実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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何とか年内に投稿できたぜ……
前回は突然のアンケートにお答え頂き感謝の言葉もございません(ゴマすり)
優しい読者の皆様とアンケート機能というクッソ便利なツールを搭載して下さったハーメルン様に感謝を(伝説の超ゴマすり)
アンバサ!(唐突なデモンズ)

そしてアンケートの結果、引き続きAチームでヨークシン編を書いていくことになりました。転生者複数って特大の地雷要素なのに、案外人気やなウチのキチガイども(自画自賛)
アンケートで募集した他の√のお話もそのうち書くかもしれませんので、気長()にお待ち下さい。

なおアンケート要綱に記載したので言うまでもないかもしれませんが、当小説のヨークシン編においてはオリジナルキャラ・オリジナル展開などの要素が含まれます。そんな何人もオリキャラが出てくる程ではありませんが、苦手な方はご注意下さい。


転生野郎Aチーム続編~断言しよう。この小説に真っ当な恋愛ができるキャラは一人もいない。……それはそれとしてヨークシン編開幕です~

「動画の再生回数がアストルフォの『ヒポグリフと行く空の旅』に勝てないんですけどー」

 

「カオルの夜間雑談と歌配信の方が多くない?」

 

「生放送ならねー。単発の企画動画だと空の旅がぶっちぎり過ぎて勝てる気しないわ。やっぱり空中遊泳なんて念能力者でも普通なら無理だし、オリジナリティなら断トツよね」

 

 『ヒポグリフと行く空の旅』とは、録画機材を抱えたアストルフォがヒポグリフと共にヨークシン市街上空を空中遊泳するというタイトル通りの企画動画である。二十分程度の短い動画であり、上空から見る都会の景色とアストルフォのトークが楽しめるものとなっている……最初の十五分間は。

 最後の五分間は緩いスピードに飽きたアストルフォとヒポグリフによる人馬一体の突撃飛行が堪能できる。風圧によってカメラのレンズが割れるまで続く恐怖の五分間は、油断していた多くの視聴者にアストルフォの理性蒸発振りを存分に叩きつけた。「可愛い男の娘と空のデート気分を味わっていたと思ったらいつのまにか恐怖のデスフライを体験していた。何を言ってるのかわからねーと思うが(ry」と視聴者から大好評を得ている伝説の回であった。

 

「あれはインパクト抜群だったしね……でもカオルの『ジゼル』とか『消力(シャオリー)講座』なんかも、そろそろミリオンに届きそうな感じ……」

 

「あーあの“こんなん真似できるわけねーやろがい!”って非難轟々だった『消力(シャオリー)講座』ね」

 

「非難轟々っていうかツッコミ多数というか……つーか消力(シャオリー)実演のために攻撃役になってもらった旦那の方が注目されてるの納得いかないんですけどー」

 

 こんなに凄いパンチも物ともしない! 消力(シャオリー)って凄い! というところを見せようとしたら凄いパンチの方に注目が行ってしまった悲しみの企画『消力(シャオリー)講座』。まあ一見すると何をやっているのか理解し難い消力(シャオリー)よりも、見るからに分かり易い吸血鬼の剛腕の方が視聴者受けが良いのは予想して然るべきことではあった。一部の格闘家からは高い評価を得ているのだが。

 

 そんな具合にすっかり動画投稿者として板についてしまったカオルとアストルフォ、裏方の一方通行(アクセラレータ)はリビングのソファに腰掛けながらぐだぐだと益体もない話に花を咲かせていた。手元の携帯端末をいじりながら会話する姿は、前世の日本ではすっかり見慣れてしまったイマドキの若者を思わせる。三人とも見た目()若いのでさほど違和感があるわけではないのだが。

 

「おーい……ってうわ、休日の昼下がりだからってだらけ過ぎじゃねお前ら。リ○ックマみたいになってんじゃん」

 

「誰がぐ○たまよ誰が。しょうがないじゃない実際暇なんだからー。というか最近あまり仕事入ってこないけど大丈夫なの?」

 

 居間に入ってきたエミヤに気怠げに返すカオル。彼女が言う通り、ハンター試験以来ヘルシングには仕事が入ってきていなかった。蓄えはあるので金銭的に困っているわけではないが、こうも退屈が続くと一抹の不安を覚えるものだ。……その割には全く不安がっているようには見えないが。

