それでは、本日はよろしくお願いいたします。にとりさん。
「おう。こっちこそよろしくね、阿求」
まず初めに、今回の騒動を起こした動機はなんですか?
「うーん、そうだなぁ。アリスと正面から競ってみかったっていうのが半分と、自分の作品を大勢に披露したかったっていうのが半分かな」
なるほど。
それはつまり、アリスさんと貴女の関係は余りよろしくないという事でしょうか。
「違う違う。逆だよ、逆」
逆?
「仲が良すぎるから、勝負の一つを挑むにも色々手回しが必要って事。あっちの勝負嫌いは、結構有名だしね」
相手が嫌う事だと知っていながら、それでも挑んだ、と。
「こっちを知ってる奴はあんまり居ないんだけど、アリスの工学技術の大半を教えたのは私なんだ」
アリスさんは、すでに様々な人形を作成する技術をお持ちです。
その上で、機械の作り方などわざわざ習う必要があるのですか?
「そこ、結構勘違いする奴多いよね。アリスの技術と私たち河童の技術は似て非なるものだよ。簡単に言うと、食事処と甘味処は同じ料理を出す店だけど色々違うでしょ。そんな感じ」
では、騒動の目的は最近調子に乗っていた弟子を師が懲らしめる為だったのですね。
「なんで一々曲解すんのっ!? やめてよ! この取材、後で中身改変して皆に見せたりしないよね!?」
……
「ちょっと。ちゃんと答えてよ、阿求!」
冗談です。
今回の取材は、
第三者の手に内容が渡る事はありませんので、ご安心を。
「ほんと? ほんとだね? 信じたからね?」
えぇ、嘘はありません。
「ほっ――阿求って、ほんと性格悪いよね」
良く言われます。
「いや、言われてるんだったら改めなよ」
では、貴女の人間恐怖症も改めてみては?
人里での貴女の振る舞いが目に余ると、幾つも苦情が届いていますよ。
「うぐぅっ」
その悪癖を知らない被害者からすれば、貴女は傍若無人な守銭奴でしかありませんからね。
せめてもう少し抑えていただかないと、そろそろ本格的に人里への立ち入り禁止を通告せねばならなくなりますよ?
「……ごめんなさい」
解っていただければ結構です。
こほんっ。話が逸れてしまいましたね。
「逸らしたの阿求じゃん」
否定はしません。
「可愛くないんだから。ま、良いや。それじゃあ次は、もう少しアリスについて突っ込んでみようかな」
第三者から、アリスさんについて語られる事は珍しくありません。
しかし、そのどれもが彼女の本質に届いていない。
そんな気がします。
「魔法に機械に薬学に――最近じゃ、新しく出来たお寺で法力についても学んでるって話だね。よくやるよ」
魔法使いは、基本的に知識欲の塊です。
他の同種族と比較して、それほどおかしい行動とは思えませんが。
「それにしたって手広過ぎでしょ。私には、失った「何か」を掻き集めようと必死に足掻いてるように見えて、少し辛いんだ」
アリスさんは、人間から魔法使いになったと聞き及んでいます。
その辺りが関係しているのでしょうか。
「どうだろね。多分アリスは、自分を妖怪だと自覚した上で感覚だけ人間として振舞ってる気がするよ」
人間である私たちにとっては、ありがたい事です。
「違う、そうじゃない。アリスは人間と同じように学び、成長してるんだ。今までも、これからも。それがどれだけ危険な事か、解るだろう? なぁ、当代の阿礼の子よい」
……
「しかも、アリスには人形がある。一人じゃ百年掛かる研究も、人形たちと一緒にやれば多岐に渡る作業を同時進行で行えるし、私たち河童みたいに意見の食い違いで足が止まる事もない」
……
「私は怖いよ。アリス本人じゃなくて、彼女が目指し、辿り着こうとしてる場所が――あぁ、そうか」
どうかしましたか?
「多分私は、あの勝負を通して伝えたかったんだと思う。「私は此処に居る」って。「まだ追いつける」って」
貴女の想いは、アリスさんに届きましたか?
