実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜 作:ピクト人
旦那「人の身で よくぞここまで 練り上げた(吸血鬼心の一句)」
ウボォー「オラわくわくすっぞ(意訳)」
なお、今回のお話は途中まで書いていたものの長くなった為に分割した内の前半部分となります。要するに二話連続投稿ですのでご注意下さい。
「ほらほら、手緩いわよ。最初の威勢はどうしたのかしら!」
「チィッ……」
ガギン、と一層重々しい金属音が鳴り響く。激しい衝撃が手首に掛かり、フェイタンは既に半壊している
立て続けに迫り来る足甲の一撃を左手に握った鋸で逸らしつつ、至近距離から口に含んだ毒針を敵の顔面に吹きかける。だが、敵の少女はあろうことかそれを避けることなく受け止めた。
「姑息な手ね。そんなものこの私には通用しないわ」
毒針が眼球に突き立ったことでカオルは反射的に目を瞑るが、もう一度瞬きした後には針の姿は影も形もなくなっていた。まるで眼球そのものが針を呑み込んでしまったかのように。
これには流石のフェイタンも目を剥いて驚きを露わにする。しかし身体は驚愕する思考とは裏腹に恙なく動作を完了させた。瞬きによって相手の視界が閉ざされた僅か一瞬の隙を衝き、カオルの腹部に強烈な前蹴りを叩き込む。
フェイタンの狙いとしては、敵に攻撃を加えつつ蹴りの反動で距離を取る目論見があった。しかし予想に反して返ってきたのは宙を漂う羽毛を叩いたような、まるで手応の感じられぬものだった。
ぐるん、とカオルの身体が蹴りの威力に逆らうことなく靡く。その回転を威力に変え、速度を乗せた蹴りをカウンターとしてフェイタンに叩き込んだ。
「ぐぅッ……!」
咄嗟に交差させた腕でそれを受ける。華奢な見た目からは考えられない程の威力が乗ったその一撃はミシミシと骨を軋ませ、小柄なフェイタンを豪快に吹き飛ばした。
このように攻撃を
こうもフェイタンが防戦一方となっているのには理由がある。何よりも大きいのは彼が現在、満足な武装もなくこの場にいることだろう。
そもそも本来はフランクリンの〝
勿論、名にし負う“蜘蛛”の戦闘要員の一人であるフェイタンが得物がなければ何もできないなどという筈もなく、彼は丸腰であっても並の念能力者では及ばぬレベルの体術を修めている。だがよりにもよって敵は攻撃性と俊敏性に定評のある超攻撃的アルターエゴ、それも追加で謎の中国武術を修めた属性の渋滞事故のような少女であった。刀を振らせたら右に出る者はいない白兵戦のエキスパートたるノブナガをして、「やりづらい相手」と言わしめたヒソカをほぼ一方的に敗北寸前まで追い詰めた実力は伊達ではない。兎にも角にも相性が悪いと言わざるを得ない相手だった。
無論のこと格闘戦だけがフェイタンの攻撃手段ではない。彼は〝
特に今回の敵は“蜘蛛”をして強敵と認めざるを得ない集団であり、旅団メンバーの誰もがかなりの集中力を要している。そんな中で配慮もなしに〝
しかも──
「遅い遅い! 欠伸が出るぐらいスロウリィだわ!」
仮にフェイタンが完全武装だったとしても倒し切れるかどうか断言できないほど単純に敵が強い。攻めの
それに不可解なこともある。フェイタンの勘違いでなければ、どうにも先程から徐々にカオルから感じられるオーラの強度が上昇を続けているように感じるのだ。それと比例するようにただでさえ厄介な攻撃の威力と速度に拍車が掛かり、ますますフェイタンを劣勢に追い込んでいく。
「……とんだ夜になたものね」
黒髪が翻り、銀の残光を引いて刃が迫る。凄絶な笑みを浮かべる少女の猛攻を捌きながら、フェイタンは吐き捨てるように悪態をついた。
「でえええぇぇぇりゃあああぁぁぁ!!」
