個性社会で道を極める   作:夜長小噺

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005:強さの求め方

 強くなりたい、と思った。

 否、強くならなければならない、と思った。

 

 数年前、前世の記憶が蘇ってすぐのことだ。

 

 

 不完全な前世の知識。

 不完全な今生の知識。

 

 その十数年後に始まるであろう、不完全な原作の知識は未来において待つ、破滅を知らせる凶報でもあった。

 

 否定しようにも魂に刻まれた記憶は打ち消しがたく、また逃げ出そうにも全てを捨て去るには時間が経ちすぎた。

 

 唯一残った肉親、たった一人の弟。

 唯一手を伸ばしてくれた恩人、私の居場所をくれた人たち。

 

 害悪だ敵だと罵られても、私にとっては何物にも替えがたい大切な“家族”だった。

 

 その家族を、今の社会は守ってくれない。

 ヒーローは人を守っても、私達の生活は守ってくれない。

 

 それを理解した瞬間から、私の人生の選択肢にヒーローという道は無くなった。

 

 “家族”の味方でありたい私に、“正義”を騙る意味はない。

 たとえ社会の悪であろうと、私の守りたいものを守る為に。誰より何より、強くなる。

 “悪党”側に立って生きようとするならば、強く在らねば喰われて終いだ。全部思い通りにするために、力をつけねばならない。

 子供の我儘ではなく一個の人間として欲しいものを手に入れる為にそう決意した私は、その手に在るカードを確かめた。

 

 私の個性【リビルド】は一定範囲の力場を発生させ、その内部にある対象物の構造を『理解』し、その形を『組み換え』、別の形状で『固定化』させる個性。

 石くれだろうが木片だろうが鉄塊だろうが、粘土細工のように自由な形に『組み換え』て成形することができる。

 

 凄いといえば凄いが、発生させる力場はせいぜい手の先の三十センチほど。大きく『組み換え』るほど体力を消耗するため、せいぜい小物作りぐらいしかできそうにない。力場を広げようと努力してみたが、数カ月かけて数ミリ単位で広がるのみで発展は望み薄だ。

 現代において良個性とされる強力で大規模な能力とは程遠く、成り上がるには地味で派手さに欠ける。

 

 そんな風に受け止められていた個性だが、前世の知識を得てから改めて検証していくなかで、この能力の可能性の高さに気づいた。

 

 発動させた【リビルド】が作用する三工程の初期段階、対象の構造の『理解』。

 物体がどのような構成となっているのか知る為のこの能力は、前世の知識を得たことで変化が起きた。

 

 以前までは単純に物体の形状などを『理解』するのみだったのが、その組成や強度はもとより、構成する分子単位の動きを『理解』することすら可能になったのだ。

 

 おそらく前世で学んだ物理化学などの知識によって、個性を使う上での認識が変化したからだろう。物体をただの物として見るのではなく、“原子分子によって構成された集合体”とすることで効率的な『組み換え』の為に認識が広がったのだ。

 

 精密機械の電子基盤や極小の微生物でも、力場の中にあるものなら顕微鏡も不要で観察できる。

 そうして認識した分子のひとつひとつを思い通りに『組み換え』ることで、ミクロ単位の操作も可能になった。

 

 

 そこまで至り、私はひとつ強くなる為の方策として肉体改造に着手することに決めた。

 

 単なる筋力トレーニングではない。個性を使用した自身の肉体の『組み換え』、文字通り肉体の“改造”である。

 

 個性の発動に体力を消耗するのだからその増強は必須だが、それ以上に個性抜きでも闘える肉体が必要だと考えたのだ。

 オールマイトを筆頭として、如何なる小細工も圧倒するパワーをもつ者に対抗するには事前の仕込みだけでなく根本的に常人を超えた身体能力がなければ話にならない。

 【リビルド】は増強型の個性ではないが、『理解』と『組み換え』を応用すればそれが得られる筈だと考えられた。

 

 そもそも人間の身体の内部では、毎日のように破壊と再生が繰り返されている。切れた筋繊維が再生とともに太くなり力を増し、加えられた衝撃に耐えるべく骨格はより頑強になる。

 それをつぶさに観察し『理解』した後に、より強靭な肉体となるように『組み換え』る。発生させる力場は遠くへ広げるほど消耗するが、内向きに身体全体へ広げるのならほとんど消耗せずにすむ。

 実行するのは夜。日中のトレーニングによる負荷から再生が始まるところに干渉する。時間をかけて丁寧に。最悪寝落ちしてもいい。少しずつ、少しずつ。時にクラスメートや組員の中にいる増強系の個性持ちの肉体も参考にして、より強い『組み換え』方を模索して改造を施す。

 

 単純に筋肉の量を増やすのでは意味がない。糸と糸を撚り合わせ、より強靭な糸とするように。太さはそのまま、最低限の再生と破壊で人間の領域を超えさせる。

 

 思い描くのは前世の記憶のなかにあった強者の姿。憤怒をもって人界を踏み超えた暴力の化身。一つの奇跡とも表された最強の喧嘩人形。

 道路標識を片手で引き抜き、自動販売機を放り投げ、乗用車を蹴り転がす。目指すのはそんな圧倒的な理不尽。

 

 フィクションの存在を実現できるか? それを言ったらこの世界そのものがフィクションだ。そして私は今や漫画(フィクション)の世界を現実として生きる人間である。架空(ゆめ)が現実になった世界だと謳うのなら、夢想のひとつも実現できなければ道理が通らない。

 

 悪党は一日にして成らず。これから二十年かけて仕上げるつもりで成し遂げる。

 

