流行りに乗って書いてみたヒーローアカデミアver.イバラギン 作:Gesamtsieg
朱い。紅い。赤い。アカイ。
目の前にある、ひたすらな赤色に思わず嘔吐が込み上げる。
絵の具などではない、生々しい赤さ。たまりには黒みを帯びたところがあり、できの悪い腸詰のようなものが浮いていた。
散らばっているあのピンク色は何だろう。ブヨブヨしていて、まるでゲル状のようにも見える。思い出すのはぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ絵具だ。もっとも、色を混ぜすぎて汚らしくなったといったものではなく、混沌として嫌悪感を覚える類の類似だが。
これ以上赤を見るのが嫌で、私は他所へ目を逸らす。
ああ、だが。それは失敗だった。頭の中で理解を拒否していた現実を、直視することになるからだ。
力なく転がった小柄な体。膨大な赤に濡れた黒い学ラン。伽藍洞となった胴体と、頭。
整っていた顔は見る影もなくグチャグチャになっていて、華奢だった体は大きな穴だらけになってより面積を縮めている。
「ぅあ」
それ以上の音が私の喉から零れ落ちることはない。酸素はいっぱいあるのに、どうしてか私の肺は動こうとしない。苦しい。呼吸ができない。意味がわからない。
何故だ。何故。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。何故。
何故。何で。どうして。彼なんだろう?
どうして彼が死ななければならなかった。どうして他の奴じゃなかった。
世の中にはもっと死んだ方がいい奴らなんていっぱいいる。いや、そんな大層な理屈じゃなくてもいい。彼じゃなければ誰でもいいんだ。その辺にいる人でいいじゃないか。
もっと話したいことがあった。明日もおはようと言うつもりだった。明日も、明後日も、そのまた次の日も、私と彼は一緒にいて、いつもみたいに他愛なく笑うはずだったんだ。
「・・・・・・えせ」
喉から捻りだした私の声に、あの悪魔が振り向く。私からあいつを奪った、クソッたれのヴィランが私を見る。
「・・・・・・あいつを返せ!」
ありったけの感情をこめて、心中に巣くう真っ黒を全て混ぜて、私は叫んだ。
返答は彼の身体を散々貫いた、あの黒い球体だ。その動きは早い。更にあれはブラックホールのようなものらしく、触れた物質を削り取る。防御なんてできないし、先刻両足を削られて立てすらしない私では避けることさえできないだろう。
だがそれでもいい。私はやれるだけのことをした。後は鎮圧しに来るであろうヒーローに任せ、せいぜい怨み呪いながら死を待とう。
そしてあいつのところに行くのだ。この世界で一緒にいられないなら、せめて向こうで会えばいい。
黒い死の塊がもう目の前まで迫っている。
私は死ぬ。だが、お前もロクな未来が待ってはいないのだ。せいぜいあの世で笑ってやる。
「くそったっれが」
最後に口汚く唾を吐きながら、私は目を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私には水尾陣という幼馴染がいた。甘いものが嫌いで、怠け者な阿呆だ。
知り合ったのは物心ついたころで、彼ら一家が私の家の隣に越してきたのだ。
最初はそれだけだったが、やがてあいつは習い事で我が家の家業たる剣術道場に入り浸るようになり、気づけば年が近いこともあって、私達は一緒に練習をするようになっていた。当然である。背格好が近い門下生が他にいなかったのだから。
あいつは子供の頃から女の子のような顔をしていて、その上門下生の中では一番怠け者なくせに、人一倍上達が早かった。特に足運びや呼吸に関しては、祖父から一族最大の天才ともてはやされて育った私よりもなお熟達していて、負けず嫌いの私はよく張り合っていたものだ。
小学校に上がり、私が師範代すら下すようになるころには、あいつが隣にいるのが当たり前になっていた。そのせいで、いない方がかえって調子が出ず、サボり魔が酷くなったアイツを無理矢理道場に連行していたのはいい思い出である。また、この頃の私とまともに試合ができたのは、道場で陣と祖父、もしくは父くらいしかいなかったのだ。
ちょうどその時期、個性把握検査があった。
個性とは、数世代前より人類に発現しだした特殊な能力のことである。現代においては持っていない・・・・・・『無個性』である方が珍しく、誰しもが何かしらの異能を使えてしまう。ちなみに、本来ならもっと幼い時に受けるものらしいが、両親と祖父がすっかり通知を忘れていたのだ。おかげで、年遅れで私と陣は検査を受けることとなった。
そこでわかった私の個性は『結界』。私の間合いの中であれば、五感よりも早く相手の動作を把握できるというもので、反応速度と反射速度において陣に劣っていた私からすれば、ようやく彼の速さに追いつける気持ちだった。
