流行りに乗って書いてみたヒーローアカデミアver.イバラギン 作:Gesamtsieg
「雄英高校を受けるというのはどうだろう?」
三段に重ねた重箱を頬張りながら、何気ない様子で咲夜が言った。『ちょっとコンビニ行かない?』とかそんな感じのテンションで言った。
軽く言うなよ。文句を言おうと口を開いて気付いた。机の脇には紙袋がぶら下げられており、その中からチラッとパンフレットのようなものが覗いている。雄英高校と書かれているのは気のせいではないだろう。
「わざわざ取り寄せたのか」
「先生なら泣いて喜んでいたよ。君なら確実だと。余程雄英進学者というブランドが眩しいらしい」
心底つまらなそうに咲夜は言う。
別段雄英に興味がないわけではないだろう。武芸者の真似事をしている以上公的にそれが振るえるヒーローという役職は魅力的なはずだ。それを育成するトップ校として有名な雄英ならなおさら。
問題は担任の喜びよう、といったところか。咲夜はああいった人種が嫌いなのだ。自分以外の誰かの功績で益を得ようという、卑屈な態度が気に喰わないとニュースの政治家を見る度言っている。
その点でいえば担任はドンピシャだ。気が小さくて利己的。熱心に指導するでもなく、クラスで起きた面倒な事件は見てみぬふりをする。その癖棚ぼたは喜ぶというのだから咲夜の気に障るのも無理はない。
機嫌が悪いせいで食欲も減衰しているようで、いつもは全部食べる三段重ねの重箱を今日は二つしか開けていない。親父さんが見れば心配で鬱陶しくなること間違いなしである。
「まぁあの俗物はどうでもいい。不愉快な思いまでして取り寄せたのは、お前に見せようと思ってのことだ」
咲夜は、袋から取り出したパンフレットを無造作に机に広げる。
流石雄英。パンフもヒーロー塗れだ。オールマイトに、イレイザーヘッド、エクトプラズマ、プレゼント・マイクetcetc。早々たるメンバーの写真が乗っている。多分オールマイトは講師じゃないけど、OBだってことか。
「知ってるだろ。俺は―――」
「無個性、か? 違うだろう、もう」
逃げは許さない。そう言わんばかりにキロと咲夜は俺を睨みつける。
最近のこいつはことあるごとにこれだ。流石に進路のことまで口を出したのはこれが初めてだが、腑抜けた言動をとろうとするとそれを制してくる。おかげで喧嘩も碌にできていない。もっとも、今の俺が普通の不良と喧嘩したら病院送りじゃすまなくなる可能性があるし、前みたく自分から売りにはいかないけど。
『隔世/覚醒』。それが俺の個性だという。
要は、死亡時に先祖の身体と能力をトレースする個性らしい。一度きりの発動で意味をなくしてしまう個性だというが、どうやらその辺りは問題ない。何せその先祖が強すぎたらしいのだ。その辺にいる強化系の個性を凌ぐ爆発的な身体能力に、自在に纏い操れるよくわからん炎。しかもなんとこの炎。物体を焼くだけでなくロケットエンジンみたいなブースターにもなるときた。
デメリットといえばないものが増えてあるものがなくなったことと、角のせいでうつ伏せで眠れなくなったことくらい。未だに男で通してくれている学校側には感謝しかないな。
つまるところ、厳密にはどうあれ『無個性』とは呼べない存在になってしまったのだ。公的には『鬼火』とかそんな感じの名前の個性になると思う。
「学力足りないし・・・・・・」
「全国模試十位の私が教えてやる」
「ほ、ほら。家から遠いし」
「寮もある。安心しろ」
逃げ場はない。恐らくどんな言い訳をしようと咲夜は切り返してくるだろう。
そして何より、これ以上の逃げはマズい。何がマズいかというと咲夜の機嫌がマズい。このままいくと罵詈雑言から始まり、やがて背中に背負う竹刀袋に手が伸びるだろう。そうなれば俺はもう物理的に逃げるしかない。真っ向から素手で相手できるほど俺と咲夜の実力は離れていないのだ。
俺は一際大きな溜息をつく。当たり前だ。俺だって葛藤はある。
確かに俺は餓鬼の時分にヒーローに憧れていた。だがその理由はその辺のならず者と変わらない。金が貰えて喧嘩ができる。その業務が羨ましかっただけだ。そんな理由で大衆の英雄を志していいのかという負い目もある。
ましてや半分ぐれていたようなものだ。最近までの俺は。今更真面目にかっこいい職業を目指しますなどと言えるわけがない。恥ずかしすぎる。
「・・・・・・もうちょい考えさせてくれ。俺だっていろいろあるんだ」
