実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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いちいち(自称)って書くのめんどくさいので、キャサリン(自称)は普通にキャサリンと表記することにしました(どうでもいい)


転生野郎Aチーム続編~男の娘VS漢の娘──仁義なき女子力合戦~

 仕掛けたのはキャサリンが先だった。対峙するのは自身の半分にも満たないような小柄な体躯の少女だ。本来ならば警戒するのも馬鹿らしくなる程の体格差が両者の間には横たわっている。

 にも拘らず、キャサリンが感じたのは紛うことなき「恐怖」だった。目の前の少女を生かしておいてはならない……さもなくば死ぬ……殺される前に殺せ。一瞬で脳裏に走った本能が鳴らす警鐘に従い、彼はそれまでの余裕をかなぐり捨てて殴り掛かった。

 

 既に試験開始のゴングは鳴らされている以上、如何なる手管を用いても不意打ち・騙し討ちは成立し得ない。それを踏まえてなお、キャサリンが取った行動は騙し討ちとしか評せぬものであった。一回りどころか二回りも体格で下回る少女を相手に、何の宣告もなしに問答無用で殴り掛かる。これを卑怯と言わず何と言おう。

 

 そんな「余裕のない」キャサリンの姿など見たこともない囚人たちは瞠目する。だがそれ以上に、他ならぬキャサリン自身が己の行動に対し驚いていた。彼の取った行動は意識してのものではない。反射的行動……彼の本能が発した警鐘は脳を通らず、脊髄を伝い直接手足に働き掛けたのだ。

 

「力比べ? いいね、そういうのだァい好き」

 

 対するアストルフォは正面堂々と行われた奇襲にも動じることなく、己の顔面目掛けて迫る拳に自身の拳を合わせた。

 

 既に名乗りは済ませた。我は誉れ高き聖騎士(パラディン)、戦場の勇。そして戦場に求められるものは杓子定規で儀礼的なチャンバラではない。文字通りの何でもあり。ただ「敵を斃す」ことを至上とする純粋なまでの力、それこそが戦場では尊ばれる。

 卑怯卑劣大いに結構、敵のあらゆる手練手管を正面から捻じ伏せてこその騎士である。敵が卑怯であればあるほど、そして邪悪であればあるほど、それらを小細工なしで打ち倒した騎士の聖性は確かなものとなるのだ。

 

 故にアストルフォは敵の卑劣を責めることはしない。その悪意が無辜の民草を害するのならば怒りも抱こうが、ただ己に向かうのであればそれは歓迎すべき受難である。敵の邪悪なるは、英雄譚を彩る何よりの華であるからして。

 

 

 ──グシャリ、と水気を孕む破砕音がリングに木霊した。

 

 

 鉄拳と鉄拳のぶつかり合い。それは一方の拳がもう一方の拳を粉砕するという結果に終わった。

 言うまでもなく、砕かれたのはキャサリンの拳であり、砕いたのはアストルフォの拳である。小さな拳は敵の指を砕き肉を抉り、その破壊は拳が拳でなくなる程に徹底的であった。

 

「~~~~~ッ!?」

 

 サァ、とキャサリンの表情から血の気が引く。露出した自らの血肉に触れる相手の拳から伝わるもの。それを一言で表すならば「途方のなさ」であった。

 途方もなく硬い拳。途方もなく洗練されたオーラ。相対して初めて分かった、念能力者としての途方もない力の差。圧倒的な体格差を覆して余りある程にオーラの強度に開きがあるのだと、その時ようやくキャサリンは理解したのだ。

 

 だが、その認識は半分正解で半分不正解だった。確かにキャサリンの念能力者としての才能は高が知れているが、一方でアストルフォの念の才能も際立って高いものではない。例えばゴンやキルアなどと比べればその差は明白であろう。

 事ここに至ってなお、キャサリンはまだ誤解していた。アストルフォの筋力はランクにしてD。これは人間の頭蓋ならば容易に粉砕し得る程の筋力だ。そこに英霊として彼が保有するスキル、『怪力:C-』が加わることでその筋力は更に一段階跳ね上がる。ランクの低さ故に発動中は継続的に自傷ダメージを負うというデメリットを抱えるものの、『理性蒸発』のスキルも手伝いその上がり幅はランク以上のものがある。最終的に発揮される筋力はC以上B未満、瞬間的にならばB以上にも達するだろう。──そう。アストルフォは小柄だが、その筋力は決してキャサリンにも劣るものではなかったのだ。

