実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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転生野郎Aチーム続編~惨劇(ヴァルプルギス)の夜~

 実力が云々以前の問題として、そもそもこの状況がフェイタンにとって不本意極まりないものだった。

 真っ先に得物の仕込み刀を失ってしまったのは、まあ敵の力量を計り損ねた自身の失態だと割り切ることもできよう。だがそれ以外の要因は不幸だとしか言いようがない。

 

 まず碌な得物を装備していない。当初の予定では戦闘が発生するなど想定していなかったため、主武装の刀以外は小型の拷問器具しか手元になかった。素手での格闘ができないわけではないが、この状況ではフェイタンの実力の半分も発揮できない。

 

 そして予想以上に仲間が頼りにならない……いや、流石にその評価は酷だったか。まさかフランクリンの念弾が悉く跳ね返されるなど、フェイタンにだって予想できなかったことだ。そのせいでフランクリンは土手腹に風穴を開けられ、挙句の果てにはシズクまでもが戦闘不能に陥った。二人のフォローのためにシャルナークまでも手を割かれ、結果としてフェイタンは孤軍奮闘する羽目になったのだ。

 では他の面子はどうなのかと言えば、そちらはそちらでのっぴきならぬ状況にある。マチはよく分からないナマモノに多勢に無勢でリンチされているし、ノブナガはシンプルにヤベー奴と(ダンス)っている。加えてウボォーギンの方はちょっと洒落にならない敵との戦いに掛かり切りだ。到底援護を望める状態ではない。

 

「お──ラァッ!」

 

「ぐッ……」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべたカオルが迫り、荒っぽい声と共に鋼の具足が振り抜かれる。これまで何度となく振るわれたそれにフェイタンは手にした(ノコギリ)で応じる。決して正面から受けないよう、受け流すように衝撃を往なす。

 それでもやはり限度がある。オーラで強化しようと鋸は所詮工具、どれだけ丁寧に扱おうとその耐久度はたかが知れている。現に刀身には無数の罅が入り、鋸刃はその殆どが潰れていた。

 

 それもこれも敵の武装がインチキじみているのが問題なのだ。何だあの具足は。幾度となく鋼同士で衝突しているのに傷一つ付かず、今も曇りない白銀に煌めいている。元からある物をオーラで強化しているのか具現化した物なのかは分からないが、いずれにせよ尋常な代物ではないだろう。

 

「おっと」

 

 フェイタンに更なる追撃を掛けようとしていたカオルが身を翻す。直後、一瞬前まで彼女がいた空間を念弾が抉った。

 フランクリンによる援護射撃だ。風穴が開いた腹部の応急処置にオーラを回しているため弾幕は散発的だが、それでもないよりはマシだ。問題は全く命中する気配がないことか。

 

「クソ、全然当たらねぇ」

 

「ふふふ、無駄撃ちご苦労様。二人掛かりで小娘一人相手に手も足も出ないとか、天下の“蜘蛛”も大したことないのねぇ」

 

「ほざきやがる……」

 

 これ見よがしに嘲るカオルにフェイタンとフランクリンは青筋を立てる。

 怒りに任せて念を使えないのが歯痒いことこの上ない。フェイタンの〝発〟では動けないフランクリンとシズクを巻き込んでしまう恐れがあった。

 

 ままならない状況に歯噛みしていると、目の前で悠然と佇む少女の身に変化が起きた。時を経る毎に力強さを増していたオーラがやおら黒みを帯び、炎のように揺らめきだしたのだ。

 それは〝号令、見敵必殺(ヘルシング・ウォーオーダー)〟を通して流入したアーカードのオーラが一定量を超え、表面化した結果だった。執念や怨念といった負の想念を帯びる〝死者の念〟はオーラの暗い側面であり、特に吸血鬼たるアーカードの内より発したそれはどこか血腥さを思わせる赤みを宿していた。

 

「んっ、ハァァァ……──いいわねこれ」

 

 カオルの目の色が変わる。アーカードのオーラはある種麻薬のようなものだ。〝生ける屍の冒涜(クライング・アンデッド)〟によって生まれる死後強まる念は吸血鬼の凶暴性を示すように闘争心を掻き立てる性質があった。