「どうかな。でもまぁ、少なくとも「一緒に遊ぶ」って一番の目的は達成出来たから、私は満足してるよ」
妖怪ともなると、遊び一つ誘うのも命懸けですか。
はた迷惑なものです。
「そんな事言っちゃって、結構楽しかったでしょ?」
立場上、発言は控えさせていただきます。
……もう、そんな満面な笑顔で見ないで下さいよ。
まぁ、我ら阿礼の一人として言わせて貰えるならば、あんな馬鹿げた大騒ぎは幻想郷の長い歴史の中でも間違いなく断トツの珍事でしたよ。
「ははっ、最高の誉め言葉だよ。ありがと、阿求」
まったく、困った「知人」の方々です。
さて、それでは取材を続けさせていただきますね――
◇
「めーいーりーん! あーそびーましょー!」
霧の湖を遊び場とするチルノにとって、紅魔館は遊び友だちの居るご近所さんだ。
特に美鈴は、妖精たちとも分け隔てなく接する奇特な妖怪なので特に仲が良い。
「はいはい、こんにちわ。今日もお元気そうで何より」
「当然よ! あたいは何時だって元気百杯よ!」
「それは凄い。百杯もあるなら、その元気も納得ね」
「ふふーん」
なお、大妖精が居ない場合ツッコミ役が不在となる。
「かくれんぼ、鬼ごっこ、だるまさんが転んだ。さて、今日は何をして遊びましょうか」
「うーん……全部!」
「贅沢ねぇ。その貪欲さは、私も見習いたいわ」
「なんだか解らないけど、それほどでもあるわ!」
「すごいすごい」
「ふふーん! ふふーん!」
頭を撫でられて上機嫌のチルノが、自信満々で胸を反らし鼻息を鳴らす。
妖怪と妖精。寿命も生態も異なる種族が、共に遊び、共に笑う。
そんな素敵な時間に、無粋な横槍が入る。
「めーりん! あれ!」
「ん? どうしたの――おぉー」
チルノに指差された方角に目を向ければ、遥か彼方に巨人が居た。
遠く、
山を越える巨躯を持つなど、存在そのものが災害に等しい。
一歩を踏み出すだけで甚大な被害を起こすであろうその巨影は、まるで霞のようにふっと姿を消してしまう。
しかし、巨人が消えたとしてもその姿を確かに見た二人の記憶からなくなりはしない。
「だ、だいだらぼっちだ……っ」
「知っているの、チルノちゃん」
「だいだらぼっちだよ! あたい、詳しいんだ!」
「ほほう」
興奮するチルノには悪いが、美鈴は先ほどの影の正体にある程度当たりを付けていた。
巨体に見合うだけの気は感じませんでしたし、恐らくは幻影でしょうね。
とはいえ、幻影だとしてもあれだけ巨大な規模で虚像を出現させたにしては、魔術も妖術もそれらしい気配は感じませんでした。
「めーりん! あたいと一緒に、だいだらぼっちを探しに行こう!」
「うーん。嬉しいお誘いだけれど、私は門番としてこの場から離れる事が出来ないの」
「えー」
「ごめんね」
あからさまに唇を尖らせるチルノに、片手を顔の前に置き小さく頭を下げる美鈴。
そうしてしばらく睨んでいた氷精は、何かを思い出した様子で乱暴に髪を掻き上げ愁いを帯びた流し目で門番を見やる。
「ふっ、今回だけだぞ」
「ぐふぅっ!」
宴会時に披露した黒歴史を抉られ、美鈴の口から苦悶の声が上がった。
精神を基盤とする妖怪に対し、心への攻撃は割と有効である。
「それじゃあ、あたい一人で見つけて来るわ!」
「え、えぇ。期待しているわ」
ネタを披露して満足したのか、鼻息荒く飛び去って行く氷精を振るえる手で見送る美鈴。
紅魔館の番人は、手持ちの情報だけで此度の案件について思考する。
やれやれ、妖精にまで覚えられてしまうとは。
さて、先ほどの影は紅魔館の脅威とはなり得ないだろうけれど、お嬢様の暇つぶしくらいにはなりそうかな。
危険度は低。重要度は中。
後で、色々と脚色して報告しましょう。
運命を見通す紅魔館の当主は、すでになんらかの予兆を把握しているかもしれない。
紅魔館において第一の従者である、紅美鈴。
紅の美姫の忠実なる部下にとって、主人の幸福こそが己の幸福だ。
今一度視線を向けた先にある妖怪の山には、やはり先ほどの影の姿を見る事は出来ない。
