ハイスクールD×D ~桃源郷の四神~   作:豊田

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遅くなってしまった……


月夜の怪物

 人里離れた山の奥、草木も眠る丑三つ時に一つの影が木々を薙ぎ倒しながら走っている。

 

 影の正体は身の丈2メートルは超しているである一匹の巨熊。人里では凶暴な人喰い熊と呼ばれ、幾人もの狩人に狙われながらも逆に返り討ちにし喰らってきた獰猛な獣である。

 

 そして数年もの間、この山の生態系の頂点に君臨しいつの間にか山の主と呼ばれる存在となっていた。

 

 その巨熊が今この瞬間我も忘れ、一心不乱に山の中を駆けている。まるで何かから逃げるように。……イヤ、物事を正確に言うならば逃げるように、ではない。正に逃げているのだ。

 

 幾人もの狩人に追われ、その身に何十発もの銃弾を受けてもなお倒れず、怯まず、臆せず反撃してきたこの山の暴君(ぬし)。その暴君(ぬし)である巨熊がわき目を振らず駆けている。迫り来る恐怖に、抗えない絶対の死から。一心不乱に駆け逃げているのだ。

 

 もしこの巨熊が人の言葉を介すことが出来るのならば、こう言うのではないだろうか。

 

 

ナゼダ

 

 

ナゼオレナンダ

 

 

 此れまでは自らが与えてきたもの。強者が弱者に与える死。それが今まさに自身に向けられている。弱者となってしまった己自身、ならば弱者に出来ることは一つだけ…………それは逃げること。

 

 己が生き残るために。ゆえに駆ける、迫り来る絶対の死から。ゆえに疾しる、迫り来るあの化物から逃げ切るのだと。巨熊がそう決意した瞬間、彼の逃走劇は唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 -----グギャオオオギガアアオアアア-----

 

 

 

 漆黒に彩られた夜の森に響く咆哮。地獄の亡者の叫びに似たソレは、駆けていた巨熊の身をすくませ一瞬動きを止めた。しかしその一瞬は命取りとなる。

 

 巨熊が動きを止めてしまった刹那、背後に視線を送った巨熊が見たものソレは闇に妖しく煌めく二つの赤い光、そして月光に照らされた鋭く尖った牙の列。それを最後に巨熊の意識二度と這い上がれぬは闇に飲み込まれ。そして。

 

 

 

 

ーーーーガシュッ!ボキリ!ーーーー

 

 

 

 

 肉を裂き、骨を噛み砕く嫌な音が夜の森に木霊した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 バリバリと骨を噛み砕き、ブチブチと肉を抉り咬み千切って、ピチャピチャと血を啜り咀嚼する耳障りで不快な音が、夜の森の静かな空気を震わせている。

 

 その元凶たる存在を探れば、先ほどまで逃げ回っていた巨熊にのし掛かり貪り喰らうように蠢く一匹の獣。

 

 それは自然界ではごく普通の光景である。弱者が強者の糧となる…………覆せね食物連鎖の法。この状況が普通であればの話だが。

 

 そう、この状況は異常の一言に尽きる。巨熊を貪る獣は、巨熊の体長の倍以上はある巨体。時折射す月明かりに照らされる姿はまさに怪物。

 

 血走ったような赤い眼に巨熊の血により朱に染まった白い牙。

 獣と人が合わさったかのような頭部。そこから生えている巨大な二本の巻き角。体はどこか羊にも似てわいるが、その姿はもはや異形。人面羊身の巨躯の怪物がいた。

 

 怪物は自らの飢えを満たすように巨熊を貪り続けている。一心不乱に貪る怪物は周囲の状況など気にせずに喰らい続けている。そう怪物の背後から近づいてくる一つの人影を無視しながら。人影は怪物との距離を数メートルの位置に近づくと、歩みを止めて怪物の背を見つめている。

 

 雲の切れ間から差す月光に照らされた人影の姿は女性。月光に煌めく金髪、露出の多い服に身を包んだ女性は、整った顔立ちをしているが彼女の口元の左半分は耳元まで裂け、不細工に縫い付けている。その彼女が怪物を見つめる瞳には侮蔑の色が混ざっている。

 

「…………ハア……何故この私があんな化け物の回収など……しかも男の餓鬼などを…………これがまだ可憐で美しい少女なら遣り甲斐があったのだが……」 

 

