実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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転生野郎Aチーム続編~ドキッ! 転生者だらけのハンター試験!~

 

 ドーレ港というクカンユ王国の海の窓口の一つを最寄りに有する都市、ザバン市。国内のみならず国外からも様々な交易品や人が入ってくるこの街は、王国でも有数の貿易都市として栄えていた。

 

 そんなザバン市はツバシ町の一角に「めしどころ"ごはん"」という定食屋がある。至って普通の定食屋だ。早朝でありながらそれなりに客が入っているからには繁盛しているのだろうが、しかし特筆すべき要素は外観からは窺えない。

 そんな普通の定食屋めしどころ"ごはん"であるが、今日は少々様子が違った。ここの常連であるケリーという青年は、食後のお茶(と言っても無料で貰える安物の緑茶だが)を楽しみつつも朝から感じていた違和感に首を傾げていた。

 

 今日は朝からガッツリいきたい気分だったケリーはステーキ定食に舌鼓を打っていたのだが、彼が食事を楽しんでいる間、次から次へと屈強な身形の男たちが入店してはメニューも見ずに注文し奥の座敷に案内されていくのだ。しかも何故か皆が皆注文するものは同じ「ステーキ定食、弱火でじっくり」である。

 ケリーも最初は「てやんでぃ、ステーキを弱火でじっくり焼いたら肉が固くなっちまうぜ」とミディアムレアに焼かれたジューシーなステーキを頬張りつつグルメぶって内心彼らを馬鹿にしていたのだが、代わる代わる入店してくる彼ら全員が図ったように同じものを注文していくので流石に疑問を覚えたのだ。

 ついでに言えば、ケリーが知る限りこの定食屋に奥座敷なんて存在しないはずである。少なくともケリーはテーブル席にしか座ったことはない。まあこの定食屋は席が一つも空いていないような繁盛ぶりを見せたことがないので、単純に機会がなかっただけかもしれないが。

 

 そして、再びガラガラと店の引き戸が開かれる。今日に限ってこの音は屈強な男共が入店してくる合図なので、彼女のいないケリーはうんざりした表情で惰性的に入り口に顔を向けた。

 

(──えっ)

 

 しかし、そこにいたのはケリーが予想していたようなガチムチの男ではなかった。逆光を背に入り口に立つのは四つの影。腰まで届く長い黒髪の少女とピンクブロンドの髪を三つ編みにした小柄な少女、そして白髪のやや陰気な風情の少年。

 

 

 ──そして、鷲の前躯と馬の後躯を持つ巨大な魔獣であった。

 

 

(ええええええええええええ!!!???)

 

 威風堂々たる佇まい。まるで王者のような風格を纏うその魔獣は当たり前のような顔をして三人の後に続き入店してくる。巨大な翼を折り畳んで入り口を潜る姿は器用なものだが、しかし入れるから良いというものではない。あまりの存在感に店内は一瞬で静まり、誰もが固唾を呑んで恐々とその大魔獣を凝視していた。

 

「い、いらっしゃい……あの、ウチはペット同伴での入店は禁止でして……」

 

 無口であまり喋らない店主も料理の手を止めて動揺している。それでもきちんと応対しようとするのは流石だが、店主にはこれがペットに見えるのだろうか。ケリーには獲物(エサ)の品定めに来た捕食者の姿にしか見えなかった。

 

「ステーキ定食、弱火でじっくり」

 

「えっ」

 

「三人前」

 

「アッハイ」

 

 店主の言葉を意に介さず淡々と注文する黒髪の少女。もはやお馴染みとなったその注文内容に店主は我に返り、三人と一匹を奥の部屋へと促した。

 能面のような無表情の黒髪の少女と白髪の少年、そして満面の笑みを浮かべたピンク髪の少女が店の奥へと歩を進める。当然ながら件の魔獣もその後について歩き出した。

 

 ズシン、ドシンと重低音が響き、その度に木製の床が軋みを上げる。馬は近くで見ると意外と大きくて驚かされるが、この馬に似たシルエットの魔獣はそれに輪を掛けてデカい。軍馬などと比較しても一回り以上は大きいだろう。そんなものが狭い店内を闊歩するのだからその圧迫感は凄まじい。

 

(で、デカいッ! つーか恐ェ! 魔獣なんてテレビでしか見たことねぇのに、ま、まさかこんな近くで目にする時が来ようとは! 何なんだこの三人組は……まさか、これがプロハンターってヤツなのか!?)

