愛に生きる   作:かのん

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意外と早く書きあがったので投稿します。


サブタイトルは『He who has never hoped can never despair』-Bernard Shaw-の格言から


She who has never loved can never despair

 

東京武偵高では午前中に一般科目、午後に専門課程の授業が設けられているのだが、今日は4限の授業が終わってからすぐに帰ってきた。

周りには体調不良ということで通してきたが、まぁあまり変わるまい。なにせこのままではほとんど授業に身が入らないのだから。

普通科の高校と違って武偵高では気を抜いていると事故に直結するような授業がよくある。周りの生徒たちは心配してくれたが、今はとても授業を受けられる心境ではないのだ。

 

朝に自己紹介してきた彼を思い返す。

 

トオヤマキンジ。

 

あのトオヤマキンイチと同じ名字。日本でトオヤマというファミリーネームがどのくらい一般的かは知らない。

だが、同じ武偵、同じ名字、キンジとキンイチという似通った名前。果たして偶然の一言で片付けられるのか。

 

彼に弟がいることは聞いていた。イタリアと日本では新年度が始まる時期が異なるから同じ学年かはわからない。

そのせいか彼もいくつ離れているかは言っていなかったが、おそらく同じくらいの歳だろうとは思っていた。

 

…………もし、もし万が一、あの彼が金一の弟だとしたら、私はどうするべきなのか。

 

朝、彼の名前を聞いてから頭の一部を占め続けていた思考に未だ答えは見つからない。

 

愛した男の弟かもしれない人物。だけどその相手はすでに鬼籍に入っていて、まだその時から時間も経っていない。

彼は、彼だとしたら、どのような気持ちで武偵を続けているのか。

『義』に生きる一族の天命(さだめ)故か。

彼の事件について書かれたあの記事は一通り読んだ。途中何度も彼の記憶が蘇り、その度に涙しながら、時間はかかったが読み通した。

受け入れるためにも。この気持ちにピリオドを打つためにも。

 

事件を防ぎきれなかった武偵と、武偵制度に関する問題提起。

 

事件に関する詳しい経緯は未だ不透明で分かっていることは少ない。

それでも真冬の海における行方不明はそのまま死に直結し、それを考慮してか早々に捜索は打ち切られた。

 

親族が、血を分けた肉親が亡くなっても彼には武偵を続ける気概があったのだろうか。

私には想像できない。あのたった一つのニュースだけで自分の任務も忘れて3日間引きこもり続けた私には。

 

……ダメだな。これでは。

自嘲的な面に移り始めた思考を一度カットする。

そもそも彼が金一の弟であるかどうかだってはっきりしていないのにここまで考えても仕方がないのだ。

全くの別人であって、本当の彼の弟は未だ立ち直っていないのかもしれないし。というかその可能性の方が高い。

 

……遠山 キンジだ。

 

それでもやっぱり頭に残る彼の声。

 

……トオヤマ キンジだ。

 

バチカン所属なのにソッチ系の技能がテンでダメな私の耳に残るその言葉。

 

本当に、ただの偶然なのか。第六感とかオカルト方面に疎い私には判断できない。

メーヤさんに助言でもと思うけれど、彼女にはまだ金一の死についてすら話せていないのだからそうすることもできない。

何度も言うが、まだ全然受け止めきれていないのだ。

 

……わからない。わからないよ金一。

 

私は、一体どうすればいいの……

 

「たすけてよキンイチ……っ」

 

部屋に響く慟哭に答える声は、しかし当然のように何もなかった。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

「大丈夫かなぁアテナん」

 

左隣に座る理子がふと漏らした声。

 

おい授業中だぞ、集中しろよ。

とは思うけれども、悲しいかな彼女は探偵科のAランク武偵。所詮Eランクの俺がどうこう言える立場ではないのだ。

とはいえコイツが上の空のこんな状態だと、アリアに関する情報の精度もロクなものにならないかもしれない。

多分しっかりとやってくれるとは思うんだが……。

 

