実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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本編が無事完結したのでぼちぼちこっちも進めて参ります。

しかし改めて言いますが、こちらの外伝は全て作者の思いつきで衝動のままに書き殴ったものとなります。なので当然ノープロットですし、設定の整合性などは敢えて無視して書いている所も多々ございます。故に少々どころかかなりお見苦しい描写が随所に見られるかと思いますが、その辺りご承知おき下さいますようお願い致します。

私は頭空っぽにして書きます。なので読者の皆様もあまり深く考えず、部屋を明るくして頭を空にしてお楽しみ下さい。


転生野郎Aチーム続編~絶死を告げる赤~

「ヌメーレ湿原……通称、"詐欺師の(ねぐら)"。既に述べた通り一次試験はまだ道半ば。二次試験会場へはここを通っていく必要がある」

 

 長大な地下通路を遅れることなく走破した受験生ら約百人を前に、アーカードは眼前に広がる湿地を指し示す。

 鬱蒼と生い茂る木々。ぬかるんだ地面。視界を妨げる濃霧が辺りに漂い、湿った空気が受験生たちの頬を撫でた。

 

「だが気を付けたまえ。ここは人間をも欺く狡猾な知性を持つ肉食獣たちの巣窟。故にここは詐欺師の塒と呼ばれている……餌食とならぬよう、注意してついて来ることだ」

 

 至極あっさりとした口調で死の危険を告げるアーカード。その言葉を真剣に受け止めた者がどれだけいることか。

 一つの山場を切り抜けた彼らは確かに優秀なハンターの卵なのだろう。だがその事実が彼らの内に無意識の油断を生んでいた。達成感は高揚を生み、高揚は致命的な油断を招く。「難関と恐れられるハンター試験に自分が合格できるかもしれない」──そんな夢想が現実味を帯びてきたことが、皮肉にも彼らの目を曇らせ始めていた。

 

「へっ、ふざけた話だぜ! 騙されるのが分かっていて騙されるワケねえだろ」

 

 ここにもそんな目を曇らせるハンターの卵が一人。レオリオは詐欺に騙される者の典型とも言える発言を放ち、謎の自信を滲ませていた。とても直前までだらしなく息を切らせていた者の言葉とは思えない。

 

「──騙されるな! ソイツは嘘をついている!」

 

 幾人かが醸し出す緩んだ空気と興奮の熱気が綯い交ぜとなった渾沌。そんな空気の中、突如として緊迫した叫び声が響き渡った。

 

 声の主はこれといって特徴のない茶髪の男である。しかし全身に無数の傷を負っており、只ならぬ様子にあることが傍目にも明白だった。

 

「ソイツは偽物だ、試験官じゃない! オレが本物の試験官だ!」

 

 その男はアーカードを指差して偽物であると声高に叫び、自身を示して本物の試験官であると主張する。

 原作を知り、そしてアーカードという人物を知るカオルたち三人にとってはお笑い種である。だがそのような事前知識のない多くの受験者たちにとり、男の言葉は疑惑の種を植え付けるに十分な効力を持っていた。

 

「偽物……!?」

 

「じゃあこいつは一体……」

 

 ざわざわと俄かに騒がしくなる中、男は「これを見ろ!」と言って更なる判断材料を追加する。……無論、男にとって都合の良い材料を。

 陰から引っ張り出したのはアーカードと全く同じ面相の、しかし首から下が明らかに人のものではない異形の動物だった。獣毛に覆われ、人のものに近い手足に尾を持つその姿。まさしく人面の猿とでも言うべき動物の死骸を手に、男は更に声量を増してがなり立てた。

 

「ヌメーレ湿原に生息する人面猿だ! 人面猿は新鮮な人肉を好むが、手足が細長く非常に力が弱い。そこで自ら人に化けて言葉巧みに人間を湿原に連れ込み、他の生物と手を組み食い殺す……! ソイツはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にするつもりだぞ!!」

 

「ぷっ……!」

 

 真実を知る者にとっては茶番でしかない男の迫真の演技に、ついアストルフォの口から微かに笑い声が漏れる。見ればカオルの口元も不自然に歪んでおり、笑いを堪えようとしているのが明らかだった。

 尤も、同じように男の虚言を見抜き冷ややかに笑う者はそれなりにいる。しかしまんまと騙されてしまった者が大多数だったようであり、敵意の籠もった視線がアーカードへと向けられた。

 

「野郎……!」

 

「確かに……あの走り、とても人間技とは思えなかったぜ」

 

(正解)

 

(正解!)

