実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい〜外伝集〜   作:ピクト人

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今回は全く話が進んでおりません。実質幕間の物語。
しかしもはやシナリオ進行だの設定の整合性などは(ほどほどに)無視すると決めた手前、どれだけ中身がなかろうと問答無用で(ネタが続く限り)投稿します。ピクト人、容赦せんッ。


転生野郎Aチーム続編~マーボー・エクスペリエンス・レクイエム──終わりがないのが終わり~

 

 何の前兆もなく、脈絡もなく──鋭い一閃が胸を貫き、霊核が崩壊する冷たい衝撃が総身を駆け巡った。

 

「────え?」

 

 ふと気が付くと、眼前には知識としては良く知る……されど、実際にはまだ出会ったことのない異形の姿があった。

 キメラアントの王、メルエム。この時期には生まれてすらいない筈の異形は獰猛に口元を歪め、その鋭い鉤爪でカオルの心臓を抉り出していた。

 

「……ッ!?」

 

 鮮血の代わりに飛沫が上がり、少女の形状を保てなくなった身体が崩壊を始める。液体であった身体はその性質を失い、まるで干からびるかのように硬く、脆く変じていく。

 立っていられなくなったカオルは崩れ落ち、陶器か硝子が割れるような甲高い音を立ててその身を散華させた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは無数の雑踏が織りなす喧噪の中にいた。

 人々の話し声、自動車の排気音、どこかの店頭から流れてくる賑やかなメロディ。人の営みが生み出す雑音に四方を囲まれたカオルは、己が交差点のど真ん中に佇んでいることを自覚した。

 

「ヤバ……!」

 

 妙に腹回りが涼しいと思えば、カオルはメルトリリスとしてのデフォルト──上半身だけを覆う黒衣と局部のみを貞淑に覆い隠すプレート、白銀に煌めく具足を剥き出しにしていることに気が付いた。

 慌てて魔力で編んだスカートで下半身を隠し、“秘密の花園(シークレットガーデン)”を発動し鋼の脚を生身の足に擬態させる。周囲から突き刺さる奇異の視線から逃れるように“絶”で気配を絶ち、全速力で路地裏に駆け込んだ。

 

「なになになに……何なのコレ、何が起こってるの……!?」

 

 路地裏の壁に背中を預けて座り込み、カオルは頭を抱えて呻く。

 カオルは混乱の極致にある思考を宥め、何とか現状を論理的に理解しようと努めた。だが千々に乱れる思考は一向に纏まる気配を見せず、むしろ混乱は増していくばかりである。

 

「霊核を砕かれて……死んだ? 私が?」

 

 服の上から強く胸を押さえる。心臓を抉られた痛みと身体が崩壊していくゾッとするような冷たさ。今以て芯に残るその苦痛(いたみ)が、あれは幻ではなく現実のものなのだと克明に訴え掛けていた。

 だがそれはあり得ないことだ。あの死が現実のものだと言うのならば、五体満足でここにいる己は何なのか。そもそもこの時期に王は生まれていないはず──いや待て。

 

「この時期……あれ、そもそも今っていつだっけ……? というか私は今の今までいったい何を……」

 

 過去に思いを馳せようとすると霞掛かったように思考が鈍る。まるで本能が記憶を辿ることを拒否しているかのような──

 

「あの、すみません……頭を抱えているようですが、大丈夫ですか?」

 

「!」

 

 声を掛けられたことで我に返ったカオルは路地裏の入口へと顔を向ける。逆光の所為で人相は窺えないが、声色と体格で成人男性のものだと理解できた。

 いや、それよりも──たった今、この男は何と言って声を掛けた? 聞き慣れた、だが酷く懐かしいそれは、紛れもなく日本語ではなかったか。

 

「お身体が優れないようでしたら救急車を呼びますが……」

 

「あ、ああ……いえ、大丈夫です。少し呆然としていただけで、体調に問題はありません。お気遣い頂きありがとうございます」

 

 他人に、それも見たところ念能力者ですらない一般人に弱った姿を晒すなどメルトリリスらしくない醜態だ。カオルは慌てて問題のないことを伝え、恥じらいを隠すように勢いをつけて立ち上がった。

