Jingle All The Way To Triumph   作:TAC/108

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エピローグ:1844年クリスマスの旅

冬の寒さが深まる頃の話だった。と言っても、この場所は年中豪雪に見舞われているので季節感などあったものではないが。

今日は十二月二十五日。現在時刻は午前六時。

南極の山嶺に存在する、人理継続保障機関フィニス・カルデアの施設は、何事もなくクリスマスを迎えていた。

カルデアに所属するマスター藤丸立香(ふじまるりつか)は、二人のサーヴァントと共に管制室へ到着した。

「ただいまぁ〜……」

「おかえり。そしてお疲れ様だね、立香ちゃん」

出迎えたのはカルデア現局長代理にして魔術師(キャスター)のサーヴァントであるレオナルド・ダ・ヴィンチであった。

「それにしても、まさか本当に()()()配るとは思わなかったよ。サンタクロースってのは凄いねえ……」

「おうよ。オレ達三人で、キッチリ全員分配ったぜ!」

「分担作業と言えど、結構なハードワークでしたね!」

返事したのは立香の傍らにいる二人のサーヴァントだ。

一人はカルデアの二代目サンタクロースにして槍兵(ランサー)のサーヴァント、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。

もう一人は……当代のサンタクロース、弓兵(アーチャー)改め剣騎(セイバー)・ナポレオン・ボナパルト。

三人は今しがた、カルデア所属スタッフ及びサーヴァント全員に、クリスマスプレゼントを配達し終えたところであった。

全員に、である。

 

◆◆◆◆◆◆

 

遡ること六時間前。

日付が変わるその時に、立香達三人は一八四四年・ライプツィヒの特異点より帰還した。

時間帯が深夜だったために、スタッフは大半が就寝しており、使用電力も通常の半分程度であったが、ダ・ヴィンチの全面協力を得てどうにか帰還には成功した……のだが。

 

『では今から、クリスマスプレゼントを()()()配達しよう』

 

と、ナポレオンが言い出した。

曰く『誰にも知られず、誰もがプレゼントを得る。迅速に、気前よく行こうぜ』とのこと。ナポレオンが重視したのは『知られないこと』の方だった。特異点の主であったフリードリヒ・ニーチェと戦う中で、『サンタクロースとして自分がどう振る舞うべきか』を彼なりに考えた結果であるらしい。

 

強引だが、筋は通っている。立香はそう考えた。

セイバー・サンタクロースとして新たな霊基を得たナポレオンの宝具『聖夜を高らかに(シャール・ドゥ・ノエル・)告げる虹輪(ドゥ・レトワール)』を用いてプレゼントボックスを生成し、その場に居合わせたダ・ヴィンチが開封した。中身は画材セットだった。個人的な趣味に用いるとはダ・ヴィンチの弁だが、実態が不明だった『プレゼントの中身は貰った当人次第』というナポレオン本人の言葉の真偽はこれでハッキリしたことになる。

 

そういうわけで、立香達三人はこの戦車……もといソリを利用してカルデア施設内を走り回ることになった。

走行時の騒音を抑えるために速度を落とし、ソリの内部で生成したプレゼントボックスは砲塔から射出せずに、各スタッフ及びサーヴァントの部屋の前に手作業で置いた。

カルデアの施設は広大であり、そこに暮らす人員は非常に多い。予想以上に時間がかかり、全員分届け終わる頃には六時間が経過していた。

 

こうして彼らは、今年のサンタクロースとしての仕事を、殆ど誰にも知られることなく成し遂げたのである。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「大変だったろうね、ご苦労様。ところで……聖杯なんだけれども」

「回収出来なかった、だろう?」

「まあね。今回は少し特殊なケースだったのもあるけども」

今回の特異点を形成していた聖杯は、ニーチェの固有結界を維持するのに用いられていた。しかし、この聖杯の力は特異点の源としては非常に微弱なものであったが故に、放置していてもいずれは消滅したのではないか、というのがダ・ヴィンチの見解であった。

実際、立香達が帰還したのとほぼ同時に、管制室は特異点の消滅を確認している。聖杯の行方は不明だが、聖杯が特異点とニーチェを維持していたように、ニーチェもまた聖杯を繋ぎ止めていたと考えられる。片方が消滅すれば、もう一方が消えるのも時間の問題であった。

とはいえ、ニーチェが聖杯をアンカーとしてカルデアと一時的に接続したり、カルデアから三騎のサーヴァントが拉致されたのも事実である。紛うことなき異常事態を解決したというわけで、決して無駄足だったわけではないだろう。

 

管制室での用事はもう無い。しかし立香には気がかりなことがあと一つあった。

「ところで、もう準備は出来た?」

「もちろん。開催は午後六時を予定してるから、それまではゆっくり休んでくれたまえ」

「ありがとう」

それだけを聞いて、立香達三人は管制室を出ていった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

つい先程まで走り回っていた、カルデアの施設を歩き回る立香達。

ナポレオンとジャンヌ・リリィは、立香を彼女の自室へと送ってから、今日のパーティに備えることにした。立香が単独ではないのはそのためだった。

 

