実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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コンセプトは、「もし主人公以外にも転生者がいたら」です。

注意点として、今回はオリ主以外のオリキャラがうるさいです。転生者複数要素が苦手な方はご注意を。
あと長いです。本編のどの話より長いです。一話で無理矢理纏めた結果がこれだよ!


メイン進行中IF√
転生者複数√~俺たち転生野郎Aチーム~


 

 天空闘技場──言わずと知れた、パドキア共和国の南東に位置する闘技場である。世界第四位の高さを誇る巨大建造物であり、格闘の聖地(メッカ)とも称され世界中から腕自慢が押し寄せるという。その数、一日あたり平均約4000人。それだけの数の荒くれ者が、地上251階層を誇る巨塔の頂を目指すのである。

 しかし、当然ながら200階より上……最上層にまで至る強者はほんの一握りのみだ。挑戦者の過半は下層及び中層で篩いに掛けられ、そこで彼らは選択を迫られる。即ち、諦めず上層を目指して挑戦を続けるか、そこそこのファイトマネーで満足し足踏みを続けるか──あるいは、諦めて闘技場を去るか。この三択を。

 

 数多の強者が集う天空闘技場は、まさしく蟲毒のようなものだ。真の強者が生まれる過程で篩い落とされる敗者は数知れない。一日平均4000人という数字は、そのまま脱落者を表す数に等しいのである。

 

 そんな戦士たちの蟲毒である天空闘技場は、ある日一人の少女を新たに受け入れた。その少女の名はカオル=フジワラ。ジャポン風の名前を持つ、黒髪の若きファイターである。

 身長156センチ。体重33キロ。年齢18歳。性別女。格闘技経験一ヶ月。流派はなし、我流。これらの公開プロフィールを見、そしてリングに上がった本人の姿を見て誰もが彼女を指差し嘲笑った。女の身で天空闘技場に挑むなど、と。

 別に女性のファイターが皆無というわけではない。しかし少女はあまりに若く、人形のように華奢で、鍛えた形跡が見られぬ手弱女であった。道を歩けば誰もが振り返るような白皙の美貌も、ここでは何ら評価点になりはしない。むしろ格闘に対する侮辱であると、目の肥えた観客たちの顰蹙を買った。

 

 だが、そんな周囲の評価は一瞬にして覆る。対戦相手の巨漢──表ではそこそこ名の知れたレスラーであった──が少女の膝蹴り一つで宙を舞い、瀕死の重傷を負ってリングに沈んだのである。

 シンと静まり返る会場。既に少女が巨漢相手に何秒持つかに賭けの内容が推移していた中、そんな周囲の予想を覆し、美しき少女は悠然と佇んでいた。

 

 初戦を華麗な勝利で飾った彼女は、その後も破竹の勢いで階層を上り詰めていった。当初の下馬評を覆し、周囲の罵倒と嘲りを知らぬと一蹴し、少女は勝利を重ねていく。僅か数日で150階を越える頃には、もう彼女を侮る者は只の一人としていなくなっていた。

 戦士らしからぬ華奢な体躯に、荒事とは無縁そうな幽き美貌……およそ天空闘技場ではマイナス点でしかないこれらの要素も、"強さ"というフィルターが掛かることでプラスの評価に裏返る。彼女は"孤高の少女戦士"として確かな人気を獲得しつつあった。

 

 だが、そんな彼女の快進撃も215階層にして遂に停止を余儀なくされる。多くの奇人変人(強者)が集う天空闘技場にあってなお異彩を放つ変態──"奇術師"ヒソカ=モロウの妙技を前に膝をついたのである。

 "孤高の少女戦士"破れたり……その報は瞬く間に天空闘技場を駆け巡る。だが、ヒソカとの戦いを見ていた誰もが少女の再起を願っていた。それだけ両者の戦いは熱く激しく、観客を熱狂させるものだったからだ。()()ヒソカを相手にこれ程の長時間を戦い抜いた者は未だかつておらず、また何十発もヒソカに殴られてなお食い下がった者も彼女が初めてであったのだ。

 

 あれ程の執念を見せた少女だ。彼女は必ずや再起を図り、またヒソカに挑むだろう──誰もがそう信じていたし、ヒソカもまたそうなることを期待していたのである。……だが、ここで二つの誤算が生じる。

 

 一つは、少女が長時間に渡りヒソカと戦闘を続けた理由を、勝利に対する執念故と誤解したことである。彼女は彼らが思うような戦士ではない。貪欲に勝利を求める気概に欠け、戦闘行為に矜持だの浪漫だのを持ち込むようなことをしないリアリストである。戦闘が長引いたのは、単純に巧みな"硬"でヒソカの拳をガードし、一度としてクリーンヒットを食らわなかったからであった。念を知らぬ観客にそんな真相が分かる筈もなく、彼らの目には何度殴られても立ち上がる飽くなき勝利への執念を燃やす戦士に見えていたのである。

 

 もう一つは、我慢できなかったヒソカが少女に粉を掛けに行ったことである。少女は原作知識という誰もが知り得ない情報からヒソカのことを知っており、彼に目を付けられることの厄介さを理解していた。雪辱を果たすことよりヒソカと関わることによって被るデメリットの方を重く見た彼女は、その時点で戦意の殆どを喪失していたのである。

 

 結果として、敗北を喫した少女はその日の晩に天空闘技場から逃げ出した。多くのファンとヒソカの期待を裏切り、鮮やかなまでの夜逃げを敢行したのである。

 

 

 

 ──本来であれば、この敗北によって危機感を抱いた少女は外法に手を染めることになる。神を名乗る何某かによって与えられた能力の一つ……『オールドレイン』を駆使し、賞金首狩りを名目に殺人と吸収を繰り返す外道に堕ちるのである。

 だが、ここに一つの差異が生じる。本来は存在しない筈の役者が舞台に上がり、少女の演目を異なるものへと書き換えようとしていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……………」

 

『……………』

 

 天空闘技場から夜逃げした翌日の昼下がり。私は街道に面した小洒落た喫茶店のテーブル席につき、四人の人物と無言で向き合っていた。

 

 血のように真っ赤なロングコートとハットを身に纏い、ラウンドフレームのサングラスをかけた黒髪の偉丈夫。

 白髪を撫で付け、日に焼けたような浅黒い肌を黒衣で覆った長身の男。

 ピンクブロンドの髪を三つ編みにし、ユニセックスな可愛らしい衣服を身に纏った小柄な少女。

 無造作に伸ばされた白髪と血色の悪い肌が特徴的な、シンプルなシャツとスラックスに身を包んだ痩せぎすの少年。

 

 以上四人。何と濃い面子だろうか。つ、と緊張による冷や汗が頬を伝い、ごくりと唾を呑み込んだ。

 全ての元凶は、異彩を放つ彼ら四人の中でも最も存在感のある赤衣の偉丈夫だ。遡ること数十分前、近場の街に逃げ込み一息ついた私の前に立ち塞がり、この喫茶店へと連れて来たのがこの男であった。

 

 

 ──君も『転生者』なのだろう?天空闘技場での戦いは見せてもらったよ。ところで少し話がしたいのだが、いいかね?