 

 アストルフォの筋力は物質に依らない。実際の筋肉量では測れぬ怪力、流石は最上位の人間霊たる英霊の面目躍如と言ったところか。そこに念能力者として修めたオーラによる身体強化の恩恵が加わるのだから、文字通りの鬼に金棒である。しかもアストルフォは強化系に適性を持つ生粋のパワーファイター。発揮される腕力は常人からすれば目を覆いたくなる程であった。

 

「さあ、行っくよー!」

 

 気楽さが透けて見えるような軽い掛け声を上げ、呆然とするキャサリンへとアストルフォは手足を振るい連打を浴びせた。ともすれば愛嬌すら感じられるような挙動とは裏腹に、一発一発に込められた威力は砲弾の一撃にも匹敵しよう。

 

 そりゃー! 拳が奔り、頬骨を砕く。

 てりゃー! 足刀が炸裂し、肋骨に罅を入れる。

 とりゃりゃー! 型も何もあったものではない滅茶苦茶な喧嘩殺法は、鋼鉄のようなキャサリンの筋肉を貫通しその身に確実なダメージを与えた。

 

「ぶるぅぁぁぁぁあああ!!」

 

 女性らしさを演じる余裕すらない野太い悲鳴が上がり、キャサリンの巨体が宙を舞う。小が大を一方的に打ち破るという信じ難い光景に、両陣営の観衆は愕然と目を見開いた。

 

「どんなもんだい! 最弱でも英霊は英霊、ただの人間に負けたら英雄の名折れだからね! このぐらいは朝ご飯前さ!」

 

 ズシン、と重々しい音を立ててキャサリンの巨体がリングに沈む。一方のアストルフォは僅かな疲労すら感じさせない元気一杯の勝利宣言を上げる。勝負の行方は一目瞭然であった。

 

「嘘だろ……姐さんが、負けた……?」

 

「あの(ある意味)地上最強の生物(ナマモノ)が……!?」

 

 トリックタワーを支配する絶対者の敗北に囚人たちは愕然とする。彼らからすればキャサリンとは絶対的な(性的)暴力の化身であり、まさか彼が敗北するなどとは考えもしなかったのだ。非念能力者としては隔絶した戦闘力を持つ殺人犯ジョネスですらキャサリンには手も足も出なかったというのに、あんな幼げで華奢な少女が腕力でキャサリンを上回るなど、あまりに非現実的過ぎて目の前の光景を受け入れ切れずにいた。

 

「す、すげえええええ!? アストルフォの奴、あの筋肉お化けに勝ちやがった!!」

 

「マジかよ……」

 

 だが受験生側の陣地からレオリオの歓声とキルアの愕然とした声が上がったことで、茫然自失としていた囚人たちも我に返る。

 そこで彼らはふと気付く。キャサリンが敗北するということは、即ち彼がトリックタワーの絶対者としての地位から転落することを意味する。あの怪物が敗れたと知ればこれまで見て見ぬふりをしていたハンター協会も重い腰を上げ、キャサリンをタワーから放逐するかもしれない。それは彼ら囚人がキャサリンの圧制から解放されることを意味していた。

 

「う、うおおおお!!」

 

「すげぇぜ嬢ちゃん!」

 

「敵ながら天晴れだぜ!」

 

『アストルフォ! アストルフォ! アストルフォ!』

 

 突如として敵側から上がるアストルフォコール。アストルフォは自身を褒め称える声に無邪気に喜んでいるが、囚人たちの心情を察したゴンたちは何とも言えず微妙な表情を浮かべた。

 

『アストルフォ! アストルフォ! アストルフォ!』

 

「いえーい! ありがとー! ありがとー!」

 

「ま、まあ……勝ったから良いのではないか?」

 

「そ、そうだな。うん、初戦で白星を取れたのは良いことだ」

 

