実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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新年明けましておめでとうございます。年末に慌てて書きまくったせいで新年に投稿することができなかったピクト人です。大晦日じゃなくて元旦に投稿するよう調整するべきでした。そこはかとなく時流に乗り遅れた感。

この外伝から私を知って下さった方も、本編から見て下さっていた方も。拙作を応援して下さっている皆様に改めて感謝申し上げます。いつも評価・感想・誤字脱字修正と大変お世話になっております。

それでは前書きはこの辺で。改めまして皆様、今年も変わらぬご愛顧を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。皆様にとって実り多き年になることを祈っております。


転生野郎Aチーム続編~ア「えー原作介入!? キモーい!」 カ「原作介入が許されるのは、小学生までだよねー!」 一方「……」~

「ほう、お前さんがオレの護衛に? 願ってもないことだ。是非お願いしよう」

 

 銀灰色の髪を撫でつけた初老の男はそう言って笑い、私からの突拍子もない提案をあっさりと受け入れた。

 虚を衝かれ思わず目を瞬かせてしまった私を余所に、大胆不敵に笑う目の前の男こそヴィンランド・ファミリーの首領(ボス)。東サヘルタの二都市を支配するガル・ヴィンランドその人であった。

 

 私はセレンを通じて彼女の上司でありヴィンランド組の幹部でもあるリロイを呼び出し提案するつもりだった。なのに蓋を開けてみればやって来たのはボスご本人である。確かに当時からマフィアのボスにしては型破りでフットワークの軽いところのある御仁だったが、よもや普通にチャイム鳴らして入ってくるとは思わなかった。

 というかこの人、開口一番「動画で見た通り相変わらず小さいな! 飯食ってるか!」とか言ってきたんだが。私の配信見てるって話本当だったのかよ。こっちにとっては五年振りの再会なのに向こうからは一方的に認知されてるの、そこはかとなく理不尽に感じないでもない。動画投稿者として顔を晒している以上、ある程度は仕方ないことなのだろうが。

 

 ……まあ、そういう経緯でガル・ヴィンランド本人がこの場にいるというわけであるが。まさか二つ返事で了承してもらえるとは。豪胆と言うべきか何と言うか。

 

「承服致しかねます、ボス」

 

 だが、それに異を唱える者があった。

 声を上げたのは来客用のソファに座るガルの背後に控える長身の男だった。太い筋肉に覆われた身体をしっかりと糊の利いたスーツで包んでおり、厳ついながらも整った顔には横一直線に大きな刀傷が走っている。絵にかいたようなヤクザ然とした人物だが、この男こそセレンの口から度々上がっていた当時私を雇ったヴィンランド・ファミリーの幹部、リロイである。五年前は数いる幹部の一人でしかなかった彼だが、こうしてガルの傍付きを任されているからには昔より重用されているらしい。さしずめ筆頭幹部といったところだろうか。

 

「何故だ」

 

「何故も何もありません。彼女が組にいたのは五年も前の話。今や我々とは何の関係もない部外者です。部外者の言葉を理由も聞かず鵜呑みにするなど……何かの罠だったらどうするのです」

 

「先輩はそんなことしないッス!」

 

「お前は黙っていろ」

 

 セレンの抗議を一刀両断するリロイ。だが彼が言うことは全く以て正論である。もし私たちが良からぬことを企てていた場合、彼らはみすみす爆弾を抱え込む羽目になってしまうのだから。むしろ理由も聞かずにオーケーしたガルが異常なのだ。

 

「お前の言いたいことも分かる。だが今回に限っちゃ要らん心配だ。お前もその御仁のことは知ってるだろう」

 

「それは……」

 

 そう言った彼らの視線の先にいるのは、私の隣にいるヘルシング探偵事務所の所長たるアーカードだ。何やら意味深な目で見ているようだが、彼がどうかしたのだろうか。

 

「“二挺拳銃(トゥーハンド)”アーカード……勿論存じております。かつてオチマ連邦でカルト教団が起こした大規模テロに介入し、武装した約三千人の教団をたった一晩で壊滅させた伝説はあまりに有名ですから」

 

 ファーwww

 二挺拳銃(トゥーハンド)*1だってwww また随分と香ばしい二つ名がついてるじゃないのwww

 

 どうも旦那とエミヤの二人はアストルフォと一方通行(アクセラレータ)と合流する以前、つまりヘルシング設立初期に色々な所で随分と暴れたらしい。二人は頑として当時のことを話そうとしないが、今のように人伝(ひとづて)にその痕跡を耳にすることはある。

 親しき中にも礼儀あり。誰にだって触れられたくない過去はあるものだし、敢えて探ろうとはしてこなかったが……これはあれだな? 所謂(いわゆる)黒歴史ってヤツだな? 薄々そうじゃないかとは思っていたが、ようやく確信した。これ絶対面白いヤツだ。

 

「kwsk」

 

「む? 何だ、仲間なのに知らんのか。アーカードにエミヤといえば表よりむしろ裏社会で有名な──」

 

「エ゛ェ゛ッヘン! 私の 根 も 葉 も な い 噂 はどうでもよいではありませんか! それより、私が何か?」

 

「うむ。つまり、だ。単身で一組織を壊滅させるような者が、わざわざ味方を装って懐に潜り込むようなまだるっこしい真似をすると思うか? ということよ。なあ、リロイ」

 

「確かに仰る通りではありますが……」

 

