虚無の落とし子   作:テルヒト

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第3.5回  対話①

「やあ、また来たね」彼女は言った。「来ると思っていたよ」

 ぼくは言った。「どうしてまた来ようと思ったのか、自分でもよく分かりません」

 彼女は笑った。「アッハ。アタシには分かっていたよ。きみは遅かれ早かれ必ずここに来る。きみは救いを求めているからね」

 

「救いを求めている?」

「きみは迷える仔羊ちゃんさ。頼るものもなくさまよい歩く哀れな羊さ。誰かにすがらなければ不安で生きていけないのさ」

「一人で生きている人はいません」

「アッハ。そう、それも一つの見方だね。きみは正しい。一人で生きているやつなんかいやしない。みんなお互いに助け合いながら生きている。でも、アタシが言っているのはそういうことじゃない。きみが求めているのは、もっと別のものなんじゃないかな」

「別のものというと?」

「さあ、なんだろう。それはアタシには答えられないな。だってアタシはきみじゃないもの。きみの望みがなんなのか、ほかの人が答えることはできないんじゃないかな」

「それはそうですけど」

 

「きみはよく礼拝に来るね。はぐれの女の子と一緒のときもあるけど、大概は一人だ。

 で、石の前で目をつぶるだけつぶって、なにもせずそのまま帰って行く。まるで祈り方を知らない人のようにね。いつもなにを祈っているんだい?」

「特になにも」

「ほう?」

 

「しいて言うなら、またこうして祈りに来ることができるように、といったことでしょうか。

 ぼくとぼくの知っている人たちが息災で、何事もなく平和に暮らしていけるように。そう祈っています」

「素晴らしいことだね」

「そう思います」

「じゃあ、きみは今の生活にあまり不満はないわけだ。今の暮らしがそのまま続いていけばいいと思っているんだから。そうだね?」

「そうです」

「だったら、なぜきみはここに来る? きみの最初の疑問に戻るね。自分でも分からないのに、きみはアタシに会いに来た。もしかしてアタシが目当てなのかな?」

「もしかしたら」

 

「ははん。きみちょっと面白いね。違うね、きみは見捨てられたポニーみたいな目をしているよ。雨に打たれてべたべたになって、飼い葉の桶に口を突っ込んでみたけどそこもぐしょぐしょで、世の中うまくないものだとか考えながら餌を食べている馬みたいな目をしているよ。

 こうなったらもう、そこらへんの犬のところに歩いて行って自分が餌になるほか道はないとか思っている。そんな表情さ」

「意味が分かりませんが」

 

「意味なんか別にないよ。思いついたまましゃべってるだけなんだから。それで、きみの悩みは? お姉さんが聞いてあげるよ。

 なんと言ってもアタシはシスターさんだからね。きみのような迷える羊の相談を受けるのもアタシの仕事さ」

「特にこれといって相談したいことはありませんよ」

「そう? 悩みがないやつなんているかな。きみにも一つや二つ話したいことくらいあるんじゃないかい? 自分じゃどうにもできなくて誰かにすがりたいと思っていることとか、そこまでいかなくても、なぜか不安を感じて毎日寝つけなかったりするとか。

 深く考えなくていいよ。心に浮かんだことをただしゃべればいい」

 

「思うんですが、物事は全て、なるようにしかならないんじゃないでしょうか」

「ほう?」

「例えば川が流れていたとします」

「川はいつも流れがちだよね」

「水は川を流れ、やがて海にたどり着くでしょう。それがどんな川だとしてもです」

「運命は人智を越え、人を弄び、心情を無視して押し流す。そういうことかな?」

 

「自分の意思とは関係なく決まっているものがある。そう言っていいと思います。川の行く末が決まっているように。ぼくたちにできることはあまりないでしょう」

「なるほどね」

「ええ」

 

「そのことについて、もう少し説明してくれるかな? 運命に相対する人間についてなにを感じる? きみの意見を聞かせてほしいな」

「ぼくたち人間の不完全さと無力さです。ぼくたち一人一人はちっぽけな存在です。

 それに対して別に悲観的になっているわけでもありませんが。だからこそ人は仲間を募って冒険に出かけるのでしょうから。

 一人で全てのことができないからこそ、人はパーティを組む必要があるのだと思います。戦士とか魔法使い。迷宮での役割を分担するのです」

「生まれ持ったクラスによって」

 

「そうですね。翼を持たない者が空を飛ぶことはできない。ならば、翼を持つ者から力を借りればいい。

 逆に彼らが地上をゆくときは、ぼくらが力を貸せばいい。そうではありませんか?」

「昔の偉い人も同じことを言っているね。我、魔を断つ戦士なり。汝、聖なる癒やし手なり。各々(おのおの)和協一心して自らの力を奮えば道は開かれん、みたいなやつ。

 テメエはヒーラーだろうが。前線に出てくるんじゃねーぞ、このくそ馬鹿!

