『怪物』は『英雄』に殺される。
それがこの世界の定めなのだろう。
エルザとメイリィが好きです(血涙)。
俺は、この世界に生まれ落ちた時から吐き気を催すような邪悪を抱えていた。
親は『善』の人だった。俺の誕生に喜び、育てることに楽しみを感じてくれていた。生きているだけで褒め、成長を祈っていた。
「███、少し待っててねもう食事の支度ができるから」
「███、あの子の面倒を見てあげてくれ」
「███、お前は将来どうするんだ?」
「███、あたりを出歩くときは気をつけてね。魔女教の連中がいないとも限らないんだから」
「███、お前は俺たちの誇りだよ」
間違いなく善の人だ。
だが、
俺の家は宿屋をやっていた。何人かの従業員を雇っているくらいの、住んでいた街の中ではそこそこ大きい所だ。
そんな従業員の一人に、娘を連れてきている人がいた。年の功は俺と同じくらいで、よく一緒にいたのを覚えている。
黒髪の綺麗な眼の大きい女の子で、あんまり強気な方では無かったのを覚えてる。ちょろちょろといつも後ろをついてきていて、俺の名前を呼んではほにゃほにゃ笑う子だった。
その子はどうやら俺と共にいるのが楽しかったようだ。まあ、その頃は自身の歪みも認知していなかったし、満足するくらいには付き合ってやっていた。
ちっとも楽しくなんて無かったが、それでもそういうものかと納得していた。きっと、これが普通なのだと言い聞かせて。
だけど、とあるとても寒い日のこと。親のお使いの帰り、近道をしようと通った裏路地で、ある意味運命に出会った。
女の子が商人らしき男に引き倒されていた。近くにはリンガが転がっていることから、子供の方は大方盗人か何かなんだろう。
小さくため息をついて、無感情にそれを見つめていると、次の瞬間自分の全てが根底から歪んだ。
商人の体がゆっくりと押しのけられ、仰向けにされた。その表情は白目を剥き、口の端から血を垂れ流しながらピクリともしていなかった。一目で、絶命していた。
引き裂かれて原型をなさない衣服、雪と泥でぐしゃぐしゃになった髪、夜のような色の空虚な瞳、そして、栄養が足りないのか白すぎる肌とそれを引き立たせるようにへばりついた血と臓物。
その色に心が、思考が、魂が、ゆっくりと染められているような錯覚に陥る。
その赤さは今までの人生の中で見たものよりも赤く、紅く、朱い。
そして何より──────この世の何よりも美しかった。
俺の頭の中に、もっと見たい、もっと増やしたい、という真っ赤な、唾棄すべき穢れた感情が占拠し始める。
そこまで行って、ようやく気づいた。
俺は、俺の
親は『善』だ。
少女も『善』だ。
俺の周りにいる人は皆、『善』だった。
でも、俺は、
人の喜びに、幸福を感じられない。
人の笑顔に、楽しさを感じられない。
人の優しさに、感謝を感じられない。
人の愛に、何も返そうと思えない。
俺は、人間の姿をして生まれてきた化け物だ。
『善』の反対の『悪』で、『無辜の人』を犯す者で、『正義』の対になるべきもので、生きるだけで罪を重ね、自らの幸せに他人の不幸を求める『破綻者』だった。
俺は、『英雄』に討ち果たされるべき、『怪物』そのものだった。
がしゃり、と視界の端で家屋の一部が崩れて行った。
ぼんやりと死んだような瞳で瓦礫に埋もれた女に目を向けた。あの子とよく似た黒髪の、根本的に歪んでいる、俺の相方を。
「エルザ、死んでないだろうな」
「ふふ、一応生きてるわ。体に響く痛みが、私を死に近づける感覚がしてーーーとっても素敵だわ」
「嗚呼、そうだな。今のお前はとても美しいよ、エルザ」
「相変わらず、歪んでいるのね。でも、その
瓦礫の中で顔を血の赤で美しく彩りながら、俺の相方の一人、エルザは妖艶に微笑んだ。その艶やかな声は蠱惑的な魅力を宿すと同時に、底抜けするような悍ましさが同居している。
だが、俺は、そんな嫌悪感を抱くようなものに、美しさと、愛しさを感じる。
「お、お前、なんなんだよっ!」
そんな中にざらりとした声が割って入る。目だけを動かしてそちらを見れば、黒髪黒目の見覚えのない不思議な格好をした男がこちらを見ていた。
なんとなく不快だったので見つめ返してやると、男は顔を気圧されたように数歩下がった。
その滑稽な姿にすぐ興味をなくし、今度はその隣に、目を向ける。銀髪に宝石のような深い色をした瞳の美しい女性。警戒するように身構えるその女は、どうやら見た目的には『半魔』であるように感じる。
「……『半魔』。なにか、どこかで見たような気もするな」