 まあ、そりゃアーカードなら……こう言ってはなんだが、ヴィンランド・ファミリーぐらいなら一刻と掛けずに壊滅させられるだろう。それはアーカードに限った話ではなく、エミヤ、アストルフォ、一方通行(アクセラレータ)、そして私であっても同じことだ。相手が念能力者でもない限り、ただのマフィア相手に搦め手など使うまでもない。正面から捩じ伏せてやればそれで事足りる。

 

「ですが我々にはセレンもいます。わざわざ外部の者の手を借りねばならぬ理由がありません」

 

「確かに我らには心強い戦女神がついている。だが言うまでもなくカオルも、そちらのアーカード殿もセレンより格上だ。その二人が用心棒にと売り込んできたってこたぁ、セレンだけじゃどうにもならねぇ()()があるってことだ……そう言いてぇんだろう、カオル」

 

「ええ。……幻影旅団って、知ってる?」

 

「幻影旅団! はっはァ、幻影旅団ときたか!」

 

 旅団の名を聞いたガルは呵々と笑い、リロイは思わずと言ったように唸る。

 セレンは何が何だか分からない様子で首を傾げているが、コイツは無視だ無視。

 

「裏の人間であの悪名高き“蜘蛛”を知らねぇ蒙昧はいやしねぇよ。十老頭みてぇなデカいマフィアならいざ知らず、ウチらのような中堅どころにとっちゃあ文字通り死神みてぇな連中だ。……まさかとは思うが、“蜘蛛”が来るって言いたいのか? 地下競売に?」

 

「そのまさかよ」

 

「……参ったねどうも」

 

 私が嘘を言っていないと悟ったのか、いよいよガルは笑みを引っ込め深いため息を吐いた。

 彼にとっては災難と言う他あるまい。ようやく地下競売に参加できるようになったかと思えばこれだ。きっと冷や水を浴びせ掛けられたような心地だろうさ。

 

 私も原作で初めて幻影旅団を見た時は、これまでの敵とは一線を画す彼らの存在感に驚愕したものだ。念の天才とまで称された主人公が一度や二度修行パートを挟んだ程度では相手にもなりはしないだろう圧倒的な実力者が十三人、偽装団員のヒソカを除いても十二人だ。

 取り分け戦闘要員である幾人かの実力は抜きん出ている。私が転生時に付与されたチート能力を加味しても最大限に警戒せねばならないような相手である。念能力者がセレンしかいないヴィンランド組では無惨に蹴散らされるだけだろう。

 

「カオル、お前はかつて危機に瀕していたファミリーを救ってくれた大恩人だ。そのお前がそう言うからには、幻影旅団が地下競売を狙っているというのは真実なんだろう。オレはお前を信じるぜ。

 ……だからこそ不安が尽きねぇ。お前らヘルシングが用心棒になってくれるのはこの上なく心強いが、果たしてそれで対抗できるもんなのか? いや、お前たちの実力を疑うわけじゃあねぇが……相手が悪過ぎるんじゃないかってな。奴らの噂を聞けば聞くほど、同じ人間なのか疑わしくなってくる」

 

 普段の剛毅な笑みは鳴りを潜め、らしくもなく弱気な言葉を吐露するその姿にリロイは驚いたように目を見開いた。

 彼の驚きはボスが弱音を吐いたことよりも、その弱音を私の前で口にしたことに対してのものだろう。マフィアは何よりも面子を重視する。互いに知らない仲ではないとはいえ、今や部外者でしかない者を相手に自らの弱みを晒すなど、マフィアとしては本来あり得ないことなのだ。

 

 そしてそれは、それだけ彼が幻影旅団を恐れていることの証左だろう。というか随分と旅団について詳しいものだ。原作で登場したマフィアの多くは、旅団が相手と知っても今わの際まで侮りが消えることはなかったというのに。

 そこは私やセレンを通じて多少なりとも念について知っているからか。あるいは自らの組の実力を十分に弁えているが故だろうか。順調に成長を続けているヴィンランド組だが、組織としての規模は全体で見れば精々が中の中、良くて中の上といったところだろう。一度壊滅の憂き目に遭った経験が、彼から楽観や侮りといったものを消し去ったのかもしれない。

 

 ……だが要らぬ心配だ。私一人ならばいざ知らず、ここにいるのはヘルシング。恐れ知らずの転生野郎Aチームだ。

 

「その心配は全くの杞憂であると断言させて頂きましょう。アーカード、エミヤ、アストルフォ、一方通行(アクセラレータ)、そして私。この五人が揃えば不可能などないわ」

 

「幻影旅団何するものぞ。安心して任されたい、ガル・ヴィンランド殿。我らヘルシングがいる限り、貴方の身の安全は保証されたようなものです」

 

 これは決して大言壮語などではない。特に旦那と一方通行(アクセラレータ)などはそれこそ単独で旅団全員を相手取れる大戦力だ。……まあ一方通行(アクセラレータ)は性格や能力の安定性にやや不安が残るが、旦那に関してはもう心配するだけ無駄というもの。ぶっちゃけ彼を放り込んでおけば大抵の荒事は長くとも小一時間の内に解決してしまうのだから。それだけ我らのリーダー殿の戦力は突出している。

