東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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あけましておめでとうございます!(大遅刻)



79・そして、魔法使いは剣を抜く

 勝利とは、何時も虚しいものだ。

 城内工房での戦闘は、「彼女」の代わりとして「アリス」人形の顔面に「霊王結魔弾(ヴィスファランク)」をまとった黄金の左をお見舞いして終了となった。

 とはいえ、あの数の人形全てを破壊するのは流石に骨が折れた。

 しかも、普段であれば問題なかったのだが、今の私は魔力の枯渇から完全に立ち直ってはいない状態なので、魔界に充満する魔力の恩恵がなければ途中でガス欠を起こす可能性もあった。

 負ける気はしなかったが、絶対に勝てるとも言い切れない。そんな、絶妙な戦力だったと言えるだろう。

 だから、という言い方はおかしいかもしれないが、こうして勝利出来た事で私の中の警戒心が増す。

 「彼女」の用意した余興が、この程度で終わるはずがない、と。

 そんな当たらなくても良い私の予感は見事的中し、こうして本日のイベントのラスボスであろう女性が満を持して登場する。

 

「あぁ、なるほど。随分楽に勝たせて貰えたと思っていたら、本命が別に居たからなのね」

 

 あらー。少し見ない間に、お互い随分とボロボロになっちゃったねぇ。

 ていうか、君は誰とバトッてそんな血塗れになったん? 星ちゃん。

 聖? ナズーリン? ま、まさか早苗じゃないよね?

 

 聖の救出であれば命の危険はないだろう、などと楽観していた過去の私をぶっ飛ばしたい気分だ。

 早苗の安否は気になるが、今は私の安否の方こそ気に掛けなければならない。

 何せ、今の星の雰囲気は短い付き合いでも理解出来るほどに剣呑な気配をまとっている。

 

「一応、理由を聞いておきましょうか」

「聖を救い出す為に、貴女の犠牲が必要となりました。アリス・マーガトロイドさん、魔界を維持する為の人柱としてこの地に貴女を封印します」

「ふぅん。今回は、そういう設定なのね」

「設定?」

「こっちの話よ、気にしないで」

 

 なるほど、本来無関係なはずの星を無理やり私の事情に巻き込む名目はそこか。

 これは、「彼女」と聖が接触済みなのはほぼ確定かな。

 そんな取り繕ったような後付け設定、別に信じてもいないだろうに。

 それでも、そんな嫌そうな顔してでも与えられた役を演じようとするなんて、星はやっぱり真面目だねぇ。

 

「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」

「「烈閃槍(エルメキア・ランス)」!」

 

 一帯に広がる淡い光に危機感を覚え、咄嗟に唱えた呪文は私の手の平の中で消滅する。

 

「宝塔の力を使い、一帯の「魔」を払いました。貴女の魔法は、もうこの場では発動出来ません」

 

 アイエェェェェェェェェェ!?

 マホウフウジ! マホウフウジナンデ!?

 魔法使いから魔法取り上げるとか、星ちゃんの鬼! 悪魔! 毘沙門天!

 

 魔法の糸で操っていた人形たちも、制御を失い次々に空中から残骸の海へと脱落していく。

 藍との戦闘の際は、本人への呪文を制限されただけだった。

 だが、今回は私の最大の攻撃手段そのものが完全に封印された事を意味している。

 

「そう」

「いきます――」

 

 落ちた人形たちを見下ろしながら絶望する私へ、せっかちな星が槍を構えて床を蹴る。

 

「がっ、ぎぃっ!?」

 

 しかし、その攻撃は届かない。事前に配置していた罠にはまり槍を持つ腕から血飛沫を迸らせて停止する。

 

「まさか、糸!? ぐぅっ!」

 

 星の血によって視認可能になった極細の糸たちを、爪を使って断ち切る虎の妖獣。

 

「残念ね。貴女が油断している隙に、腕の一本くらいは貰っておきたかったのだけれど」

 

 動揺する星へと向けて袖を捲り、見せ付けるように私の作品をお披露目する。

 

 斬鋼線――

 

 人間であれば余裕で肉を裂き、骨を断つ。糸という物体の切れ味を限界まで昇華させた、とある機巧芸術家(からくりあるてぃすと)の使った装備だ。

 

「人形遣いが、自分が操る人形より弱いと思っているならとんだ大間違いよ」

「くっ」

 

 いやぁ、悔しがってるとこ申し訳ないけど、決め台詞が言いたかっただけで普通にハッタリだからね。

 貧弱もやしの私だと、人形の方が普通に強いから。

 ごめりんこ。

 

 そう、私は弱いのだ。

 その上で魔法まで封じられたのだから、手札を出し惜しみする余裕などない。

 

「さて、起きなさい(セットアップ)手動(マニュアル)から半自動(オート)へ、パターンCを想定、戦闘アルゴリズムはランダムに設定」

『『了承(ラージャ)』』

 

