東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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あけましておめでとうございます!
今年第一弾は、大ちゃんだ!


65・大妖精の居るところ

 誰かが私を、「優しい」と言います。

 妖精の私を、「賢い」と褒めます。

 そんな事ないのに。

 皆、勘違いしてるだけなのに。

 私はただ――「恐がり」なだけなのに。

 

 妖精だって、夢を見ます。

 楽しかったり、悲しかったり、不思議だったり、良く解からなかったり――そんな沢山の夢。

 でも、一番良く見る夢は――恐いこわい炎の夢。

 

 母なる木々が燃えていく――

 美しい草花が焼けていく――

 守るべき大地が――命の生まれる場所が――熱によって渇き、爆ぜ割れ、黒々とした墨へと化していく――

 何もかもが火の海に沈んでいく――絶望の光景――

 

 迫る炎に抗い、無残に燃え散らされていく妖精たち。

 手の平にある誰かの弩が、私にずしりとその重さを伝えて来ます。

 終わりの運命が、世界を飲み込む姿を見せ付けられながら――

 そんな救いの見えない光景の中で、必死にもがく誰かの視線を辿りながら――

 私はただ、見ている事しか許されません。

 目を逸らせば、きっとこの光景は見えなくなるでしょう。

 耳を塞げば、きっとこの全てが燃え散る音は聞こえなくなるでしょう。

 

 恐い――

 

 でも、それは出来ません。

 目を逸らしてしまえば、きっとこの光景を永遠に忘れてしまうから。

 耳を塞いでしまえば、きっとこの音は二度と聞こえなくなるから。

 何時か、何処かで――きっと、この光景は誰かの目の前にあったのだから。

 

 私は、恐い――

 

 私は、どんなに恐くてもこの光景を忘れたくないんです。

 恐くて、苦しくて、起きたらきっとまた泣いてしまうような……そんな恐ろしい光景を、ずっと覚えていていたいんです。

 何時か、何処かで――私の前に、もう一度同じ光景が現れてしまうのではないかと思えてしまうから。

 

 だから私は――

 あの光景を、もう二度と夢の中以外で見ない為に――

 こうしてずっと――

 ただずっと――

 私は、「恐がり」を続けています――

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、アリスさん。突然お邪魔して」

「良いのよ。今日は予定もなかったし、丁度話し相手が欲しかったところなの」

 

 真冬の朝早く、急に家へと訪ねた事を謝る私をリビングへ招き、アリスさんは机を挟んだ対面に座りながら優しい言葉を掛けてくれます。

 人形を操る魔法使い、アリス・マーガトロイドさん。

 とっても強く、とっても優しく、そして――ちょっとだけ恐い妖怪さんです。

 私たちのような妖精も大切に扱い、色々なお菓子や料理をご馳走してくれたりします。

 ちょっとだけ恐い理由は、その変わらない表情と――時々、こちらを観察するようにじっと見つめて来る強い視線を感じるからです。

 

「外は寒かったでしょう? 今、何か温かいものを作るわ」

「そ、そんな事までして貰わなくても――っ」

「遠慮しないで、私が食べたいのよ」

「あうぅ……」

 

 アリスさんは椅子に座ったまま動いていないのに、キッチンからはカチャカチャと音が聞こえて来ます。アリスさんは人形を操る魔法が使えるので、きっと人形が料理をしているのでしょう。

 ほどなくして、何時もアリスさんの傍を飛んでいる青服と赤服の人形たちが運んで出て来たのは、甘い香りの漂うミルクティーとたっぷりのバターと蜂蜜を乗せた二段のパンケーキ。

 ゴクリッ、と自然に私の喉が鳴ります。

 アリスさんの作るお菓子は、とっても美味しいです。

 でも、普段は大勢の妖精に配るので一人が食べられる量は小さいものが一つか二つくらいになります。

 ただお邪魔しただけで、そんな美味しいお菓子をこんなに沢山食べられるだなんて……チルノちゃんたちには、絶対内緒にしておかないといけません。

 多分、皆が聞くとこのパンケーキを食べる為にアリスさんの家へと一斉に押し掛けてしまうでしょうから。

 

「どうぞ、熱い内に召し上がれ――いただきます」

「い、いただきます」

 

 言うが早いか、早速自分のパンケーキをフォークとナイフを使って切り分け始めるアリスさんに合わせて、私も慌てて手を合わせて作って貰ったお菓子を食べます。

 

「ん~っ」

 

 フワフワとしたパンケーキの食感と一緒に、口一杯に広がるバターと蜂蜜の甘み。

 ミルクティーを口に含めば、思わず椅子に座ったまま足をパタパタと振ってしまうほど、幸せな気持ちだけが溢れて来ます。

 

「簡単なものだったけれど、気に入って貰えたようね。良かったわ」

「はいっ、とっても美味しいです!」

「ありがとう」

 

 お礼を言うのは、与えて貰うばかりの私の方です。

 チルノちゃん、魔理沙さん、アリスさん――

 私は、誰かの影に隠れて甘える事しか出来ません。

 