 

(正解……)

 

 確かにその通りだ。アーカードは人間ではなく吸血鬼、ある意味最も凶悪な人間にとっての捕食者である。

 中身は元オタクの転生者なのだが。

 

 そして騙された者たちがアーカードへと飛び掛かろ(投身自殺しよ)うと身構えた、まさにその瞬間だった。

 突如として空気を切り裂き飛来するトランプが数枚。紙片の投擲とは思えぬ程の鋭さで飛翔したそれらは、それぞれアーカードと試験官を自称する男へと殺到した。

 

 だが、それぞれの身に起こった事象は対照的なものだった。男は反応すらできず、胸部へと紙片を深々と食い込ませ鮮血を撒き散らす。一方アーカードは素早く手を閃かせ、顔色一つ変えずにトランプを掴み取った。

 

「フフフ……なるほどなるほど……♠ これで決定、そっちが本物だ♥」

 

 下手人であるヒソカは全く悪びれるような素振りもなく、手元でトランプを弄んでいる。それが有無を言わせず試験官を自称する男を殺傷した凶器であることを悟り、周囲にいた受験生たちは血相を変えて距離を取った。

 

「試験官というものは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務に就くもの♣ 我々の目指すハンターの端くれともあろう者が、あの程度の攻撃を防げないわけないからね……♦」

 

「ふむ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 ヒソカの独白にそう返したアーカードは徐に懐へと手を入れる。

 取り出したのは、拳銃とカテゴライズするにはあまりに巨大な鉄の塊だった。人の顔ほどはあろうかという銃身は鈍い威圧を放ち、静かな殺意すら滲ませているように感じられる。

 

 殺傷のみを求めてその機能を特化させた兵器から滲み出る冷たい圧力に誰もが息を呑む。その銃口が指し示すのは、アーカードに化け死んだふりをしていた人面猿である。

 仲間である茶髪の男に化けた人面猿が死んだと見るや、その個体は即座に死んだふりを中断し脱兎の如き逃走を開始していた。だが吸血鬼であるアーカードの眼力は千里を見通す。そして改造を重ねもはや尋常の人が扱える領域にはない化け物銃の射程は通常の拳銃とは一線を画す。

 

 即ち、人面猿の命運は吸血鬼の前に姿を晒した時点で尽きていたのだ。もはや砲声とでも言うべき轟音と共に吐き出された銃弾は容易く標的に喰らい付き、着弾の衝撃だけでその全身を木っ端微塵に爆ぜ飛ばした。

 驚くべきは、その銃を片手で完全に制御するアーカードの怪力である。常人であれば骨折では済まないだろう巨大な反動は全て腕力のみで抑え込まれ、些かも揺らぐことはない。念能力者であることを加味しても恐るべき剛腕に、流石のヒソカも僅かに目を見開いた。

 

「だが次からは如何なる理由があろうと、私への攻撃は試験官への反逆行為と見做し即座に失格とする。留意しておくように」

 

「……はい♥」

 

 粛々と、だがどこか嬉しそうに頷き引き下がるヒソカ。

 本物のハンターが有する規格外の実力。そして湿原の恐るべき生態系の一端を目の当たりにした受験生の間には、既に先程までの浮ついた雰囲気はなかった。

 

「私を偽物扱いし受験生を混乱させ、何人か連れ去ろうとしたのだろう。こうした命懸けの騙し合いが日夜行われているのが、ここヌメーレ湿原である。……現に、決して少なくない数の受験生が騙され掛けた様子」

 

『いやぁ~ハハハ……』

 

 真っ先に騙されたレオリオと忍の男──ハンゾーが恥ずかしそうに笑い、他にも該当する幾人かが気不味げに目を逸らした。

 

