あれは忘れもしない、数時間前のこと――
『新たな同士を二人も見つけた。放課後、お前に紹介したいんだが、良いか?』
休み時間中の喧騒の合間に、エルヴィンからこんなメールが届いてきた。当然、三秒で『いいぜ』と返信する。
高校一年に進学してからというもの、特にこれといった激変は起こっていない。予定通りに高校戦車道を歩み始め、竹下と芝村とは同じクラスに入り、ここぞとばかりに初めて見る顔とも話しかけたりして、実に順風満帆な人生を送れている。
高校に入学したところで、まあこんなもんかと思う。
不幸じゃないだけ、幸いかと思う。
――高校戦闘機道を歩み終え、眠気と戦いながらで数学を乗り越えて、放課後にありつくと同時に、竹下と芝村はさっさと下校デートへ旅立っていってしまった。
あいつらはどうか、幸せになって欲しい。
「さて」と、学生鞄を肩にかける。今日は、エルヴィンとカエサルがいう「新たな同士」と会う約束がある。そうも離れていない大洗公園前で待ち合わせということで、少し早歩きで学校から立ち去っていく。
□
金曜日の晴れ道を数分ほど歩いていって、遊んだことはない大洗公園付近まで難なく到着する。
「おーいたいた、おーい」
同時に、聞き慣れたエルヴィンの声が耳に入ってくる。カエサルが手で挨拶を交わしてきて、赤木も「よ」と手のひらで返す。
――確かに、二人から四人に増えているな。
ここからでは、よく顔が見えない。どんな子なのかなと、少しはやる気持ちを抑えながらで両足を動かし、
「よく来たな。祝え、私達に新たな仲間が増えた」
――目にした瞬間、高校一年生の心がひっくり返るかと思った。
赤いハチマキをつけた女の子が、「どうも」と頭を下げ、
「はじめまして、私は杉山清美、ソウルネームは左衛門佐という。戦国時代について知りたかったら、私に聞け」
「わかったぜ」
左目をつむりながら、任せろとばかりに不敵な笑顔を決め込む左衛門佐。
対して自分は、なんとか声を絞り出しながらの返答。
――そして遂に、「その人」が、一歩前に出てきて、
「私は野上武子、ソウルネームはおりょう。幕末の知識なら任せて欲しいぜよ」
喜色満面の笑みで、迎え入れられた。
それだけで、赤木の舌が回らなくなる。
変な顔をしないように、なるだけ自制した、つもりだった。
おりょうと、目と目が合う。怪しまれないように、蔑まされないように、自己紹介の場というシチュエーションを最大限に利用しながらで、おりょうの顔と左衛門佐の顔をじっと見つめる。
「この二人とは、教室で知り合ってな」
カエサルが、左衛門佐とおりょうの間に立ち、両方の肩に手を乗せる。
「自己紹介を聞いた瞬間に、それはもうビビッときた。あとは少しだけ様子見して、読んでいる『本』を見定めた後は……こうして、友の契を交わすことに成功したわけだな」
「えへへ」
「ふふ」
左衛門佐とおりょうが、照れくさそうに笑う。
――かわいい
おりょうの顔を見つめながら、シンプルにそう思うほかなかった。
「じゃ、赤木。軽く自己紹介しろ」
エルヴィンが、「やれ」といわんばかりに鉄砲指を向ける。
すっかり感情に呑まれきっていた赤木は、銃口を前に「はい!」とデカい声を出してしまった。カエサルとエルヴィンの不審がる目。
「――あ、いや。あー、うん。……俺は赤木、戦闘機道履修者。エルヴィンとカエサルとは前々から付き合ってもらってる。これからも、よろしくね」
「よろしくぜよ!」
「こちらこそ」
まずは左衛門佐と握手を交わし、次におりょうの、手のひらを繊細に握る。
小さい。
おかしいなと、思う。カエサルとエルヴィンとは、気軽にスキンシップしあっているはずなのに、どうしてこうも恥じらいの熱が生じてしまうのだろう。
「こいつはいい男だから、別け隔てなく接して欲しい」
エルヴィンの紹介に、左衛門佐とおりょうが「うむ」と頷き合う。
