DUAL BULLET   作:すももも

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第1章:プロローグ
01.目覚め


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 女は通路を歩いていた。

 特に焦った様子もなく、興奮した様子もなく、ただ通路を歩いていた。

 

 女が通った後には、不規則な間隔で人が倒れている。

 首があらぬ方向に曲がりだらしなく舌を出していたり、折れた手に拳銃を所持して胸から血を流していたりと、倒れ方も統一性がなかったが、一つだけ共通点がある。

 

 倒れている人達の衣服は、まさしく警備員の着る制服であった。

 

 

 女は、足を止め、重厚な造りの扉を見る。女の記憶によれば、そこは彼女の目的の場所であることに間違いはなかった。

 

 

――ゴゴーン

 

 

 鈍く低い音が辺りに響き、扉が動く。女は途中で扉を押すのをやめて、その小柄な身体をスルリと部屋に入れた。

 

 

 その部屋は、薄暗い照明に照らされて、ありとあらゆる古めかしい衣装棚が配置されていた。

 

 女の目的は別にあったが、実際に見てみると、これらもなかなかのものであるように、女は感じた。

 

 

 1800年代後半のヨルビアン大陸でつくられたアンティーク調の衣装棚など他にも国や年代がバラバラであったが、古木の醸し出す、渋みのある光沢や最小限に飾りつけた衣装棚はどれも女の趣味に合致していた。

 

 

(・・・シズクも呼べばよかった。)

 

 

 これだけの量、とても1人では運びきれない。心残りはあるが、本来の目的を思い出して、女は部屋の奥へと歩みを進める。

 

 

 女はゆっくりと辺りを見回しながら、歩いていくと妙な人影に気づいた。座っているようだが、こちらに気付いていないのか微動だにしない。

 

 しかし、見る限り、かなりの使い手であるように感じる。少なくとも、敷地内に会ったどの人間を遥かに凌ぐ強さだろう。

 

 

 女は先ほどよりも警戒度をあげながら、すばやく気配を消し、足音を立てずにゆっくりと人影に近づいていった。

 

 

―――!??

 

 

 女は、困惑した。普段から感情を表に出すことは、あまりしないが、現状のあまりの不可解さに心が乱れ、思わず声に出した。

 

 

「まさか、こいつ・・・寝てる?なんで?」

 

 

 その男は警備員の制服を着ていた。しかしオーラの纏い方やその姿勢から、それなりの使い手のはずである。

 

 女は屋敷に侵入してから今まで、オーラを絶ち気配を消すという念の基本技である「絶」を使ってはいなかった。

 

 少なくとも、この人影に気付くまでは。

 

 

 しかし、この男は女の侵入に今も気付かない。

 というよりも、警備の仕事をしているのに寝ている事実が女には解せない。

 

 

 女は少しだけ好奇心を抱いて、寝ている男に殺気を向けた。

 

 しかし男に動きはない――。

 

 

(ただのバカだね、こいつは・・・。)

 

 

 女は内心、期待を裏切られながらも、殺気を押し殺し静かに構えをとり集中力を高める――。

 

 

―――シュンッ

 

 

 女は右手の指先にオーラを集中させ、刃物のように鋭い突きを男に繰り出す。

 

 その動きは、構えからほとんど体軸がブレることのない、全身の力を無駄なく伝導させた早業であった。

 

 全力というわけではない。

 しかし静かで素早く慣れたその一撃は、必殺の(わざ)であった――本来は。

 

 

 

 

 

 男は、最小限の動きでそれを避けた。

 

 瞬間、男は目を開け、女と視線を交わす。

 その刹那、女は右手を引くと同時に左の拳を放った。

 

 だが、既に男は素早く飛んでおり、女の数m離れた位置に着地している。

 

 

 

 一拍おいて、男が座っていた椅子が音を立てて崩れた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 椅子が崩れた音をきっかけに、男と女は現在地から消えるように素早くお互いの間合いを詰めた。

 

 

 薄暗い部屋の中で、男と女は互いの技と術を放つ。

 

 

 男が拳を繰り出すと女は回避しながら反撃の手刀を放つ。

 

 男は自分の首を狙ったそれを、大胆に片足を伸ばしたまましゃがんで回避し、伸ばした足にオーラを集めて横凪ぎの蹴りを入れた。

 