「このような驚嘆すべき生態系が存在することを踏まえた上で、しっかりと私の後について来るように。あの人面猿のように屍を晒したくないのならば、くれぐれも油断はしないことだ」

 

 そう言ってアーカードは目的地へ向けて進路を取り、悠々とした足取りで歩き出す。相も変わらず不可解な挙動で高速歩行をする彼を見失うまいと、受験生たちは慌ててその後について走り出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 背の甲羅に疑似餌を生やし、人間をも一飲みにする巨大亀……キリヒトノセガメ。

 僅かな衝撃にすら反応して大量の胞子を撒き散らし、あらゆる生物を苗床にする茸……ジライタケ。

 即効性の睡眠毒を帯びる鱗粉を撒き散らしながら飛び回る蝶……サイミンチョウ。

 巧みに他生物の声を真似て誘き寄せ、大自然の罠へと獲物を引きずり込む烏……ホラガラス。

 地面に潜り上を獲物が通り掛かるのを待ち続け、その巨体を活かし丸呑みにする巨大な蛙……マチボッケ。

 

 これら様々な生物たちが受験生へとその牙を剥く。安全が保たれた人間社会に守られ生活する者にとって、ここヌメーレ湿原が形成する生態系は脅威の一言に尽きる。

 ただのアスリート、ただの格闘家では話にならない。大自然の掟を承知しやり過ごす術を弁えた者、そして類まれな運を味方につけた者のみがこの奇矯な食物連鎖が織りなす地獄からの生還を可能とするだろう。

 

 だが、ここに一つの例外が存在する。

 神より与えられた(押し付けられた)チートの恩恵に与る(クズ)。尋常の生物の領域を逸脱し、神話と伝承の世界に生きる幻想種……天翔ける幻獣に跨るカオルたち(卑怯者)三人は、湿原に蠢く生態系の一切合切をスルーして二次試験会場の手前まで到達していた。

 

「長く険しい道程だったわ」

 

「まさに生きるか死ぬかの生存競争!」

 

「恐るべし、ヌメーレ湿原……」

 

「いや、やり遂げたぜみたいな顔してるけど君たち、普通に空飛んで来たよね? やり遂げたのはヒポグリフだけだよね?」

 

 アーカードの至極真っ当なツッコミを知らぬ存ぜぬと聞き流す三人。ヒポグリフは地べたに座り込み呑気に欠伸をしていた。

 

 ヒソカを危険人物と見做し排除に乗り出した数人の受験生の襲撃に(かこつ)けて「試験官ごっこ」などと宣い虐殺に興じるヒソカと、それを見咎めたゴンとのぶつかり合いがこのヌメーレ湿原にて繰り広げられる……それが大まかな原作の展開だ。無論、念を修めたヒソカと未熟なゴンの力の差は大きく、ゴンは敢えなく惨敗を喫してしまう。だがこの戦いを切っ掛けにゴンはヒソカという強敵を知り、より強くなることを決意するのだ。

 これはゴンが力を希求し始める契機となる重要なイベントである。原作主人公として後に様々な困難に見舞われる未来が待つゴンのことを考えると、こういった機会に余計な手出しを加えるべきではない……そういう結論に達したカオルたち三人は流石に介入を自重し、ついでに走るのが面倒だからという理由で空路を選んだのである。被害に遭う受験生にとっては気の毒なことだが、自己責任と思って諦めてもらう他なかった。

 

「ところでさっきから疑問だったのだけど」

 

「何かね?」

 

()()は何……?」

 

 本来ならば二次試験会場となるビスカ森林公園の入り口には巨大な壁と門が設けられ、内より試験官ブハラの巨大な腹の音が鳴り響いていた筈である。

 だが、カオルが見る限りそこには壁も門もなく、ただ大きなドーム状の建物がぽつねんと佇んでいるのみであった。しかも見る限り入り口の扉以外に外と繋がるものはないらしく、窓や換気扇すらも存在しないようである。当然ながら扉は固く閉ざされ、中の様子を外から窺うことはできない。

 

「無論、エミヤ君が用意した二次試験会場だが」

 