心の底から、心底「ありがとう」と思う。エルヴィンは、最高のフォローをもたらしてくれた。
「じゃあ、この後はどうする?」
「本屋へ行きたいぜよ。そこで雑誌を買いたい」
「ほー?」
おりょうは、実に実に嬉しそうに顔を明るくさせて、
「今年の大河ドラマのことが、掲載されているから」
「――ああ」
赤木以外の全員が、察したように口元を曲げる。なんだなんだと、エルヴィンめがけ視線で助け舟を求める。
「今年の大河ドラマのテーマは、坂本龍馬。タイトルは龍馬道という」
「龍馬、」
名前だけは知っている。
「で、おりょうは坂本龍馬のことを尊敬していてな。それ故に、今年の大河ドラマは何としてでも見届けようと気合を入れているわけだ。――ああ、ちなみにおりょうとは、坂本龍馬の妻の名前な」
――おりょうの、嬉しそうな笑顔を目の当たりにした瞬間、ふたつの意識が空めがけ飛び立った。
一つ目は、坂本龍馬を知らなければいけないという使命感。
二つ目は、
「赤木さんも、一緒にどうぜよ?」
「喜んで」
野上武子に、おりょうに、一目惚れしてしまったという自覚。
―――
「――まあ、こんな感じでして……」
『ふーん』
エルヴィンが、苦味たっぷりの反応を示す。
嘘みたいだと、そう思われているのかもしれない。
無理もない、と思う。
自分だって、こんな運命めいた出会いをするなんて思ってもみなかった。
「改めて聞くが」
『ああ』
「本気、なんだな」
『ああ』
けれど、これだけははっきりと言える。
「おりょうさんは、凄く可愛かった」
エルヴィンが、携帯越しに「そうか」と呟き、
『なら、出来る限り協力してやる。――もっとも、私も恋には疎いから、どうしていいかわからないが』
「それについては、考えがある」
『ほう?』
重く、鼻で呼吸する。
「俺に、歴史を学ぶコツを教えてくれ」
『……コツぅ?』
「おりょうさんは、幕末時代が好きなんだよな?」
『ああ』
「それってつまり、歴史ってやつだよな?」
『うん』
「でも俺は、歴史にはとんと疎くて……どう勉強したらいいのか、わからないんだ」
その時、エルヴィンから呆れ混じりの溜息をこぼされる。
『お前ひょっとして、おりょうと話を合わせたいが為に、歴史の勉強をするつもりなのか?』
「ま、まあ」
『やめとけ』
きっぱりと言われた。思わず、息が止まる。
『歴史っていうのは学ぶんじゃない、いつの間にか知りたくなるものなんだ。お前がやろうとしていることは、嫌々行う宿題に過ぎない』
「い、嫌々って」
『歴史、好きか?』
とどめを刺されそうになるが、ここでおりょうの顔がフラッシュバックする。
――立ち直らせるべく、己が頬を叩き込む。
「好きになる」
『簡単に言うな』
「これからもおりょうさんと、楽しく歴史談義ができるように、俺は頑張るよ」
『……そうか、そこまで本気か』
「ああ」
エルヴィンは、「嫌々行うつもりか」というリアルを口にした。
確かに、そう思われても仕方がない。これまでの自分はといえば、歴史談義に関しては頷いたり、ちょっとした質問を口にしてみたりと、あくまで受け身の態度をとっていたに過ぎない。
知らない話を聞くのは好きだが、自ら熱中して学ぶほどでもない。そういうスタンスを取り続けていた。
けれど今は、違う。いまの自分にはおりょうがいる。
まずは外見で惚れたが、おりょうは間違いなく良い人だ。だって、エルヴィンやカエサルから声をかけられたのだから。
付き合っていけばいくほど、ますますおりょうという女の子の事を好きになっていくだろう。それはエルヴィンとカエサルとの、これまでの交流が証明しきっている。
だからこそ、このままの自分では友情どまりになってしまう。
趣味人であるおりょうと親しく、永らく交際するには、やはり幕末時代へ思いを馳せることが一番なのだ。
――戦闘機道に関しては、「ついで」で好きになってくれれば良い。そうでなくても、それはそれで構わない。
