あの娘の彼女です   作:まつりごと

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今回はこころでないよ!
そして今回はかなり美咲の語りが多く、いつもとはまた変わった文章が多めです。読んだ本に影響されがち系な人なので……




奥沢美咲の休日

妹の頼みで水族館に向かうために都営荒川線三ノ輪橋行きの各駅停車に揺らされている、休日の昼下がり。

学校への通学手段に電車を必要としないあたしにとっては、普段利用しないICカードを久しぶりに家の物入れから取り出してきた。

妹と同じ頃の年齢ではICカードそのものが存在せず、毎回運賃表を確認して親に切符を購入してもらって、家族でお出かけしていたこと懐かしく思い出す。

都電荒川線早稲田駅から出発し、東池袋駅が最寄となる水族館へと目指す。

 

「お姉ちゃん水族館楽しみだね」妹は楽しそうに話しかける。

「そうだね」と妹と違ったのか、感情の波がたたずに素っ気なく答える。

妹のワガママに仕方なく付き合ったような形で来たためにさほど乗り気もせず今ここにいる。最後に来たのいつだったかな、よくあんまり覚えてないかな。

 

普段の朝方は利用者に比べて車両が小さく、満員電車と化すと、よくクラスメイトから話を聞いている。しかし今は土曜の午後1時。自分たちは早めのお昼を済ませているが、時間帯的には腹が空き始める人がちらほらといるはずだ。

人としての性故なんだろうが、座席の端っこが埋まりそこから間を開けて席が埋まっていく。そしてたまにその間に人が入り込む形が出来上がっており、程よい数の利用者という感じだ。

あたしと妹の会話が耳に入ったのか、背広姿の自分たちの親世代と同じ年齢を感じさせる男性が無言で一つ開けていた隙間を横に移動し、二つの隙間を作ってくれた。

会釈しながら「ありがとうございます」と男性に向けて言い表しながら、お勤めご苦労様ですと、心の中で労いの言葉を並べた。

 

ガタンゴトンと電車は喧騒のパレードを鳴り響かせながら進み続ける。

偶の対向車とすれ違えば、風の太鼓を景気良く鳴らす。その度に妹は身体をビクつかせいて、まだまだかわいいお年頃なことだなと思わせる。だから水族館についていのだけれど。

他にもある。駅に近づくたびに指揮者が鳴らす笛。

到着し、発車する度に聞こえるメロディー。

電車一つそのものがまるでマーチングバンドだった。

騒がしさだけで言えばうちのハロー、ハッピーワールドも負けていない。いやおかしい話だな。

まあ都電荒川線の場合はこれらに当てはまらなかったりするけど。

 

あはは、と少し乾いた笑いがでた時、ふと自分たちから対照的に位置する座席に視線が向いた。

そこには席に座っている女性とそれを見上げる形でつり革を掴んでいる男性の姿があった。

これはデート中のカップルかもしれない。まあこれで間違っていたらごめん。としか他に言えることはないが、休日のお昼に、女性は服装と化粧はきっちりと準備してある様子。それでいて男性と居る。デートじゃない以外に何があるのだろうか。

ホワイトカラーのフリルブラウスにネイビーカラーのミディスカート。そしてブラウスと色合いを合わせられたバッグと、綺麗にまとまってるファッションの女性は、美麗といった美しさよりも輝いて見える。きっとデートが楽しみだったのだろうか。

話し声はこちらに届くことはないが、表情から察するに楽しい話題で盛り上がっているはず。

 

羨ましい、という感情は少なからずある。

あたしも親に育てられて早15年、未だにデートは未体験である。女子同士特有の「デート」と冗談に称して出かけることは何度かあっても、ああやって実際恋人同士でどこかへ出かける、というのは一切ない。

あたしもいつかはあんな風になる時が来るのだろうか。2人で電車で遠出して、2人で楽しいことをたくさんして、2人で美味しいものを好きな人と一緒に話しながら食事をする。そんなごく普通のデートをする時が……。

 

「次は東池袋、東池袋です。お忘れ物無いよう、ご注意ください」

 

車掌さんのアナウンスが入る。「お姉ちゃん降りるよ」と妹に袖を軽く摘まれ、先程譲っていただいた男性に改めて会釈しながら席を立ち電車の中から抜け出した。

 

