『僕のヒーローアカデミア』という漫画作品があった。
私の前世での話だ。まぁ与太話と思って聞いてほしい。
超常の異能力が現行人類に発現し、それが個性と称されるほど社会に浸透した世界。
「普通の人類」という規格が失われ社会の規範が形骸化するなかで、超常のチカラをもって平和を守るヒーローを描いていた。
死してなおタイトルを覚えているぐらいだ。私もそれぐらいにはその作品を好いていた。
しかしこうしてその作品の世界に転生し、改めて周囲を見渡してみるとしみじみ思う。
私があの作品を好いていたのは、ヒーローに憧れていたからではないのだな、と。
「私が来た!」
教室の反対側でごっこ遊びに興じる連中がいる。
架空が現実となった現代において、ヒーローという存在は決して幼子の夢泡沫ではなく、手に届きうる地位となった。
人は皆ヒーローに憧憬を抱き、子供はいつかそうなりたいと誰もが思う。
カッコいいから? 人を助けたいから?
そんな綺麗な願いをもとに志す者もいる一方で、現実に近づいたからこそ其処には俗とも評せる理由が顔を出す。
富、名声、力。それら全てを手に入れて、己の能力を誰に制限されることもなく、赴くままに生きることができる。
突出したものが押さえ込まれるこの個性社会で、唯一、【自由】という価値無き財産を得ることができる。
それは正しく、希望に満ちた職業だろう。
だがそれ故に、
「痛いなぁ……」
はぁ、と子供らしからぬ溜息が出る。前世の記憶は欠損が多いといえども、幼児の人格を歪ませるのには充分すぎた。歳不相応な振舞いは異常となり、それは弾圧の対象となる。
「あー……血ィ出てるし」
トイレの鏡の前で晒した額。端に付いた傷口から赤い血が落ちる。保健室に行くか? いや、面倒だ。これぐらいなら自力で治せる。
そっと手のひらで傷口を覆い、個性を発動させる。
ーーーーピチリ、とむず痒い感覚。
手を離したその後には、傷は塞がり跡すら残っていなかった。流水で顔を洗い、こびり付いた血を落とす。タオルで顔を拭き、鏡を見て、ふと改めて思う。
我ながら、荒んだ目付きをするようになったもんだと。
「悪党の子だから悪くなるのか、悪い子だから悪党になるのか。どっちが先なんだかな」
別に今更仲良しこよしな学園生活なんて望んじゃいないが、せめてもう少し静かに過ごさせて貰いたいものだ。
こちらは何もしていないのだから、放っておいてくれればいいのに。
「何が気に入らないんだかね」
いやきっと、気に入るとか気に入らないとか、そういう問題ではないのだろう。
ただ、彼らにとって、それが都合がよかっただけだ。
はぁ、と。幾度目かもわからない溜息が出る。もう午後からの授業はフケようか。そんな風に考えていたが、現実というのは非情なものである。
ドタドタと慌ただしい足音が近付いてくるのが聴こえて、私は身を正す。
計ったようなタイミングで顔を出すのは担任の女教師だ。
「ああっ! こんな所にいた! 探したよ!?」
「……どうかしたんですか?」
冷めた目で私は尋ねるが、だいたい予想はつく。案の定、女教師は言いづらそうに口にする。
「その……弟さんが……」
またか、と思う。しかしそれ自体は別にいい。
身内が騒ぎを起こしたなら、お呼びがかかるのは仕方ない。
だが、騒ぎが起こるたびに火消しを子供に任せるのは大人として、教育者どうなんだと思わざるおえない。
一度前担任に面と向かって懇切丁寧にネチネチと言ってやったら半泣きになって辞職したので自重するが。
「場所は?」
「第二校舎の裏手に……!」
それだけ聞いて私は早足で動き出す。別段慌てる必要も感じないが、まぁ気分というやつだ。早いほうがいいだろう。
着いた先で繰り広げられている光景も、いつも通りといえばその通りだ。
半分べそかいている少年ーーーーのその顔面に、マウントポジションから拳骨を落とし続けている少年。
殴り倒されているほうの友人らしいのが何名か引き留めようとしているが、まったく意に介する様子はない。
「
しかし私が声をかけると、ピタリと動きを止めて振り返った。
……切れ長の眼は私以上の鋭さ。顔立ちは身内の贔屓目を抜きにしても整っていると思うし、黙っていれば普通の少年。だが内側から滲み出る殺気というか怒気というか、それらが隠しきれていない。
とはいえ、私に向けられる眼差しは柔らかかった。
「姉ちゃん」
「はい、お姉ちゃんですよ」
据わった目付きが良く似ていると常々言われる我が弟は、私を確認すると他の全ては眼中にないとばかりに喧嘩相手を放り出して駆け寄ってきた。
※
今から、およそ二十年以上はのちの世で、とある事件を起こす男。
広域指定敵団体・死穢八齋會の若頭となる、治崎廻。
その男の、本来ならばいない筈の姉として、私はここに居る。
治崎