「いやそれは分かるんだけど……何て言うか、邪気? 瘴気? みたいなのが漏れ出ている気がするのよね。不穏だわ、ひたすら不穏……」

 

 何しろ二大問題児の片割れが用意する試験である。この嫌な予感は気のせいではあるまい。

 そして一人、また一人と受験生が到着するにつれ、時間経過と共にその不穏な気配は増していく。それを感じ取ったのか、受験生たちは一次試験を乗り越えたにも拘らず顔色が優れないでいた。

 

 そしてゴンとクラピカが到着したところで時間制限を迎え、その時点でゴールに辿り着いていた者のみを合格とし一次試験は終了した。

 

「ご苦労だった、受験生諸君。そしてここビスカ森林公園が二次試験の会場となる。

 では、私はこれで。君たちの健闘と……()()を祈っているよ」

 

 てっきり最後までついて来ると思われたアーカードはここで試験から離れることを告げ、何やら不穏な言葉を囁きながら立ち去ろうとする。

 ますますカオルの中で疑念が深まっていく中、アーカードは立ち去ると言いながら何故か建物へと近付いていき、扉付近の壁に立てかけてあった(のぼり)を手に取り地面に突き刺した。

 

「何だあれ……えーと、『紅洲宴歳館・泰山』……? 何て読むんだ?」

 

「私にも分からないな……ジャポンの古語に似ているような気もするが……」

 

 その幟に達筆で記された漢字を読めずに首を傾げるレオリオとクラピカ。一方、カオルとアストルフォ、一方通行(アクセラレータ)の三人はその文字列が意味するところを悟り、総身を戦慄に震わせた。

 

「どうしたんだ、何か様子が……いやホントに様子がおかしいなオイ! 三人ともどうしたんだよ!?」

 

 三人の只ならぬ様子に気付いたキルアが気遣わしげに声を掛けるが、表情を蒼白に染め上げる彼らは只々震えるばかりで言葉もない。

 瞬間、突如として建物の扉が開かれる。内側から蹴破られたのではという勢いで開け放たれた扉の向こうから、まるで堰を切ったかのように熱気と煙が吐き出された。

 

「何事……ぐわあああああ目がああああああ!?」

 

「おい、どうし……ぎゃああああああ鼻がああああああ!?」

 

 溢れ出る煙が辺りに拡散する。それは凄まじい刺激を孕んでおり、立ち処に受験生たちの目や鼻などの粘膜に激痛を走らせた。

 

「おおおおおお!? 何じゃこりゃああああああ!?」

 

「何をぐずぐずしている。二次試験はこの建物の中で行われるのだ。早々に入らねば試験を放棄したと見做され失格となるが……?」

 

 絶叫を上げるレオリオにいけしゃあしゃあと入場を勧めるアーカード。だが彼はどこから取り出したのか、やたら本格的で軍にも採用されていそうなガスマスクで頭部を覆っていた。

 

「な、何だコレ……催涙ガスか何かか……!?」

 

「違うわ……いえ、カプサイシンであることは確かだけど、厳密には違う。これは、この臭気は……」

 

 あらゆる毒に耐性があるキルアですら涙を浮かべる中、オーラで体表面を防護したカオルが訂正を加える。

 曰く、地上に顕れし真紅の地獄。

 曰く、爆死の凶兆。

 曰く、辣油と唐辛子を百年に及び煮込んだ合体事故。

 曰く、オレ外道マーボー今後トモヨロシク──

 

 其は──

 

「泰山の激辛麻婆豆腐……!!」

 

 主に作品の枠を超え、世界に煉獄が具現した瞬間であった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ドーモ、受験生=サン。試験官のエミヤです」

 

 粘膜を襲う激痛に耐え建物の入り口を潜った受験生たちを出迎えたのは、剃り込みを入れた白髪を撫で付け、曼荼羅を思わせる意匠をあしらった黒衣に身を包んだ男だった。その肌は浅黒いを通り越して漆黒であり、鷹の目のように切れ味鋭い金の眼光が受験生らを睥睨していた。

 

「ぼ、ボブだあああああ!?」

 

「デトロイトのエミヤ、略してデミヤだあああああ!?」

 

「アラヤが俺にもっと囁けと輝き掛けている気がするんだZE☆」

 