それでも、何処かで何かが始まっている事だけは確実だ。
それが、異変と呼べるほどの騒動になるかどうか。
少なくとも、自分自身を含めた大勢の退屈しのぎにはなるだろうと楽観しながら、門番は再び己の職務へと戻るのだった。
◇
祭りとは、祭事である。
と、いう訳で、守矢神社主体で行われる夏祭りの開催だ。
少し前の音楽祭が大成功に終わった影響か、人里の外で行われる行事に人間側もかなり乗り気である事も、規模の大きさに拍車を掛けた要因の一つだろう。
祭りの名は、「超絶守矢スーパーゴッド祭」。とりあえず、過剰なほどの気合が入っている事は理解出来る命名である。
屋台の料理は当然として、的当てやくじ引きなどの娯楽、お出掛け用の服や装飾品の新調、etc――
異変だ事件だと度々物騒な記事が出回っている中で、お祭りを通して気晴らしついでに財布の紐を緩めて貰おうという算段だ。
そして今、私は晴れ晴れとした夏空の下で主に子供たちを相手にクレープの屋台を営業していた。
人間たちの屋台とは別の一角に存在する出店は、私のものだけではない。
紅魔館を模した真っ赤な屋台では、咲夜と小悪魔による赤ワインの試飲と販売。
竹で編まれた屋根を持つ屋台では、鈴仙とてゐによるおはぎや笹団子など餅米を使った料理の販売。
命蓮寺の屋根を模した屋台では、村紗と一輪と響子による肉無し精進カレーの販売。
そして、守矢神社からは祭りを盛り上げるレクリエーションが行われる予定だ。
人里と交流のある組織の面々が、それぞれの屋台で訪れる客を相手に愛想を振り撒いている。
因みに、会場の入り口に設置したアンケート用紙にて人気投票が行われており、一番投票数が低かった組織は次回の宴会費用を全額負担する事になっていたりする。
屋台のネタ被りなどを防ぐ為の場として設けられた事前会議にて、暴君神奈子と暴君レミリアと暴君輝夜によって決定された真剣勝負だ。暴君多過ぎである。
私と命蓮寺はとんだとばっちりだが、決まってしまったものは仕方がない。
もっとも、私としてはこういう血の流れない和気あいあいとした勝負であれば、皆と仲良く交流出来るので割と大歓迎だ。
とはいえ、個人で宴会の費用を負担するのはかなり懐が痛いので、出来れば最下位は回避したい。
作って渡して作って渡して――この感覚は正に、「俺〇料理」!
テレビに出てた偉い人とか来そうな忙しさだぜ、ベイベッ!
円形の生地に指定された果物と生クリームを包み、お好みでチョコレートソースやカスタードなどのトッピングを追加するという内容だが、人形たちのコミカルな演技や目新しさもあって客足はかなり多い。
コック帽とエプロン姿の上海と蓬莱を筆頭とした人形十体を従業員として、せわしなく動き回らせる。
私自身もまた、夏の日差しと鉄板の熱で汗だくになりながら、お客さんたちへクレープを焼いていく。
バナナ、ブルーベリー、パイナップル――人里で営業している洋菓子店のお陰で外来の果物も広く周知されているものの、名前と味が一致しない人の為にそれぞれの果物を小さく切った試食用の皿も屋台の端に用意してある。
「バナナとブルーベリー、トッピングは全部乗せ」
「フランは桃! トッピングはチョコとカスタード!」
慌ただしくお客さんを捌いていると、日傘を差した吸血鬼姉妹が並んで現れた。
五百年生きてさえ、まだまだ花より団子のお年頃なのだろう。二人の手には、沢山の屋台料理が抱えられている。
「いらっしゃい」
姉妹の仲の良さにほっこりしながら、鉄板に生地を落としおたまの裏面を使って素早く円形に整える。
焦げ付かないよう焼き上がりを見極め、私はフライ返しにて生地を上海へと向けて放り投げた。
人形の手に持つ包み紙へと着地した生地は、蓬莱以下各種盛り付け担当の人形たちの待つ地点へ次々と投げ渡され、何度も宙を舞っていく。
最後に注文通りの内容を収め終わったものが私の手元へと戻り、生地を折りたたんで完成だ。
ふっふぅん。
ハイカラだろう?