 それに今回の件はセレンや彼女のファミリーを死なせたくないという私の我が儘に端を発したもの。それさえ達成できれば他のマフィアも地下競売に出品される財宝の数々も、それこそ旅団の生死すらどうでもいいのだ。セレンたちに何事もなければ、無理に旅団を全滅させずとも撃退できればそれでいい。撃退と言っても強欲な彼らに宝を諦めさせるレベルで叩く必要はあるだろうが、そのぐらいならば不可能でもなんでもない。旦那に『死の河』を使ってもらうまでもないだろう。

 

「待たせたな、旦那」

 

「来たか、エミヤ」

 

 あまりに堂々と大口を叩いた私たちを唖然と見つめるガルとリロイ。生じた沈黙を破るように応接間の扉が開かれ、大きなケースを抱えたエミヤがアストルフォと一方通行(アクセラレータ)を引き連れ現れた。

 

「私の得物は?」

 

「抜かりなく」

 

 見るからに上機嫌となったアーカードが腰を上げる。エミヤは仰々しい仕草でケースを開いた。

 

『……っ』

 

 その内から現れた物を見て、ヴィンランド組の三人は顔を引き攣らせ息を呑んだ。

 シルエットそのものはマフィアである彼らにとってあまりに見慣れた拳銃のもの。だがその規格(スケール)があまりに桁外れだった。黒々と艶光るそれは拳銃と言うにはあまりに巨大であり、小銃(ライフル)と比較しても遜色ない重厚さを具えていた。

 

「対念能力者戦闘用13mm拳銃“ジャッカル”。今までの454カスール改造弾ではなく、初の専用弾使用銃だ。

 全長39cm、重量10kg、装弾数6発。もはやただの人間では扱えない代物さ」

 

「専用弾は?」

 

「13mm炸裂徹鋼弾」

 

「弾殻は?」

 

「純銀製マケドニウム加工弾殻」

 

「装薬は?」

 

「マーベルス化学薬筒NNA9」

 

「弾頭は? 炸薬式か? 水銀式か?」

 

「魔術儀式済み水銀弾頭だ」

 

 どちらともなく口端を吊り上げ三日月のような笑みを浮かべる。見る者の心胆寒からしめる狂気を湛えた口裂を刻んだ両者の面貌は、裏の世界に住まうガルたちをして怖気を感じずにはいられぬ迫力に満ちていたらしい。明らかにこちらを見る目が変わったのを感じる。

 

「パーフェクトだ、エミヤ」

 

「感謝の極み」

 

 もはや鉄塊とでも言うべき巨大拳銃を片手で軽々と掲げたアーカードは満足げに頷き、エミヤは気取った仕草で一礼してみせる。

 

 ……まあ、格好いいやり取りなのは認めよう。私も原作『HELLSING』でこのワンシーンを見た時は興奮に震えたものである。あの台詞回しは控えめに言って最高だ。

 だがしかし、だ。仕事で出撃する度に何度も何度もやるのは如何なものか。果たしてこれで何回目なのだろう。私もウォルター役で一度やらせてもらった手前言いにくいのだが、ぶっちゃけ見飽きた。

 

「す……すっげーッス! ちょーカッケーッス! 何スかあの化け物みたいな拳銃!」

 

「あれが“二挺拳銃(トゥーハンド)”の代名詞、その片割れ……聞きしに優る怪物だ。両手でも扱うに難儀するだろう巨大拳銃を、片手でああも軽々と操るか」

 

 セレンはキラキラと無邪気に顔を輝かせ、リロイはアーカードの噂に違わぬ実力の片鱗を感じ取ったように慄いた。特に銃火器に馴染み深いリロイからすれば、なまじ拳銃というカテゴリなだけに“ジャッカル”の異質さは際立って見えたことだろう。

 

「幻影旅団の名を聞いた時は肝が冷えたが……こいつぁ、ひょっとするとひょっとするかもしれんな」

 

 私とアーカード、そして後から現れたエミヤ、アストルフォ、一方通行(アクセラレータ)の姿を見たガルは笑みを深める。

 セレンという年齢や外見にそぐわぬ実力者が身近にいるだけあり、ガルの理解は早かった。アストルフォや一方通行(アクセラレータ)などは一見すればか弱い少女や気弱な少年にしか見えないだろうに、彼は一目で彼らの手練を悟ったらしい。その慧眼は、流石に新進気鋭のマフィアのトップを張るだけあるということだろうか。

 

「アーカード殿、オレは幾ら出せばいい? これ程の強者たちを味方につけられるんだ、こんな幸運はまたと無い。金に糸目はつけねぇぜ」

 

「そうですね……ウチのカオルが昔お世話になったようですし、特別価格で請け負いましょう。本来ならば最低でも一人一億の計五億と言いたいところですが、今回は一人八千万。四億で手を打ちましょう」

 

「オイオイ、流石のオレもプロハンターを雇う金額の相場は知ってるぜ。五億ですら安過ぎる。……隠す意味もないだろうからハッキリ言うが、ヴィンランド・ファミリーはヘルシングとの縁を今回限りとしたくない。今後とも良い関係を続けていくためにも、数十億程度の投資は安い出費だと思っている。たった今そう確信した。

 さあ、遠慮は要らねぇぜ。これでもそこそこの街を二つ抱えてるんだ、それなりに金はある。五十億か、それとも百億か?」

 

 いやいやいや……そりゃあヘルシングの実力を買ってくれるのは嬉しいが、流石に五十億や百億は出し過ぎだ。

 確かに金はあるのだろう。ノストラード・ファミリーと違い、ヴィンランド・ファミリーは順当にビジネスでのし上がってきたのだろうし。だが地下競売に参加するには先立つものが必要なはず。私たちを雇うために資金が尽きてしまうのでは本末転倒だ。そもそも──

