Jingle All The Way To Triumph 作:TAC/108
暗闇の一本道を、黙々と進む一行。
流石に立香にも疲れが出てきたらしく、その表情は険しい。
「少し休みますか?」
ジャンヌ・リリィが優しく語りかける。こういうところは、聖処女ジャンヌ・ダルクにそっくりだ。
立香は笑顔を向け、ジャンヌ・リリィに言う。
「まだまだ、この塔のてっぺんに行けば、それでカタがつくから。そしたら三人でカルデアに戻って、クリスマスの準備の続きをしよっか」
「分かりました。でも無理は禁物ですよ?」
立香は笑顔のまま頷き、彼女の前を行くナポレオンを見た。
彼も無言で頷いている。彼もカルデアのクリスマスを楽しみにしていた一人だ。心中は穏やかではなかろう。
かくして三人は、長い回廊の果てに、最上層の間の扉を発見した。
「ようやく最上層、だね」
「そんじゃ、殴り込みに行くとするか!」
「これが最後ですね。パパッと片付けましょう!」
立香が扉を開けた。
石塔の最上層は、他の層よりやや狭く、設備も非常に簡素だ。一つだけ存在する窓の側には、ランプが乗った机が置かれている。部屋全体を照らすのも、電球ではなくランプの炎だ。
立香達はその机から少し離れた場所に立つ、痩身の男を見出した。
灰色のスーツを纏い、雪のように白い髪をオールバックにした男。
ヨーロッパ系の顔立ちから、彼が少なくとも日本人ではないことを、立香は感覚的に理解する。下を向いたその顔は、影がかかったように表情が窺い知れない。
この異常事態の主と思しき目の前の男が、明らかに初対面の英霊であるということも、三人は瞬間的に察知した。
「えーと……初めまして?」
立香が男に話しかける。初対面の相手なのだから、恐らく間違っていることはあるまいと、それらしい台詞を言ってはみたが……次の瞬間にはその表情は一気に凍り付くことになる。
男の視線が、立香に向いた。
超然とした、しかし虚無的な眼だった。
ブラックホールを思わせる双眸だった。
世界の全てから隔絶されながら、世界を確固たる意志で見つめる眼だった。
吸い込まれるような黒い瞳を見つめる立香の視線が閉ざされる。背後にいたナポレオンの手による目隠しだった。
「(
ナポレオンが立香に耳打ちする。その声色は深刻そのものであった。
酷く億劫げに、男の口が開く。
「そうだな、カルデアのマスター。まずは自己紹介から始めよう。我がクラスは
男はあまりにあっさりと、自らの正体を明かした。
◆◆◆◆◆◆
フリードリヒ・ニーチェ。
一九世紀ドイツの哲学者であり、近代ヨーロッパの思想基盤に多大な影響を及ぼした思想家である。
近代ヨーロッパにおける思想基盤、その根幹にあったのはキリスト教である。ニーチェはルター派牧師の長男として生まれたが、その後の生涯にてキリスト教をはじめとする一般道徳の根幹には『強者』への
後のニヒリズムにも繋がるその思想は、時として政治利用に遭いつつ、現代に至るまで研究の対象となっている。それだけ当時としては特異な思想であったとも言えよう。
そのフリードリヒ・ニーチェが、英霊としてこの石塔の最上層に立っている。それも、事もあろうに事件の黒幕として。
「さて、質問があるなら今の内だ。私は答え得る全ての質問に答えてみせよう」
ニーチェは椅子に座ると、足を組んでナポレオンとジャンヌ・リリィを見据える。その瞳は依然として、深淵に通ずるように暗い。
「フリードリヒ・ニーチェ……本当にお前が、あのニーチェであるのなら、この塔は何だ?」
ナポレオンが深刻な表情で問う。立香の目は塞がれたままだ。
「永劫回帰石塔・エイヴィヒカイト。私はこの特異点をそう呼んでいる。元は私の宝具であったものを、特異点の聖杯を利用して拡張したものだ。道中で発生した空間変容も、この石塔の機能だよ」