 それにしても、路地裏で蹲る若い女なんて厄ネタでしかないだろうに、この男性はよく声なんて掛けたものだ。きっとそのお人好しな性根に相応しい柔和な面立ちの男性に違いない……などと想像を膨らませつつ、立ち上がったカオルは相手の顔を確認した。

 

 

「失礼、極道(ヤクザ)の方でしたか」

 

「違いますが……」

 

 

 研ぎ澄まされた刃物のような三白眼は得も言われぬ凄みを発する。190センチにも届こうかという巌のような体格がその雰囲気に拍車を掛け、目元に刻まれた皺は彼が歩んできた歴戦の程を物語っていた。

 見る者に威圧感を与えずにはいられぬ漆黒のスーツを過不足なく着こなすその姿は、彼がただの平の構成員ではないことを知らしめる。そこらのチンピラではあり得ぬ歴戦の風格を自然に纏うその佇まいから推測するに、おそらく十老頭に連なる大手マフィアの幹部クラスであろうことは容易に察せられた。

 

「あの……私、こういう者でして」

 

「え、名刺……?」

 

 カオルが一人頷いていると、男性は徐に懐から取り出した名刺を差し出してくる。マフィアが名刺を? と困惑しつつもカオルはそれを受け取り、まじまじと表記に目を走らせた。

 

「346プロダクションアイドル課、武内──え、346? アイドル? え?」

 

「はい、私346プロダクションの武内と申します。決して暴力団の者ではなく……」

 

「あ、あらいやだ。私ったらとんだ失礼を……あ、アハハ……オホホ……」

 

「ああ、いえ、お気になさらず。よくあることですので」

 

 引き攣った笑いを浮かべるカオルを見て、慌てて気にしていない旨を伝える男性。だがカオルは決して失礼な勘違いをしてしまったことに狼狽えているわけではない。

 

 日本、346プロ、アイドル、武内P。これらの要素から導き出される結論を述べよ。

 もしかして:アイドルマスター

 

(シンデレラガールズぅぅぅぅぅ!?)

 

「藪から棒に申し訳ありません。アイドルに興味はありませんか?」

 

「#$%&!?」

 

 新シリーズ、『HUNTER×HUNTERの世界で死んだと思ったらTHE iDOLM@STERの世界に転生した件について』──始まります。

 ではなく。

 

 何なのだ、これは! どうすればいいのだ!? 落ち着きかけていた心は再び千々に乱れ、カオルを混乱の坩堝へと叩き落とした。

 気が付いたらメルエムに殺され、死んだと思えば今度はアイマスである。こんな展開を誰が予想できるものか。キャラ崩壊レベルで狼狽するカオルを誰が責められよう。

 

「よろしければお名前をお聞かせ願えませんか」

 

「あ、はい。藤原薫で……じゃなくて! その、今はそれどころじゃ」

 

「藤原薫さん……素晴らしいお名前です。貴女には是非とも346プロダクションでアイドルとなって頂きたいのですが」

 

(ぐいぐい来ますねアナタ!?)

 

 謎の押しの強さを発揮し熱心な勧誘(スカウト)を敢行する武内P。ここで「何故私をアイドルに?」と訊けば「笑顔です」と答えてくれるのだろうか。

 

「貴女からは安部さんや佐藤さんに通ずる底力、そして高垣さんを思わせるカリスマ性を感じます。きっと……いえ、必ずやトップアイドルまで上り詰めるでしょう。その栄達に至るお手伝いをさせて頂きたいのです」

 

 安部さんと佐藤さんとはもしかしなくとも“ウサミン”と“しゅがは”だろうか。色物と言いたいんかワレ。

 高垣さんとはあの高垣楓であろう。成人組筆頭、圧倒的歌唱力と個性で人気を博すトップアイドルの一角。まあ中の人同じやし。

 

「…………せ」

 

「せ?」

 

「(声優被りはアイマス的にNGなので)無理です────!!」

 

「あッ! 待って下さい、せめて見学だけでも……!!」

 

 いよいよ処理能力の限界を迎えたカオルの脳は思考を放棄し、生物の本能に根差した危機回避手段「逃走」を選択。全ての問題を棚上げし、脇目も振らぬ脱兎の如き逃避行を開始した。

 