「はい、おまちどうさま」
「おぉー」
「素敵ー!」
曲芸染みた料理工程にレミリアは感心したように口を開き、フランは楽しそうにぴょんぴょんとその場を飛び跳ねる。
日々の練習は裏切らない。出店が決まってから、この日の為にひたすら練習したかいがあるというものだ。
近日で予定している次回の人形劇の公演への、丁度良いパフォーマンスになりそうだ。
「そろそろ、守矢の連中が何かやるって言ってた時間でしょ。折角だから、呼びに来てあげたわよ」
「フランたちと一緒に見ようよ、アリスお姉ちゃん!」
「ありがとう。今並んでいるお客さんが終わったら、すぐに行くわ」
お客さんに追われてすっかり忘れていたので、二人の気遣いに感謝だ。
わざわざ呼びに来てくれた事でもあるし、守矢の催しは紅魔館の面々と一緒に見るとしよう。
追加で召喚した人形に休憩に入る旨を記した立て札を持たせ、列の最後尾に浮かべて後続を断つ。
見渡せば、他の屋台も一旦の店じまいを始めている。
「おつかれー」
最後のお客さんにクレープを渡し終えた時点で、どうやら私がこの区域の最後らしい。
レミリアたちと合流する前に屋台の清掃作業を行っていると、撤収の最終確認を終えたのだろうてゐがひらひらと手を振りながら私に近付いて来た。
「お疲れ様。はい、余りよ」
「お、残り者には福があったね。うさうさ」
余剰分として作っていた木苺のクレープを手渡し、私もまた自分用に残しておいた杏のクレープを口に運ぶ。
「守矢の連中から、何やるか聞いてる?」
「いいえ」
レクリエーションの内容は、私も直接は何も知らされていない。
風の噂で聞いた話では、山の組織の一員であるにとりと共同で何かを行うらしい。
河童の機械技術は、現代のそれ以上だ。何をするにしても、大規模で派手な内容になる事は間違いない。
「ありゃ、当てが外れたか。アリスなら何か知ってるだろうし、ヤバそうなら姫様逃がす算段付けとこうと思ったんだけど」
「残念だったわね。まぁ、流石に危険は少ないと思うわよ。信仰の源泉である人里との関係悪化は、二柱の
「どうかなー。だって、あの早苗だよ?」
「早苗は良い子よ」
「ソウデスネー」
『守矢信者とその候補の皆さん! お待たせ致しました!』
拡声器によるものだろう。遠くの空から早苗の声が会場全体に響く。
のんびり歩いていたが、少し余裕を持ち過ぎたらしい。
「おっと、始まるか。そんじゃ、私は姫様のとこに行くよ」
「えぇ、また後で」
手短に挨拶を終え、私も早足でレミリアたちの待つ場所へと向かう。
「ごめんなさい。少し遅れたわ」
「遅いわよ」
「間に合ったのね、良かった。ほらほら、お姉ちゃんはフランの隣だよ」
「はいはい」
レミリアとフランの対照的な態度に挟まれながら、私も用意されたブルーシートへと座る。
二人が持っていた日傘は傍に立つ咲夜と小悪魔に手渡され、屋台の料理に舌鼓を打つ主たちを日光から守っている。
『守矢がってますかー!』
「「お、おぉー」」
『声が小さい! 守矢がってますかー!』
「「おぉーっ!」」
早苗の持つ問答無用の勢いは、こういう催しにこそ真価を発揮する。
大衆を飲み込み動かす、強烈な扇動力。
「キンキンと騒がしい事だ」
「おーっ」
その、強引なまでの牽引力に引かれているのだろう。
顔をしかめるレミリアも、釣られて右手を上げるフランも、後ろの羽がぴこぴこと楽しそうに動いている。
『本日お披露目しますのは、幻想郷の平和を守る守矢秘伝の守護神像です! その威風堂々たる御姿を、是非皆様揃って堪能して下さい!』
興奮に沸く観衆へ、拡声器を小脇に抱える
「えーっと……守矢の神様といえば、八坂神奈子様と守矢諏訪子様のお二人ですよね?」
「そうね。二人の銅像でも作ったのかしら」
小悪魔と咲夜は、二人で同じように首を捻って頭上に疑問符を浮かべている。
情報がなければ、確かにそう思ってしまうのも無理はない。
しかし、違う。
原作知識を持つ私だけは、早苗の言葉でそれがどういう存在であるかを推理出来てしまう。
早苗が言ってるのって、もしかしてヒソウテンソク?