 敵側からこちらの勝利を祝われるという良く分からない状況に困惑するも、「取り敢えず勝ったのだから良し」とお互いを納得させるクラピカとレオリオ。だが、そこでゴンが何かに気付いたように声を上げた。

 

「あれ、でもカウントが進んでないよ?」

 

「あ、ホントだ」

 

 壁に埋め込まれたディスプレイに表示されているのは当初から変わらぬ0の数字。それは今リング上で行われている戦いの決着が未だついていないことを意味していた。

 ゴンの指摘で囚人たちもそれに気付き、困惑の表情でディスプレイを見上げる。場が不穏な空気に包まれる中、決着したと思われた筈のリングの上で動きがあった。

 

「ふ、ふふふ……そうよ、まだ勝負は終わってないわ……」

 

 ダウンから復帰したキャサリンが身体を起こす。まさかの復活に、囚人側は阿鼻叫喚に包まれた。

 

「NOOOOOOO!?」

 

「嘘だ、嘘だぁぁぁぁ……!」

 

「諦めろよ! どうして諦めないんだそこで!!」

 

「……アナタたち、オシオキ確定ね。今夜は全員寝かさないから……」

 

 ヒクヒクと口元を引き攣らせつつ立ち上がり、キャサリンは再びアストルフォと対峙する。もはや彼の目に油断はなく、眼光鋭く相対する少女を見下ろした。

 

「完全に見誤っていたわ……その体格で、まさかド直球のパワーファイターだったなんてね。技とか身軽さを活かしてテクニックで戦うタイプとばかり思っていたわ。悔しいけれど、私の念よりアナタの念の方が上みたい」

 

「ならさっさとギブアップしなよ。勝ち目がないことぐらいもう理解できたでしょ?」

 

「あら、もう勝ったつもり? お生憎様、私はデスマッチの勝負方法を取り下げるつもりはないの。それに……私にはまだ大逆転の秘策があるッ!!」

 

 バッと再び白鳥の構えを取り、キャサリンはオーラを練り上げる。活性したオーラが五体の隅々まで行き渡り、その金剛石のような肉体に更なる頑健と剛力を宿らせた。

 見た目通りに強化系であるキャサリンは肉体を強化することを得手とする。同時に、身体機能の向上に伴う自然治癒力の強化も他系統の念使いと比較しより高水準で修めている。彼は直前に受けたアストルフォからのダメージを出来得る限り回復させ、より万全に近い状態で攻撃を繰り出す腹積もりでいた。

 

「万全の状態を100%とするなら、今の私の体力は30%程度。回復しても精々50~60%止まりでしょう……普通ならね。けれど私の能力ならば……このダメージを全てなかったことにし、100%の状態にまで回復させることも可能ッ!」

 

 その時、外野からリングを見詰める者たちの目にハッキリと()()は映った。

 陽光に照らされ白く輝き、水滴を跳ね返し煌めく純白の羽。湖上を踊り天を舞う、美々しき白鳥の翼がキャサリンの背に宿るのを──!

 

 

「これこそが地上に並ぶものなき至高の“美”を宿す最高の肉体……その究極系ッ! “麗しの我が美肉よ、永遠なれ(フォーエバー☆キャサリンボディ)”──!!」

 

 

 筋肉の膨張によって申し訳程度に身体を覆っていた衣服が弾け飛び、その鋼の肉体を余すところなく外気に晒す。

 それは狂気の域にまで達した己の肉体への信仰が齎した奇跡。日がな一日肉を想い、片時も忘れることなく己が筋肉に恋焦がれ続けたキャサリンならではの“発”。我が身こそが地上で最も美しいのだと信じて止まぬ彼が発現させたのは、「己の肉体を常に最高の状態に維持し続ける」能力であった。

 

 究極の美を宿す肉体を蝕むあらゆる障害……疲労、病、外傷、ありとあらゆるバッドステータスを跳ね除け、能力発動中に限り「無敵」となること。それが“麗しの我が美肉よ、永遠なれ(フォーエバー☆キャサリンボディ)”である。

 

