Jingle All The Way To Triumph 作:TAC/108
第二層に辿り着いた彼らは、再び英雄王ギルガメッシュに挑む。
「手始めに
ギルガメッシュは宝具『
一瞬の後、爆発めいた衝撃と共にナポレオンが飛び出す。セイバークラスとなったことで全体的な身体能力が強化されたのか、その踏み込みは財宝の射出より遥かに速い。宝物庫より放たれた刃の数々は、ナポレオンに掠ることもなく地面に突き刺さった。
宝物庫から黄金の剣を袈裟懸けに振り抜き、ギルガメッシュとナポレオンは鍔迫り合いの格好となる。
「ほう、剣技の心得もあったとはな……なかなか骨のある
足元に出現した孔から、名も知らぬ魔剣の刃が覗く。それを確認したナポレオンは飛び退き、上空から襲い来る『本命』……雨の如く降り注ぐ宝剣の数々を切り払った。
隙を生じぬ二手の攻勢。仕掛け時を的確に見計らう技量と、強力無比な宝具の数々。平時とは明らかに異なる戦闘スタイルだ。それは怒りによって冷静さを欠いていた一度目とは違い、最初から『本気』を出している状態に近い。切り抜けるのは至難の業だろう。マスターである立香が、現状狙われていないのは幸いか。あるいは、そもそも狙う必要すら無いのか。
ともかく、立香が狙われない限りは勝機がある。第二宝具・聖剣ジュワユーズの真名解放という切り札が、ナポレオンには存在するからだ。
不意を突くように放たれるギルガメッシュの剣戟をいなしながら、ナポレオンは次の手を模索していた。
「良い。この
ギルガメッシュが『
刃をドリルめいて回転させながら、ナポレオンめがけて突き入れる。
「オーララ……見るからに危険な形状、ゴキゲンじゃねえか」
「ハ、神代の遺物とは言え道具は道具。使わねば持ち腐れるのでな、特別にお披露目というヤツよ。聖夜に相応の褒美であろう? 存分に拝領するがいい」
茶目っ気というには物騒な、ドリルじみた回転を見せる刃をギルガメッシュが右手で突き入れる。ナポレオンは間一髪で横っ飛びに避け、反撃で回転剣を叩き落とす。後ろに廻した左腕から迫る斧の斬撃を弾き、次いで投げつけられた黄金の剣も斬り払って軌道を逸らす。
元が
とはいえ、状況としては千日手に成らざるを得なかったのも事実である。ナポレオンの剣技は防勢と反撃に特化しているが、襲い来る宝具の数々を払いのけるのみに留まり、決定打を叩き込むには至らない。
ギルガメッシュの財宝は強力だが、その攻勢は悉くナポレオンに防がれる。一対一の戦闘技術においてはナポレオンが上回る形となり、宝具の威力を発揮出来てはいない状態である。
双方、共に必殺の切り札を使う必要がある。
状況打開の一手は、二人の宝具が握る状態となっていた。
「(
ナポレオンが立香に念話で問いかける。
「(あと二画)」
「(その二画を全て貰う。魔力リソースとして使わせて貰うぜ。宝具解放だ)」
「(了解)……令呪二画を以て命ずる。セイバー、ナポレオン・ボナパルト……第二宝具を解放せよ!」
立香の右手の甲にある令呪が赤く光を灯し、搔き消える。
その様を見ていた英雄王は、ニヤリと笑い宝物庫に手を伸ばす。
「ふむ、力量に疑問の余地は無し。では宝物庫の鍵を開ける。これより先の地獄、生き延びてみせるがいい!」
引き抜かれたのは、赤く光る文様を備える、黒い円筒のような刃を持つナニカ。剣と呼ぶには異質過ぎるソレは、『剣』という概念が生まれる以前に造られたものであり、便宜上刀剣として扱われているに過ぎない神の遺物である。
黒い円筒は三段に分かれ、それぞれが別々に駆動し回転する。回転が増す毎に、地面が……いや、空間そのものが悲鳴を上げるように引き攣り、鳴動する。刃の回転が風を巻き込み、赤き暴風の渦となって剣を覆い始めた。
この剣こそは、英雄王ギルガメッシュただ一人にのみ許された、唯一にして至高の宝具。無銘にして最強とも言うべき、原初の地獄の具現。
ギルガメッシュはこの剣を、
バビロニア・シュメル神話圏における知恵の神エアの名を冠した剣。
創世を知り、創世以前の地獄を語るモノ。
「裁きの時だ。天地は分かれ無は開闢を言祝ぐ。世界を裂くは我が乖離剣」
