DUAL BULLET   作:すももも

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38.再結成

――プルルルル

 

 

 

 

 ガルナはホテルの一室で、座禅を組み、静かにオーラを纏っていた。

 久々に会うあの男に、ガルナは少し緊張をしていた。

 

 

――ルルルルルルルル

 

 

 

 ある意味、持病の「悪夢」を再発させそうな恐怖すら抱きそうになる。

 

 だからこそ、ガルナは極限まで研ぎ澄ませた集中力で纏を続けていた。

 

 

 

――プルルルルルルルルル

 

 

 長い間鳴り続けていた、フロントからの着信音が部屋に響き渡り、ガルナは舌打ちをしながら立ち上がり、電話をとる。

 

 

「何? 今、トレーニング中なんだけど・・・?」

 

「すみません、お客様にお会いしたいという方が――。」

 

 

 ガルナの文句に、フロントが最後に言った。

 

 

「ミランダ=ポートネスという――。」

 

 

 

 フロントの言葉も途中に、ガルナは電話を切って、駆け出した。

 

 14階の部屋から飛び出すと、ガルナは非常階段から飛び降りる。

 

 落下しながら2階の手すりに蹴りを入れて衝撃を殺すと、そのまま着地してフロントに向かった。

 

 

「ミランダ!」

 

 

 ガルナが嬉々としてミランダに声を掛けると、彼女は驚いた表情でガルナを見た。

 

 

 

「あ、あれ? 今電話したとこなのに――?」

 

「走ってきた。」

 

 

 ガルナがニッコリとした笑顔でそう答えると、ミランダは納得したような表情で言った。

 

 

「ホント、信じられない体力だね。

 それよりも、なんで私に何も言わずに出発しちゃうかなー?」

 

「ご、ごめん。やるべきことが見つかったら焦っちゃって・・・。」

 

「まあいいよ。

 でも、このホテルのカフェにある、『ワッフルパフェ』ってのが食べたいなー?」

 

 

 ガルナの言葉に、ミランダはそう言って笑って許した。

 

 

 先日、約10年振りに会った、ガルナの従姉であるミランダのおかげで、ガルナの悩みや迷いを簡単に吹き飛ばした。

 

 ハンター試験を受けるために、父親に会うという選択をすることができたのだ。

 

 

 生死の関わらない目的の為に、面倒なことをするというのは、おそらくガルナの人生で初めての経験だ。

 

 仕事といっても、ガルナにとってのそれは遊びの延長線でしかなく、女性との交流は不特定多数の誰でもいいという考えであった。

 

 成功しても失敗しても、影響はない――。

 ガルナは、そんな無責任な考えで人生を生きてきた。

 

 

 ガルナの常人離れの身体能力と念の実力については、生存本能そのものだろう。

 過去のトラウマから逃げる為に、強くなるという方法で精神に折り合いをつける。

 

 幸運にも優れた師匠に出会えたことで、その努力の方向性も大きく間違えることなく、ガルナは強くなることができた。

 

 

 

 

「――ところで、ハンター試験っていつなの?」

 

 

 ミランダが、パフェをほおばりながらガルナに尋ねる。

 

 

「再来週だよ。まだ俺、受付してないんだけどね。」

 

「え、なんで?」

 

 

 ミランダがそう言って、まるでアホの子を見るような目でガルナを見る。

 

 ガルナは、ミランダの表情に気付くことなく、笑いながら答えた。

 

 

「今月末までは、受付できるみたいだし、その前に保護者の承認を取ったのを、今日会う予定のあいつに自慢したいんだよね。」

 

「え、誰?」

 

 

 ガルナの言葉を聞いたミランダが、興味深そうな顔でそう聞くと、ガルナは力強く答えた。

 

 

「シドリア=ブライト! 俺の相棒だよ。」

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 念とは何だろうか?

 

 

 私が思うに、念とは精神の力、すなわち想いの力――。

 

 念の原動力であるオーラとは、身体の細胞から放たれる生命エネルギーである。

 

 しかし、生命エネルギーとは、それだけでは意味はないのだ。

 脆弱な生命の光――その光に方向性(ベクトル)を与える精神の力が、念の本質ではないだろうか?