 

 人間の頭蓋など一突きで粉砕しそうな猛禽の嘴に、人体を容易く引き裂く凶悪な鉤爪を具える前脚、そして一蹴りで人間の身体を破裂させてしまいそうなガッシリとした馬の後脚。身動ぎの度に隆起しうねる全身の筋肉の凄まじいこと。しかしそんな荒々しい体躯とは裏腹に、前躯と翼を包む羽毛、そして後躯を覆う体毛の見事さはもはや芸術品のよう。

 獣の獰猛さと野生の美しさを併せ持った、これぞ正しく究極の生物。あるいはこれが幻獣なのだろうか、とケリーは戦慄すると同時に思わずその姿に見入る。そしてより確信を深める。こんな埒外の生物を従えるなど、この世で最も気高いとされる証を持つ者──プロハンターでなければあり得ないと。

 

(見たところ俺より若いだろうに……そうか、あれがハンターか……すげぇもんだなぁ)

 

 良いものを見た、とどこか清々しい気持ちになったケリーは湯呑みを置いて席を立つ。奥の部屋へと消えていった彼らの存在感に中てられ店内が静まり返る中、彼は店主に勘定を告げるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「──何もないところから召喚するからいけないんだよ。最初から表に出して同伴させていれば魔獣使いってことで誤魔化せる。念能力と間違われることもない」

 

 

 そこまでしてヒポグリフを連れて行きたいのかこのクソマンチ。そう言って拳骨を落としたカオルだったが、しかし黙って酒を購入したことをチクると脅されれば何も言えない。こうして三人と一匹のドリームチームが完成したのだった。

 もう何が来ても負ける気がしねぇ。

 

「お店に入る時すっごい恥ずかしかったんだからね!?」

 

「……道中も滅茶苦茶注目されてたよね……そして多分この先でも……」

 

「仕事で何度か披露してるから知ってる人は知ってるし今更さ。それにこの子がいれば一次試験はすごく楽だよ? ね、ヒポグリフ!」

 

「くえー」

 

 試験会場へと向かうエレベーターの中で喧しく騒ぐ三人。

 そしてそんな彼らを出迎えたのは、案の定の好奇と畏怖の視線であった。その大半がヒポグリフへと向けられていることは言うまでもない。針の筵に立たされたカオルは被っていた帽子の鍔を下ろし、一方通行(アクセラレータ)はフードを目深に被り視線を遮った。堂々としているのは主人であるアストルフォだけである。

 ざわざわと遠巻きに三人を眺める受験生たちと、ヒポグリフの一睨みで尻尾を巻く某新人潰し。それだけ注目を集めれば「彼」が三人に気付かぬ筈もなく──

 

「やあ♠ 久しぶりだねぇ、カオル♥」

 

「……そうね。お久しぶり、ヒソカ」

 

 赤髪を撫でつけた道化師のような風体の男──ヒソカ=モロウが現れ、カオルは実に四年ぶりの再会を果たすのだった。

 かつて天空闘技場において手痛い敗北を喫した怨敵であり、未だに苦手意識を拭えない相手である。思わず渋面を浮かべるカオルだったが、しかし怖気づくような無様は晒さない。強気に胸を反らし、睨め付けるように道化師を見上げた。

 

「ふふふ……いい目をするようになった♣ それにオーラの力強さも以前とは比べ物にならない♦」

 

「当然よ。もう能力に振り回されていただけの四年前の私とは違う。念に磨きを掛け、能力に習熟し、そして仲間を得た。小娘と思って侮ってると火傷するわよ?」

 

「ふむ……♠」

 

 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべるヒソカはカオルから目を逸らし他の二人と一匹に視線を向ける。興味津々といった様子で目を輝かせるアストルフォに、相変わらず挙動不審な一方通行(アクセラレータ)、不機嫌に鼻を鳴らすヒポグリフを一瞥し、ヒソカはより一層笑みを深めつつ引き下がった。

 

「……そのようだね♥ どちらもカオルに負けず劣らず美味しそうな逸材だ♣ 三対一……いや、四対一となると流石のボクも分が悪い♦ ここは素直に引いておくことにしようか♠」

 

「フン、賢明な判断ね。分かったのならとっとと消えて頂戴! 生憎とアナタの悪趣味に付き合ってあげられるほど私たちは暇じゃないのよ!」

 

「……僕の背中に隠れての発言じゃなければ格好良かったのにね……」

 