 まさかのオルタ化に驚愕を隠せない三人と、何やら意味不明なことを口走っているエミヤ。彼の背後にある調理台の上には巨大な鍋が鎮座しており、今も絶えず刺激性の蒸気を噴き上げている。

 その鍋の中身が何かなど言うまでもない。いや、分かっているのはカオルたち三人だけなのだろう。他の受験生たちは訳が分からないといった様子であり、唯一理解を示している三人へと無言のままに説明を求めていた。

 

「……あの鍋の中身は、たぶん麻婆豆腐って料理だよ」

 

 周囲の視線を受けて口を開いたのはアストルフォだった。その正体が明白でありながら「多分」と前置きを入れるあたり、あれが麻婆豆腐であると認めたくないのだという心理が如実に感じられる。

 

「花椒の辛みである麻味(マーウェイ)と唐辛子の辛みである辣味(ラーウェイ)を最大の特徴とする四川料理さ。麻婆豆腐とは花椒と唐辛子、他には豆板醤(トウバンジャン)豆鼓(トウチ)などを加えて辛みを出し、炒めた挽肉と一緒に豆腐を煮込んだ料理……」

 

「り、料理だと!?」

 

「この刺激臭が料理だっていうのかよ!?」

 

 調理台がある時点で薄々察してはいたが、出来れば認めたくはなかった現実を指摘され受験生たちの表情が青褪める。

 料理とは食べるものだ。ではあの鍋の中身が真に料理であるというのならば、当然それは食べるために存在していることになる。となれば、食べるのは当然──

 

「その通り……受験番号383番君の言った通り、これは麻婆豆腐という中華料理の一種だ。諸君らにはこれを……完食してもらうッッ!!」

 

 エミヤ・オルタは金色の瞳孔*1を見開き、堂々たる宣言を行う。

 即ち、この麻婆豆腐とは名ばかりの物体Xを完食することこそが二次試験であると──!

 

「ふ、ふざけんなぁ!」

 

「オレはまだ死にたくねぇぞ!?」

 

「というか中華って何だよ!?」

 

 過酷なヌメーレ湿原を乗り越えた屈強なハンターの卵といえども、流石に立ち昇る湯気だけで呼吸困難にさせるような劇物を体内に入れたいとは思わなかったらしい。当たり前である。

 

「異論は認めん。この程度の刺激に耐える忍耐力なくしてプロのハンターは務まらん!

 それに貴様ら、これが料理ではないなどとほざいたが……喝ァッ!!」

 

 エミヤ・オルタの裂帛の気迫が大気を震わせ、泣き叫ぶ受験生たちを強引に黙らせる。

 そして彼は徐に調理台へと手を伸ばすと、無造作に置いてあった真紅に艶光る唐辛子を手に取り掲げてみせた。

 

「あ、あれは……!」

 

「知っているのかクラピカ!?」

 

「ああ……あれはバルサ諸島の極限られた地域でしか採取できない幻の唐辛子……その名も"死告辛子(クリムゾン・デス)"! 艶やかな真紅色の実はこれでもかという程の高い栄養価と薬効を秘めていて、一本食べればそれだけでステージⅣの末期癌患者ですら立ち処に完治させるらしい。

 だがその豊富な栄養価から古来より多くの生物からの捕食の対象であり、故に種族保全のため進化の過程で凄まじい辛さを具えるに至ったという……そのスコヴィル値、実に5000万……!」

 

 何故かその死告辛子(クリムゾン・デス)とかいう物騒すぎる名前の唐辛子についてやたら詳しい知識を披露するクラピカ。だがそれが本当だというのならば、その唐辛子は通常のタバスコの約一万倍の辛さということになる。とてもではないが人間が……否、生物が食べられるような代物ではない。1600万スコヴィルですら摂取すれば死に至る危険があるというのに、5000万などもはやギャグの領域である。

 勿論、こうして目の当たりにすればギャグでは済まないのだが。

 

死告辛子(クリムゾン・デス)は素手で触ればそれだけで重度の化学火傷を引き起こす……なのに見ろ、あの試験官は素手で触れていながらまるで堪えた様子がない」

 

