dark legend   作:mathto

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ジルが恋愛教室に入ってから3ヶ月が経とうとしていた頃、

マルクはリットンから薦められた『風の記録』を何度も

読み返していた。

「いい。うん。よく分からないけど全てが分かる。

そう、言葉では言い表せないような何かが分かった気がする。

リットンさん。」

マルクは隣に座っていたリットンを突然呼んだ。

「は、はい。何ですか?」

リットンはビクッとなって答えた。

「こんないい本を薦めてくれてありがとうございました。」

「へ?いい本?ああ、その本ね。当然ですよ。私が選んだ本なんですから。」

リットンはまた嫌な汗をかきながら言うと、ほっとして肩を撫で下ろした。

「よしこの本を返したらジルのところへ行きましょうか。」

「ジルというのはよく話してくれたマルクさんの友達ですよね。

私からよろしくいっておいてください。」

「はい。リットンさん、今まで本当にお世話になりました。

ありがとうございました。」

「いえいえ、私も楽しかったですよ。お気をつけて。」

マルクはリットンに見送られ、図書館に寄ってからジルの元へ向かった。

 

その頃、

「...女性との付き合い方では強気になって男らしくみせるか、

女性を優先して紳士らしくみせるかをよく選ばないといけない。」

「はい。」

ジルは椅子に座り真面目にディリウスの講義を受けていた。

「さて、これで3ヶ月コースの講義は全て終了だよ。」

「あ、もう3ヶ月経ったんだ。なんだかあっという間に過ぎた感じだ。」

ジルはふぅと一息ついた。

「最後に今まで学んだことを自然に生かせるように軽い催眠術をかけよう。」

「催眠術?」

「そう。今まで色々と覚えたと思うけど、頭の中では分かっていても

実際に行動するのはまた別。なぜなら人が思うとおりの自分に変わること

は簡単なことではないからね。だけど催眠術を使うことによって一時的に

ではあるけど変えることが出来る。どれだけその状態でいられるかは

君次第だけどどうする?」

「もちろん、お願いします。」

ジルはディリウスに頭を下げた。

「そうこなくちゃね。じゃ、部屋を変えるよ。」

そう言われて案内された部屋にジルは引いた。

「何、ここ?」

部屋の中は暗く締め切られロウソクの炎だけがぼんやりと明かりを灯していた。

中央の床には魔法陣が描かれていて、悪魔の彫像や怪しげな道具が周りを飾り

正にオカルトティック全開という感じだった。

「少し驚かせたかな。実は催眠術というのは人によってかかりやすいかかり難い

があってね、必ずかかるとうものではないんだ。だからこういう雰囲気のある

場所でやってすこしでも成功率を上げようというわけだよ。大丈夫?」

不安そうなジルを安心させるようにディリウスは言った。

「もう全然大丈夫すよ。早くやりましょう。」

ジルはディリウスの言葉でやる気を取り戻した。

 

 

 

もてるようになるためディリウスに催眠術をかけられることになったジル。

「催眠術って大袈裟な感じがするかもしれないけど、別に何もすることは

ないんだ。ただそこの魔方陣の上にリラックスして立っているだけでいいんだ。」

ジルは言われたとおりに魔方陣の上に立った。

「うん。それでいいよ。そしたらちょっと目をつぶってみようか。」

ジルはゆっくりと目をつぶった。

「そうそう、あとは肩の力を抜いて。」

ディリウスはジルの肩をやさしくさすって、また言葉を続けた。

「ほ~ら、少しずつ肩の力が抜けてくるよ。だんだんだんだん肩の力が

抜けてくるよ。だんだんだんだん肩の力が抜けてくるよ。もっともっと

肩の力が抜けてくるよ。はい、もう肩の力はすっかり抜けてきた。

もう肩の力が抜けて腕を思うように動かすことも出来ない。」

ディリウスがジルの腕を軽く触れると肩の骨が脱臼してるかのように

腕がプランプランと揺れた。

「肩の力は抜けた。力はまだまだ抜けていく。体中の力が抜けていく。

どんどんどんどん抜けていく。足、首、腹、腰、口、目、体の全てが抜けていく。

全ての感覚が抜けていく。もう何も動かすことは出来ない。」

ジルは体中がふらふらになり立つことも出来なくなり、体がふっとしゃがみこむ

ように下に落ちる。ディリウスはそんなジルを傍にあった椅子にさっと座らせた。

ジルは口をだらしなくあけて崩れ落ちそうな体制で椅子に座っていた。

「体の感覚は全て消え去った。そして残ったのは意識だけ。意識だけははっきりと

してくる。この声を、この言葉を染み込むように吸収していく。この声が意識。

意識はこの声にある。この声が全て。この声と一体となる。」

ディリウスの顔つきが穏やかな表情から少し力が入ったものへと変わっていく。

「学んだことを全て覚えた。覚えたとおりに行動できる。女性の気持ちが

理解できる。女性を喜ばす方法が分かる。女性の気を引く術を手に入れた。

女性に惚れさすことが出来る。女性からもてる。」

ジルは意識の中でディリウスの言葉を輪唱し、感覚がなくなったはずの口から

そのとおりに声を発していた。ジルの意識の隅にかすかに残る理性や抵抗力は

ジル自身が望む言葉に侵され、消されていった。

ジルの様子を見たディリウスはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「心の奥底に閉じ込められたもう一つの魂のかけらよ。

古の神々に忌み嫌われ封印された不遇の魂よ。

素晴らしき力を持ちながら活かすことを許されなかった無念の魂よ。

閉じ込めた心の牢獄を解き放ち、今こそこの世を混沌と恐怖で満たす

秘められし力をここに示せ。」

ディリウスが言葉を終えると、ジルの足元にある魔方陣がぼんやりと紫色に光りだした。


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