 

「しょうがねぇべや。今までと違って人件費の問題があるからよ」

 

「人件費?」

 

「お前ら三人の人的価値ってヤツだよ。今まではアマチュアだったから安く運用できてたけど、プロになっちまった今は下手な値段じゃ一人分だって雇えやしねぇ。あまり安くし過ぎるとハンターを安売りしてるって同業者からクレームが来るからな」

 

「……僕らがプロになったから依頼料が上がったってこと?」

 

「そういうこと。そりゃ失せ物探しみたいな簡単な依頼に馬鹿みたいな値をつけることはしないけど、多少なりとも命が懸かる依頼には相応の金額を払って貰わなきゃならねーのよ。プロを安売りして相場破壊するわけにもいかないからな」

 

 三人が加わってからアーカードとエミヤが裏方に回る機会が増えた理由の一つである。アーカードとエミヤの二人を雇おうとすればかなりの高額を用意せねばならないが、アマであるカオルたち三人を主に動かすのならそれなりの依頼料でも請け負うことができた。

 

「もしかしてライセンス取らない方が良かった?」

 

「いや、それはない。どのみちお前らもプロ級の腕を持った実力者だってことは知られてたからな。そんな腕の良い奴を普通の探偵と変わらない金額で雇えるとなりゃ他の事務所に迷惑が掛かる。余所と棲み分けする意味でもいつかはライセンスを取得する必要はあったってことさ。

 ま、暇なのも今の内だろうよ。今までのような小口の依頼は減るだろうが、代わりに大口の依頼は増えるだろう。危険度も相応のものになるだろうし……まあお前らなら滅多なことはないと思うが、気を引き締めておけよ」

 

「……探偵事務所に大口の依頼だの危険度だの、よく考えなくとも色々おかしいわよね。今更だけど」

 

「言うな言うな! オレだってホントはおかしいって分かってんだからさ!」

 

「……ヘルシング傭兵事務所……」

 

「ボクは楽しいから今の方が好きー! 良くも悪くも退屈しないよね!」

 

 って違うそんな話をしに来たんじゃなかった、とエミヤは(かぶり)を振る。エミヤはクッションに身体を預けるカオルに視線を向け、親指で事務所の応接間を指差した。

 

「客だ。旦那が呼んでるぜ」

 

「客ぅ? また弟子入り志願じゃないでしょうね……配信でそういうのは受け付けてないって周知しておいたんだけど」

 

「いや、どうもお前の古馴染みらしいぜ。ヴィンランド・ファミリーのセレンっつってたけど」

 

「……はぁ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 私、カオル=フジワラこと藤原薫の名はその語感が示す通り前世の名前の使い回しである。他の四人に倣ってメルトリリスと名乗っても良かったのだが、何となく今更変えるのも面倒臭かったのでそのままにしていた。

 そしてわざわざ前世の名前を使っていることから分かるように、私には今世における名前がない。気付いたら流星街に打ち捨てられていた私に親などおらず、前世の名前以外に名乗るべきものがなかったのである。

 

 まあ私の名前のことは今はどうでもいいのだ。要は私は名を貰う前に打ち捨てられた流星街の人間であり、この世界の真っ当な生まれの者ならば当然所持していて然るべき個人番号*1を持っていないのだということを知っておいて貰えればそれでいい。

 国民総背番号制が浸透しているこの世界では、データベースを参照すればどんな人物でも個人情報が特定できるシステムが出来上がっている。つまり、個人番号が何よりの身分証明となる世界においてそれを持たぬ流星街の人間は社会的には“存在しないもの”と扱われるのである。

 

 当然まともな職に就くことなどできないだろう。個人番号を持たぬどこの誰とも知れぬ輩を雇ってくれる店などどこにもなく、ならば流星街から出てきた人間はまともでない職で金を稼ぐしかない。私もそんな名無し(ノーネーム)の一人であった。

 

 思い返せば随分としょうもない悪事に手を染めていたものである。色々とやったが、中でも禁輸品の密輸が一番やってて惨めだっただろうか。割の良い仕事だったので繰り返しやったわけだが。

