混血堕天使が幼馴染を邪悪な外道にNTRされたので、更生したおっぱいドラゴンとゆかいな仲間たちと共に、変身ヒーローになって怪人たちと戦いながら罪を乗り越えていくお話 旧題・ハイスクールE×E 作:グレン×グレン
……そしてさらに評価が下がるかどうかの重要なポイントになるだろう、五十鈴の過去編です。
いや、マジで心配です。井草の過去語りと同じぐらい固唾をのむレベルの展開です。
二話に分けてもよかったのですが、ここは一話にまとめておかないとヘイトが上がりやすくなると判断して、まとめて書くことにしました。
おそらくこの作品で最長のエピソードになると思います。
それは、惨劇の光景だった。
場所としては中南米だろう。密林の中にある集落は、虐殺の現場となっていた。
その場所は、ムー同盟に参加した国内で麻薬生産を行っていた、麻薬密売組織の保有する畑であった。
ムートロンはムー同盟を結成するために、多くの利益を与える必要に駆られていた。其のために最も有効なのは、勧誘している国家の問題を解決することだ。
それにこの麻薬生産施設を抑えることができれば、ドラッグで洗脳して使い捨ての雑兵を作ることもできる。総合的に願ったりかなったりであった。
そんな場所に五十鈴が来ているのは、偏に彼女の訓練も兼ねていたからである。
ナイアルに誘われてムートロンに所属した五十鈴。そして戦力として運用するために、そこそこ高い適正だったEEレベルを利用することが決定した。その流れで数多くの強化改造と投薬が行われ、文字通り命を削った末に、五十鈴は劇薬を欠かさず飲む代わりにEEレベルを最上級悪魔クラス上位と同等レベルである6,0にまで高めることができた。
そして、伊予と共に肩慣らしとして麻薬生産私鉄の制圧を担当。基本的には小銃程度度しか持っていない者たちを殺戮することになったのだが―
「……あ」
手についた返り血をみて、五十鈴はふとこう思う。
―何やってるの、私?
疑問を持つ必要はない。ただ、ナイアルのために働くために、練習をしに来ただけだ。
出撃前の口づけはとても甘美だった。まるで酒でも飲んだみたいに、それ以上に、多幸感がこの身を覆ったものだ。
だから、帰ってからもそれを味わいたい。あの幸せなキスを行いたい。
だから頑張って殺さなければと思いなおし―
「……かあ、さん」
―その言葉を聞いて、何かが醒めた。
その言葉は、ただ家族と会いたいという願望だった。
犯罪組織に身を置いて、何人もの人間の人生を狂わせたものでも、家族はいる。
そんなことを自然に思い、そして何かに気づいて、五十鈴は醒めたのだ。
―そうだ、自分は家族を捨てた。友だちを捨てた。井草を捨てた。
……………なんでだ?
そんな自問と共に、五十鈴の記憶は過去へとさかのぼる。
「………ふわぁ」
午後11時30分ジャスト。9時半から続けてきた予習復習を終わらせ、五十鈴はあくびをする。
そして立ち上がると、十分ほど読書を行う。
本棚から本を取り出すと、それをぱらぱらとめくる。
適当に斜め読みしている風にしか見えないが、それは違う。
五十鈴の人に言っていない特技は速読術だ。中学一年生の時に存在を知り、父親が何となく買ってきたがあきらめたハウトゥー本をこっそり持ってきて習得してから、五十鈴はこの寝る前の速読を365日三年間欠かさずに行ってきた。
ちなみに今日読んでいるのは、「誰でもできる基礎体力。体育の授業で高評価を取れる身体づくり」である。
そして本棚の一部に目を向けると、五十鈴はフンと不満げに鼻を鳴らす。
その棚に置かれているのは、どれもが趣味の為ではなく自分を高めるために置かれている本だ。
美味しくできる料理講座―これさえ守ればまずくはならない。
非効率的勉強法からの脱却―ガリ勉よりもテストをこなせ!
