Jingle All The Way To Triumph 作:TAC/108
石塔の主フリードリヒ・ニーチェは、自らがこの騒動を起こした目的を語った。
騒動に決着をつけるため、ナポレオンとニーチェは全霊を賭した最後の戦いに臨む。
星の煌めく宇宙と化した、無限に広がる戦場。一歩踏み間違えれば足を取られそうな錯覚を覚えつつ、後方に控える立香はしっかと足を踏み締める。
先手はナポレオンが取った。たとえいかなる摩訶不思議の力を使うにせよ、戦闘経験ではかつては軍人でもあったナポレオンが先を行く。一瞬で間合いを詰め、聖剣を振り抜くが——。
ガシリ、と奇妙な音を立てて刃が止まった。いや、止まったのではない。
「バカな!?」
「文人が直接戦闘において遅れを取る、という認識は改めた方が良い」
力を振り絞って強引に刃を動かそうとするが、抑えつける力が逆方向から掛けられ微動だにしない。完全に無防備となったナポレオンの顔面に、ニーチェは右の拳を喰らわせる。
「ぐおッ!?」
「剣を手放せ。さもなくばもう一撃入れるまで」
言うが早いか鉄拳が飛ぶ……が、ナポレオンはすかさず姿勢を落として回避する。低姿勢のまま跳躍し、剣を放棄して距離を離す。ニーチェは掴んだ剣を前方に投げ捨て、腰を落として構える。
「(なんて威力だ、アレが哲人の拳か? ……いや、
「ナポレオン、後ろ!」
「ッ!?」
考えを巡らせる時間も取らせず、ニーチェが背後から貫手で胸を刺しにかかる。ナポレオンは至近距離でニーチェの顔面に肘を突き出すが、目の前で姿が搔き消え、次の瞬間には無防備な脇腹に蹴りを叩き込まれていた。肋にヒビが入るような感覚を覚え、ナポレオンは立香の遥か後方に吹き飛ばされる。
僅かな時間で気配すら悟らせずに背後に回るほどの敏捷性。
闘争に生きた英霊達に匹敵しかねないほどの徒手空拳の威力。
それらは哲学者として名高いニーチェからは想像し得ない、恐るべき肉体的暴力である。
……立香とてただ指を咥えるばかりではない。彼女はナポレオンが圧倒される様を観察し、過去の記憶に類例を探していた。古今東西様々のサーヴァントと契約した彼女は、サーヴァントの特性についてもある程度理解があった。
「(フリードリヒ・ニーチェ……文化人かつ戦闘面では強力なサーヴァントは……)」
——該当者が多すぎる。文化人・芸術家の英霊は、生前及び後世における評価や逸話により、戦闘において強力なサーヴァントになるパターンがある。条件を絞らなければなるまい。
立香は後方に吹き飛んだナポレオンに、念話でメッセージを送る。
「(どれほど強力な英霊でも、弱点はある。いや……
無茶ではあった。だが、令呪という最大のパワーソースを失い、一度しか使えないであろう
立香の案にナポレオンは、ただ一言のみを返す。
「(
返事を受け、立香は風の如く突き進むナポレオンを見遣り、その目に二人の戦いを映す。
ニーチェの体捌きは防御と反撃に特化している。斬撃は手で払う、或いは身体を揺らして避け、打撃は搦め取って無効化、もしくは逆位相の力をぶつけ、隙を生じさせて反撃に繋ぐ。おそらく単純に接近戦を挑んでは、セイバーの霊基を得たナポレオンであっても勝てはしない。宝具があれば別だが、おいそれと使うわけにもいかない。
幸いにもニーチェは、立香ではなくナポレオンとの
立香はニーチェが『いかなる英霊であったか』を、これまでの対話から探っていた。
——その属性は『神秘の否定』。ヒトの時代を拓く者。
ジャンヌ・リリィや『三人の王』を、彼は自らの宝具や何らかの術技によって縛り付けた。ヒトの精神を定義し、神秘たるモノをただの物理現象にまで零落させる、冷徹な視線を持つ存在。
——その力は『体技』。肉体を使い、外界と交わる者。
霊基の変質があったとはいえ、聖杯戦争において最優と称されるセイバークラスとなったナポレオンを、正面から圧倒する体術。さらにその力の奔流と思しきオーラは、空間を歪ませるほどに強く彼を包んでいる。
——その精神は『超人』。ヒトでありながらヒトを超えた、精神力の怪物。
理論の完結を以て完成とせず、死してなおその先へ臨む鋼の精神。不変にして不滅、時が止まったが如くその在り方は揺らがない。そして、自らと意見を異にする者とは、議論を交わすことを一切恐れず、躊躇もしない。他者の精神であろうと、彼は容赦なく踏み入るだろう。
情報整理は済んだ。そして……立香の脳裏に一つの可能性が過ぎる。
『超人』。他者と隔絶し、現生人類の域を超越してみせた精神力の怪物。同様に苛烈かつ強力極まる精神性を持つ英霊を、立香は知っている。
『三人の王』最後の一人、アヴェンジャー・巌窟王。
彼はシャトー・ディフに無実の罪で繋がれ、この世の地獄とすら思われた苦境と、牢獄に縛りつけた者達への憎悪により、凄まじい精神力を手に入れた。英霊として昇華された彼は、その強靭な精神を肉体に転写することで、瞬間移動に匹敵する速度の高速機動を可能としている。
ニーチェの身体能力も、あるいはその類のものか。