 適当なネットカフェを拠点代わりにしつつ小悪党よろしく後ろめたいお仕事で金を稼ぐ日々が数年続き、ある時私はとあるマフィアの仕事に応募した。そのマフィアの名は“ヴィンランド・ファミリー”。サヘルタ合衆国東部の片隅に位置する中規模の街に居を構える中堅マフィアであった。

 

 ヴィンランド・ファミリーと言ったが、別段そこの首領(ボス)が自ら募集したわけではない。首領の下に位置する幹部(カポ・レジーム)の内の一人が行った募集に応じ、その幹部が抱える構成員(ソルジャー)、その更に下で仕事を行う準構成員(アソシエーテ)の一人として雇われたのだ。要するに下っ端の下っ端である。まあ流星街出身のならず者崩れに与えられる立場などそんなものだろう。マフィアに雇ってもらえるだけ上等であると言えた。

 そんな中、私は一人の少女と出会う。その少女の名はセレン。私と同じ流星街出身の孤児(みなしご)であり、偶然にも同じ班に配属されることになった人物だった。

 

『いや~まさかウチ以外に女の子がいるなんて思ってなかったからビックリしたッスよ! これも何かの縁ってことで、よろしくカオルっち!』

 

 年の頃は十五、六ほどか。くすんだ金髪に灰色の瞳。年齢不相応に育った胸部を揺らしながら少女は私に笑い掛けた。

 流星街の日陰者とは思えないほど明るい性格で、人懐っこくグイグイと距離を縮めて来る様には面食らったものだ。しかしそれだけならさして記憶に残ることもなかっただろう。過度の馴れ合いは身を滅ぼすのだと、裏社会にすっかり馴染んでいた私は身に染みて理解していたからだ。

 

 だが、彼女は極めて中途半端に念に目覚めていた。どのくらい中途半端かと言うと、自分のオーラは見えるのに他人のオーラは見えないという体たらくである。しかも自分のオーラも朧気に見えるだけで操作はままならず、僅かに開いた精孔から漏れ出るオーラに徐々に生命を蝕まれている状態だった。

 元々のオーラ総量が優れていたのか直ちに健康被害を引き起こす程ではなかったが、このまま念を修めずにいては遠からず衰弱死してしまうのは明白。所詮この仕事の間だけの関係とはいえ捨て置くのは忍びなく、私はセレンに簡単にだが念のいろはを教授したのだ。

 

 ……ところで、ヴィンランド・ファミリーは新興のマフィアである。現首領ヴィンランドは二代目で、先代からその位を引き継いだばかりであった。その先代、つまり初代ヴィンランドがかなりのやり手であったらしく、まだ二代目でありながらそれなりの規模の都市を支配していることからもその手腕が窺えよう。

 だが出る杭は打たれるものだ。ヴィンランドの街と隣接する都市を支配する古参のマフィアがその存在を疎み、代替わりの混乱に乗じ抗争を仕掛けてきたのである。私たちのような人間を準構成員として集めていたのは、早急にその抗争で用いる兵士の頭数が必要だったからだそうだ。

 

 如何に先代がやり手であり、二代目の首領もまた優秀であっても、やはり古参には古参の強みがある。武器弾薬、構成員の数など、動員できる戦力の量において敵マフィアはヴィンランド・ファミリーを上回っていたのだ。純粋な鉄量で劣るヴィンランドは苦しい戦いを強いられることになる。

 しかも追い打ちをかけるように、敵マフィアは用心棒として裏社会でもそれなりの実力者として名を馳せる念能力者を雇い入れたのだ。

 

 これが中々の曲者だった。念使いとしての技量はそこそこ。しかし元軍人の傭兵崩れという経歴故か銃火器の扱いに長ける。本物の戦場を経験したその実力は念の練度だけで測れるものではなく、彼一人の存在が為にヴィンランド・ファミリー側の戦力は壊滅的な被害を受けることになった。その男は強化系でありながら決して正面から戦うことはなく、念で強化した銃火器を駆使しゲリラ戦法的な立ち回りで戦場を荒らし回ったのだ。実働戦力として主に前線に立った準構成員……私と同じ経緯で雇われた下っ端の多くに被害が出た。

 

 まあ私の敵ではなかったわけだが! だが!