 女は既に読んでいたのか、最小限に飛んで、反撃の回し蹴りを放った。

 

 

 あまりの速さに、男は回避しきれず、腕でガードする。

 

 

―――ザザザザーッ

 

 

 女の強烈な蹴りを受けて、男は吹き飛びそうになるが、両足にオーラを集めることで踏みとどまった。

 

 しかし、それでも男は、数m後方に押し出された。

 

 男が踏みとどまった床は、えぐれてヒビ割れの線が2本できていた。

 

 

(このお姉さんかわいいな・・・。)

 

 

 目覚めと共に死にかけた男は思った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

―――こいつ、強い・・・。

 

 

 先程の初撃の対応、瞬間的に数手合わせた感触。久しぶりに出会った好敵手だった。

 

 

 だけど――。

 

 だからこそ疑問が残る。何故こんな田舎屋敷に、警備員として雇われているのか。

 ていうか、警備員なのに寝ていた事実も分からないし。

 

 

 ほんの少し迷ったが、この後また戦いになったら聞けなくなると思って、アタシは口を開こうとする。

 

 

 

 

「――お姉さん、何の仕事してる人?」

 

 

 男の質問に先を越された。

 

 アタシは軽く舌打ちをする。ていうか、その質問の意味が分かんないんだけど。

 仕方なしに、若干――いや、大分面倒くさいけど、その質問に答える。

 

 

「泥棒だけど・・・見ての通り。」

 

 

 語尾にトゲを持たせて答えると、男がそれに反応した。

 

 

「へえ!?じゃあさ――。」

 

 

 

「てか、アンタなんで寝てたの?」

 

 

 

 このままだと男の話が続きそうだったので、遮るようにアタシは聞いた。

 

 

「なんでって、そりゃ――。」

 

 

 男は一瞬、首をかしげると、すぐに顔を真っ直ぐにして答える。

 

 

「眠かったから!!」

 

 

 キッパリと答えたその男の目は本気そのものであると、アタシは感じた。

 

 

―――コイツ、ホントにバカだ。

 

 

 アタシは嘆息しながら別な疑問を投げ掛ける・・・。

 

 

「じゃあさ、なんでアタシの侵入、ていうか殺気に気づかなかったの?」

 

「え?気付いたじゃん?」

 

 

 男は答える。多分アタシの初撃の反応のことだろう。

 

 確かにアレはすごいと思う。

 だが、普通はあそこまでされる前に気付いて、何らかの対応をするだろう。

 

 少なくともアタシだったら、雇われている屋敷に侵入者が入った時点で何かしら動く。

 自信か、余裕か――?

 

 

 アタシは改めて、この男を見た。

 身長は大して高くはない。大体170cm前後、中肉中背、髪を短く刈り上げている。薄暗い照明のせいで分かりづらいが、髪の色は金か茶に見える・・・。

 

 顔をよくよく見ると、大分若そうだ。

 多分、アタシと大して年齢は変わらないだろう――勘だけど。

 

 

 

「お姉さん、何か欲しいの?」

 

 

 男は緊張感のない様子で聞いてきた。・・・なんかイラッとする。

 

 

「・・・ドーリシア王朝の鍵箱。」

 

 

 アタシは、ぶっきらぼうにそう答えた。

 

 

 別にどうしても欲しいというわけじゃないけど、たまたまこの屋敷にあるって聞いたから来てみただけ。

 

 まあ、こんな男が、この屋敷に雇われていることは想定外ではあったけれど・・・。

 

 

「そんなのが、あるんだ?ちょっと待ってて!」

 

 

 アタシの考えなどお構い無しに男は辺りを探し始めた。

 

 なんなんだろう、こいつは――?

