実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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お待たせ、待った?(震え声)


転生野郎Aチーム続編~恐怖! 吸血鬼という災厄~

 一言断っておくと、この場には一人として臆病者などいない。ここにいるのは暴力と恐怖が支配するマフィアの世界に当たり前のように身を浸す一廉のやくざ者ばかりだ。彼らにとって“死”は馴染み深い概念であり、取り立てて未知の恐怖というわけではない。

 殺したこともある。仲間が殺されるのを目の当たりにしたこともある。自分が死にそうな目に遭ったことだって一度や二度ではない。彼らにとって刃物の刃は見慣れたもの、銃口など親の顔より見た程だ。──だが、こんな絵に描いたような化け物など一度としてお目に掛かったことはない。

 

 ()()は正しく“恐怖”だった。

 氾濫する蛇蝎磨羯の威容、立ち昇る重厚な血臭、次元を異にする存在感の密度。恐ろしい、怖ろしい、畏ろしい──端的に“化け物”と、そう表現するよりない明白なまでの異形であり怪物であった。

 

 人間の感情の中でも恐怖の感情は大きな比重を占めるが、中でも「未知なるものに対する恐怖」は際立って大きな恐れである。人は不明なもの、理解の及ばぬ事象に対し強烈な畏怖を抱く。

 それは荒くれ者のマフィアとて同じだった。凶暴な面構えの若い戦闘員も、歴戦の古強者も等しく恐慌状態に陥る。それほど今のアーカードは恐ろしい怪物だった。

 

()()()()()()!」

 

 だが、カオルの一喝により彼らの恐慌状態は強制的に鎮静化させられる。悲鳴を上げながら銃を乱射していたマフィアたちはアーカードに抱いたものとは別種の恐怖を叩きつけられ、凍りついたように動作を停止させた。

 高ランクの神性を有するカオルは常人と比較してどこか超自然的な威風を纏っている。加えて英霊として存在そのものが高次元の位階にある故に、意識せずともその眼力や言霊には魔力が宿る。……が、かと言って怒声一つで他者の行動を縛る程の強制力を発揮させることは不可能だ。

 

 最近は使う機会がない所為か本人すら忘れがちだが、カオルが転生する際に授かったのはメルトリリスの能力だけではない。反英霊ジル・ド・レェ──禁忌の魔本を操る聖なる怪物(モンストル・サクレ)の力。これこそが並み居るマフィアたちを恐怖で縛りつけたものの正体である。

 そのスキルの名は『深淵の邪視:C』。ルルイエ異本のデッドコピーたる『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の呪詛に侵され、異形の魔力を宿したジル・ド・レェの眼力は人間が抱く根源的恐怖を呼び起こし、対象の行動を阻害する効力がある。彼のように“インスマスの異相”と化しているわけではないが、深淵の闇を垣間見たのはカオルも同じ。彼女の眼光もまた常人のそれとは一線を画し、相手の精神を恐怖で縛る魔眼と化していた。

 

 まさにSAN値直葬(ロストサニティ)。念能力者が相手では効果が薄い*1ものの、マフィアとはいえ非念能力者ならばカオルは視線一つで相手を無力化することができた。深淵の魔力が宿った眼光に射竦められたマフィアたちは銃を乱射する手を止め、特に運悪くカオルの瞳を覗き込んでしまった者は恐怖のあまり(おこり)のように身体を痙攣させ完全に戦意を喪失する。

 

「撤退だ」

 

 銃火の嵐が止んだと同時、クロロが静かに、だが良く通る声で指示を下す。“蜘蛛”の足たる十二人の団員は長の指示に即応し、矛を収め撤退の構えに入る。

 ……筈だった。

 

「おい、どうしたウボォーギン! さっさとずらかるぞ!」

 

 ただ一人、全身を敵と己の血で染め上げた巨躯の男だけは敵に背を向けることを良しとしなかった。焦ったように声を上げるノブナガを一瞥するも、ウボォーギンは依然として不定形の異形……アーカードの前から動こうとはしない。

 

「オレは残るぜ」

 