 

 

 そう言われては大人しくついて行くしかない。そうして先導する男に従った結果が今の状況であった。

 彼らは──何故か私と同じように緊張しているようだが──得体の知れぬ不気味な存在だ。だが彼は"君も"と言った。であれば、目の前にいる彼ら四人も私と同じ存在……即ち、私と故郷を同じくする『転生者』である可能性が高い。私は僅かな期待と共に口を開こうとする。

 

 

話をしよう(鼻☆塩☆塩)

 

 

 だが、それはパチンと指を鳴らした黒衣の男が先に口を開いたことで遮られる。猛禽のような鋭い鋼色の目を細め、男はティーポットを手に取った。私が連れて来られた時には既にテーブルの上にあった、花柄が施されたお洒落なポットだ。

 

「そう……お茶でも飲んで……話でもしようじゃないか……」

 

 ジョロジョロジョロンとティーカップに注がれる黄金色の液体。それは温かく、僅かに湯気を立ち昇らせている。男を除く三人の間に謎の緊張が走ったのを感じ取った。

 

「さあ、飲みたまえ。遠慮せずに」

 

「……頂きます」

 

 答えつつ、目の前に出されたティーカップを手に取る。レモンティーか何かなのか、紅茶らしからぬ黄金色のそれを口元に運んだ。

 

「……!……!?」

 

 だが、いざ飲もうとしたところで動きを止める。顔に近付けたことで、それの放つ匂いを嗅ぎ取ったからである。

 ()()()()だからか、幸いにも不快という程の悪臭ではない。だが微かなアンモニア臭の混じる芳香性の匂いと液体の色から、私は立ちどころにその"お茶"の正体に気が付いた。気が付いてしまった。

 

(こ、コイツ……!)

 

「どうした?君はオレが手ずから注いだそれを頂きますと言ったのだ。頂きますと言ったからには飲んでもらおうか。それとも、ヌルイから飲むのは嫌かい?」

 

 注文してからやや時間が経ってしまったからねHAHAHA……などと白々しく笑う黒衣の男。その様子を固唾を呑んで食い入るように見つめる他三人。

 何だこれは、どうすればよいのだ!?私は混乱し、素直に突っ返せばいいのに律儀にも状況を打開する術を模索しようと思考を(無駄に)フル回転させる。

 

 ――どこかで見たことのある、新人いびりめいたこの状況。そして黒衣の男の、これも聞き覚えのある深みのある声。そしてその記憶を呼び水に、私の脳裏に黄金の魂と漆黒の意思を併せ持った男の勇姿が過ぎった。

 

(そうだ!前歯を海魔に変えて液体を吸収させれば!)

 

 海魔の体は98%が水分で出来ている!ならばティーカップに注がれた液体程度、容易く吸収出来る!

 私にはそれが可能!何も恐れることはない!私はカップを持ち上げグイィィーッと勢いよく呷り──

 

「──って、できるかーッ!!」

 

「ぐわああああああアバ茶が目にいいいいいい───ッ!?」

 

 卓袱台返しならぬソーサー返し。既のところで我に返った私はソーサーごとカップをひっくり返し、見事にすっ飛んだそれは向かい側に座る黒衣の男の顔面に直撃した。

 ていうかやっぱりアバ茶じゃないか!こんな物を飲ませようとするなんて、コイツ頭おかしいんじゃないのか!?

 

「ほらーだから言ったじゃん。やめときなよって」

 

「お、怒ってる……絶対怒ってるよ……!」

 

「ははは、それなら責任は私にもあるな。どうしてもやりたいと言う彼に対し、最終的にGOサインを出したのは私なのだからね」

 

 顔を押さえて転げ回る黒衣の男。呆れたように笑うピンク髪の少女。オドオドと小動物めいた仕草でキョドる白髪の少年。そして肩を竦めて笑う赤衣の偉丈夫。

 

 何だコイツら。何だこの状況。彼らの情報を「転生者と思しき不気味な四人組」から「初対面の相手に小水を飲ませようとしてくる変人四人組」に修正しつつ、私は『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を取り出し人払いの魔術を発動させる。今し方の騒ぎによって向けられていた他の客たちからの視線が逸れていくのを確認し、私は深々と溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、済まなかったね突然。さぞ驚いたことだろう」

 

「ええ、本当にね」

 

 朗らかに笑いつつ頭を下げ謝罪する赤衣の偉丈夫。謝意があるのかないのか分からない挙動だが、寛大な私はそれをスルーする。口元の微妙な引き攣りは抑えられなかったが。

 

「だが、これで私たちに君に対する敵意がないことは理解してくれたと思う」

 

 それはまあ、敵意があるのならこんな迂遠な嫌がらせなどせずに襲い掛かってくるだろうとは思う。特にこの赤衣の男は底が知れない。私自身は戦いに関しては素人に毛が生えた程度でしかないが、英霊としての身体がそう感じるのだろうか。目の前の男を明確に強者であると認識していた。

 加えて数の利もある。こちらは一人であちらは四人……私より強い奴がいる時点で、数の優劣はそのまま戦力の優劣を表しているに等しい。これで四人ともが私より弱いのであれば、数的不利など覆して蹴散らしてやるのだが……。

 つまり彼らが徒党を組んでいる以上は私に勝ち目はなく、従って「アバ茶を飲ませる」なんて意味不明な嫌がらせをする必要は皆無である。……もう少し他にやりようはなかったのかと問いたいが。私の沸点でも探りたかったのだろうか。

 

「それでは自己紹介をしようか。私の名はアーカード。君と同じく転生者だ」

 

「……アーカード?あの吸血鬼の?」

 

「そうだ。そういう特典を与えられているのでね。勿論純日本人であった前世の名前はあるが、今世ではそう名乗っているよ」

 

 アーカード。『HELLSING』という漫画作品に登場する主人公(ラスボス)であり、不死身の肉体を誇る吸血鬼。400万近い人間の血と魂を"命のストック"としてその身に収めており、その脅威の不死性と暴力性から「最強のアンデッド」「不死者(ノスフェラトー)」「死なずの君(ノーライフキング)」と呼ばれ恐れられる正真正銘の怪物である。

 強いと感じる筈だ。こんなチートの権化、今の私ではちょっと攻略法が思いつかない。

 

「そしてこちらの全体的に黒い男がエミヤ君だ。……こら、いつまで転げ回っているんだい」

 

「いや、いい感じに目に入って真面目に痛いんですよぉ……」

 

「消せばいいだろうに。元々そういう予定だっただろう?」

 

「……あ、そうだった」

 

 すると、転がっていた黒衣の男が立ち上がる。見ればアバ茶で濡れていた顔は何事もなかったかのように乾いており、ティーポットも割れたカップも跡形もなく消え去っていた。

 