 

 

水族館へ最後に行ったのは遠足以来だろうか。行きで思い出せなかったことを帰りになって思い出しす。そしていつも水族館の水槽に使われているガラスが見ている最中に割れないか、なんてヒヤヒヤドキドキしながら自由に泳ぐ魚を見つめていたことも思い出した、夜の7時。妹は疲れからか席に座りながら眠っている。

長いこと歩き回り、お腹を空かせたあたしと妹はそのままファミレスで早めの晩御飯も済ませ、今帰りの電車に乗っている。

 

この歳になっても、いや。この歳だからこそ、水族館で今日見ていた世界は小さい時に感じたものとはまた違った感動を味わえた気がする。全く未知で好奇心の塊だった子供の時とは違って、少しだけ知識を得た今だからこそまた違った形で見えることもあった。もちろん、今でも未知な部分は存在する。神秘で形成されているような水の世界。神秘的だからこそ、人は魅了され続けているのかもしれない。

 

あの水族館にもクラゲいたし、花音さんに教えてあげよう。もうすでに知っているかもしれないけど。それにこころにも教えてあげよう。楽しいこと探しにうってつけの場所だった。なんならハロハピメンバーで今度いつか水族館に行くのもいいかもしれない。きっとはぐみは魚を見て刺身を食べたい、とか言い出しそうだ。薫さんは魚よりも女子からの視線を集めそうだな。

 

もしどうなるかなと、暗くなった町の景色を見つめながら考え始める。

行きの電車の時は違い、水族館で見た様々な光景があたしを興奮させている。

 

今日は沢山のことがあったな。

そう振り返っている時、ふと視界の隅に見覚えのある格好した女性が、ドアの手前にある手すりにつかまりながら立っているところを見つける。

今日の昼に楽しそうにしていたカップルだ。しかし違和感がある、なぜだ。

そしてすぐに答えは見つかった。居たはずの男性がどこにも見当たらないのである。行きの電車で一緒に居て帰りには別れて帰宅。というのは不自然である。

そして電車のガラスは悪戯なことに、向かいの席に座っていたあたしに背を向けていた女性の顔が反射して見えてしまった。

泣いていた。人に見られないように背を向けながら目を擦る女性の姿をあたしは見てしまったのだ。綺麗な白を基調としたバッグが汚れることなど気にせず床に置き、両手で目を擦っていた。

昼には笑顔だった女性が今泣いている。このことに頭は思考を止めた。

「これ、使ってください」

あたしは何を思ったのか、席を立ち上がり、泣いていた女性に対してハンカチを差し出した。

女性はビックリし、恥ずかしながらも小声で「ありがとう」と俯きながら感謝を述べる。

理由は聞かまい。いや、聞けまい。大方の理由は察しがつくし、それを聞いて女性に思い出させることも、悲しませることもあたしに一切の権利はない。

「それあげますよ。じゃあ、あたしはこれで」

ハンカチを渡してすぐに座っていた席に戻る。そして女性もまたすぐに後ろを向いてハンカチを使っている。

 

ああいうのに羨ましさはあるし、憧れももちろんある。でも、この瞬間が来ると考えただけで胸が痛くなってしまう。

恋人ごっこをしている今のあたしでも、別れようと言われただけで心が傷ついてしまうのではないか、そんな不安が今日の楽しさを薄れさせてしまった。

 

「次は終点。早稲田、早稲田です」

 

車内アナウンスで到着することを知らされ、車内に居た人たちは次々と席を立ち上がり出る準備をする。あの女性は泣き顔を見られたくないのか必至に一番前をキープしていた。

電車は完全に停車して人々は改札へと向かった。

「ほら、降りるよ」寝ていた妹を起こしながら手を引く。

 

その時に一瞬見えたガラスは、水族館で見たガラスとは違い、曇って見えた。




ギリギリなんとか定期投稿保ちながら頑張ってます。楽しいからいいけど、自分のペースがまだまだ遅いばかりで。精進して行きます。

今回は美咲1人(妹いるけど)の回でした。こういうのもありかなあとか思いながら書いてました。水族館の描写?そこはみなさんの想像力にお任せします()
都電荒川線には乗ったことないので、乗ってみたいのと聖地巡礼してみたいなあ

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