それほどまで、おりょうにやられてしまっていた。
「大丈夫さ」
敵戦闘機のケツをとった時のような、不敵な笑み。
「愛があれば、うまくいく」
―――
「だめだー……」
「だろうな」
休日の図書館の中で、「漫画でわかる坂本龍馬」を両手に赤木はへばっていた。
「お前ら、すげえな……こんな難しい内容を暗記してるんだろ? 俺なんか、何がどう起こっているのかさっぱりだよ。ページをめくると、前のページの内容すら忘れちまうし」
エルヴィンから「まずは漫画を読んでみろ」と言われ、そしてその通りに坂本龍馬の漫画を読んでみたのだ。
――結果は、ものの見事な撃墜だった。
歴史とは、決して簡単なものではない。そういうふうに、覚悟はしていたつもりだった。
その一方で、「頑張ればなんとかなる」という本音も抱えてはいたのだ。なぜなら、戦闘機道もそうだったから。
「まあ、何度も読むのが一番だろうな。漫画もそうだし、何なら小説だっていい、ゲームもいいぞ」
「そう、だろうな。何度もチャレンジするのが当然だろうな……」
「後日、坂本龍馬に関しての重要点をまとめたシートを作っておく。役に立つかはお前次第だが」
「助かる」
改めて、漫画を1ページ目から読み直す。
学習漫画であるから、おそらくは基本的な情報「のみ」が描かれているだろう。対しておりょうは、基本以上の知識を備えているはずだ。
だから、漫画のみで終わるつもりはない。まずは漫画で基礎を学び、いずれは小説で見聞を広め、いつかはおりょうと楽しげに質問し合う――これが、赤木のプランだ。
しかし、歴史は思った以上に難しかった。
まるで単純でないからこそ、たくさんの人によって成り立っているからこそ、赤木の意識なんてあっちにいったりこっちにいったりしてしまう。「なぜこうなったのか?」を学ぶのは、意外にも難しい。
「うーん、黒船がきっかけなのは分かるんだがな……」
「……なあ赤木」
「なに」
「一つ聞きたいんだがな」
「ああ」
隣で坂本龍馬関連の小説を読んでいたエルヴィンが、
「楽しんでいるか?」
側面から伝わってくる、エルヴィンからの強い眼差し。
その質問に関して、赤木は、すぐに正直にでも答えることができない。
「必死に覚えようとしているだけか」
反論できなくて、手も口も止まる。
「知的欲求というものが、今のお前にあるか?」
「そ、それは、ある」
「それは、自分の為にあるのか?」
赤木が、唸る。
「あのな」
エルヴィンが、思い切り鼻息をつき、
「他人のためだけに始める趣味なんて、長続きはしないものだぞ」
「そ、それは」
「歴史は難しい、若者受けもしにくい。だから、周囲と話が合わなくなることも多い」
それを言われて、否応なく思い起こされる。エルヴィンとの出会いを、小学校最後の自由研究発表を。
「お前がこうして苦戦するのも、仕方がないことさ。歴史なんて数日かけて理解するものだし、ましてや好きでもなんでもないものじゃあな」
「そ、そんなこと言うなよ。お前らの、歴史談義は聞いてて楽しい」
「知らない話題だからだろ?」
魂胆を読まれ、再び沈黙する。
「責めるつもりじゃない、お前はそれでいい。聞き手に回ってくれるだけで、私は嬉しい」
「いやでもさあ」
「それに、」
テーブルの上に、一冊の本が音を立てて置かれる。
「海外の戦闘機道事情」、だった。
「お前は、こっちの本が合う。――ほれみろ、目が輝き出した」
「あ、それはその」
「戦闘機道の魅力なんていくらでも知っているんだから、おりょうを戦闘機道に染め上げることもできるだろうよ」
「……そうだな、それもいいかもしれないが」
そっと、手で本を押しのける。
エルヴィンの「あ」が、耳に届く。
「それは後でいい」
「どうして」
「俺の方から、好きになったから」
いまは、おりょうを喜ばせたい。
自分が笑うのは、その次だ。