「それじゃ改めて……オレはエミヤ。同じく転生者で、『英霊エミヤの能力』を貰ってこの世界に転生したモンだ」

 

 さっきのポットもカップも中身も、全部能力で投影した偽物さ!とニヒルに笑う黒衣の男──エミヤ。

 言われてみれば確かに、焼け付いたような白い髪に黒い肌、鋼色の瞳とそれらしい特徴が揃っている。声も色気と深みのある諏訪○ボイスで、英霊エミヤが三次元化したらこうなるだろうな……という風貌をしていた。

 だが、全体的に三枚目な雰囲気が全てを台無しにしていた。英霊エミヤ本来のキャラクターと比べると随分俗っぽいというか……そこはかとなくホストの兄ちゃん味がある気がする。

 

「……何か英霊エミヤのパチモノみたいね」

 

「ひでェ!否定できないけど!」

 

 HAHAHAと冗談めかして笑うエミヤ。そこに先程までのアバッキ○めいた威圧感はなく、全て演技だったのだと分かる。

 

 『英霊エミヤの能力』──即ち固有結界『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』の展開と、そこから派生する刀剣類の投影が主な能力だろう。彼の手に掛かれば、それが武器であれば聖剣や魔剣、果ては宝具だろうと容易に複製してしまう。だがその能力の大元となる「投影魔術」とは本来、イメージした物を魔力で形にする儀式の補助魔術だ。英霊エミヤの扱うそれは厳密には異なるのだが……おおよその性質は似通っているのでその認識で構うまい。

 つまり、エミヤはティーポットとカップ、そしてアバ茶をわざわざ能力で投影し用意したわけだ。もし私が飲んでしまったら「ドッキリ大成功」とか言って魔力に還元し消すつもりだったのだろう。そんな下らないことに能力を使わないで頂きたい。

 

「ほう、"エミヤなのに剣以外の投影もできるなんておかしくなーい?"……というツッコミが来ると思っていたんだが、どうやら投影魔術についての理解が深いようだな。

 ……きさま、(型月の)ゲームをやり込んでいるなッ!」

 

「答える必要はないわ。……声優ネタで遊ぶのも程々になさいな。私じゃなかったらブチ切れ案件よ、さっきの」

 

 何というベー様ボイスの無駄遣いか。私がジョジョネタに詳しい女であったことに感謝することだ。

 

「そしてこちらの全体的にピンクいのがアストルフォ君だ」

 

「ピンクいって、紹介が雑だなぁ……ま、いいや。初めまして、ボクはアストルフォ!見ての通り、『英霊アストルフォの能力』を貰った転生者さ!」

 

 花が開くような笑顔を浮かべて笑い掛ける少女……少女?は、エミヤと同じく能力の元となった人物と同じ名を名乗った。アーカードもそうだったが、彼らの間には"生前の名前を名乗らない"というような暗黙の了解でもあるのだろうか?

 

 ……さて、アストルフォとは中世フランスの武勲詩に登場する英雄の名だ。だがここで言うアストルフォとは「Fateシリーズに登場するアストルフォ」のことだろう。シャルルマーニュ十二勇士の一角にして"聖騎士"の称号を有する誉れ高き騎士──そんな物々しくも輝かしい肩書きに反し、その実態は理性の蒸発したピンク髪の"男の娘"である。戦士としての力量は精々が二流止まりの英霊であるが、持ち前のポジティブ思考と幸運、そして数々の宝具を駆使して多くの冒険を繰り広げた紛れもない英雄であった。

 英霊アストルフォは様々な宝具を有している。角笛に本、幻馬、黄金の馬上槍……その多様さは他に類を見ない程。一方でアストルフォ本人の能力はそこまで高くなく、戦力の大部分を宝具に依存しているタイプの英霊であると言えよう。それは私の能力の一つ、『英霊ジル・ド・レェ』にも共通する特徴だ。それ故か、彼はエミヤに比べて肉体的な共通点が少ないように見受けられる。髪の毛がピンク色なのは英霊アストルフォと共通だが、目の色は鮮やかな緑色で、ついでに言うと身長も大分低い。オリジナルが164センチあったのに対し、精々150センチ程度しかないのではないか。声も……まあ可愛らしい声であるのは確かだが、決して大久○ボイスではない。恐らくは今世の両親から受け継いだ、ありのままの肉体なのだろう。

 

 だから、まだ希望はある。そう、目の前の少女が、真実少女であるという希望が!

 

Are you a woman(アナタは女の子ですか)?」

 

No, I'm a man(いいえ、ボクは男の娘です).」

 

「クソァ!」

 

 アストルフォ同性説はここに潰えた。かーっ、んだよ男しかいねーのかよこの集団。折角同性がいるかと思ったのによーっ、萎えるわー!

 

「不条理よ、こんな人形みたいに可愛い子が男だなんて!」

 

キミ(メルトリリス)に人形みたいって言われると割と真剣に危機感を覚えるよ……」

 

「おっと、可愛い見た目に騙されない方がいい。彼は我々の中で最もクレバーでクレイジーな男だからね。正しく"理性が蒸発している"のさ」

 

「やだなぁ、ボクはオリジナルほどぶっ飛んでないよ?ちょっと人より無鉄砲で、本能に忠実なだけさ!」

 

「そういうところだぞー」

 

 アーカードの言うことが本当なら、アストルフォは四人の中で最も和マンチ的な人物であるらしい。だが彼らがアストルフォを見る目は決して悪いものではない。何だかんだで彼もオリジナルと同じくムードメーカー気質な少年なのだろう。「しょうがない奴だ」という目で見られながらも温かく受け入れられている……そんな感じだろうか。

 

「さて、いよいよ最後だな。こちらの全体的に白い彼が、一方通行(アクセラレータ)君だ」

 

「あ、一方通行(アクセラレータ)です……よろしくお願いします……」

 

 ……え、一方通行(アクセラレータ)?このキョドりまくってる、全身から「僕は陰キャです」オーラを発散しているような少年が、あの一方通行(アクセラレータ)

 

 一方通行(アクセラレータ)──『とある魔術の禁書目録』という作品に登場する人物であり、所謂「敵キャラ」だった人物だ。物語が進むにつれて徐々にダークヒーロー的な立ち位置を確立していったが、少なくとも目の前の少年とは似ても似つかない凶暴な性格だったのは確かである。

 その能力は『一方通行(アクセラレータ)』。彼の名前そのものでもあるその能力の正体は、『触れたものの"力の向き(ベクトル)"を操作する』という凶悪極まるもの。彼の手に掛かれば、およそ物理法則が及ぶ範囲のあらゆる"力"が思いのままだ。核爆発に匹敵するような衝撃であろうと問答無用で跳ね返してしまうのである。