というか、自分が集中しろキンジ。

こんなザマじゃ普通科高校への編入も上手くいかないぞ。ただでさえ悪い成績をこれ以上低下させるわけにはいかないのだから。

 

気を入れ直して教壇の上の高天原先生の授業に聞き入る。

去年の一月から探偵科に転科してきたせいで俺の知識の幅は他の探偵科の生徒よりもかなり狭い。

ここからどうにか成績を向上させて、普通科高校への内申をどうにか良くしなければならないのだ。

 

そういった俺の努力を、しかしどうやら神は認めてくれないのか、左隣の理子は授業に集中する俺の左脇腹をシャーペンでツンツンと刺してくる。

 

(……おい理子、やめろよ授業中だぞっ)

 

(だってさあ、キーくんは気にならないの?アテナん一日目からすぐ帰っちゃったんだよ?)

 

(気になるには気になるが俺にとってはこっちの方が大切なんだっ)

 

小声で理子と話し合うがそんな俺の努力はしっかりと先生に見咎められてたらしい。

見れば高天原先生はウルウルと目に涙を浮かべてこちらを見ている。こちらを見る生徒たちの視線も痛い。

 

「遠山くん、先生の授業はそんなにつまらないですか……?」

 

「いえっ、そうではなくて!そもそもこれは理子が!」

 

と隣を見るが、イネェ!?

 

いつの間にかポツンと姿を消していた理子に動揺する。

 

 

あの野郎、ゆとりちゃんを泣かせやがって。

ヤるか?

 

教室の至る所から耳に入る剣呑な言葉の群れに震える。

気づけば理子は教室の扉の外からこっちを見て、舌をペロッと出しながら頑張ってねと瞬き信号を送ってくる。

クソッ、ハメられた。

 

すいませんでしたと謝ってから針のムシロのような空間での授業に戻る。

こんなことではひたすらに地を這っている俺の内申がついには地面に潜り込んでしまう。

アイツ後で覚えてろよ、と負け惜しみのように内心でつぶやきながら、探偵科の授業に意識を入れ直した。

 

 

 

刺すような空気の授業も終わり、他の生徒からの殺気から早々に逃げ出した俺を途中退席していた理子が迎える。

神よ……なんでこんな奴がAランクなんだ?と思うも、任務になると突出して優秀な結果を叩き出すのだから仕方がない。

結果が重視される武帝の世界にはこういう奴も一定数いるのだから。

とはいえ、ここまで極端な奴は少ないだろう。

 

「おい理子っ、お前のせいで俺はなー」

 

「クフフッ、ゴメンねキーくん。でもキーくんも悪いんだよ?アテナんのこと気にもせずに過ごしてるんだから」

 

「そんなこと言ってもだな、俺にも俺の事情が「はいこれ」……?」

 

俺の胸にポンと押し付けられるA4用紙の束。

 

「これは?」

 

「アリアについてだよ。キーくんまさかもう忘れちゃったの?頼んだのキーくんなのに」

 

嘘だろ……?こいつが教室から抜け出してからまだ1時間も経ってないんだぞ?

ホントに任務になると優秀だなコイツは。なんで普段がああなんだ。

 

「さっきのお詫びに報酬は安くしてあげるっ。だからそんな怒んないで、ねっ?」

 

「お、おう」

 

胸を寄せて体の前で手を合わせる理子に若干ドキッとしながら、目をそらすために理子に渡された資料に目を通す。

 

「おいおい、マジかよこいつ……」

 

強襲科Sランク、ヨーロッパで解決してきた事件はわかっているだけでも99件。それに達成率100%だと!?

マジモンの化け物じゃないか。俺はこんな奴に狙われてるのか?

