エレガントとは裏腹のHDループ。
「……あと5分……」
「そんなことを言っていると遅刻するぞ、頭にコブを作りたくなければ早く起きろ」
「コブ!?ごめん、マクギリス!」
ベッドで眠りこけていた鈴はマクギリスの『コブ』発言で一気に覚醒した。あの事件以来、自分の中でどうも収まりきっていないのか『コブ』という単語にやたらと反応するようになったと鈴は思う。ただそれは、やましいとかそういうのではなく、純粋にマクギリスに対しての申し訳なさからだった。
「…………フッ」
「あー!今笑ったなー!?」
そんな考えとは裏腹にマクギリスは微笑むように鼻で笑った。鈴はそのウザいルームメイトの胸板をポカポカと両手で殴りつける。残念ながら身長差のせいで顔には手が届かないのだった。
「……今日はクラス対抗戦だろう?こんな日に寝坊したら後世まで語り継がれるぞ」
「うー……分かってるわよ、着替えるから外出て待ってなさい!」
その言葉を言うとマクギリスは「わかった」と述べて部屋を出てドアを閉めた。そんな彼の姿を見て鈴は少しは襲ってきてくれてもいいのにと思ったりする。ルームメイトになって1週間が立ったが、マクギリスは一向に鈴に対してアクションを仕掛けてくることはなかった。強いていえば時たま汗だくで帰ってくることぐらいか。本人曰く、トレーニングの帰りらしいが、あそこまで汗だくになるものなのだろうか。
もし襲われたとしても追っ払う自信はある。何せ自分はここに来るまでに中国拳法はずっと習ってきていたのだ、男だろうと追っ払得ると思っていた。
(やっぱり……この小さな胸が悪いのかな)
まな板だの絶壁だの言われては来たが、流石にここまでアクションがないと流石の鈴も自信が無くなってくる。そんなことを考えていたら、マクギリスから遅いと呼ばれた為に鈴は急いで服を着替える。
両者の思いは、まだ交錯することは無い。
――――――
アリーナの席はほぼ満席だった。今日は授業も休みで教員達の仕事も無いのか、チラホラと教員が座っている姿も散見された。マクギリスの横にはチョコレートやクッキーなど、あらゆるお菓子ををこれでもかと持ってきている本音がいた。マクギリスは彼女からチョコレートを貰って食しながら考える。
(今回の戦いは、クラスメートには悪いが鈴が勝つだろうな)
身内贔屓という訳ではなく、単純に戦闘技術と経験値の問題だった。ISに限らずMSを含めあらゆる戦いにおいて、技術と経験は絶対的な価値となる。例えガンダムフレームに乗っていたとしても乗っている人間が戦闘初経験で、グレイズに乗っているのがベテランだとするならば、確実にグレイズが勝つだろう。それに鈴は代表候補生故に第三世代ISを所持している。つまるところ両者共にガンダムフレームに乗っているということと同じである。ならば勝つのは戦闘経験豊富な鈴だろうという冷静な判断だった。
「マッキーは、どっちが勝つと思う〜?」
「私か?私は恐らくだが、2組が勝つと思う」
「裏切るのか〜」
「裏切る訳では無い、だが戦闘技術からすれば一目瞭然だろう?」
「そうだけど〜」
本音と他愛のない話をしていると唐突に携帯の電話が鳴った。画面を見ると、非通知電話だった。マクギリスは本音に断って、人気の少ない倉庫へと駆け込んだ。
――――――
「誰だ」
『……IS学園三年のダリル・ケイシーだ。一応これでも先輩なんだぜ?』
「……その先輩が何の用だ、非通知で来るということは何かイレギュラーな事なのだろう?」
マクギリスが眉をひそめながら言うと、電話先のダリルは愉快な笑い声をあげた。
『そりゃそうだ。Dって言えば分かるだろ?』
「……ああ、泥棒猫のDか」
『違ぇよ!……で、まあ話を戻すぞ。今日の1組対2組の試合中に仕事が降ってくるってよ』
『仕事』という言葉にマクギリスはさらに顔を顰める。そんな言葉が来るということは碌でもないことが起きるということだ。マクギリスは今までの亡国機業での仕事でそれを理解していた。
「厄介事が降ってくるのか、だがそんなこと事前に知らせないわけが無いだろう。何が起きた?」
『知らねえよ、クライアントがこのタイミングがどーだのなんだの言ってたらしいぜ?』
「タイミング?そのクライアントが誰かは分からないのか?」
『こっちが知ってる訳ねえだろ。とにかく合言葉は『……………………』だってよ、忘れんな』
その声を最後に電話は一方的に切られた。だが、それ以上にマクギリスはクライアントが気になって仕方なかった。
(このタイミングでアクションを起こすクライアント……国際ISが我々に仕事を依頼するはずはない、ならば……)
そうして、マクギリスはある結論に辿り着いた。確実に正解であろう結論に。
(…………
ISを開発し、世界を混沌に至らしめた張本人。直接的ではないにせよ、女尊男卑の世界を作るきっかけを作ったマッドサイエンティスト。そして、篠ノ之箒の姉。
目的は恐らく、春万のISデータの収集だろう。自分とはもう何も関係ない。織斑一夏ならあるいはあったかもしれないがマクギリス・ファリドとなった今、彼女との接点は何も無い。故に、自分のバエルが危険にさらされることも無い。
(……彼女なら、我々に仕事を依頼するかもしれんな)
マクギリスは、彼女のせいで世界がより混沌になることを心の底で望んでいた。
――――――
「はぁぁあああ!!!」
ガァンという鋼鉄のぶつかり合う音と両者の声が観衆の声援の中で響いていた。戦況はやや鈴が有利、春万は謎の衝撃と二刀流に苦しめられていた。
「クソっ、何だよあの兵器は!」
「そんな事考えてる暇あるなら反撃してみなさい!」
また、あの衝撃が春万を襲いアリーナの外周に設置されている壁へと激突させられた。SEの残量も3割程度しかなくなってしまった。こうなったら一撃必殺の零落白夜を出しっぱなしにするわけにもいかない。隙を見つけて差し込むしかない。
そんな二人の様子を、マクギリスは上から眺めていた。鈴の
セシリア戦に関して言えば、相性の問題がやはり大きい。射撃をメインとするブルーティアーズに対して、格闘メインのバエル。基本的には射撃機が有利なこの対面だが、バエルが高機動機であると見抜けなかったが為にセシリアは接近を許してしまった。そこまで来れば、格闘機の独壇場だ。いくら足掻こうと最後まで我慢した者の勝ちだ。だからこそ、次にやればどうなるか分からない。セシリアも技術を習得してきているのに対して、マクギリスはただ機体の機動力に身体を慣らすだけだったのだから。
突如として、左手に握っていた携帯が震えた。どうやら
正直、鈴のバトルを台無しにしてしまうのは心苦しいことではあるのだが、いくらマクギリスとはいえ上の指示には逆らえない。片手でキーボードのパッドを入力して、送信した。
『ギャラルホルンの笛の音は』
「未だ聞こえず」
10秒後、アリーナのシールドを貫通した鉄の塊が空から7個地面に突き刺さった。
どうも、ティッシュの人です。
さぁ、兎の影が見え始めました。さて、どっちに着くんでしょうねぇ?まぁ、兎ですからねぇ?
個人的には、鈴は昭弘と気が合いそうですね。機体も似てるし性格も割とど根性精神だし。ただお前のハサミは許さねえからな。
ということで次回『#10 白い悪魔』です。お楽しみに!