 ウボォーギンの言葉に彼らはギョッと目を剥く。団長命令に背いたこともそうだが、何よりこんな埒外の怪物を前に戦いを続行しようというウボォーギンの正気を疑った。

 

「何言ってやがる! そんな化け物みてぇな奴とまともに戦うなんざ──」

「分かってんだよそんなこたぁ!!」

 

 ウボォーギンは怒っていた。敵にではなく己に。恐怖に呑まれた自分自身が許せなかった。

 僅か一時とはいえ恐怖に我を忘れた。「誰よりも強くあること」を己に課すウボォーギンにとって、到底許容できない醜態である。

 

 コイツだ。認めよう、コイツこそが最強だ。敬愛すべき団長でも、親愛なる団員でも、ましてや己でもない。この地上において、目の前の怪物の如き男こそが最も強き者。地上最強の生物であることに異論を差し挟む余地はあるまい。

 ならばウボォーギンが背を向けて良い道理はない。最強に至らんと欲するならば、この最強を無視することだけは罷りならぬ。目前の最強(アーカード)を越えずして至尊の座には至れない。

 

 だが、クロロだけはウボォーギンの意図に気付いた。勿論本人が言うように敵に背を向けられないという心情も多分にあろうが、そもそも今のウボォーギンは逃げたくとも逃げられない状況にある。

 その原因は“ジャッカル”によって負わされた脚部の負傷だ。既にして全身血塗れなので分かりづらいが、大腿に深く刻み付けられた弾痕からは激しく出血している。如何にウボォーギンが優れた強化系念能力者だとて、これ程の負傷を短時間で治癒することは不可能である。

 

 翻って、ヘルシング側の面子は疲労が色濃いウボォーギンとは対照的に損耗は軽微だ。特にベンズナイフの毒を受け付けなかった少女(カオル)に反射能力を有する少年(アクセラレータ)はクロロをして驚くべき足の速さを持っている。怪我を負ったウボォーギンでは逃げることは難しいだろう。

 

 だからこそウボォーギンは我が身を犠牲にして殿を請け負おうとしているのだ。どうせ逃げられないならば、せめて敵を足止めし仲間が撤退する時間を稼ぐ。

 確かにウボォーギンは強いが、一方で強さ以外の取り柄がないとも言える。旅団随一の神算鬼謀で団長を補佐するシャルナークに、卓越した糸捌きで欠損した四肢をも繋ぎ直すマチ、読心能力を有するパクノダ、巨大建造物すら複製してのけるコルトピ、無尽蔵に物を吸収・格納するシズク……そういった替えの利かない特殊技能を持った彼らと異なり、ただ強いだけの人員ならば十分に事足りている。極論、ウボォーギンができることは他の団員にも務まるのだ。

 

 ノブナガ、フランクリン、フェイタン、フィンクス、ボノレノフ……そしてやや業腹だがヒソカも、ウボォーギンをして強者と認めるに足る者たちだ。だから安心して──後を任せられる。

 

「逃げるんならお前らだけで頼むぜ。オレはアイツを斃す。アーカードを斃す! 斃さなきゃあならねぇ!!」

 

 凄まじい気迫と共にウボォーギンは咆哮する。死出の覚悟が篭められたその吶喊の声に、ようやくクロロ以外の者たちも彼の真意を理解した。

 

 

『ふ、クク……クハハハハハ──!!』

 

 

 不退転の覚悟を決めた敵の姿を目の当たりにし、アーカードは獣の息遣いが混じる大音声で哄笑する。

 だが、そこに嘲笑の意図はない。歪み蕩けた血色の瞳孔は敵手への最大限の敬意を宿し、透明なまでに真摯な眼差しでウボォーギンを見つめていた。

 

『敵に背を向けるを良しとせぬ勇猛さ、自らを顧みず組織に身命を賭す忠の心意気。流石だ。流石は幻影旅団! 流石は音に聞こえし怪力無双、ウボォーギン!』

 

 それは惜しみない称賛だった。吸血鬼としての、『アーカード』としての彼が有する本来の獰猛な性質を露わにしている今のアーカードにとって、ウボォーギンの姿はこれ以上ない程に眩く映っていた。