それに……

 

「あいつ貴族だったのかよ」

 

アリアの祖母がイギリスでDameの称号をもらっているらしい。家名のHに関しては書かれていなかったが。

 

「おい理子、アリアのH家ってなんなんだよ?お前ならそれくらいわかってるだろ?」

 

問いただすも

 

「それくらいキーくんで調べてよ。ちょっとイギリスのサイト調べればわかるくらい有名な家なんだから」

 

と鮸膠も無い。

 

「俺は英語が苦手なんだよ」

 

「武偵は自立せよ。武偵憲章にもあるでしょ?」

 

ぐっ……、それを言われると立場が無い。

 

「そんなんじゃアリアから逃げられないよ〜?まあちょっと昔のキーくんならわからないけどね」

 

双剣双銃(カドラ)って知ってる?と聞いてくる理子、それは初耳だ。

 

「アリアの二つ名だよ。ガバメントの2丁拳銃と小太刀の二刀流。優秀な武偵には二つ名が与えられるけどアリアの場合はソレって訳」

 

……確かにチャリジャックの件でアリアと体育倉庫で揉み合いになった時、2丁拳銃と二刀流で向かって来ていたな。あの時は俺がナッていたからなんとかなったものの。

 

「それで、どーするのキーくん?アリアの奴隷にされそうって言ってたけど今のキーくんじゃ逃げられるわけないよね?……あっ、もしかしてSMプレイってやつ?」

 

「……そんなわけないだろうが」

 

と呆れてみるが、確かにこんな化け物みたいな武偵相手に今の俺が逃げ切れるとは思えん。そもそも奴隷になれとはどういうことなのか。

 

「ねーねー、どうするのキーくん。強襲科に戻って鍛え直す?そしたら逃げ切れるかもしれないよ?理子も強襲科だった頃のキーくんの腕は認めてるんだから」

 

理子は俺を強襲科に戻すようなことを言ってくるが、……ダメなんだ強襲科(あそこ)は。

今の俺が戻って生き残れるようなヌルい場所ではない。こんな武偵に対して後ろ向きな感情を持ったままやっていけるような学科じゃないのだ。

 

「いや、どうにかして考えるよ。ありがとな理子、助かった」

 

それはこれから考えるしかないだろう。今の俺では到底思いつかないかもしれないが、あのモードになった俺ならば答えを見つけられるかもしれない。

今のアリアが居ついているあの環境ならば望まずともそうナれることもあるだろう。……全く、嬉しくはないことだが。

 

 

 

とりあえずありがとな、と言い残して家路に着く。

さて、今日はどうしようか。このまま家に帰ってもアリアがいるかもしれないし、依頼でも受けて時間を潰そうか。

クソッ、自分の部屋が寄りたくない場所になる日がくるなんて思ってもいなかったぜ。

 

 

 

 

 

「さーてさて、キーくんも強情だなぁ。さっさと諦めて戻っちゃえばいいのに。どうやってアリアとくっつけようかなぁ」

 

モノはつけた。今のキンジならこっそりと制服に忍ばせた耳にも気づくことはないだろう。あとは機を伺って考えようか。自分の目的を成すには、まずはあの二人をくっつけなければならないのだから。

 

 

 

俺が去った後に理子がそんな昏い笑みを浮かべているとも知らずに。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

目がさめると部屋の中は真っ暗だった。

泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。本当に日本に来てから涙腺が脆くなったものだ。

部屋の明かりをつけてみれば時刻はそろそろ午後8時。訓練に身を入れている生徒たちももうすぐに帰宅してくる時間帯だ。

 

そういえば、理子が心配してくれていたな。隣に帰って来ていたら謝っておこうか。

 

隣の部屋をベランダから覗き込むも未だ明かりがついている様子はない。何か用事でもあるのだろう。

武偵なんてやっているのだからこういうことも別に珍しくはないのだ。

 

「なーに見てるのアテナん」

 

「Oddio!!」

 

驚いた。

見れば理子が外から私の部屋に登って来ていた。なんてとこから出てくるのかこの娘は。

 