 

 私を雇い入れた幹部──確かリロイとかいう名前だったと記憶している──が担当する地区に乗り込んできた傭兵崩れを、私はメルトリリスの戦闘能力に物言わせて打倒した。取り立てて語るような激しい鍔迫り合いが起きることもなく、火箭を潜り抜け相手の懐に潜り込み(なます)に切り刻んだだけの呆気ない幕引きだった。

 付け加えると、私の指導で念に開眼したセレンも敵構成員相手に八面六臂の大立ち回りを見せた。女だてらにマフィアに雇われただけあり、彼女は中途半端な覚醒状態であっても大の男を上回る腕力を持っていた。しっかりと精孔を開き、多少なりともオーラの扱いを覚えさせてやれば非念能力者相手に苦戦する筈もなく。私たち二人の尽力によって敵側に傾き掛けていた戦況は瞬く間に覆ったのである。

 

 結果として、ヴィンランド・ファミリーは敵マフィアとの抗争に勝利。逆に壊滅させた敵の支配地域を併呑し、ヴィンランドは抗争以前より大きく勢力を伸ばすことになった。

 その逆転劇の立役者となった私とセレンは当代ヴィンランドに大層気に入られ、望むならば幹部待遇で迎え入れるとまで言われた。会ってみれば中々に気持ちの良い気風の御仁で、あるいはこのままマフィア社会で栄達していくのも悪くない……と一瞬思ったのだが、それ以上にハンターになりたいという思いの方が強かったためこれを辞退。セレンも「自分頭良くないし幹部とかめんどくさそうだからやめとくッス」と言って断っていた。しかし彼女は私と違い引き続きヴィンランド・ファミリーの構成員として働くつもりらしかったが。

 

 その後私はすぐに天空闘技場へ立ったため、ヴィンランド・ファミリーのその後は知らない。知っての通りそこでAチームの面々と出会い、紆余曲折あって今に至る。それ以降一切の関わりがなかったためヴィンランド・ファミリーの現在は知らないが、これと言って悪い噂は聞かないしまあ大過なくやっているのではなかろうか──なんて思っていたのだが。

 

 

「先輩! 好きッス!」

 

「はあ?」

 

 

 よもや、五年近くが経過した今になって再会するとは思わなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「キマシタワー!?」

 

「カオルにも遂に春が!」

 

「便乗すんな問題児ども」

 

 目を輝かせるアストルフォとエミヤを蹴り飛ばし、向かいのソファに座って満面の笑みを浮かべる客人に向き直る。

 ハーフアップに結われたくすんだ金髪に灰色の瞳。全体的な色彩と雰囲気は在りし日のままだが、記憶にある姿と比べ肉体的には大きな変貌を遂げていた。服を大きく押し上げるはち切れんばかりの胸部に、キュッと引き締まったウエスト。程良い肉付きの臀部。ミニスカートからはスラリと伸びた白い足が覗く。かつてはあった幼げな少女らしさはすっかり鳴りを潜め、女性として大きく成長したかつての同僚──セレンの姿がそこにはあった。

 

「あー……久し振り、セレン。暫く見ない内に随分と見違えたものね」

 

「そういう先輩は全然変わってないッスね! ちっちゃくて可愛いッス!」

 

「はっ倒すわよ乳牛が」

 

「乳牛!?」

 

 変わって堪るか。こちとら生まれた時から完成形のアルターエゴぞ。

 黙っていれば美人なのに、相も変わらず見た目に反して子供っぽく頭が緩いのは同じらしい。何が嬉しいのかセレンはニコニコと笑っている。マフィア社会で生きている人間らしからぬ能天気さを全身から醸し出すかつての同僚の姿に嘆息し、私は突然の訪問の理由を問い質した。

 

「で、急に訪ねてきてどうしたのよ。もしかして何かポカして首切られた? 悪いけどウチでは引き取れないわよ」

 

「違うッスよ~! そりゃたまにはポカしますけど、まだクビにはなってないッス! リロイっち共々元気にマフィアンライフを満喫してるッス!」

 