 ウボォーギンを突き動かすのは果たして殺意か、歓喜か、それとも信仰か。いずれにせよ、いま彼は一つの強固な意志の下に戦意を漲らせていた。敗色濃厚、先刻承知。それでも征かねばならぬと。

 

『その奮戦に敬意を表そう。()()()()()()()()()()

「!」

『私が相手をするのはウボォーギンだけだ。彼がこの場を動かぬ限り、私は決して幻影旅団を追わないと誓おう』

 

 それは願ってもない提案だった。現状最大の脅威であるアーカードが追跡に加わらないというだけで幻影旅団の生存確率は跳ね上がる。今の彼らはアーカードから逃げていると言っても過言ではないのだから。

 

 だが、旨い話には裏があるもの。そんな都合の良い話があるわけもなく。

 

『私は、だがね』

 

 その言葉からアーカードの意図を汲んだカオルたちは即座に行動に移す。アーカード()逃げる幻影旅団を追わない。故に彼らを追うのは他の四人の役目、()()()()()()()()()

 

「くそったれええええぇぇぇ────ッ!!」

 

 仲間を見捨てざるを得ない屈辱に震えるフランクリンが指先を構え、怒りの叫びを上げながら念弾を乱射する。

 だが、その狙いは今まさに駆け出そうとするカオルたちだけではない。案山子のように棒立ちになっている非念能力者のマフィアたちも射線に収めていた。

 

「チッ」

 

 いち早く対処に動いたのは一方通行(アクセラレータ)だった。彼の常軌を逸した領域にある演算能力は〝俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)〟の弾道を瞬時に予測。その射線上にセレンがいることに気付いた一方通行(アクセラレータ)は舌打ちし、彼女の前に身を躍らせた。

 セレンの実力の程は不明だが、原作においてプロハンターであるシャッチモーノを為す術なく死に追いやったフランクリンの念弾を凌げるとは考え難い。彼女の身の安全がそもそもの目的である以上は捨て置くわけにもいかず、一方通行(アクセラレータ)は真っ先にセレンを守るべく行動した。

 

「おい、怪我はねェか」

「あ……」

 

 ベクトル操作により音を置き去りにする高速移動でセレンの前に立ち、我が身を盾とし彼女を念弾から庇う。常時展開されている反射の膜であらゆる衝撃を反転させる一方通行(アクセラレータ)にとってそれは何らリスクのある行動ではないが、傍から見れば、あるいは庇われた者からすればそれは正しく英雄的行動と言うべきものだった。

 

「普段はちょっと根暗でなよっとした感じの男の子……でもいざという時は頼りになるオラオラ系男子……ギャップ萌え……あり寄りのあり……よく見たらかなりのイケメン……年下……」

「あァ?」

「結婚を前提にお付き合いしませんか? ……ッス」

「……ハァ?」

 

 一方通行(アクセラレータ)が万年頭発情期の処女ビ○チに捕捉されているのを横目に、カオルは魔力を漲らせ再び宝具解放の構えに入る。

 セレンの身の安全は一方通行(アクセラレータ)に任せ、カオルはその他大勢のマフィアを念弾から守る。正直カオルとしてはセレンやクラピカ以外のマフィアがどうなろうと知ったことではないのだが、故意的に見捨てたとして後で責任追及されては面白くない。一応は「守ってやった」というポーズをとる必要があった。

 

「『大海嘯七罪悲歌(リヴァイアサン・メルトパージ)』!」

 

 発生した海水が蛇竜となってのたうち回る。対象を絡め捕り、容赦なく水底に引き摺り込む海神の権能、その断片が念の弾幕を悉く呑み込み無力化する。それでも庇い切れない幾つかの念弾はエミヤの正確無比な援護射撃が撃ち落とした。

 

「さあ、全てを呑み込みなさい──『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』!」

 

 宝具連続解放、大盤振る舞いだ。荒れ狂う海嘯の如くうねくる蛇竜はその牙を剥き、文明を蕩かす蜜の濁流となって逃げる幻影旅団を背後から襲った。

 