 何を考えてるか全く分からない・・・。

 

 

「あ、あった。これじゃない?」

 

 

 一応警備員の服を着ているはずのその男が、ガラスケースに飾られているそれを見つけ、泥棒のアタシを手招きした。

 

 念の為、警戒しながらさりげなく「凝」を使い、近づいていく。

 

 

 確かにそれはアタシの目的のそれだった。

 

 ドーリシア王朝時代、大した宝石も貴金属も用意できなかった王朝の職人がその技術のみで、鉄の箱を見事な芸術品の域にまで仕上げている。

 

 

 正直、実際に見てみると想像以上のものだった。

 素直にこれは絶対欲しい、そう思った。

 まぁ、今まで欲しい現物を目にして諦めたことはないけどね。

 

 

「・・・確かにそれだね。じゃあ、始めようか?」

 

 

 アタシはできるだけ、平然とそう言った。

 

 

「何を?」

 

 

 男がそう言うと同時に、アタシは攻撃を仕掛けた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「じゃあ、始めようか?」

 

 そのお姉さんは確かにそう言った。

 

 俺は反射的にその攻撃を受け、捌き、反撃を試みる。

 

 彼女の体術は並の達人よりも強く、その緩急つけた動きは、読み間違えれば確実に死ぬだろう。

 

 つーか、筋力とか俺より強いんじゃないか?

 そういえば最近、俺は鍛えてないからなぁ・・・。

 

 

 俺が攻撃をすると、お姉さんが、避ける。

 

 お姉さんが掴みにかかってくるのを、俺は捌く。

 

 お互いの隙をつくり、狙い、お互いが防ぎ、また攻撃する――。

 

 

 命懸けの死闘――。

 

 

 だけど、俺は楽しかった。

 純粋に、達人との戦闘も楽しかったが、なんだろう・・・?

 

 

 とにかく今という時間が楽しかった。

 

 

 

 

 正直、俺は斡旋所のおばちゃんを恨んでいた。

 

 強さには自信がある。念だってかなりの実力だと自負している。

 

 しかし、どうも俺という人間を馬鹿にしているのか、こんな田舎の山奥の屋敷の一警備員の仕事を紹介しやがった。

 

 とは言うものの、今は金が必要だから仕方ないか・・・。

 

 おばちゃんの最後の言葉を思い出す――。

 

 

 

「『信用』ってのが大事なんだよ、兄ちゃん。とりあえず、その仕事やって失った『信用』ってのを取り戻しな。話はそれからだよ。」

 

 

―――何のことか意味が分からない。

 

 もしかしてアレか?

 美術館の警護で戦闘したら美術品10個くらい壊しちゃったことか?

 

 それとも護衛の仕事で、護衛対象の爺さんムカついて、殴っちゃったりとか、いや・・・もしかしてアレのことか?

 

 うん、まあアレは3人くらい人死んじゃったけど、俺のせいってわけじゃ――。

 

 あ、それとも――?

 

 

―――ビュンッ

 

 

 「泥棒」のお姉さんの拳が飛んできた。

 

 俺は、半身になってかわしながら、ジャブを数発打つ。

 

 彼女は上半身だけの動きでそれを難なく避ける。

 そのタイミングで、俺は念を込めた右ストレートを放った。

 

 これは当たったろうと思ったが、お姉さんは今度は絶妙な攻防力を足に集めて移動していて、既に回避していた。

 

 おまけに俺の死角に入ったお姉さんは、俺の延びきった腕の袖を軽く掴んでいた。

 

 

――――――!!??

 

 

一瞬にしてお姉さんの身体の内側に引き込まれそうになる。

 俺は引き込まれるその力を利用しつつ、自らも飛んで前方に身を投げ、お姉さんの後方に出た。

 

 

 今のはヤバかった・・・。

 袖を掴んだのに刹那でも気付くの遅れたら、きっと今頃ミンチになってた。

 

 体勢を素早く起こして、お姉さんに相対する。

 

 

「今のはヤバかったね。」

 

 

 俺がそう言うと、お姉さんの顔が険しくなったような気がする・・・。

 

 というか、俺もしかして会ったときから良く思われていない?

 

 

―――そういえば、さっき言いかけたことが、話途中だったな。

 

 

 お姉さんの仕事が「泥棒」って聞いて、思い付いたのは交換条件をつけることだった。

 

 俺はこの屋敷の警備に大してこだわっていない。正直、退屈だったし辞めたいと思っていた。

 そもそもこの仕事、時給1800ジェニーとか安すぎるだろう・・・。

 

 とは言っても他に仕事もないし、惰性でやってる感じだった。

 

 この屋敷の物が盗まれようが、屋敷の人間が死のうがどうでもいい。面白いことを求めていたのだ。

 

 