綺麗な女性の日常生活―気品を持った女性になるための100の方法。
素敵な猫の被り方。人に見られたくない自分を隠す魔法のワンポイント。
等々、合計十数冊。
これを一日ずつローテーションを組んで、速読で毎回頭に叩き込む。
そして毎日一時間基礎体力を向上させるトレーニングを積み、そして二時間の間習得した高効率の勉強方法で学問を鍛え上げる。
五十鈴は天才肌だ。何事も要領よくこなしてしまうと。
井草や伊予、そしてクラスメイトなどにはそう見せかけている。
だがその実態は、井草を超える努力をしたうえで、毎日の時間をある程度削っているからこそできることである。
はっきり言えば、五十鈴はこんな自分が好きではない。
努力をしなければよりよく見せることができない、秀才止まりの自分が情けない。
これだけ努力してなお、伊予や井草に届かない自分が、五十鈴は嫌いだった。
……枢五十鈴は、年頃の少女だ。
この頃の学生としては珍しく、人の数倍の努力をして、それに見合った成果を出すことができる。それは間違いなく美徳である。
だが、同時にどこまで五十鈴は年頃の学生だった。
努力をどこかで格好悪いものとして見て、努力を隠す。そして、そんな努力をしなければ高い成果を出すことができない非才であることがいやでたまらない。
彼女にとって不幸なのは、幼馴染である井草と伊予が、そんな五十鈴の努力を上回る成果をしっかりと上げていることだった。
総合バランスでは五十鈴がうえだろう。だが、身体能力では毎日のんきに過ごしている節がある井草に負ける。勉学においても、効率のいい勉強方法を常に考えているわけではない伊予に負ける。
二人が大事な幼馴染であることに偽りはない。五十鈴も、2人と一緒の過ごす日常が温かいものだと感じている。
しかし、それと同時にどうしても二人に対する嫉妬心が隠せないのが、彼女の幼稚さであった。
それに気づいたのは、中学三年生の冬だった。
より厳密にいうなら二月だ。バレンタインデーの時に、はたと気づいた。
毎日早朝一時間かけて基礎体力を鍛えて、さらに夕方にもトレーニングをこっそりしているのに、井草に体育の成績で勝てない。
そんなくだらない嫉妬心で、いつも義理だとごまかして作っている、チョコレートを今回は作らなかった。
どうせ、伊予が作るしいいだろうと思ったら、伊予も珍しく作っていなかった。
そのせいで井草が少し拗ねていたので、帰りにコンビニでの買い食いをちょっと奢ってやろうと思いながら、五十鈴は学校からの帰り道をいつもの三人であるている。
そんなとき、通りすがった車が止まったのだ。
「お、伊予ちゃんじゃん♪ 今帰りかい?」
「あ、無有さんっ」
ちょっと顔を赤らめながら、車の窓を開けて声をけてきた男に伊予はそう返事を返す。
「伊予、その兄ちゃん、いったい誰だよ?」
「無有影雄さんっていって、私の家庭教師さん。大学生なんだ」
井草は伊予に説明されて、これまたちょっとぶぜんとしている。
だが、五十鈴はすぐにわかった。
ごくわずかだが、伊予は声のトーンが少しだけ上がっている。どこかうれしそうな女の声だ。
……なるほどぉ。恋に恋する女の子ってわけね?