しかし問題は陣の方だった。
『無個性』。あろうことか彼はそう診断されてしまったのである。元よりヒーローに憧れていない陣だったものの、子供社会においてそういった異物は排斥や虐めの対象になりやすい。その報せを聞いて彼の両親も、そして私も、彼の立場を案じていた。
が、その点は問題なかった。当時、我が道場の歩法をすでにマスターし、自らの素質に合わせてに改良まで手をかけていた陣である。たかだか火が出せたり体が硬かったりする程度の同年代に負けはしない。それどころか、軽く恐れられているふしさえあった。
問題だったのは、陣が『ヒーロー』を目指していたことなのだ。
中学に入る前を境に、陣は喧嘩に明け暮れるようになった。
道場には今まで通り顔を出してはくれるものの、帰りを共にすることはほとんどなくなり、ボロボロのなって帰ってくる。時には服が焦げていたり、霜が降りていたこともあった。個性という異能が蔓延る世の中だ。それだけ見せられて暴力沙汰を想像しない方がどうかしている。
中学二年になる頃には聞きたくもない悪名が私の耳にも届くようになった。
学ランを着た女顔の中坊、『鉄パイプの悪魔』といえば都内でも有数の喧嘩師の名前で、何でもここら一帯を縄張りにしていた賊を個性も使わずに全滅させただとか、有名不良校の頭を無傷でのしたとか。果てには大物ヤクザを病院送りにした、なんてものもある。事実だろう。流れている噂のどれもが、陣ならば可能なことだ。
このままではいけない。私が引き戻さなければ。
そう決心し私が彼の後をつけたのは当然の帰結だったのだろう。
もっとも、その先にあるのがあいつの死だなんてことは考えようもないことだったわけだが。
運が悪かったと、そう一言で片づけられてしまう。そんなありきたりな出来事であったに違いない。
だがあいつは、陣は確かに正義を成そうとしていたのだ。やさぐれても、その剣に意味を見いだせなくなっていたとしても、あいつは憧憬を守ろうとしたのだ。
その日はいつも通りに始まった。
いつものように母上の美味な朝食を食べ、いつものように道場で汗を流し、いつものように学校に向かう。学校が終われば、またいつものように陣の後をつけた。大方の予想通り学校帰りに不良やチンピラを見つけては手当たり次第に喧嘩を売る。そしていつも無傷で勝って、つまらなそうに空を仰ぐのだ。そんな光景を何度も目にしながら、私は声をかけることができなかった。気配を出して気づかれる勇気もなく、ただ漫然と自虐的な暴力を眺め続けていた。
今日も虚しいいつもが終わる。そう思ったがその日は違って、陣がいきなり走り出したのだ。
気づかれたか。不安と期待がないまぜになった感情は、しかし陣の目の前で涙を流す少女の存在によって否定された。
少女は泣いていた。周囲に黒いシャボン玉のようなものを浮かべた男に腕を掴まれ、逃げることもできずに泣いていた。
それを理解した瞬間、私は脳内が真っ白になったのを覚えている。あいつは折れていなかった、目の前の誰かに手を差し伸べるくらいには腐っていなかった、と。
人はそれを無謀と呼ぶのだろう。シャボン玉は周囲を傷つけ続けており、あれはヴィランと認定されるに違いない。倒しにヒーローもやってくるだろう。そんなものに正面からぶつかろうというのだから愚かという他ない。
だけど私はそれが嬉しくて仕方なかった。正義を成そうとしてくれたからではなく、あいつがちっとも変っていなかったことが嬉しかったのだ。
でも、だけど、しかし、それがアイツの死につながるのなら、身を挺してでも私は止めるべきだったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の体を貫くはずの暴力は、しかして訪れることはなかった。
目を瞑ってその時を待てども、痛みが身体を襲うことはなく、苦しみが身体を支配することもない。
ゆっくりと私は瞼を持ち上げる。見逃されたのか。私だけおめおめと生き残ったのか。そんな呪詛が喉まで出かかって、息を呑んだ。
「陣・・・・・・?」
あいつが、死んだはずのあいつが、私を庇うようにして立っていたのである。
両腕はなく、足も半壊している。上顎から上は吹き飛んでいて、胴体の傷口からボトボトと血と内臓が零れ落ちている。それでも、そんな状態でも、あいつは確かに立っていた。私を守って立っていた。
異常現象に忘我するでもなく、私は嗚咽を漏らしていた。だってそうだ。こいつは、陣は、死んでまで私を守ろうとしたのだ。それが嬉しくないはずがない。それが悲しくないはずがない。それが苦しいくないはずがない。
「陣! もうっ! もう、いいんだ!」
髪を振り乱しての叫びと共に、私の目尻から雫が飛び出す。
返事が返ってくるわけじゃない。わかっている。例え彼が動いて目の前にいるのだとしても、それはすでに残骸でしかなく、きっと意思など残っていない。
