実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜 作:ピクト人
砲声が轟く。エミヤが操るハルコンネンは轟音と共に火を噴き、長大な砲身から子供の頭ほどはありそうな巨大な砲弾を吐き出した。
戦車の強化装甲をも一撃で粉砕する
だが、相手はただの人間ではなかった。“蜘蛛”の中でも一、二を争う白兵戦能力を有するノブナガは、立て続けに放たれる砲弾を躱し、時に刀の一閃で両断しながらエミヤとの距離を縮めていく。
「ヒューッ! すげぇな、砲弾を叩き切るとかブラッドレイ大総統*1みてぇだ!」
「へぇ、オレ以外にもそんな刀使いがいるのか。是非とも一度お目に掛かりたいもんだねぇ」
身体を掠めるだけでも命取りになりかねない威力の砲が飛び交う中にあり、ノブナガの表情はあくまで涼しげだ。それは彼がハルコンネンの砲撃を全く脅威だと思っていないことの証左である。
エミヤもそれを悟ったのだろう。彼はハルコンネンの砲口を下げ、彼我の中間地点に照準を向け直した。ノブナガに直接弾を当てることは諦め、焼夷弾の爆発で対象を焼き払う腹であった。
だが、照準を修正する僅かな一瞬を衝いてノブナガはエミヤの眼前まで距離を詰めていた。それが縮地法などと呼称される歩法による高速移動であると悟ったエミヤは目を見開き、咄嗟にハルコンネンを身体の前面に構えこれを盾とする。
斬、と銀閃が奔る。鷹の目と言われるエミヤの動体視力をしてようやく目で追えるような超高速の斬撃が飛来し、盾替わりとしたハルコンネンの砲身をいとも容易く一刀両断にした。
「マジかよ! 鋼の塊だぞ!」
「オレにとっちゃ鋼も石も紙切れと同じだよ」
縮地に斬鉄。いわゆる達人技と呼ばれる類の高級技を立て続けに目の当たりにし、エミヤは思わずといったように笑みを零した。尤も、その笑みは喜びの発露ではなく、「もう笑うしかない」といったような心境によるものである。端的に言えば諦めの境地だ。
(相性が悪いんだよな。『エミヤ』ならともかく、ここまで接近されると遠距離専門のオレには分が悪い)
だが、それは高火力ながら一発一発の攻撃行動が鈍重なハルコンネンを用いた際の話。エミヤの特殊能力はそんな取り回しの悪さとは無縁である。大砲の次はお前だと言わんばかりの殺気を籠めて二撃目を放とうとするノブナガに向け、視界外に出現させた投影宝具を射出する。
超人的な反射速度でそれに反応したノブナガが身を躱す。刀で迎撃しなかったのは爆発する可能性を考慮してのものだろう。
「流石のオレもこんな至近距離では爆発させんよ」
エミヤが欲したのはその一瞬だけだ。ノブナガが回避することによって生まれた一瞬の間隙に投影は完了した。
その手に現れたのは血のように紅く赤熱する異形の大剣である。真名を『
見るからに異質な気配を放つ大剣を見てノブナガは眉を顰める。だが躊躇は一瞬だった。「斬れば分かる」と思い直した彼はオーラを研ぎ澄まし、閃光のような斬撃でエミヤを襲う。
狙いは頸、されどその目論見は外れる。音を置き去りに急襲した刃は、赫奕を放つ魔剣の怒涛のような斬撃に迎撃された。
刀を通して腕に伝わる尋常ならざる手応えと衝撃に目を見開く。洗練されているとは言い難い一撃ではあったが、刃の重さと威力には目を見張るものがある。ただの気狂いかと思いきや、中々どうして悪くない剣筋の持ち主であったらしい。
そして何よりもノブナガを驚かせたのは、その赤く血に濡れたような外観の武骨な大剣そのものである。手応えで分かった。先ほど斬った大砲に使われていた鋼とは文字通り桁が違う一振りだ。打ち合った感触が月と
「業物だな。そいつを斬るのは骨が折れそうだ」