 またその能力が常時発動し膜のように全身を覆っているせいで、紫外線を全く浴びることのない『一方通行(アクセラレータ)』の身体はアルビノのように色素が薄い。身体が自然と不必要となったメラニンを排した結果であるらしく、それは目の前の一方通行(アクセラレータ)も同じであるようだ。加えて、能力の関係上戦闘時に筋肉を殆ど使わないためか非常に細身な体躯をしている。

 

 生白く、痩せぎすで、気弱で陰気な性格のこの一方通行(アクセラレータ)はオリジナルの性格とはかけ離れている。『一方通行(アクセラレータ)』も"もやし"と揶揄されていたが、彼はその性格も相俟ってより"もやし"っぷりに磨きが掛かっていると言えよう。何と言うか、エミヤの三枚目キャラが薄れる程のインパクトを感じた。これがギャップか。

 

「凶悪無比な能力も、その性格だと形無しね……いえ、むしろ良いことなのかしら。オリジナルみたいに凶暴になられるとそれはそれで困りものか……」

 

「ひぃっ、すみませんすみません!根暗もやしですみません……!」

 

「ね、根暗もやしって……誰もそこまで言ってないわよ」

 

「あはは、今日の一方通行(アクセラレータ)はいつにも増してキョドってるねー。ボクたちと最初に会った時もここまでじゃなかったし、もしかして女の子が相手だから緊張してるのかにゃー?」

 

「ひぃ」

 

 ニマニマと笑うアストルフォの視線から逃れるように身を縮こまらせる一方通行(アクセラレータ)。ここまで来るともうコミュ障のレベルではなかろうか……。

 

 

 さて、予想を上回る四人のキャラの濃さにすっかり毒気が抜かれてしまった。最初はそれなりに緊張して彼らと対面していたのだが……何と言うか、同じサークルに所属する友人同士みたいな雰囲気を醸し出す彼らを見ていると、警戒していたのが馬鹿みたいに思えてくる。

 とまれ、名乗られたからにはこちらも名乗らなくてはなるまい。どうも天空闘技場で戦っていた私を見ていたようなので今更な気もするが、一応礼儀として。

 

「私はカオル……藤原薫よ。知っての通り転生者で、貰った特典は『英霊メルトリリスの能力』と『英霊ジル・ド・レェの能力』の二つ」

 

「え、二つ?」

 

「……そういえば、さっき気味の悪い魔導書みたいなの取り出してたな。もしかして、アレは『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』だったのか!」

 

 私の特典を聞き、驚いたような反応を見せる面々。彼らの特典について聞いていた時から何となく察していたが、やはり私の状況は少々特殊であるらしい。

 

「一応確認しておくけど、皆同じ経緯で転生したのよね?」

 

「少なくとも我々四人は共通だ。四畳半程度の雲上の和室に招かれ、そこで神を名乗る老人の手によって……その、あれだ。提示された三択から選んだ"名状し難いダイスのようなもの"を振り、ランダムに選ばれた特典を携えてこの世界に転生した」

 

 ああ……やはり通る道は同じだったのか。それを語るアーカードは遠い目をしており、見れば他の三人も似たり寄ったりな表情を浮かべている。

 何だろう。"同じ試練を乗り越えて転生した"──そういう共通の背景があると知れただけで、私は彼らに対し仲間意識を抱きつつある気がする。

 

「オレはもう二度と触りたくないね。あのダイスを振るぐらいなら、犬の糞を掴んだ方がマシさ」

 

「同感ね。で、私は幸か不幸かそのダイスを二回振ることになったのよ」

 

 すると、四人から尊敬の眼差しが注がれる。……いや違う。確かに尊敬混じりではあるが、これはどちらかと言うと憐憫の眼差しだ。「可哀想に、あんなゲテモノに二回も触ったのね」って感じの哀れみを彼らの視線から感じる!

 

「いえ、二回目を振ったのは神様よ?こう、良い感じに神を称える言葉を言っておだてて、代わりに振ってもらったのよ」

 

「ははぁ、なるほど。だから『ジル・ド・レェの能力』なのか」

 

「まあ、あのジイサンだもんな」

 

「クトゥルフっぽいもんねー。あの拳銃は特にグロかった」

 

「……一説によると、ベヒモスはクトゥルフの化身らしい、よ……」

 

 ナチュラルに神を神話生物扱いした四人が納得したように頷く。確かに私としても自分が振ったダイスで『ジル・ド・レェの能力』を当てたとは思いたくないが、生憎と真実は"God Only Knows(神のみぞ知る)"である。

 

 

「さて。自己紹介も済んだことだし、そろそろ本題に入ろうか」

 

「……そうね、雑談はこの辺にしておきましょうか。

 では問いましょう。これまでの会話で、紛れもなくアナタたちが同じ転生者だということは理解しました。けれどそれだけ。私とアナタたちは生まれも育ちも違う、故郷が同じというだけの赤の他人でしょう?わざわざ接触してきた理由を教えて頂きたいわね」

 

 アーカードが一つ咳払いをし空気を切り替える。いよいよ話の核心に踏み入るのだと察した私は、機先を制しそもそもの疑問を提示する。

 即ち、何のために私に接触してきたのか?ということだ。彼らはそれぞれが強力な能力を持った超人だ。念能力というものが存在するこの世界であっても、その異能は際立っている。いや、念能力ではないからこそ、だろうか。

 各々が強大な力を持つ彼らは、極論徒党を組む必要がない。それぞれの能力を鑑みても、多分出来ないことの方が少ないだろう。個として完結しているのだ。

 

 どんな話にも裏はあるものだ。群れる必要のない者が群れている……そこには何らかの必然が存在するに違いない。彼らは何らかの目的があって行動を共にしているのだ、と私は疑っていた。

 

「赤の他人であることは否定しない。だが、故郷が同じな"だけ"、という主張には否と言わせてもらおう。考えてもみたまえ。地球及び日本という故郷を同じくする者は、君を含めて今や私たち五人ばかりなのだ」

 

「………」

 

「根本的にこの世界の異邦者である我々転生者にとって、同じ故郷を持つことの意味は非常に重い。君とて一度ならず感じたことがある筈だ。どうしようもない疎外感と孤独感……自分が異物であるのだという、悲しい自覚が。その孤独を癒せるのは、同じ転生者しかいないと私は考える」

 

 転生者とは世界にとっての異物であり、その孤独を癒せるのは同じ転生者しかいない──そんなアーカードの言葉を聞いた私の内に生じたのは、強い共感(シンパシー)だった。

 

 目覚めた時には一人で流星街のど真ん中に投げ捨てられていた私は、どうしようもなく孤独だった。周りには頼れる者も話し相手もおらず、しかもこの身は完全に人外と化している。

 流体の身体に、金属の脚。四肢に漲る力は人間の規格を超越し、侍るのはこの世ならざる悍ましい怪物どもだけ。これで孤独を感じるな、と言う方が無理な相談だ。

 