「それで、何か用事かしら」

「は、はい。えと、あの……その、アリスさんにお願いがあるんです」

「お願い?」

「はい……妖怪を、退治して欲しいんです」

 

 最近になって突然湖の中に現れた、水面で遊ぶ妖精たちを丸呑みにしてしまうとても大きくて強い妖怪。

 妖精の皆に危険を伝え湖に近づかないようにお願いしていますが、妖怪を退治しないともう湖で遊ぶ事が出来ません。

 チルノちゃんは自分が退治してやると張り切っていますが、あんな強そうな妖怪に一人で勝つなんて絶対に無理です。

 このままでは、チルノちゃんまであの妖怪に食べられてしまいます。

 他の妖精たちも、チルノちゃんも、勿論アリスさんたちも――食べられてしまうのは、とても嫌です。

 

「妖怪退治なら、霊夢を頼れば良かったのに」

「昨日、霊夢さんにもお願いしたんですけど、「報酬が払えないなら、退治はしない」って断られちゃって……」

「あの娘は……」

「ごめんなさい……」

「貴女が謝る事ではないわよ」

 

 アリスさんはそう言って慰めてくれますが、考えてみれば当たり前の事です。

 霊夢さんは人間の味方ですが、妖精の味方ではありません。だから、報酬なんて用意出来ない私のお願いは断られて当然なのです。

 

「そうね――貴女たち妖精には素材面で色々と助けて貰っているし、私で良ければ力を貸すわ」

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 やっぱり、アリスさんは優しい人です。

 妖精の為に戦ってくれる、強くて、優しくて、賢い人。

 嬉しくなって、美味しいパンケーキがもっと美味しく感じます。

 

「――貴女は、優しいわね」

 

 そうして、笑いながらパクパクとお菓子を食べる私に向けて、アリスさんは小さくポツリと呟きます。

 

「そんな事は……ありません」

 

 食べる手を止めて、私はアリスさんに答えます。

 私は、優しくなんてないから。

 アリスさんに嘘を付いているようで、胸が苦しくなります。

 

 違うのに……

 私はただ、恐いだけなのに……

 失うのが、なくなるのが……恐いだけなのに……

 私は、弱虫で、泣き虫で――恐がりで臆病な、ただの妖精なだけなのに……

 

「……」

 

 結局、他に言える事も思い浮かばずまた一口パンケーキを口に運びます。

 美味しかったパンケーキの味に、なんだか苦さが混じった気がしました。

 

 

 

 

 

 

 純情可憐な大妖精が訪ねてくれるという、素敵過ぎる朝を迎えた私。

 彼女をやや強引に朝食へ誘い、少女として完成していると言っても過言ではない可愛らしい容姿と笑顔をしっかりばっちり堪能させて貰った。

 

 可愛過ぎだろ! なんだこの愛しい生き物は!?

 パンケーキなんて、何枚でも食べて良いのよ!?

 

 そんな彼女からの真摯な頼みを断るという選択肢を、私が選ぶはずもない。

 というわけで、本日の私は珍しく妖怪退治などという荒事を予定して霧の湖へと訪れていた。

 そして、そんな心優しい妖精の笑顔を取り戻すべく霧の湖の上空までやって来たのは、私だけではない。

 

「あたい一人で大丈夫なのに、大ちゃんは心配性なんだから!」

「ごめんね、チルノちゃん」

「いや、大妖精の判断は妥当だろ。ありゃあどう見ても、一人でどうにかなりそうな相手じゃないぜ?」

「木っ端妖怪が成長したにしては、随分な図体ね」

 

 一番先頭で不満げに鼻を鳴らすチルノを宥める大妖精の左右で、魔理沙とパチュリーが下方へと目を向けて討伐対象である妖怪を観察している。

 今回のパーティーメンバーは、私、魔理沙、パチュリー、チルノ、大妖精の五人だ。大妖精は非戦闘員なので、実質は四人だが。

 魔理沙は、私の後に大妖精からの頼みを受けて。パチュリーは、自分の住む屋敷の目と鼻の先で不穏な空気を感じた為に、それぞれこの場へと赴いている。

 

「なんなんだアイツ、龍か?」

「いいえ、もっと低俗な蛇妖の類ね。でも――」

 

 流石のパチュリーも驚いているのか、眉間に皺を寄せて否定の後の言葉を飲み込む。

 でかい。ただひたすらにでかい。

 水面から影が覗くその全長は、恐らく二十メートル以上はあるだろうか。

 長くうねる鱗のない黄土色の皮膚が全身をおおう胴のあちこちに藻を生やし、アンコウを思わせる横幅のある大きな顔面には、びっしりと牙の生えた大口が獲物を求めて開閉を繰り返される。

 

 どう見ても大怪獣です。本当にありがとうございます。

 ワンダとアグロは何処だ。

 

「弾幕勝負を挑んでみる?」

「こちらの言葉を理解出来るとは、とても思えないわね」

 