「リロイっちて……アンタ仮にも上司になんて言い草よ」

 

「でもリロイっちはリロイっちで良いって言ってくれたッスよ?」

 

 それは何度言っても呼び方を変えないから向こうが諦めたのではなかろうか。

 

「そんなことより、先輩スゴイじゃないッスか! プロハンターになった上にToiTuberデビューするなんて!」

 

「いやそんなことて……取り敢えず訪問の理由を……」

 

「ウチのファミリー皆で見てるッスよ!」

 

「ファミリーで!?」

 

 まさかこの間急にチャンネル登録者数が万単位でゴリッと増えたのはヴィンランド・ファミリーの構成員の仕業だったのか……!? というか強面のマフィアが雁首揃えて小娘の配信見てるとか、想像したらシュール極まりないんですけど。一周回って笑けるわ。

 

「先輩ってば連絡先とか教えてくれないまま出て行っちゃうんスもん。どこ行ったのかも分かんなかったし、先輩がToiTuberデビューしてくれなかったら永遠に会えないとこだったッスよ~!」

 

「えぇ……別に本名隠して生活してるわけじゃないし、少し調べれば所在ぐらい分かったでしょ」

 

「ウチそんな器用なことできないッス」

 

「そうだったわね」

 

 九九もできないような脳ミソ五歳児だということを失念していた。本来脳の成長に費やされるべきだった栄養を乳に取られたんじゃないかこの女。

 

「先輩の配信のお陰でようやく居場所を掴めたってわけッス! 感動の再会ッス!」

 

「ハイハイ良かったわねー」

 

「ノリ悪いッスよ先輩~! せっかくカワイイ後輩が愛を伝えに来たんスから、もっと喜んでもいいと思うッス!」

 

『ッ!!』

 

「座ってろ馬鹿ども」

 

 セレンの発言に色めき立つ馬鹿二人を再度蹴り飛ばす。だがそういった話題に目がない二人は蹴られても構うことなく、興味津々といった様子で目を輝かせながらセレンに詰め寄った。

 

「愛! 愛と仰られました!?」

 

「ウチのカオルとはどういったご関係で!?」

 

「え~? まあ先輩とはぁ~相思相愛ってゆーかぁ~将来を誓い合った仲って感じっスかねぇ~!」

 

「死ね」

 

「死ね!? さっきから思ってたんスけど先輩昔より口悪くなってないッスか!?」

 

 マフィアの人間が何言ってんだか。殺すだの死ねだのの暴言は日常茶飯事の世界だったと思うのだが。

 

「うー、ファミリーの皆は優しいからそんな暴言は滅多に言われないッスよー。まあ代わりにリロイっちにはよく叱られるんスけど」

 

「あの人は相変わらず苦労人ねぇ」

 

 当時私たちを雇ったヴィンランド・ファミリーの幹部リロイ。体格に恵まれ強面で、如何にもマフィア然とした外見の人物だ。だが何かと厄介事を呼び込む質だったらしく、周囲の人間から度々苦労人呼ばわりされているのが印象的だった。今もセレンのお守りをさせられているようだし、きっと気苦労が絶えない日々を送っていることだろう。

 なっつかしー、と当時のことを思い返していると、視界の端でセレンの目がギラリと光ったのを捉えた。

 

「好機──!」

 

 セレンが腰を浮かせたのを目視した瞬間、私は何が起きても対応できるよう瞬時に態勢を整える。だが、彼女は私の予想の上を行く行動を取った。

 

 姿が消える。来客用のソファの上にあったセレンの姿が一瞬にして消失し、直後その身は私の至近距離にまで接近していた。

 

 無意識に〝秘密の花園(シークレットガーデン)〟を解いてしまい、露わとなった踵が床に食い込む。ハッとして反射的に刃を振るいそうになるのを抑えるが、その隙に接近したセレンは私を抱き寄せていた。

 

「むぐっ」

 

「かーわーいーいー! やっぱり先輩ちっちゃくて可愛いッスー! あっ、しかもなんかいい匂いする。クンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー!」

 