宝具と身体能力、どちらも精神力を要とするのであれば……こちらが精神力で上回るか、あるいは要を突き崩すか。
「(攻略法はなんとなく掴めてきた……
立香は術式の一つ『応急処置』を、疲弊しつつあるナポレオンに使い、前方で戦い続ける二人ではなく、その先を見据えて一気に駆け出す。
必勝を期するためには、
◆◆◆◆◆◆
剣と拳が激突し衝撃波を生む。一瞬の静寂を縫って駆け出した立香を、ナポレオンとニーチェはしかと見ていた。
「(
「突然どうした。私が望む物を聞いて、何になると?」
「いやなに、今のオレはサンタクロースだからな。アンタが求める物は、即ちオレにとって届けるべきクリスマスプレゼントだ。それが何なのかくらいは聞いておきたいのさ」
ニーチェは一瞬間を置いて、こう言った。
「神の名残の廃滅……と言えば、満足かね」
「神の名残、ねぇ……クリスマスがそんなに嫌いか?」
「愚問だな。人間の存在を曇らせるのが信仰だ。あるがままで美しいモノに、飾りは必要ない。まして神や救世主を主体とするなど、私にとってみれば言語道断だ。死した神に祈る意味は無く、よって人間はより純粋に、個々人として己の価値を自覚できる精神的土壌がある筈だ。だというのに彼らは——」
「自分達の価値を理解しない、か?」
「……」
ニーチェは口ごもった。己の言おうとした言葉の先を読まれたからだ。
ナポレオンは続ける。
「人の可能性は、もっと開かれてあるべきだろう。人生の全てを賭けて何かを成し遂げるのも、何も為さずに終わるのも人間だ。人間の弱さを許容する……要するに
ニーチェは鉄拳をナポレオンの顔面に叩き込んだ。ナポレオンの長身が吹き飛び、距離が離れる。
「その弱き者達にこそ、貴様は滅ぼされたのだ。都合の良い救世主で在り続けた者の末路だ。所詮貴様は、他者の操り人形でしかない。どれだけ励もうと貴様は救われぬ。人はより強くなり、先に進めるのだ。自己の救済を架空に委託する思想、都合の良い救世主など、最早人間には必要ない」
ニーチェは淡々と語る。だが、彼の語調には熱が込められていた。
理解されぬ孤独と、人類への歪な信頼がないまぜとなった言葉。
確かに人は成長出来る。強く在れるし、強く在りたいと願うのも必然だ。
だが、誰もが強くなれるわけではなく、それ故に人は願う。
『何でもいい、誰か私を助けてくれ』と。
弱い人間の祈り。闇の中で弱々しくうずくまり、自分独りではどうしようもない問題の解決を、自分ではないナニカに委託する。
都合の良い祈りで、都合の良い救世主だ。
だとしても——その祈りに応えようとしたのが、彼だったのだ。
ナポレオンは立ち上がり、踏み込みと共に剣を突き出す。
「都合の良い救世主で結構さ! それでも、闇に惑う誰かを救える! 闇を照らす星の光になれる! 朝焼けと共に消えるとしても、夜空に輝く星として、誰かが迎える曙光を夢見られるのさ! 夜空を駆ける星々に誓い、可能性の橋を懸ける! 強きも弱きも、何一つ否定しねえ! 全てを呑み込み、受け入れて進む……それがオレのサンタ道だッ!」
聖剣が、最も新しき伝説の剣が光を纏う。突き出された光の刃を、ニーチェは掴んだ。刃が再び払いのけられる——かと思われた。
光が炸裂し、両者の視界を白く焼いた。ニーチェとナポレオンが飛び退き、距離が離れる。
視界が晴れる。ナポレオンは己が手に持つ聖剣を見て仰天した。
刃が、装飾が、ひび割れている。聖剣に走った亀裂は、虹色の光を放っていた。
ナポレオンは聖剣を天に向けて突き上げる。亀裂は更に増え、剣は完全に崩壊した。無数の破片となって砕け散る、聖剣ジュワユーズの
黄金の柄と、四つの鈴を携える十字の形をした鍔が、ナポレオンの手に握られる。左手を添えて振り下ろすと、白く光を放つ両刃の刀身が形成され、ナポレオンの腰に様々な宝石を散りばめた鞘が現れた。
更にナポレオンの頭には、三つの鈴が付けられた王冠が被せられる。
ナポレオン伝説に曰く『フランス王家に伝わる宝剣・ジュワユーズは、フランス革命の際に本物が失われている。ナポレオン・ボナパルトは自身の戴冠式に備え、ジュワユーズのレプリカを作らせた』という。
真偽は不明だ。だが英霊ナポレオンが、無数の人々が紡いだ伝説、即ち可能性の光を受け止め、伝説の通りに振る舞うのなら……ジュワユーズの名を冠したこの贋作の剣もまた、伝説を再現したとして不思議ではない。
「随分と
即ち、サンタクロース皇帝ナポレオン・ボナパルトの戴冠である。
新たな装いとなったナポレオンは、王冠と剣に取り付けられた鈴を鳴らして宣言する。
難しい言葉はいらない。ただ一言だけを、彼は告げる。
「オレが! ここに! いるぜ!」
大宇宙を模した空間が捻れ始めた。無数に瞬く星の光は、その輝きを一つに束ねようと、ナポレオンが持つ聖剣に集う。剣と王冠、合わせて七つの鈴が鳴り始める。
その様を見たニーチェが、今までにない驚愕の表情を見せた、次の瞬間。
永劫回帰の牢獄が、誰も知らぬ形へと塗り替えられた。
