実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜 作:ピクト人
──さあ、地獄を楽しみな。
その一言と共に、惨劇は幕を開けた。
「〝
鼠耳のカチューシャを放り捨て、首に嵌めたチョーカー型の電極に付いたスイッチを押し込む。微弱な電流が流れるだけの些細な機能しか持たない飾りだが、これこそが
だが、全面的に戦闘を放棄するには
メンバーは決して前線に立つことを強要することはしないが、
だが、
簡単なことだ。
操作系念能力〝
その効果は「自分の性格を『
気弱で臆病な性格は跡形もなく、好戦的で獰猛、嵐のような激情を露わとする。善を望み正義を渇望しつつも自らを“悪党”と称し、目的のためには非道も辞さぬ覚悟を宿す。こうなった
「行くぞ。覚悟しろや雑魚どもが」
普段からは考えられないような乱暴な言葉遣いで開戦の口火を切る。そして一歩を踏み出し──刹那、
踏み込んだ瞬間に足元で生じた衝撃の
その様はさながら巨獣の行進といったところか。暴風を従え愚直なまでの直進を敢行する彼の前には如何なるものも存在を許されない。天を衝く巨木も、小山ほどはありそうな巨岩も、その悉くが撥ね飛ばされ宙を舞う。地盤ごと吹き飛んだ大木が乱回転し空を駆け、粉砕された岩石の破片が散弾と化して更なる破壊を撒き散らす。その様は悪夢的としか形容しようがない。一挙手一投足の度に地形を激変させていくその姿は正しく破壊の化身。
「見ィつけた」
「なッ──」
「何事──!?」
交差させた両腕でその一撃を防御したハンゾーはあまりの威力に顔を歪める。爆走する車両すら受け止め切る自信のあった彼だが、この一撃は自動車の激突などと比較してよいものではなかった。例えるならば大型車両の……否、列車の衝突にも匹敵しようか。咄嗟に後方に跳躍することで骨折だけは免れたが、両腕に残ったダメージはかなり大きい。完全に回復するには今暫く時間を要するだろう。
一方のボドロはハンゾーと異なり正面からその一撃を受けることはしなかった。既に老境に差し掛かっている彼には、今まさに肉体の全盛期を謳歌するハンゾーのような耐久力は望むべくもない。肉体的な衰えを十分に自覚する彼は衝撃を受け流す術を身に付けており、それが今回致命的な負傷の回避に繋がった。とはいえ無傷とはいかず、十分に受け流し切れなかった衝撃により肩を脱臼する怪我を負ったが。それだけ受けた一撃の威力が大きかったことの証左であろう。
「悪ィがこっから先は一方通行だ。虫ケラみてェに這いつくばるか、大人しく棄権するか選びな」
尤も、
敗北を受け入れるならば良し。だがそうでないならば──
「オイオイ、お前さんそんな愉快な奴だったのかよ。人畜無害で虫も殺せねーような奴だと思ってたのによ」
「ぬぅ……思わぬ伏兵がいたものだ。流石にここまで生き残ってきただけある、ということか。一筋縄ではいかぬものよ」
「
血色の双眸が二人を睥睨する。目深に被っていたフードを取り払った彼は、獣の如き獰猛さを宿した表情を隠すことなく露わにした。
まるで別人のように豹変した
「誰が許しを請うって? 寝言は寝て言えってんだ!」
「我らにもハンターを志す理由がある。そう簡単に諦めるわけにはいかんのだよ」
ただ移動するだけで大地を震撼させるような化け物を前に、彼らの戦意が衰えることはない。
これが試練というならば乗り越えてみせよう。自分たちが信じるハンターとは、きっとこんな敗色濃厚な状況でも活路を見出す凄い奴らなのだ。ならばハンターを目指す我らが諦めてよい道理はない。
「そォかい」
しかしそんな二人の反応を受けた
「……チッ、やりづれェなオイ。ヒソカとかイルミが相手なら問答無用で叩き潰せたってのによォ、適当に突っ込んだ先にいたのがコイツらとかツイてないにも程があるぜ」
バリバリと乱暴に頭を掻き毟る
「……まァ、先に喧嘩売ったのはこっちだしな。冗談で済ませるのもそれはそれで失礼ってモンだ」
