Jingle All The Way To Triumph   作:TAC/108

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変異特異点の主、フリードリヒ・ニーチェに大敗を喫した藤丸立香とナポレオン。
三日間の充電期間を経て、クリスマス・イヴの早朝に再び特異点を訪れる。
霊基を新調し、セイバーとなったナポレオンと共に、立香はニーチェの待つ石塔へと足を踏み入れるのであった。


再走・第一層:アルテラサンタがやってくる

石塔の第一層は、扉を開けて直ぐにその内装を露わにした。

前回訪れた時と何も変わっていない、クリスマスにちなんだ煌びやかな装飾の施された部屋。中心に置かれた巨大なクリスマスツリーも何一つ変わってはいなかった。

「ってことは……アルテラもいるよね?」

「そうだな、フンヌの大王サマ……いや、サンタの先達がここにいる。だろ、アルテラサンタ!」

「よくぞ見抜いた、挑戦者。フンヌのクリスマスルームへようこそ、だ」

果たして『第一の王』アルテラ・ザ・サン〔タ〕は、展開した天井裏から、羊に乗って現れる。

「さあ、プレゼントを渡しに来たぜ!」

「……? その姿は……まさか! 今年のサンタはお前なのか、英霊ナポレオン?」

「ああそうさ。ここにいるオレこそが、カルデアの四代目サンタクロース……ナポレオン・ボナパルト・セイバー・サンタクロースだ!」

ナポレオンは高らかに宣言する。

謂わばサンタクロースの戴冠式。かつてフランスにて新たな時代を拓いた男は、サンタクロースとして振る舞うにあたっても、新時代の先駆であることを誓う。

「なるほど、お前が第四のサンタクロースか。良いぞ、私は嬉しい。だが……まだ()()()()。不足がある。ならば私は、サンタの先輩として、お前を教え、導こう」

アルテラサンタの視線がナポレオンの方を向いた。その目は厳しく、しかしながら優しさと喜びに溢れている。

彼女は決心していた。サンタクロースの先輩として、自分が教え、彼を導かねばならない、と。

「心遣い、感謝するぜ。お互い全力で行こうじゃねえか。マスター(メートル)、準備はいいな?」

「了解、戦闘準備!」

立香に迷いはない。ナポレオンが何を言わずとも、彼女は彼を疑うことはなかった。『少なくともここまで来てただ自棄になっているわけではなかろう』という信頼があった。

 

部屋の内部が一瞬にして、夜の雪原に切り替わり、聖夜に二騎が剣を取る。

右手に手綱を、左手にプレゼントを。

平和を約束された、決死の決闘が幕を開ける。

 

◆◆◆◆◆◆

 

先手を取るはナポレオン。黒光りする車体の戦車が虚空から姿を現わす。何度見てもソリには見えない。

「乗りな、マスター(メートル)! 夜空に虹を架けようじゃねえか!」

「待った、一体何を……」

問答無用とばかりに、米俵めいて肩に担がれる立香。車体に叩き込まれるが、適度に温かく柔らかいクッションがその身体を危なげなく受け止める。

「初手から()()()()()()か。良いぞ、では速度を競うとしよう!」

アルテラサンタは自ら乗る羊のツェルコと共に、夜空に向けて飛翔する。

流星の如き速さで、カルデア三代目のサンタが星空を駆ける。

 

「何これ?」

立香の隣にナポレオンが座る。手に持った聖剣の刃が縮み、イグニッションキーを象ると、ナポレオンは躊躇いなくキーを挿し込む。一つ捻れば駆動音。内装は豪奢ながらいささか窮屈な車体が、LED電飾の明るい光に照らされる。ナポレオンが座った運転席には、乗用車のハンドルが現れた。

「ベルトを締めて口を閉じな、舌を噛むぜ!」

「へ? むぎゃっ!?」

予備動作などない。全速力の発進が衝撃(G)となって立香を襲う。

機械の馬が嘶くと共に、黒い戦車が星空に向けて突き進む。

 