「流石はプロハンターってことか……」

 

 堪えた様子がないのは全力全開の"凝"で手を守っているからである。……ぶっちゃけそれでも少し、いやかなり痛いのだが、そこはネタに全力を懸ける男エミヤ。素知らぬ顔で我慢である。

 

「……ってちょっと待て。このタイミングでその死告辛子(クリムゾン・デス)とやらを見せるってことは……」

 

「その通り! この麻婆豆腐には貴重な幻の唐辛子、死告辛子(クリムゾン・デス)を丸々一本使っているッ!」

 

『ふっざけんなああああああああ!?』

 

 この瞬間、全ての受験生の心が一つになった。この野郎、やっぱり料理じゃねえじゃねーか!

 

「辛いだけではなく栄養満点! しかも挽肉にはここビスカ森林公園に生息する世界で最も凶暴な豚……グレイトスタンプの新鮮な肉を使っている。素材にこだわり、調理法にこだわり、そして栄養にこだわった! 即ち、これこそが最高の麻婆豆腐であると自負する! 強烈な辛さを乗り越えた暁には、最高の旨味が待っていることを約束しよう!」

 

「その辛さを乗り越えるのが無理だって言ってんのよ!」

 

 とうとう我慢の限界を迎えたカオルが目に涙を浮かべながら叫ぶが、エミヤ・オルタはどこ吹く風である。汚い流石オルタ汚い。

 そうしている間にもエミヤ・オルタは次々と麻婆豆腐を皿によそっていき、どんどん配膳を進めていく。その手際は流石ヘルシング探偵事務所の厨房の一切を取り仕切るだけあり見事なもので、見る間に人数分の麻婆が卓上に並んでしまった。

 

「さあ、これより二次試験を開始する。皿に盛られた分を完食できればその時点で合格、できなければ問答無用で不合格だ」

 

 そう告げられて渋々席に着くものの、誰も麻婆豆腐に手を付けようとはしない。あのヒソカやギタラクルですら冷や汗を浮かべ二の足を踏んでいた。

 これから先の展開を想像してしまい暗鬱に顔を俯かせる者。そして既に試験合格を諦め啜り泣く者たちの悲観した空気が充満していく。

 

 だが、ある男の勇気ある行動がそんな悲観した空気に一石を投じた。

 

「~~~ッ、ええいままよ! オレはハンターになるんじゃああああ!!」

 

「ッ! よせッ! レオリオ!!」

 

 男レオリオ、赤き地獄へと挑む。彼は一切の手加減なく山盛りに盛られた麻婆の海へと(レンゲ)を突き込み、皿に口を付けるや勢いよく口の中へと掻き込んだ。

 ──掻き込んで、しまったのだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ──受験番号255番、プロレスラーのトードー氏。彼はこの時の様子を後にこう語っている。

 

『凄いもんだったぜ。ありゃあ人間の動きじゃねえ。これでもレスラーとしてそれなりに長いからな、人体にできることできないことはよーく理解してるつもりだった。

 飛び跳ねたんだ。まるでその瞬間だけ椅子に超強力な反発力が生まれたみてーだった。間違いなく座っていた状態にあったはずのレオリオさんが、ロケットのような勢いで天井付近まですっ飛んでいったんだよ』

 

 見てろよ、と言ってトードー氏は地面に足を伸ばして座り込んだ。

 するとどうだろう。彼は上体を動かして反動をつけるような真似もせず、まるで重力に逆らうような挙動でふわりと直立したのだ。

 

『今のは踵で踏ん張り、大臀筋の力だけで勢いをつけて立ち上がったんだ。それなりに鍛えたアスリートとか軍人とかなら誰でもできるようなもんだ。

 要するに、通常の数倍数十倍にまで達する筋力があればレオリオさんと同じことができるってことさ。……ああ、無理だ。人間に許された力じゃ、どんなに鍛えたところで座った状態から何十メートルも飛び上がるなんて不可能だよ。だがそれを可能にしちまったのが死告辛子(クリムゾン・デス)っていう化け物みたいな唐辛子なんだろうな。404番……クラピカが言っていた末期癌すら治す程の埒外の薬効。それが一つも病気のない健常者に作用すればどうなるかってことよ』