 攻撃性が増し、痛みを感じにくくなり、特に身体強化に強い適性を示す。攻撃性に特化したアルターエゴであるカオルにとっては相性が良かった。

 

 ……だが、相性が良いことが必ずしもプラスに繋がるとは限らない。ただでさえ『加虐体質』のスキルによって攻撃一辺倒に偏りやすいところに、更に闘争心を煽られればどうなるか。

 蒼かった瞳が血の色を思わせる深紅に染まり、頬は淡い桜色に上気し、口元はだらしなく緩んでいる。まるで酒に酔ったような有り様だが、むしろ意識はかつてない程に研ぎ澄まされており、だが同時に視野は狭まっている。

 

 それでも、フェイタンと手負いのフランクリンを相手にするだけなら何も問題はなかった。如何に幻影旅団の戦闘員といえど、一対一なら最上位サーヴァントのポテンシャルを有するカオルの方が有利。二対一でも相手が本調子でない現状ならば傷一つ負うことなく一方的に勝利できただろう。

 

「──隙ありだ、お嬢さん」

 

 視野狭窄に陥っていなければ、だが。

 

「ッ!?」

 

 目の前にいる敵しか眼中になかったカオルはまんまと第三者の接近を許してしまう。背後から忍び寄った何者かは手にしたナイフをカオルの首に押し当て、無慈悲に刃を引き喉笛を掻き切った。

 

 それはこの戦い始まって以来初めて受けた負傷だった。刃を受けた喉を中心に冷たさと痺れを伴う違和感がじわりと広がる。

 

 ──だがそれだけだった。普通の人間ならば出血により気道に血が溢れ呼吸困難に陥るのかもしれないが、生憎とカオルは普通ではない。その正体は全身が液体で構成された水人間。サーヴァントからすら化け物と罵られる異形のハイサーヴァントである。

 狙うならば喉ではなく脳と心臓にするべきだった。如何にメルトリリスが完全流体とはいえ、サーヴァントの例に漏れず彼女の霊核もそこにある。呼吸の停止と死が直結しない上位存在に喉を突いたところで意味はなく、その奇襲は無意味にカオルを激昂させるだけに終わった。

 

「フン!」

 

「!?」

 

 今度は奇襲した方が驚かされる番だった。無理もない。まさか喉笛を掻き切られたのに即座に反撃してくるなど予想外もいいところだ。

 振り向き様の後ろ回し蹴りを避けられたのは殆ど偶然だった。刃を通して伝わった手応えに違和感を感じたからか、あるいは歴戦の盗賊としての直感が警鐘を鳴らしたのか。いずれにせよ、当人すら自覚しない何らかの超感覚に突き動かされての行動だったのは確かである。

 

 結果としてその行動は彼──クロロを救う結果となった。咄嗟に後ろに下がっていなければ胸を浅く斬られる程度では済まなかっただろう。

 

「来たわねクロロ=ルシルフル……!」

 

 ギシィ、と歯を軋ませ、カオルは怒りとも歓喜ともつかぬ凄絶な表情を面に表す。

 カオルとしては敵首魁であるクロロの登場は願ってもないことだった。今回の襲撃において指揮を執っているのが他ならぬこの男、幻影旅団の団長たるクロロだからだ。“蜘蛛”の足を幾ら叩いても枝葉末節だが、頭を叩けば地下競売から完全に手を引かせることもできるだろう。

 

 一方、クロロの胸中は困惑で満ちていた。カオルの喉元にはどう見てもナイフで斬り付けられた痕があり、なのに傷口からは血の一滴も流れていない。流暢にこちらの名を呼んだからには発声にも支障はないようだし、全く以て意味が分からない。

 加えて、今クロロの手の中にある特徴的な刀身を持つ“ベンズナイフ*1”の刃には神経毒が塗られている。鯨をも数秒で全身麻痺させる程の猛毒だ。人間がこれで斬られれば念能力者であろうと心肺停止は確実……の筈だったのだが、どう見てもカオルはピンピンしている。わけがわからないよ。