 そして恐らく、この思いが一際強かったのは目の前のアーカードなのだろうな、と漠然と思う。何故なら、彼は化け物だ。吸血鬼だ。私と同じ、人の形をしているだけの人ならざる怪物だ。

 その膂力は人外のそれ。千里を見渡す視力に、人心を惑わす眼力を持つ血色の瞳。更にその肉体は不死身であり、人間の血肉を糧に生命を駆動させている。とある少女の心の欠片を核に、異なる女神三柱を継ぎ接ぎさせて生まれたこの肉体も大概だが、彼の肉体は私のそれに輪を掛けて人間離れしている。

 

 何しろ、『アーカード』となった彼は外的要因以外で死ぬことがない。その外的要因とやらも、その埒外の不死性故に手段は非常に限られる。彼には隣人と死生観を共有する自由も、人として美しく死ぬ自由も許されていない。元人間なのにも拘わらず、だ。

 それは何という不自由だろうか。彼は数多の人間が望む「寿命という枷からの脱却」を果たしているという点では誰よりも自由だが、同時にどんな人間よりも不自由であるのだ。……あるいは彼が心までも化け物になっていれば、その不自由を不自由と感じることはなかったのかもしれないが。果たしてどちらが幸福なものか。

 

 ……まあ、この際不死者の幸福の定義はどうでもいい。結局のところ彼らはどうしようもなく人間であり、日本人である。要はその「日本人であった」という基準を失いたくないのだろう。

 今やその過去は、証明するものが本人の記憶しかないという非常に曖昧なものだ。彼らは互いに寄り集まり、その記憶を相互観測することで過去を証明し続けている。

 

「つまり、アナタたちは何か目的があって戦力を集めているのではなく……」

 

「"ただ一緒にいること"……ただそれだけ。ただそれだけが我々が行動を共にしている理由さ。君が危惧しているような、何か大それた企みなんざありはしない。同じ価値観を共有できる友人は得難いものだ。そうだろう?」

 

「……ええ、そうね」

 

 思い起こすのは、最初のアバ茶の一幕だ。あれはこの世界に生きる者にとっては只の陰湿な嫌がらせにしか映らないが、前世の日本におけるサブカルを知る私にとっては違う意味を持つ。創作物の中にあったやり取りを再現した、ネタの掛け合いだ。下らない掛け合いではあったし少なからず腹も立ったが、どこか懐かしい気持ちにさせられたのは確かだった。

 私が転生者であるという前提に基づいて敢行した暴挙ではあったのだろうが、そんなやり取りが彼らにとっての日常なのだろう。この何もかもが変わってしまった現実にあって、前世などという不確かな記憶に基づいた他愛のない、下らないやり取りこそが彼らの寂寥を癒している。

 それは傷の舐め合いにも似て、だが確かな温かさを持ったやり取りだった。物語のような世界に、物語のような力を持って生まれ変わった彼らなりの、故郷を偲ぶコミュニケーションだったのだろう。それを悪くないな、と感じる自分がいることに私はようやく気付きつつあった。

 

「……今にして思えば、最初のアレは只のおふざけに見せかけたデモンストレーションだったのかしら?」

 

「いや?あれはホントに只の悪ノリさ。オレたちの集まりに新入りが加わるかもしれないんだから、だったらアバ茶やるしかないっしょ!みたいなノリになって……」

 

「………」

 

「い、痛い!痛い!無言で足蹴るのヤメテ!」

 

 本当にコイツ、エミヤらしさが見た目しかないな!

 

「でもホラ、ちょっとは楽しかったろ?オレら何だかんだで元オタクみたいなもんだからさ、こういうオタクっぽい会話を気楽にできる関係ってこの世界だと貴重だぜ?」

 

「この世界にもサブカル的な娯楽はあるにはあるけど、元日本人のボクらからすると何か物足りないんだよねー。ネットリテラシーも未成熟だし、にちゃん○るみたいな掲示板もないし、つまんなーい」

 

「こ、この世界のオタクは……何と言うか、練度が足りない……気がする」

 

 オタクに練度も何もないと思うが……一方通行(アクセラレータ)には、何か"オタクの矜持"みたいな自論があるのだろうか?

 アストルフォが言うネットリテラシー云々も、確かにこの世界では期待できないだろう。情報化社会の癖して個人情報管理がガバガバって、よく考えなくともかなり歪だと思う。ネット掲示板の売りである匿名性なんぞ、この世界のネット環境ではないに等しいだろう。

 

「アーカードの旦那はいつも難しいこと言うけどさ、あんまり難しく考えなくてもいいぜ?そりゃあこの四人で仕事する時もあるけど、基本的には好きな時に集まって好きなように喋るだけの集いだからさ」

 

「おや、私が常に難しい思考をしていると思われるのは心外だな。これでもオタクの心得はある。かつてはコミケに突撃していたオタクも、年を食えばそれなりの落ち着きを見せるというだけの話さ」

 

「……え?旦那がコミケ通ってたなんて話、初めて聞いたんだけど」

 

「ボクも初耳ー。もしかしてボクたち、コミケで知らずにすれ違ってたりしてたかもね!」

 

「……引き籠もりにコミケは、敷居が高い……ネット販売待機組でした……」

 

 私を置いてけぼりにする勢いで盛り上がる四人。私は先ほど彼らを「同じサークルに所属する友人同士のようだ」と喩えたが、まさしくそういう感じなのだろう。

 なるほど、確かにこんな会話はこの世界でどんな友人を作ろうが出来ないだろう。それに彼らはただ過去を懐古しているだけではない。こうして前世談義に花を咲かせつつも、どこまでも前向きに現世を生きている。そしてその前向きさは、四人の中にある掛け替えのない友情によって支えられているのだろう。ふと前世を思い出して郷愁の念に駆られても、同じ境遇の仲間がいれば耐えられるというものだ。

 その関係を、私は羨ましいと思った。彼らの輪の中に加わることが出来れば、さぞ楽しい日々が待っていることだろう。

 

 この世界はどうしようもなく危険に満ちている。少し人里から離れれば地球における猛獣などの比ではないぐらい凶悪な魔獣が存在しているし、暗黒大陸にまで目を向ければ考えたくもない地獄が広がっている。

 念能力だってそうだ。かつては紙面や画面越しに無邪気に楽しんでいた念能力による超能力バトルも、今の私にとっては現実の脅威として目の前にある。

 

 この世界は物語のようでいて、物語ではない。しかし現実でありながら、物語のような超常に溢れている。それは何という理不尽だろうか。この世界に生まれながら決してこの世界の人間にはなれない私にとって、この現実は理不尽としか映らない。

 だからこそ、理不尽を打ち破るための力が要る。何者にも屈さず、私という我を通すための、圧倒的な暴力が必要だと。今の私にはそれが不足していると、ヒソカとの戦いで痛感したのだ。

 