 天狗に誘拐された時もそうだが、魔法を封じられた際の対処方は幾つも作っている。

 魔法の糸での操作が出来なくなった場合を想定した、自動操縦モード。因みに、パターンCは室内戦で使用する為に作った行動基準(プログラム)だったりする。

 上海や蓬莱を筆頭に、この場に居る三十を超える人形たちが起き上がり、次々に武器を構えて敵である星へ向けてその切っ先を突き付ける。

 

「やっぱり、貴女が封じたのはあくまで発動し外気へ晒された魔法だけのようね」

 

 駄目元で音声入力をしてみたのだが、ちゃんと起動してくれたのでさも知っていたかのように装いドヤ顔で適当な事を言っておく。

 斬鋼線に、人形たち。二つでも足りないと、私は更に持って来たトランクを開き、中に入っていた大型の人形を起き上がらせる。

 

 イーヒッヒッヒッ――

 

「いくわよ、ジャック・オー・ランターン」

 

 とある物語の主人公へと与えられた、陸海空を司る三体の人形の内が一つ。飛行機能を含む様々な装備を備え、最期まで主人へと尽くしたカボチャの亡霊。

 河童と古道具屋の店主の助力もあって、内部の機構はほぼ完璧に再現された自慢の一品だ。

 

「それじゃあ、改めて始めましょうか」

「えぇ、始めましょう!」

 

 殺到する上海たちを星の槍がいなし、ジャックからの鎌を弾く。

 星にとって私は敵ではなく、私にとっても星は敵ではない。

 この争いは、完全に意味を失っている。

 これは、私と「彼女」の語らいだったはずだ。

 だというのに、「彼女」はこうして無関係な部外者を巻き込んだ。

 

 気に入らない。

 私は良いよ、貴女の娘だ。好きにするが良いさ。

 だが、貴女の「遊び」にこんな形で私の友達を巻き込むのは違うだろう。

 ――気に入らないよ、お母さん。

 

 私の中に小さいながらも確かに生まれていた、高揚感と達成感が急速に冷めていくのが解る。

 そして、新たに芽生える「彼女」への不満と憤りは、その感情を向けるべき先を見失っていた。

 

 

 

 

 

 

 人形遣いと毘沙門天の戦闘が行われている頃、城門の前にて別の戦闘が終わる。

 

「貴方の敗因は、二度目だった事です。再生怪人はやられ役だと教えたはずですよ、()()

 

 消滅した悪夢へと向けて、胸を反らした早苗が鼻息荒く決着を宣言する。

 過去の悔恨を克服した彼女にとって、その悪夢はもう己を脅かすものではない。

 それでも、幻影とはいえ大好きだった過去の知り合いを御柱で殴り飛ばしてしまった早苗の顔は、余り良いものではなかった。

 しかし、勝利は勝利だ。

 門番役である謎の妖怪が姿を消した事で、晴れて早苗はこの滅びた城へと足を踏み入れる資格を得た。

 城の中庭まで進んだ彼女は、袖口から取り出した米を地面に撒き一帯の場を清め始める。

 続いてお払い棒を使って地面に台座やお神酒の絵を描き、即席の祈祷場を作り出す。

 アリスと星の戦いに割って入ったところで、今の早苗に出来る事はない。むしろ、二人の邪魔にさえなってしまうかもしれない。

 故に、早苗は別の視点からアリスたちを援護する事に決めていた。

 二人が争う理由の一つは、あの復活した僧侶が魔界からの移動を拒んだ事にある。

 ならば、彼女を含む全員を魔界から幻想郷へ運んでしまえば、少なくとも星はアリスを襲う理由を失う。

 

 この場所が魔力(奇跡)に満ちているとはいえ、百……いえ、百二十分は必要ですね。

 

()けまくも(かしこ)き守矢神社の大前を拝み奉りて――」

 

 一人地面へと腰を降ろした少女は、そのまま瞳を閉じて儀式を開始する。

 「奇跡を起こす程度の能力」。彼女がその能力を発動出来るまでに掛かる時間は、願った事象の規模に比例し増加していく。

 早苗が自身の感覚を頼りに算出した奇跡の対価は、およそ二時間。

 焦る気持ちを押さえ、ただひたすらに祈りを込める。

 

(かしこ)(かしこ)み申す――」

 

 絵で描かれただけの祭壇にて、棒振り、(こうべ)を垂れ、一心不乱に祈祷を続ける守矢の風祝(かぜはふり)

 早苗は、星の心情を理解するが故に彼女の事を嫌いにはなれなかった。

 早苗自身もまた、神奈子や諏訪子という上位者からの命令に従う事を良しとする立場にある。

 もし、自分が似たような状況で二人の神よりアリスの封印を持ち掛けられれば、どう動くか。どう、動かざるを得ないか。

 憎むべきは、星でも聖でもない。二人の女性に望まぬ道を選択させ、アリスへ下らない試練という迷惑を押し付ける謎の存在のみ。

 