 とはいえやはり真名解放の連発は流石に負担が大きかったのか、それは本来の威力からすれば幾分劣る規模だった。だがそれでも宝具は宝具。手加減されたものでもただの人間を相手にするには過剰な威力を持っている。如何に幻影旅団といえど、これをまともに喰らえばオーラ防御など何の役にも立たず溶けて消えるだろう。

 

「ッ、デメちゃん!」

 

 然るに、フランクリンに担がれるシズクのとった行動は悪足掻き以外の何物でもなかった。サーヴァントの宝具にたかが人間の念能力者が対抗するなど無謀にも程がある。結果は見えている──かに思われた。

 

 だがその予想に反し、発生した小規模の津波は〝デメちゃん〟のノズルへと吸い込まれていった。これには流石のカオルも目を剥いて驚愕する。

 対文明宝具の名を冠し、最大限に威力を発揮できれば地上一切の文明を滅ぼす神の毒が。性質は異なれど、規模だけならば“ウトナピシュテムの大波”にも迫る神罰の海嘯が──よもや、あんなふざけた造形の掃除機モドキに阻まれるなど!

 

 思わず「うっかりやらかしてしまった時の遠坂さん家の凛ちゃん」みたいな間抜け面を晒すカオルだったが、この結果に一番驚いたのは外ならぬシズク本人だった。

 

 何故ならシズクの〝デメちゃん〟は基本的に何でも吸い込むが、制約により生きているもの……即ち生命エネルギー(オーラ)を含むものは吸い込むことができない。

 それは「オーラが篭められた無機物」も同様だった。〝デメちゃん〟は対象が生物であるか否かの識別をオーラの有無で行うため、例えば操作系念能力者が操る物質、具現化系念能力者による創造物、あるいは単にオーラで強化された念使いの武具なども対象外となる。

 

 では『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティ―・メルトアウト)』によって生じた津波はというと、これは徹頭徹尾サーヴァントの魔力の産物であり、念能力で操作されたものではないためオーラは含まない。即ち〝デメちゃん〟の基準においては「命あるもの」ではなかった。ならば〝デメちゃん〟に吸い込めない道理はない。

 たとえそれが、万物を融解させる猛毒の波濤だとしても。

 

「これだから念能力ってヤツは!」

 

 カオルは自身の逸脱加減を棚に上げて毒づく。制約に誓約やら容量(メモリ)に系統など、一見して複雑怪奇に見える念能力だが、実は意外なほど融通が利く──率直に言うならば大雑把でいい加減な代物である。今回のはまさに念能力のそういった一面が表出したケースだった。

 

 しかし、それをそのまま収めておけるかは別問題である。直接的な破壊力を伴うタイプの宝具ではなかったために吸い込むことには成功したが、たった今〝デメちゃん〟が内に収めたのは有象無象の器物とはモノが違う。最高位の人間霊(サーヴァント)すら溶かし養分へと貶める劇物だ。

 

「シズク! 掃除機から手を放せ!」

 

 正体不明の悪寒に襲われたシャルナークが叫ぶ。

 彼自身にも何を以て危険と感じたのかは分からなかった。強いて理由を挙げるなら“勘”としか言いようのない非論理的なものでしかなく、ただ漠然と「あれは良くないものだ」と感じ取ったに過ぎない。

 

 だが、シャルナークの咄嗟の判断はシズクを救う結果となった。基本的に我が強い人間の集団である幻影旅団内において、シズクだけは()()()従順に上の指示を聞き入れるタイプだったことが功を奏したのだろう。彼女はシャルナークの指示に「何故」と疑問を差し挟むことなく従い、具現化系念能力者にとっては生命線とも言える己の半身を躊躇いなく手放した。

 

 その直後、シズクの手を離れた〝デメちゃん〟は形容し難い苦悶の叫びを上げながら溶解、内側から溢れ出てきたウイルスの濁流によって跡形もなく崩壊した。

 

「!?」

「これは……」

 

 異なる世界線において深淵の偽神を溶かし尽くし、遂には〝百式観音〟の最終奥義をも相殺せしめたメルトリリスの宝具である。ただの念空間では強度不足も甚だしい。真名解放に伴い活性化したメルトウイルスは、これまであらゆる器物を無尽蔵に腹に収めてきたシズクの〝デメちゃん〟を完全に破壊した。