 

 

 ちなみにベンズナイフの毒が効かなかった理由は「メルトリリスだから」。これに尽きる。

 そもそも毒=全ての生命体に害ある物質というわけではない。例えば玉葱に含まれる有機硫黄化合物は血液中の赤血球を破壊するため兎・犬・猫などの動物にとっては毒となるが、人間や一部の猿にとっては無害である。また酸素もそれ単体では人間に害を及ぼすことは有名な話だ。要するに毒とは「その生物にとって害ある物質」であり、厳密に言えば如何なるものも毒になる可能性を秘めているのだ。

 ではベンズナイフの刀身に仕込まれた毒はというと、その成分については不明だが神経毒である以上その性質は神経細胞(ニューロン)に効果を及ぼすものであることは予想できる。しかし本質的には情報生命体であるメルトリリスに有機的な神経など存在しない。見目麗しい少女の外形の内に詰まっているのは、神格に由来する魔力と水、そして万物を融解させる毒液(ウイルス)である。有機生命体にしか作用しない毒が通用する道理などないのだ。

 

 これがヒュドラ毒などの神秘を帯びた毒であれば幾らか効果は見込めたかもしれない。だがそんなものがこの世界に存在する筈もなく、事実上メルトリリスに通用する生物毒など地上には存在しないことになる*2。唯一例外があるとすれば念能力によって生み出された毒物だが、ベンズナイフそのものはともかく刃に塗られた毒がそうではない以上意味のない仮定である。

 

 

 唖然としていたクロロだったが、横合いから突き刺さる殺気に反応し飛び退る。直前まで彼がいた位置を目に見えぬ空気の砲弾が駆け抜け、それはヒポグリフが通ったことで半壊したホールの壁を止めを刺す形で粉砕した。

 下手人たる一方通行(アクセラレータ)は悪鬼の形相で突撃する。床を砕く程の踏み込みからの加速はカオルの最高速に匹敵する速度を叩き出し、人間大の砲弾となりクロロに掴み掛からんと迫った。

 

 だが、クロロはゾルディック家の前当主と当主たるゼノとシルバの両人を相手取り、防戦一方ながら体術のみで渡り合った実力の持ち主である。彼は超加速で迫り来る一方通行(アクセラレータ)の挙動をしっかりと目で追い、風の弾丸を避けた直後の不安定な姿勢でありながらこれも回避。それどころか掴み掛かりを外したことで硬直する一方通行(アクセラレータ)へと反撃の蹴りを繰り出した。

 

「やめろ団長! そいつに触るな!」

 

 だが、フランクリンの必死の呼び掛けにより(すんで)のところで蹴り足を停止させる。態とそれを食らうつもりでいた一方通行(アクセラレータ)は舌打ちし、攻撃を外し硬直する演技を取り止めて腕を薙ぎ払った。

 今度ばかりは完全回避とはいかない。強引に蹴りの動作を停止させたことでクロロの体勢は大きく崩れている。咄嗟の判断で手にしたベンズナイフを構え、振り抜かれようとする一方通行(アクセラレータ)の手に刃を合わせた。

 

「なに……!?」

 

 如何にベンズナイフが微弱な念の力を帯びている*3とはいえ、そのままではオーラで身体を覆っている念使いに通用することはない。当然ながらクロロは刀身に〝周〟によってオーラを纏わせることで刃の切れ味と鋼の強度を底上げした上で運用している。

 

 にも拘わらず、一方通行(アクセラレータ)の軽い挙動による一撃でベンズナイフはいとも容易く粉砕されてしまった。硝子が割れるように呆気なく。

 これがウボォーギンのような巨漢に力の限りにぶん殴られての結果ならば納得できる。クロロの念能力者としてのレベルは高いが所詮は特質系、〝周〟によるオーラ強化も他系統の者が施すものよりは劣るだろう。だが相手は痩せぎす……は言い過ぎにしても、到底筋肉質とは言い難い細身の少年だ。加えてその動作も力の入ったものではなかった。

 