 物語に殺されるのなんて真っ平だ。そんな死に様を晒すぐらいなら、私は手段を選ばない。物語の端役(モブキャラ)を幾ら殺そうが、一体そこに何の罪があろうか──そんな歪みに歪んだ覚悟を決めようとしていた矢先に出会ったのが彼らだった。

 彼らの順応ぶりを見るに、恐らく彼らは私より早くにこの世界に来ている筈だ。にも拘らず私のように悲観することなく、楽しそうに生きている。それは隣に仲間がいるからだ。同じ故郷と同じ境遇を有して転生した、心強い友人がいるからだ。有事の際には迷いなく頼れる、力ある隣人がいるからなのだ。その安心感たるや計り知れない。だから──

 

 だから、私も仲間に入れてほしい。それが偽りない今の私の本音。

 

「では改めて本題に入ろう。……私たちの仲間にならないか、藤原薫君──いや、カオル=フジワラ君」

 

「……本当にいいの?さっきも言ったけど、私はアナタたちにとって見知らぬ赤の他人。同じ転生者だからと、そんな相手を信用していいのかしら」

 

 素直にはいと頷けばいいものを、生来の人見知り癖というか、初対面の相手には取り敢えず壁を作るという私の悪癖が顔を出す。これでは一方通行(アクセラレータ)を笑えない。

 

「何を遠慮してんのか知らんけど、お前は気にしすぎだな。オレを見習えとは言わないが、もっと気楽に生きることを覚えないと無駄に苦労するぜ?」

 

 快活に笑み、私の心配性を笑い飛ばすエミヤ。三枚目な雰囲気から一見頼りなげにも見えるが、ごく自然に他人を気遣える彼の気質は得難いものだろう。

 

「そーそー。ボクなんて悩み事なんか一つもないから、毎日が気楽なもんさ!でも悩み事がないのは理性蒸発の影響も大きいけど、半分以上は皆のお陰だよ。特に旦那は頼り甲斐あるからねー。何があっても力になってくれる人がいるっていう安心感は、想像以上に心強いものさ!」

 

 エミヤに同調し能天気に笑うアストルフォ。その能天気さは仲間がいるからこそのものであり、だがそれ故にこそ彼は輝いている。

 

「僕はコミュ障で、前世も今も変わらず根暗な陰キャだけど……皆はこんな僕のことも仲間だって言ってくれました……。こ、これでも人見知りは改善してる方なんだ……」

 

 前世では引き籠もりだったと語る一方通行(アクセラレータ)。だがこの世界で彼は過去や趣味を共有できる仲間を得、少しずつではあるが前向きな姿勢を獲得しつつあるという。

 

「確かに我々と君は初対面だが、それは誰もが通る道だろう?どんな竹馬の友とて、初めは赤の他人同士だったのだから。

 友とは誰から強制されてなるものではない。だから私も君に強制はしないよ。だが、私は君と友誼を結びたいと思っているし、きっと他の三人も同じ思いだろう。一つ検討してはくれまいか」

 

 三人から旦那と呼ばれ慕われているアーカード。恐らくはこの場の誰よりも仲間というものを切望しているであろう彼だが、決して我を押して無理強いしようとはしない。私はそこに年長者としての包容力、人間としての器の大きさを見た。リーダーシップやカリスマとはまた違う、だが人を惹き付けて止まない人徳のようなものが彼にはあるのだろう。

 

 手袋を外し、差し出されるアーカードの無骨な白い手。優しげに微笑む彼の目を見た私は、意を決してその手を取った。

 血の通わぬ青褪めた肌は冷たく、しかし包み込むように大きな掌からは確かな温もりを感じた。

 

「では……ええ、是非に。不束者ですが、私も仲間に入れて下さるかしら?」

 

「勿論だとも。我々は君を歓迎するよ」

 

 交わされる互いの右手。それを左手で包み込み、アーカードは嬉しげに笑った。

 

 

 

 

「ところで、アナタたちはどうやって出会ったの?この広い世界で、何の手掛かりもなく転生者を見つけるのはかなり難しいと思うのだけど」

 

「ああ、確かに容易な道程ではなかったな。運に助けられた場面も多かったよ」

 

 ふと疑問に思ったことを伝えると、アーカードは遠い目をしながら語ってくれた。

 

 アーカードは今の外見年齢──二十代半ば程か──までは普通の人間と同じように成長していたものの、それ以降全く肉体の成長……言い換えれば肉体の劣化が完全に停止したらしい。やがて「一つどころに長くいることは出来ない」と悟った彼は旅に出ることを決意したという。

 それまで転生者及び吸血鬼という正体を隠して過ごしていたアーカードは、市井に紛れて普通の暮らしを送っていた。普通の人間の親の元で生まれ育ち、学校に通い、そして一般企業に就職した。だが三十を過ぎても若々しい外見のまま変化しなくなった時点で、完全に『アーカード』となったのだと悟った彼は職を辞し宛てのない旅を開始する。

 最初は観光気分で旅を楽しんでいたアーカードだったが、しかし蓄えは無限にあるというわけではない。約十年の間に働いて溜め込んだ貯金はあったが、これからも旅を続けると考えれば路銀としては些か心許ない。そんな金欠吸血鬼が向かったのは、原作における舞台の一つ──天空闘技場であった。

 

 天空闘技場は、力ある者にとっては最高の金稼ぎの場だ。上層にまで到達できるような実力者であれば億単位の金を稼ぐことも不可能ではない。そしてアーカードは紛れもない強者であった。

 吸血鬼。それは鬼神の如き怪力を有し、悪魔の如き魔力を手繰る埒外の化け物だ。これまでを一般人として過ごしてきたアーカードに武の心得は皆無であったが、あらゆる技術をも凌駕する真正の暴力を生まれ持っている。そして、亜人型キメラアントを素手で引き裂くような怪物を相手にできるような猛者は天空闘技場にはいなかった。

 

 破竹の快進撃を続けるアーカード。『アーカード』の残虐性こそ持たないが、吸血鬼の持つ生来の闘争本能が彼を後押しした。200階より更に上──ファイトマネーが出なくなり、代わりに念能力者のファイターが出現し始める魔境へと、本来の金稼ぎという目的を忘れて彼は踏み込んだのだ。

 

 そこでアーカードは運命と見える。──後の盟友、エミヤとの出会いである。

 

「え、エミヤが?アナタも天空闘技場にいたんだ」

 

「オレって旦那と違って不真面目だからさ、第二の人生でまで働くなんて御免だったワケよ。けどニートって外聞も嫌だったから、なら原作のゴンやキルアみたく天空闘技場で稼ごう!って思い立ったのさ」

 

 旅の路銀を稼ぎに来たアーカードと、同じく金稼ぎに来たエミヤ。名前と出で立ちから互いを転生者だと瞬時に認識した両者はどちらともなく接触し──そして意気投合したらしい。

 

「そりゃあ最初は警戒したぜ?今まで転生者は自分一人だけだと思ってたからさ。けど、それ以上に嬉しさが勝ったね」

 