 

「ふむ、そこまで仰るならば一人一億とさせて頂きましょう。……ああ、誤解なさらぬよう。別にそちらの懐事情を気遣っているわけではないのです。

 

 ──たかがゴミ掃除に何億も懸けるなど、お互いに馬鹿らしいでしょう?」

 

 ()()()()()()()──やや言い過ぎなのは否めないが、(あなが)ち的外れでもない。私たち五人の総力を以てすれば、幻影旅団からヴィンランド・ファミリーを守るという最低目標を達成する程度なら何と言うこともないのだ。

 

 それにガルは未来への投資のつもりらしいが、それはこちらにとっても同じこと。固定客は多いに越したことはない。特にこの近辺だとヘルシングはマフィア狩りの風聞が強いので、ここいらで特定のマフィアを客にできるのはメリットとなる。流石の私たちも裏社会の秩序そのものと言っていいマフィアを全て敵に回す愚は控えたいのだ。

 その点、ヴィンランド組は客としては理想的だ。ボスのガルは話が分かる御仁だし、気前もいい。配下の構成員にも仁義を重んじるボスの気風が浸透しており、善良とまでは言わないが決して悪質ではない。概ねマフィアとしては取っ付きやすい性質だと言えるだろう。

 

 今回は初回サービスということだ。彼らには将来に渡って良い客でいてもらわねばならない。

 

「貴殿とは良い関係を築けそうです。今後とも宜しくお願いしますよ、ガル・ヴィンランド殿」

 

「願ってもない、アーカード殿。新興である我がファミリーにとって戦力の拡充は急務……ヘルシングがバックにいてくれるなら、安心して地盤を整えられるってもんだ」

 

 ヴィンランド・ファミリーにとっては頼りにできる戦力の宛ができて万々歳。こちらにとっても裏社会に精通するマフィアの情報網を借りれるのは大きいし、場合によっては武器弾薬の融通も期待できる。WIN-WINの関係というヤツだ。

 

 だが、それもこれも現時点では捕らぬ狸の皮算用に過ぎない。後の全ては私たちの働きに懸かっている。

 上等だ。物語のキャラクターとしてなら割と好きな連中だったが、現実として私の身内に危害を加えてくるとなれば容赦はしない。我が方に迎撃の用意あり、だ。全力で抵抗させて頂くとしよう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 年に一度ヨークシンで開催される華やかなドリームオークション。その裏で行われる地下競売には世界各地から集った多くのマフィアが参加する。

 だが競売が行われる会場に入ることができるのは一組につき三名までと決まっている。更にはコミュニティー専属の警備員以外は会場の半径五百メートル以内に近付くこともできないのだ。

 

 原作で易々と幻影旅団の跳梁を許した原因の一つであると言えよう。会場内に侵入することさえ出来てしまえば、旅団ほどの実力ならば内から突き崩すのは容易い。そして会場内で何かあったとしても、外から応援が駆けつけるのには時間を要する。……そもそも十老頭が主催するイベントに真っ向から喧嘩を売るような者がいるなど普通はあり得ないので、想定できなくとも無理はないのだが。幻影旅団が異常なだけである。

 

 当然ながら襲撃が来ると分かっている危険地帯にガル・ヴィンランド本人を連れて行くわけにはいかない。故に会場入りする人員はヘルシングから選出するのが好ましい。

 しかし幹部リロイがそれに待ったを掛ける。地下競売とはマフィア同士の面子争いの場、そこにボスはおろか幹部すら赴かないなどあり得ないことであると。故に私が行きますと、リロイはそう強硬に主張した。

 

 これに困ったのはガルである。元はと言えばかつてカオルとセレンを見出した功績で筆頭幹部に抜擢した人物であるが、今やリロイはヴィンランド・ファミリーになくてはならぬ人材である。主に暴走しがちなガルやセレンのストッパー役として。

 もし万が一にもリロイの身に何かあった際の損失は計り知れない。故に本来はカオル、アストルフォ、一方通行(アクセラレータ)のいつもの三人組で固める予定であったが、更なる保険を掛けるべく人員を組み直すことになった。

 

 

 

「参加証を確認しました。ヴィンランド・ファミリーの皆様ですね。どうぞお通り下さい」

 

 正規の参加証を所持していることの確認を済ませゲートを潜る。入場検査としては簡易に過ぎる気もするが、これが地下競売の常である。そもそも十老頭の管轄下で馬鹿をやるようなマフィアなどいる筈がないという前提の上に成り立っているのだ。護身用の武器の持ち込みは自由だが、万が一にも私闘など起こして発砲でもしようものならお終いだ。騒ぎの原因となった者は自らのファミリーと共に心中することになるだろう。

 

 満を持して会場に入ったリロイはヴィンランド・ファミリー始まって以来の大舞台に緊張を覚えつつ、適当な空席を選んで着席する。後ろの二人もそれに続き席に着いた。

 

「……どうやら緊張を隠せていない様子。安心したまえ、何があろうと君には傷一つ付けさせはしないとも」

 

 右隣りから低く威厳のある声が掛かる。どうやら先程から落ち着きがないのを慮って声を掛けてくれたらしいが、リロイの緊張の原因の一つが他ならぬこの声の主である。複雑な心境になりながら彼は隣の席に座る()()へと首を向けた。