「砕けた骨も断裂した筋肉も……ホラご覧なさい! 瞬く間に元通り!」

 

 ポージングを取り筋肉を誇示するキャサリンの身体からは、アストルフォから受けたダメージも、リングに沈んだ際に付着した僅かな埃すらもが消え失せていた。艶々と光り輝く筋肉にはもはや些かの瑕疵も存在しない。

 

「最強! 無敵! そしてビューティフル! 何人たりとも私の美しさを損なうことはできないのよッ!!」

 

「うわぁ……」

 

 見るに堪えないと言わんばかりに顔を歪め、本気でドン引きするアストルフォ。全身の筋肉がテラテラと艶光り、まるで別個の生物であるかのように隆々と脈動し膨張する。率直に申し上げるならば凄まじく気色悪かった。

 

「でもそれって、要するに自己回復にだけ特化した強化系念能力でしょ? 身体強化が向上するわけでもないんだったら──」

 

 ト、と軽やかなステップを刻み跳躍する。小柄な体格を活かし重力を無視したように飛び上がったアストルフォは、強烈な回し蹴りをキャサリンの顔面に叩き込んだ。

 

「力で勝るボクに有利なのは変わらない。また同じことの繰り返しになるだけさ」

 

「それはどうかしら?」

 

 だがキャサリンは大きく体勢を崩したもののその場に踏み止まり、逆に蹴りの体勢のまま滞空したアストルフォの足を掴み上げた。

 

「うわわっ」

 

「言ったでしょう、今の私は無敵なのよ! 即死しない限りあらゆるダメージは瞬時に回復! そしてぇッ!」

 

 ギリギリと軋みを上げる程の力で片足を握り締め、力の限りに振り回す。まるでヌンチャクを扱うかのように軽々とアストルフォをぶん回し、キャサリンは石で固めたリング上へと勢いよく叩きつけた。

 衝撃でリングは砕け、石片が辺りに飛び散る。常人であれば瞬時に柘榴と化すであろう威力で叩きつけたキャサリンは口角を上げ、リングに埋まったアストルフォを見下ろした。

 

「発揮されるパワーは肉体の耐久力を凌駕する。人は自らの肉体を壊さないよう無意識の内に力を抑制(セーブ)するけど、自傷ダメージもなかったことにできる私にそんな加減は無用! 常に火事場の馬鹿力を発揮できるのよッ!」

 

 回復能力を極めることで間接的に身体能力をも強化する。攻防共に隙のない能力であり、キャサリンはこの力に絶対の自信を持っていた。彼の経験上、この能力を発動して敗北したことは一度もない。

 

「褒めてアゲルわ。この力を使わせるまで私を追い詰めた者は片手で数えられる程しかいないの。アナタは優秀な戦士(ウォリアー)だった……せめて私の美しさを手向けに散りなさ──」

 

「よいしょ」

 

 ボゴォ、とアストルフォは無造作に砕けたリングを掻き分け這い出した。平然と立ち上がるその姿は僅かな痛痒すらも感じていないようで、鼻高々に語っていたキャサリンもこれには瞠目し口上を中断する。

 

「うん、地金は見えたかな。悪くない能力だとは思うけど……ま、宝具を使うまでもないよね」

 

「宝……? 何を言って」

 

「弱点が分かったってことさ。その能力のね」

 

 そう嘯いたアストルフォは挑発的な眼差しでキャサリンを見遣り、両手を開き前方に向けて構える。一見すると許しを請うような、制止を願うようにも見えるその体勢……その意味するところを悟ったキャサリンは笑みを消し、怒りの表情を露わにした。

 

「手四つだよ。意味は分かるよね?」

 

「小娘が……この私と力比べしようってワケ!?」

 

 よもやアストルフォが純粋な筋力で自身に並ぶなどとは露程も思っていないキャサリンからすれば、その姿は高々オーラの扱いで上回るだけの小娘が粋がっているようにしか映らない。

 それは丹念に愛情を込めて育て上げた自身の筋肉に対する侮辱である。キャサリンは己の美しさと筋肉には絶対の自信と誇りを持っており、それを貶す者は誰であっても許さなかった。

 