結局、放課後になろうと結論は出ず、その日の咲夜との会話もぎこちないように感じた。
夕暮れに照らされた古いコンクリート壁に囲まれて、俺は煙草の箱を握りつぶした。
気分じゃないというのもある。だがそれ以上にもう舌が受け付けなかった。あの日からだ。俺が変わってしまったあの日から、煙草の味が妙に不味く感じるようになってしまった。
代わりに取り出した安物のロリポップを口に咥える。美味い。こんなのをそう感じるようになったのもあの日からだ。
「甘いの嫌いじゃなかったですっけ」
隣で同じものを舐めながら、覇気のない顔で少女が言う。
可愛らしく整った顔に、やる気というものが死滅した眼。小柄な身体に、褐色の肌。肩まで伸びた黒い髪に、咲夜よりはある胸。俺の一個下の後輩、美星万里だ。祖父に中東系がいるという彼女は、祖父譲りの褐色の肌を朱い夕日に染めていた。
彼女との付き合いももう丸一年になるだろうか。不良に絡まれているところを助けてから妙に懐かれてしまい、いつの間にかつるむようになって今に至る。ここ最近は家庭の事情で二月ほど日本から離れていたようだが、俺の変わり果てた姿を見てもすんなり受け入れてくれた。大した娘である。
「最近そうでもないんだよ。不思議とな」
「へぇ」
ぼんやりと黄昏時が流れて行く。
万里といる時はいつもこんな感じだ。気力に乏しいという点で俺と万里は波長がそっくりであり、意味のある会話などほとんどしない。ゆっくりと、暇なので言葉を紡ぐ。
「咲夜さんは帰ったんですか?」
「道場さ。お前によろしくだとよ」
行動パターンが見抜かれてるんですね。独り言のように万里が呟いた。
そりゃあそうだ。幼馴染だからな。腐れ縁ともいう。互いのことなんて誰よりも知っている。嫌な部分も含めて。
「その咲夜に言われたんだが・・・・・・いや。やっぱりいいわ」
今日のことを話そうとして、俺は口を噤んだ。別に嫌だったわけじゃない。ただ何となく、面倒になったのである。考えたくなかったといえば、そうなのかもしれない。
「気になるじゃないですか。言っちゃってくださいよ」
促すように横目を向けて、万里は口からロリポップを離した。薄い唇と、もう半分以上がなくなっている飴の間に細く唾液の糸が架かる。
話すべきかどうか。俺は少しだけ迷って、後頭部で纏めた金の髪に触れる。
「雄英高校、知ってるだろ?」
「ああ、あの。まさか一緒に受けようとでも言われたんです?」
「そのまさかだよ」
万里は少しだけ空を仰いだ。何を言うべきか。そう迷っているようにも見える。
沈黙は長くは続かなかった。少しだけ楽しそうな顔をして、万里は口を開く。
「よかったじゃないですか」
「え」
「先輩、けっこうヒーローの話ばっかするんですよ? まぁそこに金の話とかが混じったりしてますけど。でもそれって、興味がないとできないことですよね」
彼女にしてはとても長く、饒舌に話す。
楽しそう、いや、嬉しそうだった。こんな顔を見たのはいつぶりだろう。初めて二人で暴走族を壊滅させた時以来じゃないだろうか。
いや、それよりも。
「そんなにヒーローの話ばっかしてたっけ」
「気づいてなかったんですか。私が日本離れるすぐ前なんか、儲けてるトップヒーローランキングみたいなの一人語りしてましたよ」
なにそれ。ああ、でも、そんな話したような気がする。シンリンカムイがどうたらとかしゃべったような。
そっか。俺、興味津々だったんだな。これが憧れかどうかはさておいて、少なくとも関心は大いにあるらしい。
「それにほら、実は私も再来年雄英行くかもしれないんです」
「ああ、そういやお前の母さんって・・・・・・」
「ええ。ヒーローやってます。子供っぽいかもですけど捨てきれないんですよね、憧れって奴」
我ながら現金だなぁと、そう思う。
知り合いが行くってだけでちょっとはやる気が出てしまってる。咲夜? ああ、あいつは何にせよいつも一緒にいるし。
夕焼けはもうすぐ終わる。カレーの匂いだっていつまでもするわけじゃない。だったらもう足を進めなくちゃだ。そんでまた新しい朝を始めよう。今度こそ。
「行くんですよね! 雄英!」
腰を上げて歩き出した俺の背に、穏やかで強い声が響く。言葉は返さない。ただ手のひらをヒラヒラと振って答える。
気恥ずかしい。そう思うのも嘘じゃない。だけど今は、すっきりした心地が強かった。