ズン、と無造作な足踏みが大地を揺らす。その振動のベクトルが周囲の木々を伝い、立ち並ぶ大樹をドミノ倒しのように薙ぎ倒した。彼ら三人が立つ場所を囲むように倒れ込んだ木々によって天然のリングが形成される。
「退路を断たれたか……!」
「面妖な……」
「前言を撤回するつもりはねェ。テメェらはここで叩き潰す。……せいぜい足掻きな。場合によっちゃ見逃してやるよ」
「ほざけ!」
お情けで与えられるライセンスなど願い下げだ。望んだ立場は自分の力で手に入れるのだと吼え、ハンゾーとボドロは
「──お前はハンターに向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから」
キルアの前に立ち塞がったギタラクル──否、イルミ=ゾルディックは淡々とそう告げた。
針を抜き、元の整った顔立ちへと戻ったイルミは感情のない漆黒の眼差しでキルアを凝視する。言い知れぬ迫力にキルアは後退り、実の兄を恐々と見上げた。
「お前は熱を持たない闇人形だ。自身は何も欲しがらず、何も望まない。影を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは、人の死に触れたとき。お前はオレと親父にそう育てられた。……そんなお前が、何を求めてハンターになると?」
「お……オレにだって、欲しいものぐらいある」
「ないね」
「ある! いま望んでることだってある!」
「ふーん……なら言ってご覧。なにが望みか」
望み──キルアが望むもの。
そんなもの決まっている……ゴンと友達になりたい、ただそれだけだ。しかしその一言が告げられず、キルアは兄から目を逸らし俯いた。
名前を挙げることでゴンがイルミに目を付けられることを恐れたから? 何を言ってもイルミには一蹴されることが明らかである故の諦念? それとも──キルア自身が心の底では気付いているからか。ゴンと友達になるなど、闇の住人である自分には分不相応な願いであることが。
だが、それでも──
「それでもオレは、ゴンと──」
友達になりたい、と。意を決してそう告げようとした、まさにその時。
「!」
ズズン、とゼビル島全体が大きく震撼した。何か計り知れないほど大きなモノが身動ぎをしたような、明確に地震とは異なる種類の揺れ。明らかな異常を告げるその現象に、イルミはキルアから目を逸らし周囲を窺った。
何か大きな力が胎動しているのは感じる。しかし少なくともイルミが感知できる範囲に震源は存在しないようだった。今まさに島を破壊して回っている
「……まあいいか。それで? いったいキルは何が欲しいと──」
差し迫った脅威は存在しないと悟ったイルミはキルアへと向き直り、再び同じ問いを投げる。
キルアが予想した通り、イルミはキルアが何を望もうが切って捨てる腹積もりだった。何故なら彼にとってキルアは最高の暗殺者となるべく生まれてきた金の卵であり、それ以外の価値を一切見出していない。そしてそれこそが兄として弟に注ぐ最上の愛であると信じて疑わない。故にキルアがイルミが定義するところの“正道”を外れるというのならば、どのような手段を用いてでも闇の世界に引き摺り戻すつもりでいた。
だが、きっとその目的は果たせない。
何故なら、ここには三人のイレギュラーが存在する。本来世界が辿るべき道筋の破壊者たる彼らは、そんな決まりきった結末が訪れる未来など許さないだろう。
「『
声高らかに真名を謳い、少年は愛馬をこの世ならざる次元から引っ張り上げる。次元を跨ぐことで現実から存在を抹消していた幻獣は、騎手の呼び掛けに応じ現世へと舞い戻った。
気配も、魔力も、オーラも、色も形も全ての存在をこの世から消失させていたが故に、その出現は誰の目からも唐突だった。イルミもキルアも、そして二人を追跡する委員会のスタッフも──イルミのすぐ傍に出現したヒポグリフの存在を、直前まで察知することは叶わなかった。
「ミ゚ッ」