 直前に手放していたお陰でシズク本人へのダメージは皆無に等しいが、オーラの具現化には強固なイメージが必要である関係上、目の前で破壊された光景は彼女のイメージ構築に罅を入れた。再び〝デメちゃん〟を十全に具現化するには今暫くの時間を要するだろう。

 

 役目を終えた毒の波濤が霞のように消失する。〝デメちゃん〟を犠牲にカオルの宝具を凌いだ彼らはセメタリービル跡地を脱出、ヨークシンシティの闇夜へと飛び出した。

 

「おおっと、逃げようったってそうは問屋が卸さないよ!」

 

 そうはさせじと、足を止めたカオルと一方通行(アクセラレータ)に代わりアストルフォが前に出る。

 

 アストルフォの敏捷値はBランクと高水準であり、人間基準では「目にも留まらぬ」と表現できる程度には速い。が、それだけならばカオルと一方通行(アクセラレータ)の瞬発力には及ばないだろう。

 だが、アストルフォの真骨頂はヒポグリフに騎乗した際に発揮される。その最高速度はマッハを超え、しかもその速度を長時間に渡って維持できる。瞬間的な速度では他二人には劣るかもしれないが、長距離・長時間の追跡においてアストルフォの右に出る者はいなかった。

 更に、そこにエミヤも加われば鬼に金棒。アストルフォやヒポグリフにはできない遠距離攻撃手段を有するエミヤが騎乗すれば、手の届かない遥か上空からの投影宝具や魔弾による絨毯爆撃が加わることになる。

 

 『分別なき偶像暴走(クレイジートリップ・ドライブアイドル)』が解除され、一人に戻ったアストルフォの傍らに半鷲半馬の幻想種が現れる。彼はエミヤを伴い素早く愛馬に跨ると、黄金の馬上槍を掲げ声高らかに鬨の声を上げた。

 

「はいよー! ヒポグリフ!」

「ヨーソロー!」

 

 人馬一体となったヒポグリフは玄妙な嘶きと共に飛び出し、闇夜に紛れようとする旅団を追う。カオルと一方通行(アクセラレータ)もそれに続いた。

 

 

『さて、これでお前の望んだ状況になったわけだ』

「………」

『お前の健闘により“蜘蛛”は一先ず窮地を逃れ、我がヘルシングの仲間もそれを追った。今や邪魔者は一人もいない。正真正銘、お前と私の一対一(タイマン)だ』

 

 時間が経って落ち着いたのか先程までの滾るような戦闘衝動は鳴りを潜め、アーカードは幾分穏やかな声色でそうウボォーギンに語り掛ける。

 尤も、その姿は穏やかさとは程遠いが。今の彼は絶えず流動する不定形の影法師であり、辛うじてアーカードと分かる人型部分も酷く不安定で、その大部分が緩やかに蕩け魑魅魍魎の内に埋もれている。

 

「……解せねぇな」

 

 そんな一目で人外と分かる異形と化したアーカードを前に、ウボォーギンは険しい表情のまま口を開いた。

 

『ほう、何がだ?』

「何故どいつもこいつも殺意がない。団長を追って出て行ったお前の仲間も、さっきから言葉の割に殺意が薄い……オレらを舐めて手ェ抜いてるにしても不可解だ。どうも目的が見えてこねぇ」

 

 今のアーカードにしてもそれは同じだった。尋常でない覇気と威圧感に騙されていたが、良く考えればどうにも対応が中途半端だ。

 

 序盤に手を抜いていたのは分かる。旅団を全員引き摺り出し一網打尽にする腹積もりだったのだろう。ならそのまま一網打尽にすれば良いものを、何故か追撃を他の仲間に任せる始末。仲間の実力を信頼していると言えば聞こえはいいが、マフィアンコミュニティーに雇われた身であるのなら余計な遊びを入れず確実に仕事をこなすべきではないのか。

 そもそも、彼らの実力ならば旅団が全員揃った時点で問答無用で皆殺しにするなど容易かろうに。何なら先程セメタリービルを木端微塵にした謎の矢をもう一発撃てば、あるいはビルの残骸を空の彼方へ巻き上げたように全員を吹き飛ばせばそれだけで片が付く筈なのだ。