  深く溜息をつく彼女は、自らの視線をもう一度怪物に向ける。

 

「オイそこの獣、言葉を理解しているかは知らんが一応名乗っておく。私はサリーサ、貴様を回収しにきた。頭を垂れ、服従せよ……反論も拒絶も許さん」

 

  バリバリ。

 

「いいか?本来なら私は今日、マリアと熱い一夜を過ごす予定だったのだぞ。綿密に計画をしたデートプラン。3年待ちのレストランもようやく私の番が回ってきたというのに」

 

  ボリボリ、バキバキ。

 

「それをあの男、(ロン)奴がマリアを引き連れ貴様がいた研究所に行ってしまった。ならば仕方がないとおもってミリシャを誘うつもりでいたら、今度はあの男。骸王(ガイオウ)と共に貴様を回収しに行けと言ってくる始末だ」

 

ガシュッ、ブチブチ。

 

「もはや嫌がらせとしか思えんのでな。さっさと済ませてあの男を抉り殺さねばと思っているのだが……」

ズズッ、ピチャピチャ。

 

「………………」

 

 怪物に向かって話しかけているサリーサだが、食事に夢中である怪物は変わらず背を向け、サリーサの話を無視している。

 

 その怪物の様子に目を閉じ、短く溜め息をつくサリーサ。そして右手を目線の高さまで上げ、怪物の背に向かって軽く右手を突きだした瞬間。

 

 ドゴオオオオオオォォォォォォォォォォォォオオオオオンンン。

 

 轟音とともに今まで怪物がいた場所に土煙がたちこめる。暫くすると立ち込めていた土煙が晴れていくとそこには、つい先ほどまでいたはずの怪物の姿は無く、深さ数メートルはあるだろうクレータが出来ていた。

 

「人の話しはちゃんと聞かんか。これだから男は」

 

 サリーサは自身が作り出したクレーターから視線を外し、周囲に生い茂る巨大な木の上を見上げると、目の前にいた怪物が赤黒い瞳でサリーサを見下ろしていた。いやただ見下ろしているのではなく、食事を邪魔された怒りの感情を瞳に移し睨みつけながら見下しているのだ。

 

 その視線を向けられているサリーサ本人は、どこ吹く風といった様子で怪物の視線と激情に向き合っている。一体どれほどの時間そうしていたのだろうか。お互い身じろぎもせず、膠着状態が続いている中、痺れを切らした怪物がサリーサに飛びかかった。

 

 目にも止まらぬ速さで飛びかかった怪物の巨大な腕が、サリーサの華奢な体を握りつぶそうと迫る。それでも動こうとしないサリーサを見て怪物の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。食事を邪魔したものをこの手で殺せることに、この者を喰らうことで満たされぬ飢えが少しでも満たされることに期待して。

 怪物の腕が高速で距離を縮めていく。数十メートル、数メートル。数センチ、そしてサリーサとの距離が刹那に近づいたその時。

 

ドシュッ!バシュッ!

 

 周囲嫌な音が木霊する。そして遅れること数秒、怪物の咆哮が山の空気を震わせた。しかしその咆哮は、自らの勝利を誇示するソレではなかった。何故なら。

 

「平伏す姿に品を感じんな。やはり男は」

 

 そう。怪物は平伏しているのだ、サリーサに対して。

 

 怪物の腕には巨大な穴が開き、地面に縫い付けられている。まるで巨大な杭に貫いたような傷だが、怪物やサリーサの周りを探しても、腕を貫いた凶器の姿が見えない。

 

 一体ナニが起きた!

 

 怪物が驚愕と痛みに混乱するなか、恐怖と寒気が体を駆け巡り、その場から飛び退いた。その瞬間、轟音とともに再び地面が抉れた。

 

「ほう。あの状況で避けたか。力に溺れた男の餓鬼風情に避けられとはな…………まぁ、獣の本能といったところか。」

 

この状況を造り出したサリーサは冷たい眼で怪物を見つめている。

 

「最後通告だ。頭を垂れ隷属しろ、反論も拒絶も許さん。」

 

 俯き微動だにしない怪物。最早諦めたのかと思った瞬間。

 

 ブチブチブチブチブチッ!!