◆◆◆◆◆◆
一体何が。立香は強烈な発光と、鈴の音色を背に感じながら叫んだ。
そして次の瞬間には、立香達がいた空間は白く光に包まれ……これまでとは全く異なる姿に変わっていた。
辺り一面に聳えるは、鐘楼と煙突を備えた無数の家々。吹き荒ぶ風が鐘を鳴らし、雪降る夜の街に、かすかな賑わいを与えていた。
厳かに低く音を立てて、鐘と風の音が響き渡る。住居の形式は様々で、ヨーロッパ系の住居によく見られる石造りの家や、木製の柱が目立つ和風の屋敷をはじめとした、多種多様の住居が並び立っている。
立香が立っていたのは、武家屋敷めいた建造物の上、瓦葺きの屋根の上だった。
慎重に周囲を見回すと、虚ろな視線を空に向ける少女の姿が、目前にあった。
ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。謎めいた空間の展開と共に、何処かへと姿を隠されていたらしき彼女は、立香の目の前に座り込んでいた。
「リリィ! 無事だった……ってワケでもないか……とにかく聞いて!」
立香が大声で呼びかける。何が起こったかは不明だが、ここでジャンヌ・リリィの意識を呼び覚ますことができれば、好機がこちらに転がり込んでくることは間違いない。
「新しいサンタクロース……ナポレオンが、最後の大仕事に向かってるんだ! 一緒に行こう! 手伝ってあげないと!」
返事はない。虚ろな目に光は灯らない。しかし立香が諦めることはない。
「待ちに待ったクリスマスだよ! 一年に一度しかない……いや、一生に一度しかないクリスマスなんだッ! だから……
今日は十二月二十四日、即ちクリスマス・イヴである。聖夜を駆けるサンタクロースがいなければ、クリスマスは始められない。立香は二代目サンタクロースに、熱烈に語り続けた。
サンタの魂に火がついたか、ジャンヌ・リリィの目に僅かな輝きが取り戻される。
「行こう、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ! 私達の……カルデアのクリスマスはここからだッ!」
最後の一押しは、激しく燃えるような情熱を込めて。
言葉の全ては、彼ら聖者達が今宵行う、一夜の献身に応えるが如く。
「……ぁ……ぅあ……れ? ……トナカイ、さん?」
「……リリィッ!」
「トナカイさん……トナカイさぁん!」
果たして立香の声は、ジャンヌ・リリィに届いたのだ。
意識を取り戻したジャンヌ・リリィは、恐ろしい悪夢を見た子供のように、涙を流して立香に飛び付いた。力強い抱擁に、立香もありったけの力を込めて応える。
ひとしきり抱き合った後、立香とジャンヌ・リリィは立ち上がる。
「状況を教えてもらえますか、
「移動しながら説明するよ。とりあえず……アレを見てもらえる?」
立香が指差した先には、二人の男が屋根を飛び移りながら、拳と刃を交わす光景があった。
◆◆◆◆◆◆
雪降る夜の街と化した世界は、風が吹き鐘が鳴る音を除けば、寝静まったように静かだ。月光が夜を照らし、街は次の朝焼けを待っている。
ナポレオンとニーチェが向かい合っているのは、金色の鐘楼を備えた教会の頂上だった。大きな満月を背にして、ナポレオンはニーチェより高い位置に陣取り、語りかける。
「この固有結界を作り上げるのは、術者だけじゃあない。中に入った者の心象を映し出す。
「……私ではあるまい。これほどに広く開けた世界は、私一人によって作り出されるモノではない。貴様か、ナポレオン・ボナパルト」
「……さてな。まあとにかく、だ。続けようぜ、まだ足りないだろ?」
ナポレオンはニーチェに切っ先を向ける。白く輝く刃は、月光を浴びてその輝きを増したように見えた。
「当然だな。この程度で、議論の決着とするわけにはいかぬ。いかな姿へと変わったとて、モノの本質が変わらぬのならば、我が全霊を以て打ち砕くまで」
固く拳を構えるニーチェ。静謐だが強烈な闘志が、彼の全身から滲み出る。
高度の差は約三メートル、その距離を一瞬で詰めたのは、先に大跳躍からの飛び蹴りを放ったニーチェだった。ナポレオンも剣を突き出し、互いの得物を激突させる。
衝突が生んだ衝撃が、離れた場所の鐘を鳴らす。開戦を告げる号砲の如く、重苦しくも激しい音が響き渡った。
始まりの一撃、競り勝ったのはナポレオンだった。ニーチェは回転しながら遠方に吹き飛び、その勢いを利用して、離れた民家の屋根に着地する。
「(先程までとは明らかに違う。霊基が
冷静かつ手短に、ニーチェはナポレオンの変化を分析する。追撃を仕掛けんと、ナポレオンが上空から迫る。流星の如き急降下突きを、ニーチェは左腕で逸らし、左脚の回し蹴りを叩き込む。ナポレオンは向かい側に立つ屋敷のバルコニーに叩きつけられるも、すぐに態勢を立て直して反撃の機を窺う。
剣を杖に立ち上がったナポレオンは、その場で剣を横一文字に振るう。すると、残光が光の刃となって前方に飛んでいった。飛来する光刃を、ニーチェは体を反らして避ける。