 ま、そういうことさ。要は適材適所ってこと。

 きみの名前なんだったっけ?」

 

「名前? もう名乗ったと思いますけど」

「何度確認してもいいんじゃないかな。名前はアタシたちにとって一番大切なものだからね。自分の存在の根幹と言ってもいいよね。

 今、ここにいるわたしは誰なのか? 自分にはなにができて、なにができないのか? 世の中の全ての問題はそこに帰結すると言っても過言じゃない。

 それで、きみの名前は?」

 

「カイト。カイト・ミリス」

「カイト君。なるほど。カイト君ね」

「はい」

「それはきみの本当の名前じゃないね」

「はい?」

 

「そうじゃない。きみの本当の名前を教えてくれるかな」

「それはどういう意味ですか?」

 

「アッハ。とぼけているのかい? ほかでもない、この神殿で名前を聞いているんだよ。

 生まれついての名、クラスネームに決まっているじゃないか。迷宮を探索する冒険者としての名前さ。それで?」

「リンカー。カイト・リンカー・ミリスです」

「魔物使い。はぐれを使役する者。人とはぐれを(つな)ぐ者。素晴らしいね」

「そうでしょうか」

 

「最高のクラスだよね。最も神に近しい存在と言ってもいいよね。神って表現をきみの宗教が許すならだけど。カミサマのいないこの世界で、最も特別な存在といえばリンカーだ。

 やったじゃん。人生もう勝ったも同然だよ。きみの冒険の成功は半分約束されたようなものさ」

「…………」

 

「おや、静かになっちゃったね。黙っていたらなにも分からないよ。アタシはシスターさんだけど、エスパーさんじゃないからね。

 もしかして、迷宮の話はあまりしたくないのかな? それならそれでいいよ。別の話でもしようか?」

「…………」

 

「なんの話がいいかな。なんでもいいんだけどね。きみが話しやすいことなら。

 きみの好きな食べ物の話、きみの将来の夢、最近読んだ小説の話、身近な人たちについてのグチ。なんなら、きみの好きな女の子のタイプとかでも構わない。きみはどんな女の子が好きかな?」

「ぼくは――」

 

「アタシ、なにか聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな」

「いいえ、そういうわけではありません。考えるまでもなく当然のことなのです。

 あなたの言うとおり、それは名前の問題なのです。きっと、全ては生まれつき決まっているものなのでしょう。それはずっと前から分かっていたはずなのです」

 

「きみは幼い頃に拾われたんだったよね」

「ぼくが六歳のときでした。いえ、それくらいの年齢だったと言う方が正確かもしれません。

 拾われたとき、ぼくは記憶を失っていたようなのです。今でもそれ以前のことはなにも分かりません。ぼくは森の中で一人で泣いていたようです」

「それを天才的なリンカー、ハワード・フラムルが見つけた」

 

「そうです。ハワードは近くの村から依頼を受け、薬草摘みの護衛として森に来ていました」

「きみは彼に拾われ、リンカーとして幼い頃から英才教育を受けた」

「いいえ」

「違う?」

 

「ぼくがハワードに拾われたのは、それから五年後のことでした。ぼくは十一歳になっていました。

 そのとき彼に出会えたのは、いくつかの幸運が偶然重なった結果だったと思います。そうなっていなかったら、ぼくに新しい家族ができることなんてなかったでしょう」

「ほう?」

「ぼくは薬草を摘んでいた家族に拾われ、田舎の村で育ちました。彼らはぼくに特別な才能があると考え、自分たちの家へ引き取ることにしたのです」

「なるほどね」

 

「彼らはぼくに期待していたのだと思います。ぼくが特別な才能を発揮して、特別な冒険者になることに。だからこそ――」

「ほう?」

 

「なんでもありません。全ては終わったことです。それは誰にも変えることのできない過去の話です。そして彼らに拾われたとき、その後のことは全て決まったのだと思います。

 いえ、あの家に拾われなくても、結果は変わらなかったかもしれません。それは天性のものだからです。生まれつき持った力です。ただそれだけのことです」

「なるほど? なんだか意味はよく分からないけど。つまりきみが言いたいのは――いや、止めよう。その話はゆっくり聞いたほうが良さそうだ。

 きみは村の家に引き取られた。その時の話をもう少し聞かせてくれるかな」

 

 

 

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