「気を付けろ団長、そいつはオレの念弾を跳ね返しやがった……!」

 

「なるほど……」

 

 素早く一方通行(アクセラレータ)から距離を取りつつ、クロロは手首を撫でながらフランクリンの言葉に頷く。早くもクロロは一方通行(アクセラレータ)の能力の正体について幾つか仮説を立てつつあった。

 

(一番可能性が高いのは「反射」かな……)

 

 運動エネルギーを何らかの作用により反転させ、その結果としてあらゆる物理的干渉を「反射」する能力。そう推察する決め手となったのは、一方通行(アクセラレータ)が取った動作に力みも速度もないことだった。

 単純に筋力(パワー)の増強という線も考えられたが、どれだけ筋力を増やそうと羽虫を払うような僅かな挙動では大きな威力を発揮させることはできない。力学において、運動量は物体の質量と速さの二乗に比例する。それは念能力者であろうと逃れられない物理法則である。たとえウボォーギンレベルの腕力があったとしても、速度の乗らぬ少年の拳程度の質量では強化されたナイフを粉微塵に砕くなど不可能ということだ。その点、運動エネルギーを反射しての結果ならば今し方の不自然な破壊力にも一応納得できる。フランクリンの念弾を跳ね返したのも同様の理由だろう。

 

 まあ仮に「反射」という予想が正解だったとして、何か有効な対応策があるというわけではないのだが。だってそうだろう。殴らないと倒せないのに、殴るどころか触ることさえできないのだ。フランクリンの言から察するに念能力もどこまで通じるものか分かったものではない。

 

(オレの予想が正しかろうとそうでなかろうと、過去類を見ないレベルで強力な能力であることは確かだな。……だが、それだけ強力な能力が何の制約もなく成立する筈もなし。あるいはそれが攻略の鍵になるかもな)

 

 そしてあわよくば奪いたい。〝盗賊の極意(スキルハンター)〟を操る生粋の蒐集家は一方通行(アクセラレータ)の能力を脳内欲しいものリストに追加した。

 一方通行(アクセラレータ)だけではない。ナイフの刃ばかりか猛毒すらも受け付けなかったカオルの能力も気になるところだった。

 

 クロロの視線に物欲が混じる。それを知ってか知らずか、身体から赤黒いオーラを立ち昇らせる一方通行(アクセラレータ)は後退したクロロを追って一歩踏み出した。

 だがその直後、一方通行(アクセラレータ)の足元の地面へと拳銃による威嚇射撃が降り注ぐ。念で強化された銃撃は小口径の弾丸によるものとは思えない程の威力を発揮し、床に大きな弾痕を刻み込んだ。

 

 銃声を辿って視線を向ければ、胸元が開いたスーツを身に纏った長身の女性がリボルバー式拳銃を構えて立っている。カオルと一方通行(アクセラレータ)はそれが旅団№9のパクノダであることを瞬時に察した。

 パクノダだけではない。クロロを一方通行(アクセラレータ)に任せ、再度フェイタンへと向かおうとしたカオルを阻むように№5のフィンクス=マグカブと№10のボノレノフ=ンドンゴが。そしてフェイタンの傍には、彼のために持参した代わりの刀を携える№12のコルトピ=トノフメイルが。そして──

 

「ぅわぶっ!?」

 

 敢えて〝隠〟を掛けず色と質感を克明にしたガム状のオーラが飛来し、マチを羽交い絞めにしている個体のアストルフォの顔面に着弾する。突如ピンク色のベタベタしたオーラが顔を覆ったことで驚いたアストルフォは思わず拘束を緩めてしまい、その隙を突かれ今度はしっかりと〝隠〟が施されたゴム状の念糸がマチの身体に付着。ゴムの伸縮によって彼女の身体はアストルフォたちの輪から引き上げられた。

 

「一丁上がりっと♠」

 

 その鮮やかな救出劇を演出したのは、№4の──言うまでもなく偽装メンバーなのだが──ヒソカ=モロウだ。数ヶ月前にハンター試験で負った大怪我はすっかり癒えたらしく、ピンピンした様子の彼は〝伸縮自在の愛(バンジーガム)〟の伸縮で手元に飛んできたマチを受け止めた。