再び、漫画の1ページから読み直す。そうして2ページ目、3ページ目と進んでいって、そのたびに記憶が薄れていくものの、それでも赤木は坂本龍馬の背を追い続ける。
「――そうか」
観念したのか、呆れたのか、そんなエルヴィンの声。
「やっぱりお前は、良い男だな」
ふと、図書館の天井を眺めてみる。
自分はまだ、何も成せてはいない。
けれど諦めなければ、好きな人の為ならば、何とでも為せる。世界は、そうできているはずだ。
―――
高校戦闘機道をみっちり身と頭に叩き込みながら、今日も今日とて四人組と帰路についていく。
大抵は雑談混じりに四人組のシェアハウスまで歩んでいくか、或いは本屋へ立ち寄ることが多い。どちらにしても、目的地へ着くまではありとあらゆる歴史談義が飛び交うわけなのだが、赤木以外は「あれはどうなんだろう」とか「それは言えてる」とか「その通りだ」と反応することが多い。対して赤木は、「へえ」「ほお」「ふんふん」。
こうして書くと仲間はずれ感があるが、実際のところは、聞いているだけでも凄く楽しかったりする。四人が織りなす歴史談義とは未知なる世界への案内であり、タイムマシンでもあるからだ。
そして今日は、おりょうを軸に時間旅行を楽しませてもらっている。テーマはもちろん坂本龍馬であり、それに繋がって大河ドラマの話題で四人は盛り上がる。自分はそれを聞くだけでいい、なるべくなら頭の中にインプットさせておきたい。
「――というわけで、今週は遂に、勝麟太郎が登場するぜよ。ここはどういう風にやりとりされるのか、楽しみで楽しみで」
「わかるわかる。脚本家の解釈を楽しめるのも、大河ドラマの醍醐味だな」
「うむ。……おりょう、録画は?」
「ばっちりぜよ!」
「さすが」
歴女が語り、赤木が称賛する。おりょうは含み笑いをこぼす。
当然というか、おりょうは実に嬉しそうな顔で話しの花を咲かせっぱなしである。大河ドラマという追い風もあるお陰か、おりょうの機嫌は常々良さそうに見える。
ありがとう、龍馬道。
一応ながら、赤木も歴史書片手に大河ドラマを視聴してはいる。その場その場では「なるほど、こういうことか」と頷いたり、復習したりはするのだが、本番(放課後)となると頭から知識がすっぽり抜けてしまうのだ。
――知ったかぶって、おりょうに嫌われたくない。
だから赤木は、あくまでも受け身で、時には簡単な質問を投げかけることに専念している。いつかはおりょうの隣に立てるように、密かに努力はしつつ。
――それにしても、エルヴィンや左衛門佐、カエサルは凄いと思う。
専売特許とはまるで関係がないはずなのに、歴史という軸を通じてこうも語り合えるとは。素直に羨ましいなあと思う、頭の作りが違うんだなあと羨望してしまう。
「――あ、そういえば」
ふと、エルヴィンが上の空を眺める。カエサルが「どした」と反応する。
「そういえばお前、この間の模擬戦はどうだったんだ?」
「え? まあ、割と良い結果は残せたんじゃないかな。隊長からも、次の年は期待しろって言われたし」
「さすが、天才はこれだから」
「天才じゃねーって」
その時、おりょう「おお」と頷き、
「赤木さんは麒麟児だったと!」
「お、おりょうさん……いやいや、そんな」
その時、左衛門佐の右目が思い切り開眼し、
「一年からのし上がるその姿……まさに羽柴秀吉!」
「いやいや、ここはベリサリウスだろう」
「将来の高杉晋作ぜよ」
「ブルドックだろうな」
「それだッ!」
「それだッ!」
「それだッ!」
春空の下、エルヴィンに人差し指が殺到した。
いやそれは過大評価しすぎじゃないだろうか、と思う。
歴女連携「それだ!」が決まった、と思う。
こうして揃うと、決まって一度は何それ誰それを歴史的出来事、歴史的人物に当てはめる連想が始まるのだ。時には学校における事件だったり、時には個人のやらかしだったり、時には歴女の誰かがテーマに挙げられることがある。無論、自分もだ。