ヒポグリフの最高速度はマッハを超える。全長六メートルの巨体が音速でぶつかればさしものイルミもただでは済まないだろうことから、ヒポグリフが手加減していたことは明らかだ。だが本気でなくとも真正の幻想種が繰り出した体当たりの威力が低い筈もなく、幻馬の突進は咄嗟にオーラを纏い防御を固めたイルミを紙屑のように吹き飛ばした。
「あ、アストルフォ……!?」
「やあやあキルアーさっきぶり! 悪いけどキミのお兄さんは貰ってくよん♪」
唖然とするキルアへと下手糞なウインクをかますアストルフォ。相変わらずおちゃらけた態度を取るアストルフォとは対照的に、彼が騎乗するヒポグリフの様相は一変していた。ゴンとキルアを快く背に乗せてくれた時の穏やかさは今や欠片も存在せず、幻想に生きる超越種として本来有する荒々しき本性を剥き出しにしている。
木々の間を縫って森の奥から無数の針が飛来する。一つ一つにオーラが込められマシンガンのような勢いで迫り来る針の雨を前に、ヒポグリフは動じることなく巨大な翼を微かに動かした。その僅かな挙動だけで嵐のような暴風が吹き荒れ、全ての針を絡め取り吹き飛ばす。
「無駄無駄! そんな小さい針じゃヒポグリフの風の鎧を突破できないよ!」
「……急に現れて何なのお前。キルと話してる最中なんだから邪魔しないでくれる?」
撥ね飛ばされたイルミが舞い戻る。変わらぬ無表情を保っているが、今し方の突進を受けて肋骨を折ったのか脇腹を庇うように手で押さえていた。
イルミは予期せぬ闖入者であるアストルフォを不機嫌そうに睨むものの、明らかに攻めあぐねている様子だった。普段の彼ならば初撃を外した程度では動じず更なる攻め手を加えていただろうが、見るからに尋常な生物の範疇にないヒポグリフを前に流石の彼も有効打を見出せないでいる。
「お前、ヘルシングの所のガキだろ。随分とキルに馴れ馴れしかったけど、お前キルのなに?」
「友達!」
「ハァ!? お前何言って──」
「友達になる条件なんて簡単さ。お互いの名前を呼び合えば、それだけで二人はズッ友だょ! ボクもキルアも……当然、ゴンもね」
「!」
ゴンの名が出たことにキルアは息を呑む。アストルフォはそんなキルアにサムズアップすると、黄金に輝く馬上槍の穂先をイルミへと差し向けた。
「さあやろう今ヤろうすぐ
「知らないよそんなの、こっちは大事な話の最中なんだ。人の家の事情に首を突っ込むのは止めてほしいね」
「ハァン? 家の事情ぅ? そっちこそ何言ってんだか。今はハンター試験中だぜ? それなのに兄弟喧嘩になんて現を抜かしちゃってまー! 背後から串刺しにされなかっただけありがたく思いなよ!」
「……(イラァ)」
これでもかと厭らしい表情を浮かべてイルミを煽るアストルフォ。
しかしその態度はともかく、言っていること自体は正論である。これは
「……いいよ、その挑発に乗ってやる。どの道お前を生かして帰すつもりはないし」
暗殺者でありながら背後を取られ、剰え手加減されるという屈辱。このまま引き下がったのではゾルディックの沽券に係わる。イルミの中でアストルフォの抹殺が最優先目標に繰り上がった。
両手の指の間に針を握り込み、イルミは目にも留まらぬ速さで駆け出した。周囲にある木々をも足場として飛び回り、馬上にあるアストルフォへと躍り掛かる。
ヒポグリフに針が通らぬならばより脆弱な騎手へと攻撃を加えるまで。一瞬でアストルフォの頭上を取ったイルミは、三つ編みが躍る小さな頭目掛けて手にする針を突き出した。
「キルアは下がってて。でないと巻き込んじゃうからね」
流石凄腕の暗殺者だけあって見事な身のこなしだ。が、アストルフォはもっと素早い少女を知っている。当然のようにイルミの動きを捕捉するアストルフォは悠々と頭上へと槍を振るった。
「!」
颶風を巻いて迫る黄金の穂先を目にしたイルミは、即座にそれが内包する威力の程を悟る。正面から打ち合う愚を避け、イルミは空中で身を捩り槍の一撃を回避した。
その一瞬の判断が命を救った。薙ぎ払うように振るわれた槍の穂先は容易に音速を超え、衝撃波を辺りに撒き散らす。レイピアなどの軽い武器ならば剣先が音速に達することもままあろうが、馬上槍のような大型武器で同じことをしようとするのに要求される筋力は果たして如何ほどか。しかもアストルフォはそれを片手で為している。尋常な腕力の持ち主でないことは明白だった。