 

「大変だったみたいだねぇ♥ 大丈夫かい?」

 

「たす、たすけっ……たすけてだんちょ……」

 

「ダメみたいだね♣」

 

 マチは口の端からだらしなく涎を垂らし、光のない目でうわ言を呟いている。普段は毛嫌いしているヒソカの腕の中にいるというのにぐったりとしたまま暴れる様子はなく、まるで力の入っていない四肢は時折り小刻みに痙攣していた。

 ヒソカはたらりと冷や汗を垂らす。あの気丈なマチをこうまで追い詰めるとは……ヒソカはマチを奪われたことでワーワーと騒ぐアストルフォたちの集団に恐々とした視線を送った。

 

 

 とはいえ、これで幻影旅団は全メンバーが揃ったことになる。

 新たな手勢の出現にギャラリーの間に緊張が走る。ここまでヘルシングは七対五という数的不利を物ともせず互角以上に渡り合っていたが、遂にその差は十三対五にまで広がった。中でも漆黒のコートを纏い額に逆十字を刻んだ男……クロロから漂う風格は一線を画している。

 

 団長の出現によって再び心を千々に乱れさせたクラピカだったが、流石にこの状況で飛び出すような真似はしなかった。だが衝動のままに飛び出さないだけで、いつでも戦線に加われるように態勢を整える。

 ヘルシングの敗北という可能性が浮上してきたからだ。これまでヘルシングは幻影旅団を相手に有利に立ち回っていたが、それがこれからも同じである保証はない。現に圧倒しつつもアーカードはウボォーギンを倒し切れていないし、カオルもフェイタンに止めを刺すまでは及んでいない。エミヤに至っては一瞬とはいえ明確に窮地に陥っている場面もあった。旅団が勢揃いした現状、今の勢いのまま押し切れるかどうかは疑問だった。

 

 復讐を遂げたいという思いがないではない。だがそれ以前に、ヘルシングにはクラピカの友達がいるのだ。状況如何によっては組の仲間やセレンの制止を振り切ってでも助けに向かうつもりだった。

 

 

 だが、クラピカは誤解していた。

 否、クラピカだけではない。この場にいる誰もがヘルシングの実力について勘違いしている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カオルは競売参加者を逃がした時を除いて宝具を使っていないし、アストルフォだって魔笛も幻馬も開帳していない。エミヤにも固有結界という切り札があるし、一方通行(アクセラレータ)に至ってはリーダーの采配によって殆ど戦ってすらいない。

 そしてアーカードも二挺拳銃(手加減のための小道具)こそ手放したが、その身を縛る四つの拘束はそのままだ。ウボォーギンにとっては気の毒なことだが、到底本気を出していたとは言い難い。

 

「ククク、錚々たる顔触れだな。奪われた財宝、返り討ちとなった賞金首(ブラックリスト)ハンターは数知れず。極悪非道のA級賞金首、幻影旅団が勢揃いだ。臆病者の私としては怖くて泣いてしまいそうだよ」

 

 言葉とは裏腹に、心の底から嬉しそうに笑い鋭い犬歯を剥き出しにするアーカード。その小馬鹿にしたような態度にウボォーギンは渋面を浮かべ唸り声を上げる。

 

 だが、実のところアーカードの発言に嘘はない。リーダーとしてヘルシング全メンバーの命を預かる立場にある彼は、その不死性と内に秘めた凶暴性に反して五人の誰よりも臆病な立ち回りを心掛けている。

 彼は『アーカード』のように自分を殺してくれるような強敵を望んだりはしない。むしろその逆、必ず勝てる戦いしか行わない。何故ならアーカードの命は彼一人のものではないからだ。旗頭となってヘルシングを立ち上げ、四人の仲間を引っ張ってきた以上、そこには責任が存在する。

 

 今回だってそうだ。事の発端は古馴染みを助けたいというカオルの願いだが、それはアーカードの責任においてゴーサインを出したことである。幻影旅団との戦いが不可避であるという事実を弁えた上で、彼はそれを良しとし実行に移した。