 武内Pの頭上を飛び越す大跳躍を敢行し、路地裏を脱したカオルは人込みに紛れようと先ほど目覚めた時に立っていた交差点に駆け込む。

 その時、そこに運悪く居眠り運転により暴走した大型トラックが突っ込んできた。普通ならば大惨事間違いなしだが、生憎とここはアイマス世界。スプラッタNGの優しい世界である。交差点上にいた人々は超人的な反応でいち早く暴走トラックに気付き、驚き叫びながらも整然とした動きで人同士でぶつかることなく避難を完了させた。

 

 だが、ここに一つの例外が存在する。

 神より与えられた(押し付けられた)チートの恩恵に与る(クズ)。犬も歩けば人が死ぬ命の軽い世界より罷り越したこの少女こそは、世界が定めし法則(ルール)の外側に座するイレギュラー。そんな例外に優しい世界特有の強制力が適用される筈もなく。

 

「転生トラックッ」

 

 反響する衝突音。ロケットの如く打ち上げられる身体。速やかに輪廻転生の輪を突破。カオルは死んだ。スイーツ(笑)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは熱気渦巻くライブハウスの中にいた。

 カオルの手には何故か美味しそうなチョココロネ。舞台上では五人の少女が楽しそうに楽器を奏で、それを観賞する観客たちは興奮の坩堝にある。どうやらカオルは観客席の最前列にいるらしく、呆然とする彼女はライブハウスの主役たちへと視線を向けた。

 

 ギター担当の少女は何故か歯ギターをしているため顔が見えない。流れるような黒髪だけがギターの後ろから覗いている。

 ベース担当の少女は何故かチョココロネを観客席に向かってばら撒いている。カオルの手にあるチョココロネも彼女が配ったものなのだろう。

 ドラム担当の少女はスティック三刀流という離れ業を披露している……かと思えばスティックの代わりに握っているのは麺棒であった。何でさ。

 キーボード担当の少女は憔悴した表情で奇行に走る他メンバーへと諦観の眼差しを向けていた。お疲れ様です。

 

 そしてメインボーカル&ギターの少女は──

 

「みんなーっ! キラキラドキドキしてますかーっ!?」

 

 星々の煌めきを瞳に宿したその少女は、心の底から楽しそうにギターを掻き鳴らし、歌を紡ぐ。今この瞬間こそが人生の絶頂(キラキラドキドキ)なのだと高らかに歌い上げる栗色の髪の歌姫。彼女の名は──

 

「……戸山香澄?」

 

「いえーすっ! まいねーむいずカスミ・トヤマー!」

 

「え、ちょ……!?」

 

 こんな騒がしい中で、最前列にいたとはいえカオルの呟きが聞こえたのか。戸山香澄と思しき少女は舞台上から手を伸ばしカオルの手を取ると、その細腕からは信じられぬ力で引っ張り上げた。

 これもライブパフォーマンスの一環なのだろうか。いや、キーボード担当の「香澄お前マジか」みたいな視線から察するにアドリブなのだろう。

 

「さあ、一緒にキラキラドキドキしよう!」

 

 目を白黒させるカオルを余所に、少女はカオルの肩を抱き寄せマイクを向けてきた。一緒に歌えということなのだろうが、今以て混乱の渦中にあるカオルに咄嗟のアドリブなど望むべくもない。

 不幸中の幸いは今この五人が奏でる楽曲に覚えがあることだろうか。歌詞が分かるのなら合わせるのも難しくはない。

 

(ええい、ままよ!)

 

 覚悟を決めたカオルは差し出されたマイクに口を近付け息を吸い込んだ。

 楽曲は『Yes! BanG_Dream!』──いざ。

 

 

「お姉ちゃんを誑かす雌猫はキサマか────ッ!!」

 

「ときおみッ」

 

 

 背中から心臓目掛けて突き込まれるナイフ(元より飛行機の予約などしておりませんので)。舞台裏から飛び出した少女は真っ直ぐにカオルへと突撃し、姉に近寄る不届き者へと天罰を下したのだった。

 明日香ちゃん、アナタそんなキャラじゃないでしょう──そんなカオルのツッコミは誰の耳に届くこともなく暗闇へと消えていった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは死にゆく村の外れで漆黒のローブを纏う骸骨と向かい合っていた。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉──え?」

 

「ぶぇ」

 

 直後、カオルの霊核はしめやかに爆発四散。状況を理解する間もなく絶命した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは高濃度のエーテルが渦巻く一室に佇んでいた。