ノブナガはそう嘯くが、実際には骨が折れるどころでは済まないだろうと察していた。はっきり言って斬れる気がしない。業物も業物、大業物である。
だが、流石のノブナガもここに来て敵の能力の不可解さに首を傾げる。系統は十中八九具現化系で相違なかろうが、それにしては明らかに異質な点が目立つのだ。
具現化系とはオーラを物質化して道具あるいは念空間、念獣を作り出すことができる系統である。幻影旅団の仲間内ではシズクの〝デメちゃん〟がこれに該当するが、その修行は他の系統と比べてイメージトレーニングが肝要となる。何しろ自分のイメージのみを頼りに物質を生成するのだ。そのイメージが曖昧であれば、必然的に具現化されるアイテムも曖昧で大した効力を持たない鈍らしか出来上がらない。
具現化系が一般に“ハズレ”と言われることが多いのは、このイメージトレーニングが困難であるからだとされる。それこそ何もしていなくとも対象物を幻視してしまうレベルの強いイメージ、あるいは執着が必要なのだ。
そして実戦に耐えるレベルのものが具現化できるようになっても、具現化系能力者には更なる困難が待ち受ける。それは具現化したアイテムに付与する特殊能力である。
何しろただアイテムを具現化しただけでは強化系による武器のオーラ強化の下位互換にしかならない。故に能力者は具現化したアイテムに具現化系ならではの何らかの力を加える必要があるが、そもそも物質を具現化するために一定のキャパシティを要するため、その時点で付与する特殊能力のための
無論のこと具現化系にも他系統にはない様々なメリットがあるのだが、要するにノブナガが疑問に思うのは、エミヤが具現化系ならば避けて通ることはできない筈の様々な制約を明らかに無視していることだ。
その最たるものは、エミヤが具現化する強力無比な武具の数々には一つとして同じものが存在しない点だ。先述したように具現化系は相当に確固たるイメージがなければ強力なアイテムを生成することはできず、しかし人間のイメージ力では精々一つか二つの具現化が限界である。中には驚くほど多くのものを具現化する者もいるが、そちらは逆に強力なイメージによる質を犠牲に数を確保している場合が殆どだ。断じてエミヤのように質と数の両方を兼ね備えた具現化系能力者などあり得ない。
ならばこれは何だ。ホールを半壊させる程の爆発を起こす剣の群れに、ウボォーギンに「逃げ」を選択させる程の強力な大砲。挙句の果てにはノブナガが念で強化し振るう刀を上回る刃金の大業物である。
明らかに一能力者が実現できる範疇を逸脱している。実は元からそういう武具を隠し持っていて、それを念で強化しているのだと言われた方がまだ信憑性があるだろう。しかも──
唐竹袈裟懸け水平胴切り逆袈裟突き。目にも留まらぬ速度で振るわれる刀捌き。ノブナガが培ってきた殺人技巧の数々が濃密な殺意と共にエミヤを襲い、されどその悉くが血色の魔剣に迎撃される。
まるで血肉を貪る獣のような迫力と貪欲さだ。執念すら感じさせる勢いで的確にノブナガの刀を狙い食らいついてくる。
恐ろしいことだ。これ程の業物を具現化する実力がありながら、更にノブナガと拮抗する程の剣腕をも有しているとは。
(ま、オレの実力じゃねぇけどナ)
実のところエミヤの剣術の腕は明確に『エミヤ』に劣っている。固有結界などの先天的な能力は本能的に扱えるのだが、剣の腕の方はそうもいかない。何せ剣の腕は“能力”ではないのだ。
彼ら転生者が神を名乗る上位者から与えられたのは、ランダムに選ばれたキャラクターが持つ“特殊能力”である。それは宝具であったり超能力であったり、あるいはその能力を扱うための特殊な肉体そのものであったりする。エミヤの場合は固有結界『