両者が視線を交える。最早言葉を交わす段階は過ぎた。並行線のイデオロギーを交わらせるには、体が二つあればいい。
二人の男は月下を飛び回る。
幾度も拳と刃を交え、己の魂をぶつけ合う。
◆◆◆◆◆◆
「あれがナポレオンさんですね。霊基に変化があったみたいですけど……」
「何が起こったかはわからない。ただ、うっすらと魔力の流れが変わったような感じがあるんだ。令呪は全部使っちゃったから、少し確度は落ちるけどね」
藤丸立香はジャンヌ・リリィに抱えられ、家々を飛び跳ねながら進む。
サーヴァントの動体視力で、遠方のニーチェとナポレオンを確認したジャンヌ・リリィは、一旦路上に降りて立ち止まる。小さな体躯ではあるが、その肉体は常人を遥かに上回るサーヴァントのものだ。人間を抱えて跳躍する程度は容易くこなす。
立香を地面に下ろすと、ジャンヌ・リリィが口を開く。
「さて、二人がかり……いや、三人がかりでというのも少々卑怯には思えますが、
「……そうだね。コレが最後の勝負。サンタクロースとして、責務を果たす時だ。ナポレオンと合流したら、うまくこっちに引き付けてくれる? 令呪は無いけど、術式は二つ残ってるから、タイミングを図って援護するよ」
「わかりました! それじゃあ……行ってきますね、
そう言って、ジャンヌ・リリィは決戦の地へと走り出す。彼女の小さな背中が、立香にとって、今は何より頼もしく見えた。
◆◆◆◆◆◆
「オラァッ!」
「ふんッ!」
激烈な攻勢を見せるナポレオンと、それを防ぐニーチェ。息をつかせぬ激戦は、果てる気配もなく続く。夜明けにはまだ程遠い。
この決闘に余人の入る余地は無い。阿吽の呼吸めいて拳と剣が代わる代わるに繰り出され、双方の体には一つとして傷はない。
ナポレオンは徐々に、ニーチェの殴打が正確さを増してきていることに気付いた。拳の威力は以前より低くなったが、明らかに挙動を読んでいると思しき局面が度々発生している。
他者を映し出す鏡たる固有結界の所有者たるニーチェは、この戦闘において、ナポレオンをその全身で『観察』していた。先程の宇宙的空間がニーチェの心象であるなら、それが解かれたということは即ち、固有結界の主導権を手放したということ。しかし同時に、彼はこの空間を通してナポレオンを観察することが出来る、という意味でもある。
食えぬ男だ、とナポレオンは心中で笑う。そして、突き出される拳に合わせるように剣を振り下ろした。
しかしながら、芸術めいた呼応の技巧は、間を破った横槍によって唐突に終わりを迎える。
がっぷり四つに組み合った二人を狙って、一本の槍が飛んできたのだ。
「何だッ!? ……いや、この槍は!」
「何たる……よもや自力で這い上がった、か……ッ!?」
あわや直撃か、と思われたその槍は、僅か十センチの距離を残して、石造りの屋根に突き刺さった。
槍に結ばれた、赤と緑が彩る帯がたなびく。
「自力だけではありません! サンタにはとても心強い仲間がいるのです!」
何処からか声が響く。幼い声のする方角へ、二人が目を向けた。
そこには、誰あろうジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが、月を後ろに腕を組んで立っていた。その隣には、彼女達のマスターたる藤丸立香が立つ。
「サンタの嬢ちゃん! ああ、いや……今は二代目サンタ先輩、か!」
「そうですとも! カルデアの二代目サンタクロースが、新米サンタを助けに来ましたよ!」
『二代目サンタ先輩』。その事実を誇るように、ジャンヌ・リリィは
「さて……はじめましてですね、ニーチェさん。いや、厳密には三日くらい一緒にいたワケですが、私は貴方に人質に取られ、眠らされていたので、ほぼ初対面みたいなものでしょう。早速ですが、お説教の時間です!」
「説教とな、幼き聖処女よ。正しく聖者である者が、今更私に何を語る?」
「簡単なコトですよ。ナポレオンさんと
「ハッ、上等! そっちの方こそ遅れるなよ! 夜明けまでには終わらせるぜ!」
槍を拾ったジャンヌ・リリィが、ナポレオンと並び立った。
「俺が先に行く! 援護頼むぜ、先輩!」
ナポレオンが先んじて仕掛ける。ニーチェがこれに応じ、斬撃を的確に捌いていく。
防勢にあってはニーチェの有利。もはやナポレオンの剣技がニーチェに届くことはない。彼は完全にナポレオンの一挙一動を予測可能な域に到達していた。
「(やはりダメか。もう俺の剣が通用しない、となると……そろそろ本格的にカードを全て切っていかねえとな)」
叩きつけるような一撃を放ち、ナポレオンは一旦距離を離した。入れ替わるようにジャンヌ・リリィが突撃し、ニーチェと交戦する。
「ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ……何故お前はここに現れた? 囚われたままであれば良かろうものを」
「何をバカな事を言いますかッ! 今日は十二月二十四日、クリスマス・イヴですよ! 即ちサンタクロースがその役割を果たす日!
