恐ろしくて、夜も眠れなかった。

 ――嘘だ。今の私に、そこまで深い感情は芽生えない。

 どこまで高めようとしても、一定の波で止まってしまう。突然の理不尽への怒りも、目の醒めない現実への恐怖も、死ぬ事や殺し合いをする事に対する忌避感も、私は言うほど感じていない。

 だから、私は生きていた。こうしてただただ生きていた。

 だけど、彼女に出会ってしまった。

 私は、彼女に出会って再び気付いてしまった。

 原因は、先代博麗の巫女。

 彼女の印象は、強烈だった。

 人間というものを憧れるには、十分過ぎるほど強い人だった。

 自分が人間だと思い出すには、十分過ぎるほど理不尽な人だった。

 だから、彼女の死を知って、紫の願いにも簡単に応えた。

 紅魔館との戦争。言い訳のしようもない、私が死んでもおかしくない、本物の殺し合い。

 

 ほら、私の願い通り、抗いようもない「死」がこうして私の前に横たわっているじゃないか。

 霊夢――ゴメンね。お祝いの約束、破っちゃうね。

 

 突き出されるフランドールたちの手を前に、私は霞む視界でそれを眺めていた。

 

 これで終わる――これで、終われる――

 

 終われるのに――ここで終わりに出来るのに――ちくしょう――

 

 霊夢を、思い出してしまった。

 泣いてるフランドールのせいで、ほんの一瞬だけ、彼女の泣き顔を思い出してしまった。

 

 ちくしょう、くそ、くそったれ。

 

 頭の中に、幾つもの悪態が際限なく溢れ出す。終わりを望む私の中に、気付いちゃいけないもう一つの心が滲み出す。

 

 死にたくない――死にたくない――

 

 本当に、私はどうしようもないバカだ。

 たった一つの小さな絆で、再び「生」へしがみ付いてしまった。

 死に掛けで、両腕も壊れ、血塗れになりながら――それでも、死にたくないと思ってしまった。

 これも、言うほど強い感情ではない。他の感情より、ほんの少しだけ上だというだけ。

 だけどその感情は、他のどれより強い感情に育ってしまった。

 

 あぁ、フランドール。私はきっと、貴女を殺す――

 恨んでくれて良いよ、憎んでくれて良いよ――

 私は、貴女への罪悪感も高められないから――

 貴女の死を、心の底から苦しむ事の出来ない、最低の女だから――

 

 あぁ――嫌だなぁ――

 

「――バースト・リンク」

 

 私は、終わりを始める魔法を唱えた。

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 人形遣いの魔法使いに、とどめを刺そうと手の平を向けた四人のフランドールは、アリスの変化を肌で感じた。

 彼女の姿が豹変した訳ではない。魔力が異常に高まった訳でも、周囲から何かが出現した訳でもない。

 だが、彼女は唱えた魔法を皮切りにその蒼の双眸を限界まで見開き、鼻から一筋の血を垂れ流し始めた。

 フランドールは知らない。彼女が一体何をしているのかを。

 しかし、アリスは知っている。様々な異世界で語られた、様々な理屈で知っている。

 知識と知識を混ぜ合わせ、知恵によって昇華したから、彼女はそれが真実だと知っている。

 脳の思考が、超加速出来る事を。

 演算した術式を、脳内で留めておける事を。

 呪文と呪文を掛け合わせ、新しい呪文に出来る事を。

 異世界に――もしかしたらこの世界にも、幾つもの世界を創造した混沌の海という、たゆたう母がある事を。

 

「――っ」

 

 全ての呪文を掛け合わせ、人間には発音不可能なただの雑音となったアリスの詠唱により、彼女の周囲全てが揺らぐ。

 満たされた穏やかな白の光は、その一つ一つが両手で輪を作る程度の魔法陣だ。

 無限に湧いたその穴から、指三本程度といった今までよりも小さな人形たちが、各々武器を片手に現れだす。

 一体や二体ではない。百、二百、五百――部屋の半分を埋め尽くすほどの規模で、まるで一つの生物の如く蠢き、それらは一斉にフランドールたちへと襲い掛かった。

 人形たちそのものへと付与されているのは、先の戦闘でも使用した「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)」。精神を切り刻む魔法を受けた無数の兵士が、四対となったフランドールへと殺到する。

 

「あ――」

「ぎ――」

「ぉ――」

 

 抵抗する暇もなく、三体の分身が木っ端微塵に吹き散らされた。

 ざざざざっと巨大な羽虫の音すら立てて、残った最後の本体へと向け、人形たちが彼女の命を喰らわんと迫る。

 

「あぎあぁぁぁァァぁぁぁァァァぁっ!」

 

 激痛を起こす針を全身に刺されたような、常人ならば百度は発狂するだろう痛みが、フランドールを蹂躙していく。

 叫び散らすフランドールの前で、壁に寄り掛かった姿勢で動かないアリスの口から、祈るような透き通った声で呪文の詠唱が開始された。

 

 ――闇よりもなお昏きもの、夜よりもなお深きもの、混沌の海よ、たゆたいしもの、金色なりし闇の王――

 

 フランドールはその呪文を知らない。しかし、彼女は本能でその危険性を理解した。

 

 ――我ここに汝に願う、我ここに汝に誓う――

 

 これは、唱えさせてはいけないものだ。完成させてはいけない魔法だ。

 

「ああぁぁァァぁぁぁぁぁアぁぁぁぁァァァッ!」

 

 『レーヴァテイン』――

 

 右手に生み出そうとした災厄の剣は、百体の人形と相打ちになって食い尽くされた。

 コウモリになって逃げようとした左手は、変化した瞬間打ち落とされた。

 霧にもなれない。こんな場所でなったら、それこそ一瞬で消し飛ばされてしまう。

 

 ――我が前に立ち塞がりし、すべての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを――

 

「やぁめぇろぉオぉォォぉぉオォぉぉぉぉぉっ!」

 

 振動すら伴って放たれるフランドールの咆哮も虚しく、アリスは遂にその呪文を完成させた。

 

 「――「重破斬(ギガ・スレイブ)」」

 

 世界が――揺れた――

 




「スレイヤーズ」は、私のマイ聖典(バイブル)です。

一応ですが、呪文の詠唱破棄は独自設定ですので、あしからず。

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