ぶおん、と颶風を巻いて剣が虚空を切り裂く。がおん、と豪風を上げて馬上槍が空気を抉る。ある種の芸術性すら感じさせる快楽の少女の身のこなしとは正反対に、その少年の立ち回りからはおよそ洗練さといったものを感じ取ることはできない。道場剣法以下、良くて路上の喧嘩殺法レベルの低水準な剣捌きと槍使いだった。
だがそんな稚拙な技量とは裏腹に、篭められた膂力は是巨人の如し。滅多矢鱈に振るわれるそれは、なまじ合理性が欠如しているが故に行動を予測しづらい。これまで出会ったことがないタイプの手合いを前に、手練れの糸使いであるマチはどうにも攻めあぐねていた。
だが、その不規則な剣筋と幼げな見た目に不釣り合いな怪力に翻弄されていたのは最初の内だけだ。観察していれば攻撃の癖というものは徐々に浮き彫りになっていく。それにマチとて旅団内の腕相撲ランキングで十三人中六位の腕力の持ち主*3である。そのパワーは強化系のアストルフォに大きく劣るものではなく、彼女の卓越した念糸捌きを以てすれば近付かせることなく捕縛することも難しくないだろう。
では何故こうもアストルフォを相手に碌に攻められずにいるのか。その原因は彼が右手に握る馬上槍にあった。
厳密にはその馬上槍の先端で輝く黄金の穂先である。まるで芸術品のように壮麗な拵えのそれが身を掠めようとする度、マチの本能が激しく警鐘を鳴らすのだ。彼女の勘は幻影旅団の中でも時に行動指針の一つとして頼りにされる程度には仲間からの信頼が高く、マチ自身も己の勘に一定の信用を置いていた。勘などおよそ論理的とは言い難いスピリチュアルなものだが、実際にこの第六感に窮地を救われたことも一度や二度ではない。
ならばあの槍には何かがある。マチはそう確信し警戒を強めていた。
(何もないところから取り出したのを見るに、恐らくあの剣と槍は念の産物。つまりこの
マチの予想は半分的中していた。アストルフォが手にするのは宝具『
そしてこの槍は一つの特殊能力を持っていた。それは槍の真名が示す通り「穂先に触れた相手を転倒させること」である。伝説においてカタイの王子アルガリアから受け継いだ(意訳)これは、武器としての殺傷力は通常の槍の域を出ない。しかし穂先に宿る魔法の力によって触れられたが最後、効果が続く限り延々と転倒し続け起き上がれなくなってしまうのだ。
当然ながら一瞬の油断が命取りになる戦場の只中で足を取られてしまうことの脅威は計り知れない。マチの第六感は実に正しく働いていたと言えよう。もし僅かにでも接触したならその時点で機動力の大部分を喪失し、その戦力は激減。まさに俎上の鯉、アストルフォの手によってあんなことやこんなこと(意味深)をされてしまうことは確定的に明らかだった。
だがいつまでも攻めあぐねているようでは埒が明かない。それに下手に時間をかけていてはヒポグリフが帰ってきてしまう恐れもある。
(あの魔獣はかなりヤバいね。
そう、何を隠そうマチはカオルとアストルフォが投稿する動画のリスナーであったのだ。常に生放送を追っているような熱心なリスナーではないが、
加えて彼女はどちらかといえばカオルよりもアストルフォのファンであり、彼が登場する生放送のアーカイブや動画はだいたいチェック済みであった。
故にアストルフォが男の娘であることは承知しているし、「ヒポグリフと行く空の旅」も当然のように閲覧を済ませていた。多くの視聴者の性癖を歪ませた最初の十五分間も、多くの視聴者を恐怖のどん底に叩き込んだ伝説の五分間も身を以て体験済みである。
まさか騎手も可愛い顔してこれ程のやり手だとは思わなかったが。技量に関しては取り立てて見るところはないが、オーラの練りと怪力、敏捷性においては目を見張るものがある。