 私が、お二人の憂いを払って見せます。

 だからどうか。お二人とも、どうか早まらないで下さい。

 

 奇跡は成るだろう。彼女にはその能力があり、十分な対価を支払うのだから。

 しかし、それが間に合うか否かは城の中の二人に掛かっている。

 厳かな雰囲気で神気を高める早苗に、時間という絶対の概念が無情にも立ちはだかる。

 世界と世界を隔てる、混沌という名の海が少女の祈りと願いによって割れる。

 その奇跡を起こすべく、守矢の風祝(かぜはふり)は己の全霊を持って祈りを捧げ続ける。

 そんな懸命な自分の姿を、一体の小さな人形が背後から眺め続けている事を、彼女が気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 聖へと挑んだナズーリンであったが、その目的はこの僧侶から勝利をもぎ取る事ではなかった。

 そもそも、その役目を果たすのは彼女ではなく、人形遣いの助言により同行する事となった風祝(かぜはふり)や幻想郷へ置き去りにした博麗の巫女たちでなければならない。

 故に、こうして無様に敗北し勝者に背負われる身になったとしても、口が回る限りナズーリンは語り掛け続ける。

 

「答えろ、聖。真実は何処にある?」

「私の言葉に、嘘があると?」

「いいや。ただ、色々と語っていない部分はあるのだろう? ぐっ、しばらく動けそうにない私へ、暇潰しがてらに語ってくれても罰は当たるまい?」

 

 全身を走る痛みに小さく呻きながら、皮肉気に前を向く聖へと答えを求める。

 

「良いでしょう。と言っても、私の知っている事も余り多くはありませんが」

 

 聖輦船の甲板へと移動し一度ナズーリンを降ろした聖は、右の手の平から淡い魔力の光を発し同胞を癒しながら、困ったように眉根を下げた。

 アリスと星、この二人を争うように仕向けたのは聖だ。

 しかし、その聖自身もまた仕組まれた決闘を導く役目を与えられた役者に過ぎない。

 

「私自身が、魔界の(かなめ)を担っていたのは事実です。もっとも、それは「彼女」の魔界に限った話になります」

「「彼女」、とは何者だ?」

「恐らくではありますが、アリスさんの生みの親のような立場の女性です。辛うじて繋ぎ止めていた私という(くさび)が抜けた事で、数少ない「彼女」の痕跡がまた一つ失われてしまいました」

 

 まるで故人との思い出を語るように、少しだけ憂いを帯びた表情でゆるゆると首を振る聖。

 生まれの故郷、姿を消した生みの親。アリスが強引に魔界への渡航にこだわった理由が、ナズーリンの頭の中で繋がっていく。

 だが、残念ながらそれは星に襲わせる動機に繋がるものではない。

 妖獣が求めているのは、その先の情報なのだ。

 

「墓参りの娘を迎えるにしては、随分と手荒な歓迎に思えるね。その「彼女」とやらは、アリスの事がよほど嫌いなのかい?」

「いいえ。むしろ、「彼女」は誰よりもアリスさんの事を愛しているはずです」

 

 いぶかしむナズーリンの問いへ、聖は考える素振りもなく即答を返す。

 もしも嫌っていたのなら、きっとここまで面倒な構い方はしない。

 面倒で、倒錯的で、ボタンの掛け違いのようにまるで噛み合っていないものの、それは確かな愛情が下地にあるからこその行為なのだ。

 正直に言って、迷惑以外のなにものでもない。

 

「白状をしますと、当初は私がアリスさんを試す役を担うつもりでした。ですが、やって来た貴女たち――星を見て、急遽配役を代わって貰ったのです」

「それは、どうして?」

「だって――」

 

 一拍の呼吸を置き、聖がその真意を語る。

 

「あの星が、あんなに()()()()()なんて。毘沙門天様を受け入れてから、初めて見ましたから」

 

 菩薩のような笑みを浮かべた魔住職の答えに、毘沙門天の従者の顔が一気に歪む。

 

「承知の上でか。趣味が悪いにもほどがある……っ」

 

 寅丸星は、アリス・マーガトロイドを嫌悪している。

 露骨に嫌っていた村紗よりも酷く、本心を隠し警戒を続けていた一輪よりも醜く。

 長年仕え続けた主人の心情など、優秀な従者にはお見通しだ。

 あの日、二人でライブコンサートを見物した時点でナズーリンはその事実に気が付いていた。

 しかし、己を律する星の性格を知るナズーリンは主の気持ちの整理が付くまで、その問題を棚上げにすると決めていたのだ。

 その配慮は、目の前に居る頭目の手によって最悪の方向へと向かいつつあった。

 

「ナズーリン。忠臣として主人の身を案じるのは当然ですが、貴女は少し星を甘やかし過ぎです」

「貴女が、そうやって厳しくするから――いや、今は良い。だからといって、我々の問題に何故アリスを巻き込んだ」

「「彼女」が、親子の問題に私を巻き込んだからですよ」

 