ジャンヌ・リリィの決意は固い。サンタクロースという役割を背負った彼女が、
突き、薙ぎ、払い、叩きつける。凄まじい速度の攻勢は、強靭な精神力によって編まれたニーチェの肉体に確かな傷を入れていた。
「(……明らかに強化されている。マスターの力ではない。
ニーチェは思考の果てに一つの可能性に至った。それは彼が思い描いた『最上の結末』だが、同時に彼の想定外でもあった。
叶わぬと断じていた理想の実現を、己が今、目の当たりにしようとしている。心中で彼は驚きつつも、僅かな高揚を覚えていた。ジャンヌ・リリィが放った光弾を弾きながら、次に来る斬撃に備える。
「引っかかりましたね!」
「何?」
「ぜえりゃあッ!」
続く一撃は突き出される白刃、防御姿勢を誤ったニーチェは後方に吹き飛んだ。ジャンヌ・リリィがフェイントを入れ、ナポレオンが追撃を担ったのだ。
「まだまだぁッ!」
「これで、どうですか!」
更なる連撃は舞うが如く。ナポレオンが斬り進み、隙間を縫うようにジャンヌ・リリィが槍を突き入れる。二方向から不規則に、しかし正確に襲いかかる斬撃を完全に弾くことはニーチェには不可能であった。
ニーチェは乱撃の中でタイミングを掴み、反撃の拳をナポレオンに叩き込むが、拳が触れる直前、ナポレオンの姿が掻き消えた。
「『緊急回避』!」
「
ナポレオンは立香の術式によって、転移に等しい速度で上方へ跳躍していた。
上空より降る一撃は、真正面を狙う唐竹割り。ニーチェにこれを避ける選択は無かった。手を顔面の前で交差させ、辛うじて防御の態勢を取るが、聖剣の斬閃が防御諸共叩き斬る。
刃に付いた血を払うように残心を極め、ナポレオンはよろけながら後退したニーチェを静かに見据える。
もはや満身創痍。容易く立ってはいられまい。だが奇妙なことにニーチェは、立ったまま全身を震わせている。それは敗北への恐怖ではなく、今までにない喜悦に由来するものであった。
ニーチェは、笑っていたのだ。彼が初めて見せた笑顔だった。
「私はどうやら……見誤っていたらしいな」
ニーチェが口を開く。厳かで低い声に、僅かながら喜びが混じっていた。
「この世界を形造ったのは、ナポレオン……
「えっ、私も?」
立香は事態が上手く呑み込めておらず、困惑した。
「そうだとも。鈴の音は夜に響き、聖者を呼ぶ。そして遍く世界に一時の幸を顕すがために、サンタクロースがあるのなら……この雑多極まる街こそは、人の生きる世界の縮図か。実に滑稽、だが私には成し得ざる領域だ。だからこそ——面白い」
そう言ってニーチェは再び拳を構える。未だ果てぬ闘志はただ、人間の可能性を信じるが故に。今まで以上に力を漲らせ、巨壁の如く立ちはだかる。
「来るがいい、夜の聖者よ。その全霊を私に見せてくれ。私を越えて往くと言うのなら、力を示せ。私を超える、人の力を」
迫力に気圧されそうになりながらも、立香は彼の態度に、ようやく一つの解を見出す。
それは『何故フリードリヒ・ニーチェは
であれば、事ここに至って、立香に出来ることは一つだけだった。
ただ、『カルデアのマスター』として、眼前の相手に向き合うこと。その方法は至極単純だ。
「二人とも、準備はいい?」
「勿論です。真のサンタ道、見せてあげます!」
「オレも全力を出させて貰おう。フリードリヒ・ニーチェ、アンタがそれを望むなら……オレが、いや、オレ達が! 叶えてやろうじゃねえか!」
王冠の鈴が鳴ると共に、遥か上空から星の如く何某かが降り来たる。
黒と金の鉄騎、夜空を掛ける鋼の
かつて第一層・アルテラサンタとの戦いでナポレオンが使い、甚大なダメージを受けて放棄された第一宝具、『
「
「分かった。リリィは発動までの援護を頼める?」
「それは勿論——言われるまでもなく、です!」
言うが早いか、ジャンヌ・リリィが駆け出す。槍と共に回転しながら、ニーチェの懐に飛びかかる。
槍の一撃を受けたのは、ニーチェが繰り出す左脚の横蹴り。槍の穂先が足裏に突き刺さることはなく、衝撃を生んでジャンヌ・リリィの動きを止めた。
左脚を下ろし、軸足として大跳躍からの踵落としを決めにかかるが、これはジャンヌ・リリィが袈裟斬りに弾いた。
ナポレオンと立香はニーチェ達の戦いを見据え、最後の一撃に備える。
孤独なる一人の男へ送る、感謝と別れの歌。
戦いを通して語り合った者よ。次があるならば、その時は友として。
二人は馬車に乗り込み、空の彼方へと走る。
ニーチェは二人を追うことはしなかった。己が正面から、彼らの全霊を受け止めなければならないと確信していたからだ。
ジャンヌ・リリィは二人を信じて見送った。そして彼女に出来ることは、彼女自ら秘する策が発動するまでの時間を稼ぐことであった。