―――だから、せっかくの機会なので「泥棒」のお姉さんが欲しいものを提供して、その代わり食事とか(お茶でも可)一緒にどうかな、かな?と思っていたわけなのに・・・。

 

 

 というか、このお姉さんマジで気が短いな・・・。

 

 繰り出す技が全て俺を殺しに来てる気がするし、適当に相手していたら冗談抜きで死にそうだ。

 

 

―――そう、適当に相手していたら――だけどね。

 

 

「悪いけど、ちょっと本気出すよ!?」

 

 

 俺は若干見栄を張ってそう言い、実際は全力の「練」をした。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 男は「練」をした。チリチリと女の肌に男の圧倒的な量のオーラが伝わる。

 

 

(このオーラ量・・・アタシ以上だね。まぁ、どうってことないけど。)

 

 

 女は、男の今のオーラが男の全力であることを見抜いた。

 女の考えでは、この程度のオーラ量の差は使い方次第で簡単に埋まる。

 

 

(ただし、アイツの念能力には気を付けないとね・・・。)

 

 

 女は、相手の「隠」を警戒して、両目に「凝」を怠ることなく、じわじわと間合いを詰めた。

 

 

 瞬間、男が間合いを詰めてきた。女は応戦するが、男の動きが先程よりも速くなっているため、防戦一方になる。

 

 

(コイツ、攻防力の割り振りが雑だけど、攻防力変化の速度が異常に速い!!)

 

 

 男と女は最初に手を合わせたときから、「流」と呼ばれる念の応用技を駆使して戦っていた。

 

 

 「練」により全身のオーラを高め、それを「堅」という全身ガード状態にし、オーラを「凝」により身体の一部に集中させ、状況によりオーラ量、オーラの攻防力の配分を変える。

 

 それが「流」。オーラ量が同じであるならば、同じ程度のオーラ量を集中させるだけでガードができる。

 ただし今の状況では女のオーラは男より僅かに少ない。

 故に女がガードするには分配率を多めにしなければならなかった。

 

 

 しかし、女の歴戦の記憶と経験により、男の攻防力変化を読み、あらかじめギリギリ最低限のオーラを集中させてガードする。

 

 だが、男の高速の攻防力変化「流」がその読みをも危うくさせる。

 

 

(あぶな、今のは勘が外れてたら、膝が砕かれていたね・・・。)

 

 

 女は内心、舌打ちしながら男の雑にオーラを集中させた拳を膝でガードして、少し間合いを取る。

 

 女の身体は今の攻防により、いくらかダメージを負っていた。

 

 男の方は、その高速の「流」により簡単にガードされるため、ほとんど無傷に近い。

 

 男が間合いを詰める。男の格闘はボクシングベースのようである。

 しかし、男も様々な経験からか、競技用のそれとは違う動きをする。

 

 女は男の攻撃を受け流し、捌きながら男の死角に動き、決定打を狙う――。

 オーラ量に差がある者と素直に打撃戦だけをやっていては、女の方が不利であるからだ。

 

 

―――女が急所を狙った突きを放つ。

 

 男は女の突きを捌き、反撃の拳を振り抜く。

 

―――瞬間、女は身を低くしてかわしながら、男の足下を狙って鋭い蹴りを放った。

 男は瞬間的にオーラを集めて片足で難なく防ぐ。

 

 

―――ドドンッ

 

 

 蹴りをガードして間髪入れず、男の振り下ろした拳が床を大きく陥没させた。

 

 だが、しかし女は既に男の背後上方の壁に跳躍している。

 

 

 男が振り向くと、そこには壁にある薄暗い照明しかなく、既に女は男の背後にいた。

 女は4指に鋭く研ぎ澄まされたオーラを込め終わっている。

 

 

 狙うのは肝臓、人体の背後から狙える骨にも守られていない部位――。

 

 

―――ブオンッ

 

 

 

 

 女が放つより僅かに速く、男の力強いオーラを込めた裏拳が飛んできた。

 

 

(間に合わない!)

 

 

 女は咄嗟にオーラの集中を掌全体に切り替えて、男の拳をガードする。

 

 しかし、男の拳が女の掌に届く間際、拳のオーラは一気に激減した。

 

 

 

――――――――!?