 

 その結果がレオリオの大跳躍である。垂直に飛び上がり、そのまま真っ直ぐに落下した彼は──

 

『失神していた……まあ当たり前だわな。ヒデェもんだったぜ。身体中の穴という穴から色んな汁を垂れ流して、何倍にも腫れあがった唇の端からは泡を吹いていた。

 正直死んだと思ったね。人は痛みで死ねる。銃で撃たれた奴が内臓の損傷や失血でもなく、痛みによるショックで即死するケースなんざありふれた話さ』

 

 ならば、やはり彼は──

 

『え? 「死んだのか?」って……レオリオさんがかい?』

 

『…………』

 

『ん~~~まあ無理もないか。あんたらはレオリオさんという(おとこ)を知らない。

 そりゃあ、あの有り様なら普通は死んだって思うよ……普通はな。だがこれはレオリオさんの話だ。普通なら心折れて然るべき状況、苦痛、脅威──』

 

 

『だが、レオリオさんは諦めなかった』

 

 

『失神していたのはそう長い時間じゃなかった。短時間で意識が復帰したってことはまだ相応のダメージが身体に残ってるはずで……覚醒したばかりの無防備な精神に襲い掛かる再度の激痛、常人なら発狂してもおかしくない状況だ』

 

 

『だが、レオリオさんは諦めなかった』

 

 

『辛いなんて次元を超越した極限の激痛に晒されながら、レオリオさんは手放したレンゲを握り直して再び麻婆に挑み掛かったのさ。「負けるか」とか「諦めねえ」とか、そんな勇ましいことは一言だって口にはしなかった。ただ無言でレンゲを地獄と口との間で往復させ続けた』

 

『この感動、この敬意、この昂り……これをいったいどう表現するべきかと考えてたら、オレは気付けば手を叩いていたよ。オレだけじゃねえ。クラピカ、ゴン、キルア、トンパ、それにヒソカも……受験生の誰もが期せずして同時に拍手を送っていたんだ』

 

『プロレスラーだってあそこまでの根性はねえよ。後から聞いた話なんだが、貧しい患者を無償で助けられるような医者になるためにハンターを目指してたんだって? 泣かせるじゃねえの……憧れちまうよな、そういう漢。だから、オレらもその後に続いたのさ。レオリオさんに、あの漢の中の漢に続けってな。

 いやァ~~~……覚悟はしてたつもりだったが、ありゃあ確かにひっでぇ辛さだった。辛いというか痛いというか、あれはもうテロだな。辛いんじゃなくて、テロい。

 オレも含めて阿鼻叫喚だったさ。失禁してる奴だっていた。けど誰もそいつを笑わねえ、笑うわけがねえ。何故って、その瞬間だけはオレら皆ダチだったからな。同じ地獄に挑む人間として、そこにライバルとか敵同士とか、そんな無粋なもんはなかったと断言できるぜ。誰もが必死になって、意識がなくなるその瞬間まで挑むことを止めなかった。そこまで頑張れたのは、レオリオさんが身体ァ張って前にいてくれたからよ。あれだけ熱いもん見せられちゃあ、オレらも一人の男として止まるわけにゃいかんわな』

 

『……え? 結局オレは完食できたのかって? あの麻婆を?』

 

『────…………』

 

 

 

『……また来年、男を磨いて出直してきます』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ゴトッと重い音を立て、意識を失ったトードーが机に頭を打ちつけるようにしてダウンする。完全に白目を剥いておりもはや復帰の見込みはないが、レンゲを握ったまま放そうとしないその姿は、彼の決して諦めまいとした執念の程を物語っている。

 熱気渦巻く会場では似たような光景がそこかしこで繰り広げられていた。もはや当初の諦観に支配されていた空気はどこにもなく、誰もが死に物狂いで麻婆豆腐に挑み掛かっている。その異様な空気を生み出す旗頭となった者がレオリオであることは言うまでもない。

 

 素質はある。才能もあるのだろう。だがそれはまだ開花しておらず、レオリオ以上の実力者などこの場には幾らでもいる。だが彼は、そんな者らにも決して負けない意思力があるのだと身を以て証明した。