 何処までも素知らぬ顔で、聖はナズーリンの追求を受け流す。

 星の師として、また、彼女に毘沙門天の加護を授けた作り手として、聖者は従者へと試練を課す。

 

「星は、誰かを嫌うという己の当然の感情に向き合わなければなりません。そして、アリスさんは誰かに嫌われるという苦しみを知るべきです」

 

 これは試練なのだ。アリスにとっても、星にとっても。

 親が子離れをするべきか、子が親離れをするべきか。

 

「我侭で、いい加減で、大人気ない魔界の神様が歴史という巻物へ書き足した最期の悪戯。決定された消滅と再誕を前に、この世界という絵本へと挟み込んだ一枚の異物(しおり)――」

 

 幻想郷で――否、この世界において、アリス・マーガトロイドという少女だけが違うのだ。

 忘れられた幻想ではなく、認められなかった幻想でもない。

 それは、()()()()()()()という異物。

 生まれるに足る下地もなく、幻想の郷へ流れ着くまでの過去もなく。

 唐突に、突然に、いきなりに、なんの前置きもなく――あの日、あの時、あの瞬間に、アリス・マーガトロイドという異物はこの世界へと生まれ落ちた。

 本当の意味での生まれ故郷など、彼女には存在しないのだ。

 今、彼女の訪れているだろう場所は、聖が辛うじて繋ぎとめていた残骸から起こった一瞬の陽炎に過ぎない。

 世界は、異物を拒絶する。

 外の世界で、人間が幻想を淘汰したように。

 幻想郷が、外の世界へと見切りを付けて閉じこもってしまったように。

 

「強くなりなさい。悲劇に膝を折らぬよう、理不尽に瞳を閉じぬよう」

 

 何時か現れるかもしれない、本当の意味での煉獄が眼前へと姿を見せるまでに。

 知識を吸収し、心身を鍛え、経験を積み、仲間を集う。

 

「可能性の子よ。失われた黄昏の遺児よ。神を目指すのであれば、強くなりなさい。悪魔を目指すのであれば、強くなりなさい。そして、もしも人を目指すのであれば、貴女は――」

 

 「彼女」が用意し、聖が心を鬼にして選択させた未来への布石。

 無意味で終わるのならば、それで良いのだ。

 備えを怠り、何も出来ぬままただ呆然と果てるよりはずっと良い。

 

「どうか、彼女たちに御仏の救いがありますように」

 

 人形を愛する少女が、幸福な結末へと向かえるよう。

 生み落とされた淡く儚い幻想が、己の足で幸せを目指せるよう。

 せめて、不幸へと立ち向かえるだけの意思と力を持ち続けられるよう。

 母の遺志を継いだ最後の友人は、切なる祈りを天へと送り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 互いに消耗が見えるとはいえ、星と私ではそもそもの体力に差があり過ぎる。

 しかも、一撃必殺を可能とする魔法という特攻手段まで封じられては、短期決戦を挑む事も出来ない。

 そう結論付けた私は、最初の挨拶としてぶつかり合った直後ジャックに抱き付き人形の飛行機能を使って一目散に工房から退出を開始する。

 

「なっ!? 待ちなさい!」

 

 あばよー、星ちゃーん。

 

 三十六計逃げるに如かず。

 三代目泥棒の捨て台詞を脳内で再生させながら、一撃離脱を繰り返す人形たちに手を焼く星との距離を一気に開く。

 

『ポイントC、L、Vにて、脱出不可確認』

『空間歪曲、継続しています』

 

 近衛として私と等距離を保ちながら、殿(しんがり)を務める上海と蓬莱が無情なる事実を告げる。

 

 もしかしたらと思ったけど、やっぱりか。

 

 可能であれば、このまま城の外までおさらばしたいところではあるのだが、生憎そんな甘い見通しは許されない。

 「アリス」からの襲撃前に脱出経路について調査を行った結果、玄関や窓から外へ移動しようとすると何時の間にか城の中へと戻されるという、ループ現象が起こるようになっていた。

 人形たちを使って確認してみたが、報告を聞く限り星が「魔」を払った状態であっても状況は変わらないらしい。

 星が法力パワーを解除しない限り、「崩魔陣(フロウ・ブレイク)」も「神滅斬(ラグナ・ブレード)」も発動出来ない私では、この城内から脱出する(すべ)がない。

 

標的(ターゲット)をポイントEに誘導。併せて、トランクBとCを同ポイントへ」

『『了承(ラージャ)』』

 

 先にこの城へと辿り着いたのは私だ。工房での戦闘開始前に、すでに内部の構造は把握済みである。

 

標的(ターゲット)、移動を開始』

『損害確認。二体破損軽微、四体行動不能』

 

 魔法による感覚の接続(リンク)が使えないので、逐次他の人形たちから情報を受け取る上海と蓬莱からの報告が頼りだ。

 

 軽く一当てしただけで人形が四体もアボンとか、星ちゃん強過ぎワロス。

 

 また、転送魔法が使えない以上現在城内へと呼び込んだ全ての人形と装備だけで、毘沙門天と勝負しなければならない。

 つまり、人形の数が減るごとに私の不利が加速していくという事だ。

 

 接近戦だけでも藍クラス――て、やばっ!