 

 オーラを増幅させる練という技術が精神状態に大きく影響されることからも、それを裏付けている。

 

 

 

 薄暗闇の中、私は自身の纏うオーラを分析していた。

 

 数日前とは見違える程の見事な練――。

 纏すら危うかった程の精神状態から、立ち直ったのが伺える。

 

 私の念能力である【雷影絶影(ダークブリッツ)】は、脳を特殊な念の光で刺激することで、高度な分析能力を得る。

 

 また双眼から放たれる光は円の効果を持ち、周囲を光の速度で視ることが可能だ。

 

 

 私はこの能力を得てから、毎日の修行の際には必ず自身を分析することにしている。

 

 能力を鍛えるのが目的だったが、高い精度で自分のオーラの乱れや変化を捉え、可能な限り感情をコントロールすることにも使えることに気付いた。

 

 

 ハッキリ言って、私は極端に感情的な男だ。

 

 それに引き換えあの男、ガルナという男は、本能に忠実に生きていて、ある意味私よりも遥かに冷徹であると言える。

 

 およそ自分の為にならないことをやるのは、人間が感情を持つ為だ。

 そこには憤怒や愛情、その他の文化的なものが含まれる。

 

 

 驚くべきことにガルナの持つ思考回路は、ウサギやネコ等の動物と同レベルのもの――。

 

 故に、他人の気持ちを汲むこともなく、生存本能の為に他者を簡単に見捨て、簡単に殺すのだろう。

 

 

 私は、自分でもコントロール不能な感情に支配され、時に非合理的な行動をしてしまうが、ガルナは決してそんなことはしない。

 

 ガルナより私の方が人間として優れている。

 しかしその一方、生物の一個体として考えると、私はガルナよりも遥かに劣っている。

 

 

 

 

 日課の修行を終えた後、私はシャワーを浴び、着替えを始めた。

 

 肌触りの良い白いシルクのスーツに、影に変化させたオーラを纏わせる。

 

 偽影と呼ぶその影は、それ自体に大した効果はない。

 だが、光を吸収した影のオーラは、私の切り札となるのだ。

 

 故に、私はいざというときの為に、仕事の際はこの能力を展開するようにしていた。

 

 

 黒く見えるスーツに身を包んだ私は、部屋を出て待ち合わせの場所に向かった――。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「じゃあ、私も一緒に受けようかな。」

 

 

 それを聞いたガルナは、唖然として聞いた。

 

 

「え、どういうこと?」

 

「だからさ、私も受けようかなって――ハンター試験。」

 

 

 ガルナの問いに、ラフな服装の女性が笑いながらそう答えた。

 

 

「えっと――ミランダは、ハンターになりたいの?」

 

 

 戸惑いながらガルナがそう尋ねると、笑いながらミランダが答える。

 

 

「違うわ。ハンターを目指すってわけじゃなくてさ。

 何を目指すか分からなかったから、ちょうどいいなかなって――ちょっと面白そうだし。

 結構危険な試験みたいだけど、それも大丈夫かなって思ったのよ。」

 

 

「大丈夫かなって、どうして――?」

 

 

 ミランダの説明に、ガルナは首を傾げてそう尋ねる。

 

 

「え」

 

「え?」

 

 

 ミランダとガルナは、互いに解せぬといった顔を見合わせた。

 

 

「いや、だからさ。この前見たガルナの強さなら、大丈夫かなって――。」

 

 

 ミランダが、あっけらかんとそう答えた。

 

 

「俺が、ミランダを守るの前提なのね・・・。」

 

 

 ガルナはうなだれながらそう呟く。

 

 すぐにシドリアのことを思い出し、ガルナは激しく頭を抱えた。

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 私は、目の前のコーヒーカップを手に取り、ゆっくりと一口だけすすると、カップを置いて、近付いてきた人物に顔を向ける。

 

 その気配は間違いなく念能力者、それもかなりの達人――。

 

 

 

「シドリア=ブライトね。

 例の件は、どこまで進んだの?」

 

 

 若い女の声で、そう言うのが聞こえた。

 以前、某奇術師に強烈なボディーブローを打ち、致命傷を与えた女の声だった。

 

 ある程度予想していたので、大して驚きもしなかったのだが、私はわざとらしく驚いた口調で返答する。

 

「てっきり、連絡をしてきた団長が来ると思っていたのだが?」

 

 

 

 

 私がそう言った瞬間、空気が凍るように感じた。

 

