個性社会で道を極める   作:夜長小噺

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[幕間]治崎廻の【オリジン】

 

 ヴィランの家の子。

 

 己に対する周囲の総評を、廻はそう理解している。

 

 ヴィラン。その呼び名の源流は、かつては虚構の存在でしかなかった創作の世界の住人たち。超常の能力を以て混沌を振り撒く、社会に仇なす異常者たち。

 

 個性ありきの現代では、犯罪者とはすなわちヴィランであり、社会不適合者はヴィランであり、悪と呼べるものはすべからくヴィランである。

 “敵”と書いてヴィランと読ませるあたり、初めにその文字をあてた人間はどんな気持ちだったのだろうか。

 おそらくは、特に深い意味などなかったのだろう。人を助ける英雄(ヒーロー)と対になる名をあてて、それが世間にウケた。そして広まり、定着しただけのことだ。

 

 だが本来、ヴィランとは怪人や化物の類を指す言葉だ。

 

 それを知ってか知らずか、ヴィランと縁故のある者に対する風当たりは強い。

 それはまるで、異物のように。人の皮を被ったケダモノのように。いつか世界を滅ぼす怪物のように。社会を滅ぼす病原菌のように。

 

「病気……」

 

 そう、病気。廻にとっては、それが最もピタリと重なる言葉だった。

 

 個性の発現と同時に父親を殺し、母親を恐怖させ、家族を壊した。

 物でも人でも何でも治せると評された彼の個性は、彼の世界をどうしようもないほどに破壊したのだ。

 

 ヴィランの子として蔑まれ、人殺しとして疎まれる。望んで得た力ではないというのに。

 

 

 

 

 こんな個性(チカラ)さえ無ければ、良かったのだろうか。

 

 個性(こんなもの)さえ無ければ、『普通』に幸せに過ごせたのだろうか。

 

 

 理不尽に宿り、全てを奪い、消そうにも離れてくれない。

 これが病でなくてなんだというのか。

 

 

 英雄志向の現代社会の、影の中に産まれた一人。

 幼いながらも利発なその思考は、先の知れた行く末に怒りながらも、しかし絶望しきってはいなかった。

 

 一人では、なかったからだ。

 

『“私”が此処に居るのは、廻のおかげだよ』

 

 何時だったか、姉はそう言って笑っていた。

 家族が壊れて何もかも無くしたあの日を語りながらだ。

 

『あの時は、怖くて悲しくて……壊れそうだったけど、廻のおかげでもう一回立てた。まだ立ってなきゃって思えた。廻の両手が治してくれた。私はそう信じてるよ』

 

 廻の個性にそんなチカラはない。触れられもしないものは、治せない。

 いやもしも触れてしまったのなら、それすらも壊してしまうだろう。

 

『でもあの時は、手放さなかったでしょう? 私が立てるようになるまで握っててくれた。放さず握り締めていれば、壊れてもちゃんと治せる。途中で放り出して捨てちまったら、そこまでだものね』

 

 カラカラと笑い、廻の頭を撫でる姉の手は何時だって温かかった。

 ヴィランの子と蔑まれてなお、ピンと伸びたその背中が、廻にはとても眩しく見えた。

 他でもない自分の手で壊してしまった姉は、しかしそれで廻を恐れるどころか笑顔すらむけてくれた。

 だからこそ廻にとって、姉の言葉は特別だった。

 

 

『廻。たしかに世界には、理不尽な事が沢山ある。覚えの無いことで蔑まれて、大切なものを傷つけられて、怒りたくなるようなことが沢山ある。けれどそういうときに壊して放り出してしまったら、それで全部お仕舞いだ。そういう時こそ、歯を食いしばって立たなきゃいけないよ。壊して消してサッパリしましたじゃなくて、そいつをどう活かしてやるか、そいつにどう立ち向かうか。脳味噌絞って考えて、曲がらない為に強くなって、身体張って向かい合うんだ』

 

 

 筋道を徹す、ってのはそういうことさ。

 

 ……うそぶく姉の言うことは、正直難しくて廻にはほとんどわからなかった。

 けれどそう語る横顔に、組長(オヤジ)の面影を見た気がして、柄にもなく見惚れてしまった。

 

 

 

 そして、初めて姉の喧嘩を見た。

 

 十数人の大勢に取り囲まれ威圧されても、姉はいつもの姉だった。

 平時は傷付けられても泰然と、嫌がらせを受けても飄々と。ぬらりくらりと立つばかりの姉が、言葉通りに拳ひとつで立ち向かうのを見て、廻は胸を熱くした。

 

 蹴り一発で人が飛び、拳のひと振りで異形の巨体を突き崩す。

 襟首を掴んで放り投げ、ボーリングのピンようにまとめて人を弾き倒すその様はいっそ滑稽ですらあった。

 

 廻が普段やっている喧嘩など及びもつかない、清々しいほどに圧倒的で、理不尽なまでに荒々しいーーーーそれでいて綺麗で、途方もなく格好良い喧嘩だった。

 

 相手取った全員が倒れ伏した只中に立つその後ろ姿は、廻の心の真ん中に、強く深く、焼き付いた。

 

 

 

 

 

 前に立つその背中を、追いかけたいと、そう思った。

 

 

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