ニーチェの拳が飛ぶ。僅かな動きでこれを避け、カウンターの蹴りを見舞う。これを耐えたニーチェは、逆の拳で次の一撃を入れにかかるが、
「レフトハンド……」
「何?」
「リトルクランチッ!」
ジャンヌ・リリィは動きを見切り、クロスカウンターめいてニーチェの胸に魔力弾を叩き込んだ。見事なまでのクリティカル・ヒットに、ニーチェの痩身が紙飛行機の様に吹き飛んだ。
本来は両手で放つものを、片手に収束させて放ったのだ。ジャンヌ・リリィの左腕も無事ではなかった。だが、残る右手で槍を持ち、天の光に祈るように掲げてみせる。
「聖なる夜……ステキでムテキなキセキの一瞬!」
聖処女ジャンヌ・ダルクは、神の声を聞き、百年戦争においてフランス軍に多大なる勝利を齎した。神の御業、あるいは奇跡と称された活躍だ。
しかしここに立つ彼女が成す奇跡は、大いなる神の御業ではない。『小さな子供』として彼女が願う、
「『
無数の贈り物が、雨の如く降り注ぐ。
ニーチェはそれら全てを払いのけて進むが、プレゼントの雨が止んだ瞬間、彼は何を思ってか空を見上げた。
虹色の七星が、輝いていた。
◆◆◆◆◆◆
空を駆けるソリの中で、立香はナポレオンに問われた。
「
「どうかした?」
「……ニーチェが言ってた『答え』。アレは得られたか?」
最初に塔の最上層で会った時、そして再び相見えた時にも、立香はニーチェに『答え』を問われていた。
そもそも、答えとは何であったか。如何なる『問い』に対する『答え』であるのか。戦いの中で立香は、己が出すべき一つの返答を見出しつつあった。
ニーチェが人類を裁定する者であるのなら、今を生きる人間たる立香が、最後の答えを出すしかない。
立香は少し間を置いて、ナポレオンに返す。
「大丈夫。本当に正しい答えじゃあないかもしれない……でも、『今の私』に出せる答えは決まったから」
ナポレオンはその言葉を聞き、右手でサムズアップを返した。
「未熟でもいい。間違っても構わない。ただ答えを探すことだけは……歩み続けることだけは諦めない。そんなオマエだからこそ、オレ達は信じて背を預けられた。
ナポレオンが聖剣を備え付けの鍵穴に差し込む。二頭の鉄騎はその姿を二輪の機構へと変じ、横倒しになった六つの車輪が虹色に輝き始めた。カーナビゲーション機器を操作すると、ナポレオンは鍵穴から聖剣を抜いた。
「
「……待って、私、免許持ってないよ!?」
「
言うが早いか、車体から飛び出してその上にナポレオンが立つ。立香が空座の運転席に座り、攻撃に備える。
「一夜一時の奇跡を此処に……我らは星空に虹を架ける!」
聖剣を前方に突き出すと、七色の光が横に並ぶ。それらは空中で鈴を象り、凛々と夜空に音色を響かせる。
数多に広がるその色は、一つの世界に無数の可能性を許容する在り方。
等しく道は開かれている。等しく未知は閉ざされている。
故にこそ、人類史の英霊たる彼は、道なき道往く者達の礎として、未だ見ぬ未来の可能性を示すのだ。
人一人が選ぶ道は一つだが、それらは全て違う色だ。決して交わることはない。それでも『共に歩む』ことを選べるという可能性こそ、孤高にして強靭であることを最強の在り方とした裁定者へと叩きつけるに相応しいモノであろう。
「夜に鳴り響く七色の鈴よ、希望を示し未来を灯せ!」
ただの贋作に過ぎなかった剣は、伝説と交わり人類史に新たな聖剣として刻まれる。たとえそれが一夜限りの幻であったとしても、誰かが覚えている限り、鈴の音は再び鳴るだろう。鈴の音に込められた願いは、闇に惑う者たちの孤独を癒す小さな奇跡。あるいは、遍く夜を照らす、無数の星々。
鈴を鳴らせ。未だ見えぬ、遥かな道の果てまで。
夜の風に吹かれて、七つの鈴が鳴り渡る。
安らぎと希望の歌、聖剣に新たな銘を刻む。
「『
◆◆◆◆◆◆
ニーチェは空を見上げた。果つること無き無辺の
視界に留め置けぬほどに広がる夜空の星は、見える限りの全てが輝いていた。
一際強く輝く星が七つ。その七星が、彗星の如く七色の尾を引き、天から地へと降り立たんとしていた。
「アレは……何だ? 私の知らぬ光、私とは相容れぬ可能性。人類がいずれ辿り着くであろう、宇宙へ漕ぎ出す未来の先に待つ七星……即ち——」
遥かな宇宙へ漕ぎ出す未来、その夢を見せる光条。それは北天に七つ輝く恒星の名を、新たに冠した。
それら七つを束ねたる、大熊の尾。またの名を——
「
果たして偶然か、必然か。北斗七星は欧米圏にあっては荷車に喩えられることがある。
『大戦車』。それはまさに、現在ニーチェに向かってきている、虹の極光纏うナポレオンの戦車である。
「もう一度いきますよ、覚悟はいいですね! 『
上空から再び、プレゼントの雨が降る。先程よりも勢いは弱く、ニーチェは容易く片手で払い除ける、が……その瞬間にニーチェは察した。
「破れかぶれではないな……! 本命は、上か!」