ぼんやりと記憶を探りながら、そのまま銀髪を見つめていると、赤く揺らめく炎が俺の視線を遮るように立ち上った。
赤い、炎の中に、空色に澄み渡った宝石が見える。
「君は、一体
炎が、俺に向けて声を放った。
不思議なこともあるものだ。あそこにあるのは、ただの炎なのに、俺に向かって話しかけてきた。
どうしてなのだろう。
ぼおっとしばらく炎を見つめていると、しばらくしてゆらゆらと輪郭が歪み始め、人の形を作り始める。
ようやくそこで、今俺の視線を遮っているのは人であり、青い宝石は自分を見据える瞳であるということを理解する。
「『腸狩り』と共にいる以上、君もそれに類する人間であるという解釈で構わないでしょうか」
「その腰の剣、お前は、『剣聖』ラインハルトか……」
思わず、口角が上がる。
「なんだ、いい拾いものしたな」
虚空に手を伸ばして、『加護』を発動させた。俺の意思を汲み取って、体に染み付いた能力が発動して、右手を起点に黒い靄を生み出した。
その中に手を突っ込んで、一振りの直刃の黒剣を抜き取る。
対面のラインハルトが俺の手の中の剣を見てほんの少し目を見開いた。
「直刃の黒剣に、血のような赤い瞳。君は、『怪物』のグレイ・イザスターだね」
「へえ、俺のこと知ってるのか、『英雄』。驚きだよ」
「あなたは随分有名ですよ。浅学な僕の耳にも入るくらい」
「ふーん」
黒剣をきりり、と手元で軽く回して弄ぶ。グリップ部分のつるりとした皮の感触を感じながら、いつもの調子と変わらないことを確認する。
すう、と息を吸い込み、肺の中を薄暗い夜闇の冷たさで満たす。
「……『英雄』、お前の方は剣を抜かないのか?」
「生憎とこの剣は抜くべき時を選ぶものでして。僕の一存ではどうにもできないのですよ」
「ふーん、気に入らねえな」
なんだそれは────気に入らない。
「
「────ッ、なに?!」
俺がラインハルトに向かってひと睨みすると、リン、と鈴のような音が響く。
「これは、剣が……」
「なんだ、やりゃできるじゃねえか」
にやり、と思わず笑みをこぼして、剣を構える。
「さァ、死に物狂いで、足掻かせてくれよ『英雄』」
そして、踏み込んだ。
めしり、と古臭い木製の床が軋んで一気に足の下が砕け散った。木っ端が当たりに吹き飛び、世界のスピードが一気にゆっくりになる。
その中で俺は水の中をもがくように足を進めていく。思考だけが何倍にも引き伸ばされて、目の前の英雄を殺すための方策を導き出す。
黒剣を振るう。
瞳には赤い炎、ただそれだけ。その炎の首元へ向けてただドス黒い意思と、脅威をぶつける。
ゆっくりとした世界の中で、まだラインハルトはこちらを向いてもいない。それでも確実に俺の剣は遅々と、しかし確実に距離を縮めていく。
「──
刃は唯静かに、目の前の揺らめく炎を切り裂────
「いいや、見えています」
突然、ラインハルトがこちらに目を向けた。俺しか動けていなかった世界で。俺より遥かに早いスピードで、俺の事を嘲笑うかのごとく。
空気を裂いて、銀閃が走る。腰から放たれた剣はいかなる技術なのか、全く俺に認識させる事なく首へと迫っていた黒剣を弾いた。
そして、そのまま剣の勢いは止まる事なく俺の胸へと向かってくる。
「ーーー」
寒天の如き冷たさが胸へと滑り込んでくる。中心で絶えず熱を送り出すモノの中に異物が突き刺さり、熱が少しずつ奪われていく。
「──けほっ」
血反吐がせり上がり、我慢する事なくそのまま吐き出した。塊のような赤が目の前のラインハルトの純白の騎士服を汚した。
「これで、終わりです、『簒奪』」
ラインハルトが一瞬此方を哀れむように見つめて、そのまま次第に力の弱まっていく心臓から剣を引き抜こうと腕を引く。ずるり、と刃が胸の中から消えていき────腕を握る事でそれを止めた。
これには流石の英雄も驚いたようで、空色の宝石を僅かに丸くした。
「終わり? いいや、
「それは、どういう……」
意識が闇に飲み込まれるような錯覚と並行して、とくん、とくん、と心臓の弱い響きがその間隔を大きくしていく。俺の体に死が近づいてきて、背後に立った。
心臓が、その動きを止める。
「
体に宿った加護が、発動する。
「これ、は──!」
ラインハルトの顔が驚愕に彩られて、俺の瞳に刹那のような隙が垣間見えた。その刹那を狙いすまして、手首のスナップで仕込んであった刃を伸長して、土手っ腹に突き刺した。
「ぐっーー」