 

 自身を見つめる血のような深紅の瞳と目が合う。その位置はリロイの目線より頭一つか二つ分は低いだろう。小柄で華奢な体躯はどう見ても童女にしか見えず、だが紛れもなく今し方の声はこの少女の喉から発せられたものなのだ。

 

「……セレンという例を通じて念の恐ろしさは理解していたつもりだったが、とんだ思い違いだったらしい。真の念能力者とは斯くも条理を逸して面妖なものなのだな」

 

「褒め言葉として受け取っておこう。だが、我々ヘルシングの面々はやや普通から逸脱したところがあるのでね。これが念能力者の一般だとは思わないことだ。セレン嬢は十分に優秀な念使いだよ」

 

「貴殿ほどの人物にそう言われるのであればセレンも鼻が高いだろう。……しかし、その声はどうにかならないものか。その外見でその声は……あまりに不自然すぎる。周囲に怪しまれるのは得策ではないのでは? ──アーカード殿」

 

「おおっと、これは失敬。では見た目通りの演技を心掛けるとしましょう」

 

 途端、アーカードの声質がころりと変わる。地獄めいて恐ろしげに響く男性声から一転し、鈴を転がすような可憐な少女のものへと変貌を遂げた。

 その変化を目の当たりにしたリロイは再び顔を引き攣らせる。頭がどうにかなりそうだった。まさかあの偉丈夫が、斯くも美しく幼い少女へと変化するなど。

 

「ノリノリねぇ。もしかして意外と気に入ってる? その姿」

 

 リロイの左隣に座るカオルがやや呆れ気味に声を上げる。もはや別人と化したアーカードとは対照的に、いつも通りの姿と声のカオルのなんと普通なことか。普通って素晴らしい、とリロイは努めて右側から視線を逸らしつつ思った。

 

「そういうわけではないが、どうも肉体に精神が引っ張られているようでね。この姿の時は少し羽目を外し過ぎてしまうらしい。

 肉体は魂の容れ物に過ぎないとはよく言うが、互いに少なからず影響を与え合うものだ。取り分け魂と魄を紐付ける精神への影響は顕著だろう。肉体の変化に一番影響を受けるのは精神、君にも覚えがあるのではないかね?」

 

「まあ、私と旦那はそうよね。もう昔の自分の面影なんてないもの」

 

 黒髪の美しい少女二人が顔を寄せあい仲睦まじく言葉を交わす様は、事情を知らなければ実に目の保養となったことだろう。だが真実を知るリロイは心穏やかではいられない。片や単独で戦場を鎮圧した一騎当千の怪物アーカード、片や一晩でマフィア一つを壊滅させた魔人カオルである。果たしてこの二人に勝てる個人など存在するのだろうか。リロイにはちょっと思いつかなかった。

 

 だがその恐ろしき化け物どもは、今や我が身と我が家を守護する頼もしい味方である。最初はその大き過ぎる力を警戒していたリロイであったが、いざこうして守られる段になると頼もしいことこの上ない。彼らに任せておけば何があっても大丈夫だろうと思えるだけの信頼があった。

 

「では念のためこの後の動きの確認をしておこう。幻影旅団は競売の司会を装って壇上に上がり、こちらに対し攻撃を仕掛けてくるものと予想される。その時は──」

 

「決してアーカード殿の傍を離れないこと、だったな。大丈夫だ、覚悟はできている」

 

 本当なら旅団襲撃の事実を上に提言できれば最善なのだが、ノストラード組のように十老頭に伝があるわけでもないヴィンランド組ではそれも難しい。そもそも十老頭の面子に懸けて地下競売を中止するわけにはいかない以上、現実的ではないだろう。後手に回ることは覚悟しなければならない。

 

「旦那が肉の盾になってリロイを護衛、私が前衛で攪乱しつつ時間稼ぎ。その後すぐにエミヤたちが突入する手筈になってるから、三人が合流し次第総攻撃を掛けて敵を鎮圧。……とは言ったものの、私たちが予定通りに動けたためしなんて殆どないんだけどね」

 

「そこは適宜臨機応変に対応するということで。つまりはいつも通りということさ」

 

「大丈夫なんだろうな……」

 

 いい加減ともとれる二人の発言に表情を曇らせるリロイ。残念ながらこれがヘルシングの通常運転である。

 

「こういうのは大雑把なぐらいが丁度いいのさ。……それに奇を衒った作戦を立てたところで覚えてくれないのが一人と、その場のノリで無視するのが一人いるしね」

 

「そもそも連中がやることは徹頭徹尾“殺して奪う”ことだけ。要するにこれから起きるのは単純な力によるただの正面衝突。そこに複雑な戦術や戦略が介在する余地はないわ。奴らが正面から来るならこちらも正面から迎え撃つ、それだけよ」

 

「お前たちは修羅の国の人間か何かか?」

 

 日本が修羅の国だったのは戦国時代にまで遡る遥か昔の話だ。信じられないことだが、これでも彼らは戦争とは無縁な現代日本生まれの人間である。

 強大な力が彼らの人間性に変化を齎したのだ……と言えば何やら大仰に感じるが、実際には無個性な馬鹿が力を得て個性的な馬鹿になっただけである。元より素養はあったのだ。現代日本とは違い過ぎるH×Hの世界観が及ぼす影響と、後天的に得た巨大な力の悪魔合体の結果、より手が付けられない馬鹿が生まれてしまったというだけの話であった。俺また何かやっちゃいました?