 無言の圧力――この女に関する説明を思い出し、私は納得しながら早口に女に言った。

 

 

「・・・悪かった。

 実を言うと、まだあの男の居場所は見つけていないが――。」

 

「あっそ。

 じゃあ、もう話は終わりね。見つかったら連絡して。」

 

 

 女は私の話を遮るようにそう言いながら、すぐに立ち去ろうとした。

 

 

「いや、待て。確かに私は見つけられなかった。

 その代わりではあるが、人探し専門のハンターの情報はいらないか?」

 

 

 私がそう言って住所が書かれた紙片を見せると、女は間髪入れずに尋ねた。

 

 

「そいつにアンタが連絡とればよかったんじゃない?」

 

 

――鋭いな。頭も回るようだ。

 

 

 私は心の中で舌打ちしながら答える。

 

 

「同業者の中には、相性ってものがあるんだ。

 私自身はいいんだが、向こうは私との関わりを避けるからな。」

 

 

 しばらくの沈黙の後、女は無言で携帯を取りだし、報酬を掲示してきた。

 私はそれを見ると、少しばかり驚き、女に聞いた。

 

 

「こんなにいいのか?

 大した情報も集められなかったが・・・。」

 

 

 女は何も答えないまま、携帯を差し出してきたので、私は口座番号を打ち込んだ後、メモ書きと一緒に女の携帯を差し出した。

 

 

「じゃ、アンタとはこれでお別れね。

 あ、最後に1つ聞きたいことがあるんだけど――。」

 

 

 そう言って女は振り向き様に聞いた。

 

 

「アンタ、あの後アイツに会った?」

 

 

 女の問いに対し、私は短く事務的に答える。

 

 

「いや、会ってないな。」

 

 

 

 私がそう答えると、女の探るような痛い程の視線を感じる。

 

 

「嘘、じゃないみたいね・・・。」

 

 

 溜め息混じりに女はそう言うと、スタスタと歩いていった。

 

 

 私はしばらくの間、念の影で動向を探り、女の姿が見えなくなってから、電話を掛ける。

 

 

 

 

「もう来てもいいぞ。」

 

 

 私がそう言うと、通話相手が何かを呟くのが聞こえた。

 

 途端に携帯の電波が途絶え、それとほぼ同時に目の前のテーブルの上に、携帯を耳に当てた男が現れた。

 

 

「シドリア、うまくいった?」

 

 

「ああ、電話のみで連絡していたのが功を奏した。

 多少は疑われたが、ここにお前が、ガルナ=ポートネスがいることはバレていない筈だ。」

 

 

 目の前に瞬間移動で現れたガルナに私がそう答えると、ガルナはほっとした様子だった。

 

 

 実を言えば、この計画は驚くことにガルナ本人の提案だった。

 

 12月1日の幻影旅団との一件の後、悩みながらも私はガルナに電話をした。

 

 一旦電話をしてしまえば、案外スムーズにやりとりができた。

 ガルナの体調は問題なく元気そうだったが、幻影旅団のことを聞くと、途端にガルナの言葉は躊躇いがちになった。

 電話では要領を得ず、私は何の他意もなく、直接会いたい旨を伝える。

 

 すると、意外にもガルナはこのような形で会うことを提案したのだ。

 

 どういう経緯からか、旅団には私とガルナの関係を全て知られているらしい。

 故に、連絡先を知られている私に奴らの捜索の手が及ぶことをガルナは予想し、面倒な手段を使ったのだった。

 

 

 私は、あの女とガルナの関係を知らない。

 

 しかし、自由人のガルナをここまで慎重にさせるあの女は素直に称賛に値すると感じた。

 

 

 

 

「それで? これからお前はどうするつもりなんだ?」

 

「うん、実はG・Iの情報収集に、うってつけの方法があるんだ。」

 

「――ハンターライセンスか?」

 

「え!? シドリア知ってたの?」

 

 

 ガルナはそう言って驚いた。

 

 

 私は、1年前のガルナの発言に感情的になってしまい、喧嘩別れした。

 

 あの日からあらゆる情報収集がうまくいかず、現状を打開するにはそれしかないだろうと結論づけて、プロハンター試験の受験の準備を進めていた。

 

 プロライセンスは、様々な恩恵があり、G・Iに限らず他の情報収集する上においても役に立つだろう。

 

 

「しかし、受けるにしても――。」

 

 

 私がそういい掛けると、ガルナはタブレット型の情報端末を取り出して私に言った。

 

 

「親にはサインと認証を貰ってある。」

 

 

 それは紛れもなくハンター試験の申し込みサイト。

 偽造防止等の多重セキュリティにより、本物であることは間違いない。

 

 ハンター試験は、未成年の場合は保護者かそれに代わる者の承認が無ければ試験を受けられない。

 

 ガルナの端末の画面には、保護者のサインと一緒に生体認証がされていて、間違いなくガルナの親によるものだと判断できた。

 

 

「しかし、よく会えたな?