一方、『エミヤ』が駆使する剣術は何かしらの特殊能力による賜物ではなく、純然たる努力と経験が培った“技術”である。これが生まれつき身に備わった才能であるなら話は別だったのだろうが、生憎と『エミヤ』に剣才は存在せず。断じて怪力乱神の類ではなく、故にそれがエミヤに与えられることはなかった。カオルが当初〝
故にエミヤが『エミヤ』に完全に追いつくためには相応の鍛錬が必要になるのだが、その「相応の鍛錬」とやらが問題だった。それは『エミヤ』という男が歩んできた歴史そのものにある。
七人の魔術師と七騎の英霊による空前絶後の闘争劇『第五次聖杯戦争』を勝ち残り。
“正義の味方”を志し、戦場を渡り歩き、魔術師と戦い、死徒と戦い、ありとあらゆる鉄火場を越え──その果てに世界と契約しアラヤの守護者へと成り果てた。
それが英霊の座に至った『錬鉄の英雄エミヤ』が歩んだ道程である。そんな男の研鑽に追いつくためには、果たしてこのHUNTER×HUNTERの世界でどれだけの修羅場を潜る必要があるのか。そんな修羅の道を歩むなど、エミヤは真っ平御免だった。
勿論剣の鍛錬はする。だが『エミヤ』と同じ道を行くつもりはない。そもそも人間性が異なるのだから同じ結末に至る筈もなく、ならばエミヤはエミヤなりの戦い方をするだけだと開き直った。その答えの一つが爆発であり、ハルコンネンであり、そしていま手の中にある『
英雄ベオウルフが振るったとされる二振りの剣の片割れたる『
では、何故『エミヤ』はそんな便利宝具をそのまま使わず、矢に変えて自動ホーミング弾として使用していたのか。──答えは単純、そのまま使っても一流の英雄には及ばないからである。
何しろ本来の担い手であるベオウルフは素手でドラゴンを殴り殺した逸話を持つ超腕力の持ち主だ。その筋力パラメータは堂々たるAランク。素手の一撃でちょっとした宝具級の威力を叩き出すような馬鹿力で振るわれる自動迎撃魔剣『
一方のエミヤの筋力パラメータはDランク*4だ。これではどう足掻いてもベオウルフ程の威力は出せない。片やただ受けるだけでもダメージを刻んでくる、受け流すだけでも一苦労なベオウルフの剣。片や使い手の筋力不足で本来の威力を発揮できず、ただホーミング機能だけが優秀なエミヤの剣。同じ『
加えて、自動で攻撃してくれると言ってもそれは殆ど獣のような挙動となる。篭められた呪詛によって血の匂いを求め暴れる魔剣……そう聞けば何とも強そうに感じるが、そこに剣の術理といったものは存在しない。
獣というのはそういうことだ。血に狂った魔剣に技巧を凝らす智慧などある筈もなく、ただ獣の本能に任せて迫るだけの刃を恐れる英雄など存在しない。ベオウルフ程の膂力があれば話は別だが、エミヤの筋力では容易く剣筋を読まれ切り伏せられてしまうだろう。
だが、この世界には神話伝承に語られるような英雄は存在しない。ネテロなど人の枠を外れた逸脱者も一部存在するが、そんなものは本当に例外的な存在だ。そんな例外が都合よくエミヤの敵になることなどそうあることではない。ならば『
しかし不幸なことに、ノブナガ=ハザマとはそういった例外に当たる手合いであった。振るう刀は宝具には及ばずとも中々の名刀、使い手は文句なしの超一流。対するエミヤは二流の剣士。振るう魔剣は希代の大業物だが、使い手が二流故にその真価を発揮できず。
故にそれは必然の結末だった。当初は拮抗していた天秤は徐々に傾きだし、ノブナガの表情に余裕が表れ始める。
「ま、期待以上だったぜ」
「ぐっ……!」