次の瞬間、七つの光が彼の総身を撃ち抜く。一瞬にして全身を灼かれ倒れ臥すも、最後の力で立ち上がり、天より降る八つ目の光を見た。ナポレオンが剣を突き出したまま、戦車と共に突撃してきたのだ。
大質量の奇跡が眼前に迫る。受ければ命は無いだろう。それでもニーチェが取る行動はただ一つ。
「待たせたな! オレが来たぜ!」
「来るがいい、サンタクロース!」
激突。
虹色の光となって駆ける戦車に向けて、ニーチェは右拳を突き出していた。衝撃が彼の身を文字通りに削っていく。続けて左拳をぶつける。両の手を交互に打ちつけ、壮絶な迫合いが始まった。
意地の張り合いだ。拳を乱打する超人と、光となって突き抜けんとする聖者。片方は満身創痍でありながら、その力は拮抗していた。最後に残った心が、超人の力を純粋の域に導き、無限に高みへと進み続ける。削ぎ落とされた果てに無窮となり、彼は個の生命、個の存在として唯一無二にならんとしていた。輪郭すらおぼろげだ。このまま極まり続ければ、やがては世界から弾き出された完成者となるだろう。
だが、彼らだけは絶対にそれを許さない。
超人が人である限り、孤高ゆえの孤独を癒す奇跡を為す。
遍く孤独に安らぎと癒しを。彼らの名はサンタクロース。
「今だ
「『瞬間強化』! 頼んだよ陛下ァ!」
祈りと共に、最後の術式が発動する。力比べの決着は、より強き力によって果たされる。周囲に散乱したプレゼントが、光となってナポレオンに宿った。先達の後押しだ。
互いの一撃が交錯する。ニーチェの右拳が、大戦車の車体に届こうとしていた。しかし。
「貫けッ!!」
全ての力を注ぎ込んだ限界機動。かつて勝利砲と呼ばれたその戦車は、形を失い一筋の光となった。虹を噴いてニーチェの胴体に突き刺さり、空へと昇る。光を散らして進む流星が、ついには遥か彼方へと飛翔し、爆散した。一つの爆光は七つに分かれ、虹色の北斗七星を象る。
地上に取り残されたジャンヌ・リリィは、祈るように七星を見上げていた。やがて光が消えると、彼女は空を走る何かを見た。
空を走る戦車だった。二頭の鉄騎が曳く大きな戦車が、空から雪に包まれた地上へ降り立った。右側の鉄騎が、鐙に男を載せていた。
ジャンヌ・リリィは目を輝かせた。彼らは夜空に散ったのではない。生きて帰ってきたのだ。
凱旋は鈴の音と共に。己のマスターたる藤丸立香と、当代のサンタクロース、ナポレオン・ボナパルトをジャンヌ・リリィは笑顔で迎え入れた。
「おかえりなさい、
「ただいま、サンタクロースさん」
「オイオイ、今回のサンタはオレだろ? ……見てみろ、二人とも。空が……いや、世界が明けるぜ」
三人が東の空を眺める。太陽が昇るように、夜の世界が白く明けていく。
それはこの星の何よりも明るい、夜明けのような光だった。
◆◆◆◆◆◆
気がつくと、藤丸立香は雪原に立っていた。二人のサンタクロース・サーヴァント、ナポレオン・ボナパルトとジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィも一緒だ。
彼らは再び、石塔の前に立っていた。一つだけ違うのは、石塔が崩壊し瓦礫の山を作っていた点だった。
そして、瓦礫の山の頂点には、孤独な裁定者フリードリヒ・ニーチェが座っている。彼は立香達には背を向けたまま、遠くの空を眺めていた。
状況をおぼろげながら理解した三人は、ニーチェの背を見据える。
孤独な背中だった。人の世にありながら、世の理を飛び越えてしまった男。神の死を語ることで神を否定しながらも、神の存在を肯定していた者。
一線を画す思想というのは、理解しうる他者なしにはその実在を証明するのが難しい。彼は旧きに在りて、早すぎたのだ。地球という大きな揺り籠に揺られるままの人類では、彼の志向した世界の実現は不可能に近い。やがて星を巡る日々が訪れたとして、それまでに人類はより良い方法を見つけるかもしれない。
そうなっては、彼は真の意味で孤独となるだろう。彼が希望を見出した人類が、彼の業績を忘却してしまうのだ。
ナポレオンが無言で立香の背中を押した。彼女が見出した『答え』を、ニーチェに贈る時が来た。立香はそれを察し、瓦礫の山を登り始めた。
「ニーチェ……フリードリヒ・ニーチェ!」
彼女は彼の名を叫んだ。忘れ物を届けに来たぞ、と言わんばかりに声を張る。ニーチェはゆっくりと立ち上がり、彼女の方に向き直る。
「……答えは、得られたかね」
「まだ完全じゃあないですけどね」
「聞かせたまえ。私は、聞かねばならない。私に勝利した、君の答えを」
積まれた瓦礫の頂点から、ニーチェは立香を睥睨していた。
立香の全身に、僅かな震えが見受けられた。おそらくは、恐怖している。あるいは、懊悩している。もしくは、逡巡している。未だ迷いの見える姿だった。