 

「ジャック!」

 

 通路の角を曲がった直後にジャックを反転させ、手に持つ鎌で追尾して来たレーザーを受け止める。

 常駐戦陣、流石は毘沙門天と褒めるべきか。長い間荒事からは遠ざかっていたはずなのに、この容赦のない攻めからはそんな気配は微塵も感じられない。

 腕を鈍らせた上でこの苛烈さなのだとすれば、それこそ笑い話にもならない。

 反撃として、ジャックの頭頂部のやや右側が開き格納されていた河童と共同開発した三段式のミサイルが顔を出す。

 

「無駄です! 正義の威光からは、何人たりとも逃れられません!」

 

 やかましい!

 

 輝く宝塔を片手に、星が私を追って通路の角を曲がって顔を出す直前で射出された爆発物が、一直線に敵へと疾駆する。

 

「ふんっ!」

 

 星の槍がミサイルの頂点を穿ち、爆裂と轟音が通路を走る。

 ミサイルの目的は、ただの目晦ましだ。案の上、星は黒煙の晴れるのを待たぬまま槍を構えて一足飛びで私へと向けて跳躍する。

 

「ぐ、なっ!?」

 

 バブル・ザ・スカーレット――

 

 驚愕に染まる妖獣の前で、ジャックの口からダラダラと粘り気のある赤い液体がこぼれ落ちる。それは、通路の曲がり角から延々と私の足下まで続いていた。

 高い粘性と自在の凝固性を持つこの人形の武装の一つであり、身体に浴びせて行動を制限したり、風船のように膨らませて即席の盾にしたりと、極めて応用の幅の広い装備だ。

 星が気付かぬ内に足で触れた液体は、凝結し、強力なゴム質となって彼女を後ろへと引き止める。

 更に、星を追う形で工房からやって来た多数の人形弩部隊が、三列に並んで魔石(ジェム)の付いた矢尻を構えた。

 

 是非もないよね!

 これが魔王の三段撃ちじゃあ!

 

「構え――放て!」

「が、がぁっ!」

 

 振り向けない状況で起こる、背後からの強襲。

 魔力を込めた宝石たちが、凶器となって回避を封じた獣の背へと突き刺さる。

 

「があぁぁぁぁぁぁ!」

 

 しかし、この程度の攻撃で猛獣が止まるはずもない。

 底冷えのするほどの怒りを込めた雄叫びと共に、星の強引に踏み出した足がまとわり付く赤い液体をいとも容易く引き千切る。

 

 普通に恐いんですが。

 普段は温厚そうだけど、虎が起源の妖獣だけあって星も結構肉食系だよね。

 

 まずは、邪魔な人形たちを排除しようと考えたのだろう。輝く宝塔を掲げ、背後へと振り返る星。

 しかし、そこにもう彼女たちの姿はない。

 城内の各地に配置したのべ百体を越す私の人形たちは、現在その全員が一撃離脱を主眼に設定した行動方針(プログラム)によって動く、一個の軍隊と化している。

 広い城内と言えど、曲がり角や天井など死角は幾らでも存在するのだ。身を隠すだけならば、それほど難しい事ではない。

 

「無駄だと言ったはずです!」

 

 星の言葉に、誇張はなかった。宝塔の光が増し、大量の細い光線が壁の後ろへ隠れた人形たちへと殺到していく。

 人形たちの無事を確認する余裕はない。私に出来るのは、彼女たちが稼いでくれたこの僅かな時間を無駄にしない事だけだ。

 残っていたジャックのミサイル二つを同時に発射した私は、星の方向を向かせたまま通路の奥にある上階への階段を目指し飛翔させていく。

 ついでとばかりに、爆裂するミサイルの大音響と振動に紛れ、右手の鋼糸を近くの石柱たちへと巻きつけ即席の罠を設置する。

 タイミングを合わせて石柱の下部を切断し、突撃して来るだろう星の頭上へとお見舞いするのだ。

 この勝負は、援軍が到着するまでの持久戦だ。

 私が待ち望む最強の援軍の名は、博麗霊夢。

 事前に、私たちが魔界へと渡航する姿を見せていたのは僥倖だった。

 騒動の主犯である星が不在のままであれば、彼女は必ず異変を解決するべくその直感を頼りにこの異界へと突入して来るだろう。

 無理に勝ちへこだわる必要はない。負けなければ、それが私の勝利となる。

 

 さて、毘沙門天さん。

 私は貴女に勝てないけど、負ける気はこれっぽっちもないよ。

 

 とはいえ、時間稼ぎの本当の目的は別にある。

 

