Jingle All The Way To Triumph 作:TAC/108
彼の試練を達成出来なかった立香は、闇の中へと堕ちていく。
果たして、クリスマスの運命や如何に。
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。
周りを見渡すと、少なくとも現代日本ではない、雪に包まれた村の風景があった。そして、目の前には雪に晒されて真っ白になった、四層構造の石塔が立っている。
「……失敗したのか……」
人理継続保障機関フィニス・カルデア所属のマスター、
彼女は失敗した。
変異特異点、永劫回帰石塔・エイヴィヒカイトに挑み、待ち受ける強敵を退け、最上層に辿り着いた。
しかし、塔の主に不合格の烙印を押され、彼女は塔から叩き出されたのだ。
しかも現在、石塔の最上層には同行者であったランサーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが囚われている。
さて、どうしたものか。これでもう一人の同行者であった彼が居てくれれば——
そこまで思い至ったところで、彼女は背後を見た。
一瞬、その姿に驚いた。もう一人の同行者、アーチャー・ナポレオンだ。
しかし彼は、普段からは全く想像出来ない程の落ち込み様を見せていた。足も腕もだらりと伸ばし、上体だけを起こして虚ろな表情で何事かブツブツと呟いている。無温ながら吹き荒れる風の音で何を言っているのかは判別出来ない。
だがしばらくすると何か閃いたのか、彼は唐突に立ち上がった。
「そうか……俺は、何てバカをやっちまったんだ……」
「どうしたの、皇帝陛下」
立香が問う。最早隠し立てする必要もないとばかりに、ナポレオンは正直に全てを白状した。
◆◆◆◆◆◆
石塔を登る道中で、ナポレオンは何か妙に急いでいる様子だった。
少なくとも第二層、アーチャー・ギルガメッシュとの戦闘時には真っ先に臨戦態勢に入った上に挑発まで行って戦闘に移行している。
アヴェンジャー・巌窟王との戦闘においても戦闘開始までの流れは迅速だった。
いくら第一層……アルテラサンタとの戦闘を通して、塔の進み方を理解したにしても、些か強引に過ぎる部分があったのは事実である。
かと言って、ナポレオンが特に何かこの塔の秘密を知っていたとも思えない。というより、彼はその手の隠し事を行うタイプの英霊ではない。
では何故、あんなにも解決を急いだのか?
「オレにとって、カルデアのクリスマスは今年が初めてなのは知ってるよな?」
「うん」
「それでな……許せねえな、と。ただそう思った。クリスマスってのはどんな奇跡も許されていい日だ。星が降り、夜空に虹を架け、サンタクロースを乗せたソリが、ジングルベルを鳴らしながら空を往く。そんな日をブチ壊す輩がいる。一刻も早く、このバカ野郎を懲らしめてやろうと思った。けどよ……間違ってたのさ、最初から」
ナポレオンはしゃがみ込み、空を見上げる。夜の空には雲がかかり、星一つ見えない。
「オレは英霊だ。望まれたが故に此処に在る。だが今回のオレは、心を逸らせ過ぎて一人で突っ走っちまった。マスターやリリィの嬢ちゃんもいるのにな? ……今回の失敗はオレの責だ。その上で、なんだが……あと少しだけ、オレに力を貸してはくれないか?」
「いいよ。一緒に、クリスマスを取り戻そう」
即答だった。聞かれるまでも無い。自分はナポレオンのマスターだ。サーヴァントに力を貸すのは当然のことだった。請われたならば、尚更である。
「ありがとよ、
「まずは、どうする?」
「そうだな……敢えて、一時撤退というのはどうだ?」
「へ?」
撤退? あのナポレオンが?