 豊かな双丘に顔をうずめるようにして抱きすくめられる。視界が遮られているため表情は窺えないが、セレンは明らかに上機嫌な様子で私の身体を撫で回し始めた。

 これだからコイツは苦手なのだ。プライベートゾーンなど存在しないのではないかと思うほど容易く距離を詰めてくる上に、やたらとスキンシップが激しい。

 

 というかさっきのは何だ。瞬間移動の〝発〟? ということは系統は放出か。セレンには〝纏〟と〝練〟の手解きを少し、〝絶〟と〝発〟に至っては口頭での説明しかしていない筈なのだが、いつの間に能力を身に付けていたのか。

 

「キマシタワー!」

 

「これガチなやつやん。え、セレンさんマジでウチの干物娘にホの字なわけ?」

 

「モチ、ガチ恋ってやつッス」

 

『あら^〜』

 

「……ッ! 〜〜っは、いきなり抱き着く奴があるか!」

 

 何とかセレンの拘束を振り解き、顔面を圧迫していただらしない脂肪の塊に平手をくれる。ばるん、と凄まじい擬音と共に二つの山が弾んだ。

 

「その目障りな贅肉をもぎ取ってやろうかしら……!」

 

「えーそれは困るッス。これは将来的に金持ちのイケメンをゲットするのに使う予定なんで」

 

「んん……?」

 

 セレンの言動に疑問を覚えたのか、鼻の下を伸ばして彼女の胸に視線をやっていたエミヤが首を傾げる。アストルフォの方は理解していないのか、そもそも何も考えていないのか普段通りの笑みを浮かべているだけだが。

 

「カオルにガチ恋してるのに男を誘惑する予定があるのか?」

 

「そりゃそうッスよ。だってサヘルタじゃ同性と結婚はできないし、そもそも子供もできないッスからね。ウチは独身とか嫌だし子供はたくさん欲しいんス! 恋愛と結婚は別腹ッスよ別腹」

 

「あらやだこの子意外と将来のこと考えてる……?」

 

 騙されるなエミヤ。公然と浮気と両刀を自白したんだから、むしろ悪化してる。

 そう、このセレンという人物は男も女も両方イケるバイセクシャルである。しかも守備範囲がかなり広く、本人曰く下は十歳、上は六十歳まで構わず食っちまうそうだ(但しイケメンに限る)。コイツ実は殺生院キアラの転生者じゃなかろうな。……いや、流石にアレと比較するのは可哀そうか。

 

「安心して下さいッス先輩! ウチまだ誰ともデキてないし、ハジメテは先輩に捧げるって決めてるッスから!」

 

「他あたれ」

 

「即答!?」

 

 当たり前だ、誰がこんな頭アーパー娘と恋仲になぞなるものか。身長を二十センチぐらい縮めて、ついでに胸の脂肪を削ぎ落としてから出直してこい。

 

「あれ、そういえばここの事務所の人間ってみんなプロハンターなんスよね」

 

「まあ、そうね」

 

「じゃあ、お金持ち?」

 

「そりゃあ普通の人よりは持ってるんじゃないかしら。流石に資産家とかの富豪には劣ると思うけど」

 

「……さっき応対してくれたお兄さん、めっちゃイケメンだったッスね」

 

「アーカードのこと? まあ、確かに悪くないわよね」

 

「…………」

 

 何やら真剣な顔で考え込むセレン。コイツとの付き合いは然程長くはないが、それでも分かる。こういう顔をしている時は大抵碌なこと考えてない。

 

「ウチ考えたんスよ。ウチとお兄さんが結婚するパーフェクトプラン。そうすれば先輩とも毎日会えるし、ウチは金持ちのイケメンと懇ろになれるしで万々歳ッス!」

 

「いっぺん死ねば?」

 

 案の定の馬鹿な発想だった。この処女ビ○チ、こんな頭で本当に裏社会でやっていけてるのか? 実は頭の悪さを補って余りあるほど凄く強かったりするのか?