 白一色で満たされた無機質な部屋の床には精巧緻密に構成された召喚陣。祭壇には巨大な大盾が掲げられ、中央に刻まれた妖精文字が残滓の燐光を放っていた。

 

「ギャアアアア福袋で被ったァ──!! しかも宝具五被り! これだから闇鍋はあああ!!」

 

 耳を劈く叫喚にビクリと肩を震わせ、ようやくカオルはこの部屋にいる自分以外の存在に気付く。

 それは妙に頭身の低い人型だった。人数は三人。一人は頭を抱えて狂乱する橙色の髪をサイドテールに結んだ少女。もう一人は片目を前髪で隠したサーヴァントの気配を漂わせる少女。そして最後の一人は、明確にサーヴァントと分かる気配と魔力を纏う妙齢の女性である。

 

「で、でも先輩! 来て下さったのはメルトリリスさんですよ! 復刻ガチャで狂ったように回して宝具レベルをMAXにしたほど思い入れのあるサーヴァントではないですか!」

 

「そうなんだけどさぁ……嬉しくないわけじゃないんだけど、せっかくの星五確定ガチャじゃん? 未召喚の鯖が欲しいと思うのが人情ってもんだぜなすびちゃん。それに宝具五被りなんて使い道ない……え、監獄塔イベ復刻? レアプリ消費で? それは本当かいダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 サーヴァントの女性に耳打たれた橙色の髪の少女が顔色を変えてカオルに視線を向ける。その瞳と目が合ったカオルは息を呑んだ。

 それは暗黒(リヨ)。それは深淵(リヨ)。それは虚無(リヨ)。およそ人のものとは思えぬ狂気を湛えた瞳は虚ろにカオルを映し、物欲に塗れた悍ましき眼光で彼女の五体から自由意思を奪い去った。

 

「じゃあそういうわけだから」

 

「…………ッ!! …………ッ!?」

 

「ホントに不本意だけど! ホントに不本意だけど!! 日々素材不足に喘ぐ我がカルデアにおいて報酬が美味しいイベントは見逃せないので──貴様はレアプリの刑だ」

 

 ガシャン、という物々しい駆動音を上げてサーヴァントの女性の左腕に装着された巨大な篭手が変形する。その掌から迫り出した砲口の奥より超圧縮された魔力の熱線が迸り、カオルの総身を灼き尽くした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは再び現代日本の街中に佇んでいた。

 

 またアイマス世界だろうか。そう思い周囲を窺うカオルの前に長身の男性が立ちはだかった。

 その特徴的な三白眼とスーツ姿は紛れもなく武内Pだ。しかし様子がおかしかった。理知的で落ち着いていた筈の雰囲気は見る影もなく、まるで落ち武者のような荒々しく血腥い鬼気を総身に帯びている。

 

 

「なぁ……

 笑顔だ……

 笑顔だろう……

 なあ、いい笑顔だろうおまえ」

 

「ヒエッ」

 

 

 修羅の気配漂わせる武内Pの姿にカオルは総毛立ち息を詰まらせる。その眼光はカオルの表情の奥に潜む笑顔をも見透かすように鋭く、首級(しるし)を求める武士(もののふ)の如き凶相にはプロデューサーらしさなど欠片も存在しない。

 汝はアイドル、笑顔ありき。

 

アイドルに興味はありませんか(せめて名刺だけでも)──!」

 

「ぬわーっ!」

 

 神速で突き出される名刺は暴風を生む。それは「名刺を受け取らせる」という結果を作ってから「名刺を差し出す」という原因を作るという必中の一手。因果逆転の名刺捌きである。

 権能の領域に踏み込んだ魔人の絶技がカオルに襲い掛かる。それを凌ぐ術をカオルは持たず、故に彼女は為す術なく名刺の一撃をその身に浴びた。

 

 そして「アイドルプロデューサーの名刺を受け取る」という行為は「アイドルになることを了承した」という事と同義。それは世界に刻み込まれた絶対の法則であり、その強制力には英雄複合体たるメルトリリスにすら抗えない。なればこそ、直後に起きた事象はコーラを飲めばゲップが出るっていうくらい必然の事であった。

 