 

「おっと、お喋りはここまでだ。“蜘蛛”のお出ましだぞ」

 

 アーカードの言葉にリロイはハッと息を呑む。壇上を見上げれば、そこには黒服に身を包んだ二人の男の姿があった。

 一人は東方の人種の血が入っていると思しき小男。もう一人は身の丈二メートルを超す異様なほどの巨漢である。明らかに堅気(かたぎ)ではない雰囲気を纏っているが、そんなものはこの場の誰にも言えることだ。彼らが幻影旅団の一員であるという事前情報がなければ、リロイとて今も呑気にカタログを眺めている他の者たちと同じく目前に迫った脅威に気付くことはできなかっただろう。

 

『えー……皆様、ようこそお集まり頂きました』

 

 やや訛りを感じる口調で小男──フェイタン=ポートオが会場中のマフィアたちに向けて言葉を放つ。その言葉や表情からはこれと言った感情の色は窺えず、ただ事務的に台詞を諳んじているだけに見える。これから起きる事態に対する気負いや緊張、興奮といった心の動きとは無縁であるということなのだろう。つまり、この程度のことは彼らにとっては「いつも通り」ということだ。

 

 やはり奴らは異常だ、とリロイは幻影旅団に対するボスの警戒が決して過剰なものではなかったのだと思い知らされた。マフィアンコミュニティー全てが集結するこの競売を襲撃するということは、世界の半分を敵に回すのと同義である。もはや手の込んだ自殺でしかない。

 それを近所のコンビニにジュースを買いに行くのと同じような気楽さで実行するのが彼らだ。これこそが幻影旅団。裏にその名を轟かせる“蜘蛛”の異常性である。

 

「──狂人どもめ」

 

『それでは、堅苦しい挨拶は抜きにして──』

 

『くたばりな』

 

 巨漢──フランクリン=ボルドーがその太く大きな五指を広げ、指先を差し向ける。刹那、目を見張るような強く激しいオーラが身体中から溢れ出し、指の第一関節から先が切り離された。

 

 両手十指の断面を銃口に見立て、無数の念弾を撃ち放つ〝俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)〟。指先を自ら切り落とすことで覚悟と制約の効果を果たし、ただの念弾に砲弾並の威力を持たせたフランクリンの代名詞たる能力がその牙を剥いた。

 

 機関銃とは名ばかりの大砲の嵐が会場を襲う。しかし念弾の性質上、オーラを視認できないこの場の大多数の人間には何が起きているのかなど理解できない。これで向けられたのが本物の銃であるのなら何らかの行動を取れたのかもしれないが、非念能力者である彼らは反応することすらできなかった。

 幾人かの念使いが反応するが、その行動は遅きに失した。よしんば対応できたとしても、これ程の威力の念弾の雨を前に取れる行動は限られるだろう。それだけフランクリンの実力は並の念能力者を凌駕していた。

 

 このまま何事もなければ、原作通り会場に集った数百名の人間は無残にも虐殺の憂き目に遭うだろう。一度「殺す」と決めた“蜘蛛”は獲物を逃さない。だが──

 

 

「『大海嘯七罪悲歌(リヴァイアサン・メルトパージ)』!」

 

 

 突如として会場内に出現した濁流が渦を巻く。一人の少女を中心に発生した流水は施設内に張り巡らされた水道管を流れる水をも引き寄せて規模を拡大させ、会場全てを水中へと引き摺り込んだ。

 

 放たれた念弾は魔力を帯びた水流に呑まれその威力を封じられ、その大部分が役目を果たすことなく水に溶けた。この事態を引き起こした張本人であるカオルは水で満たされたホールの中心で優雅に佇み、まるで指揮者のように指を振るい水流を操っている。

 つい、と指先が会場の扉を指し示す。カオルの支配下にある水流は彼女の意のままに生物のように蠢き、その質量を以て固く閉ざされた扉を破壊。室内に充満した水は唯一の出口へ向けて殺到し、腹に収めた会場内の人間ごと室外へと押し流した。

 

「これで足手纏いのギャラリーはいなくなったわ。完全に犠牲者をゼロにできたわけじゃないけど……」

 

「なに、本来辿るはずだった末路を思えばこれ以上ない結果だろうさ」

 

 椅子などの設備諸共押し流した結果、ただ広いだけの空間となったホールに残った人間は五名。旅団メンバーのフェイタンとフランクリンの二名、ヘルシングのアーカードとカオル、そしてリロイの三名である。

 こうなることが分かっていたアーカードとカオルの二人に動揺はない。だが何も知らされていなかったリロイにとっては堪ったものではなかった。彼は咳込みながら「無茶苦茶だ!」と叫ぶ。

 

「念能力者ってのはこんなのばっかりか! というか前衛で攪乱しつつ応援を待つんじゃなかったのか!?」

 

「それはこれからよ。周りがギャーギャー騒がしいと戦いに集中しにくいし……っと」

 

 再び念弾が押し寄せる。カオルは機敏に動いてこれを躱し、アーカードは黒犬獣(ブラックドッグ)の眷属を召喚し我が身とリロイの盾とした。

 

「おやおや、誰何するでもなく問答無用とは」

 

「野蛮なことこの上ないわね。お里が知れるわ」

 

