5-1
プロ3年目の年が明けると棋聖戦の挑戦手合。ヒカルにとって最初のタイトル挑戦。相手は3年前から棋聖の座を守る一柳。7番勝負の1局目、ヒカルは自分で打つことにした。自分なりに納得できる碁を打てたが、結果は1目半たりなかった。対局を終えて、一柳が話しかける。
「進藤くん、キミ、自分で打ったね」
「分ってくれましたか?」
「そりゃあ、佐為の碁とキミの碁の違いは分るよ。確かに師弟で似ているけど、明らかに違う。これまで何度も打ってるんだから」
「ありがとうございます」
「次回は、師匠の登場かな?」
「・・・・先生がオレを信じてくれるなら、オレが自分の力で打つこと、佐為に手助けしてもらわず、オレだけの力で打ってることを信じてくれるなら、次もオレが打ちたい」
「信じるよ。碁打ちであれば誰だって、自分の力で打ちたいと思うものじゃないか」
「ありがとうございます」
「おいおい、そんなに気安くオレを信じるのか?」
「えっ?」
「オレの立場になって考えてみろ。たとえ心の底では進藤くんを信じていなくても『信じる』と言えば、佐為ではなくキミが相手になる。佐為相手に勝つのは至難の業だが、キミが相手なら勝てる。いや、勝てると断言しては失礼だが、勝つ可能性が高い。だったら、ウソでも『信じる』と言う方がオレは得だろう。そんなオレの言葉をそんなに気安く信じていいのか?」
「先生はそんな卑怯なことする人じゃないです」
《一柳殿、あなたは決してそんなことはなさらない。これまで何度も対局して、あなたのことはよく存じています。あなたは、そんな卑怯者ではない》
「先生、佐為も言ってます『あなたは、そんな卑怯者ではない』って」
「お二人に礼を言うよ。そこまでオレを見込んでくれて」
2局目は半目差で一柳の勝ち。3局目は2目半の差を付けてヒカルが勝ったが、4局目、5局目とも一柳が1目半差で勝って棋聖を防衛。その後のインタビューで一柳はこう語っている。
「1局目に勝った後から、『一柳が佐為を破った』などと一部で報じられていたけど、オレは佐為に勝ったんじゃないよ。進藤ヒカルに勝ったんだ。彼は公式戦、それもタイトルを賭けた挑戦手合で、自分の碁を打ちたいと願ったんだ。碁打ちとして、その気持ちはよく分かる。だからオレも進藤ヒカルとして受けた。いやあ、進藤くんは強くなった。結果だけ見れば4勝1敗だけど、オレがちょっとでも気を抜いたら、タイトルを奪われていた。薄氷の勝利だよ。そのうち、佐為でなく進藤ヒカルに棋聖の座を奪われるかもしれんな。まあ、そうならないよう、これからも佐為に稽古を付けてもらうようにするけどね」
ヒカルの願いを受け入れた一柳の豪気を褒める声がある一方、「要するに、弱い方を打たせてタイトルを守りたかったんだろう」という陰口も聞かれた。それを知って、ヒカルも怒ったが、佐為の怒りはもっとすさまじかった。
《・・・・一柳殿の好意をおとしめるとは、なんという厚顔無恥、「ゲスの勘ぐり」とはまさにこのこと・・・・》
《むかつくよなあ・・・・進藤ヒカルとして打って、勝ってしまうとオレが佐為に助けてもらったって疑われるけど、負けると、今度は相手の方が、わざと佐為じゃなくて進藤ヒカルとして打たせたって疑われるのか・・・・》
《何か、一柳殿のために、わたしたちとしてできることはありませんかねえ・・・・》
《・・・・なあ、オレがヒカルとして打ちたいって言った時の一柳先生の言葉「気安くオレを信じていいのか」って言葉を記事にしてもらおうか? そうすれば、オレたちは一柳先生を信じている、一柳先生が勝ちたいから進藤ヒカルに打たせようと手を回したんじゃないって、分かってもらえないかな?》
《そうですね・・・・どれほどの力になれるかは分かりませんが、多少なりとも疑念を払拭できるなら・・・・》
翌週の『週刊碁』にヒカルのインタビュー記事が掲載された。