ただ歴史には疎いので、大抵は「無言でスキップ」を行使することが多い。このことは皆も分かってくれているようで、多少のウェイトとともに目配せを、そして次の歴女が例えを口にするパターンが定着化している。
「ま」
エルヴィンが、赤木の背中を気安く叩き、
「私にはそう見えているってわけさ。お前はこれからも飛び続けろ」
「どーも」
「応援するぜよ!」
「頑張って欲しい!」
「ありがとう、おりょうさん、左衛門佐さん」
そうしていつの間にか、行きつけの本屋が見えてきた。
上機嫌を保ちながら、赤木は本屋の扉を開く。
□
本屋へ到着すれば、歴女達はきまって持ち場へ行き着く。
目的地はもちろん、それぞれが担当する歴史コーナーだ。時々は漫画や雑誌を買ったりするのだが、大抵は歴史小説だったり、分厚い歴史書だったりする。試しに幕末の歴史書を引っ張り出してみたことがあったのだが、値段を見ておったまげそうになったのは記憶に新しい。
しかし、赤木の隣にいるおりょうは、何の躊躇いもなく二冊の本を手にとってみせ、「どっちにしようか」と悩んでいる。
本の分厚さといい、やっぱり千円越えは当たり前なのだろう。それでもおりょうは引かず、あくまでどちらかを買うかで必死に長考している。
すごいな、と思う。
投資することに躊躇なんてなくて、数日間のうちに本の中身を味わい尽くしてしまえるのだろう。
自分なんて、漫画の序盤から躓いているというのに。エルヴィンから貰った幕末チェックシートを見ても、まるでぜんぜん覚えられない体たらくだというのに。
「――どうしたぜよ?」
「あ、ああ、いや。……それにしても、どっちも分厚いね。やっぱり、幕末に関した本なの?」
「うむ」
真顔から、一気にからりと明るくなり、
「大河ドラマも始まったことだし、ここでますます見聞を広めようと思って。こうして歴史書を厳選しているところぜよ」
「さすが」
「うむ。物語も、そろそろ動き出し始めたから」
「へえ」
「龍馬が尽力を尽くして海軍を成立しようとするものの、彼は脱藩浪士であるが故におおっぴらには活動できない……じれったいぜよ」
「うんうん」
頷く。
が、それだけだ。
確かに、大河ドラマは毎週かかさず見てはいる。幕末チェックシートを片手に、「ああ、なるほどね」と口にはしている。
が、それだけだ。
大河ドラマのみならず、ラブドラマや医療ドラマ、果ては戦闘機道だって、本質を理解しようとしなければちっとも頭に入らない。
何かを身につけるには、ほんの少しのやる気と、知的好奇心と、あとは興味を抱けるか抱けないか。これらのみが必要だ。
赤木という男は、戦闘機道に関しては何が何でも覚えようとする、自分のモノにせんとばかりに喜んで学習し、研究して、吸収する。だから上手くやっていけた。
――対して、歴史はどうだ。
歴史道を歩み始めた動機はただ一つ、おりょうと話を合わせたいという「他人行儀」のみだ。そこに自分本位はまるで存在しない。
本質的に興味を抱けないからこそ、無意識的に戦闘機道のことばかりを考えてしまうからこそ、漫画を読もうがシートを目にしようがドラマを見ようが何も学べてなどいないのだ。
エルヴィンは「お前は戦闘機道の人だから」と言ってくれた。けれど今は、それに甘える気はない。
この初恋を実らせるには、困難に立ち向かう覚悟も受け入れなければならない。
「京都も京都で、大変なことになってきたぜよ」
「うん」
「武市半平太が、攘夷に向けて動き出すぜよ。でも、武市は上洛する一橋慶喜公に会見するには身分が低すぎる……だから、三条実美に仲介を――」
頷く。
この時代は大変だったんだなと思う、沢山の人間が動き出したんだなと思う。
大河ドラマの把握が全く捗っていないからこそ、おりょうの知識量に、何より楽しげな表情めがけ夢中になってしまう。