 七曜の魔女からの軽口に、私もまた敵を見据えながら軽く首を振って否定を返す。

 

 チルノ助よ。

 どうして、こんな超巨大妖怪相手に単身で突っ込んで勝てると思ったよ。

 流石にこれは、無謀過ぎんでしょうが。

 

 逆に、チルノが挑戦するのであればそれほど脅威ではないかもしれないと考えていた、私の楽観を返して欲しい。

 確か、この湖には淡水の人魚姫が住んでいたはずだ。彼女を含め、湖を住処とする妖怪はそれなりに居るだろう。

 その存在を知っている私としては、そんな彼女たちの無事を祈るばかりである。

 というか、この妖怪はどこから湧いて出たのだろうか。

 幾ら霧の湖が広いとはいえ、足繁く紅魔館に通っていた私が今までこんな巨大な妖怪にまるで気付かなかったとは考え辛い。

 つまり、あの海蛇妖怪は今までずっと水底で隠れて暮らしていたか、ここ数日で突然生まれた事になる。

 疑問を解消するには、まず判明している事実から紐解いていくのが近道だろう。

 

「――ねぇ、パチュリー」

「何かしら」

「あの妖怪から、貴女の魔力を感じるのだけれど」

「奇遇ね。私も感じるわ」

 

 なるほど、お前の仕業かい。

 

 私の視線を受けても、パチュリーは素知らぬ顔だ。

 気紛れに合成獣(キメラ)の作製にでも手を出した後、飽きて放り出したのがモリモリ育ったりしたのだろうか。

 少なくとも、彼女が原因の一つで間違いはないだろう。

 紅魔館の中での常識人枠と思わせておいて、実のところ彼女もまた例外に漏れずトラブルメイカーなのだ。

 

「よっしゃー! いっくぜぇぇぇっ!」

「あ、ずるいぞ魔理沙! あたいが倒すんだぞ!」

 

 考察の途中で、血気盛んな魔理沙と彼女に釣られたチルノが打ち合わせもなくいきなり戦端を開く。

 星型の弾幕と氷の弾丸を胴体に食らった妖怪は、特に怯んだ様子もなく悠々と湖面を泳いでいる。当たった箇所の皮膚が削れて血が出ているが、大した怪我ではないらしい。

 だが、どうやらこちらの存在には気付いたようで進行方向を私たちの方角へと向けていた。

 

「貴女たちは、もう少し段取りというものを考えなさい」

「へっ。あんなでかぶつ、全員で好き勝手にやってりゃその内倒せるだろ」

 

 呆れるパチュリーに、八卦炉を取り出して気合十分の魔理沙が笑う。

 

「いいえ、もう終わらせるわ」

 

 やる気満々の白黒魔法使いさんには悪いが、あれだけ大きければ体力や生命力なども規格外のものを持ち合わせているに違いない。

 そんな相手に人海戦術でちまちまとダメージを重ねていっても、時間と体力を消耗させられるだけだ。

 よって、ここは人形すら使わず一撃必殺にて幕引きとさせて貰う。

 

黄昏(たそがれ)よりも(くら)きもの、血の流れより紅きもの――」

 

 両手に集う大量の魔力が、赤色を帯びて発光を開始する。

 「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」――紅霧異変でも使用した、広範囲殲滅呪文。範囲が異常に広く使い所の難しい呪文ではあるが、それは山や平野などへ無差別に発動した場合だ。

 攻撃対象に直撃させた場合、この呪文はまずその対象の精神と肉体をズタズタに引き裂き、しかる後に残った余波を周囲へと炸裂させる。

 つまり、的が巨大であればあるほど、その力が強大であればあるほど、周囲への被害は抑えられるというわけだ。

 水面を弾いて津波ぐらいは起こるかもしれないが、それでも無為に時間を費やすよりは堅実な手段だろう。

 しかし、私の考えは甘過ぎた。

 私の詠唱が終わる直前、海蛇が鎌首をもたげこちらへと顔を向けて大口を開ける。

 その巨大な喉奥から光が灯り、一気に光量を跳ね上げた。

 

 ちょっ、怪獣らしく口からビーム!?

 撃ち合いになる!

 

「「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」!」

 

 真上から叩き込まれる赤光と、真下から伸び上がった閃光が真正面からぶつかり合う。

 空中で、両者の衝突によって生じた激しい空気の振動が弾け、周囲へと轟音を轟かせる。

 

「やったか!?」

「うぉぉ、やったのか!?」

 

 魔理沙、チルノ……それ、フラグや。

 

 押し勝ったのは私の呪文だが、大部分を相殺されてしまった為にまだ妖怪は健在だ。

 煙が晴れた先で、顔面の一部を吹き飛ばされ長い背に大きな傷が走る蛇妖が私たちへ向けて()()していた。

 

 飛んだぁ!

 なんでもありか、こんちくしょう!