 アーカードの傍ほど安全な場所はないという判断の下リロイはこの場に残したのだが、このまま弾雨に晒しておくのも宜しくない。当初の予定通りに敵を攪乱するべく、カオルは〝秘密の花園(シークレットガーデン)〟を解除しつつ駆け出した。

 

 フランクリンは念弾を乱れ撃ちながら左手でカオルを照準しようとするが、高速で動く彼女を追いきれず念弾は虚しく空を穿つばかり。広いホール内を縦横無尽に駆け回る敵影を捉えられず、フランクリンは苛立たしげに舌打ちした。

 

「クソッ、あの(アマ)ちょこまかと動きやがって」

 

「フランクリン、腕落ちたか」

 

「ならお前が何とかしてみろ! オレにばかり働かせてんじゃねぇよ!」

 

「……仕方ないね」

 

 フェイタンは背中に腕を回し、普段は仕込み傘の柄に収納している刀を引き抜く。服の下に忍ばせていた仕込み刀を構え、動き回るカオルへと真っ直ぐに突進した。

 

 〝周〟によりオーラを纏った刃は鉄板を切り裂く程の切れ味を宿す。瞬く間に距離を詰めたフェイタンは敵の素首を叩き落とさんと刀を振り上げた。

 だが、迎え撃つカオルの踵は魔剣の名を冠する大業物だ。決してフェイタンの刀に劣るものではない。カオルは振り下ろされる刃を右脚の甲で弾き、即座に左脚の踵を敵の刀に叩きつけた。

 

「ッ!」

 

 左脚の斬撃を受け止めたフェイタンは、腕に伝わる衝撃の大きさに目を見開く。その一撃にはまるでウボォーギンの腕力が宿ったかのような威力が込められており、小柄なフェイタンは衝撃のあまり勢いよく弾き飛ばされた。

 

「フェイタン!」

 

「……馬鹿力め。刀が使い物にならなくなたよ」

 

 フランクリンの下まで押し返されたフェイタンは手元を一瞥し、舌打ちして刀を放り捨てた。見ればその刀身には大きく罅が入っており、あと数合も打ち合えば砕け散るだろうことは明らかである。

 

 だが、カオルの筋力はFate作品の世界観に照らし合わせればCランクと低い。念能力者としても特質系であり純粋な身体強化は不得手としており、とてもではないが変化系であるフェイタンの腕力に勝てるものではない。にも拘わらず一方的に打ち勝てたのは、攻めの消力(シャオリー)によるインパクトの増強が働いたからである。すっかりインファイターとして板についてしまったカオルはニヤリと笑い、今度はこちらの番だと言わんばかりに前進しようとするが──

 

「流石はアストルフォ君だ。もう到着したらしい」

 

「……あら、これからってところだったのに。仕事が早いのも考えものね」

 

 直後、ホールの壁が轟音を上げて粉砕される。大量の蝙蝠と共に飛び込んできたのは、ヒポグリフに跨ったアストルフォと一方通行(アクセラレータ)、エミヤの三人だった。

 

「やっと出番だー!」

 

「糞旅団どもが、動くのがおせーんだよ! こちとら一時間近くも雲の上で待機してたんだぞ!」

 

「寒かった……」

 

 三者三様の言葉と共に雪崩れ込む馬鹿三人。ヒポグリフの背から飛び降りた彼らはアーカードを中心に並び立ち、オーラを纏い臨戦態勢を取る。

 

「ヒポグリフ! 後は手筈通りにヨロシク!」

 

 主人の命に従い、ヒポグリフは一鳴きすると呆然とするリロイを咥え背中の上に放り投げた。

 後詰めの三人が到着した後、最終的にリロイを守るのはヒポグリフの役目であった。危険を冒してここまで来た彼の役目はこれで終わり、後はボスのガルが待つホテルまで退避させるのみ。リロイがしっかりと背に乗ったのを確認したヒポグリフは翼を広げ、入ってきた壁の穴を通り夜空へと飛び立って行った。

 

「……武運を祈る!」

 

 何とか言葉を絞り出したのだろうリロイの声が響く。

 同時、天井を突き破って四人の人影がホールに降り立った。彼らは会場に集ったマフィアを殺し、競売品を収奪したフェイタンたちを回収するためにセメタリービルの屋上に待機していたメンバーたちだ。異常を察知し急行したのだろうが、ビルの屋上から地下までぶち抜いて来るとは豪快なことである。

 

 現れたのは、フランクリンにも匹敵する巨漢の男、ウボォーギン。

 (まげ)を結った痩身の男、ノブナガ=ハザマ。

 好青年めいた柔和な顔立ちの男、シャルナーク=リュウセイ。

 和装に身を包んだ目付きの鋭い少女、マチ=コマチネ。

 

 以上の四人は周囲の様子を窺うようにぐるりとホール内を見渡し、一箇所に固まって立つヘルシングを見て目を眇めた。

 

「何を手こずってんのかと思えば、ガキが四人と優男が一人だけじゃねぇか。何やってんだよ」

 

「うるせぇぞウボォーギン。言っとくがソイツらただモンじゃねぇ。会場内にいた連中をまとめて外に押し流しやがった」

 

「ふーん、ビルの外まで溢れてきてた水は奴らの仕業ってわけね。……というかシズクは? アンタたちと一緒にいたんじゃないの?」

 

「多分、その時に一緒に流されたね。シズクは会場の扉前で待機してたはずよ」

 