 

「ウチの女の勘が言ってるッス。あのお兄さん、夜の方も凄いッスよきっと!」

 

 そうね。そりゃ夜を支配する化け物(フリークス)ですもの、凄いでしょうねぇ。

 吸血鬼に生殖能力なんてありはしないけど。

 

 あ、エミヤなら貰ってくれても構わないわよ。所帯を持てばこのマダオも少しは落ち着くんじゃないかしら。

 

「んーエミヤっちもイケメンなんスけどー……何となく無駄な買い物で無駄に散財しそうだから遠慮するッス。金運がなさそうな面構えッス」

 

「ガハッ……!?」←悪ふざけで馬鹿みたいに高い唐辛子を買いそうな面構え

 

 告白したわけでもないのにフられ、しかもその理由に心当たりがあり過ぎたエミヤは血を吐いてその場に頽れた。残当。

 

「はぁ……五年も経ったから少しはまともになってるかと期待したんだけど、アンタは相変わらずのようね。変わってなくて安心したようなそうでないような……」

 

「はい! ウチはいつまでも先輩のカワイイ後輩ッスよ!」

 

「はいはいカワイイカワイイ。で? こんな下らない話をするためにわざわざヨークシンくんだりまで来たわけ?」

 

「いやいや、一応ちゃんとした用事があってヨークシンに来たんスよ。実はヴィンランド・ファミリーのお仕事の一環でして」

 

「ファミリーの?」

 

 ヴィンランド・ファミリーの本拠地はサヘルタ合衆国の東端にある。同じ国の街とはいえ、西の海沿いに位置するヨークシンとは遠く離れている。ヴィンランドが勢力を伸ばすにもビジネスを展開するにも、ヨークシンは些か距離があり過ぎると思うのだが……さて、果たしてどんな理由があってこんな遠方の街まで足を延ばしたのか。

 

 

「近々この街でおっきなオークションが開かれるらしいじゃないッスか! ドリームオークションの地下競売……でしたっけ? ヴィンランド・ファミリーもそれに参加することになったんスよ! ウチはボスの護衛の一人としてお呼ばれしたというわけッス!」

 

『あっ』

 

 

 地下競売──ヨークシンで年に一度開催される世界最大規模の大競り市であるドリームオークションの中でも、盗品、人体など非合法の財宝を主に扱う闇のオークションである。

 この地下競売は“十老頭”を筆頭とする名立たるマフィアンコミュニティーが取り仕切っており、特別な参加証を持ったマフィアのみがこれに参加することができるという。参加証を手にした時点でそのマフィアの格は証明されたようなものだが、しかし地下競売を主催する十老頭とは六大陸十地区を縄張りとする巨大マフィアの長老たち。裏社会の頂点と言っても過言ではない大人物である。故に多くの組が十老頭並びに十老頭に連なる大マフィアに名を売ろうと奮ってこのオークションに参加するのである。

 

「いやー感慨深いッスねー! サヘルタの片田舎のマフィアだったウチらが地下競売に参加できるようになるなんて!

 しかし、ここからが本番ッス! ここで都会のおっきな組に覚えを良くしてもらって、ヴィンランドは更に大きく成長するッスよ!」

 

 目をキラキラさせて未来の展望に思いを馳せるセレン。確かに十老頭は無理にしても、十老頭直系のマフィアにここで名を売ることができればヴィンランド・ファミリーは大きく飛躍することができるだろう。当代のボスもかなり優秀だし、決して夢物語ではない筈だ。

 だが、時期が問題だった。去年までなら問題はなかっただろう。しかし今年の地下競売は大荒れすることが確定している。

 

 そう、あの悪名高きA級賞金首……“幻影旅団”の襲撃である。

 

 彼らの襲撃に遭い、地下競売に参加したマフィアの大多数は惨殺される。しかもオークションに出品される筈だった財宝は全て奪われた挙句、十老頭も全員が殺害されてしまうのだ。

 断言するが、ヴィンランド・ファミリーの実力では幻影旅団の襲撃から生き延びることはできないだろう。あそこはトップの人徳故か上から下まで固い結束で結ばれているが、戦力という意味では並のマフィアを逸脱することはない。念能力者も私が知る限り──五年も経ったのでそこまで内実に詳しいわけではないが──セレン以外には一人もいなかった筈だ。いや、仮にいたとしても結末は変わるまい。ゾルディックにすら最大限に警戒される幻影旅団に対抗できる者など、プロハンターの中ですら限られるだろう。そんな大戦力がヴィンランド・ファミリーに都合良く存在するとは考えにくい。ならば殺されるだろう。ヴィンランド・ファミリーも──私を先輩と慕ってくれる、いま目の前で笑っているセレンもまた。