 

「わざわざ、相手のフィールドに入る必要はないわ。このまま、同じ魔法を二、三発叩き込んで終わらせましょう」

「そうね」

 

 再び妖怪の口から走る閃光を大きく旋回して回避しながら、私はパチュリーからの提案に頷いた。

 多少相殺されたとしても、確実に大ダメージを負わせる手段は判明したのだ。後は、同じ手順を繰り返しあの妖怪の顔面をふっ飛ばせば討伐完了である。

 その巨大な見た目の通り、海蛇の妖怪の飛行速度は随分と遅い。正面にさえ立たなければあの閃光を食らう心配もないので、それほど危険もないだろう。

 

「へへっ、負けてられるかってんだ!」

「あたいだって!」

「魔理沙っ、チルノっ。止めなさいっ」

 

 動きが鈍重なだけで――否、だからこそ、その巨体から繰り出される攻撃は人間や妖精が食らえば確実に即死してしまうほどの一撃となるだろう。

 わざわざ危険を承知で飛び込もうとする魔理沙とチルノを呼び止めるが、こちらの心配など二人はまるでお構いなしだ。

 

「食らいやがれ!」

 

 恋符 『マスタースパーク』――

 

 恋の魔法使いの十八番である、八卦炉からの熱波が振り向こうとしていた蛇妖の横面を焼く。

 

「はらわたをぶちまけろぉぉぉ!」

 

 氷符 『ソードフリーザー』――

 

 相手が怯んだ隙を逃さず、両手に合計八本という氷による長剣を指で挟める限り生み出した氷妖が、物騒な雄叫びと共に高速で縦に回転しながら突撃しその刃を全力で首筋近くへと叩き込む。

 

「……っ」

 

 柄がめり込むほどまで深く刃が突き刺さり、蛇妖の顔へと僅かに苦悶が浮かぶ。

 効いてはいる。だが、やはりとどめとするには余りに浅い。

 

「パチュリー、援護をお願い。黄昏(たそがれ)よりも(くら)きもの、血の流れより紅きもの――」

 

 答えは聞かず、再び「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」の詠唱を開始する私。

 集う魔力に反応し、魔理沙たちと小競り合いを続けていた妖怪の顔面がこちらへと旋回する。一度食らった事で、私の呪文を警戒しているのかもしれない。

 上位の呪文は、術の発動に集中しなければならない為回避が疎かになってしまう。

 動きを止めた私は、さぞや格好の獲物に映っている事だろう。

 安心して自分の命を預けられる友達が居るからこそ、私は自ら喜んで囮役を買って出る。

 

「はぁ……面倒ね」

 

 文句を言いながらも、パチュリーは私と妖怪の間に立ち掲げた右手より一枚のスペル・カードを出現させた。

 

「――悶え苦しめ」

 

 金&水符 『マーキュリポイズン』――

 

 身も凍るような冷酷なる宣言によって魔力の札が虚空へと溶けた直後、ゴポリッという気泡の音を皮切りに蛇妖の顔面を銀色の液体が包み込む。

 

「……っ!」

 

 水銀――常温で固形化しない稀有な金属は、生物にとって強烈な毒性を持つ。

 呼吸も出来ず、ただ毒を飲むしかない蛇妖が空中でのた打ち回り必死にもがく。しかし、陽光を反射する銀の水は無限に生まれ決して相手を逃さない。

 

 うわぁぁぁ……パッちゃん、えっぐぅ。

 なんだか、海蛇もどきが可哀想になってきちゃったよ。

 

「魔理沙、チルノ! 離れて!」

 

 しかし、倒すと決めた以上情けは無用だ。

 ブレスどころか身動きすら封じられた妖怪は、最早ただの的でしかない。

 妖怪から距離を開けるよう指示を出し、臨界に達した両手を正面に重ねて照準を付ける。

 

「「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」!」

 

 空色さえも朱に染める、強烈な閃光。

 空に爆裂の花が咲き、怪物の肉片が周囲へと飛び散る。

 

 ――やったか!?

 

 ここまで完璧に捉えたのだから、この台詞を言いたくもなるのも仕方がない。

 顔面どころか、体長を半分近くまで失った妖怪の死骸が空中から湖へと落ちていく。

 体積が多少少なくなったところで、その巨体は十分な質量だ。派手に着水の音を奏で、周囲に大波の波紋を生む。

 

「へへんっ! やっぱり、あたいったら最強ね!」

「何言ってんだ。お前はあんまり活躍してないだろ」

「何さ! 魔理沙の方が、あたいよりずっとへなちょこだったじゃない!」

「んだとぉ、このチビガキ妖精!」

「ガキって言う方がガキなんだよ! べーだ!」

「ケ、ケンカはダメだよぉ……」

 

 墜落した妖怪に近づきピクリとも動かないのを確認した後、勝利の高揚に乗せられてケンカを始めるチルノと魔理沙を、遠くに避難していた大妖精が戻って来て仲裁に入る。

 しかし、和やかな雰囲気が訪れる事は許されていなかった。

 事態はまだ、勝利には届いていなかったのだ。

 勝って兜の緒を締めよ、とはこの事か。

 魔理沙たちの元気の良さに呆れる私の目に、頭部を失って絶命したはずの巨体から突如として湧き上がる魔力が映し出される。

 