 

穴だらけになった己れの腕を引きちぎり、腕を喰らいだした。そのおぞましい姿にサリーサも顔をしかめるが、それも一瞬のこと。

やがて自らの喰らい終わると、それは起きた。全身が脈動する。傷口から血が溢れ、白い骨が生え始め、筋肉が隆起する。それはほんの数秒。たった数秒のことで怪物の無くなった腕が再生したのだ。

 

 二度、三度新しく生えた腕を動かすと怪物は俯いた顔を上げた。その顔には先ほどよりも醜悪で、身の気がよだつほどの邪気が籠った笑みが貼り付いている。

 

 怪物は既に理解している。目の前に佇む女が己れと同じ怪物だということに。この(かいぶつ)が己れより強いということに。恐怖に体がすくむ。絶対的死の予兆を感じている。

 

 それでもなお笑みが深くなる。この女なら、この女なら己れの飢えを満たしてくる存在に違いない、最高の餌に違いないと。迫る死の恐怖すら、餌を更に旨くする調味料(スパイス)だと。

 

 タベタイクライタイムサボリツクシタイミタサレタイ

 

 怪物は構える。飢えを満たすため。女を噛み砕くために。

 

 怪物は見据える。己れ前に立つ最高の餌を。

 

 我慢などするつもりなどない。むしろ我慢など出来ない。喰らうために怪物は飛び出す、先ほどよりも低く早く、速く。例えこの身が抉られようと、引き千切られようとも、頭だけになろうとも喰らうのみ。飢えを満たすために。

 

「その眼……気に入らんな。ああ、気に入らん。私と張り合うつもりか?闘うつもりか?喰らうつもりか?……(けだもの)の分際で調子に乗るな!貴様程度、私が手を下す迄もないっ!骸王ッ!!」

 

 サリーサの怒号。それを合図に怪物の上空を巨大な影が覆う。

 そして轟音と身を砕く衝撃と地面が砕き割れるの感じた瞬間、怪物の意識が途切れた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 サリーサはただ静かに目の前の状況を見つめている。轟々と立ち込める土煙の中、再び地に倒れ伏した怪物。しかし先ほどとは違い怪物に意識は無い。怪物が倒れ伏している地面は砕き割れ、どれほどの衝撃で地に叩きつけれらたのかは言葉で語らずともいいと言ってもよいほうだ。

 

 そしてこの状況を作り出した存在が怪物の背に乗っていた。全身を古代中国の武将が纏っていたであろう鎧に、身の丈はゆうに2メートルは在るだろう巨体。そして顔を覆い尽くす生き物の顔を象った仮面を着けた巨躯の男がいた。

 

 だが男の手には武器など握られていなかった。それらしい物を身に着けている様子もない。ではどうやってこの男は怪物を倒したのか、不意打ちとはいえ自らよりも巨大な怪物を武器も無しにどうやって意識を断ち切ったのか。その答えは至極単純なこと。ただ単純に拳を打ち付けたのだ。たった一発の拳打で怪物の意識を刈り取り、大地を砕き割った男の拳こそ唯一無二の武器。

 

「……」

 

 自身が打ち倒した怪物を無言で見下ろす男、仮面の奥から覗く瞳に意志や生気など感じさせないその様はまさに死人。まるで動く骸というに相応しい。そうこの男こそが骸の王、サリーサが呼ぶ骸王なのだ。

 

 しばらくすると怪物に変化が起きた。体中から白い煙が上がりその身が収縮していく。姿も怪物から徐々に人の形えと変わっていき、最後には小柄な白髪の少年へと変化した……いや元の姿に戻ったというべきか。人の姿に戻った少年に近づき、骸王を押しのけると少年の右手の甲を見つめる。すると手の甲が発光し黒と白の対極図と中心に【四凶】と刻まれた刻印(タトゥー)が発現している。それに共鳴するようにサリーサの右頬に【四凶】と刻まれた対極図が、骸王の背中に【四神】と刻まれた対極図が浮かび浮かび上がっている。

 

「どうやら本物らしな。この餓鬼が私と同じ【四凶】、しかも【饕餮(トウテツ)】とはな」

 

 対極図を確認するともはや用はないと言わんばかりに、骸王に振り返るサリーサ。

 

「戻るぞ、さっさとその餓鬼を連れてこい骸王」

 

「……」

 

 一度だけ首を縦に振ると、少年を肩に担ぐ骸王。淡々と命令をこなす骸王のその様子にフンと鼻をならすサリーサだった。

 

 

 

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