にとりと共同にした理由はそこかっ。
核熱造神ヒソウテンソク。
その正体は、巨大ロボットを模した人型のアドバルーン。非想天則だ。
お空の持つ核融合による熱波で暖められた空気を詰め込み、膨らんだだけのでくの坊。
確かに、祭りの余興としてあれほど似合う存在もそうは居ないだろう。
『それでは。全人類の夢、ここにご開帳です!』
早苗の背後の先に存在するものが、妖怪の山である事は偶然ではあるまい。
それは、余りに巨大だった。
妖怪の山の高さを超え、遥か彼方にそびえるその堂々たる立ち姿。
扇状の飾りを付けた黄金の頭部と、同色に輝く鋼鉄の身体。深紅の胸当ては、背後でVの字型に伸びる雄々しき翼と繋がっている。
「うわぁ……」
「すっげー……」
観客たちも、余りの巨大さとスーパーロボットという初めて見るだろう形状に呆然としている。
恐らく、大量に霧を背景にプロジェクターのような機械で映像を投射する事で、あれほど巨大な姿を表現しているのだろう。
種が解ればそれほどでもないが、理屈が解らない者たちにとっては目の前に映る光景こそが真実だ。
「ふ、ふんっ。まぁまぁじゃないかしら」
「すごいすごーい! 壊しがいがありそうね!」
「これは凄い。ですが、あそこから動くとなると一番被害が出るのは妖怪の山では? それはそれで面白そうですけれど」
「歩くだけでも、酷い事になりそうね」
紅魔館のメンバー内での感想は、子供組が割と好評、保護者組は割と冷静だ。
『ご覧下さい! これぞ究極にして至高の御神体! 凄いでしょう!? 素晴らしいでしょう!? 幻想郷の平和は、どうかこの
絶大なインパクトで注目を集めたところで、自分の売り込みも忘れない。
最初は驚いていた人間たちも、映像が遠い事もあって次第に落ち着きを取り戻していく。
『え? にとりさん、どうしました? 次? 次ってなんですか?』
そのまま大成功に終わるかと思ったイベントだったが、どうやらまだ続きがあるらしい。
しかも、それを主催者である早苗本人が知らされていなかったようだ。
どうも、雲行きが怪しい。もしかすると、てゐの抱いていた警戒は正しかったかもしれない。
早苗の背後にある大地が開く。
そして、地下からせり上がって来たのは遥か遠くにて威風を轟かせる見せ掛けの虚飾ではなく、確かな実体を伴った本物の巨大ロボットだった。
アドバルーンとは、一体なんだったのか。
ちょっ。にとり何してんの!?
何してんの!?
大事な事なので、思わず二回言っちゃったよ!
『お、おぉぉぉっ!? おっほっ、おふぉぉぉぉぉぉっ!』
余程嬉しいのだろう。
両目をキラキラと輝かせ、興奮から両手を握り締める早苗の口から女の子としては割とアウトな雄叫びが上がる。
プロジェクターの映像からスケールダウンしているとはいえ、その全長は十メートルを超えている。威圧感は十分だ。
黄金の両腕を天高く掲げ、鋼の巨人がその存在を主張する。
『グッジョブですにとりさん! なんて素敵なサプライズでしょう!』
披露する側からされる側に変わり、早苗の興奮は止まらない。
『乗れますか!? 乗れますよね!? 乗らせて下さい! ――え? もう乗っている? 乗っ取られた?』
しかし、早苗の願望が叶う事はなかった。
『ザ、ザザ――あー、あー、これで良いのかしら』
ヒソウテンソクから流れて来た声は、聞き覚えがある少女のものだ。
多少乱れてはいるが、恐らく不良天人の比那名居天子。
妖怪の山を根城とする守矢とも、ヒソウテンソクの製作者であるにとりとも、接点は余りないはずだ。
その緋想の主が今、巨大ロボに乗ってこのお祭りの会場に現れた。
正直に言って、嫌な予感しかしない。
『ねぇ、聞こえているんでしょう!』
誰に向けた言葉なのかは、言わなくても解る。
解ってしまうだけに、全力で現実逃避したかった。
『さぁ、十分待ってあげた上にあんたの土俵に降りてあげたわ! リベンジよ、掛かって来なさい!』
ご指名は、私。
もし、表情筋が動いてくれたならばきっと盛大に引きつっていた事だろう。
名前を呼ばずとも、それだけは確実だ。
復讐に燃える天人を乗せ、黄金の巨人が吠える。
平和で安全な祭りは終わり、危険で殺伐とした血沸き肉躍る次なる祭りが始まろうとしていた。
バックミュージックは、勿論あの曲。
ひそーてんーそくー♪