「まだ生きているわ! 離れなさい!」

「え?」

 

 私の警告も虚しく、チルノへと最後の悪意が伸びる。

 

「しぶといんだよっ!」

 

 魔理沙が迎え撃つべく構える――

 

「魔理沙さん!」

 

 大妖精が庇う――

 

 目まぐるしく動くその一瞬で、私に出来たのは――一つだけ。

 もう二度と失わない為に、新しく生み出した切り札を切る事だけだった。

 

 

 

 

 

 

「魔理沙さん!」

 

 妖精ではない魔理沙さんは、チルノちゃんと違って私の瞬間移動で連れて行けません。

 

 だから――ごめんなさいっ。

 

 弩なんて、撃ってる暇なんてありません。

 私の危機に身体の中から現れようとする()()を強引に押さえ込み、チルノちゃんと魔理沙さんを思いっきり突き飛ばします。

 

「大ちゃん!?」

「大妖精!」

 

 二人が同時に、私を――私の後ろ見て叫びます。

 振り向いた先にあるのは、失った頭を瞬時に再生させこちらへと生え伸びて来る歯のない大口。

 もう、何もかもが間に合いません。

 

 あぁ、良かった――

 チルノちゃんが無事で――

 魔理沙さんが無事で――

 ほら、私はやっぱり――「恐がり」だ――

 

「ごめんね――チルノちゃん」

 

 友達への別れの言葉を最後に、私はその大口に飲み込まれる――はずでした。

 閃光――一瞬だけ目の眩むようなとても強い光に包まれ、何も見えなくなってしまいます。

 

「――まったく、無茶をするわね」

「アリス……さん……?」

 

 目を開けた時。チルノちゃんたちを庇った私の前に立っていたのは、離れた場所で私たちに危険を伝えてくれたアリスさんでした。

 アリスさんの前では、私へと伸びた勢いのまま左右に割られた妖怪の顔が力を失って落ちていきます。

 アリスさんの右手を見れば、そこから陽炎のように揺らぐ何かの光が消えていく途中でした。

 瞬きしたほんの短い時間で、何が起こったのかまったく解かりません。

 今度こそちゃんと退治されたのか、妖怪の身体はぐずぐずと崩れて湖へと溶けるようになくなっていきます。

 

「大妖精――助かってくれて、ありが……とう……」

「ア、アリスさん!?」

 

 アリスさんは、混乱する私の頭を撫で――そして、突然ぐらりと揺れてそのまま倒れてしまいます。

 慌てて抱き止めなければ、きっと湖に落ちていたでしょう。

 

「アリスさん!? アリスさん!?」

「どうやら、まだ死んではいないようね――」

 

 声を掛けても返事をしてくれないアリスさんの額や手首に触れて、何かを確認するパチュリーさん。

 

「魔理沙、紅魔館へ運ぶわ。そのまま連れて来なさい」

「お、おう」

「パチュリーさん、アリスさんは大丈夫なんですか!?」

「知らないわよ」

 

 私の質問に、パチュリーさんはそんな冷たい答えを返して去って行きます。

 

「悪い、大妖精。急いで運ぶから、アリスを私の後ろに乗せて担がせてくれ」

「魔理沙さん……アリスさんを、アリスさんをお願いします……っ」

「大丈夫だって。コイツのしぶとさは、ゴキブリだって真っ青だ」

 

 箒に乗った魔理沙さんは、アリスさんを受け取った後私を慰めるように軽く笑って飛び去りました。

 何も解からない私も、私を助ける為にアリスさんが倒れてしまった事だけは解かります。

 パチュリーさんは、アリスさんの友達です。

 アリスさんが倒れる原因を作った私に、怒っているのかも知れません。

 

「大ちゃん!」

「チルノちゃん……」

 

 迷惑を掛けて落ち込んでいる私に、チルノちゃんが大粒の涙を流しながら抱き付いて来ます。

 

「ばがぁっ! ばがぁっ! じんばいじだんだがらぁっ!」

 

 心配してくれる友達の涙が嬉しくて、その滅茶苦茶になった顔が可笑しくて、私もチルノちゃんを抱き返します。

 

「……泣き過ぎだよ、チルノちゃん」

 

 眠っているアリスさんの傍で騒ぐのは、迷惑になってしまいます。

 チルノちゃんが泣き止んだら、私たちもアリスさんのお見舞いに行きましょう。

 私みたいな妖精の為に頑張ってくれた命の恩人に、沢山のお礼を言う為に。

 私は、やっぱり弱くて小さくて――周りに誰かが居ないと、何も出来ないただの妖精です。

 忘れられない恩と思い出が、また一つ増えました。

 あの、夢に見る炎の光景と同じくらい大切な記憶――私はきっと忘れる事はないでしょう。

 私が、妖精でいられる限り――

 私が、あの夢を見続けられる限り――

 だから私は、今日も「恐がり」を続けるのです――

 

 