 

 例外があるとすれば──私は今この場にいるエミヤとアストルフォに視線を向ける。二人は私が言わんとすることを察したのか、何を言うまでもなく笑顔で頷いた。

 

 ……いやはや、頼もしいことこの上ないな。原作介入という意味ではハンター試験の時と同じだが、危険度においてはその比ではないというのに。

 そこらの木っ端マフィアを相手取るのとはわけが違う。だが私には確信があった。この愛すべき馬鹿どもならば、どんな危険が待ち受けていようが力になってくれると。

 

「……ま、程度に差はあれ修羅場を潜ったのは一度や二度じゃないしね」

 

「先輩?」

 

「セレン。アンタがいるってことはリロイも来てるんでしょう? ちょっと呼んでもらえないかしら。話……いえ、提案があるの。

 

 ──私たちを用心棒として雇わない?」

 

 セレンは灰色の瞳を瞬かせ、キョトンと首を傾げた。

 原作キャラといえど、友人と天秤に掛けるほど旅団に思い入れがあるわけでもなし。チート転生者の面目躍如だ。悪いが奴らには──死んでもらう。

 

*1
マイナンバーのようなものと認識してくれれば概ね間違いはない




ヨークシン編改め、「SPIDERS DIE TWICE──蜘蛛は二度死ぬ」……始まります。

Q.幻影旅団好きだって公言してるのに、何でそんなに目の敵にするんですか?
A.言えぬ……

Q.何度も原作介入して恥ずかしくないんですか?
A.これも葦名のため……


あとキャラクターが増えてきて混乱する方も出てきたかもしれませんので、ここらでキャラクター紹介をしておきます。

・カオル=フジワラ

明るく愛嬌のある性格……
だったが朱に交わって赤くなった結果、見る影もなく干物になった。三度の飯よりストロングゼ○だが、こんなんでも主人公。
『Fate/ExtraCCC』並びに『Fate/zero』に登場する英霊、メルトリリス、そしてジル・ド・レェの能力を持つ転生者。


・アーカード

明るく愛嬌のある性格……
と見せ掛けて自爆特攻上等のキチガイ野郎。他の連中と比べ大人びて見えるが、相対的にそう感じるだけでただの錯覚である。
漫画『HELLSING』の主人公、吸血鬼アーカードの能力を持つ転生者。


・エミヤ

明るく愛嬌のある性格……
だがナチュラルクズ爆弾魔。三度の飯より爆発が好き。ギャルゲ漁りは爆破への欲求を誤魔化すための手段に過ぎなかったりする。こんにちは壊れた幻想!(挨拶)
PCゲーム『Fate/staynight』に登場する英霊の一人、錬鉄の英雄エミヤの能力を持つ転生者。


・アストルフォ

明るく愛嬌のある性格……
だと思わせてその内心は虚無──ということもなく普通に明るく愛嬌のある性格。但しスピード狂。三日に一度は音速を超えないと禁断症状でエミヤすら霞んで見える暴走状態に陥る。
小説『Fate/Apocrypha』に登場する英霊の一人、黒のライダーことアストルフォの能力を持つ転生者。


一方通行(アクセラレータ)

明るく愛嬌のある性格……
になりたい元引き籠もり陰キャセロリ。ゼビル島を沈めた張本人。戦闘力だけなら五人の中でもぶっちぎりの最強。
小説『とある魔術の禁書目録(インデックス)』に登場する超能力者、一方通行(アクセラレータ)の能力を持つ転生者。


・セレン

明るく愛嬌のある性格……
しかしノンケだろうと構わず食っちまうバイセクシャル。嗜好が広いだけで誰かれ構わず手を出すような節操なしではないが、同意が得られれば喜んで捕食する。カオルに対し(性的な)好意を抱いている。念の師としての純粋な敬意も勿論あるが、それ以上に性欲が勝ってしまう残念美人。四捨五入してようやくIQ100。
転生者ではないオリジナルキャラクター。本編にも設定上は存在していたが、プロットの都合で一度没になったキャラだったりする。

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