実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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もし主人公が振ったダイスの結果が、メルトリリスとジルではなくイヴァン雷帝だったら。


IF√象が如く

 ヨルビアン大陸の北方に位置する島国、ジャポン。その国のとある病院の一室にて、その日新たな命が誕生した。

 

「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」

 

「生まれてきてくれてありがとう……あなたの名前は───」

 

 そうして生まれた赤子は、親の愛に包まれすくすくと成長していった。

 赤子から幼児に。そして幼児から少年に変わる頃には、すっかり大きくなり誰よりも立派な体躯を手に入れていたのだ。

 

 

 身長531cmッ!体重2548kgッ!十二歳ッ!深い群青色の肌は鋼鉄よりも硬いぞ!

 

 

 当然の如く捨てられた。当たり前だよね、こんなの人間じゃないもの。イヴァン雷帝の身体を手に入れた彼は然もありなんと頷いた。

 

 彼は転生者である。そこはかとなく外なる神(The Outer Gods)臭のする神様の手によって転生させられた彼は、ダイスにてランダムに決められた特典を携えて『HUNTER×HUNTER』の世界へと足を踏み入れたのだ。

 選ばれた特典は「イヴァン雷帝」。異聞帯(ロストベルト)皇帝(ツァーリ)とも称されるその英霊は人ならざる異形、魔獣との合成人類「ヤガ」である。その骨肉は常人の範疇を逸脱して強靭且つ巨大。群青色の皮膚は鉱物の如き頑強さ。王権を示す冠で飾られたその顔貌は、木の洞のように虚ろな暗闇が蟠るばかりでその奥を見通すことはできない。そして何よりも目に付くのは、肩から迫り出すようにして大きく前方に伸びた象牙の如き突起物。

 

 こんなのが家にいたら普通追い出す。誰だってそーする、皇帝(ツァーリ)だってそーする。だから彼に今生の両親を恨む気持ちはない。むしろよく12年間も育ててくれたものだ。

 「おっかしーなー小さい頃は普通の人間ぽかったのになー」とぼやきつつ、彼が向かうのはザバン市だ。そこで行われる第287期ハンター試験に合格しライセンスを得るのだ。はいはいテンプレテンプレと言うことなかれ、この怪物のような見た目で街を歩けば警察を飛び越えて軍が動いてしまうのだ、冗談抜きで。三つ葉葵の紋所も斯くやというほどの絶対的な身分証明となるライセンスは是非とも欲しいのである。

 

 

 

 ドーレ港まで受験者たちを運ぶ船の船長に志望動機を問われた際、「いや、みなまで言わなくともいい!世界征服だろう!?」と震え声で言われるぐらいには威圧感があるイヴァン(12)にとって、試験会場までの道程などただの散歩コースが如く。「ドキドキ二択クイズ」の回答として選んだ(威圧感たっぷりの)沈黙で老婆を気絶させたり、一本杉の凶狸狐を(恐怖で)ただの狐にまで退化させたりしつつ、イヴァンはめしどころ"ごはん"へと辿り着いた。

 そこでケリーとかいう青年を卒倒させつつ、「ステーキ定食、弱火でじっくり」と妙にエコーが掛かった声で注文しエレベーターに乗り込む。そして到着した試験会場にて他の受験者たちを恐怖のズンドコに叩き落しつつ待機すること暫し、ようやく我らが主人公、ゴン御一行が会場入りした。

 

 ようやく原作が始まるのか……と感慨深く思っていると、おもむろに駆け寄ってきたゴンがキラキラとした眼差しで見上げてくる。

 

「スゴイねおじさん!何を食べたらそんなに大きくなれるの!?」

 

 怖気づくことなく怪物の如き見た目の巨漢に話しかけるゴン。久しく人に話しかけられることのなかったイヴァンは感動のあまり瞳を潤ませる。自分にすらどこに目があるのか分からないけれども。