 一方通行(アクセラレータ)を盾に構えて強気な発言を捲し立てるカオルを面白そうに眺めつつ身を引くヒソカ。しかし背を向けたヒソカはやおら立ち止まり、思い出したように口を開いた。

 

「ところで、年頃の女の子がその恰好はどうかと思うよ?」

 

「うっさい! 余計なお世話よ!」

 

 ちなみに今のカオルは何の飾り気もないパーカーにショートパンツとスニーカー、頭の上には野球帽という色気皆無な出で立ちである。とても女神三柱の複合体とは思えぬ装いだが、これは男所帯(約一名は性別不明みたいなものだが)で四年間暮らしてきた影響であった。素材が良いのであまり不格好ではないが、逆に素材が良いが故のちぐはぐさもある。もう少し見合った服装をするべきなのだろうが、生憎とそれを指摘するような者が彼女の周囲にはいなかった。

 なお、アストルフォは「トゥリファスでの思い出」風の可愛らしいコーデに身を包み、一方通行(アクセラレータ)はファーをあしらったフード付きの白いジャケットにスラックスという装いであり普通にお洒落である。だがこれは彼らにセンスがあるというわけではなく、単に元となった人物の私服をモデルにしているだけである。一方カオルの場合は元となった人物(メルトリリス)の服装がアレなため、自然と私服のチョイスが適当なものになってしまったのだった。

 

「いやーアレがヒソカかぁー……天空闘技場で戦ってるところは何度も見たけど、面と向かって会うのは初めてだよ。ちょっと感動した!」

 

「……めっちゃ恐いんですけど。何あのドス黒いオーラ、ヤバすぎでしょ……」

 

 何やら感動している様子のアストルフォとガタガタと小刻みに身体を震わせる一方通行(アクセラレータ)。実に対照的な二人を見てカオルは溜め息を吐いた。

 

「アストルフォはちょっと暢気すぎよ。アイツが危険人物だってことは十分理解してるでしょうに。

 逆に一方通行(アクセラレータ)はビビりすぎ。アナタは私やアストルフォと違って物理攻撃に対しては絶対的に無敵なんだからヒソカなんていいカモじゃないの、羨ましい。何がそんなに恐いのかしら」

 

「……真っ先に僕を盾にしたクセに……」

 

「私はヒソカが恐いわけじゃないの。ただ生理的に受け付けないだけよ」

 

「えぇー……いえ、なんでもないデス……。

 ……僕としては君たちの方こそ心臓に毛でも生えてるんじゃないかって思うよ。そりゃあ今の僕らは強くなったし、大抵の事は脅威にはならないけど……でも前世の感覚が抜けないせいかどうしても身構えちゃうんだよね……」

 

 君たちにはそういうことないの? と聞き返す一方通行(アクセラレータ)の言葉にふと考え込むカオル。思えばあまり前世の感覚を意識したことはなかった。

 弁解しておくと、カオルとて恐怖心がないわけではないのだ。対処可能とはいえ魔獣や猛獣の迫力には身が竦むし、明確に格上と分かる念能力者相手には警戒が先立つ。

 だが、そんな恐怖心を補って余りある自らの力への自負がある。所詮は借り物の力と弁えてはいるが、力を使いこなすために四人と訓練し仕事をこなしてきた日々は疑いの余地なく自分のものだ。他の命をドレインするまでもなく今のカオルは強い。努力と経験に裏打ちされた実力は確かな自信となって彼女の精神を強くしていた。

 

「まあ、いざとなれば旦那とエミヤに諸々押し付けるし? 逃げ足だけなら五人の中で最速の自負もあるし、過剰に怯える理由もないというか」

 

 ……訂正、図太くしていた。

 

「カオルはすばしっこいからねぇ。全員で模擬戦するとカオルと一方通行(アクセラレータ)だけが最後までノーダメージで毎度笑っちゃうよ。

 ボク? ボクは恐いとかの感覚は分からないかなぁ。『アストルフォ』と違って明確な武勲とかないけど、まあ何とかなるよね! っていう自信はあるよ!」

 

「それは自信じゃなくてただの楽観ね」

 