 

 

 

 

 是非曲直庁。

 生者の死を看取り、死者の魂を裁く、魂の清算を行う幻想郷の最終裁判所で、一人の上司が部下と面会していた。

 上司の名は、四季映姫・ヤマザナドゥ。書類の山の奥で、悔悟の棒を手に平伏する部下からの報告に静かに耳を傾ける。

 部下は、小型の二本の鎌を両腰に置いた黒髪の男。

 彼の役職は、死者の魂を三途の川まで導く迎え死神――その中でも特殊な、仙人や天人などの「死」を過ぎた生者を「狩る」事が許された数少ない死神である。

 しかし、最近の彼はまったくと言って良いほど己の仕事をまっとう出来ていなかった。

 原因は、今報告しているある館の住人たち。

 

「――ふむ、また門前払いですか」

 

 彼の管轄となった紅魔館――その奥で、魔女の邪法を受け延命を続ける妖精たちへと正当な裁きとして逃れ続ける寿命を突き付ける事が現在の彼の任務だ。

 正しい行いをするのであれば、その行動も潔白でなけらばならない。

 正門から堂々と訪ね、用件を伝え、入館を断られ、そして門番と争い返り討ちに合う――実力で門番を下せぬ内は、彼は己の仕事に取り掛かる事さえ許されないのだ。

 

「面目次第もございませんっ。次こそは、次こそは必ず――っ」

「生者にとって今生一度のみの「死」を(つかさど)る貴方が、「次」などと口にしている内はあの門を超える事も叶いませんよ」

「……っ。申し訳ございませんっ」

 

 辛辣とも取れる閻魔からの助言に、男は下げていた(こうべ)を更に深く床へと落とす。

 

「責めているのではありません。貴方は、貴方の職務に対し忠実であれば良い――これからも、励んで下さい」

「はっ」

 

 信賞必罰。

 この死神が負けるのは良い事ではないが、それは彼の罪ではないのだ。

 死神を退けるという偉業――それは、相手の罪であると同時に成し遂げた成果でなければならない。

 

「それで、霧の湖での一件はどうなりましたか」

「はっ。湖にて活動を活発化させた妖怪は魔法使い三名、妖精二名にて討ち取られました。妖怪の魂は、現在小野塚小町が三途の川にて運搬中です」

「現世での被害のほどは」

「妖精が二十三。湖を住処としていた妖怪が三。後は、魚類が八十九ほどとなっています」

「初動が早かった分、少ない被害で終結したようですね。被害の中に、妖怪と戦った二人の妖精は含まれますか?」

「いいえ。緑髪の妖精が食われ掛けましたが、人形を操る魔法使いが間に入り事無きを得ています」

「そうですか……」

「あの妖精たちが、何か?」

 

 死神の疑問はもっともだ。

 閻魔というこの組織に最も高い地位に居る存在が、高が妖精如きを気に掛ける。あり得なくはないが、違和感を覚えるには十分だろう。

 

「生まれの特異さは確かにありますが、過去の残滓に引き摺られ妖精としての本分を忘れるなど言語道断――彼女たちは、少し罪を重ね過ぎている」

 

 生まれ、芽吹き、枯れ落ちた後に、また生まれる――世界ある限り同じ器にて誕生と消滅を繰り返し続ける、永劫の檻。

 妖精の復活で重要となるのは、原点への回帰だ。

 妖精とは、純粋でなければならない。

 妖精とは、無垢でなければならない。

 知恵は穢れとなり、思い出は重荷となってしまう。

 消滅の度に支払われる記憶という名の対価は、その純真たる魂の輝きを失わせない為の言わば漂白。

 だが、妖精の中には時折それを拒む者が現れる。

 知識の欠落を拒む者、縁が切れる事を拒む者、自己の回帰を――後ろへと戻る道を拒む者。

 そういった者たちは、その気はなくとも無意識に妖精である事そのものを拒み、己の器を別の存在へと昇華させていくのだ。

 自然の結晶であるからこそ許される無限の器を捨て、逃れられぬ唯一の死と輪廻の待つ罪深き存在へと――

 

「次に、彼女たちが妖精としての寿命以外で死んだ時――その時は、私が彼女たちを裁く事になるでしょう」

 

 死に逝く妖精たちは、与えられた名と身体を天上と大地へと返還する事で再生する。

 妖精としてまっとうに死ぬのであれば、まだ自然の結晶としての復活が許されるだろう。

 しかし、そうではなくなった時――例えば、妖怪に食われ天地へ捧げる暇もなく絶命するような事態になれば、彼女たちの妖精としての「生」は終わる。

 その残酷な未来を理解していながら、幻想郷の閻魔にはそれを止める事が出来ない。

 どれだけ言葉を重ねて自然の結晶としての正しさを説いたとしても、彼女たちは決して生き方を変えないだろうから。

 

「本当に、罪深い事です……」

 