 あぁ、解ってる――貴女の望みはなんとなく解ってるよ、聖。

 だけど、もう少しだけ待って欲しいんだ。

 もう、ほんの少しだけ。私が覚悟を決めるまで。

 

 土煙の向こうから飛び出す影を見て、即座に石柱の一本を切断する。

 私と星と人形たちの追いかけっこは、そのまま城の壁や柱を破壊しながら二階へと舞台を移していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 上手い。強いのではなく、とにかく上手い。

 位置取り、立ち回り、戦術。

 踏み出した一歩に牙があり、足を止めた背後へと刃が迫る。

 進むも罠、止まるも罠。

 倒れて来た石柱を手に持つ槍で粉砕した直後、柱の後ろへ隠されていた真紅の風船が勢い良く弾け散る。

 

「ちぃっ」

 

 撒き散らされる粘着物の面倒さは、つい先程自分自身の身で味わったばかりだ。私は、舌打ちをしながら宝塔に力を込め球状の結界を構築する。

 聖にすら勝るとはいえ、私の法力も無限ではない。特に、宝塔はその効果に見合う消耗が発生してしまう為、余り多用する訳にもいかないのだ。

 べちゃり、と光の膜へと当たる液体に視界を塞がれ、アリスさんの姿を見失ってしまう。

 柱が当たれば最上。

 弾けた液体で足止め出来れば御の字。

 全て防いだとしても、最終的に距離は稼げる。

 

「まったく……厄介な御仁です」

 

 一度足を止めた私は、警戒を続けながら背に刺さった矢を引き抜き抜いていく。

 小型の人形たちも、決して侮れない。

 持久戦とは本来、援軍か効果的な反撃の見込める状況で行う戦法だ。

 魔法という手段を封じる事で、アリスさんは間違いなく弱体化している。その為、彼女の目的は前者である可能性の方が高いだろう。

 孤立無援のこの状況で、彼女が待っている者。それは恐らく、幻想郷から魔界へと渡る直前に顔を見たあの紅白の巫女に違いない。

 博麗の巫女。幻想郷の調停者であり、異変という名の演目を解決という幕引きまで導く為の舞台装置。

 あの少女は、随分とアリスさんを気に掛けている様子だった。そのアリスさんを封印する為に戦っているのだから、巫女の介入を許す訳にはいかない。

 二階へと移動した私は、通路の途中にある一室の前に立ち愛用の槍を防御の姿勢で構えた。直後に振るわれるのは、扉を紙と裂きながら迫る下段からの大鎌。

 

「ふっ――ぐっ!?」

 

 槍の中ほどで刃を受け止めた瞬間、接触している部分から金属同士を擦れ合わせる耳障りな高音が周囲へと響く。

 見れば、人形の大鎌は絶えず微細な振動を行っており、まるでノコギリのように私の槍を削り切ろうとしているではないか。

 慌てて槍を引いて後退し、鎌を通過させてから切断された扉の下部へと足蹴りを叩き込む。

 

「キャプテン・ネモ!」

 

 扉諸共に人形を引き離し、ようやく客間の一つと思われる室内へと足を踏み入れた私の頭上へと、追撃の強襲が舞い降りる。

 襲撃者の両手から繰り出される二つの刃を槍で受け止め、手首を捻って真横へと反らした上で渾身の突きを振り抜き相手の頭蓋を貫く。

 しかし、想定していた通り顔を破壊された程度では止まらないらしい。恐らく人形であろう襲撃者は、槍に貫かれたまままるで堪えた様子もなく、手に持つ剣を私の両肩目掛けて振り下ろす。

 

「光よ!」

 

 懐に入れていた宝塔から輝きが溢れ、小さくも強固な結界が敵の凶刃を弾く。

 これ以上攻め立てても無駄だと判断したのか、人形は光の壁を足場に跳躍する事で退避と同時に槍の穂先からの脱出を果たす。

 カボチャの人形と共に私と対峙したのは、西洋の海賊のような衣服を着込む骸骨の人形だった。

 更に奥の人形遣いへ視線を送れば、なんと大型の机に座るアリスさんは両手どころか靴を脱いだ両足の指まで使って、人形たちを操作している。

 一朝一夕では決して身に付かない、驚くべき絶技だ。

 私が結界を解除すると同時に、骸骨の人形が動く。

 

「驚くほどに多芸ですね。まさか、剣術まで修めているとは」

「とある庭師の真似事よ。それなりに、様になっているかしら?」

 

 骸骨の人形から振るわれる二刀の銀線は、しっかりと鍛練を積んだ武芸者のそれだ。

 人形を動かしているのはアリスさんであり、アリスさんが出来ない事を人形が出来る道理はない。

 時折、カボチャの人形から吐き出される拳大の液玉を回避しながら、骸骨の人形と幾度となく切り結ぶ。

 一合、二合と打ち合う内、双剣と槍の剣戟は次第に私の優勢へと傾き始める。

 これでも私は、武を誇る御仏を(はら)へと収めた身だ。多少武芸を齧った程度の人形に、遅れを取るなどあり得ない。

 両手を交差させ、首筋目掛けて鋏のように閉じられる双剣を、槍の柄を挟み込んで停止させる。

 