だが、一流の念使いであるマチからすればまだまだ荒削りだ。付け入る隙は幾らでも見出せる。豪快に振るわれる剣槍を躱しつつ、マチは自然な立ち回りでアストルフォの立ち位置を誘導していく。
「悪いけどあんたにこれ以上付き合ってる余裕はないんでね。ウボォーの援護に行きたいし、ここらで終いにしようじゃないか」
そう嘯き、マチはぐっと腕に力を篭める。
マチが引き寄せたのは、目視が困難なほど細く絞られた念糸である。彼女の指先から伸びる糸の先は今も元気に槍を振るうアストルフォの足下に繋がっており、彼はまんまと予め垂らされていた糸の罠のど真ん中へと誘導されたのだ。
〝隠〟を使うまでもなく目に見えぬほど細く、しかし鋼のように強靭な念糸は一瞬でアストルフォの足を絡め取った。完全に攻撃することしか頭になかったアストルフォは〝凝〟どころか足下への警戒も怠っており、彼はあっと言う間に足を取られ転倒してしまう。
「あいたぁ!」
よもや自分が転倒することになるとは露ほども思っていなかったアストルフォは、受け身を取ることもできず強かに後頭部を強打する。
まだまだマチの手番は終わらない。彼女はアストルフォの足を奪うや、続け様に念糸による拘束を仕掛ける。まるで蜘蛛の糸のように複雑に絡み合った念糸は瞬く間にアストルフォの全身を締め上げ宙吊りにしてしまった。
「んぎっ……!?」
「頑丈なのが裏目に出たね。もう少し脆ければ一思いに首を落としてやれたのにさ」
憐れにも蜘蛛糸に絡め取られたアストルフォは苦しげに呻く。その首にはマチの細く強靭な念糸が幾重にも巻きついており、ギリギリと音を立てて強く締め上げていた。
ただの人間か並の念能力者であれば、マチの言う通り糸の鋭さに耐え切れず首が切断されていたことだろう。だがなまじ頑丈だったばかりに糸は食い込むばかりで切断には至らず、気道を絞められたアストルフォは呼吸ができず苦しみに喘ぐ結果となった。
確かにマチは動画投稿者としてのアストルフォのファンだが、旅団の仲間と天秤に掛けられるほど入れ込んでいるわけでもないし、一度敵となった者に情けを掛けるような甘さとは無縁の性格だった。
むしろ画面越しに眺めるだけだった相手が、手を伸ばせば届くような距離で苦しむ表情を見れるなど役得であるとすら考えていた。別段異性を痛めつけることに快感を覚えるような倒錯的な嗜好を持っているわけではないが、相手がアストルフォほどの美少年(美少女?)ともなれば話は別だ。人間とは誰もが美しいものを破壊することに大なり小なり悦びを見出す生き物である。特にマチは稀代の大悪党幻影旅団の一員であるからして、そういう嗜好に対する理解は人よりあった。何となれば共感もできるぐらいである。
目尻に浮かぶ涙、紅潮する頬。苦痛に歪む表情すらその美貌を損なうことはなく、むしろ普段の天真爛漫な活発さとのギャップにより儚げな可憐さを際立たせる。
ビューティフル。マチは思わず舌なめずりをした。もはや彼女も立派に性癖を歪まされた一般リスナーであったが、本人にその自覚はなかった*4。
だが残念かな、彼はヘルシングが誇る二大問題児の片割れであり、アーカードが匙を投げるようなスピード狂である。念糸で首を絞められた程度で止まってくれるのなら世話はない。
刹那、アストルフォの姿が消え失せる。まるで霞か幻であったかのように跡形もなく、蜘蛛糸の虜となっていた筈の少年はマチの視界から消失した。
目を見開く。万力のような力で絞めつけていた念糸が対象を失って地面に落ちる。ただ不可視となっただけではない。文字通り存在ごと消滅したのだ。でなければマチの拘束から逃れられる筈もない。
(けどどうやって、どこに消えた──!?)