 

 何故か──アーカードは確信していたのだ。一人も犠牲を出すことのない完全なる勝利を。幻影旅団が相手だとて、我々(ヘルシング)ならば必ず勝てると。その確信なくば、如何にカオルの願いといえどアーカードが頷く筈がない。仲間の命とマフィアの命運、その重みが等価である筈もなく。

 

「勝ったな」

 

 アーカードがその気になったことを察したエミヤが呟く。頬に付いた煤を手の甲で拭いつつ、彼はニヤリと悪辣な笑みを浮かべる。

 彼らはこれまで旅団を倒せなかったのではない。倒さなかったのだ。敢えて互角程度の戦いを演出することで彼らをこの場に足止めし、“蜘蛛”が全員揃うのを今か今かと待ち受けていた。“蜘蛛”の頭と足、敵の全てを一網打尽にするために。

 

 

 ──斯くして役者は全員演壇へと登り、惨劇(ヴァルプルギス)の夜はその幕を上げる。

 

 

 エミヤの左手に黒塗りの洋弓が握られる。警戒を露わにする旅団の面々を余所に、更に右手の中に出現するは異様に捻くれた“矢”。

 

「エミヤ」

 

「おう、合わせろよ一方通行(アクセラレータ)。ちょいと暴れ過ぎたらしい」

 

「分かってる」

 

 一方通行(アクセラレータ)と短いやり取りを交わし、エミヤは異形の矢を番えた。

 途端、その場を重苦しい空気が支配する。それはオーラとも異なる異質な気配だった。矢に注ぎ込まれるは魔力。正真正銘、彼ら転生者のみが知り得る未知のエネルギーである。

 

──I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う).

 

 その詠唱が合図となったかのように、これまで彼らの戦場となっていたセメタリービルが軋むような異音と共に大きく傾ぐ。

 何のことはない。彼らが散々に暴れ回った所為で建物の耐久度に限界が来たというだけのことである。戦犯は主にこれでもかと壊れた幻想(ブロークンファンタズム)を乱発しまくったエミヤだが、それ故に彼はビルの限界をいち早く察知していた。

 

 矢を引き絞ったエミヤは、その狙いを天井に向けた。限界まで魔力を注ぎ込まれた矢……否、魔剣は解放の時を今か今かと待ち侘びる。そして──

 

「『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』──!」

 

 解き放たれた虹霓(こうげい)の魔剣は、螺旋のエネルギーを振り撒き天に向けて飛翔する。周囲の空間を削り取りながら直進し、僅か一秒にも満たぬ刹那の内にビルの中階にまで到達した。

 

壊れた☆幻想(ブロークンファンタズム)

 

 そして爆破。これ程の騒ぎの中でこの場にいる者以外にビルの中に人が残っている筈もなく、故にそこに躊躇は一切ない。遠慮無用で内包する魔力を解き放ち、真名解放に伴い限界まで励起していた破壊の魔力はビル一階より上の全てを灰燼に帰した。

 だが如何に『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』の壊れた幻想(ブロークンファンタズム)といえど、ビルの全てを跡形もなく消し飛ばすことは不可能だ。このままでは残った大量の瓦礫が彼らの頭上に降り注ぐだろう。

 

「──掌握完了。塵も残さねェ」

 

 故に一方通行(アクセラレータ)がフォローする。ヨークシンシティ全域の大気のベクトルを瞬時に演算・掌握し、掌中に極大の竜巻を形成する。

 突如発生した豪風が渦を巻く。その風速は優に90m/sを超え、規模はともかく勢力だけならば最大級のハリケーンをも上回った。それは一方通行(アクセラレータ)による完全な制御の下に天へ向けて解き放たれ、今にも彼らの頭上に降り注ごうとした瓦礫を全て上空へと舞い上げる。

 