「いいわ、その挑発に乗ってアゲル。私の女子力(パワー)とアナタの女子力(パワー)……どちらが本物か、思い知らせてやるわッ!!」

 

「そうこなくちゃ!」

 

 キャサリンの分厚く太い五指とアストルフォの細く華奢な五指が絡み合う。両手を合わせて組み合った両者は、そのまま真っ向からの力比べに縺れ込んだ。

 キャサリンの握力は生木をも圧し折り、鉄の塊すら拉げさせる。だがアストルフォもまた負けてはいない。大人と子供ほどもある体格差、手の大きさの違いを物ともせず互角に組み合い、正面から巨漢の剛力を押し返す。

 

「おお……!」

 

「凄まじい水準(レベル)の力比べだ……もはや我々とは次元が違う……!」

 

 外野はただただ迸るオーラの渦動に圧倒される。念を知らずともそこに渦巻く力の気配は感じられるのだ。超人同士のぶつかり合いは凄まじい熱気を生み、傍目からはリングの上だけが高温に炙られ大気が歪んでいるようにすら見えた。

 

「ぬおおぉぉぉ……!」

 

「んぎぎぎぎぎ……!」

 

 ギシギシと骨肉が軋む音が耳朶を打つ。超回復に任せ負傷を顧みず火事場力を発揮するキャサリンと、『怪力』という超常の(スキル)で腕力を底上げするアストルフォ。共に人ならざる膂力を持つ者同士の腕力勝負。一切の小細工や小手先の技を排した純粋な力の比べ合いは、ともすれば神話的とすら呼べる程に超越的な光景だった。

 

 だが、何事にも終わりは訪れる。時間にして一分程度の短くも濃密な競り合いの後、均衡は崩壊する。

 

「見ろ、姐さんの頭が……!」

 

「おお……()()()()()()()()()()()……!」

 

 徐々に、だが確実に崩れ行く拮抗状態。先に変化が起きたのはキャサリンであった。二メートルという巨体を活かし遥か高みから体重を加えていた彼だったが、掌を通じて押し寄せる剛力に耐え兼ね、刻一刻とその姿勢を崩していく。

 オーラを纏い硬質化した皮膚を食い破り()り込む細い指。拳よ砕けろと言わんばかりの力でアストルフォの手がキャサリンの手を握り込み、上から加わる力を押し返す。まず崩れたのは膝であった。丸太のように太く強靭な脚力はアストルフォの怪力を抑え込むことができず、堪らずリングの上に膝をつく。

 続いて手の位置が下がったお陰で力を込め易くなったのか、更なる剛力が加わりキャサリンの上体を仰け反らせる。キャサリンは何とか抗おうとただでさえ太い腕をより膨らませて力を入れるも、対するアストルフォの腕はビクともしない。

 

「お、おお……雄オオオオォォォッッ!!!」

 

 遂にキャサリンは声色を繕うことを忘れ、野太く雄々しい叫びを声帯から迸らせる。女性的な仕草こそが自らの美を際立たせると信じていたキャサリンにとって、飾ることのない本来の声など実に数十年振りに発するものだ。喉を震わせる雄叫びが自分のものであると気付き、彼は長らく忘れていた本来の声の太さに愕然とする。

 

「お腹に響くような胴間声……いいじゃん。無理に取り繕った気色悪い女声より、そっちの方がボクは万倍好きかな」

 

「しまッ……!」

 

 一瞬の忘我により力が緩み、その好機を逃さずアストルフォは『怪力』を全開にする。発生する自傷ダメージを無視して解き放たれた鬼神の如き剛力は、一瞬でキャサリンの手を砕き抵抗の術を奪い去った。

 

「まだ……まだよッ! 私の“麗しき我が美肉よ、永遠なれ(フォーエバー☆キャサリンボディ)”は、あらゆる負傷をなかったことに──」

 

「うん、こんな試験で出てくる念能力者にしてはあり得ないぐらい強い能力だと思うよ。でもそれ、正直かなり燃費悪いんじゃない?」

 

「……え?」

 