 

『ふむ。こちらとしても後腐れなく殲滅できるならそれに越したことはなかったのだがね』

「……なに?」

『そうもいかない事情があるということだ。今の私たちの立場と“蜘蛛”の生い立ちが事態を面倒なことにしているのさ。……とはいえ、今は衆目もある。この状況でお前を見逃すことはできまいな』

 

 アーカードの身体を満たす獣どもが再び活性化する。ウボォーギンとしてはもう少し会話を長引かせて時間を稼ぎたかったのだが、どうもそうは言っていられないようだった。今はこの化け物が言葉通りに仲間を追わないことを祈るしかない。

 

 暗い魔力を纏う総身が隆起し異形の生命が蠢く。バスカヴィルの魔犬が汚らしい哄笑と共に灼熱を吐き出し、無数の眷属と融合と分離を繰り返しながら吸血鬼の腹から這い出ようと狂おしく身を捩じらせた。

 黒犬獣だけではない。影の中で犇めく百足の群れが侵食するように伸び広がり、無貌の鴉が奇声と共に枯れた羽を羽搏かせる。うねりのたうつ蛇、嘶く吸血馬、飛散する毒蠍。数多の獣が獲物を求めて蠕動を開始した。

 

 不潔に淀んだ血液を撒き散らしながら総体を膨張させていく異形どもの凝視。常人ならば気が触れるような狂気の視線を一身に受けたウボォーギンは、しかし僅かに怯むこともなかった。

 眼中にないとすら言ってもいいだろう。異形の獣どもの主人たる吸血鬼から押し寄せる強大極まる魔力の重圧と比すれば、群れるだけの蛇蝎磨羯など塵芥と何が変わろうものか。

 

 

『──さあ、やろうか』

 

 

 声を張り上げたわけでもないのに轟く、極大の雷鳴が如き魔の咆哮。大気を捩じ切る声の衝撃は突風を生み、正面に立つウボォーギンの肌を叩いた。

 冷たい鉛を神経に流し込まれるような恐怖が生じる。全身の肌が粟立ち、心の奥底が悲鳴を上げる。

 

 本能は逃げろと叫ぶ。理性も向かうは無謀と匙を投げる。

 されど、臆せば死ぬ。戦士の心は迷わず断じた。

 これまでがそうであったように、活路は常に前にこそ存在する。臓腑を凍てつかせる恐怖を、ウボォーギンは意志の力一つで捻じ伏せた。

 

「──死ぬには良い日だ!」

 

 笑みを浮かべてみせる。自棄になったわけではない。ただいつものウボォーギンに戻っただけだ。如何なる窮地にあっても常の精神状態にあれる様を念能力者の理想形とするなら、今の彼こそがまさにそれだった。

 勇猛果敢、泰然自若。言葉にするならそれだけの、だが只人と英雄を明確に別つ勇士の精神性である。

 

 今この瞬間、ウボォーギンは精神的に大きく成長を果たしたのだ。そして念とは術者の精神状態に多大な影響を受けるもの。即ち念能力者としての位階の上昇を示している。きっと今のウボォーギンと一時間前のウボォーギンが戦ったとすれば、満身創痍であることを加味しても今の彼の勝利は揺るがないだろう。

 

 どこにそんな力が残っていたのか、ウボォーギンは床を地盤ごと踏み砕くような加速で突進した。振り被った右拳に常軌を逸した密度でエネルギーが凝集する。相手が不死だろうが軍勢だろうが関係ない。ただの一撃で全てを打ち砕かんと言わんばかりの力強いオーラである。

 

『素晴らしい一撃だ』

 

 この戦い始まって以来間違いなく最高と言えるだろう渾身の一打を、アーカードは開手したまま無防備に受け入れる。それは身体を砕かれては再生する、これまでの戦いの焼き増しであるかのように思われた。

 事実、その拳を受けたアーカードの全身は塵のように砕け散った。だが、それがこれまでとは全く異なる現象であることをウボォーギンは即座に察する。

 

(手応えがない……?)