絶対に邪魔をしてはいけない、ド素人が質問なんぞを挟んではならない。いまはただ、おりょうの話に何とかしがみついて、頷いて、後から漫画なりで勉強すればいい――このあとも、赤木は何度も頷く、小声で反応する、二冊の本を見比べるおりょうのことをじっと見つめていて、、
「あ」
「うん?」
ふと、止まった。
なんだろうと、不安混じりに思う。何か、余計なことをしでかしたのかと思考する。
「あ、あの」
「な、なんだい?」
間。
「その……つい、夢中になって語ってしまって……」
「へっ? あ、ああ、気にしないで。おりょうさんの話、聞いてて凄く楽しい」
「そう、ですか?」
頷く。
――おりょうの、まるで泣いてしまいそうな顔から目が離れない。
不謹慎ながらも、「なんて綺麗なんだ」と揺さぶられる。だから、絶対に忘れまいと目に焼き付けてしまう。
「気にする必要なんかないよ、もっと語って欲しい」
「……すみません、気遣ってもらって」
けれども、おりょうはそれ以上を語ろうとはしなかった。
たぶん、恐らくだが、過去に「こうした」経験を味わったことがあるからだと思う。だからこそ、おりょうは「赤木は幕末には疎い」という事情を機敏に察してくれたのだ。
――ごめん。歴女の中にいるのに、素人で。
沈黙は、まだ続いている。
小さな本屋の中だというのに、ほかの友人との距離が遠く感じる。歴史コーナーと区切られた本棚が、知的めいた檻に見える。本屋ならではの静まりが、言い訳や無駄口を封殺し尽くす。
二つの本を見比べるおりょうの横顔を見て、何とかしようと脳ミソを動かそうとする。こんな時に複座戦闘機があれば、一緒になって楽しませれるというのに――ちがう、今は戦闘機は関係ない。
頭を小さく、横に振るう。
「おーい」
その時、本屋でエルヴィンののんびり声が響いた。
「本、決まったかー?」
「あ、ああ、じゃあこっちの本にするぜよ」
「おおそうか。赤木は?」
「俺はー、今日はいいかな?」
「ん。じゃあおりょう、お会計済ませてきて」
「わかったぜよ」
気まずい空気はどこへやら。エルヴィンの一声のお陰で、おりょうは気まずさから脱出することが出来た。
大きく息を吸い、吐く。
エルヴィンから、苦笑いが配られた。
「赤木」
「ん」
「無理するなよ」
――ああ、そうか。
「大丈夫、無理なんかしてねえって。俺は、やりたいことしかしない」
「そうか」
「……助かった。今度、何か奢る」
エルヴィンが、小さく声に出して笑い、
「いいって」
エルヴィンが、カエサルが、おりょうが、左衛門佐が、本を片手に、上機嫌顔のままで店から出ていく。
先程までの空気のせいか、数時間ぶりに外の空気を吸った気がする。
空はまだ、青く明るかった。
―――
あっという間に8月が訪れ、セミの鳴き声と蒸し暑さが大洗学園艦を覆う。それでも何事もなく、無事平穏に海上を旅しているのだった。
芝村と竹下は、今日も放課後デートへ旅立って行ってしまったし、カエサル率いる歴女達は今日も大河ドラマの話で盛り上がり中だ。相変わらず内容が頭に入らない赤木は、喜怒哀楽を露にするおりょうを見ては「ああ、いいなあ」と浸っている。
だからこそ、ついていけたらなあとつくづく思う。
歴史に関しては未だにちんぷんかんぷんの領域だったが、決して諦めるつもりはない。先週も歴史漫画を片手に龍馬道を視聴したし、エルヴィンとともに図書館で秘密学習もした。結果は大惨敗ではあったが、希望を捨てる気は一切ない。
なぜなら赤木は、戦闘機道では上手くやっていけているから。頑張れば、何事も成せると信じているから。
そうした成功体験があるからこそ、赤木は今日も歴史談義に対して頷け、笑えている。
「ここから、話は段々と複雑化していくぜよ」
「ああ。蛤御門の変に、」
「土佐勤王党の弾圧、だな」
「これだから歴史は面白い」
左衛門佐の総括に、赤木以外が「うむ」と頷く。
――すげえな、と思う。