疑問符を浮かべる立香。しかしナポレオンには何か秘策があるらしい。
「ダ・ヴィンチに連絡を取って、一時的に帰還するよう伝えてくれ。事情は、オレの方から説明する。ああ、それと……聞いておきたいんだが、今は何日だ?」
「今は……十二月二一日だね。出発してから向こうでは一日経ってることになる」
「なら、今日を入れて三日間ってところか。上々だな、多少ハードな作業にはなるかもしれんが……やってみせるさ」
◆◆◆◆◆◆
かくして、ナポレオンの言うがままに、本当にカルデアに戻ってきてしまった。帰還のためのレイシフトを交渉するのは骨が折れたが、カルデアの現司令官代理を務める
そして、ナポレオンはぱったりと姿を消した。
それに伴って一部のサーヴァントも、クリスマスパーティーの準備に姿を見せなくなった。その中には、カルデアの初代サンタサーヴァントであるアルトリア・ペンドラゴン・オルタも含まれている。
立香はジャンヌ・リリィと仲の良かったサーヴァント、
何かが起ころうとしているのは間違いない。
立香は奇妙な胸騒ぎを感じながら、三日間クリスマスパーティーの準備に励んだ。
◆◆◆◆◆◆
そして、十二月二四日、午前五時。クリスマス・イヴの早朝に、立香はレオナルド・ダ・ヴィンチからのモーニングコールを受け、寝ぼけ眼を擦りながら、再び一八四四年のライプツィヒに向かった。
単身でのレイシフトだったが、肝心のナポレオンはどうも先行して辿り着いているという話であった。
さて、レイシフト先は変わらず雪降る無人の村。しかし以前と決定的に違う点が幾つもある。
石塔だ。石塔が、赤と緑の煌びやかな装飾で飾り付けられている。
無数の光の明滅は、蔓のように巻きつけられた電飾。
塔全体を飾る七種類の色のモールには、ドイツやフランスをはじめとする様々な国の国旗が吊り下げられている。
石塔の扉には、"
塔の最上層には、クリスマスツリーの頂点に置くトップスターが四つ並ぶように置かれていた。
一体誰が? いや、ここまでやるとなれば、考えられるのは一人。
立香は背後を振り向く。
「
「ナポレオン! ……って、その姿は?」
サンタクロース風の衣装に身を包んだ、ナポレオンの姿があった。
◆◆◆◆◆◆
ナポレオンの姿は、明らかに平時の軍服姿とは違う。
軍服をアレンジした服装ではあるが、色合いは赤と緑、そして金色の三色がメインである。
左胸には四つの星を象ったワッペンを付けている。
普段たすき掛けにしている帯は、七色に煌めく別の帯に変化している。
そして何より特徴的だったのは……
波打つ刀身を持つ大剣は、黄金に輝く柄と、虹色の刃を持つ。
ナポレオンが普段使用する大砲、勝利砲は何処に消えたのだろうか。
「コイツが気になるか? 聞いて驚くなよ? これこそは……フランス王権の象徴、聖剣ジュワユーズだ!」
聖剣ジュワユーズ、その名を聞いて立香は驚くと同時に疑問を抱いた。
カルデアには古今東西様々の英雄がいるが、その中には伝承に由来する英霊も存在する。
立香がその剣の名を聞かされたのは、シャルルマーニュ……フランク王国の王であり、後にローマ皇帝となった男、カール大帝の話を聞いた時であった。
証言者は、伝説に名高いシャルルマーニュ十二勇士が一人、
昔語りとして彼が聞かせた話の中に、聖剣ジュワユーズは登場した。
曰く、『その剣に並ぶものは無いとされる名剣』『日に三十回は色彩を変えた』とか。
シャルルマーニュとカール大帝の関係について、アストルフォは多くを語らなかったが、ともかくそういった聖剣の類は存在することを立香は事前に知っていた。
ジュワユーズは後の時代において、フランス王権の象徴としてあり続け、絵画にも描かれている。かく言うナポレオンの戴冠式においても、ジュワユーズは用いられたのだ。
そして現在は美術館にて現物が展示されているのだが……それにしても、何故ナポレオンはジュワユーズを所持しているのだろうか。
その疑問に答えるように、ナポレオンは剣の出自を語り始めた。