僅かにラインハルトの顔が苦悶に歪むが、こんな果物ナイフのような刃を突き立てられたところで容易く死んでくれる『英雄』ではあるまい。
だが、重要なのは傷を与えることではなく、この刃を突き刺して
「聞けば、今代の『剣聖』は加護に報われてるらしいじゃないか」
「な、にを……」
「
ラインハルトから流れ出した血が俺の手に──肌に触れたことで俺の体に宿った加護が発動した。
ぬめついた液体が砂漠に落ちた水のように瞬きの合間に吸い込まれ、そしてずるり、と『英雄』の体から目に見えない光を引き抜いてくる。
瞬間、大気が弾け、俺の腹に近距離から魔法をぶっぱなされたような衝撃が突き刺さる。ごきごきと体の骨が折れる音がして、胸から剣が抜けながら遥か後方に吹き飛んでいった。
先ほどのエルザと同じように瓦礫の山に体が叩き込まれた。
助けに来た本人がおんなじ目にあわされたとはなかなかに笑える冗談だった。
死に近づいていた体の傷が急速に修復されていく。瓦礫をどかしながら立ち上がって、今回の成果を確認する。
「なになに、『矢避け』に『曇天』、後は……『塩の理』? これは外れか」
星の数ほどある加護だ。たまには使えない加護だってある。
「まあ、でもあの一瞬でもこれだけ吸い取れるとは本当に山の様に加護があるんだな、『英雄』は」
「『怪物』グレイ・イザスター、君はまさか……」
「あァ、そうだよ、
すっかり治癒した体を軽く動かしながら、ニヤリと笑った。
「『簒奪』の加護。これが、俺の体に宿っていた加護だよ『英雄』」
「成る程、先程のいくつもの加護も、ああして奪い取ったもの、というわけなのか」
「あァ、理解が早くて助かるよ」
「その為に、殺したのか。多くの罪なき人々を」
「ん? あァ、そうだとも言えるが…………厳密には違うな」
手に視線を落として、未だ出したままの刃から血が滴るのをみてふっと目を細める。
「俺という人間は血が好きだ。殺人が好きだ。不幸が好きだ。涙が好きだ。死別が好きだ。憎悪が好きだ。絶望が好きだ。憤怒が、嚇怒が、悲哀が、欲望に負ける愚かな人が、他人を弾糾する愚かな人間が、嫉妬から僻む者が。
嗚呼、挙げればキリはない。
だが断言できる、俺は、俺という人間はーーーー」
俺は血に濡れた刃が見れたことがうれしかて、対面の相手へと向けて心の底からの、笑顔を見せる。
「人間の悪性を愛しーーーーそして、たまらなく美しいと思っている」
ラインハルトの顔が引き締められる。
「グレイ・イザスター」
「ん?」
「初めて出会ったよ、生まれついての吐き気を催すような邪悪という存在を」
「ーーー」
「認めよう、君は正真正銘の『怪物』だ」
断言する姿に、再び炎を幻視する。その炎は今度は揺らめくことなどせずに、その先にいる『英雄』の意思を汲み取るかのように、熱く、赤く燃えていた。
「ならーーーー本気で俺を殺すといい、『英雄』」
「それで、すごすごと帰って来たってわけなのお?」
「そう言うなよ、エルザが動いたせいで最後まで戦い損ねたんだよ」
「ふふ、だってあの『剣聖』さんのおかげで、素敵な腸が楽に見れそうだったんだもの」
「せめてターゲットだったからという理由で狙ってほしいものだな、エルザ」
「無理よお、グレイ。エルザだもの」
「ふふ、そんなに褒めないで欲しいわ」
やれやれとエルザを治療している、青髪の少女──メイリィがため息をついた。
頭の端でメイリィを斬ったらとても綺麗だろうな、と思いながらいつぞや奪い取った加護のお陰で使いやすくなった魔法で船を操作する。
なんとなく水面に映る自分の顔を見て、その頰に返り血が飛んでいるのに気がつく。すっかり固まったそれを爪で剥がして、口に運ぶ。
固形化したそれはすぐに溶けたが、そこから僅かな力の残滓を受け取った。
「グレイ、貴方今とっても悪い顔してるわ」
「……そうか?」
「ええ、とっても恐ろしくて──腸を見て見たくなる顔」
「……寝ぐらに帰ってからな。今は、服が血で汚れるし」
「私もいるんだから、そういうのは他のところでやってほしいわあ」
メイリィのボヤキを聴きながら、遠くへと視線を向ける。
きっと今も、俺の方を見つめているだろうラインハルトへ向けて。
怪物は英雄に斬られるもの。そう、世界は決まっている。
これは、歪んだ『怪物』が正しき『英雄』に斬られて終わる、そんなありきたりな物語。
それを、殺人鬼と、空虚な幼子とを加えて描いた、そんなおはなし。
このルートでは最後にちょろっと出張って来たのでスバルは初顔合わせです。よかったね、原作以上のループはしてないよ、スバル。