年頃の女の子が、馬鹿に見える同年代の少年より年上のイケメンに憧れるのはよくあることだ。伊予もその口だったのだろう。
まあ、すぐに冷めて井草の元に戻るだろうと思いながら、五十鈴はしかし、どこか心の中で黒い感情が芽生えるのを感じていた。
そしてそれをごまかすように、しかしその感情に乗っかるかのように、五十鈴は無有に笑顔を見せたのだ。
「よろしくね、お兄さんっ。私は枢五十鈴で、こっちのオバカは井草・ダウンフォールって言うの」
……思えば、これが運命の分岐点の一つだったのだろう。
自分を特別に見せたい。今の自分より上の存在になりたい。
たいていの人間が一度はそう思い、そのために馬鹿をやる時期がある。
五十鈴の場合は、努力を格好悪いものとみなす風潮だったが、しかし彼女はさらにもう一つ馬鹿をした。
「え? あんたたちまだ未経験なの?」
「うっせえな! どうせ俺は童貞だよ!!」
「わ、私も……そうかな?」
茶化すようにそういえば、井草はあからさまに動揺しながらやけになり、伊予は顔を赤らめながらそう答える。
だが、五十鈴はすぐにわかった。
伊予の反応は、図星をつかれた者のそれではない。其れとは別の、何か照れくさくて嘘をついたもののそれだ。
どうやら、無有と致したらしい。大学生ともあろうものが、高校一年生になったばかりの少女に手を出すとは、無有もいわゆる馬鹿という類らしい。
しかし、そこを問題にする精神的余裕は、五十鈴にはなかった。
……五十鈴はこの時点で処女である。これもネタの一環であり、あとでばらすつもりだった。
気の置けない関係だからこそできるバカ騒ぎ。これはそのつもりだった。
だが、伊予が自分より先に進んでいるという事実が、五十鈴の心をざわつかせる。
―自分は、また伊予に負けるのか。
「……で? そういう五十鈴はどうなんだよ?」
井草がこういってくることは想定内だった。
この馬鹿は。どこか人と違うところがあって、それに惹かれるところがあるが、しかし馬鹿である。
このどセクハラにしてデリカシーの無いところが、年頃の少年らしくてほっとするところもあるのだが、しかしタイミングが悪かった。
「……フッ」
得意げな風を装って、五十鈴は演技する。
伊予に負けたくない。井草にカッコつけたい。
そんな、くだらない嫉妬心と虚栄心から、五十鈴は道を踏み外した。
「しっかりきっかり高校デビューしたわ。井草も、童貞を拗らせそうになるぐらいなら相手したげるから、相談しなさい?」
そう、得意げに言うことしかできなかった。
それから一月後だ。井草に呼び出されたのは。
「大切な相談があるから、伊予に知られずに来てほしい」
少し考えれば、これが五十鈴に対する告白ではないことは簡単にわかる。
大切な話ではなく、相談という時点で簡単にわかる。むしろ伊予に関する話になることぐらい、少し考えれば想定できそうなものだ。
だが、五十鈴はこの呼び出しに歓喜していた。
―こ、これ、まさか愛の告白!?
などと勝手に舞い上がる。
ずっと好きだった幼馴染の少年。
昔はいじめられていたのを正義感から庇って、それからなんとなく腐れ縁が続いていた。
しかし、普通の少年らしいところを作りながらも、見る見るうちにスポーツ万能になっていった少年が、眩しく思えた。
そしてどこか人とは違う物を感じさせるところに、惹かれ始めた。
枢五十鈴は、井草・ダウンフォールが好きだ。
これだけは、伊予には譲れない。そんな対抗意識が芽生えてしまう。
そして、伊予は無有に夢中だった。この隙は大きい。
このチャンスを逃すわけにはいかない。必ずOKと言おう。
そんな、負け続けのライバルにようやく勝てた喜びを胸に校舎裏に呼び出され―
「……卒業式に、伊予に告白しようと思ってんだ」
―完璧に、自分が独り相撲を取っていることを思い知らされた。
「だから、さ? そうなったらつまりエロいことするだろ? その、童貞丸出して失敗したくねえんだよ」