 否、上空という表現は適切ではなかったか。舞い上げられた瓦礫の向かう先は空を通り越した()()()()である。自然発生した竜巻ではあり得ぬことだが、一方通行(アクセラレータ)にならばそれができる。風の鑢によって瓦礫を砂塵に変えつつ勢いを減じさせぬまま成層圏を突破。セメタリービルだったものは遥か宇宙(ソラ)の彼方へと消えていった。

 

『………………』

 

 その場を沈黙が支配した。敵も味方も、男も女も老いも若いも、誰もが例外なく唖然とした表情で吹き抜けとなったホールの空を眺めている。唯一平然としているのはヘルシングの面子だけだ。

 だってそうだろう。巨大建造物を一瞬で瓦礫に変える大破壊に、終いには宇宙まで届く巨大竜巻だ。あわや倒壊するビルの下敷きになるかと思いきや、次の瞬間には満天の星空を眺めている。それが人為的に引き起こされた現象だなどと、一体どうして信じられよう。もしこれを目にした者が後日別の誰かに嘘偽りなくありのままを伝えたとして、「そんなことできる人間なんて存在しませんよ……ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」と言われ精神病院を勧められて終わりだろう。

 

 特に心穏やかにはいられないのが幻影旅団である。今の人間業とは思えぬ破壊力が自分たちに向けられる可能性を考えれば然もあろう。実際にはこんな大規模な宝具を気安く地上で使える筈もないのだが、そんな事実は気休めにもなりはしない。

 

 だがこんなものは前座に過ぎない。所詮は分別なき大暴れのツケを自分で払っただけ。つまりは攻撃行動ですらない。現に場に満ちた重苦しい空気は未だ消えようとしない。それどころか加速度的に増加しつつあった。

 

 

「宜しい。貴様らを()()()であると認識しよう」

 

 

 圧力を伴った宣告が為される。その無視し難い威圧感に、呆然と天を仰いでいた旅団はハッとアーカードへと視線を向ける。

 傲然と告げられるその言葉は、まるでこれまでは敵とすら思っていなかったと言わんばかりの物言いである。──如何にもその通り。フランクリンの念弾も、マチの念糸捌きも、ノブナガの剣術も、フェイタンの体捌きも、ウボォーギンの剛腕すらも等しく些事。どれも一流の技であることに相違なかろうが、アーカードからすれば所詮は大道芸。血を流させることしかできないならば──()に届かぬならば、一流も二流も何が変わろうものか。

 

 だが、十三人揃ったのならば話は別。塵も積もれば何とやら。あるいは不死の深淵に届く()()()()()()

 

 素晴らしいことだ。僅かにでも可能性を見出せる事実が、如何に幻影旅団が傑出した存在であるかを物語っている。……たとえそれが、星を掴むようなか細い可能性の糸だったとしても。

 

「拘束制御術式第三号・第二号・第一号、開放。

 状況A『クロムウェル』発動による承認認識。

 目前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始──」

 

 自らを縛る枷を、自らの意志で以て解き放つ。囁くように紡がれるその言葉は、どういうわけか全ての者の耳に届いた。

 それは威風か気迫か。あるいはオーラか、それとも魔力か。アーカードの身体から放たれる不可視の波動に世界が騒めき、命あるものは怖気に背筋を震わせ、本能的に一歩退いた。それは対峙する幻影旅団のみならず、一応は味方である筈のマフィアすら同じであった。

 

「では教育してやろう。本当の化け物の闘争というものを」

 

 ──そして、夜が下りてきた。

 

 夜の帳よりなお暗きもの。竜巻によって雲は消し飛び、地上には月光と星々の煌めきが降り注いで──それら光輝の一切を塗り潰して余りある、血濡れの地獄が顕現した。

 

 ずるり、と人としての輪郭が溶け崩れた。翻る赤い外套の下、そこにあるべき人の肉体は存在せず、無間の暗黒が空虚に広がっている。

 

 ギチギチ、と何かが擦り合う音がする。

 

 ゾゾゾゾ、と何かが這い回る気配がする。

 

 ギョロリ、と無数の眼球が四方を睨んだ。

 

 灼熱の息吹を吐く冥府の獣が、辺獄で蠢き折り重なる無数の蛇蝎が、瞼なき異形の眼球を剥いてアーカードという化け物の(カタチ)を喰い破り氾濫した。

 