舞台は空中。この石塔は『入った者の心象を取り込む固有結界』であり、内部においてのみ質量保存の法則からは自由である。二騎は明らかに高度一千メートルの上空にいるのに、一向に天井に辿り着く気配が無いのも同様の理由である。

そして現在、ナポレオンと立香は雲海を駆けるアルテラサンタを追っている。

アルテラサンタのソリ……羊のツェルコは、本人が言うには『初代サンタ・アルトリア・オルタよりも速い』とのことだが、実際そのスピードは規格外と言う他ない。虹の尾を引いて、羊の群れを連れて夜空を走る姿は異様でこそあれ、幻想的だ。

かと言って何もナポレオンが遅れを取ったわけではない。元々が宝具だったモノをソリの車体として再設計しただけあり、出力だけならば歴代でもトップクラスである。後部座席は無いがトランクは確保されており、その中には様々なクリスマスプレゼントを詰め込んだ袋が入っている。それでいて、アルテラサンタに引けを取らぬ速さだ。尋常ではない。

 

アルテラサンタが方向を急転換する。羊の群れも歩みを止め、横一列に並ぶ。アルテラサンタは懐から白い付け髭を取り出すと、何とも言えない微妙な老人口調で喋り出した。

「ふぉっふぉっふぉっ。よくぞ来た、新米サンタよ。私はアルテラサンタ。カルデアの三代目サンタクロースじゃよ。早速じゃが、私はお主に試練を課そう。これは私からのクリスマスのプレゼントじゃ、心して受け取るがいい」

「オーララ! フンヌのクリスマス、ご教授願おうか!」

ナポレオンがイグニッションキーを捻る。立香は次の瞬間、その光景に目を疑うことになる。

 

戦車を曳いていた二頭の機械馬が変形を始めた。前脚と後脚を折り畳むと、腹の部分から二つの車輪が出現する。ハンドルやペダルが無いという点に目を瞑れば、その形状は完全に自動二輪車(オートバイ)である。そして現れた車輪は横倒しになり、高速回転を始める。摩訶不思議の力によって虹色に輝く六つの車輪が、揚力を発生させていた。

更に車体後部の側面が展開し、二門の砲塔がせり出した。砲塔は忙しく首を動かし、標的を探している。

車体全面に張り巡らされた金のエングレービングが輝き、トランクルームから熱を纏った蒸気が発せられる。見ればトランクに詰め込んだ袋は、虹色の光を放つ()()()()()()を内包したシリンダーと化し、その管は外に突き出した砲塔に繋がっていた。

物理法則を超越した大変形。クリスマスの奇跡が為せる技である。

 

「人よ願え、この聖夜に奇跡を起こさん! ここにオレが……サンタクロースがいる限り!」

人の道とは、行く先ではなく通った背後に現れるもの。彼が征くはまさしく、次代の道。先駆となって希望を示す星。そして旅の果てに人々に、甘美なる報酬を齎す道だ。

前人未踏のソラを目指す戦車が、夜に虹の道を架ける。

これぞナポレオン・サンタの第一宝具。その名は——

 

「『聖夜を高らかに(シャール・ドゥ・ノエル)告げる虹輪(・ドゥ・レトワール)』!」

 

虹の六輪は、熾天使(セラフ)の六翼が如く火花を散らし、夜空を明るく照らす。それは謂わば夜の太陽、白夜の光輪。落日を超えて輝く星。ナポレオン・ボナパルトの在り方を表すが如き、暗夜を突き進むトップスター。

手綱(ハンドル)を握り、(アクセル)を蹴りながらナポレオンは高らかに己が愛馬(チャリオット)に命ずる。

 

「夜空を照らし、雪を蹴散らし、勝利の鐘(ジングルベル)を鳴らす時は来た! ここがオレ達のクリスマスだッ!」

 