「棋聖戦の1局目。オレは一柳先生に黙って、進藤ヒカルとして打ったんです。先生はちゃんと見破りました。次回は佐為が打つのかって聞かれたから、オレは、佐為に手助けしてもらわずオレだけの力で打ってるって先生が信じてくれるなら、次もオレが打ちたいって言ったんです。そしたら『信じるよ』と言ってくれました。オレはとても喜んだんだけど、先生から『そんなにオレを気安く信じていいのか?』と逆に聞かれたんです。そんなことを聞かれる理由を理解できないオレに先生は、『心の底では進藤くんを信じていなくても『信じる』と言えば、佐為ではなくキミが相手になる。だったら、ウソでも『信じる』と言う方がオレは得だろう。そんなオレの言葉をそんなに気安く信じていいのか?』って説明してくれた。オレは『先生はそんな卑怯なことする人じゃないです』って答えた。それで、2局目以後もオレが進藤ヒカルとして打つことになったんです。オレのことを信じてくれた、オレが佐為の助けを借りずに自分の力で打ってることを信じてくれた一柳先生が疑われているなんて辛いです」
そんな棋聖戦後の騒動も冷めた5月初旬、第2回北斗杯。
日本チームは、大将ヒカル、副将アキラは前年のままだが三将は関西棋院の若手が予選を勝ち抜いて参加する。韓国チームは、大将は前年と同じく永夏(ヨンハ)だが副将に秀英(スヨン)が抜擢されている。
前夜のレセプションの途中、前年と同様、3チームの選手と団長がステージに並んだ。その場でヒカルが発言を求める。
「去年、この場で韓国チームの大将、高永夏(コ・ヨンハ)がその前の夏に佐為に完敗し、雪辱の機会を求めていたと話しました。同じ時、オレは佐為としてだけでなく進藤ヒカルとしても永夏と対局し、進藤ヒカルは完敗しました。オレもまた、雪辱の機会を求めています。この第2回北斗杯をその機会にするつもりです。彼は今年で18歳。彼が北斗杯に参加するのはこれが最後だから、この機会を逃したくない」
イヤホンを通して韓国語に通訳されたヒカルの発言を聞いて永夏は鋭いまなざしでヒカルを見つめる。
レセプション会場の日本人招待者からヒカルの心意気を称える声があがるが、その片隅で不安や不満の声もささやかれる。
「おいおい、進藤ヒカルとして打つという心意気は立派だけど、心意気だけで高永夏に勝てるのか? 進藤が負けて、日本チームも韓国チームに負けるなんてことになったら、どうするつもりだ」
「進藤ヒカルとして打つのなら、大将は塔矢アキラだろう・・・・」
この年は、大会1日目の午前に日韓戦。大将戦は白熱した。副将戦の方が先に終わり、アキラが勝利した。アキラも秀英も、まだ続いている大将戦を見に来る。
秀英は目を見張った。
〔確かに、これはボクの知ってる進藤ヒカルの碁だ。だけど、1年でずっと強くなった〕
結果は、ヒカルの半目勝ち。永夏は唇をかみしめて悔しがったが、それからヒカルに手を差し出した。
〔・・・・ん?・・・・あっ、握手か〕
ヒカルも碁盤越しに手を伸ばし、握手する。永夏が何か語りかける。通訳が
「北斗戦はこれで終わりだが、キミと対局する機会はこれからもあるはずだ」
と語る。永夏は、ヒカルが自分の言葉を理解したのを見て取って、ヒカルの手を強く握りしめた。
5-2
北斗杯が終わるとすぐに碁聖戦の挑戦手合5番勝負。タイトルホルダーは緒方。
「一柳先生とは進藤ヒカルで打ったそうだな。北斗杯でもそうだった。今日もそのつもりか?」
「そのつもりです」
「同じ碁打ちとして、キミの気持ちはよく分かるのだが・・・・だが、本因坊リーグ戦の時も言ったが、オレは佐為と打ちたい」
「緒方さん、いいんですか?」
ヒカルはごく自然な口調で尋ねる。緒方はメガネの奥から鋭い視線でヒカルを見ながら答える。
「『いいんですか』とはどういう意味だ?」
「あっ、いや・・・・」
「まあ、分かっているよ。佐為と打てば、たぶんオレが負ける。タイトルを失うことになる。それでもいいのか?って意味だな?」
「・・・・」
ヒカルは、何も言えない。
「それでもいいさ。強い奴と打ちたい、それは碁打ちの本望だろう。そのためにタイトルを失うのなら、それでもいい」
《緒方さん、あなたは・・・・》
佐為は、緒方に聞こえるはずのない声でつぶやく。
結果はヒカル=佐為がストレート勝ちして、碁聖タイトルを奪取した。ヒカルが最初に手にしたタイトル。
翌週の『週刊碁』には緒方のコメントが載った。