「自身の心象風景で現実を侵食する……固有結界の一種か」
「魔術師の世界には明るくないが、まあそういう類のものだと認識して構わんよ」
「リリィの嬢ちゃんに送られた書状……アレは?」
「私が送った。内容を諳んじることも出来るぞ」
「カルデアから英雄王やアルテラを連れてきたのは」
「それも私だ」
……あまりにあっさりと、聞かれた全てを自供するニーチェ。
その自供内容を簡潔にまとめると、以下の通りとなる。
人理焼却の影響で生まれた小さなバグのような情報の奔流。そこから現れた聖杯より呼び出されたルーラー・フリードリヒ・ニーチェは、
特異点として定義された一八四四年のライプツィヒ郊外の村、それはニーチェ出生の地と年代である。
彼の第一宝具『
彼は特異点を観測したカルデアのシステムからその存在を逆探知し、カルデアの観測システムと聖杯を繋ぐことで特異点を維持しつつ、自らが選別した三騎のサーヴァント……即ち『三人の王』を拉致し、石塔に縛り付けた。
仕上げとしてジャンヌ・リリィに挑戦状を叩き付け、カルデアからの来訪者を待っていた……というのが、ニーチェの語った事の顛末であった。
「理解していただけたかな?」
ニーチェが眠たげに言う。どうも酷く退屈しているようだ。
しかし、そこに質問を投げかけた人物がいた。
「いや、まだだよ。貴方は、まだ真実を隠している」
ナポレオンに目隠しをされたままの立香だった。彼女には未だに不明瞭であった点がある。
『三人の王』の選定基準は何だったのか?
なぜ挑戦状を叩き付ける相手がジャンヌ・リリィだったのか?
そもそも、この騒動を起こしたきっかけとは何だったのか?
立香はその三つを矢継ぎ早に問うた。
その横でナポレオンは……目が覚めたとばかりにその表情を強張らせた。ジャンヌ・リリィは虚ろな目でその話に聞き入っている。
ニーチェの声、視線、仕草。その全てが精神を縛り付け、戒める鎖となっている。魔術のような神秘に頼らない純粋な概念が、カタチの無い言霊としてジャンヌ・リリィの精神を縛ったのだ。
「……ああ、そうだな。お前はそもそも、何のためにこの特異点を作った?」
「存在の形式と意義。それを知るためだ。クリスマスの時期にこのようなことをやっているのも、今回の議題が、サンタクロースだったというだけのこと」
「存在の……意義?」
「そう。聖女の幼少期として在る彼女にわざわざ挑戦状を送ったのも、『三人の王』も、全てはそのための材料に過ぎない。だが……そこから先は、残念ながら私が答えを言うワケにはいかない」
目の色が、声色が変わった。
確固たる意志によって、口を固く閉ざす決意を固めた姿だった。
「どういう意味だ?」
「巌窟王から聞いていないか? 彼は最後の王として、君達を導こうとしていたのだが、なるほどこうなると、どうも伝わっていなかったらしい。それ自体は仕方の無いことではあるが。最後に答えを出すのは、君達自身でなければならないからな。敢えて結果を通達するなら——今回は残念ながら
世界が暗転する。足元すら見えない闇の空間で、しかしながら立香はナポレオンとジャンヌ・リリィ、そしてようやく立ち上がったニーチェを視認する。
一瞬の浮遊感。浮いているのではなく、落ちている。感覚として理解できる。死ぬのでは、と立香は思った。
立香の脳内に声が響き渡る。ニーチェの声だった。
「やっと目を合わせてくれたな、カルデアのマスター。さて、君に最後の警告だ。ジャンヌ・リリィの身柄は預かる。次こそは、答えを抱き私の下に来るがいい。その時は私も、正しく全てを明かすとしよう」
その言葉を最後に、立香の視界は完全に閉ざされた。
つづく。