「聖剣ジュワユーズの現物は、確かにフランス王家に存在していた。だが、フランス革命の際にオリジナルが紛失しちまってな。戴冠式にジュワユーズを使用するために、レプリカを作らせた……という話になっている。どこまで信じるかはオマエ次第だ。オレはこの伝説と皇帝特権のスキルを利用して、ジュワユーズを手に入れたって寸法さ」
なるほど、言われてみると立香も納得する部分はあった。
ここにいるナポレオン……かつてアーチャーだった英霊ナポレオンは『後世に付随した数々のナポレオンに纏わる伝説』を基に生まれた存在である。二メートル近い高身長も、それらの伝説に見合った男として召喚されたが故だ。
であれば、『聖剣ジュワユーズに纏わる伝説を基に、霊基を弄って別のクラスで現界する』ということも、彼ならば可能だったということになろう。アーチャー・ナポレオンが為したのは実際恐るべき離れ業だったのだ。セイバークラスへの変化は、『本来持ち得ない才能であっても、本人の主張によって一時的に獲得できる』皇帝特権による部分もあるのだろうか。
「まあともかく、だ。アーチャー改めセイバー・ナポレオン・ボナパルト・サンタ、ここに参上ッてなァ!」
意気揚々と名乗りを上げるナポレオン。
それは、カルデア四人目のサンタクロース・サーヴァントとしての凱旋の宣言であった……のだが。
ここまでなら、良かった。だが立香は気づいてしまった。
ナポレオンの背後にある、漆のように黒光りする謎の戦車に。
戦車、と言っても近代におけるキャタピラと砲門の付いたものではない。形状は原始的なチャリオットや馬車に似ている。
優雅な金のエングレービングが、黒い車体に映える美しい色合い……その印象をも搔き消すような、二頭の金属製の馬。
間違いなく普通の馬ではない。先程から一切動かないのは、寒さに凍えているのではなく、それらが起動していない機械製の馬であるからだろう。
機械馬の曳く車体の車輪は、明らかに雪上走行に対応した、立香でも見覚えのある現代式のタイヤである。古めかしさは微塵も無い。
車体の形状も何かがおかしい。立香は馬車の車体には、左右対称に見えるものか、あるいは車体が前面にせり出しているものをイメージしたが、この戦車は車体が後ろ側にせり出している。更に言えば左右対称ではなく明らかに後ろの方が小さい。恐らく後部座席というものは確保されていない。
立香は恐る恐る、この異様な戦車について尋ねる。
「皇帝陛下、一つ質問が」
「ん?」
「アレ、何」
「ああ、アレか……アレはな……ソリだ」
「何て?」
「ソリ、だ」
「……アレが?」
「おうよ」
「……なんか、後ろに長くない?」
そこ以外は聞けなかった。何か恐るべき狂気と深淵の入り口に見えてしまっていた。
対するナポレオンの回答は、あまりにも立香の度肝を抜くものだった。
「ああ。今のオレはセイバーなんで、勝利砲は使えん。が、それはそれとして……霊基を変えたとて、オレがかつてアーチャー・ナポレオンであったことは変わらん。そういうわけで、ソリの車体として勝利砲を改造することにした。設計はバベッジが引き受けてくれたぜ、カッコいいだろ?」
「……まあ、だいたい分かったよ。でも、どうしてサンタに?」
立香が問う。しかしナポレオンは、この場で答える必要はないとばかりにはぐらかした。珍しい……が、理解もできる。
彼は、行動で示すタイプだ。つまりこの塔を登った先に、答えはあるのだろう。立香はひとまずナポレオンを信じることにした。
「ソイツはまあ、おいおい話していくとしよう。とりあえずは、塔に乗り込もうじゃねえか。攻略法はこの三日で掴んだ」
そう、ナポレオンは三日間、クリスマスムード漂うカルデアから姿を消していた。恐らくその三日間に何か秘密があるのだろうが……先の言葉に従い、立香は敢えて問うことはしなかった。
かくして二人は再び、永劫回帰の名を冠する石塔に足を踏み入れる。
迎え撃つは『三人の王』、そして石塔の頂に立つフリードリヒ・ニーチェ。
クリスマス・イヴの早朝に、
つづく。