 

 Plus Ultra(プルス・ウルトラ)はヒーローの言葉ではない。善悪混沌の戦場を馳せた(つわもの)の至言。

 限界を超えて未来を掴まんと手を伸ばす資格は、どんな人間にもあるのだから。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 ーーーー然して、その執念は実を結んだ。

 

 同年代と比して発育良好ではあるが、しかし無個性の常人の範疇は出ない身体。しかしそれは外観に限ってのこと。

 直に触れれば分かるだろう。撚り合わせた糸が鋼糸のごとき強度を得て、それによって編み上げられた結果生み出された鉄塊じみた頑強さを宿している。

 

 それの発するパワーが如何ほどか、それは目の前で披露されていた。

 

 

     ◆

 

 

「『うぉあらあぁッ!!』」

 

 掴んだ岩彫の首。込められた握力で軋むそれを片手で引き寄せ、同時に胸倉へ右膝を叩き込む。

 肋骨の上から心臓を打ち抜く危険な蹴り。

 花崗岩の塊のような岩肌は、膝先に当たった瞬間にバギッ!と大きくひび割れた(・・・・・)

 

「はぁっ!?」

 

 蹴足の衝撃は阻まれたものの、亀裂の生じた己の身体に驚愕する岩彫。しかし蹴られた勢いではニ三歩後退るのみで倒れはしない。

 

「『飛んでかねェか……。まだまだ練りたらねェなァ』」

 

 私は不満を口にする。蹴り一発で二十メートルぐらいは吹っ飛ばせなければ、理想には程遠い。

 

 まぁ、まだ道半ばだ。できないならできないで、やりようはある。

 狼狽える岩彫を見据えて相対する。

 

「『オラどうした。すんだろ喧嘩ァ。とっとと打ち込んできやがれや』」

 

「いやちょっ、待っ……っていうかお前がどうした!?なんだその声?!」

 

 岩盤を蹴り割ったこともさることながら、彼らにはそこが驚愕だったらしい。

 小学女子が若本●夫ボイスで喋りだしたらそりゃそうなるか。実際、後ろで廻も引いているし。

 

 しかしやったことといえば、単純に喉を『組み換え』ただけだ。声帯の構造を調整すれば一時的に声色を変えるぐらい訳はない。

 

 声というのは重要だ。見た目や姿形よりも、音からなる情報は更に深く印象を焼き付けられる。女児の声音では与えられない威圧感が、実際に奮う力以上に相手の精神を追い詰められる。

 

 ギロリ、と睨みを利かせれば、それだけで向こうの取り巻き全員が縮み上がった。

 

「『逃げんじゃねぇぞ。逃げたらコロス』」

 

 端的にそう言って、前へ出る。

 踏み出した足音に、ビクッ! と過剰な反応。

 

 岩彫もかろうじて前に踏みとどまっているという感じだ。

 

「『どうしたよ、喧嘩がしてぇんだろ? まさか殴り返される覚悟もなかったか? ブルって小便チビらせたなら帰ってママに泣きつくか?』」

 

「うっ、うるせぇ! ヴィランの家のヤツが生意気なんだよ!」

 

「『なら、お前は何者なんだよ?』」

 

 繰り返されるテンプレートな罵倒を、私は嘲笑う。

 

「『弱虫従えてふんぞり返って、挙げ句土壇場でビビッて腰が引けてやがる。テメェは一体なんなんだ? 殻の一枚剥がれた程度で、逃げ腰になるテメェは何様だってんだよ』」

 

 私は知っている。組長(オヤジ)の背中から教わっている。心強い悪党の生き様を知っている。

 汚れた世界で片意地張って、厳しく強く、それでいて人として在ろうとする男を知っている。

 

 そして私は知っている。前世の記憶に残っている、この世界の英雄を知っている。

 肉が裂け骨が折れても、気骨ひとつで立ち上がり、平和の象徴として命を賭ける男の背中を知っている。

 

 私の歩むべき道は違う。望むものも違う。私がそれに憧れることはないが、しかし現実となったこの世界に存在する彼は、先達として尊敬すべき人物だ。

 

 進む道は違えど、どちらも偉大な(おとこ)の生き様だ。

 

 

 故に、許し難い。

 

「『テメェら、しょっちゅう言ってるよなぁ。俺はヒーローになるんだ、ってよ。ヒーローってのは、なんだ? テメェで売った喧嘩で尻尾巻いて逃げるようなヤツをいうのか?』」

 

 

 軽々しく憧れを口にしながら正義のなんたるかを知らず、ただ世間の定めた敵を叩くしかしない者共が。

 辛酸を舐めたこともなく漫然と平和を享受しながら、安穏の中で精神を腐らせる者共が。

 汗と涙に塗れた善悪二極の社会で血の味も苦痛も知らずに、安全地帯からその闘争を見世物にする者共が。

 

 沸き上がる苛立ちが顔を歪める。眼は細く薄く、口角が上がり犬歯がむき出しになる。

 闘争に臨む怒気を孕んだ純然たるその笑みに、相対した全員が悪鬼羅刹の幻影を見た。

 

「『根性みせろよ、英雄気取り。お望みどおりの“悪党”らしく、全身全霊でブン殴る』」

 

 言うが早いか数歩で間を詰める。気迫に呑まれて棒立ちな岩彫の腹を正面から拳で打ち抜いた。

 腰の入ったかち上げ気味の一撃は岩の表皮をわずかにえぐり、太ましい足を大地から浮き上がらせる。

 

 岩の猿が冗談のように飛んでいくのと悲鳴が響いたのはほぼ同時であった。

 

 

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