「待ちたまえ、ミス藤丸」

背後からの声を聞き、立香が顔を向ける。視線の先にいたのは、黒いインバネスを着込んだ痩身の男。右手にはパイプを持っている。

彼の名はシャーロック・ホームズ。故あってカルデアに協力している、裁定者(ルーラー)のサーヴァントにして、イギリス文学史にその名を刻む世界最高峰の私立探偵だ。

ホームズは立香を呼び止めると、歩み寄って小さな封筒を渡した。

「今回はサンタクロースとして夜を徹して働いていたそうだね。その点についてはご苦労。そんな君に私からささやかなプレゼントだ」

「……これは?」

「君が管制室を出て行った後に、ダ・ヴィンチがコレを発見してね。たまたま居合わせた私が配達を依頼されたわけだ」

立香は封筒の封を切った。中から覗くのは小さな手紙だ。紙面の色は黄金に染まっており、電灯の光を反射してきらめいている。

「この事件は、手紙から始まった。ならば手紙で終わるのが一つの落とし所だろう? まあ送り主がそこまで考えていたかは私には見当がつかないが……手紙というのは読まれてこそ意味を発揮するものだ。読んでみては如何かな?」

ホームズはにこやかに笑い、立香達を追い越して去っていった。

マスター(メートル)、コイツは……」

「まさか……聖杯が回収できなかったのは……」

立香達は一つの可能性に思い至った。特異点の核となっていた聖杯は、このために使われたのではないか、という答えに。

「なるほど……それは……回収できなかったわけですね……」

「まあ、あの特異点自体は、人類史にとっちゃ小規模な歪みだったらしいしな。手紙として届けるくらいが限度だったのかもしれん。マスター(メートル)、この手紙はお前さんに宛てられたものだ。まずは一人で読んでみて……後でどんな内容だったのか教えてくれ!」

ナポレオンとジャンヌ・リリィが去っていく。気づけばもうそこは、立香の自室の前だった。

 

立香は扉を開き、ベッドに座る。数日分の疲れが一気に襲い掛かるような錯覚に襲われる。このまま目を瞑れば、眠れそうだった。

部屋の電灯を点け、封筒から手紙を取り出す。思った以上に中身が小さい。

何が書かれているやら、と不安になってはみたものの……手紙にはやけに達筆なアルファベットで、たった一文が添えられていただけであった。差出人の名前は無い。

「……過剰なくらいに、律儀なヒトだ」

手紙の文面を頭の中で反芻しながら、立香は眠りについた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「メリークリスマス! この時期になると僕の曲も何曲か聞こえてくるものだけど、今年は君が弾いてくれるとはね。なかなかに感慨深いよサリエリ」

「リズムが狂う……首を落とされたくなくば立ち去ることだアマデウス……」

「まさか立ち去ると思うかい? 何せあの宮廷音楽家アントニオ・サリエリのピアノ生演奏だぜ。クリスマスなんだしミサ曲の一つや二つはやるものだと思っていたが、いざ見に来てみれば『きらきら星』を弾いてるときた。なかなか興味深い絵面だよコレはアハハハハ」

「王妃の提案は無碍には出来ぬ。それに我の……私の腕を買ったとあっては、最大限の結果を見せるというのが顧客への礼というものだ。このためにわざわざピアノを用意させたのだからな」

 

「この時期になると注文が増えるな。面倒極まりないが、この手の祭日のしわ寄せはサービス業に来るという好例でもある。来年からはもう少し計画的に……」

「私を呼んだか、厨房のアーチャー」

「……三代目サンタか? 生憎と君を呼んだ覚えは……いや、一つ考えがある。デリバリーを頼みたいのだが」

「フォッフォッフォッ。三十分以内に何処へでも届けてやろう」

 

「フハハハハハ! 褒美だ、受け取るがいい!」

「珍しいねぇ。あの金ピカ英雄王が、スタッフにご褒美なんざ」

「何を言う。主役は遅れて登場するもの、祭事とは全力で当たるもの。まして年次の節目とあらば、労いの言葉と褒賞を与え、次の年の労働の励みとする。王としての領分であれば、(オレ)が弁えるは当然のことよ」

「……オタク、実はサンタになれなかったコト、根に持ってないです?」

 

「ケーキの摂取カロリーはやや過剰ではないかと思いますが、細かい点を指摘し続けるというのは、ことこの日に限っては無粋というものでしょう」

「……ほう、鉄血の婦長にそこまで言わしめるとはな」

「何か勘違いをしているようですが、私はこういった祭日は嫌いではありません。健やかなる日常の延長に祭りがあるならば、そこに込められる祈りとは健常たる生活の継続ですから」

「祈り、とは。随分なロマンティストだな、メルセデス」

「祈りではなく誓約です。そして私はメルセデスではありません」

 

十二月二十五日、午後七時。

人理継続保証機関カルデアは、クリスマスパーティの真っ最中であった。

今年のクリスマスパーティーは、様々な催し物を開くサーヴァントが大勢いた。ピアノの生演奏や演劇のように平和なものから、総合格闘技の大会といった激しいものまで、様々なイベントが多種多様にパーティーを彩っていた。