不可解な事象を前に束の間硬直するマチ。その肩にポンと何者かの手が置かれた。
「バァ!」
「──」
咄嗟に背後を振り返ったマチの視界いっぱいにアストルフォの笑顔が映る。いないないばぁ、と言わんばかりに屈託のない笑みである。
反射的に肘打ちを叩き込んでいた。マチの腕に鼻柱を折るグシャリという生々しい感触が伝わり、アストルフォは「ぐぇぇ」と呻いて吹き飛んだ。
「
故に、更に背後から打ち込まれたそれは全く慮外の一撃だった。足を根元から吹き飛ばさんばかりの強烈な薙ぎ払いが横合いからマチを襲い、彼女は為す術なく足を掬われ激しく転倒した。
痛みに声を上げることすらできないほどの衝撃が襲う。目を白黒させるマチが見上げる先には、確かにたった今吹き飛ばした筈のアストルフォが悪戯げな笑みを浮かべて佇んでいた。
マチは僅かに首を動かし、視線だけを背後に向ける。そこには確かに顔面を強打され涙目で鼻を押さえるアストルフォの姿がある。
再度視線を正面に戻す。二人に増えたアストルフォが肩を組んで立っていた。
「!?!?!!??」
「わははー! どうだ見たか! これがボクの禁じられた最終宝具!」
「『
説明しよう! 『
……真面目に解説すると、これはアストルフォがライダーとして召喚された場合に使用可能なヒポグリフの力を生身で発動するものである。 どこにでもいるしどこにもいない、虚数的存在となって敵陣を撹乱することができる。
具体的に言うと、アストルフォが多重分身となる上に、本物がいたりいなかったりいても攻撃を食らわなかったりする。
更に最悪なことに、一定時間が経過するとアストルフォは倍々ゲームで増えていく。 百人近いアストルフォがワイワイキャーキャー暴れる様は一部サーヴァントにとっては悪夢のようだとか。
その様を見て「アストルフォきゅんカワイイヤッター!」などと喜んでいられるのはセレニケか訓練されたリスナーだけだ。よほどアストルフォと素の実力が隔絶しているような大英雄でもない限り、虚実入り混じるサーヴァントの群れが大挙して押し寄せるなど悪夢としか言いようがない。
しかも最悪なことに、増えたアストルフォは全員が宝具を所有している。何せどれも本物でありどれも偽物だ。嘘も本当も、生も死も、この宝具発動中に限り全て意味のないものとなる。全てが虚構であり全てが真実なのだから、全てのアストルフォが『
つまりはそういうことだ。混乱している間にも更に数を増やし六人となったアストルフォたちが一斉に槍の穂先をマチへと向ける。
六つの切っ先が自身を照準したことで辛うじて正気を取り戻したマチは慌てて立ち上がろうとする。だが──
「えっ……」
ステン、と。マチはまるで丁寧にワックスがけされた床を新品の靴下で踏んだ時のように滑って転んだ。
だがそれはあり得ないことだ。ホールの床には隈なく
ならば答えは明白、あの黄金の馬上槍に付与された念能力だ──そう察するも時すでに遅し。もし僅かにでも身動ぎすれば眼前の
「つーかまーえた!」
「ッ!」
がっし、と背後から腕を回される。視線を向ければ鼻先を赤く腫らしたアストルフォがマチを羽交い絞めにし、ニヤニヤと笑っていた。
アストルフォの身体が密着し、男のくせに石鹸と花の香りのような芳香を漂わせマチの鼻腔を擽る。だが当然ながらそんなことに意識を傾ける余裕などあるわけもなく、彼女は自身の生殺与奪を敵に握られた事態に全身を総毛立たせた。
勘に頼らなくても分かる。コイツ絶対碌でもないこと考えてる。
「被告! 幻影旅団!」
「被告! マチ=コマチネ!」
「判決は!」
「
「
『擽刑! 擽刑! 擽刑! 擽刑! 擽刑!』
十人のアストルフォが刑罰を言い渡す。判決、
一人が背後から羽交い絞め。四人が『
「ちょ、や、やめっ……あははははは! やめて死ぬあははははははは!」
「こちょこちょこちょ~」
「君がッ! 泣くまでッ! 擽るのをやめないッ!」
「泣いてもやめないッ!」
マチは暴れて何とか拘束を引き剥がそうとするも、アストルフォの腕は万力のような力で彼女を押さえつけて離さない。
というか全くびくともしない。女性離れしたマチの腕力を以てしても僅かに拘束を緩めることすらできなかった。
いくら何でも不可解だ。果たしてこの敵はここまで隔絶した筋力の持ち主だっただろうか──?
「アストルフォ追加入りまーす!」
「はーいアストルフォ一丁!」
「アストルフォ一丁入りまーす!」
「ひいいいぃぃぃぃぃぃ──!?」
だが、そんな疑問は更に増えたアストルフォが笑顔で手を伸ばしてきたことによって消え失せる。
相変わらず足は不自然なまでに地面を掴むことはなく、一向に立ち上がれる気配はない。擽りによって意識を集中できず念糸を形成することもできない。抵抗の術を失ったマチの情けない悲鳴が響き渡った。
敵側の視点で書いていて思うコイツらの理不尽感。特にアストルフォ。英霊の中じゃ弱い方なのにネ。