顔を真っ赤にさせて、気恥ずかしいのか視線をそらしながら告げる井草に対して、五十鈴はいたずらっ子のような笑みを意図的に浮かべる。
この時、五十鈴は子供じみた虚栄心で、内心の怒りを出さないように努めていた。
そして五十鈴はこの時には気づいていなかったが、これは五十鈴の身から出た錆である。
経験があるから、そういう経験を積みたいなら自分に頼め。五十鈴自身がそう言ったことだ。井草はそれをうのみにしたに過ぎない。
だがしかし、子供であった五十鈴はそれを認めることができず、井草に内心で怒りの感情を持っていた。
「……すんません五十鈴さん! 入学式の時のあの話、本気にさせてください!!」
そんな、勢いよく頭まで下げる井草。
ここで大人の女らしく、「それは気にしすぎである」とでもいえばよかった。
それともはっきりと、「伊予は無有に夢中だ」といえば話は変わっただろう。
むしろここで「ふざけんな!」と怒って本音を告げれば、井草の性格ならうまくいったかもしれない。
だが、五十鈴はここで虚栄心にしたがってしまった。
「……しっかたないわね! このお姉さんが手取足取り教えてあげるわよ!!」
……この日、枢五十鈴はさらに道を踏み外した。
それから数日でS〇Xのハウトゥー本を読みこんで、技術を取り込んだ。
そして童貞ゆえにその手の経験など皆無の井草をごまかしながら、五十鈴はアプローチを重ねる。
ことあるごとにキスをねだり、それとなくデートの練習を誘ってみたりした。
だが、井草はそれを固辞する。
「それは、伊予に取っておきたい」
その言葉が繰り返されるたびに、五十鈴の心の中の闇は増えていった。
そして、其の間も五十鈴は伊予の様子から、無有との経験が増えて言っていることを察していた。
それもまた、五十鈴の心をゆがめていく。
そのうちに、五十鈴の中で一つのアイディアが思い浮かんだ。
……無有にモーションを掛けて、自分が無有の彼女になってしまえばいい。
名案どころか愚策でしかない。どう動いても今の関係が壊れるリスクが大きい、明らかな失策だった。
だが、五十鈴は知らぬ間に追い詰められ、視野が狭くなっていた。
この愚行こそが、自分にとっての最善策だと思うぐらいには、五十鈴は周りが見えていなかった。
伊予も井草も裏切って、家族もそんなことをしてきた五十鈴にいい顔をしないだろうことも、考えればわかる。
だが、子どもゆえに向こう見ずさはまさにそれを考えさせることがなく―
「いいねぇ。俺、そういう展開大好きだよ」
この流れを、五十鈴は予想できていなかった。
もっと戸惑うものだとばかり思っていた。もしくは、大人らしく説得してくる可能性すら考慮していた。
故に、五十鈴は無有の行動に対応できなかった。
「じゃあ、先ずはあいさつ代わりに―」
近づく唇に、どういうことか理解することができない。
ただ、心のどこかで優越感があったのは確かだ。
伊予を超えれる。伊予に勝てる。
そんな優越感が拒否感を上回り、五十鈴はそのまま唇を預ける。
舌が入り、そして唾液を交換する大人のキス。いきなりそれなのはびっくりだが、しかしそれゆえに勢いに飲まれるままに飲み込み―
そのあとのことは、幸せな感覚に飲まれるままでよく覚えていない。
ただ覚えているのは、無有が告げたこの言葉だ。
「だったら一度復讐したらどうだよ?」
その言葉がとても甘美だった。
そうだ。普段からストレスを溜めさせてきたのだ、あの二人は。
なら、一度ぐらいやり返しても笑い話で済んでくれるはずだ。
でも、一度だけやり返すなら盛大なものがよく、そして衝撃度が強いものを思いついて、それを無有に提案して―
そして、気づけばここまで
返り血はもちろん、
「あ……あぁ……ぁああ………」
なんだこれは。どうしてこうなった。何をやっている。
そんな自問自答が脳内を埋め尽くし、五十鈴は思わず助けを求めたくなる。
井草、ピス姉さん、父さん、母さん、伊予……っ
思わず叫びだしそうになった時、足音が響いた。
