個性社会で道を極める   作:夜長小噺

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004:悪党の扱い方

 何が不快って、心地良い眠りを台無しにされることほど不快なことはない。

 

 二十分ほどの睡眠で程々に回復し、あくびを噛み殺しながら授業を受けた後の休み時間。

 もうひと眠りしようと突っ伏したところに、またも緊急の呼び出しという名のピンチヒッターを任されて、やってこさせられた校舎裏。

 

 いつものように半泣きにさせられている男子が複数名と、不満げな顔の弟。

 

「いい加減にしなさいよ、廻」

 

「……だって、アイツらが」

 

「“だって”は使うんじゃありません」

 

 組長(オヤジ)の台詞を真似て言うと、廻は押し黙る。しかし普通の親ならキツく叱るところなのだろうが、私にはどうにもその気になれない。

 もはや何度目になるかも分からない同じような顛末に、溜息のひとつも吐きたい気分だ。

 

 ギロリ、と半泣きになっている男子たちを見る。負っているのは軽い打撲や擦過傷。教員が泣いているのを宥めているが、そこまでの重傷である様子はない。

 

(男がビービー泣いてんじゃねぇよ。みっともねぇな)

 

 泣いて叫べば、誰かが助けてくれる。

 実際それが通る世の中だから始末が悪い。ヒーロー社会ってのも考えものだ。

 

「放っときゃいいんだよ、あんな奴ら。言いたいように言わせておけば」

 

「……姉ちゃんは、オヤジが馬鹿にされて悔しくないのかよ」

 

「そういう問題じゃなくて、それで半端な喧嘩してたらキリがないじゃない。それじゃチンピラと変わらないでしょう」

 

 そう、我が家は“チンピラ”ではない。ましてや“(ヴィラン)”でもない。

 組長(オヤジ)も常々言っている。死穢八齋會は“侠客”であり、古式ゆかしき“極道”である。

 

喧嘩(ゴロマキ)するなら邪魔の入らないところでキッチリ決着つけないと小競り合いが終わらないでしょ?」

 

「……なるほど」

 

 それもそうだ、と納得する弟。

 

「いやあの操ちゃん? 喧嘩推奨する方向で説得するのは止めといてもらえないかな。先生的に聞き逃せないんだけど」

 

「無理です。ていうか嫌です」

 

 そっと呈される教員の苦言はすっぱりと切り捨てた。

 

「身内を馬鹿にされて怒らないような根性なしにはなって欲しくないので」

 

「……ああ、うん。そうね」

 

 荒みきった眼で睨みをきかせると、するすると引っ込んでいく。そういうところが駄目なんじゃねーかな、と思うが。

 

 ふりかえって見れば、泣かされたほうの連中は宥められるばかりで特に注意される様子もない。しかし、こちらを咎めるような雰囲気を見せつつも口に出すこともない。

 

 喧嘩両成敗? 否、そんな大層なものではない。

 

 要は事を荒立てたくないのだ。保護者に話を通そうにも、片側は指定ヴィラン団体の一家。話が大きくなって世間の目に止まれば、どちらに肩入れするかなど分かりきっている。

 学校としてもそちらに同調したいが、下手に対立した場合にヴィランから目をつけられるのは嫌だ、というところか。

 

(失礼な話だよな。堅気(カタギ)に手ェ出すようなオヤジじゃねぇってのにさ)

 

 自分等が、世の中で、悪党と呼ばれる存在だと知っている。真っ当に生きていけるのなら、そのほうがいいとも思っている。

 

 だが、それで全員が報われるなら、世話は無いという話だ。

 

 

     ▲

 

 

「廻はさ、もっと喧嘩の仕方ってのを覚えるべきだと思うんだ」

 

 帰り道、弟と隣り合って歩きながら私は言い聞かせた。

 

「拳骨の握り方なら知ってるよ」

 

「そうじゃなくて、なんていうか……。人を殴る前の下準備ってやつかな。廻は別に喧嘩するのが好きな訳じゃないんでしょう?」

 

 廻はコクリと頷く。昔起こした個性の暴走がトラウマとなってか、弟は他人に触れるのも触れられるのも嫌がる。身内と認識している私やオヤジ相手ならまだマシなようだが、本来なら人を殴るのも嫌なはずだ。