オレには及ばないけどな、という副音声が聞こえてきそうな上から目線の賞賛。事実だけに何も言い返せない。寒気がするほど鋭く閃いた一刀を辛うじて受け止め、エミヤはくぐもった呻き声を上げる。
剣客の技量が魔剣の本能を上回った。当然の帰結である。エミヤでは──そう、
だが何度でも言おう。エミヤは『エミヤ』ではないし、断じて剣士でもないのだ。
──そして何よりも、
「
まさにその瞬間だった。エミヤの身体にエミヤのものではないオーラが流れ込み、本来の力を超えたパワーが総身に満ちる。充溢するオーラは彼に更なる剛力を齎し、ノブナガの刀を軽々と押し返した。
「なにっ……!?」
「デカいのお見舞いしてやるぜェ!!」
魔力によって編まれていたエミヤの戦装束、その胸部を覆うアーマーが剥がれ落ちる。その下から出てきたのは、聖骸布によって胴に巻き付けられていた数本の刀剣だった。
包んだものを外界と隔離させるという性質により気配を覆い隠されていた宝具……否、爆弾。それはエミヤの意思に応じて内包する魔力を暴走させ、直ちに自壊を開始した。
「な、ば、馬ッ鹿じゃねぇのお前!?」
「自爆するしかねええええええ──ッ!!」
どこか恍惚とした表情で自爆を敢行するエミヤ。目を剥いて慌てて退避しようとするノブナガ。
そして爆発。エミヤの胸で弾けた
「うごぉ!?」
「ひでぶ!?」
ノブナガは僅かに回避が間に合わず、爆風を浴びて吹き飛んだ。
一方、当然と言うべきかより被害が大きいのがエミヤである。胸部で炸裂した爆発は容赦なく皮膚を焼き、骨に罅を入れ、臓腑に衝撃を奔らせた。ランクは低いとはいえ宝具の自爆である。それをゼロ距離で食らってただで済む筈がない。
「おおっとぉ? また距離が開いちまったなァ、ノブナガさんよォ」
「……ッ!」
ニタリ、と厭らしい笑みが浮かぶ。表情に滲む喜悦がエミヤの魂胆を物語り、ノブナガは悪寒に背筋を凍らせる。
ノブナガが有利に立てていたのは白兵戦において勝っていたからだ。だがいま両者の間に隔たる距離は十メートル以上。当然刃の間合いの外だし、距離を詰めるのにも数秒を要するだろう。
「……勘弁してくれよ」
それだけの時間があれば、エミヤなら幾らでも爆弾を調達できる。虚空に出現するは計三十挺の投影宝具。その全てが切っ先をノブナガへと向けていた。
「パーティへようこそおおおおおお!!!」
ハルコンネンもいいが、やはり
ウボォーギンの〝
故に、その気になれば〝
小細工抜きの真っ直ぐな右ストレート。アーカードの頭を跡形もなく粉砕した。
小刻みなステップと共に打ち放たれた左ストレート。アーカードの心臓を粉砕した。
強烈な足払いで両足を粉砕し、崩れ落ちたアーカードの背中に渾身の両手打ちを振り下ろす。背骨が砕け散る凄惨な音が響き渡った。
その一打一打全てが〝
なのに、死なない。どれだけ容赦なく粉砕し解体しようが、次の瞬間には何事もなかったかのように復活する。
「全く、見上げたパワーとタフネスだな。かつて個人の手によってこれ程までに殺されたことはない」
「ぜーッ、ちっとも……ぜーッ、嬉しくねぇ褒め言葉だぜ……!」
ウボォーギンは全身に玉のような汗を浮かべ、激しく肩で息をしていた。さもあらん、旅団一のオーラ量を誇る彼といえど、こうも〝発〟を連発して疲労しない筈がない。
しかしそれ程の労力を費やしてなお、アーカードはまるで堪えた様子はなかった。流した血も欠けた肉も全て元通り。汗一つかくこともなく、涼しげな表情で悠々と佇んでいる。
ウボォーギンとてただ闇雲に殴っていたわけではない。彼なりにアーカードの不死の絡繰りを解き明かそうと試行錯誤していたのだ。
結果は成果なしだったが。脳を砕こうが心臓を潰そうが手応えなし。思い切って全身隈なく磨り潰してみても関係なしに復活する始末。