立香は唖然としてこの光景を見ていた。絶句。ただひたすらに絶句。

もはや言葉も無い。月より眩く輝く車体の光に、目を焼かれるような心地さえした。

宇宙ステーションから見た地球の夜景というのを、立香はテレビ番組で観たことがあった。彼女の出身国である日本の夜景は、宇宙から観測すると列島の大半が明るく光っているのだ。

立香は大変形した戦車の、目に毒とすら言えるような光り方に、ぼんやりとその映像を思い出していた。

 

「いいぞ、なかなか良く出来ている。少し明る過ぎるが、むしろお前にはそれくらいが丁度良いのだろうな。では試すか、サンタ後輩! 匈奴(フンヌ)のクリスマスを見せてやろう!」

「オーララ、ノッてきたなサンタ先輩! クリスマスレースと行こうじゃねえか!」

 

◆◆◆◆◆◆

 

聖夜の空を、二つの星が照らす。

二つの星は、あまりに対照的な光り方をしている。

さながら月と太陽の如く。

虹の流星二つが、夜空を駆け抜ける。

 

空中決戦。ナポレオンとアルテラサンタは、互いにデッドヒートを繰り広げていた。

アルテラサンタが従える羊の群勢が、その丸い身体を霧散させ、光を撒き散らす。爆発したかのように見えるが、実態は摩訶不思議なエネルギーの放出である。見た目以上の威力にナポレオンのソリは大きく揺れるが、体勢を整えてさらに速度を増す。

「主砲一番・二番、砲撃用意!」

ナポレオンが叫ぶと、先程から忙しく動いていた二つの砲塔が、羊の群勢に首を向ける。すぐに発射音が鳴り響き、目標であった羊の一頭に命中する。羊は砲弾——赤いプレゼントボックスを喰らって地上に落ちていく。

「ああっ、なんて暴力的な……」

「ねえ、コレ本当に大丈夫なの?」

立香がやや呆れ気味に聞く。プレゼントボックス弾はかなり勢いが強い。つまりその分威力はあるということだが……

「プレゼントの中身は『受けた当人が望んだモノ』だ。欲しいモノは欲しいだけ、存分に楽しめる。サンタってのは、望まれて在る者だからなァ!」

「いや、威力の話」

「ん? ああ、それは……まあ、やり過ぎちまう時もある。弾速をもう少し落として……いや、今はそんな場合じゃねえな!」

風より早く、羊の群勢が襲い来る。ナポレオンの戦車(ソリ)は止まることなく、確実に一騎ずつ撃墜していく。

「なあ、サンタ先輩! 最後のレッスン、頼むぜ!」

「当然だ、サンタ後輩。先輩サンタとして、最後の仕事を果たそう」

決着は近い。互いがその事実を認識していた。

 

「約束は壊さない。その孤独を粉砕する——」

天から来たる流星は、空に虹を架ける奇跡を見せる。

月天の牢に孤独あれど、冬の空に輝く星は、皆の孤独を照らせると信じて。

破壊を超えて新たな光を知った彼女が振るう、奇跡の権能。人呼んで聖夜現象(サンタエフェクト)