「わたしの方から佐為との対局を望んだんですよ。進藤がだまし討ちしたわけじゃありません。わたしが『佐為と打ちたい』と言ったら、彼は『それでいいんですか?』と念を押してきた。『それでいい』とわたしが答えた。その結果がタイトル喪失であるなら、それでかまいません。後悔はしていませんよ。碁打ちであれば誰しも、自分より強い者に挑戦したいと思うものです」
《緒方さん、オレをかばってくれてる。ふだんは、オレをからかったり、きついこと言ったりするけど、ほんとうはオレのこと気に掛けてくれてるんだ》
《一柳殿は一柳殿なりに、緒方さんは緒方さんなりに、ヒカルのことを考えてくれてます。良き先達に恵まれましたね、ヒカル》
《うん・・・・》
ヒカルは神妙な顔つきでうなずくが、やがていつもの冗談っぽい口調に戻る。
《でもさ、なんだか変だね。緒方さんが自分のことを『わたし』って言うなんて。記者の前ではえらく大人っぽいというか、紳士的というか。緒方さんじゃないみたい》
そんなヒカルの言葉に佐為も思わず笑ってしまうが、表情を引き締めてヒカルに注意する。
《せっかく、緒方さんがまじめにヒカルのことを考えてくれているのに・・・・本人の前でそんなこと言っちゃいけませんよ》
《それくらい、分ってるよ》
気安く返事をするヒカルを佐為は〔だいじょうぶかなあ?〕という表情で見る。
タイトを取れば栄誉だけでなく賞金も授与される。だけど、ヒカルとしては、なんとなく落ち着かない。
《佐為が打って勝ったんだから、これは佐為のものだよな。オレが使うのは気が引けるというか、筋違いというか・・・・》
それを聞いて佐為はうれしそうに笑う。
《ヒカルも成長しましたね。わたしと出会った頃は、わたしに碁を打たせてタイトル取って、大儲けしようなどと、良からぬことを企んでいましたが》
《そりゃあ、佐為に稼がせてオレが贅沢するなんて、そんな格好悪いことできねえよ》
そんなヒカルの言葉はうれしいけれど、佐為としても使い道に困るというか、幽霊の身でお金の使いようがない。
《でも、わたしは使いようがありません》
《自分で使えないにしても、「こんなことに使いたい」と思うようなものはないのか?》
《それなら・・・・子供たちに碁の楽しさを教えるために使ってもらいましょう》
《ああ、それはいいな》
ヒカルはイベントで接する子供たちの笑顔を思い浮かべる。
《・・・・それと・・・・》
《それと?》
《今、ふと思いついたのですが、医学の進歩のためにも使ってほしい》
《医学の進歩のため?・・・・何でまた、そんなこと思いついたんだ?》
《虎次郎は34歳の若さで、はやりやまいで亡くなりました。天寿を全うできず、若くして死ぬ不幸を少しでも減らしたいのです》
《そうか・・・・オマエ、たまには立派なこと考えるな》
《たまには? それはどういう意味ですか?》
佐為とケンカになりかけたが、そこはうまく収めた。ヒカルも佐為の相手は慣れている。ただ、ヒカルにしても佐為にしても、子供のために、医学のために、タイトル賞金を使うといっても、具体的にどうすればよいのか分らない。それで、棋院の天野に相談に行った。
「それは、すばらしいことだね。子供たちに囲碁の楽しさを教えるのは棋院の事業としてやっているから、それへの補助としてもらおう。医学に関しては、わたしたちで調べて、キミの気持ちに添うような研究活動をしている機関に寄付するということでいいかね?」
「はい、お願いします」
「棋院の予算とまぎれないよう、進藤基金とでもいうものを作って、別途に管理するよ」
「進藤基金ですか?・・・・あの、佐為基金って名前にしてくれませんか?」
《ヒカル!》
《だって、オマエのお金じゃないか。使い道もオマエの希望なんだし》
ヒカルの提案を聞いて天野は感激した。
「キミにとって、佐為はそれほどまでに大切な人なのか・・・・」
5-3
碁聖戦にきびすを接して本因坊の挑戦手合も始まっていた。タイトルホルダーは言うまでもなく桑原。
「桑原先生は以前『ワシは佐為には興味がない。進藤の小僧の方に興味がある』って言ってたけど、今も変わらない?」
「今も変わらんよ」