死の風が荒れ狂い、虚空にヒビが入る。石塔の崩落も御構い無しとばかりに出力を高めた乖離剣を、英雄王は自身の真上に向ける。
この状況に、ただ指を咥えるだけの生命はいない。
逃げるか、あるいは剣を取り立ち向かうか。
「一夜一時の奇跡のため、此処に我らは虹を架ける!」
ナポレオンが構えるは聖剣ジュワユーズのレプリカ。シャルルマーニュ伝説に伝わる極彩の剣。その刃を白く輝かせ、背後に虹の七色に対応した、七本の剣が出現する。
「最も新しき伝説の聖剣よ、闇夜を照らし光を示せ!」
闇を照らす先駆けの光。虹の流星は一夜の幻でありながら、記憶の中に光を残す。
両者が剣を振り上げる。
一切を吹き飛ばす地獄の暴風、対するは空駆ける七つの星。
その名は——
「死して拝せよ……『
「『
世界を切り裂く風が吹き荒ぶ。鮮血の如き色をした風が、突き進む七つの光を捉えた。
威力では乖離剣の方が上だ。伝承の存在しない剣に劣る道理は無い。
しかし、ギルガメッシュは己が見た光景に目を剥くことになる。
「競り合う、だと……?」
ナポレオンが繰り出した七つの光。それは彼が出現させた七つの剣だ。それ自体の威力は、いくら聖剣の名を冠するとはいえ、乖離剣に勝るものでは断じてない。
では……何故
その疑問に答えを返したのは、他ならぬナポレオンであった。
「当然だ! この剣は願いによって鍛えられ、この身は願いを叶えるために空を駆ける! その願いは誰のモノか……」
「己の後ろを往く者達、遍く臣民の願いだと……だがそれだけで乖離剣に対抗なぞ出来るものかァ!」
「そうさな、だが……人民の願いを受けたこの剣なればこそ、
七つの光は収束し、虹色の光となって地獄を駆ける。その光を追って、ナポレオンが駆け出し、光と一つになってギルガメッシュに向かっていく。だがあと一歩というところで英雄王には届かない。一歩を届かせる何かがあれば……ナポレオンが微かにそう思い始めた瞬間。
「『瞬間強化』、届けェーッ!!」
正真正銘、最後の一手。ナポレオンの背中を押したのは、後ろに控えていた立香の援護だった。
瞬間的な魔力増幅によって、攻撃の威力を増加させるだけの単純な強化。しかし単純故にその一手は強力であった。
「貰ったぜ、英雄王ォーーッ!!」
逆風に立ち向かうように、刃を突き入れる。
決定的な一撃が入る直前の一瞬、ナポレオンはギルガメッシュの表情を見た。
歯を覗かせ、満足げに笑みを見せた英雄王。その表情には一点の曇りも無い。
光は、地獄を超えて黄金の王を突き抜けた。
◆◆◆◆◆◆
勝負は終わった。ナポレオンは膝をつき、立香の礼装によって回復処置を受けていた。
その背後に、ギルガメッシュは立っている。
輪郭が薄れ始め、淡い光を放っている。カルデアへの帰還の光、特異点からの退去であった。
「沙汰を言い渡す」
簡潔に、立香達の方を向かないまま、ギルガメッシュは言った。
戦いを通して、彼らのサンタクロース稼業に対する裁定を言い渡すというのである。
「及第点だ。初めてにしては良くやったものよ。
「お褒めに預かり光栄ッてな。いやしかし、悪かった。ロクなプレゼントも用意出来なんだが……
「当然よ。
「「なっ……!?」」
立香とナポレオンが瞠目する。驚愕する二人をよそに、英雄王は最後の言葉を贈った。
「つまりはな、サンタクロースとしての気概を問うているのだ。欲する貢ぎ物が用意出来ない場合、何らかの埋め合わせを行うのが道理であろう。代替品なぞで満足する
「わざわざ戦ったのもそれが理由?」
「その通りだ。
言い終えて、ギルガメッシュはようやく二人に向き直った。姿はほぼ曖昧になっていたが、射貫くような視線は健在だ。
「改めて言うが——此度の働き、大義であった。見事この事件を解決してみせよ」
そう言って、黄金の英雄王は完全にこの世界から退去した。
「あの英雄王に、褒められた……」
嵐の後の静かな一時。
だが、休む暇は無い。第二の王を超えた先には、最後の王……
ナポレオンは第二層に別れを告げるべく、おもむろに立ち上がり、第三層へと続く扉を開けた。
つづく。