 てっきり、お前は自分の親に会いたくないと思っていたのだが――。」

 

 

 私がそう答えると、ガルナは曇った顔つきで言った。

 

 

「俺、シドリアには酷いこと言ったと思う。あのときは本当にゴメン・・・。

 お詫びになるか分からないけど、俺も姫を取り戻す為に、なんでもやるよ!」

 

 

 ガルナの覚悟を聞き、心を打たれたが、すぐに疑問が浮かぶ。

 

 

――何故、あのガルナがこんなにも変わったのか?

 

 

 すぐに先刻会った女の顔が浮かんだ。

 

 

「そうか。お前はあの女のことが――。」

 

 

 私がそう呟くと、ガルナは首を傾げている。

 私は首を振り、笑いながら言った。

 

 

「いや、なんでもない。

 お前が逃げているものが何なのか少し分かった。」

「逃げてるわけじゃないよ!

 仲間を取り戻す為に、シドリアに協力しようって思っただけだし!」

 

 

 ガルナは顔を赤くしてそう叫んだ。

 

 

――同じだ・・・。

 

 

 私がノースタリアの復権すら忘れる程のどうしようもない衝動――。

 

 

 

 私は抗えないその感情を受け入れたが、ガルナは違うのだろう。

 

 今まで感じたことのないその感情を怖がり、ガルナは逃げてしまった。

 

 それは、自らの気持ちからの逃避――。

 

 しかしだからこそ、ガルナは私の考えに共感し、また行動を共にできるわけだ。

 

 

 そう、ガルナは知った。

 知ってしまったのだろう・・・愛を――。

 

 

 

 

「――それでシドリアにちょっと謝らないとならないことがあって――。」

 

 

 ガルナが躊躇いがちにそう言ってから、私に触れてポソリと呟く。

 

 

2番目の弾丸(セカンド・ブリット)

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

 

 シドリアにとって1年振りとなる瞬間移動で移動したその先は、ホテルの一室だった。

 すぐにシドリアはガルナに尋ねる。

 

 

「それでガルナ? 謝らないとならないことってなんだ?」

 

「あ、いや・・・。ハンター試験でもう1人一緒に行動することに――。」

 

 

――カチャ

 

 

 ちょうどその時、シドリアの背後の洗面所の扉が開く音がした。

 

 ハッと振り向き、シドリアは無駄のない動きで素早く影を展開する――。

 

 

「な、誰だこの女は!?」

 

 

 シドリアは激昂した口調で叫んだ。

 

 その女はどう見ても、その気配は念能力など言わずもがな、立ち振る舞いや筋肉のつきかたから、一般人としても低い実力が伺えた。

 

 

「わ、びっくりしたー。 ガルナ、いつの間に帰ってきたの? 

 あ、この人がさっき言ってたシドリアさん? 結構かっこいいね!」

 

「え? ミランダ目悪すぎでしょ。シドリアより俺の方がモテるし!」

 

 

 シドリアの存在を意に介することなく、ミランダとガルナはシドリアを挟んで、互いに他愛のない話を始める。

 

 

「ガルナ! だから、この女は誰なんだ!?

 それよりも、本当に、こんな一般人の女がハンター試験を受けると言うのか!?」

 

 

 シドリアが発狂するように聞くと、ガルナが答える。

 

 

「ご、ごめんシドリア、彼女はミランダ=ポートネス。俺の従姉で、恩人だよ。

 俺がハンター試験の承認を受けられたのも、彼女のおかげなんだ!」

 

「――だからといって、危険なハンター試験に一般人は――。」

 

 

 

 シドリアが眉間にしわを寄せて、そう言いよどんでいると、ミランダが叫んだ。

 

 

「ちょっと! さっきから聞いてれば、一般人一般人って何よ!?