 敵を前にしているというのに何ら気負うことなく言葉を交わす様は、なるほど闇の世界にその名を轟かせるだけあって見事な豪胆さである。

 彼らは万が一にも自分たちが敗北するとは考えていない。個人の戦いで後れを取る可能性ぐらいは考慮に入れているのかもしれないが、“蜘蛛”としての敗北など微塵も考えていないのだ。そしてその自信が決して自惚れでないだけの確かな実力を具えている。

 

「よもや名にし負う幻影旅団を前にする機会が巡ってくるとは。それも原作主人公たちを差し置いて、だ。中々に空恐ろしいものがあるな」

 

「なんだ、ここまできていつもの慎重論か? 確かにオレたちでもノーリスクとは言えねぇが、らしくないぞ盟友」

 

「まさか。逆だよ、盟友」

 

 アーカードの声色が変わる。奈落の底から響くような薄暗い悦を滲ませた低音が、一見すると五人の中で最も年若い少女から発せられたことで流石の旅団も驚いたように目を見開いた。

 血色の双眸が妖しく輝く。吸血鬼本来の闘争本能が顔を覗かせ、普段の理知的で落ち着いた雰囲気が消え失せる。

 

「嬉しいんだよ。こうして本物の戦場に立つのは何年ぶりだ? やはり化生の本能は抑え切れん! 血と肉と鉄と闘争が私の渇きを癒す!」

 

「……あらら、こりゃあまた黒歴史入り確定だ。ま、確かに最近はこういうのご無沙汰だったからなァ。ここらで錆を落とすとしましょうかね」

 

 濃密な殺意と血臭が莫大なオーラと共に噴出する。うら若き少女の身体が歪み、肉が捻れ骨が軋む異音を上げながらアーカードの身体が本来の肉体へと立ち返る。

 血腥い喜悦が滲んだ盟友の悍ましい笑みを見て、エミヤは「それでこそだ」と笑った。

 

「旦那ァ! 久方ぶりの戦場だ、ここは一丁派手な号令(オーダー)をぶちかましてくれや! 好きだろそういうの!」

 

「ならば見敵必殺(サーチアンドデストロイ)!! 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だ!!」

 

 絶えずどす黒いオーラを噴き上げながら哄笑を上げるアーカード。大きく不気味に裂けた口裂からは人のものではない乱杭歯が覗き、彼が真に人外であることを明瞭に知らしめた。

 

「私は号令を下したぞ! 為すべきはただ一つ! 我々に敵対するあらゆる勢力は容赦なく叩け! 叩いて潰せ! 全ての障害はただ進み押し潰し前進しろ! 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だ!!」

 

 リーダーの号令が下される。見敵必殺(サーチアンドデストロイ)。彼らの間ではもはやお決まりの台詞だが、今回ばかりは込められた熱量が桁違いだった。真の意味で必殺の意志を以て臨まねばならぬ難敵が相手であると、言の葉に宿る殺意が物語っている。

 

 カオルは腹を決めたように踵を鳴らし、アストルフォは常と変わらぬ笑顔のまま抜剣し、一方通行(アクセラレータ)は無言でチョーカーの電源を押し込んだ。

 

「さぁて、我らのリーダーはお前たちの死がお望みだ。さらば死ね! 藁のように死ね! 実を結ばぬ烈花のように死ね! 蝶のように舞い、蜂のように死ね!」

 

 エミヤもまた普段のおちゃらけた態度を引っ込め、常ならぬ戦意に満ちた表情を覗かせる。どこかで聞いたことのあるような台詞だが、込められた殺意は本心からのものである。

 転生して二十余年、今やこの世界の流儀は心得ている。強敵を前に余裕をかますような命知らずな真似はしない。やるからには徹底的に容赦なく。中途半端が最も危険なのだと、アーカードと共に戦場を渡り歩いたエミヤは本能で理解していた。

 

工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

 

 様子見などと無駄なことはしない。そもそも慢心できるほどエミヤは強くない。故に可能ならば初手で全てを決する。魔術回路を励起させ、心象世界の歯車を稼働させる。

 

「我らの敵を根絶やしにせよ! 目標! 「前方」! 停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!」

 

 初撃必殺。虚空に出現した多種多様な剣の切っ先が幻影旅団を照準する。その全てに法外な魔力が充填されており、一つ一つが英霊にすら致命傷を与え得る破滅的な威力を内包している。

 これが一つの戦場を蹂躙したアーカードとエミヤのコンビネーション。エミヤが投影宝具の弾雨を降らせて有象無象を一掃し、残った強敵をアーカードの圧倒的暴力で叩きのめす。これで勝てなかった戦いなど存在しない。

 

「さあ、闘争(たたかい)だ。精々派手にやろうじゃないか。夜が明けるまで!」

 

 白銀の長銃が煌めき、開戦の号砲が放たれる。直後、剣林弾雨の爆音が大地を揺らした。

 

*1
本来は漫画『BLACK LAGOON』の登場人物「レベッカ・リー」、通称レヴィに付けられた異名。二挺のベレッタを巧みに操る姿から名付けられた




敵の前でカッコイイ前口上を長々と垂れ流すとか、HELLSINGでもなければ死亡フラグですよね。なんて。

というか久し振りにマトモな戦闘シーン書こうとしたら全然筆が進まなくて驚いた。ハンター試験編は刃牙ネタを混ぜ込んで誤魔化してましたが、やはり戦闘描写って難しいですね。

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