 霊基の変質。夏の魔力によりサーヴァントが水着を帯びるのと同じように、カオルの霊基が変化を起こす。破廉恥な黒衣と前貼りは消え失せ、可愛らしいフリルに彩られた煌びやかなアイドル衣装が身体を包む。殺傷に特化した鋼の脚からはあらゆる棘が消失し丸みを帯びた。

 変化は外面だけに留まらない。他者への加害によって興奮を覚える「加虐体質」すら変質し、他者(ファン)へ奉仕し魅了することに悦びを感じる「アイドル体質」へと変革を果たしたのだ。

 

 だが、その変異がカオルの羞恥心に触れた! フリフリでヒラヒラで媚びっ媚びの衣装などメルトリリスには相応しくない。どこぞのドラゴン娘ならばまだしも、自分がアイドル衣装に身を包むなどカオルには受け入れ難いことだった。

 その羞恥心による拒絶反応が精神の急激な崩壊を招き、“アイドルリアリティショック(IRS)”を引き起こした。カオルの五体はしめやかに爆発四散! ショッギョ・ムッジョ!

 

「サヨナラ!」

 

 正視に耐えぬ断末魔と共にカオルの身体が爆散する。ハイクを詠む暇すらない即死だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは戦火に焼かれる戦場跡に佇んでいた。

 

 

「マイネェェ────ム! イズ! ギョウブマサタカァ! オニワァアア────!!」

 

「えっ」

 

 

 伽藍の戦場に轟く武士(もののふ)の喚声。現れるは黒王号も斯くやという巨大馬に跨る世紀末覇者の如き巨漢。鎧兜を纏い巨大な大槍を担いだ武士は真っ直ぐにカオル目掛けて疾駆し、颶風を巻き上げて獲物を叩き付けた。

 

「大手門は開かぬ門! Repeat after me!」

 

「大手門は開かぬもんッ」

 

 避ける隙を与えぬ速攻。反抗を封じる剛撃。数多の狼たちの屍を築き上げた鬼庭刑部の槍捌きにカオル如きが敵う道理もなく、また一つ開かずの伝説を彩る紅蓮の華を戦場に咲かせたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは今にも百貌のハサンへ吶喊せんとする『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の眼前に佇んでいた。

 

「無理やん」

 

 こちらに気が付いたライダー・イスカンダルと目が合ったような気もするが、その時点で既にブケファラスの雷蹄はカオルを轢き殺すコンマ一秒手前にあった。

 

 飛び出すな 『始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)』は 急に止まれない

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは(ry

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ちょっと待って今すごく雑に即死した気が」

 

 気付けば(ry

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「オラッ! 催眠! 催眠! 催……この子催眠掛けるまでもなく意識ないんじゃね?」

 

「ホンマや」

 

「カモやんけ」

 

「……(返事がない。ただの屍のようだ)」

 

 間断なく遅い来る死の洗礼に、束の間カオルは意識を手放した。(マグロ)と化した少女の肢体へと卑劣漢たちの魔の手が伸びる。

 しかし林檎の審査すら突破した前貼りの防御は強固だった。そもそも凶悪なウイルスを帯びる魔人の五体に不用意に触れるなど自殺行為なのだが。

 

 意識がないからこそウイルスは無差別に牙を剥く。申し訳ないが当小説は全年齢対象です。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルはとある遊園地の一角にあるステージの前に佇んでいた。

 

 

「私の仕事は、人間を笑わせる、ことっ…! 私の仕事は、人間を、わらwa……」

 

 ピロロロロロ(ザー) ピロロロロロ(ザー)

 

「──滅亡させること!」

 

 ベローサ!

 

 ゼツメツライズ!

 

 

 突如として舞台上にいた人間──否、人型の機械が火花を散らして異形の姿へと変貌する。昆虫を想起させるその五体に充溢する無機質な殺意は全て無辜の人々へと向けられていた。

 具体的にはステージの観客席にいた人々へと。そして何故か最前列にいたカオルが真っ先にその標的になるのは必然であり。

 

「GYAOOOOOO──!」

 

「アバーッ!」

 

 前腕部に装着された大鎌から射出される衝撃波が情け容赦なくカオルを切り刻み、その矮躯を木っ端微塵に四散させた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「食うか──?」

 

 やだよぅ……たすけてきあらさま……──

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 これで何度目だ……。

 あと何度死ねば終わるのだ……。

 死は終わりではない。死ねば新たな世界へと移動し、そこでまた死ぬ。

 もはや目覚めは苦痛であり、死もまた救い足りえない。

 

 

「くっ……ハァ、ハァ……くぅ………ハァー……!