 げに恐ろしきは『理性蒸発』。アストルフォであればキメラアントの王が相手でも歌いながら突貫するだろう。

 彼我の実力差を推し量る頭がないわけではない。アストルフォの恐ろしいところは、相手が格上であっても臆せず、緊張せず、平時と変わらぬ精神状態で戦えることにある。いつどのような状況でも変わらぬパフォーマンスを発揮できる精神性は念能力者の理想型である。普通なら冷静に様子を見るべき場面であっても彼は構わず突撃する。それが逆に相手の意表を突き、時にジャイアントキリングを実現するのだ。

 神風特攻上等のアーカードをして「クレバー」と言わしめる理性の蒸発した精神性。それこそがアストルフォという男の強みであった。

 

「……流石はAチーム最速と一番槍だね……僕も見習わないと」

 

「ちょっと待って転生野郎Aチームの呼び名まだ続いてたの」

 

「これでも昔よりは改善してきてるけど……もっと度胸をつけて、チーム活動に貢献できるようにならないと、ね……」

 

 何やら感化されたのか意気込みを露わにする一方通行(アクセラレータ)

 その後、ビーンズから番号札(ナンバープレート)を受け取ったりアストルフォが既に会場にいたキルアに絡みに行くも逃げられたりしつつ時間を潰す三人。

 そして遂に──

 

 ガコン、と音を立ててエレベーターが開く。内より現れたのは三人の男たち。新たなライバルの登場に多くの受験生たちの視線が彼らに向かう。

 

 一人は、エキゾチックな民族衣装を纏う中性的な容姿の金髪の青年──クラピカ。

 

 一人は、カジュアルに着崩したスーツに身を包み黒髪を短く刈り上げた男性──レオリオ=パラディナイト。

 

 そしてもう一人は──

 

(いよいよ、か)

 

 ツンツンと逆立った黒髪。闊達な笑みを満面に浮かべた、釣竿を肩に担ぎ純真さを感じさせる佇まいの少年──ゴン=フリークス。

 

 斯くして役者は出揃い、物語の幕が上がる。しつこく絡むアストルフォのせいで人込みに隠れてしまったキルア=ゾルディックも交え、彼ら四人にとり最初の試練が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「時間だ。総員、傾注」

 

 

 

 

 

『────え……?』

 

 唐突に轟く銃声。聞き覚えのあり過ぎるジョージボイスが地下に響き渡る。それと同時に"絶"が解かれ露わとなる重厚な存在感。弾かれたように声のする方を向いた三人の目に入ってきたのは、見慣れた真紅のコートを身に纏う偉丈夫の姿だった。

 

「──初めまして、ハンター志望のヒヨッコ諸君。私は君たちの一次試験を担当する試験官……アーカードという者だ」

 

 硝煙を立ち上らせる拳銃を懐に仕舞いつつ、威圧感すら感じさせる重苦しい声音で自己紹介をする偉丈夫……もといアーカード。その無視し難い存在感に気圧されたのか、騒がしかった会場は一瞬にして水を打ったような静寂に包まれる。

 そしてサングラスによって隠され目元は窺えないが、その視線は真っ直ぐに三人に……否、アストルフォに向けられていることは一目瞭然であった。

 

「あ、あわわ……」

 

「く、くえぇ……」

 

 ガタガタと青い顔で震えるアストルフォとヒポグリフ。そんな彼らの肩にどこからともなく飛んで来た蝙蝠(コウモリ)が止まり、耳元に口を寄せ囁いた。

 

『──君たち、お菓子禁止令一週間延長ね』

 

「 」

 

「 」

 

 使い魔を通して届けられた無情な宣告にアストルフォとヒポグリフは揃って膝を折り床に沈んだ。

 どうでもいいがヒポグリフもお菓子が好きだったのだろうか。

 

「……さて、一応確認をしておこう。ハンター試験は厳しく、運や実力の及ばない者はあっさりと死ぬ。受験生同士の諍いで再起不能になる者も数知れない。

 ──それでも構わない、という覚悟ある者のみついてくるがいい。帰るならば今の内だ」

 

 原作においてサトツが放った言葉と同じ内容の警告を告げるアーカード。当然ながらその程度の脅しで怖気づくようならそもそもハンターになどなろうとは思わないだろう。誰一人として帰る気配を見せず、それを確認したアーカードはニヤリと不敵に笑った。

 

「──宜しい、全員参加の意思を確認した。これより一次試験を開始する」

 

 ついて来るがいい──そう告げて歩き出したアーカードの背を我に返った受験生たちが慌てて追いかけ出す。立ち尽くすカオルたち三人は、奥を見通せぬほど長い地下通路に我先と入っていく彼らを呆然と見送ることしかできなかった。