頭がどうにかなりそうだった。が、僅かにだが分かったこともある。それはアーカードの念の系統についてだ。
最初は図抜けた回復能力に開眼した強化系能力者かと思った。己と張り合う腕力からしてそう的外れでもないだろうと思っていたのだ。
だが、それにしたってこの再生力は異常だ。しかもウボォーギンの気のせいでなければ、アーカードのオーラ量は再生する毎に目に見える形で増加していっている。性質的にはやはり強化系に近い気もするが、それ以上に異質な面が目立つ。純粋な強化系とは考え難い。ましてやそれ以外の変化・放出・具現化・操作などはもっとそぐわない。
ならば残る系統はただ一つ──
「団長と同じ、特質系ってことか……」
「ご明察」
特質系。それは文字通り“特殊な性質を持った系統”である。他の系統は習得率の差はあれ誰でも修めることができるのに対し、特質系のみは先天的にその適性を持った者しか習得することができない。例外的に六性図上で隣り合う操作系と具現化系のみは後天的に適性を獲得することがあるが、その確率はかなり低いとされる。
そして特質系が特殊だとされるのは、何よりも発現する能力の異質さが挙げられる。
基本的に念能力者は自身の系統に沿った能力を発現させる。例えば強化系ならばシンプルに身体能力の強化、変化系ならばオーラに火や電気の性質変化を持たせたり、放出系ならば念弾などの形で己の肉体から離れた位置に念の効果を及ぼすだろう。
だが、特質系だけはそういった特定の
加えて、自身の意向とは関係なしに能力や制約が定められてしまうケースも多い。それ故にそもそも戦闘向きの能力ではなかったり、強力な効果の代償として複雑な制約が求められてしまうこともある。
良くも悪くも異質な系統、それが特質系である。そしてこの異質さはアーカードの異常な再生力にも通じるものがあるとウボォーギンは睨み、果たしてそれは半分正解だった。
「〝
刹那、アーカードの姿が掻き消える。その姿は一瞬にしてウボォーギンの眼前へと現れ、昏く淀んだオーラを滲ませながら手を広げ掴み掛かった。
ウボォーギンは咄嗟にその手に自身の掌を合わせ、手四つとなってアーカードの掴み掛かりに対抗する。だが篭められた力はウボォーギンの予想以上のものだった。先程までとは比較にならぬ剛力が襲い、彼の腕を軋ませる。
「お、お、おおおおおお……ッ!?」
「死者の念は知っていよう。私の能力は意図的にそれを引き起こすものだ。特質系に相応しい異質さだろう?」
念能力は使い手が死んでも解除されるとは限らない。術者が強い執着や恨みを残して死亡すると、怨念を糧に念能力は強大になり、術者の絶命にも拘らず独り歩きするようになるケースが存在する。これを〝死者の念〟という。
アーカードの〝発〟は相手に殺されることによって死者の念の現象を引き起こし、自身のオーラを増強させることができる。普通の人間ならば一度死ねば終わりだが、膨大な命を抱え込んでいるアーカードの場合は話が別だ。彼の命は百回、千回と殺された程度では尽きることはなく、ほぼノーリスクでこの能力を運用することができる。
当然ながら制限も存在する。この〝
例えば、フランクリンの〝
翻って、アーカードにとって“死”など何ら特別なものではない。何せその身は不死身、正真正銘の不老不死だ。そこに覚悟など生じる筈もなく、よって誓約も大した効果を発揮しない。たった一度や二度の死ではオーラの増強など微々たるものだ。
だが、仮初めの“死”も十重二十重と積み重なっていけば話は別。ただでさえ怪物的な身体能力を誇る吸血鬼は死者の念によるオーラ増強の後押しを受けて飛躍し、