「『聖夜の虹、(キャンディスター・)軍神の剣(フォトン・レイ)』!」

七色の流星群は、一丸となってナポレオンの戦車に突撃する。

「上等だ。マスター(メートル)、このまま突っ切るぞ!」

「了解……! 令呪を以て命ずる! 勝ちに行くよ、皇帝陛下!」

立香も覚悟を決めた。神代の暴威に飛び込むが如き蛮行、されどその足が止まることはない。令呪一画を消費して、戦車のスピードを爆発的に上昇させる。

「これが! オレの! サンタ道だッ!」

天雷の如き炸裂に飛び込んだ。目を焼かんばかりの光の嵐を、突き抜けるように疾駆する。

立香は固く目を瞑る。そして光が止み、再び目を開けた時には、勝敗は決していた。

黒煙を上げる戦車が、車体の電飾を爆発させて雪の大地に激突する。

それと同時に、煤けて黒い斑点を帯びた球体が、騎手と共に落ちてくる。

先に起き上がったのは……戦車の騎手、ナポレオンであった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

雪原は、煌びやかに飾り付けられたクリスマス仕様の部屋に戻った。

地面に突っ伏して目を覚まさないアルテラサンタの前に、立香とナポレオンが立っている。

寝息を立てている風にも見えたアルテラサンタだったが、突然凄まじい勢いで飛び起きた。

「ん……ハッ!? わ、私は、一体……」

「大丈夫、アルテラ?」

「おお、我がふわふわのマスター。そして……サンタ後輩だな?」

「ああ」

アルテラサンタはナポレオンと立香に向けて交互に会釈する。先程までキャンディケインを振るっていた人物と同様の、穏やかな視線がナポレオンに向けられた。

「ナポレオン・ボナパルト。おまえがカルデアの四代目サンタ、ということだが……」

「おうよ。オレはやらなきゃならんことがある。そのためにここに戻ってきたのさ」

 

彼の使命。立香はそこが気になっていた。彼が自ら、サンタクロースになってまで果たす使命とは、何なのか?

「そういえば……ナポレオンはどうして、自分がサンタクロースになろうと思ったの?」

 

「簡単さ。サンタクロースはな、プレゼントを届けるんだよ。可能性の偶像、望まれて在る奇跡の具現。語源を遡れば聖ニコラウスにまで辿り着くが、かの聖者が何を思ってるのかはオレにも分からん。だが、少なくとも現代においてサンタってのは、プレゼントを願う者に、プレゼントを届ける存在だ。オレはこの塔の連中全員に、プレゼントを届けるために、サンタクロースになったのさ」

 

ナポレオンは意気揚々と語った。かつて国を統べた者として、責務を果たすことに関しては他のサンタにも引けを取るまいと、彼は自負していた。

「じゃあ、アルテラサンタも何かを求めてたってこと?」

「……そうだな。今年のクリスマスも楽しみだった。いずれ来たる後輩を、しっかりと導ける先輩サンタクロースに、なってみたかった。その心に嘘はない。彼は先代にあたる私に、後輩サンタとして向き合った。それはとても、あたたかい触れ合いだった」

アルテラサンタは噛み締めるように、己の心中を語り始める。

彼女は不安だった。先代サンタクロースとして、恥ずかしい真似は出来ないという義務感が、今回の事件に繋がった、と彼女は考えていた。

だが……救いもあった。彼女はこうして、ナポレオンとの激闘を通し、先輩として後輩を教導する役を、しっかりと果たすことが出来た。

 

一度目とは異なり、光に身を包みながら、アルテラサンタは最後のメッセージを送る。カルデアへの退去の光だ。

「ありがとう、サンタ後輩……いや、ナポレオン・ボナパルト・サンタクロース。今日という日を、おまえと共に在れたことが、私にとっては大切なプレゼントだ」

「それはこっちのセリフさ、誰よりも優しき願いを持った三代目。孤独を癒す星を願ったサンタ先輩。アンタの教えは決して忘れないさ」

アルテラサンタはにこりと笑い、懐から付け髭を取り出す。

「では、最後の授業じゃ。さっきはああ言ったが、やはりあの戦車は光量が少し多すぎる。もう少し電飾を控えめにすると良い」

了解(Oui)。以後は気をつけるとしよう」

ナポレオンが返すと、満面に笑みを浮かべたまま、アルテラ・ザ・サン〔タ〕はカルデアへと帰っていった。

第一層の扉が独りでに開く。

カルデアの三代目サンタクロース、その勇姿を見届けた二人は、次の層を目指して先に進む。

 

次なる関門は、人類最古の英雄王。

僅かな不安を胸に抱き、彼らは第二層へと急ぐのであった。

 

つづく。


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