 その嫌悪感を越えて、家のことを嘲笑われると怒りに火が付く。

 

「力任せにただ殴っても、何にも伝わりゃしないんだよ。オヤジだって誰彼構わず殴ったりしないでしょう? もっと相手をよく見て、相手の立場になって考えなきゃ」

 

「……相手を思いやれる優しいキモチを持てって?」

 

 教員が口にするテンプレートな説教の文句に嫌悪感を丸出しにする。

 

「優しくする必要なんてないんだよ。気に入らない奴に優しくしても意味ないんだから」

 

 しかし、私はそれを肯定しつつも否定した。

 

 優しい気持ちをもつことは、他者を識るうえで重要だ。

 しかし相手が己を嫌悪しているのなら、優しくしてやる意味はない。

 

 キョトンとした顔の弟へ、私はぬけぬけと言ってやった。

 

 

「アイツらにとって私達は“悪党”だからね。なら私達がアイツらに優しくしなくたっていいでしょ」

 

 

 ヒーロー社会の現代は、架空(ユメ)が現実となった時代と語られる。

 

 すなわち勧善懲悪。正義は勝ち、悪は滅びる。

 だれもが正義の味方(ヒーロー)を目指すことができ、理想(ユメ)をみることができる。

 

 しかし、だ。その全てが報われるとは限らない。

 

 努力をしても理想へ至れなかった者。

 理想へ至る手段を得られなかった者。

 産まれた環境に恵まれなかった者。

 価値観の相違を埋められなかった者。

 

 正義の体現者が管理する社会にあぶれた者たちは、どうにか報われたいと彼等なりに努力する。

 

 泣いて叫んで、這い蹲って。

 泥水啜って、のたうち回って。

 

 それでもなお、報われない。掬い上げられることのないままに社会の“敵”として槍玉に上げられる。

 

 そうした悪党を踏みにじった上に成り立つ社会なのだ。ヒーロー社会というのは。

 

 

「廻。アンタは知ってる筈だよ。誰も彼もがひん曲がってネジ曲がってくなかで、それでも真っ直ぐに立ってる(おとこ)ってのが、どれだけ格好いいか。泥水の中を掻き分けて、汚れた掌で掬い上げて、全部背負って立とうとしてる優しい(おとこ)がいるってことをさ」

 

 侠客は、現代社会の悪党だ。しかしそれでも、徹すべきものを知っている“人間”だ。

 社会に疎まれて、嫌悪されて、傷つけられても。それでも生き様ひとつ掲げてみせている。

 はぐれた連中を掬い上げて、纏め上げて、生きていけるようにしてやろうと、理想(ユメ)を掲げてやってきているのだ。

 

 それを最初から救われたまま生きているような人間に、嘲笑われる謂れはない。護られるだけで満足しているような人間に、罵声を浴びせられる謂れはない。

 それをおもえば、廻が拳を振り上げたのを咎める気にはなれない。

 

 だが同時に、それに掬い上げられた側として、その在り方を傷付けるような真似はしてはいけない筈だ。

 

 

「……じゃあ、どうしたらいいんだ? どうしたらオヤジみたいになれる?」

 

「んー、そうだねー……。私も正確には分からないけど、とりあえず大事なのは……っと?」

 

 

 話し込む途中で、足を止められる。すっと道の先を遮る人影が現れた。

 

 ……武骨な面相の表現に「岩のような」と表することがあるが、実際に岩らしき物質で構成されている人間がいるからこの世界は嫌になる。

 荒削りに作ったマウンテンゴリラの彫像がそのまま服を着て歩き出したような少年が、私達の前に立ちふさがった。私より頭一つ抜けた高さから見下ろすように。

 

 

「よぉ、治崎ィ。俺んトコのツレが世話になったなァ?」

 

「………………えー、あー……猿岩石だっけ?」

 

岩彫(イワボリ)だ! 岩彫猿真(エンマ)! クラスメートの名前ぐらい覚えろや!」

 

 キィッ!、と歯をむき出しにして怒る猿岩石、もとい岩彫氏は背後に幾人かの人間を付き従えている。

 その面子が昼間に廻と揉めていた下級生であることを確認して、私はだいたいの展開を察した。

 