 「オイオイオイ」「死んだわアイツ」とざわめく周囲の受験者たちを無視し、イヴァンは極力優しい声になるよう意識してゴンの疑問に答えてやった。

 

「やはり何においても朝食だろう。一日の始まりとして、しっかりと栄養を意識した食事を摂らねばならない。

 まずはベーコンエッグ。そしてワカメの味噌汁、サンマの塩焼き、最後に山盛りのキャベツ……用意に手間が掛からず、且つ必要なエネルギーを十二分に摂取することができる。実にご機嫌な朝食だ」

 

「スゲー!今度からオレもやろうっと!」

 

 前世にて刃牙を愛読していたイヴァンの完璧な回答に満足したのか、ゴンは「ありがとう、おじさん!」と手を振って仲間……クラピカとレオリオの元へと戻っていく。ゴンとは対照的に、真っ青な顔色が印象的な二人だった。

 ……あと、イヴァンは断じておじさんではない。精神年齢はともかく、実年齢は十二歳である。本人すら忘れかけているが。

 

 

 なお、この後に行われた一次試験において、まさかの全員合格という異例の事態が発生する。その際の受験者たちの様子は、まるで最後尾を走る(というか歩く)巨人の威圧感から逃げ惑うかのようだったと後に試験官・サトツは語った。

 

 

 

 二次試験に突如として乱入したネテロ会長に、「あいつワシより強くね?」と言わしめたイヴァンにとって、トリックタワーのギミックなど赤子の手を捻るが如くだ。最大の問題は天井が低いことだろうか。どうしても身を屈めるか天井を削りつつ進むしかない。途中から面倒臭くなったイヴァンは後者を選択した。

 

「……なあ、アンタって本当に人間?」

 

「如何にも、()は完全無欠に純粋培養の人間だ」

 

 ただ、生まれる際に余計な因子が混ざっただけである。

 

「お前のような人間がいるか!」

 

「ですよねー」

 

 そんな会話があったとかなかったとか。

 

 

 

 四次試験にて、ターゲットの方から「お納めしますから殺さないで……」と涙声で番号札(ナンバープレート)を渡されるぐらいには威圧感のあるイヴァンにとって、最終試験のトーナメント戦など昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものだった。某ピエロから注がれる熱視線にさえ目を瞑れば、最初から最後まで実に順調なハンター試験であったと言えよう。思わずうたた寝をしてしまったほどだ。

 

 で、目が覚めたらボドロが死んでいた。そしてキルアは失格になっていた。何を言っているのか分からないとは思うが、皇帝(ツァーリ)にも分からなかった。何か大事なシーンを見逃した気もするが、どうにも数年前から一部の原作知識が朧気なイヴァンには理由が分からなかった。

 しかし覚えていないということは重要なことではないのだろう、と自分を納得させた。冷血と言うなかれ、イヴァンは皇帝(ツァーリ)の如く遠大な視点でものを見るので、些細なことには目を向けないのだ。

 

 そんなイヴァンの遠大な視点は、数年後に訪れるであろうキメラアントの発生を見据えていた。ネテロ会長を始めとする最精鋭のハンターたちの奮戦によって何とか解決できた、人類を滅ぼし得る災厄だ。

 

「……まあ、問題ないだろう」

 

 何せ彼は山岳型魔獣との合成人類。原初のヤガ。本気を出せば主神クラスの神格とも殴り合えるイヴァン雷帝の力を以てすれば、たかが蟻の王など芥子粒が如きもの。脅威足りえないと判断したイヴァンは、早々に思考を打ち切って立ち上がる。今はまだ試験中、次は自分が戦う番だ。

 バキボキと指の骨を鳴らす。それだけの動作で地割れのような轟音が発生するので、対戦相手のポックルの顔は土気色を通り越して紙色だ。

 

 

 

 イヴァン雷帝。本名をイヴァン・ヴァシリエヴィチ。今生の親から貰った名前はカズマ。そんな彼の将来の夢は、グルメハンターになって美味しいものをたらふく食べることである。

 


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