「じゃあ、進藤ヒカルとして打っていい?」
「もちろん、構わん。お主が損するだけじゃが」
第1局、第2局は順当に桑原が勝ったが、この頃から、「桑原は佐為を封じて本因坊を死守しようとしている。2年前のインタビューの『佐為にはあまり興味がない。進藤の小僧の方に興味があるんじゃ』というせりふは、今を見通した深謀遠慮だったのか」という噂が流れるようになった。
3局目の中盤で、桑原がおもしろい手を打つ。
〔これは・・・・〕
ヒカルが心の中でつぶやく。佐為も同じ思いだ。一見、失着のように思えるが、よく考えると深い意味が見えてくる。しかし桑原にとっても危険をはらむ手。
「小僧、悩んでおるのか? まさかワシがこんな手を打つとは思わんかったか?」
「うん。ひょっとして、危ない手じゃない?」
「たまには、新しい手も試してみたいからのう」
「でも、こんなことしていると先生が負けるかも」
「勝つためだけの碁など、おもしろうないわ」
そう言いながらも、結局この勝負は桑原が勝った。しかし4局目は、桑原のわずかな隙をついてヒカルが勝利した。
《桑原先生相手に1勝できた》
5局目、桑原が勝ち、タイトルを防衛。
挑戦手合を終えて、ヒカルは桑原に尋ねた。
「先生、噂は気にならないの?」
「ばかばかしい。『汝(なんじ)の道を歩め、人をして語るにまかせよ』じゃ」
ヒカルは昔風の言い回しの意味をしばし考える。
「・・・・つまり、『言いたい者には、言いたいように、言わせておけ』って意味?」
「そうじゃ」
《桑原殿、その胆力は尊敬いたします》
「桑原先生、かっこいいなあ」
「この年になって、かっこいいと言われるとは、思ってもおらんかった」
といいながら桑原もうれしそうな表情になったが、すぐにいつもの相手をからかうような表情に戻った。
「ダンテのせりふじゃ」
「ダンテ?」
「ダンテも知らんのか・・・・まあ、碁バカという生き方も悪いとは言わんが、それでも最低限の教養は身につけておくものじゃ」
「はあ・・・・」
《佐為、オマエ、知ってるか?》
《わたしも、外国のことには疎いので》
《そうだよな・・・・》
本因坊戦と碁聖戦の挑戦手合が終わり、秋になると名人戦の挑戦手合が始まる。相手はもちろん塔矢行洋。
対局開始時刻前、碁盤をはさんで向かい合う名人にヒカルは声を掛ける。
「先生と公式戦で打つのは、初めてだね」
「そうだね」
「今日、オレ、進藤ヒカルで打ってもいい?」
「もちろん、それはキミの自由だよ」
名人は目を閉じて何か考えているようだった。それから、
「進藤くんは強くなった。2年半前、佐為の存在を明らかにして、佐為のご相伴のように対局していた頃から比べると長足の進歩だ。まだ、佐為には及ばないし、わたしもまだキミに負けたことはないが、最近では何度もヒヤリとさせられている。キミにタイトルを奪われるとは思っていないが、7番勝負のうち1局くらいは負けるかもしれない。実際、一柳先生からも桑原先生からも1勝をもぎ取っているからね」
という名人の言葉にもかかわらず、ヒカルは3連敗した。どれも1目半か2目半の差だが、負けは負けだった。4局目、中盤を終わる頃まで形勢はまったく五分。そこでヒカルが放った1手に、名人は腕組みして考え込む。そんな名人を見て、ヒカルは思わず笑みを漏らした。その笑みを名人は見逃さない。
「これは、進藤くんの会心の一手なのかな」
名人は射るような鋭いまなざしでヒカルを見る。ヒカルの笑みが凍り付いた。
〔こえー・・・・これが、勝負の時の先生の顔なのか。そういえば、新初段戦の時も、こんなだった〕
それでも、名人の応手はヒカルの想定内だった。ヒカルは、いったん自分に傾いた形勢を、押し返されながらもなんとか守り抜いた。半目差の勝ち。
《ヒカル、ついに・・・・》
《うん・・・・》
それ以上、何も言えずにヒカルは盤面を見つめる。
「進藤くん、みごとだった」
という名人の声でヒカルは我に返った。
翌日の観戦記に
「新しい時代が始まりかけているのだろうか?」
という文章が載った。ただし、5局目は名人が制し、タイトルはしっかり防衛した。
名人戦の挑戦手合に続いて王座戦と天元戦の挑戦手合が始まる。