「あ、五十鈴ちゃんっ」
その言葉に、五十鈴は救われたかのように勢いよく振り返り―
「すごい頑張ったねっ。きっとナイアルさんもほめてくれるよ!」
―そう、変身を解除して満面の笑顔を浮かべる伊予の全身は、返り血で真っ赤に染まっていた。
その瞬間、五十鈴は全てを悟る。
―何もかもを間違え続けてきたのだ、自分は。
努力していることを隠さず、堂々としていればよかったのだ。
頑張っているのに何でと、最初から文句の一つぐらい言えばよかったのだ。
見栄を張らずに、処女だと告げていればよかった。
井草の頼みに、断るなり怒るなりすればよかったのだ。
無有に……否、ナイアルにモーションをかけるなんて、八つ当たりをする必要なんてなかったのだ。
だが、すべてが遅すぎた。何もかもが手遅れだ。
伊予はもう、手遅れだ。五十鈴も、既にこの手を汚している。
なんで、ナイアルの本性とこの裏の顔を知ったのに、素直に言うがままにナイアルの与える快楽という褒美を望むままに欲してこんなことをしたのかはわからない。
それほどまでにストレスがたまっていたのか。なら、そこまで歪んでいてなんで今更正気に戻ったのか。
だが、それでも断言できる。
もう、手遅れなのだ。
今更正気に戻ったところで、戻る場所などない。家族も井草もクラスメイトも、今の五十鈴を受け入れてなどくれないだろう。資格もない。
逃げ出したところで、行く当てなど何もない。
抵抗したところで、殺されるだけだ。
なら、もうするべきことはただ一つ。
「………そうね」
作るべき表情を覚悟し、五十鈴は変身を解除する。
そして、露悪的な笑顔をつくって五十鈴に微笑んだ。
「しっかりいっぱいご褒美をもらいましょう? それぐらいしかたのしみもないんだから」
―もう、ニゲルコトナドテキハシナイノダカラ。
そしてそんな日々が一年ほどたった。
本性を現したナイアルは、自分たちをほかの男にあてがったり、枕営業のような真似を要請した。
伊予はそれをキス一つで快諾する。戸惑っていても、キスをされればその喜びのままに自発的にやるようになっていた。
ゆえに五十鈴もそれに倣う。
……初めてナイアルにキスをされたときの喜びはもうない。厳密にいえば酒の酔ったかのような気分になることもあるが、それも自分がしていることを思えばむなしいだけだ。
それでも、男に貪り食われる悦楽だけを唯一の縋りどころとして、何度も何度も殺し合いを続ける。
悪を装うことも慣れた。だが、それに何の意味があるのだろう。
どうせこのままいけば、自分は野垂れ死ぬだけだ。なら、これ以上罪を重ねてまで生きて何の意味があるのだろうか。
何度も精神的苦痛で吐いた。こっそり外に出て、精神安定剤を手にしたこともある。しかし、それでもこれ以上隠し通せる気もしなかった。
いっそのこと、伊予と無理心中をすることすら考えた、その時だった。
……将来的な敵対組織の一員の中に、ピス・ダウンフォールの名を見つけたのだ。
ピス。井草の保護者だった、年齢不詳の女性。自分や伊予と会うことはめったになかったが、あったときは何かを奢ってくれたりなど優しかった。
この世界に入ってから知った、天使や悪魔などの裏の存在の実在。そしてその一角である堕天使陣営、
そのメンバーに、ピスがいた。
ピスは井草と共に行方不明になっていた。なら、井草もいるのかもしれない。
だいぶ行動を共にしてきたことで権限もあった。ゆえに、勘付かれないように調べぬいた。
そして、井草の姿を見つける。
……悲しみのあまり泣きたくなったのは久しぶりだった。
井草はカッコよくなった。大人の雰囲気を漂わせ、しかし意図的に飾ることのない、落ち着いた青年となっていた。
同時に、井草が自分の煽りで伊予を犯したことを心から悔やんでいることも分かった。それほどまでに、井草は自罰的で自分を評価しない人物になってしまっていた。
五十鈴はこの時に決意したのだ。
「……なろう」