「WEB小説なんかの創作物だとよく転生者同士の諍いが描かれているが……損得勘定だけで考えても、転生者同士の諍いなど間抜けの所業だよ。自分の事情を理解してくれる仲間を自ら減らしてどうするのか……ということだな」

 

 完全に肉体の時間が停止し、不老不死となったアーカード。未だ自覚は薄かったものの、一人になったことで己が人外になったことを明確に意識してしまい、彼の心の奥底には孤独から来る寂寥感が蓄積しつつあった。

 この世界の人間に知り合いがいないというわけではないが、いまいち馴染めず長らく一匹狼だったエミヤ。しかし彼は一人きりの代わり映えのない生活に飽いていた。

 

 こうして互いの利害が一致した両者は、以降行動を共にすることになる。第287期までは見送ろうと考えていたハンター試験も、「まあ二人なら何とかなるだろう」と挑戦してプロハンターとなり、暫くは二人でハンターとしての仕事をしたりと気儘に過ごしていた。

 だが意外と話し好きであることをようやく自覚したアーカードは、ここで更に仲間を増やしたいと思い始める。そしてアーカード以上に話し好きであるエミヤもそれに同意し、二人は天空闘技場に舞い戻る。今度は観客として、だが。

 

「成る程ね。確かに何らかの特典を持つ転生者は戦闘力があるし、ついでに原作を知っていれば天空闘技場に来る可能性は高いわけか。私みたいに」

 

「まあ、今となっては安直な考えだったと恥じ入るばかりさ」

 

「二、三年と張り込んでみたが、収穫なしだったからなぁ」

 

 アーカードにエミヤ。二人も転生者がいたのだから、他にも転生者がいる可能性は高い。そう信じて暫く天空闘技場に入り浸ってみたものの、待てども待てどもそれらしい人物に出会えない。

 まあ転生者だからと必ずしも天空闘技場を訪れるとは限らないし、どこか遠い国で楽しく暮らしているのかもしれない……二人の間にそんな諦観が起こり始める。あるいは、本当に転生者は我々二人しかいないのではないか──

 

 そんな矢先に街中で出会ったのがアストルフォだったという。唐突だなおい。

 

「いや、本当に唐突だったんだよ。目ぼしいファイターの試合がなくてエミヤ君と暇潰しがてら街の露店を冷かしていたら、突然『リアルアーカードとリアルエミヤがいる!』だものなぁ」

 

「いやー、だって本当にそっくりだったんだもん。二人とも、オリジナルを意識した服装してるでしょ?そりゃあボクじゃなくても驚くさ!あまりにリアルだ、ってね!」

 

 確かに、アーカードは『アーカード』が日常的に着ていた真紅のコートとハットを。エミヤは『エミヤ』が外伝などで披露していた黒い私服を身に纏っている。もしこの二人がコミケにいたら、その再現度のあまりにカメコが集ること請け合いだろう。

 

「時期的に丁度ボクの通ってた高校は夏休みでね。だからこれ幸いと聖地巡礼に来ていたら、旦那とエミヤに出会ったのさ!」

 

 いやぁ、偶然ってスゴイ!と笑うアストルフォ。うん、その偶然は凄い。偶々天空闘技場を訪れていたアストルフォと、偶々天空闘技場を出て街に繰り出していたアーカードとエミヤ。彼らがバッタリ出くわすなんて、一体どんな確率であれば可能なのか。

 あるいは、これもアストルフォの能力だろうか。彼の幸運はA+ランク。もしかしたら、持ち前の幸運が彼をアーカードたちの元に導いたのかもしれない。

 

「アストルフォと出会った経緯は理解したわ。じゃあ一方通行(アクセラレータ)は?あまりアクティブに外出するタイプには見えないけれど」

 

 前世では引き籠もりだったらしい一方通行(アクセラレータ)。転生して大きな力を得たからとて──肉体的な変動が精神に影響を及ぼす程に大きかった私やアーカードは例外として──そう易々と性格が変わるものでもないし、実際に変わってはいないのだろう。アストルフォのように街中でバッタリ、という可能性も低いだろうし、一体どのようにして出会ったのか。

 

「簡単なことさ!何を隠そう、ボクと一方通行(アクセラレータ)はクラスメイトだったんだよ!」

 

「……え?」

 

「……ジャポンのクナイ県ってとこにある県立高校に通ってたんだ……。僕とアストルフォは、そのとき高校二年生だった……中退したけど」

 

「そう、中退したんだ!二度目の高校生活も悪くなかったけど、旦那たちについて行った方が絶対面白そうだったからね!」

 

 アーカードとエミヤが偶然に出会ったように、アストルフォと一方通行(アクセラレータ)もまた運命的な出会いを果たしていたらしい。学校の教室で。

 アーカードたちと出会ったアストルフォは、勢いのままに彼らと旅路を共にすることを決意。自国へと取って返し、夏休みを自宅で満喫していた一方通行(アクセラレータ)を連れ出したという。学校はともかく、今世の親をほったらかしにしていいのか……と思ったが、一方通行(アクセラレータ)は既に両親が他界しており天涯孤独。アストルフォに至っては、何と普通に両親が旅立つことを許可してくれたという。それでいいのかアストルフォの親御さん。聞けばかなりの放任主義且つ楽観主義らしく、「ウチの息子ならどこに行っても大丈夫だろう」「年に一度は手紙なりビデオレターなりを送ってくるのよー」と言って許可したらしい。この親にしてこの子ありというか、蛙の子は蛙というか……何ともアストルフォの親らしい人物であるようだった。

 

「まあ、ざっとこんな出会いだったな。四人が合流して以降は、こうして今に至るまで気儘に毎日を過ごしているよ。四人でまだいるかもしれない転生者の捜索がてら旅行に出たり……ああ、私とエミヤ君のハンターとしての仕事をアストルフォ君と一方通行(アクセラレータ)君に手伝ってもらうこともあるな」

 

「それでも定期的に天空闘技場には来てるんだけどな。何だかんだであそこを張ってた方が確率は高いだろうし……現に、こうしてアンタにも会えたわけだしな」

 

 成る程……実に興味深い話だった。彼らの辿ってきた道程をこうして聞けただけでも大きな収穫だ。同じ転生者である彼らは、私にとって先輩のようなものなのだから。

 ……だが、そこでふと疑問に思った。果たして私はいつ転生したのだろうか、と。

 

 話を聞く限り、彼らは"転生"の名の通りに生まれ変わっている。今世の親から生まれ、前世の記憶を持ちながらも普通の人間と同じように年を重ねて今に至っている。

 翻って、私の最初の記憶は僅か八年前のものだ。八年前、私は流星街のど真ん中に十歳程度の姿で佇んでいた。捨て子だったとしてもこれでは辻褄が合わない。私には彼らと異なり、幼少期の記憶が存在しないのだ。