「さて、私はこの戦いの中で何度殺されたかな。十より先は数えていないが……いやはや、音に聞こえし“蜘蛛”の力、身を以て堪能させてもらったとも」
「ぐっ……だが、テメェの再生力はその能力とは直接関係ねぇだろうが! 聞かせろ、その不死身の絡繰りは何だ!?」
「そこまで聞かせてやる義理はないな。一つ教えてやっただけでも十分なサービスだ。そうだろう?」
アーカードの不死身性は念能力とは関わりないところにある。完全に彼独自の特殊能力であり、念の尺度で計ることはできない。
それに、アーカードの能力はこれだけではなかった。〝
──その名は〝
効果は「ヘルシング五人が保有する全オーラの共有化」。彼らが持つオーラを一つの共有物とし、各人に等しく割り当てることができる能力である。
一見すれば大したメリットがない能力にも感じるだろう。当然ながらヘルシングのメンバー一人一人が有するオーラ量には個人差があり、ただ平均化しただけでは人によってはむしろオーラが減少してしまうこともある。しかもオーラを完全に共有化しているため、一人がオーラを使い過ぎれば他の者にも影響が出てしまい、仲間の連携を崩す恐れがあるのだ。
だが、ここに〝
加えて、
そう。先程からカオルやアストルフォ、エミヤのオーラが不自然に強化されていたのは、アーカードの〝
即ち、ウボォーギンの奮闘はヘルシング全体の戦力の底上げに貢献していたということになる。そしてそのことをウボォーギンはおろか、幻影旅団の誰もが把握していない。
「さあどうした、もう終わりかね? 力が緩んでいるぞ。
倒すんだろう? 敵はここだ。私はここだ。お前の敵はここにいるぞ、幻影旅団……!」
「ぐ……うぉおおおオオオオオ──ッッ!!」
アーカードの挑発に応じ、ウボォーギンは残る力を振り絞って両腕に力を篭める。互いに組み合った両手の中で凄まじい力が渦巻き、空間そのものを軋ませる程の力の鳴動を引き起こす。
卑怯とは言うまいな、とアーカードは哂う。お前たちは我々という個人の群れではなく、ヘルシングという一つの共通意志を敵にしているのだと。
生まれも、年齢も、人種も、何となれば種族すら異なる五人。しかしその実、彼らは故郷を同じくする仲間であった。
彼らにはそれだけで十分だった。共に在ることこそが望みであり歓喜。その絆はいつ如何なる時、如何なる場所であっても不変である。
それがたとえ、どんなに下らない馬鹿をやっている時であっても。
それがたとえ、死が溢れる凄惨な戦場であったとしても。
ヘルシングは常に共に在る。共に在れる喜びを共通意志とし、五つの命が一つの命のように蠢きのたうち、血を流しながら血を求め、増殖と総減を繰り返しながら無限に戦い続ける。
〝
進撃するはヘルシング。一木一草尽く、我らの敵を赤色に染め上げようぞ。
覚悟するがいい幻影旅団、“蜘蛛”を名乗る
無法には無法を以てお応えしよう。──さあ、ルール無用のお騒がせ集団、転生野郎Aチームのお通りだ。
・〝
特質系念能力。死亡状態から蘇ることによって〝死者の念〟により増強されたオーラを獲得する。不死であることを前提としているため、アーカードしか使用できない。
制約:〝
誓約:完全に命を絶たねば能力は発動しない。自殺であっても発動する。なお戦闘終了後に効果は全てリセットされる。
・〝
相互協力型特質系念能力。アーカードを核とし、エミヤ、アストルフォ、
制約:五人が同じ戦場にいなければ発動しない。また、一人でも意識を失う、死亡するなどして念を使えない状況に陥るとこの能力は強制解除される。
誓約:戦いの中で友より先に死ぬことは許されない。友が死ぬ時はヘルシングが死ぬ時である。