「強化系か」
「あったりー!」
アストルフォに剣才はなく、達人級の槍の腕前もない。しかし伝説に謳われるような英雄豪傑が相手ならまだしも、敵は所詮人の域を出ない暗殺者。力で強引に捻じ伏せるのも不可能ではないと彼は判断していた。
対するイルミは操作系に適性を持つ念能力者だ。六性図上で隣り合うのは放出系のみ、直接戦闘で猛威を振るう強化系からは離れている。見た目に反しパワーファイターであるアストルフォと正面からやり合うのは分が悪いどころの話ではないだろう。
「ま、それならそれでやりようはあるし」
アストルフォから距離を取ったイルミはそう嘯いた。
イルミは念を込めた針を脳に突き刺すことで相手を意のままに操ることができる。能力発動の前提として敵の頭部に一撃加えなければならない関係上、当然ながらクロスレンジでの戦いも心得ていた。先の槍の威力を見るに、アストルフォは強化系としてかなり高水準にある念能力者なのだろう。が、そのぐらいの実力者ならば腐るほど相手にしてきた。
単純な腕力だけでは優劣を計れぬのが念の戦いというものだ。いざ歴戦の凶手の手管をご覧に入れようと、イルミは再びアストルフォ目掛けて駆け出そうとし──
「『
再度の真名解放。騎手の口より紡がれた力ある言葉が獣の軛を解き放ち、荒ぶる幻馬は内なる魔力を漲らせる。
『■■■■■────!!』
馬のようで馬でなく、鷲のようで鷲でない幻想の獣は、この世の如何なる動物とも似つかない玄妙な嘶きで大気を震わせる。耳を劈くような咆哮の後、その巨体はイルミの眼前から消失した。
巨大な存在感を放つ魔獣が一瞬で痕跡一つ残さず消え去ったことにイルミは瞠目する。〝絶〟ではない。気配を絶つ、などと生易しいものではなかった。これは存在そのものが消滅しているのだ。
「オレの背後を取ったのはこの能力か……!」
「その通り!」
声は遥か頭上から。風を巻き上げることも音を立てることもなく、騎兵の姿は忽然と上空に出現した。
幻馬ヒポグリフは
この伝説が宝具として昇華したことにより、ヒポグリフは真名解放に伴い“あり得ないもの”として現実の次元から存在が抹消される。真名を以てその力を誇示すればする程に非現実の存在としての認識が強まり、ヒポグリフはより完全な“幻”へと変じていくのだ。そこで完全に消滅してしまう前に現実の存在である騎手が元の世界に引っ張り上げることで、一瞬だけ消滅し、また出現するという現象を引き起こすことができるのである。
ヒポグリフだけでは成し得ず、アストルフォだけでも実現し得ないこの奇跡の名は「次元跳躍」。この世界から消滅している瞬間だけあらゆる観測から逃れ、攻撃を無効化することが可能となる人馬一体の絶技である。
「やめろアストルフォ! 兄貴……イルミはゾルディック家の長男なんだ! 敵に回せば最悪の場合、親父が出てくる……!」
親父……現ゾルディック家当主、シルバ=ゾルディックのことだろう。卓越した戦闘能力と暗殺技能を有する猛者だ。確かに敵に回すには恐ろしい相手である。
キルアは父であるシルバの実力を良く知るが故に、自らを友達と呼んでくれたアストルフォへと必死に警告する。アストルフォが属する「ヘルシング探偵事務所」とやらはシルバからも一目置かれているらしいが、直接戦闘能力に秀でるだけでは影に潜むゾルディックの魔手から逃れることはできないだろう。
「頼むアストルフォ、オレはいいからお前は逃げて──」
「はいよー! ヒポグリフー!」
『■■■■■───!!』
「アストルフォー!?」
だが、肝心のアストルフォは「知ったこっちゃねぇ」と言わんばかりにヒポグリフへと突撃の号令を下した。
確かに根が小心者であるカオルあたりはゾルディックを恐れて強く出ることはしないかもしれない。だがここにいるのは理性の蒸発した放蕩王子。恐れ知らずの狂える聖騎士だ。ハッキリと申し上げるのならば「何も考えていない」。