 白でも黒でも、きっぱり分けられたとてそこで全てが解決するわけではない。むしろ、分けられるからこそ生まれる問題こそが難しいのだ。

 部下の男を退出させた後、締め括りの言葉と共に吐き出す吐息のなんと重く慈悲深い事か。

 閻魔の少女の溜息は、これからもきっと減る事はないだろう。

 瞳を閉じてしばし、世界の不条理と閻魔としての役割について熟考を開始する映姫。

 傍に置かれる湯飲みに入ったすっかり冷め切ってしまった緑茶をすする気には、当分なれそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 幻想郷で最も大きな泉である霧の湖は、年に数回一定の時期だけ外の世界の海へと繋がるという摩訶不思議な特徴を持っている。

 これは、そんなほんの短い時期に起こった一つの奇跡。

 

「お――ねぇ、一輪。私が追い払ったあの妖怪、上で退治されたっぽいよ」

 

 深い湖の水底に沈む巨大な木造の帆船の中で、ふわふわと宙へと浮かぶ少女が底の抜けたひしゃくを片手でもてあそびながら誰かへと告げる。

 碇のマークが刻まれた白帽子に、水兵を模した同色の半袖の服とスカート。

 水死した人間の成れの果て――舟幽霊である彼女の名は、村紗水蜜。

 現在彼女たちが居住区としている船、聖輦船の船長兼操舵手だ。

 

「相手の特徴は解かる? 村紗」

 

 対照的に床へと足を付けて応じるのは、肌を晒さぬ尼僧の服を着込み頭巾を目深に被った長背の少女――入道使いである、雲居一輪。

 彼女が片手に持つ二つの大きな金輪が、擦れ合って小さな金属音を奏でる。

 

「んー……魔法使いっぽいのと妖精っぽいのが何人か、かな。一人以外は、結構強そうだね」

「そう。一番の脅威と言われている巫女でなくとも、実力者は多いという事ね」

「あの助けた人魚からの情報って、どれぐらい信用出来るの?」

「嘘を言っている様子は見えないわ。ただ、彼女自身もこの湖からは移動出来ずに友人から情報を得ているようだから、全てを鵜呑みにするのは危険でしょうね――えぇ、大丈夫よ雲山。私は冷静よ」

 

 思案顔の尼僧の少女が右手を顎へ置き、水兵服の少女とは別の場所から語られる言葉に返事を返す。

 この場には、二人の少女が居るだけだ――否、尼僧の少女の傍を何かがたゆたっている。

 煙のような、雲のような、不安定なまま揺らぎ続ける何か――

 それこそが、一輪を守護する廃業した見越し入道の雲山だ。

 二人の少女と、一人の妖怪。

 この場に居るのは、たったの三人。

 かつて居た大勢の仲間は――今は居ないから。

 

「そろそろ全部食べ終わるし、お互い力も十分戻ったでしょ? いい加減動こうよ」

 

 村紗が自分のポケットから取り出したのは、蒼く輝く美しい宝石だった。

 それを無造作に口へと含み、まるで菓子でも食うようにバリバリと噛み砕く。

 

「そうね。私も、そう思っていたわ」

 

 外の世界でこの船と共に海の底へと封じられていた彼女たちは、なんの偶然からか地下水脈の噴出によって封印を破りこの幻想郷へと流れ着いていた。

 地獄鴉の起こした地底での暴走は、霧の湖を通じて外の世界へと干渉しこうして彼女たちを幻想の園へと導いたのだ。

 偶然が、偶然を呼ぶ――もしくは、彼女たちの信心が呼んだ御仏の導きと例えるべきか。

 長く封印され続け弱り果てていた彼女たちは、水底に山と積まれた宝石を込めた魔道具の数々を発見する。それらの貴金属が湖の近くに住む暇人の制作物であるなどといった事実は、彼女たちにとって与り知らぬ他人事である。

 最初に見つけたのだろう、食った魔道具によって肥大化を続けていた妖怪を追い払い、今度は村紗たちがその捨てられた魔道具へ食らい付いた。

 魔力と妖気という差はあれど、幻想の力を帯びた宝石たちは妖怪である彼女たちの限界まで衰えた身体を癒す。

 数年は掛かるはずだった休息が、これほど早く終わったのは僥倖と言わざるを得ない。そして、休息が終われば後は目的へ動き始めるだけだ。

 自分たちの導き手である、人と妖怪の架け橋を願うあの優しい僧侶を助け出す為に――

 

「人手が欲しいわ。まずは、ナズーリンや星たちに渡りを付けましょう――生きていれば良いのだけれど」

「えー、良いじゃん別に。自分が封印されたくないからって、聖を裏切るような薄情な連中なんて居なくても。私たち二人で――雲山も入れて、三人で十分やれるって」

「村紗」

「なんなら、私一人でも――」

「村紗」

 

 咎めるように名を呼ばれてもなお続けようとする舟幽霊の口を、尼僧は更に強く名を呼ぶ事で黙らせる。

 水底という冷めた空気が、両者の身の内から滲む気配に晒され更に気温を下げていく。

 