王座は倉田が現タイトルホルダー。
1局目は進藤ヒカルとして打って、倉田が勝った。対局後、倉田が語りかける。
「次は佐為が打ってくれ。オレは佐為と打ちたいし、このままキミが打ち続けて、結果としてオレがタイトルを守っても、一柳先生や桑原先生みたいなことを言われるのは、いやだから」
「はい」
ヒカルはほろ苦い思いを飲み込むように返事した。
結果はヒカル=佐為がそれから3連勝してタイトルを奪った。
天元戦は緒方が相手。碁聖戦をプレイバックしているようで、ヒカル=佐為が3連勝しタイトルを得たのだが、2局目の後にヒカルと佐為にとって記念すべきことが起きた。
対局後、中盤の場面を再現してヒカルが佐為に問う。
《佐為、ここは3の八の方が良くないか?》
佐為はちょっと考え、
《そうです・・・・》
と答えた佐為の顔に驚きが広がり、やがて喜びの表情になり、そのまま固まった。
《どうしたんだ、佐為》
《ヒカルがわたしを乗り越えようとしているんですね》
《この一手だけじゃないか》
《これから、もっと増えていきますよ》
この年の暮れ、塔矢名人が棋界とヒカルの状況について文章を『週刊碁』に公開した。棋界への批判も含む文章だが、天野は敢えて掲載した。
「進藤くんが佐為の存在を開示して、3年近い月日が過ぎた。彼の決断によって、多くの棋士が最強の棋士佐為と対局する機会を得た。それは日本の棋界の力量を底上げするものであるが、進藤くん個人の利害を考えれば、自分のライバルを強くすることであり、自己犠牲的な貴い行為である。
その年にプロデビューした進藤くんは、自分が佐為の影に隠れてしまうのをいさぎよしとせず、自分の力で碁を打ちたいと希望した。それは碁打ちとして自然で当然な欲求である。しかるに、世間の心ない言動によって進藤くんは自分の力で公式戦を戦うことがほぼ不可能な状態に追い込まれた。一部の棋士(わたしは「ごく一部の棋士」と信じたいが)もこの動きに荷担しているのは、嘆かわしい。佐為の存在を広く知らしめることで棋界に多大の貢献を為した人間に対して、なんとも忘恩の行為としか言いようがない。
それだけでなく、これは棋界にとって大きな損失でもある。進藤くんは佐為のコピーではない。確かに佐為を師として碁を学んだから佐為の棋風を受け継いではいるが、佐為とは別の才能であり、進藤くん自身として棋界に多大の貢献をなし得るはずだ。佐為と進藤ヒカル、この2つの才能はどちらも棋界にとって貴重なものであるはずなのに、その一方を追放し抹殺するとは、愚かしい限りである」
《塔矢先生、ありがとう。オレのために・・・・》
佐為は何も語らず、涙を流してよろこんだ。
こうしてプロ3年目が終わる。ヒカルは弱冠17歳で碁聖、王座、天元の3冠となったが、それよりも、敗れたとはいえ、棋聖戦、本因坊戦、名人戦を進藤ヒカルとして碁を打てたこと、タイトルホルダーが挑戦者=進藤ヒカルを受け入れてくれたことの方がうれしかった。そして、北斗杯で永夏に進藤ヒカルとして勝ったことが。
とはいえ、佐為が打ったタイトル戦に関してもうれしいことはある。この年のタイトル戦の棋譜が『週刊碁』の別冊として来年春頃に刊行される。
《佐為、ついにオマエの棋譜が本になるんだぞ。早く見たいな》
《そうですね。そして、ヒカルの棋譜も載るんですよね》
*:梔子様のご指摘(対局中に佐為がヒカルに,ヒカルが佐為に,助言をしているのではないかというご指摘)を受け,本因坊戦と天元戦の描写を一部訂正しました。
それぞれの挑戦手合を年表ふうにまとめました
3年目 1月 棋聖戦(対一柳)
2月 棋聖戦(対一柳)
2003年 3月
4月
5月 北斗杯
6月 碁聖戦(対緒方) 本因坊戦(対桑原)
7月 碁聖戦(対緒方) 本因坊戦(対桑原)
8月
9月 名人戦(対塔矢行洋)
10月 名人戦(対塔矢行洋)
11月 王座戦(対倉田) 天元戦(対緒方)
12月 王座戦(対倉田) 天元戦(対緒方)
* 挑戦手合は7番勝負ないし5番勝負なので、終わるまでに2~3ヶ月かかります。
* 十段位の挑戦手合はまだこの年のうちには始まりません。