 

「や……やりやがったッ……! ボクらの誰もが無意識の内に避けていた禁忌(タブー)ッ! 原作ブレイクを、何の躊躇もなくやりやがったッ……!」

 

「あー、うん。確かにハンター試験の試験官はプロハンターのボランティアみたいなものだから、一応プロである彼らに声が掛かっても可笑しくはないけど……これは流石に予想外だわー。そっかーそう来るのかー……」

 

 あるいは立候補したのだろうか。ただカオルたちを驚かせるためだけに。

 

「……やりかねない。こういうのを率先してやるのは大体エミヤかアストルフォだけど、割と旦那も悪ノリするタイプだしね……」

 

「畜生ッ、畜生ッ……! こういうのはボクの役目だろうがッ……! ボクを差し置いてドッキリ試験官なんて楽しそうなことをッ……! こんな、こ、これが……これが人間のやることかよォッ!!」

 

 しゃくり上げるアストルフォの肩を叩いて慰める一方通行(アクセラレータ)。ルーニーを自負するアストルフォとしては、アーカードの抜け駆けは許し難いものらしかった。

 

「──いいえ、まだ巻き返せるわ」

 

「……カオル?」

 

 ふと一方通行(アクセラレータ)が顔を上げると、何やらカオルが決意を湛えた表情でアーカードが去っていった方角を睨んでいる。

 嫌な予感がする。そう直感した一方通行(アクセラレータ)は彼女を制止するべく立ち上がろうとするが、それより早くカオルは口を開いた。

 

「逆に考えるの。私たちは許されたのだ、と」

 

「……あの、カオルさん?」

 

「暗黙の了解だった禁忌(タブー)、原作ブレイク。特に関わる理由も必然も存在しないからと話題にすら上らなかった議題だったけれど、こうして旦那が率先してブレイクしたからにはもう遠慮も呵責も無用よ。何故ならこれは旦那から私たちへと宛てられたメッセージ。『原作をブレイクしても良い』という許可が下りたということ……!」

 

「違う、そうじゃない」

 

 思わずツッコミを入れる一方通行(アクセラレータ)だったが、変な方向に覚悟完了してしまったカオルには届かない。アストルフォの尻を蹴り上げる彼女は昨晩摂取したアルコールが抜けていないに違いなかった。

 

「まだ間に合う……いえ、これからよ。私たちの原作ブレイクはこれから始まるの! 旦那は道を指し示した。ならばあとはその道を切り拓くだけ……そうでしょう、アストルフォ。一番槍の威勢はどこへ行ったのかしら」

 

「──ああ。その通りだね、カオル」

 

 目元を拭い立ち上がるアストルフォ。その瞳に既に涙はなく、眦を決し、蹴られた尻を擦りながらキリッとした表情で前を見据えた。

 

「もう原作を壊さないようにって配慮する必要はないんだよね……なら、そこから先はむしろボクの領分だ。ここからは全能力使用自由(オールウェポンズフリー)だよ。スキルも宝具も使い放題さ」

 

「ええ、私たちが制御不能の暴れ馬だってことを思い知らせてやりましょう」

 

 自重は投げ捨てるもの。激流(原作)を制するはより大きな激流(悪ふざけ)である。

 

 大丈夫、何があってもきっと主人公(ゴン)なら何とかしてくれる。

 

「……原作に関わる理由も必然もないのなら態々ブレイクしに行く必要はないのでは」

 

「さあ、行くわよアストルフォ! まずはこの一次試験を突破しましょう! 私たちなりのやり方でね!」

 

「合点承知! さあ行くよッ! はいよー! ヒポグリフ!」

 

 幻馬の嘶きが地下空間に響き渡る。ヒポグリフは主人の号令を受け、幻獣の王たる鷲獅子(グリフォン)より受け継いだ勇ましき大翼を広げ羽搏かせた。

 その背に乗り込むアストルフォとカオル。そしてカオルに首根っこを掴まれて騎乗させられた死んだ目の一方通行(アクセラレータ)。彼ら三人を乗せたヒポグリフはその巨体からは考えられない程の機敏さで浮かび上がり、これまでの遅れを取り戻さんと走り去っていった受験生たちを猛追し始めた。

 




一方通行(アクセラレータ)「カオルは変わってしまった……最初は僕と同じ振り回され役だったのに……四年の歳月が彼女を変えてしまったのだ……」

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