大きく深呼吸して、立香はニーチェに答えを言った。
「私は……
その答えを聞いて、ニーチェは微かに笑みを浮かべる。
「独りでは、難しかろう?」
何かを期待するように、ニーチェは反論した。
「私一人では難しくても……仲間と一緒なら、いつだって」
「そうか……安心したよ。君は……いや、
白貌が、満面に笑みを浮かべていた。
これは、彼にとっても勝利だったのだ。
彼が宿した一つの灯火は、時代を経て立香に宿った。その事実こそが、彼の実存を証明し続ける。立香がニーチェを、忘れない限り。
かつて在った火を継いで歩き続ける旅人。人類最後のマスター藤丸立香は、フリードリヒ・ニーチェという英霊との絆を、戦いの果てに結んだ。
無数の輝きをその目で見届けた立香は、ニーチェを輝きの一つとして、抱えて行くと誓ってみせた。それが、今を生きる己に出来る、古き超人への敬意の示し方だと、彼女は考えた。
そしてこれは、この騒動を通して得た、彼女なりの答えなのだ。
アルテラサンタには『教導』を、ギルガメッシュには『愉楽』を、
教え導く喜びも、闘争の愉悦も、復讐の達成も、つまるところはサンタクロースとしてのナポレオンなりの『孤独を癒す奇跡』なのであれば。
フリードリヒ・ニーチェにとっての『孤独を癒す奇跡』とは何だったのか?
その答えとは『藤丸立香が、フリードリヒ・ニーチェを記憶する』ことではないか。彼女はそう解釈した。
次があるならば、朋輩としてもう一度語り合おう。だから今日の思い出を、私はきっと忘れない。この思い出を抱えて、私は貴方を超えて行こう。
不器用で不恰好な、立香なりのメッセージだった。
古き者は安堵の表情を浮かべたまま、立香に語りかける。霊基が限界を迎え、徐々に彼の体は消滅しつつあった。
「一つ、老人の昔語りと思って聞いてくれ。私は……聖者にはなりたくなかった。あれほど哀しい生き物は無い、私はそう思っていた。死してその名を神聖視され、別の何かと誤認されたままに讃えられ続ける。私にはそれが堪え難かった。目の前にある現実は、それだけで価値あるものだと、私は信じていたのだ。だが……どうも私は、少し特殊であったらしい。私を解しうる者は、永く現れなかった。それでも私は信じ続けた。人が宿す可能性を、超人の域に至る未来を。英霊の座に召し上げられてなお、信じ続けた結果がコレだ。私は、自らに宿った炎を纏い、裁定者の霊基を得た。おかしな話だろう? 私を英霊と称し、超人の体現として讃えた者がいるということだ。私自身が望んだわけでもないのに、な……」
ニーチェは己の内にあるものを全て吐き出すように、饒舌に語り続けた。その身体は消えかかっていたが、彼はまだ足りないとばかりに舌を滑らせる。
「故に、滅多なことでは私は召喚には応じないことにしている。まあ好んで私を呼ぶ物好きもそうはいないがね。だが……君がもし、万が一にも、私の助けを求めるとするならば……いや、やめておこう。長く余計なことを喋り過ぎたな。時間も無くなってきたので、最後くらいは手短に済ませるか……未だ弱き勝利者よ、君の名前を聞かせてほしい。その名こそが、私の勝利であり、そして君達からのクリスマスプレゼントとなるだろう」
立香はそこで気づいた。そういえばまだ名乗ってなかった、と。
一つ咳払いして、彼女はニーチェの目を見つめ、己の名を名乗った。
「それじゃあ——はじめまして、私の名前は……
微笑みと共に彼女は名乗り上げる。今ここで消えるニーチェは、次の召喚があったとしても彼女を覚えてはいないだろう。
だとしても、今はこの
「フジマル・リツカ、か。不思議な響きだな。では……リツカ、君の前途には、多くの試練が待ち受けるだろう。それでも私は、君が未来を生きてくれることを、今この場で祈らせてもらおう。それと、最後に一つ。私と立ち会った、サンタクロース達に贈る言葉といえば……コレしかあるまい」
光となって消え去る寸前、彼は明日を先取って、『お決まりの文句』を告げる。
「
その言葉を残し、孤独にして孤高たる裁定者、フリードリヒ・ニーチェは去っていった。
静寂が訪れる。祭りの後は静けさが残るのみ。
立香はダ・ヴィンチと通信を行い、帰還の準備を始めていた。長いようで短かった、激闘のクリスマス・イヴが幕を閉じようとしている。
「オレ達も帰るとしよう。この特異点自体がヤツの結界だとするなら、もうじき崩壊が始まるだろうからな」
「そうですね。それに、
帰還の光に包まれながら、ナポレオンは『明日』に思いを馳せる。それは『明日』が祭日であるから以上に……彼こそが、今回のサンタクロースであるからだ。
「そうだな。今のオレはサンタクロースで——明日は、十二月の二十五日だからな!」
エピローグへ、つづく。