「あの二人は、姐さんを裏切ったわけではないわ。あの時は、双方の犠牲を最小限にする為にああする他なかった」

「解かってる。冗談だよ」

「それに、姐さんを救出するのよ? 失敗が許されない以上、動かせる駒は多いに越した事はないわ――捨て駒を含めてね」

「あぁ、それも解かってる」

「だったら――」

「はははっ、大丈夫だって一輪」

 

 理論立てて語る一輪へと、村紗はからかうように肩を震わせて笑みを見せる。

 少女らしい、可憐で可愛い笑顔。だが、その内にあるものは違う。

 

「今度こそ、邪魔な連中は全部水底に沈めりゃ良いだけさ。たらふく私の水を飲ませて、どいつもこいつも皆仲良く重苦しい海の底に引き摺り込んでやるよ」

 

 ドロドロと粘りを帯びた――絶対なる憤怒と憎悪。

 宙で逆さまになった少女の持つ穴の開いたひしゃくから、何処からともなく生まれた水がボタボタと音を立てて床へと落ちていく。

 かつて、彼女たちを掬い上げてくれた救世主は魔界という名の海底よりも深い場所へと落とされた。他ならぬ、救世主の同胞である人間たちの手によって。

 

 許せるものか――例え、かの人が絶大なる慈悲によって許すとしても。

 許せるものかよ――例え、かの人が全てを受け入れ「恨むな」と願ったとしても。

 彼女を否定する者は、何人たりとも私が決して許しはしない。

 

「……」

 

 村紗の内に渦巻く想いを、一輪は否定しない。

 彼女もまた、最愛の者を目の前で奪われた仲間の怒りを理解するが故に。

 

 世界の全てを敵に回そうとも――

 屍の山と血の河を生み出そうとも――

 彼女たちはもう、決して立ち止まりはしない――

 

 暗く澱んだ水面の底で、とある妖怪たちが静かに行動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 追記。

 ぶっつけ本番で使った切り札による消耗で気絶した私は、深夜の紅魔館でようやく目覚ました。

 正直、身体中から血を噴いて全身複雑骨折になるぐらいの怪我を覚悟していたので、気絶で済んでいる事態こそ驚くべきだろう。

 今回の使用で確認出来た問題点と改善点を洗い出し、調整を行えば消耗はもっと抑えられるはずだ。予想はしていたが、新しい切り札は私の身体と随分相性が良いらしい。

 布団の中でそんな風にのんきに構える私へ、訪れたパチュリーの本の角アタックが炸裂するのはお約束だ。

 

 特に理由のある暴力が、私を襲う!

 今回は全力で振り抜かれてるから、超痛い!

 

 しかし、今回の騒動は元を辿れば私を殴ったこの魔女が元凶である事は、疑いようもない。

 何時も言われっ放しなのは癪なので、その辺りを突っついて反撃してみる。

 

「私は、貴女が仕出かした汚点の尻拭いをしたのよ。叩かれるのは心外ね」

「ふんっ。毎度身体に無理をさせて、周りから同情されるのはそんなに楽しいのかしら?」

 

 かっちぃぃぃんっ。

 ひ弱なりに必死こいて皆に追いつこうと頑張ってんのに――戦争じゃー!

 

「確かに、貴女が羨むのも仕方がないわ。口だけで手の動かなかった病弱魔女には、こんな無理も出来ないものね」

「自惚れも、流石にそこまでいくと哀れみさえ感じてしまうわね。貴女が無様に足掻かなくとも、放っておけば私がなんとかしていたわ」

「心配なら、心配って素直に言ってくれて良いのよ」

「誰が。早死にしたがる大馬鹿者の心配なんて、するもんですか」

「……パチュリーのバカ」

「……アリスのアンポンタン」

 

 ここまで来れば、もう引っ込みは付かない。

 段々と子供染みた口ゲンカになっていくが、二人ともそれなりに頑固なので絶対に自分から折れようとはしない。

 

「むー」

「いー」

「何をやっているんですか……」

「いや、確かにお二人は衝突する事になるだろうと……えぇぇぇ……」

 

 最後にはお互いの額をぶつけ、相手の頬を両手で引っ張り合う痴話ゲンカを続ける私たちを見て、次に訪ねてくれた美鈴と小悪魔が全力で呆れた溜息を漏らす。

 小悪魔に至っては、なんだか解からないが凄くがっかりしている様子だ。

 結局、散々言い合っても決着が付かなかった私たちは一週間口を利かないという壮絶な冷戦を経て、最終的に色々耐えられなくなった私が敗北する事で幕を閉じた。

 冷戦から八日目。謝罪の菓子を持参して頭を下げる私が、どちらが大人気なかったについて親友の魔女と口論の第二回戦に突入していくのは、また別のお話。

 




みなみっちゃん、やんちゃヤンデレ可愛いよ、みなみっちゃん。
一輪姉さんは、冷静にガチギレするタイプ。
雲じいは、縁の下のおじいちゃん。

もうすぐ異変なので、他の皆さんにもそろそろ登場していただきましょうかねぇ。

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