「一応聞くけど、何の用?」

 

「いんやぁ、お前の弟に俺のツレが随分ヒデエ目に泣かされたって聞いてよぉ。ちぃーっと兄貴分としてケジメってやつをとってやろうかと、なぁ?」

 

 岩彫の一瞥に、後ろに居る全員が壊れた人形じみた様子で首を縦にふった。

 

 ……ヒーローが社会的地位をともなう職業、それこそ医者や弁護士などよりも名誉のあるものとなるにつれ、個性に対する社会的な評価基準も変わった。ヒーローとして活動するに相応しい、派手で強力な個性ほど良しとされるようになった。

 それはもはや誰にでも目に見える才能による尺度であり、ヒトは生まれからして平等ではないという現実の肯定である。

 

 そんな強個性が幅をきかせるなかで、こと小学生レベルの争いでは異形型が最も強い。

 理由は個性が身体機能の一部であり、異形型はその発達に影響をあたえる度合いが非常に大きいからだ。

 

 確かに発動型の発火能力やその他の状態異常を引き起こす個性など、使えば強力な個性はいくらでもある。しかし多少賢しい者ならば、子供の喧嘩にそんなものを使いだせば大人も介入してくるし、より面倒なことになるのは知っている。バレないように上手く隠して使うにしても、身体機能である以上は技術を高めるのも小学生には限界がある。

 

 結果として、喧嘩となれば基本的に身体ひとつの殴り合いにおさまるのが普通だ。

 

 そして異形型はその身体構造に影響をおよぼす個性であり、同い年の小学生であってもその肉体に宿る力は個性無しの成人を遥か上回る場合が少なくない。

 岩彫の個性である、岩の如き体表面と成長途中とはいえ類人猿に近い素質を秘めた膂力に、拳ひとつで立ち向かえる子供などそうはいまい。

 

 そうしてまさしく、猿山の王となっているのが目の前の少年である。

 

「……ハァ。わかったよ」

 

 ニタニタと笑う猿岩石に、私は背負っていた鞄を下ろして廻に投げ渡した。

 

「姉ちゃん?」

 

「言ったでしょう? 半端な真似すると、こういう面倒なコトになるって。ちょっとそれ持って下がってなさい。…………喧嘩の仕方ってのを教えてあげるから」

 

 後半は周囲に聞こえないよう小声で伝えると、私は改めて一歩進んで相対する。

 

 

「ハッ! どうした詫びでも入れてくれんのカァっ?!!!」

 

 そして間髪入れずにブン殴った(・・・・・)

 狙いは顎。しかし威力はあえて抑えめに(・・・・)、気絶はさせずに足元だけ崩させる。

 片膝を着いた岩彫の眼光を、私はゆるりと受け流す。

 

「テッメェ……! どういうつもり、ムグッ!?」

 

 唾を飛ばして叫ぶ口を、片手で喉元をカチ上げて塞ぎ、鷲掴みにする。

 

 

 

 

「『ギャーギャー騒ぐなィ。ケジメつけるって話だろィ?』」

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 至近距離で交わした視線に、動揺が走ったのがわかった。

 

 そりゃあそうだろう。十を過ぎたばかりの女子の口から、野太い中年過ぎの男声(・・・・・・・・・・)がでてきたら、誰でも驚く。

 

 しかし素の声だと圧が足りないので仕方あるまい。

 

 

「『半端な真似ェしたんはこっちの落ち度や。ヤる言うんやったら応じたらァ……』」

 

 言葉とともに、スイッチを入れる。

 普段抑えているモノを、出せるように。

 

「カッ……! へっあっ……!?」

 

 籠もった力が手のひらを動かし、岩の喉元を締め上げる。

 ビキッ!、と有り得ない音が立つ。

 

 その圧に、幾人か逃げ腰となるも、しかしそれは許されなかった。

 鋭すぎるその眼光が、不釣り合いなまでの意のこもった声音が、彼らをその場に縫い付けて離さない。

 

 もはや強制力すら伴って、それは下される。

 

 

「『全員まとめて、かかってこいや。全部キレイに擂り潰したらぁ』」

 

 

 宣告とともに、岩肌の砕け散る音が響いた。

 

 

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