 

 これまでは効果がないにしろ、間違いなく肉体を破壊する手応えが返ってきたのだ。だが、今の一撃にはそれらしい感触が全く得られなかった。まるで霞を叩いたような、幻に触れたような違和感が腕に伝わる。

 

『仲間には大人げない、ズルいとよく言われる技なのだが。お前という戦士に敬意を払えばこそ、手段を選ぶような真似をするべきではないのだろう』

 

 伝説に曰く、吸血鬼とは人の生き血を啜る化け物である。

 人間離れした怪力と身体能力を持ち、不死の如き再生力で墓から蘇り、人心を惑わす魔力を操り、無数の獣を使い魔として従え、()()()()()()()()()()()()()()──と。

 

 図らずも時は深夜。天上には煌々と輝く冷たき月光。吸血鬼が最大のパフォーマンスを発揮するに相応しい環境である。刹那に我が身を霧へと変生させたアーカードの肉体を、ウボォーギンの〝超破壊拳(ビッグバンインパクト)〟は虚しく通り抜けた。

 

 ブワッ、と霧から生まれた蝙蝠が群れを成す。幾千幾万の蝙蝠の爪牙がウボォーギンの肌を切り裂いた。

 何事かと狼狽える彼の足元が沈み込む。そこはいつの間にか底の見えぬ血溜まりと化していた。命のように温かく湿った血潮の海に沈む亡者どもが生者を喰らおうと足を引く。

 締め上げられる足元より這い上がる蟲の群れ。肌を這い傷口から体内に侵入しようとする黒い群体には生理的嫌悪を抱かずにいられない。

 

「ぐおおおぉぉッ!?」

 

 霧と化した吸血鬼に飛び込んだのが運の尽き。一瞬だった。たった一瞬でウボォーギンはアーカードが従える獣の群れの只中に取り込まれてしまった。

 それは脱出不可能の陥穽であり、もはや腹の中に等しい牢獄だった。蹴散らそうと腕を振るえば霧散し、振り払おうともがけば絡み付く。身動きできない状況で襲い来る数の暴力は見る間に暴れるウボォーギンを拘束した。

 

 牙を立てる吸血馬。肉を抉る無貌の鴉。血を舐める奇形の蛇。皮膚を削る百足の顎。生者を呪う亡者の呻き。這う蟲の災い。ありとあらゆる獣が、獣が、獣が、獣が、獣が肉を腐らせ骨を溶かす。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!?」

『思えばこの状態で念能力者を相手にしたことはなかったが、何と言うか決定打に欠けるな。只の人間が相手ならまだいいが、この男レベルの念使いでは頑丈過ぎて拷問にしかならないか』

 

 パチリ、と指を鳴らす。主人の命に応じ黒犬獣バスカヴィルが身を起こす。全身に具えた眼球が苦痛に呻くウボォーギンを睨んだ。

 

『喰え』

『■■■■■────ッ!!』

 

 共食いは飽きたと言わんばかりの歓喜の咆哮。雄叫びを上げたバスカヴィルは腹近くまで大きく裂けた顎を開きウボォーギンに飛び掛かった。

 

「ここ、までかよ……くそったれ……」

 

 饐えた鉄錆にも似た異臭が鼻を衝く。テラテラと不気味に濡れ光る魔犬の口腔が眼前に広がり、そこでウボォーギンの意識は途絶えた。

 

 

『くれぐれも、歯は立てないように』

『クゥーン……』

 

 

 そんな直後の主従のやり取りは、腹に収まったウボォーギンの耳に届くことはなかった。

 

*1
念の力は術者の精神状態に左右されるため、手練れの念使いほど精神異常耐性が高い傾向にある




今回、試験的に会話文の行間を詰めて書いております。私的には「」と「」の間に一行空白がある方が読み易いかと思っていたのですが、せっかくですので皆様の意見を賜りたく思います。
アンケートに味を占めたわけではないです。ホントダヨ。

「」と「」の間に行間はいる? いらない?

  • 1.いる
  • 2.いらない
  • 3.ぶっちゃけどっちでもいい
  • 4.メルトリリスお誕生日おめでとう!
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