「終わりです!」

 

 そのまま強引に押し切り、たたらを踏んで後ずさる人形へと一歩を踏み出す。今度はこちらが上段からの一撃で両断するべく、私は両腕を振り上げた。

 

「なっ!?」

 

 しかし、そこで骸骨の人形の腹からカボチャの人形が使っていたものと同じ真紅の液体が溢れ、一気に限界まで膨らむ。

 骸骨とカボチャ。姿形がまるで違うとはいえ、二つの人形は同じ人形遣いの作品だ。同様の武装が内蔵されていても、何も不思議はない。

 

「がっ!?」

 

 何度目かになる己の油断に苛立ちながら、踏み出し掛けた右足を下げ背後へ跳躍するべく足に力を込めたところで、今度は背後から幾つもの刃が私の身体を貫く。

 見れば、青服の人形と赤服人形が揃ってそれぞれの武器を私の身体へと突き立てている。

 だが、軽い。多少体勢を崩されたが、強引に動けないほどのものではない。

 

「ぐ、があぁっ!」

 

 しかし、踏み留まった私の背中への攻撃は止まらない。まるで、戦鎚で殴られたような強烈な衝撃が走る。

 双剣を収めた青の人形が、私にその両手を添えている。

 だが、解るのはそれだけだ。

 一体何をされたのかまるで理解出来ないまま、足を止められてしまった私の前でとうとう紅の粘液が撒き散らされる。

 

「ぐ、うぅっ」

 

 避けられず、止められず。防御すら間に合わず、至近距離で液体を浴びせ掛けられてしまう。

 

「ゴイエレメス!」

 

 糸が切れたように――実際に、操っていた糸を外されたのだろう骸骨の人形が地面へと崩れ、アリスさんの背後から三体目となる大型の人形が飛び上がる。

 それは、石の巨人という表現が似合う無骨な巨漢だった。

 石色をした肌に、筋骨隆々とした体躯。振るわれる一撃は、さぞや強烈なものとなるのだろう。

 

「退けなさい! ――ごっ!?」

 

 粘り付く液体の中、再び宝塔からの結界を発動させようと法力を高めた私に、人形の右拳が突き刺さる。

 

 何故!?

 

 驚愕する私の視界の端に、赤服の人形が映る。懐に入れていたはずの宝塔を抱える、アリスさんの人形が。

 人形の重量に負け、押し倒されるような体勢となった状態で石の人形が左腕を振り被った。

 人形の腕から肘へと向けて生える穴から、凄まじい音を立てて空気が噴出される。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に槍を手放し、防御の為に両腕を交差させる。

 次の瞬間、石の巨人から砲弾となった豪腕が振り下ろされた。

 

「――っ!」

 

 脳を揺さぶる岩の拳は、石造りの床を崩落させ階下へと私と人形を落とす。

 一階の部屋にて瓦礫が散乱する中、人形の攻撃は止まらない。馬乗りになった状態で、まるで杭を打ち込むように左右の拳を交互に振り上げ私へと殴り付ける。

 

「ガ、あぁぁアアぁぁァぁぁ!」

 

 みっともない獣の叫びが、私の口から無様に漏れ出る。全身の膂力を頼りに動き続ける人形の膝を両手で抱え、超重量の人型を強引に持ち上げて投げ飛ばす。

 素早く身を起こし、対面の壁まで吹き飛んだ人形の頭上へと左の爪を閃かせる。巨人を操っていた糸のことごとくを切断した事で、ようやくその動きが完全に停止した。

 

「ふぅっ」

 

 続いて、まとわり付く液体を引き剥がしながら、大きな溜息が漏れる。

 想像以上の威力に多少驚きはしたが、所詮はそれだけ。

 痛みはある、疲労もある。だが、決定打のない今のアリスさんでは私には絶対に勝てない。

 それが理解出来ないほど、愚かな女性だとは思えない。だが、彼女は決して諦めようとしない。

 空を飛び、空いた大穴から二階へと舞い戻る。

 アリスさんは、変わらず机に座ったまま手に持つ宝塔を眺めていた。

 

「お帰りなさい」

 

 抑揚のない声で迎えた後、私へと宝塔を投げ渡す。

 

「――なんのつもりです」

 

 再び手の平へと戻った仏具を見下ろし、私は困惑した声を出してしまう。

 宝塔がなくとも、私の勝利は揺るがない。宝塔が手元にあれば、尚更だ。

 だというのに、彼女は己の不利を承知で奪い取ったその武器をあっさりと返還して来たのだ。

 

「考えていたの。貴女がこの場所に訪れた時から、ずっと」

 

 骸骨に、カボチャに、青服と赤服。沢山の人形たちに守られながら、瞳を閉じる人形遣いの少女。

 

「考えて、考えて――結局私は、こんな答えしか用意出来なかったわ」

 