 そう言われてようやくキャサリンは気付く。既に己の中に残されたオーラが僅かしかないということに。

 そして今し方粉砕された腕の修復によりオーラの消費が加速し、ただでさえ少ないオーラの残量が目に見えて目減りする。オーラ量の勘定を失念するという念能力者にあるまじき失態。手四つの腕力勝負に夢中になるあまりに犯したこの失敗がキャサリンの敗北を決定付けた。

 

 “麗しき我が美肉よ、永遠なれ(フォーエバー☆キャサリンボディ)”が強制的に解除される。無敵を剥がされ、更には頼みの綱であるオーラによる身体強化も失ったキャサリンに勝ち目などある筈もなく。

 

「ぎぃやああああぁぁぁぁぁ──あァん♥」

 

 両手を組み合ったままキャサリンはその身体をアストルフォの前に跪かせる。二メートルの巨漢がその身体を折り、150センチ程度しかない少女より更に低い位置に組み敷かれた。

 

「決着の際の標高……海抜……頭の位置をより高きに置くもの。それこそが──勝者!*1

 

 キャサリンを見下ろし、漫画から引用した台詞をドヤ顔でキメるアストルフォ。他のAチームメンバーが聞けば「はいはいワロスワロス」とスルーされる発言だが、そんな事実を知らぬ者にとっては次元の異なる超越的な戦いを制した強者の言葉と受け取られる。その言葉の重みは計り知れない。

 

「さて、まだやるかい?」

 

「……いいえ。私の完敗よ」

 

 勝負方法として提示されたのはデスマッチだが、そもそものルールとして決着の際に求められる条件はあくまで「相手に負けを認めさせる」こと。アストルフォの言葉を受け敗北を認めたキャサリンはどこか清々しさすら感じさせる表情で降参の言葉を告げ、組み合った腕から力を抜いた。

 その言葉を以て完全決着とし、ディスプレイのカウントが0から1へと変わる。それを見届けたアストルフォはキャサリンから手を離し、満足げに微笑んでリングに背を向けた。

 

「力勝負で負けたのなんていつ以来かしらね。……ああ、アナタ。さっき小娘呼ばわりしたことは謝るわ。こうして組み合って分かった……アナタは念に優れるだけの小娘じゃない、確かな腕力も備えた立派なマッスルだったのね」

 

「マッスル呼ばわりされるのは何か複雑なんだけど……あ、そうだ。そもそも君はどうして試験官なんて引き受けたの? 囚人じゃない君には依頼を受ける理由はないんじゃ?」

 

「そうね……まず、勝手にトリックタワーを私物化してることに対する罪悪感が一つ。と言っても私は別に善人ってワケじゃないし、実はそれほど悪いとも思ってないんだケド。

 一番大きな理由は、試験官のエミヤちゃんと交わした契約ね。もし私がアナタに勝ったら、一晩エミヤちゃんを自由にしていいって契約♥ ……尤も、彼はアナタが負ける筈がないって分かってたみたいだケド」

 

「ぉぇ」

 

 残念だわーイイ男だったのにぃー、と言いながらクネクネと変わらず気持ち悪い動きをするキャサリン。思わず余計な想像をしてしまったアストルフォは吐き気を催し渋面を浮かべた。

 

「それでー? こうしてボクに負けたわけだけど、これからどうするの? 大人しくタワーを去るならこれ以上とやかく言うことはしないけど」

 

「え、ここを去る? そんなことするわけないじゃない」

 

『え』

 

 何言ってんのコイツ、みたいな目でアストルフォを見るキャサリン。お前が何を言ってるんだ。

 

「この国の警察とかハンター協会が成敗しに来たんなら仕方ないって諦めるケド、何度かシバいたら警察もハンターも来なくなったし。これはもう黙認されてるってことでしょ」

 

「いやその理屈はおかしい」

 

「ともかく、私は今のところここを出るつもりはないわ」

 

 キャサリンの意思は固い。何しろここは彼にとってまさに理想の世界である。何となれば死ぬまで抵抗する心構えでいるくらいだ。

 そしてアストルフォにそこまでしてキャサリンを追い出す理由も義理もない。むしろ犠牲となった被害者の魂の安息を思うなら、彼ら囚人にはこのまま生き地獄を味わっていてくれた方が良いのではないか。アへ顔ダブルピースで男色地獄(┌(┌ ^p^)┐)に堕ちる囚人たち。さぞや溜飲が下がることだろう。