何せ彼の思考回路は単純である。“敵を発見した”から“いざ勝負”に至るまでが完全にノータイムだ。そもそもの切っ掛けが「ヒポグリフに跨って適当に索敵してたら偶々目に入ったのがイルミだったから」である。イルミに喧嘩を売った結果どうなるか、なんてアストルフォは考えもしないし、考える必要はないと思っている。最も重要なことはただ一つ、「そのとき自分が何をしたいか、そしてそれが正しい行いであるのか」だけだ。
そしてアストルフォの頭脳はこれが最高最善の行動だと判断していた。つまりは
「突撃ィッ!!」
号令一下、幻馬は横溢する魔力の猛りを推進力に怒涛の如き突撃飛行を敢行した。真名解放による次元跳躍は魔力消費が馬鹿にならないので使用せず、只々単純な体当たりで以てイルミへと襲い掛かる。
たかが体当たりと侮ることなかれ、古くは古代ローマより伝承される
するとどうなるか──言わずもがな大惨事である。
身体全体を回転させ、螺旋を描くような軌道で大地へ向けて突進する。天より飛来する大質量の一撃を受けるような真似はせず、イルミはその場から大きく飛び退り回避しようとした。
普通ならば大地への激突を避けるために減速するだろう。当然イルミも相手がそうするものと思ってタイミングを見計らい回避行動に移った。減速する瞬間に針を投擲しようという冷徹な計算を内に秘めて。
だがアストルフォとヒポグリフはそんなイルミの予想を大きく裏切り、あろうことかそのまま頭から大地へと突っ込んだのである。
「……!?」
目測を見誤ったイルミは墜落の衝撃をもろに浴び吹き飛んだ。ヒポグリフはまるでドリルのように地盤を掘削し、止まることなく突き進む。
そのままUターンして地上に出るのか──否。ヒポグリフは上方へは向かわず、横方向へと進路を変えた。ゼビル島全域が地震が起きたかのように揺れるのもお構いなしに突き進み、一人と一匹は島を形成する隆起した地殻を粉砕し海洋へと躍り出る。
そこで初めてヒポグリフは上へと舵を切った。理由は単純明快、「同じように重力に逆らって飛ぶなら、地中を掘り進むより水中の方が速度を落とさずに済むから」である。
騎手が騎手なら騎馬も騎馬だった。
そうして盛大に水飛沫を上げて再び空へと上がったヒポグリフは、猛禽の眼光でイルミを捕捉。翼を広げ咆哮し
音の壁を易々と突破し飛行するヒポグリフは羽搏きだけで木々を薙ぎ倒し、大地を捲り上げる。彼らが通り過ぎた後には草木の一本も残らない。木が、岩が、憐れな動物たちが悉く空へと攫われていく。
「
何故かドイツ語で突撃を命じるアストルフォの声に応じ、ヒポグリフは内なる獣性を解放し嘶き猛る。久し振りの全力飛行に彼自身高揚を抑え切れないのも手伝い、主人と同様に“自重”の二文字は本能の奥底に放り捨てていた。
地上の一切を薙ぎ倒しながら迫り来る狂気の進撃を目の当たりにし、イルミとキルアは揃って血の気を引かせた。イルミは父の警告の、キルアはアストルフォの「巻き込むから下がってて」の真意を悟ったが故に。
「冗談じゃない……!」
「自重しろアストルフォ──ッ!」
イルミは罷り間違っても直撃を食らわないよう、そしてキルアは巻き込まれまいと全力でその場から逃げ出した。
「オイコラ馬鹿兄貴! オレと同じ方向に逃げるんじゃねー!」
「キルがオレと同じ方向に逃げてんじゃん。別にキルと一緒なら向こうも本気は出せないかなーなんて打算はないから」
「下心ーッ!」
ああ、こんな奴が相手ならさしものシルバとて疲れた顔もするだろう。「ヘルシングとは関わるな」と告げた父の言葉は正しかったのだと、このとき二人は過たず理解した。
「アッハハハハハハハハハハ────!!」
ゼビル島に狂気の喚声が響き渡る。理性の箍が外れた少年騎士は獲物を追い詰めるためだけに環境破壊を繰り返し、広大な島の自然をものの数分で三分の一も消滅させるという気の狂った蛮行を実現するに至った。
本当はカオルのシーンも書きたかったのですが、予想以上に長くなってしまったため分割します。