「いやあ、アテナんの様子確認しようかと思ってさ」

 

驚いた?と眉を下げて笑いながら尋ねてくる。

驚いたなんてものじゃ済まない。思わず飛び上がってしまうところだった。

 

ゴメンね、と苦笑いしながらこちらの体調を訪ねてくる。心配かけてしまって申し訳ない。

 

こんなところじゃなんだからと理子に部屋に上がってもらって今度はしっかりともてなす。

コーヒーを淹れて、スティックシュガーを2本添えて理子のとこへと持っていく。彼女が甘いものが好きなことはわかっているから。

 

しっかりと2本分の砂糖を流し込んでティースプーンでカチャカチャと音を立てながらかき回す理子を見て、こちらも対面のソファに腰を下ろす。

 

しばらくコーヒーを啜る音だけが部屋を満たす。銃声も聞こえない穏やかな空間でやけにその音だけが耳に残った。

 

「それで?何かあるんじゃないの?」

 

コーヒーが半分くらいなくなってから理子の声が静寂を静かに破る。

こちらが何度もチラチラと理子の顔に視線を移して、ついでコーヒーに戻していたのは気づかれていた。

隠しているつもりもなかったのだから当然か。

 

正直、まだ話してみるかどうか決心はついていない。

そんなこちらの心情を汲んでくれてか、彼女は急かさずにこちらの口が開くのを待ってくれている。

 

彼女になら、話してもいいかもしれない。こんな心優しい彼女になら打ち明けても、弱みを見せても、大丈夫だ。きっと。

―でも、まずは、彼のことをはっきりさせなければ……

 

「ねえ、理子」

 

「ん?」

 

可愛く小首を傾げてこちらを見上げてくる。安心させるように、母性を孕んだ笑顔で。

 

「彼……、遠山キンジくんについて聞きたいのだけれど……」

 

意を決して口を開くと、なぜか理子は苦々しい表情を浮かべて

 

「あー、またキーくん理子の知らないところで女の子ひっかけちゃったのか〜」

 

と、もしかして恋仲なのだろうかとも疑うような顔で。

 

「いや、そういうことではないんだけれど……彼、遠山キンジくんに、その、……お兄さんは、いる?」

 

ついに核心に届く問いを、訊く。確かめるように、答えに手を伸ばす。

 

「っ……、うん。いる、いや、いた……かな」

 

ゴメン、詳しいことは理子の口から言うべきじゃないかも、と続ける。

私の質問にハッとした顔は隠さない。

 

これは……やはり、そういうことなのか。

念のために質問を重ねる。自分の巡り合わせに狼狽しながらも、どこか納得した心境で。

 

「その、彼のお兄さんの名前、……金一さん、だよね?」

 

これは間違いなく私に迫る試練なのだろう。

忘れようとしても、逃げ出そうとしても、逃げ道を塞ぐように立ち塞がる。

 

神が私に与えた試練なのだろう。

 

私は受け止めなければいけない。彼の死を。再び破れたその想い(ユメ)を。

 




話が進まない……


いるかわからないけど原作未読の読者様のために

Q, キンジの言う奴隷ってなによ?

A,2話の終わりあたり、インターホンがキンジを眠りから叩き起こした後


アリア「ーキンジ。あんた、あたしのドレイになりなさい!」

キンジ(何を言ってるんだこいつは……)

作者(何を言ってるんだこいつは……)


ん?説明になってない?
原作もこうなんだから仕方ない。一応わかるように書いていくつもりなので、そんなにお気になさらずに。



作者はなるべくエタらないように次の話を半分くらい書いてから投稿してます。
意外とそれだけでモチベーション続くから、結構オススメの方法ですよ。
1話5000字くらいなら半分なんてすぐ書けるしね。続き書いてる途中に書き直すこともできるから……

友人「書き直してこのクオリティなのか?」

黙れ。



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