 わ、私は何回死ぬの!? 次はど……どこから……い、いつ“襲って”くるというの!?

 

 私は!

 

 私はッ!

 

 私のそばに近寄るなああ────ッ!!」

 

 

 

 

 

「……きて! 起きて! カオル!」

 

「…………ハッ!?」

 

 気付けば、カオルは十二畳ほどの広さの一室に横たわっていた。

 視線を動かせば傍らには心配そうにカオルの顔を覗き込むアストルフォの姿があった。

 

「お……思い、出した……!」

 

 悪夢に魘されていたカオルは漸くこれまでの経緯を思い出した。大過なく一次試験を突破した彼女たち三人を襲った赤き地獄。何とか完食することには成功するも、あまりの激痛に意識を失って倒れてしまったのだ。

 

「あ、あのガングロ贋作野郎ぉぉぉぉ! やって良いことと悪いことの区別もつかんのかぁぁぁぁ!!」

 

「いやー酷い目にあったねー。あの後カオル含めて殆どが気絶しちゃってさ、全員を運び出すの大変だったんだから!

 あ、ちなみにここは飛行船の中ね! もう三次試験に向かって飛んでる最中だから!」

 

「……え、じゃあ生き残ったのはこの部屋にいるので全員? 見たところ二十人もいないみたいだけど」

 

「ああ、先に起きた何人かはシャワー浴びたりトイレ行ったりしてるよ。全部で24人残ったみたい」

 

「原作より随分減ったのね……あの四人は……」

 

 見たところ主人公組四人の内レオリオの姿はこの部屋にはないようだった。

 いや、レオリオだけではない。一方通行(アクセラレータ)の姿もここにはなかった。というかそもそもあの白モヤシは完食できたのだろうか。

 

「大丈夫大丈夫、レオリオも一方通行(アクセラレータ)も無事に突破してるよ。今二人はトイレに籠ってるみたい」

 

「ああ、それは……お気の毒に」

 

 辛いものを食べた後の排泄はキツイものだ。それがあの麻婆ともなれば言うに及ばず。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ※その頃のレオリオと一方通行(アクセラレータ)

 

 

「うぉぉおおお!! ケツが死ぬほど痛てぇぇぇぇ!?」ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!

 

「…………(返事がない。ただの屍のようだ)」ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!

 

 

 一本食べれば重病をも一瞬で完治させる死告辛子(クリムゾン・デス)の薬効は凄まじい。麻婆の中に溶け込んだ僅かな量であっても身体中の老廃物や本人すら自覚していない病魔の種を取り除き、排泄物と共に体外へ排出してしまうのだ。

 なお、その時の痛みの程は言うまでもない。死告辛子(クリムゾン・デス)が“殺さずの死神”と恐れられる所以の一つである。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「私はそもそも排泄を行う機能そのものが存在しないから問題ないけど」

 

「全身流体だもんね。ボクはそもそも余裕……とまでは行かなかったけど、ワリと大丈夫だったからね! 身体強化で内臓機能も強化しちゃえばオッケーさ!」

 

「そういえばアナタ強化系だったわね……」

 

 だが身体強化では辛さまでは誤魔化せまい。恐らくは『理性蒸発』のスキルが良い方向に機能した結果なのだろう。

 とまれ、これで最大の不安要素だったエミヤの試験は突破できたということだ。ハンター試験において一人の試験官が担当する試験は一種類が原則。もうアーカードもエミヤも手出しは出来ないだろう。

 

 汗腺が存在しないため汗をかくことのないカオルだったが、生前の名残か無意識に汗を拭う仕草をし壁に寄り掛かる。

 こうして目覚めた後にも克明に思い起こせる悪夢で体験した“死”の数々。思い出すだに怖気が走る忌まわしき記憶。まさか食べるだけであれほど魘されるなど想定外としか言いようがない。体験したあれらが全て夢であったことに安堵しつつ、カオルはそっと目を閉じた。

 

 そして祈る。願わくば、以降の試験は平穏無事に終わりますように、と──

 


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