 

 

 

 ゴッという鈍い音を女が認識したのは、コンマ数秒後――。

 その時、女は空中にいた。

 

 女が状況を把握する。

 

 おそらくでしかないが、男は瞬時に拳の攻防力を移動し、裏拳の死角から、逆の拳でオーラを込めたショートアッパーを女の顎に命中させたのだろう。

 

 女は掌にそのオーラのほとんどを集中させたため、他の部位の防御力は薄くなっていた。

 

 鉄の味が女の口の中に広がる――。

 

 

 女は自ら、自分の意識に渇を入れ、空中で体勢をなおして、着地するように男の反対側の壁に足をつけた。

 

 

 女は状況と、自身の状態を把握し終わっていた。

 

 

(顎イッてるね・・・これは。)

 

 

 忌々しく女は思った。

 

 

「勝負あり・・・みたいだね。」

 

 

 手にグッと力を込めて、女はそう呟いた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「勝負あり・・・みたいだね。」

 

 

 女は呟いた。

 

 

 

 

―――――!!!?

 

 

 突然、男は空中に浮かんだ。

 

 

(な、何が?苦しい・・・。)

 

 

 男は状況の分からぬまま首が締め付けれる。

 

 男の背後には部屋を照らす、薄暗い照明があった。

 

 

(ま、まさか――?)

 

 

 男は瞬時に「凝」をする。

 

 

 念の応用技である「凝」は、目に集中させることで、オーラを隠す「隠」という念の応用技を見破ることができる。

 

 

 

 男の首には、既にオーラの糸が巻かれ、オーラの糸は、そのまま男の背後の照明を滑車代わりに掛けられ、さらに反対側の壁にいる女の手にまで伸びていた。

 

 

 

「グッくほッ!」

 

 

 男は声にならない声を出して手足をバタバタさせる。

 

 首に掛けられた糸に指を掛けようとするが、深く食い込んでいて何もできない。

 

 女は糸の張力により壁に静止したままだ。

 

 

 

「もう何しても、無駄だよ。恨むんなら、アンタの不注意さを恨むんだね。」

 

 

 容赦ない女の冷徹な声に反応もできず、男は息も絶え絶えにポソリとこう言った。

 

 

「ファースト・・・ブリット。」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 アタシはアイツが何を考えているか分からない・・・。

 確かに実力者ではある、それは認める。多分蜘蛛のメンバーと遜色ない程度には――。

 

 それでも敵である以上、容赦はしない。

 

 

 アイツは多分バカだ。頭を使ったことが無いんじゃないか・・・?

 

 いくら強くても、「凝」を怠るとか、もう3流以下だ。

 あと仕事中寝るとかも――。

 

 

 確実に決まった。念糸が切れる要素はない。

 

 少なくとも、アタシがこの手に持っているのだから。

 念の糸は私の思念のみでしか切れない――。

 

 

 

 

――――――筈だった。

 

 

 

 アイツが何か呟いた後、アタシの糸の張力が抜けた。

 

 アタシは糸に繋がったアイツの体重で釣り合って、壁に静止していたはず。

 しかし、今は床に着地している。

 

 糸は切れたわけじゃない。なら、どうして――?

 

 

 

 

――――――――――な!!!!!!!!!!!!!????????????

 

 

 

 

 色々なものが音を立てて、崩れ落ちた・・・。

 

 

 もう、そんな疑問なんて、どうでも、いい。

 

 

 アイツが、そこに、いた。

 

 

 不様に尻餅をついている。

 いや、マジでそんなのはどうでも、いい。

 

 

 

 アイツの尻の下にあったのが、「ドーリシア王朝の鍵箱」そのもの。

 

 アタシの目的だったのだ・・・。

 

 

 アイツがゲホゲホ咳き込みながら、口を開いた。

 

 

「あ・・・お姉さん、この、箱、あげる、から、食事でも――どう?」

 

 それを聞いて、アタシのオーラと殺意が最大に高まった・・・。

 

 

 アイツはソレの状態に気付いたようだ。

 

 

「あれ?壊れちゃってるけど・・・いいかな?」

 

 

 男が焦って、付け加える様にそう言った。

 

 

 その瞬間、アタシの中にある、何かがプツンッと音を立てて切れた。

 




本気で欲しくないものでも、目の前で壊されたら怒る、そんな話。
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