 その諦めない心、逆境で輝く精神の煌めきこそがハンターの素質である。そう確信するネテロは気を失って倒れ伏すレオリオへと心からの賞賛を送った。

 レオリオの前にある皿は空である。疑いの余地のない完食だった。

 

「5000万スコヴィル……念能力者ではない普通の人間にとっては死んでもおかしくない猛毒です。ですが……」

 

死告辛子(クリムゾン・デス)が秘める強すぎる薬効が死ぬことを防ぐ。死による辛みからの逃避は許されぬ……意識の断絶のみを以て襲い来る苦痛からの解放が叶う。故に──」

 

「ついた渾名が"殺さずの死神"。古くは拷問にも使われたというこの唐辛子を、まさかハンター試験に使用する者がいるとは思いませんでした」

 

 ビーンズが戦慄を滲ませてその忌み名を口にする。

 死の淵にある重病人すら蘇らせるほどの力を持つ唐辛子が、何故医療に利用されないのか。利用しないのではなく()()()()──現代の技術では辛み成分と薬効を分離することができないのである。死告辛子(クリムゾン・デス)はかなり特殊な進化をした唐辛子で、辛み成分の中にこそ驚嘆すべき恩恵が宿っている。辛み成分が抜けた死告辛子(クリムゾン・デス)はもはやただのパプリカであり、その栄養価はキュウリ以下となってしまうのだ。

 

「しかし、宜しいのですか会長? 死にはせずとも、発狂に至る者は少なからず出るものと思われますが」

 

「問題ないじゃろう。元よりハンター試験において死者など日常茶飯事。というかそもそも……死告辛子(クリムゾン・デス)を丸々一本使ったというアレ、多分嘘じゃぞ」

 

「え?」

 

 ぱちくりと目を瞬かせるビーンズ。オーラの恩恵があるとはいえ、そうやって目を開けていられる時点でそれは明白である、とネテロは語った。

 

「もしそれが本当じゃったらこの程度では済まんよ。死告辛子(クリムゾン・デス)の辛さが5000万スコヴィルという情報は実は正確ではない。死告辛子(クリムゾン・デス)()()()()5000万スコヴィルなのじゃ」

 

「え"。唐辛子って中に結構いっぱい種ありますよね……?」

 

「うむ。故に"纏"程度で防げている時点で丸々一本なんて使っとらんと分かるのじゃ。使ったのは精々種一粒か二粒といったところじゃろうて。

 というか、死告辛子(クリムゾン・デス)って希少すぎて一本ウン億J(ジェニー)とかすんじゃぞ。もったいなくて一本なんて使えんわい」

 

「なるほど、そうだったんですか……」

 

「一見ふざけているようじゃが、意思力次第で乗り越えられるギリギリを見極めるバランス調整は見事。"忍耐力を問う"というエミヤの言葉は真実だったということじゃな。一次試験とコンセプトが半分被ってることに目を瞑れば悪くない試験じゃった。

 ……さて、ワシらはシャワー室が使えるように準備せんといかんのう。着替えも必要があれば支給できるよう手配してやっとくれ」

 

「了解しました、会長」

 

 そう言ってネテロはビーンズを伴い二次試験の会場を後にした。

 二次試験での合格者、24名。実に三分の二以上の受験生が脱落したことになるが、会場を後にする不合格者たちの顔は例年になく晴れやかだったという。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでビーンズや。本来二次試験を担当する筈だった二人はどうしてるんじゃ? ブハラはともかく、メンチは直前で割り込まれたことに文句を言っておるようじゃったが」

 

「メンチさんでしたら控室で麻婆豆腐を食べてますよ。『悔しい! でも感じちゃう!』とか言いながら」

 

「……美食ハンターの感性はよーわからんのー。あの劇物も美食の範疇なんかい」

 

*1
カラーコンタクトです




前書きで色々予防線張りはしましたが、それにしても何書いてるんでしょうね私は……本編でレオリオに全く出番がなかった反動かな?

取り敢えず、刃牙は面白い。みんな読もうネ。

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