虚無の落とし子   作:テルヒト

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第5.5回 対話②

「つまり、きみは捨てられたわけだ」

「捨てられたと言うより、売られたと言った方が正確ですね」

「育ての親に」

「はい」

「いくらで?」

 

「知りませんよ。自分で値段を付けて売ったわけじゃありませんから。

 二束三文だったことは間違いありませんけど」

「ふんふん、ほうほう、なるほどね。もったいないことをしたものだよねえ」

「もったいない?」

 

「だってきみはリンカーなんだろう? きみの名前がそれを示している。

 カイト・リンカー・ミリス」

「フルネームはそうなっていますね」

 

「ミリスさんの家に拾われたカイト君。この名前は誰が考えたんだい?」

「彼らが」

「きみのお父さんとお母さんかな?」

 

「ええ。カイトというのは彼らのルーツなのだそうですよ。名の知れた冒険者だったらしく、その財産はなかなかのものでした。昔は名家と呼ばれる家系だったのだとか。

 ですが先代――ぼくから見て祖父になりますが――身を持ち崩して破産し、祖父母と息子夫婦の四人は田舎の小さな村に夜逃げをしたのです。祖父母はやがて亡くなり、彼らの間には女の子が一人生まれました」

「ほう」

 

「わたしたちは身の丈に合わない暮らしを強いられている。彼らはぼくたちに毎日のように語って聞かせました。この生活はわたしたちに相応しいものではない。こんな辺境の村で朽ち果ててよい人間ではないのだ。

 主張の正しさはどうであれ、彼らの熱意は本物でした。彼らは自分たちの救世主を求めていたのだと思います。過去の栄光を取り戻す機会を手に入れるための」

 

「そこにくるとリンカーっていうのは最高だよね。魔物使い以上のクラスとなるとちょっと難しい。ないと言ってもいいくらいだ。

 リンカーとして生まれただけで、冒険者として成功することは間違いないもの。迷宮のお宝はガッポガポだし、深い階層まで到達できればみんなから尊敬されるからね」

「そうかもしれませんね」

 

主はわたしたちに(ジー・ファンタス・ジア)冒険をする力を与える(・タルフ・オラ・エンテリオ)

 みんな一つだけクラスを持って生まれるわけだ。ファイター、ディフェンダー、キャスター、スカウト。自分の才能を表すクラスネームだ。

 主は言いませり。名は力なり。わたしは汝らに名を授けよう。汝らは迷宮を旅する者だ。世界を探検するために必要な力を与えよう。自分のクラスを磨き続けなさい。それこそわたしが汝らに期待することなのだ」

「クラスは魂への刻印。古い言い伝えですね」

 

「でも実際そうなのさ。ダンジョンを探索する。怪物を倒す。

 そうやって経験を積んでいけばアタシたちはすごい冒険者になれるわけさ。もちろん、立派な人間にも。自分が持って生まれた能力は伸ばしていかないとね。大人になってもろくに冒険しないやつは駄目な人間だよ。困難な壁にも挑戦していくことが大切なのさ。

 いわゆる『我が人生に冒険を』ってやつだ。きみも一緒に言ってみるかい?」

「なんで言わないといけないんです?」

 

「いや、別にいいさ。そんなことはどうでも。

 ま、それはともかく、きみは特別な才能を持っているからこそ、その家族に拾われたわけだ。

 でもちょっとおかしいね。せっかくつかんだチャンスを彼らは逃した。きみをただ同然の値段で売り払った」

 

「リンカーというのは他のクラスの人間と少し違うのだそうですよ。自身の発するオーラというか、そういった種類のものが。

 本人が闘う力を持たず、はぐれを従者にして闘うクラスだからかもしれません。

 リンカーのオーラは、見る者に無や空を連想させるといいます。無限の可能性の広がりを持つ透明な雰囲気を人に感じさせるのだとか。よく分かりませんけど。

 ぼくにもそういったものがあると彼らは信じたのでしょう。だからリンカーの名を付けて子どもを引き取ったのです。特別な冒険者になると期待して」

「ふうん」

 

「それと、当時のぼくには他の人にはない特徴がありましたから。それも彼らがぼくを特殊な人間だと思った理由の一つですね」

「どういう理由?」

 

「たいしたことではないです。拾われたころ、自分がなにを話していたかなんてもう憶えていないのですから。

 重要なのは彼らが判断したことです。拾った子どもはわたしたちの期待に応える冒険者にならないだろうとね。

 あの人たちは二人とも、迷宮でほとんど実績を残せてはいませんでした。他の人たちと同じように十四歳から大迷宮の探索を始め、十階層にたどり着いたのは二十六歳だったといいます」

 

「十二年か。あんまり才能のない人たちみたいだね。下の下、いや下の中くらいかな?

 早い人なら数日で踏破できるはずだから。まあ、試練に挑み続けて打ち勝ったことはすごく立派だけど。二人はその時、本当の意味でやっと大人になれたんだ。そうだね?」

 

「迷宮で活躍して初めて一人前と認められる。この世界の人たちはみんなそうらしいですね」

 

「そりゃそうさ。ダンジョンに潜って自分のクラスを高めなければ、一人の人間として成長したとは言えないもの。冒険しないやつなんて子どもと同じさ。まともな人間と一緒に語る価値もない」

「きっとそうなのでしょうね」

 

「すべては生まれ持った名前なんだよ。カミサマから受け取った、自分を定義づけるクラスネームさ。いや、この世界にはそんなものいないんだったっけ? どっちでもいいか。

 神を信じていても信じていなくても、結局みんな自分の足で立たなきゃいけないのさ。生来のクラスの力を信じて闘わなくちゃいけないのさ。迷宮に挑戦するのは自分自身なんだ。他人じゃない」

「ええ」

 

「冒険が思うように進まなくて、悩んだり苦しんだりすることもある。ケガをするかもしれないし、命を落とすことだってままある。

 だけど、目標を達成したときの喜びは何事にも代えがたいんだ。それを一緒に冒険した仲間と分かち合うことも、同じくらいに素晴らしい」

「この世界の住人はそうやって生きてきた」

 

「その通り。アタシたちはみんなそうなのさ。アッハ。それにしても面白い言い回しだよねえ」

「面白い?」

 

主は与える(ジー・ファンタス)主は与えた(ジー・ファンティン)、じゃないんだ。

 人は誰しも自分のクラスを持っている。迷宮を冒険する資格は誰にでもある。けれど、生得的な才能の多寡も確実にある。それは無慈悲と言ってもいいくらいだ。

 才能こそが全て。そういう見方も決して間違いというわけじゃない。だって実際、差があるものはあるんだからね。

 一方、どんな天才も生まれながらに完成した才能を持っているわけではない。それは冒険の中で磨かれる必要がある。地上でぬくぬくと過ごしていても成長なんてできない。主は挑戦する者だけに力を与える」

「ああ」

 

「人はみな冒険をするために生まれてくる。

 普通の人間、アタシみたいなはぐれたち。

 そして、もちろんきみ自身と、きみが迷宮に連れて行くはぐれたち。

 この世に生まれ落ちた者は、誰もそこから逃げることができないんだよ。

 

 ま、今日はここまでにしようか。きみもだいぶ疲れてるみたいだからね。

 続きはまた今度、来週辺りにどうかな。神殿には迷える羊ばかりだけど、週に一回か二回くらいだったら時間をとってあげられるからさ。

 アタシは大抵受付にいる。もしいなかったら、直接この部屋に来てくれてもいいよ。

 じゃあ、またね」

 

 

 

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