 

「……ガンバ☆」

 

『待って下さいアストルフォ様!!』

 

 ペロ顔で囚人たちにサムズアップを送るアストルフォだが、彼らにとっては堪ったものではない。せっかくこの地獄から解放されるかと期待したのに、まさかの元の状態に逆戻りである。

 

「頼む嬢ちゃん、見捨てないでくれぇ!」

 

「トドメだ! トドメを刺してくれぇぇぇ!」

 

「勝負方法はデスマッチだって言ってたじゃねぇかぁ!」

 

「ダ・メ・よ。試験のルールは一方が負けを認めること。私が負けを認めて決着がついた以上、更に試験官に攻撃を加えることは反則行為になっちゃうんだから。

 ……さぁて、さっき言ったことは覚えてるかしら? 約束通り、今夜は寝かさないからねええええええ」

 

『嫌ぁあああああああ!?』

 

 るんたった、とスキップで自分の陣地へと帰るキャサリン。オーラが尽き掛けているというのに元気なことだ。背を向けているためアストルフォから彼の表情は窺えないが、きっと凄まじい形相を浮かべているのだろう。その証拠に、キャサリンを出迎える囚人たちの表情はカリカチュアのように歪んでいる。

 

 助けを求める声が背中に降り注ぐが、生憎と彼の理性は蒸発している。自分の陣地に戻った時には既に囚人たちのことなど頭になく、アストルフォは無邪気にゴンとハイタッチを交わすのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『良いよ良いよ、良い表情! カワイイよー!』

 

『HEY! レイヤーさんこっちにも視線下さーい!』

 

「喧しい! 余計な茶々を入れるなッ!」

 

「大丈夫……似合ってるよ……」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

 一方その頃、カオルは最初の部屋でセーラーム○ンのコスプレに身を包んでいた。一方通行(アクセラレータ)の反射を超えてコスプレさせることに失敗したため、仕方なく自らが犠牲となる道を選んだのである。

 

「クッソ、覚えてろよあの×××どもが……帰ったら■■■で(自主規制(ピー))してくれるわ……」

 

「カオル、放送禁止用語のオンパレードになってるよ……」

 

「どうでもいいのよそんなことは! 一方通行(アクセラレータ)ァ! あと何着ゥ!?」

 

「あと十着ぐらい……あ、次のバニースーツだ」

 

「※※※○○○──△△△###!!!」

 

「規制が入り過ぎて何言ってるかわかんない……」

 

 アストルフォが真面目(?)に試験を攻略している一方、カオルと一方通行(アクセラレータ)の部屋には渾沌が広がっていた。辺りにはカオルが着用したコスプレ衣装が散乱している。その中でカオルはエミヤやアーカードに言われるがままにポーズを取り、それを一方通行(アクセラレータ)が激写するという光景が繰り返されていた。

 

『何をやってる一方通行(アクセラレータ)! もっとローアングルから撮影せんか! そんなザマじゃ立派なカメコにはなれんぞォ!』

 

「別にカメコ目指してないし……」

 

『恥じらいは良い。だがそればかりでは全ての需要を満たすことはできん。なのでカオル君、次は凛々しさ多めの表情でヨロシク。セーラ○ムーンは自らの装いを恥とは思わないのだから』

 

「月に代わってブチ殺し確定ね」

 

『セ○ラームーンはそんなこと言わない!』

 

 

 カオルは知らない。後にエミヤの手によってこの時の写真がネットオークションに売りに出されることを。

 カオルは知らない。そのコスプレ写真が巷で有名になり、それを面白がったアストルフォの手によってYou○uberデビューさせられることを──この時のカオルは、まだ知る由もなかったのだ。

 

*1
『範馬刃牙』より、主人公・バキの父親である範馬勇次郎の発言




今回は予定よりギャグを盛り込めなかったなぁ。
次回以降を執筆する未来の私に期待ですね(フォーエバー☆ノープロット)

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