 初対面なのに失礼じゃない?」

 

 

 シドリアはミランダの方を向くと、必死にイライラした口調を抑えながら答える。

 

 

「失礼したな、ミランダ。弁解させてもらうと、私やガルナは相手の実力を見ただけで大体把握できるんだ。

 君は、基本の歩法が甘い。左足に重心をかけすぎている。おそらく数KM歩いただけで膝が痛くなるだろう?

 重いものを持つとしても、20kgがせいぜいと伺える。何か間違っていたら指摘してくれ。」

 

「うわ・・・。すごい、当たってるわ。」

 

 

 バスタオルで丁寧に髪を拭きながら、ミランダは呆気にとられてそう言った。

 

 すると、すぐにシドリアが叫ぶ。

 

 

「分かったら、今すぐ服を着ろっ!」

 

 

 全裸のミランダに対するシドリアの叫びが、ホテル中に響き渡った。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 ガルナがコーヒーをシドリアに差し出す。

 

 ブリッツ時代にも、唯一まともに目が見えるガルナがコーヒーを淹れた。

 シドリアが満足するコーヒーを安定して淹れられるのに、相当な修行が必要だった覚えがある。

 

 

「・・・うまいな。腕を上げたか?」

 

 

 コーヒーを味わうと、シドリアはそう言ってガルナに笑いかけた。

 

 それを聞いたガルナは少し嬉しくなり、秘蔵の限定クッキーを持ってくると言って、その場を立ち去る――。

 

 

 本当は、その場にいるのがいたたまれないからだったのだが・・・。

 

 

 キッチンに向かう途中に、ガルナがそっと背後を振り返ると、こちらをミランダが睨んでいるのが見えた。

 

 

(やばい。ミランダめっちゃ不機嫌そうだな。)

 

 

 結論として、ハンター試験までの12日間、ミランダに可能な限りの歩法を修得させるということになった。

 

 当然、今行っているのは立法で、その都度シドリアの冷たい一言がミランダの精神を攻撃する。

 

 

「ちょっと! シドリアあんた先刻から、コーヒー飲んでるだけじゃない!? そんなんで――。」

 

「――また崩れたな。 黙ってやっていた方がやりやすいぞ?」

 

 

 かつて、ガルナはもちろん、シドリアですら苦しめられた歩法の修行。

 

 この修行の一番の苦痛は、「成果が自分で分からない」ということ。

 

 

 今でこそガルナは一目見て、あるいは見なくても崩れていることが分かるが、当人には違いなど分からないだろう。

 

 

 そして、ガルナの修行時代に、師匠が薄い本を読みながら修行を見ていたことがイライラに拍車をかけたものだが、ガルナは今やっとその理由が分かった。

 

 そう、修行を見ること自体は簡単で、片手間でできるのだ。

 普段、無意識に初対面の人間の実力を把握するように一瞬で分かる。

 

 今のガルナやシドリアのレベルならば、単調作業と言っても過言ではない。

 

 故に、修行を見る方もそれなりに苦痛で、何かをやりながらでないと持たないのだ。

 ミランダの実力から見て、どうやっても長い時間がかかるのも分かってしまうから余計に、だ。

 

 

 ガルナの性格からして、正確に指摘しそびれることもあるだろうが、何よりも途中で寝てしまうことすら考えられた。

 

 故に、シドリアが師匠役を買って出てくれた。

 

 

 ガルナは、シドリアの考えは半々だろうと予想する。

 

 修行によって、ミランダ本人が最低限の実力を身に着ければ問題ないし、ミランダ自らハンター試験を辞退してくれれば、それもまた問題ないと考えているのだろう。

 

 

 ただし、ガルナは、ミランダが途中で修行をやめることはないだろうとも思った。

 

 

 ミランダと再会してから、彼女に関する幼い頃の記憶が蘇る。

 

 人形ごっこでは、ガルナ向けに、怪獣やらヒーローを模した小さい玩具を使ったことがある。

 しかし、ミランダが怪獣を使えばヒーローを倒し、ヒーローを使えば怪獣を倒してしまうのだ。

 

 

(一言で言ってミランダは――。)

 

 

 ガルナは心の中で考えてから、笑いながら呟いた。

 

 

「ミランダって、めちゃくちゃ負けず嫌いなんだよね――。」

 