正義の味方にではない。今更、どの面を下げてそんなことができるというのか。
井草の味方にでもない。あれだけ傷つけておいて、そんなことをする資格もない。癒す権利などないし、守る許可など下りるはずがない。
そう、なりたいのそんなものではないのだ。
血と臓物と悪逆に汚れた自分がなるべきなのは、井草のためになるべきなのは―
「邪悪に、なろう」
井草・ダウンフォールが心から自分たちを憎んでくれるように。
憎しみを全力で叩きつけられるにたる、邪悪になろう。
そうすれば、井草の自罰的な感情も薄まるだろう。恨みと憎しみをたたきつけて自分たちを殺せば、井草も踏ん切りがつくだろう。そして、少しは前を向けるはずだ。
幸いなことに、井草の周りには井草の過去を知っても彼を受け止めてくれそうな人がたくさんいた。
そして、実際にあって恨みを買うような真似をしてみれば、井草のために怒ってくれる者たちが何人もいた。
なら、五十鈴自身が悪としてふるまい、悪逆らしく井草の心を踏みにじる形で過去を暴けば、彼らは必ず井草に味方し、自分を敵視するだろう。
彼は人に恵まれている。なら、自分も伊予も必要ない。むしろ、邪魔なだけだろう。
殺されよう。恨みのままに、憎しみのままに。
全ての邪悪を自分たちが背負い、井草が被害者だと思われるようにふるまおう。
そうだ。きっと、自分は―
「ただ、
その決意だけが、五十鈴の望みとなったのだ。
そんなこんなで変化球にぶっ飛んだ結論を出してしまった、五十鈴の過去語り。いかがだったでしょうか?
「取り返しのつかないことをしてしまった」「過去を悔やんでいる井草に詫びたいけど、いまさらどうしようもないからどうしよう」というピースが混ざり合って化学反応を起こした結果、「井草が過去のことを気にならないぐらい変わり果ててヘイトをためる存在になればいい。そうすれば井草もそんな女のことで悩んだりしないはずだ」という結論を出してしまった困ったちゃんが五十鈴です。
井草とは別の意味で中二病。このお年頃にはそこそこあるだろう、努力することがかっこ悪いと考えるパターンをこじらせたのが五十鈴。それでも成果を上げるために努力をこっそりし続けてきたことはりっぱなのですが、その上をいっている二人がいたために負の感情をため込み、それがたくさんのボタンの掛け違いで暴発してしまったのが彼女です。そういう意味では井草以上に自業自得で破滅していますね。
その結果として「取り返しのつかない過ちを犯して大好きな少年を今も苦しめているから、せめて苦しまないように気にする価値のない悪逆の徒となってヘイトを集め、井草に討たれることでヘイトを発散させて井草が過去を乗り越えられるようにしよう」という、追い詰められているからこその馬鹿な結論に至ったのが彼女です。
つまり、
最初の出番での井草を馬鹿にするような行動=「さあ! こんな悪党のことで悔やむ必要なんてないわよ! その感情をヘイトに変換しなさい!!」
イッセーの洋服崩壊でのパニック=想定外の全裸化に悪役ムーブを忘れた。
デュリオの虹色の希望の無効化=大事なことを思い出しているからこそ、悪党になって大事な少年が過去の傷を乗り越えられるようにしたいのだから意味がない。心にとどめているからこそ悪役をやって井草のヘイトを稼いでいる。
井草の決意表明の反応=「ヤバイ! 惚れ直した!! あ、悪役ムーブしてる余裕がない!!」
その後の撤退=「この調子だと返り討ちにしちゃいそうだから、言い訳作って逃げよう。ディオドラは腐れ外道でむかつくからできれば死んでほしい」
母艦に帰還後のゲロ吐き=「井草にひどいことしちゃった井草にひどいことしちゃったしかもこの後嫌なことしまくらなきゃいけない精神的にキツイ!!」
ロキ戦での手の内語り=「さあ! わたしと伊予はこんなことができるわよ!! 手の内知ったんだから対策を考えなさい!!(ドヤァ」
……こんな感じの実情があります。間違った方向にけなげな五十鈴の明日はどっちだ!?