「お、おおお」

 

「おお、お、あああああ」

 

「おおお、おおおおおおお!?」

 

 その瞬間、この場に集う全ての人間が何かに突き動かされるように銃を構えた。引鉄を引いた。今や不定形の影法師となった()()()に向けて、手にしたそれが唯一の(よすが)であるように。暗闇を恐れる子供のように。泣き喚く(わらべ)のように。

 

 ()()にいる全てが感じたのだ。「()()()()()()()()()」と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「オオオオオオオオオオ!!!」

 

 乱れ飛ぶ鉛玉を物ともせずにウボォーギンが飛び出す。そこには歓喜も怒りも勝算もなく、あるのは恐怖だけだった。自分ですら理解できぬ恐怖の情動は見境なき暴力の発露となってウボォーギンを突き動かし、彼に我武者羅な突撃を選ばせた。

 目を血走らせ滅茶苦茶に腕を振り下ろす。不気味に明滅する不定形の血の塊、その内より這い出ようとするナニカを外には出すまいと。

 

 だが、一匹の黒犬の口腔から迫り出した腕が手にした“ジャッカル”の銃爪を引き絞る。吐き出された銃弾はウボォーギンの大腿部に直撃し、強引に攻撃の手を止めさせた。

 

 飛び散った血飛沫が蝙蝠となって群れを成す。不自然に伸び広がった影の内を隙間なく百足が這い回り、無数の眼球を全身に具えた黒犬獣(バスカヴィル)がその巨体を起こした。

 四翅の蠅が舞う。

 双頭の蛇がのたうつ。

 毒の霧を吐き出す馬が嘶き、無貌の鴉がけたたましい嗤い声を上げた。

 

 

『はははは』

『はははははは』

『は』

『はは』

『ハハハハハハハハハハ──!!』

 

 

 溢れ出る蛇蝎磨羯。怪物(ドラキュラ)の世界を満たす異形の獣ども。破裂するような哄笑を轟かせ、地獄の中心に吸血鬼(アーカード)は佇んでいた。

 

「おお……ッ!」

 

 真の姿を晒した化け物の威容を前にクロロは目を輝かせる。大盗賊の首領たる彼はあまりに欲深く、故に誰よりも好奇心が旺盛な一面を持っている。

 だからこそ興味は尽きない。()()()()()()()()()()()()! あんな素晴らしく恐ろしい、吐き気催すような醜悪なものがこの世に存在するのか!?

 

「団長!」

 

「シャルか。ああ、分かっている。()()()()

 

「うん。脇目も振らず撤退……いや、敗走するべきだ」

 

 これ以上ない未知を前に子供のように目を輝かせる一方、クロロは“蜘蛛”の頭として判断を誤るようなことはしなかった。

 あれは勝てない。盗めない。そもそもあれと戦うという行為に及ぶこと自体が間違いだ。獅子に追い立てられる小鹿のように逃げる以外の選択肢は許されていない。

 

 あれは“夜”だ。人の身では決して抗拒し得ないモノ。“恐怖”という概念が形を取って蠢いている。矮小なるヒトがどれだけ文明の灯を手にしようと、“夜”には敵わない。

 

『逃げるか、それもいいだろう。ならば私の手から逃れてみせよ。犬のように惨めに、人のように無様に遁走するがいい──』

 

 出来るものならば、と吸血鬼は哂う。

 クロロの鼻筋を一筋の冷や汗が伝う。地獄のような逃走劇が幕を開けた。

 

*1
百年前の大量殺人鬼ベンニー=ドロンによって作られたナイフ。刀鍛冶でもあったベンニーは人を殺害する度にそれを記念して殺した数に相当する番号を刻んだナイフを作っており、これが世に出回り百年経った現在でもベンズナイフとして多くのコレクターに親しまれている

*2
暗黒大陸にはあるかもしれないけど。メビウス湖サイコー!

*3
その由来故か、ベンズナイフの刀身には微量ながら〝死者の念〟が残滓としてこびり付いている

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