混沌と言えばまさに混沌であるが、各々が好き放題にコトを運んだ結果、妙な調和が生まれていた。ある意味では、今年の『芸風』でもあったのかもしれないと、某探偵は後に語る。

 

藤丸立香は窓辺に座り、喧騒から離れて一時の休息を取っていた。傍らにはショートケーキが載った紙皿が置かれている。

行く年、来る年。年末の祭日であるクリスマスは、同時に来るべき次の年が幸せであるようにと願う意味合いも持つ。

来年もまた、良き年であるように……と祈っても、人理が不安定な現在ではそれも大した意味は持たないのではないか。そんなことを考えて、立香は少しアンニュイになりつつあった。

「ようマスター(メートル)、楽しんでるかい?」

そこに現れたのは、平時の服装に戻ったナポレオンであった。着崩した軍服や葉巻は、彼が弓兵(アーチャー)の頃から持ち込んでいたものである。そして現在、彼の霊基は紛うことなきアーチャーであった。

「サンタ衣装はどうしたの?」

「ああ、アレか。今回のサンタは確かにオレだが、だからと言ってソイツを大っぴらにする必要もあるまいよ。それにサンタの仕事ってのは、プレゼントを届けることだ。年に一度の仕事を終えたら、オレのサンタ業は次のクリスマスまで休業さ」

「私は反対したんですけどね。せっかくですし、もっと派手にやっても良かったのでは?」

ナポレオンの背後からひょっこりと顔を出したのはジャンヌ・リリィだ。クリスマス当日を迎えたからか、彼女の足取りはいつもより軽やかだ。

突然現れた二人に毒気を抜かれてか、立香は別の話題を思い出した。懐から封筒を取り出し、ナポレオン達に見せる。

「そうだ! 手紙の内容なんだけど……読む?」

「そういえば、何て書いてあったんでしょうね?」

「どれどれ……『勝者たる君の行く道に、灯火のあらん事を』か。律儀なモンだ、な……いや待て、何か不自然だな。手紙自体が小さいからコレで良いのかもしれんが、余白が大きすぎる……まさか!」

文面を読み上げてから、ナポレオンは何かを思い立ってライターを取り出した。手紙の下段に火を当てると、独りでに炎が広がって、新たな文が現れた。

「炙り出し!?」

「凝ってるな、ヤツのやりそうな事だ。マスター(メートル)、読んでみてくれ」

立香は手紙を受け取り、新しい文に目を通す。そこに書かれていたのは、送り主からの激励の続きであった。

 

『君が踏破した全てのものが、君を強くするだろう。故に君は運命と戦うにあたり、己というものを常に見つめなければならなくなる。襲い来る苦痛と戦い続けるのだ。それが君を破壊し尽くさない限り、君は君のまま強くなれる。私は、君という人類の未来に期待する。

1844. 12.25. 』

 

送り主の名は無い。しかしこの手紙を誰が書き、誰が送りつけたかは、立香達にとっては一目瞭然であった。

「未来に、期待する……」

「人類史そのものが艱難辛苦の積み重ねであったように、いずれお前さんもそういう道を歩く時が来るだろう。だが……死して人理の影法師になった英霊達は、今を生きる人間達の礎として、背中を押すことができる。そういうメッセージなのかもな。あの男も世界に召し上げられた英霊の一騎だった、ってことだろうさ」

「もちろん私達もついてますよ、マスター(トナカイさん)。この夜が明ければ、私達は来年に向けて新しい日々を送ります。それは人理を取り戻すため……というのが目標ですが、何より日々生きることそれ自体のためでもあります。私としては、次のクリスマスも楽しく過ごすためだったりしますけどね! 少し早いですけど……来年もよろしくお願いしますね、マスター(トナカイさん)!」

望まれて在るサンタクロース、彼らはクリスマスという祭事の概念を背負う者たちだ。彼らが送る未来への激励は至極単純、()()()()()()()()()であった。

『来年も、良い年でありますように』。

『来年のクリスマスも、無事に迎えられますように』。

クリスマスがある限り、サンタクロースは人々と共にある。

 

気づけば手紙はどこかに消えていた。先程まで手の中にあった感覚が、全て夢であったかのように無くなっている。

「さて……まだまだパーティは始まったばかりだ。楽しもうぜ!」

「そうだね。じゃあ、三人で色々周ってみる?」

「良いですね!」

立香達はこの奇妙な数日間を胸にしまい込んで、道行く者達に今日という日の合言葉を投げかける。

 

「「「メリークリスマス!」」」

 

足取りは軽やかに、サンタクロースは宴に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

かくして役者は舞台を降りた。

頓珍漢達の騒動劇はここに幕を下ろす。

しかしながら、未だ客席に座する者が一人。

闇に包まれた劇場の中で、異彩を放つ白い影は、未熟で不恰好なその劇に、拍手を送り続けていた。

 

おわり


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