 

 

 

 そうして、ミランダの修行が始まってから1週間が経過した。

 

 

「――驚いたな。」

 

 

 

 

 シドリアがそう言うと、ミランダが笑みを浮かべて言った。

 

 

「完璧?」

 

「いや、全く駄目だ。話にならない。」

 

 

 シドリアの容赦のない冷たい一言に、強気なミランダが涙目になる・・・。

 

 

「何が駄目だって言うのよ? 言われた通りしてるじゃない!?」

 

「何が駄目なのか分かるようになれば答えは見つかる。

 少なくとも私はそうやって歩法を修得した。」

 

 

 シドリアの突き放すような言葉に、ミランダがついに涙を流す。

 

 

 ミランダが今から歩法を修得するというのは、実は相当な苦行だ。

 

 何故ならば、大人になってから、自分の過去の立ち方、歩き方を矯正しなければならないからだ。

 当然、子供の頃の方が修得率は格段に高い。

 

 ガルナが何かを言いかけるが、今まで修行に口を出さなかったガルナが何を言えるというのだろうか。

 

 ガルナは口を閉ざし、ミランダに何も言えずにいた。

 

 シドリアは困った表情で、口を開く。

 

 

「最初の時の君の点数が1点だとすれば、今の君は36点だ。

 瞬間的に点数をつけるとすれば、0.01秒間だけ100点の瞬間があった。」

 

 

 シドリアの言葉に、ガルナが驚いて言った。

 

 

「え、シドリアそれって――。」

 

 

「1週間のほぼ全ての時間を立法に費やして、0.01秒だから、まだまだ修行は必要だ・・・。

 しかし、ハンター試験といっても、危険なら途中でリタイアもできるから、試験を受けるだけなら問題ないだろう。」

 

 

 シドリアがそう説明していると、ミランダが睨みつけて言った。

 

 

「なんで、じゃあ『合格』って言ってくれないのよ!?」

 

「君の『完璧?』という問いを否定しただけだ。 何が悪いんだ?」

 

「いや、まあまあ良かったじゃない。 試験中も修行を続ければきっともっと良くなるよ」

 

 

 ガルナは最後にそう言って、ミランダがシドリアに噛みつきそうになるのを寸前で抑えた。

 シドリアは、何故自分が悪く言われるのか理解しない顔つきであった。

 

 

 

 

「まあ、ひとまずこれで再結成だね。」

 

 

 ガルナがそう言うと、シドリアがピクッとしてガルナに聞いた。

 

 

「何のことだ?」

 

 

「ん? ブリッツの――。」

 

 

 瞬間、シドリアの鋭い貫手が、ガルナの顔面に放たれる。

 反射的に体を捻り、ガルナはそれを回避した。

 

 

「あぶな! 何をするんだよ?」

 

「ブリッツの名を口にするな。 仮にお前と私が再度チームを組むなら違う名前にしろ。

 ミコトのいない今、ブリッツを名乗ることは許さない!」

 

 

 

 

 その理屈なら、ミコトがG・Iに閉じ込められた時にブリッツの名を捨てるべきだろう、とガルナは思った。

 さすがのガルナでもシドリアのその主張は、理不尽さを感じることを禁じえなかった。 

 

 

「ちょ、喧嘩はやめてよ! ていうかガルナ怪我してるじゃない!」

 

 

 ミランダにそう言われて、ガルナがふと見ると、自身の左腕に傷がついていた。

 余裕で回避したつもりだったが、かすったようだった。

 ガルナも実力を上げている自負があったが、シドリアも同じように強くなっていることを理解した。

 

 ミランダはガルナの上着を脱がせて傷を見る――。

 

 その光景を、影で見ていたシドリアは、驚いて叫んだ。

 

 

「待て! それは何だ?」

 

 

 上着を脱いで、ノースリーブのシャツ1枚になったガルナの左肩には4の数字を冠した蜘蛛の刺青が――。

 

 

「え? このタトゥー? 前からあったと思うんだけど・・・。」

 

 

 ミランダがそう言うと、ガルナは少し曇った顔つきで言った。

 

 

「ごめん、シドリア。 ちょっとした事情で今、俺は幻影旅団の一員なんだ。」

 

 

 ガルナが躊躇いがちにそう答えると、シドリアのオーラが急激に高まった。

 

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