 考えられる背景は二つほど。普通に転生したが、何らかの理由で八年前にようやく"私"の意識が目覚めたのか。それとも八年前、()()()()()()()()()()()"()()"()()()()()()()

 

 ……まあ、普通に考えれば前者なのだろうが。あの時、神界とやらで出会った老人は私を「転生させる」と言っていた。まさか転生させると言いながら憑依させるようなことはしないだろう。きっと何らかの不都合があって、"私"の意識が目覚めるのに時間が掛かった……その程度の理由なのだろう。

 ああ、だから流星街に捨てられていたのか?つまり自我が目覚めるまでの約十年間、私は混濁した意識のまま痴呆の如く過ごしていたのかもしれないのだ。私の今世の両親は、そんな私の面倒を見切れずに捨てた可能性がある。まあ無理もない。中流~上流の裕福な家庭ならともかく、そこまで裕福でない家庭であったのなら、そんな飯すらまともに食えないだろう障害児を抱える余裕などないだろう。流星街で目覚め、数年間の極貧生活を強いられた私には貧民層に対する理解があった。

 

 一応の納得を得た私は、地味に気になっていた悩みが解決したことで閊えが取れたような晴れやかな心地を味わう。すると、エミヤが不思議そうに周囲を眺めているのが目に入った。

 

「どうかしたの?」

 

「ん、ああ……いや、大したことじゃないんだが。ほら、あのウェイトレスさん何してんのかなーって。さっきからずっとウロウロしてんのよ」

 

 エミヤの視線を辿って振り返ると、確かに一人のウェイトレスが泣きそうな顔で右往左往している。ショートケーキとモンブランケーキが乗ったお盆を持って……視線を忙しなく動かして、あれは何かを探している?

 

「あ。アレ、もしかしてボクらが注文したケーキじゃない?」

 

「ああ、確かにオレがモンブランで、アストルフォがショートケーキを注文してたな。……そういや、注文してからだいぶ経つけど一向に来る気配なかったな」

 

 ………。

 ……………あ。

 

「人払いの魔術が発動したままだった」

 

『あ』

 

 再度実体化させた『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を手に取り、継続していた魔術を解除する。すると同時、ずっとこのテーブルを探して彷徨っていたであろうウェイトレスと目が合った。

 

「………」

 

『………』

 

「……大変お待たせしましたぁ!ご注文の品をお持ちしましたぁ!」

 

 うん、ホントごめんなさい。泣きそうな顔でヤケクソ気味に叫ぶ彼女に対し、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。

 これからは一般人相手に影響を及ぼす魔術のみだりな使用は控えよう。私たちは何となく居た堪れない気持ちになり──

 

「ちょっとォ、来るのが遅いッスよォ〜!店長呼んできてくんなァい?」

 

「店長を呼べー!」

 

「ひいぃスミマセンスミマセンんんん!」

 

「やめんかみっともない!」

 

 訂正、居た堪れない気持ちになっていたのは私だけだったらしい。悪ノリしたエミヤがチンピラみたいな態度でウェイトレスに絡み始め、アストルフォも輝くような笑顔でそれに乗っかった。原因は私なのだが、思わずツッコミと共に『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の角でエミヤの頭をぶっ叩いてしまった。

 

「ああもう、アナタ仮にも二十代でしょう!しかも前世分も加算したら一体いくつ?少しは落ち着きを持ちなさいな!」

 

「いやあ、ハッハッハ。何というかクセで、つい」

 

「つい、で一般人に絡まないの!問題児か!アーカードも注意ぐらいしなさいな!」

 

「ウチにはツッコミ役がいなかったから新鮮だなぁ」

 

 ダメだこのアーパー吸血鬼。身内のことになるとダダ甘になりやがる。

 

「頑張れ、カオル君。このア○ンジャーズを纏めることができるのは君だけだ」

 

「アベ○ジャーズも確かに問題児の集まりだけど、流石に一般人に絡むようなことはしません」

 

 良くて特攻○郎Aチームだろう。傍迷惑集団という意味では実にお似合いだ。

 

「お、いいなそれ。なら特○野郎Aチームならぬ、転生野郎Aチームだな!新入り含めて丁度五人いるし」

 

「さんせーい!それにAチームって響きが実に良き!ボクにアーカード、一方通行(アクセラレータ)と"A"から始まる名前のメンバーが三人もいるしね!」

 

「な、なら……僕はコングポジ希望……戦うのは苦手だけど、機械整備は得意……」

 

「ふむ、なら私はハンニバルかな?私のような元隠れオタクのサラリーマンが天才策略家とは、畏れ多いことだね」

 

 やいのやいのと騒ぎ出す四人。勘弁してくれ、こんなAチームに纏まりを持たせる自信は私にはないぞ!

 

 

 

 

 

 ──そしてこの出会いを契機に、カオルの未来は大きく変動する。ドレインの繰り返しによる超強化こそなくなったが、仲間と共に数々の冒険を繰り広げチームの名を上げていくことになるのだ。

 余人には知られざる秘密を共有する彼らは、一人一人が特別な力を持った超人たちだ。何でも屋として事務所を立ち上げることになる彼ら五人のチームは、超有能なプロハンターの集団としてその名を世界に知らしめていくことになる。

 




 それぞれの事情で死亡した我々は、神を名乗る何某かの手によって『HUNTER×HUNTER』の世界に転生した。
 しかし、特典として得た能力に胡座をかいて安穏と過ごす我々ではない。
 筋さえ通れば金次第で何でもやってのける命知らず。不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する──

 我ら、転生野郎Aチーム!



 イカれたメンバーを紹介しよう!

 私はリーダー、アーカード。ハンニバルポジだ。
 吸血鬼としての不死性を存分に駆使した神風特攻の名人。私のような年長者でなければ、個性の強い転生者たちのリーダーは務まらないさ。


 オレはエミヤ。フェイスマンポジだ。
 (元)エロゲ主人公補正で、女はみんなイチコロさ。投影魔術を駆使して、剣とか剣とか、何でも揃えてみせるぜ!


 やあやあお待ちどう!ボクはアストルフォ!クレイジーモンキーポジさ!
 高ランクの騎乗スキルで、パイロットとしての腕は天下一品!奇人?変人?理性蒸発?そんなの知ーらない!


 一方通行(アクセラレータ)……コングポジ、です。
 高い演算能力があるので、機械修理や情報戦が得意……流石に大統領は殴れないぞ……。
 あ、あと、戦闘行為は勘弁……苦手。


 ……え、コレ私も乗る流れ?
 あー、カオル=フジワラ。エンジェルポジよ。
 チームの紅一点で……特段頭が良いわけでもないから、情報収集はそこそこ。あ、弱小だけどマフィアの用心棒とかやったことあるから、裏社会には少し詳しいわ。



 我々は、道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する。頼りになる神出鬼没(ヨークシンに事務所あり)の、転生野郎Aチーム!
 助けを借りたいときは、いつでも言ってくれたまえ。仲間も随時募集中だぞ!

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