それでも私は声を上げるのをやめられない。あの絶望を象徴したような背中をそのままでいさせ続けるわけにはいかないからだ。
血で汚れるのも躊躇わず、私は陣だったものにしがみつく。
もういい、とそればかりを繰り返しながら、涙で彼の身体を濡らし続ける。
「・・・・・・く・・・・・・は」
私の腕の中で彼の身体が身じろぎし、絞り出したような声を漏らす。
しかしそれは肺に残った空気が抜けた音ではなく、枷を外したかのように哄笑へと変わった。
「くは、くはは、くははははははは!」
それはまるで別人の声。陣の声なのに、陣の声じゃない。陣の中にいる別の誰かが笑っているような、それとも陣と誰かが混ざり合っているような、そんなわけのわからない怪奇。
上顎から先がない、ゾンビ映画も真っ青な骸が高らかに笑っている。その異様な光景に、私は声も出ず、思わず手を離して地面に尻をつける。
だが珍妙な劇はそれで終わりではなかった。
ブクブクと陣の身体が波打ち、傷の部分が覆われていくのだ。
胴体の傷などはすぐに塞がり、敗れた学ランの隙間からはもう白い肌しか見えない。頭や腕も同様で、すでにほとんどが元の陣へと戻っている。
そう。戻っている。あまりに非現実的な治癒を、私はそんな風に錯覚した。
だがそれは飽くまで錯覚でしかない。現に、短かった黒髪は長く伸び、金糸へと色を変えている。手首や足首から先も、体色が朱色へと変わっていて、それでいて爪が異様に鋭くなっている。
極めつけは額の赤黒い二本角だ。天に向かって伸びたそれらは、そこにあるのが当然であるかのように禍々しく在る。
私の脳裏には小さい頃に見た小柄な鬼の絵が浮かんでいた。金の髪と小さな体の鬼で、大きな骨の刀を背負っている絵だった。確かあれは陣の家で見せてもらったもので、嘘か誠か陣の母は先祖の絵だといっていた気がする。
だとすれば今の陣は先祖の遺伝子が目覚めた姿なのではないだろうか。そうなると個性が見つからなかったのも頷ける。それはそうだ。死んでから目覚める個性など、生きているうちにわかるわけがない。
完全に再生しきった朱い足で、陣はしっかりと地面を蹴る。
顔は見えないが、笑っているように私は思えた。陣が、ではない。陣の中にいる誰かが、である。
「ほぅ。今世の人間は面妖よな。あれではまるで吾らと変わらぬではないか」
陣が、陣のような誰かが、極大の炎を・・・・・・No.2ヒーローエンデヴァーにも負けないほどの炎を背負って駆ける。その速度はもう人間のそれではない。道路を走る車よりもなお早い、そんな馬鹿げた速度である。
鬼は嗤う。嗤いながら、弾丸のように地を駆け跳ねる。無数の脅威などかすりもしない。その一歩は船から船へと飛び移るかのようで、大地が縮小しているのではないかと錯覚させられる。
「くっ!」
このままでは一発も当たることなく接近を許してしまうだろう。だからといってヴィランの男も攻撃をやめるわけにはいかない。この黒いシャボンの嵐が止んでしまえば最後、自分の死が飛躍的に早まるのは間違いないのだから。
「吾の手にかかることを喜ぶがいい、人間!」
しかし、陣は残り十メートルはあろうかという距離を一足飛びで飛び越えた。
細腕に似つかわしくない巨大な骨刀を振りかぶり、一層高らかな笑い声をあげる。その振りに躊躇はない。一切の迷いなく陣は目の前の人間を斬り殺す。
不思議と悪い気はしなかった。もし自分が、もし陣が誰かを殺すのなら、身をもってそれを止めよう。そんな考えもしていたはずなのに、私は目の前の殺人に一切の嫌悪感を抱かない。ただ目の前の屑が死ぬことが残念だと。私の手でやれなかったのが残念だとそう思う。
「私が来た!」
瞬間、暴風の如き暴威がその場を支配した。
その災害級なまでの暴威を纏って突然現れた男は、目にも映らぬ速さで陣の腹に極太の拳を埋める。
わけがわからない。その一言に尽きる。たった今まで場を暴力で支配していた陣を、更なる暴力が吹き飛ばしたのだ。
そして男はその漲る筋肉を震わせながら、私とヴィランの男を見て世界観を間違えたようなスマイルで振り向いた。
「もう大丈夫だ! 悪は倒れた!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうか。こいつは陣がヴィランだと勘違いしたのか。
余りの唐突さに、理解が数秒遅れてしまった。だがまぁ、間違いは訂正せねばなるまい。例えこの形容しがたい微妙な空気の中だとしても。
「・・・・・・えっと、今貴方が吹っ飛ばしたのが被害者です」
「え」
空気が凍る。男はアメコミのように濃い顔を笑顔のまま硬直させ、ヴィランでさえも状況の突飛さに動けずにいる。
これがお前の言ってたオールマイトか・・・・・・。なんというか、うん。言わぬが花、か。
氷河期のようになった場の空気の中で、瓦礫から飛び出している陣の足だけがピクピクと痙攣していた。