 開いた双眸を私へと向けるアリスさんは、何処か疲れたような様子で言葉を続ける。

 

「星。今から私は、貴女へ酷い事を言うわ。だから、怒って良いわよ」

 

 受け止めてあげるから――

 

「止めろ……っ」

 

 これから始まる「何か」を察し、私は震える声を上げていた。

 そんな私の願いを無視し、アリスさんは無感動な表情のまま口を開く。

 

「貴女は、貴女たちは、聖を見捨てるべきではなかったわ。皆の幸せを望むのであれば、その「皆」から愛する人を外すべきではなかった」

「あの時は、ああするしか――っ」

「そうして、何か得られたものはあったかしら?」

「――っ」

「それで、妖怪は幸せになったかしら? 人間は、妖怪を受け入れたかしら? どちらも否よ。彼女の犠牲は、全て無駄だったわ」

 

 悪夢からの言葉すら超える無情なる刃が、心へと刺さる。

 目を逸らし、耳を塞ぎ、そうして誤魔化して来たものが、容赦なく私の前へと晒されていく。

 

「貴女に何が解るというのですっ。私たちがどんな気持ちで、どんな想いで彼女の「耐えろ」という指示を受け入れたか……っ」

 

 待って、待って、待ち続け、そうして全てが終わっていった。

 妖怪が消え、神が去り、神秘が壊され、自然が汚され、人間だけが繁栄していく。

 耐えて、耐えて、耐え続ける間に、人間が全てを終わらせていく。

 科学によって生み出された作り物の光は闇を払い、仏の威光すら観光目的の資源として貶められる。

 

「受け入れた結果が今よ。聖という女性が目指した目標は、こんな何もかもが台無しになる無様な結末だったのかしら?」

 

 私たちは、全員が聖に救われた者たちだった。

 彼女さえ無事であれば、全てを捨てる事さえいとわない。

 だが、決戦も辞さない覚悟を決めた私たちを聖は決して認めなかった。

 人間も、妖怪も、全てを愛するあの尊き聖人自身が、己の救いを拒んだのだ。

 そして、彼女を救える今この瞬間ですら拒まれた。

 私たちは、これほど彼女を慕っているのに。

 私は、あの人をこれほど愛しているのに。

 

「「祈って待っていれば、今に良い事がありますよ」。聖職者が言いそうな言葉ね」

 

 何も知らないくせに、何も見ていないくせに。

 訳知り顔でこちらを見下す人形遣いへと、暗い感情が頭をもたげる。

 

「星、貴女に良い事を教えてあげるわ。待っていたって、良い事なんて一つもないの」

 

 続く一言が、限界だった。

 聖を侮辱され、私たちの努力を嘲笑され、我慢など出来るはずがなかった。

 

「乗りたい風に遅れた者を、まぬけというのよ」

「だぁまぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 あぁ――毘沙門天よ。

 どうか、どうか今この一時のみ、御身の目をお(つむ)り下さい。

 

 叫びと共に溢れる力は、法力ではない。

 それは、仏を受け入れた際二度と使う事はないと封じ続けた、妖怪としての根源。

 法力とは相反する力の放出に、「魔」を払っていた術が消滅する。それと反比例するように、噴出する妖気に呼応し急速に肉体が変質していく。

 牙や爪が伸び、全身から剛毛が生え伸びる。

 骸骨とカボチャが動くが、意味はなかった。

 振るわれる刃たちを右の爪で砕き、続く左手で張り巡らされていた糸の罠を引き裂く。

 続く一手として、青服と赤服の人形から魔力による障壁が生み出されるが、それすらも意味はない。

 邪魔な壁を叩き壊し、遂に私の牙が人形遣いの少女の左腕を肩口から噛み砕く。

 片腕をもぎ取られ、無様に吹き飛ぶ魔法使い。

 生かす気はない。

 四肢を壊し、はらわたを食らい、絶望の中で顔面を潰す。

 そうでもしなければ、私に生まれたこの憎しみは晴れない。

 彼女を前に我慢し続けて来たこの激情を、鎮める事は出来ない。

 

 開海 『海が割れる日』――

 

 世界が歪み、そして戻る。

 城の中に居たはずの私たちは、何時の間にか広い草原へと移動していた。

 関係ない。ここが何処であろうと、私は彼女を殺すだけだ。

 人形遣いが動く。

 赤服の人形の胸部から虹色をした宝石が飛び出し、残った彼女の右手へと収まる。

 

「星、私の勝ちよ」

 

 負け惜しみを言う人形遣いに、付き合う気はない。

 右の爪と両足に力を込め、女の四肢を削ぐべく大地を蹴り出す。

 

「来なさい――「紅の暴君(キルスレス)」」

 

 世界に、紅が弾けた。

 




星ちゃん激おこプンプン丸。

リアルがかなり忙くなってしまい、ちょっと今後も更新が遅めになりそうです。
申し訳ない。

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