カエサルはローマで、エルヴィンは戦史で、左衛門佐は戦国なのに、幕末に関する出来事も当たり前のように把握している。エルヴィン曰く「知りたいから、把握出来るんだ」とのことだが、赤木にとっては迷信めいた話にしか聞こえない。
が、諦めるつもりはない。
おりょうを見つめる。
――目が合う。
不意過ぎて、声を失いかけた。
「あ、えと」
「あ、何かな?」
「その……今の話」
「へ? あ、ああ。前にも言ったけれど、聞いているだけで楽しいから、俺は」
「いえ……やっぱり、語れないのはつまらないでしょうし」
「そんなことないよ。あと、いつもの口調でいいからね?」
気遣われた事実に、胸が痛くなる。
嘘を言っているつもりはない。未知の話題というものは、聞いているだけで物凄く面白いものだし、見識が深まる気がする。覚えているかどうかは別として。
おりょうは、歴女とは、語り語られることで本領を発揮する。だからこそ、誰かの「沈黙」に対しては敏感に察してしまうのだろうし、それに伴って「何とかしなければ」という焦りが生じやすい。
きっとおりょうは、罪悪感と義務感から手を差し伸べてくれたのだろう。
それでも赤木は、そんなおりょうに対して、優しい女性だと思う。
「わ、わか……ったぜよ」
「そうそう。俺らは同級生なんだし、そんな気を遣わないでいいよ」
「でも……」
おりょうとしては、やはりどうしても気になってしまうらしい。
――俺としたことが。
龍馬道は、佳境を辿っているらしい。けれども赤木は、そんな当たり前の事実にすら把握できていないでいた。龍馬が何をしているのかも、どの人物が重要なのかも、何を成せば龍馬が喜ぶのかも、赤木はまるでわかっていないのだ。
セミの鳴き声が、さっきまでよく聞こえてくる。黙っているせいで、暑さが体の奥底まで伝わってきた。
気まずいまま、あくまでも苦笑いをこぼしながらで、不安がるおりょうと顔を合わせたきりそのまま、
「――あ、そういえば」
エルヴィンの声が、沈黙を断じた。
「再来週って、たしかサンダースとの練習試合だっけ?」
「へ? ……あ、ああ、うんうんそうそう」
「だよな。じゃあ、いつもの偵察、行くか?」
エルヴィンが、にやりと笑う。カエサルもまた、「どうだ?」と聞いてきた。
――ほっとするように、赤木はため息をつく。
「おお、もちろん行くとも。ったく、あいつら豪勢だからなー。力押しってのが一番こえーってのなんの」
「なあに、大洗航空隊は揉め手が得意だろう? ある意味、サンダースとは相性が良いんじゃないか?」
「かもしれねー」
「ま、お前は戦闘機の動きを肉眼で確認しろ。分析は私がやる」
そこでカエサルが、マフラーを翻し、
「私のことも忘れては困るな。エルヴィンほどではないが、戦況把握は大好きだからな」
「さすが皇帝、頼りにしてるぜ」
「うむ――で」
両腕を組んだカエサルが――「あついな」とマフラーを外したカエサルが、おりょうと左衛門佐に視線を向けて、
「どうだ、偵察。都合が合えば、一緒に楽しもうじゃないか」
「練習試合ということは、つまりは戦か?」
「うむ」
「乗った」
戦国といえば合戦だ。それが機械同士であれど、それを操るのは人間であり、どうしたって読み合いや爆発炎上は起こる。
パイロットからすればハラハラするものだが、見世物としては最高の部類に入るはずだ。戦好きの左衛門佐が興味を引かれるのも、必然といえよう。
「で、おりょうは」
「……戦闘機、戦闘機か……」
顎に手を当て、深刻そうな顔を露にしたままで、歩道を歩んでいるおりょう。
――すぐに、赤木は状況を察した。
「おりょうさん」
「な、何ぜよ?」
「その、無理して偵察に同行しなくてもいいからね?」
「え、でも」
いやいやと、首を横に振るい、
「戦闘機道ってホラ、男くさい競技だしさ。女性であるおりょうさんがこう、悩んでしまうのは仕方がないよ」
「……でも、赤木さんはいつも私の話を」
「いやいやいや、俺は好きで聞いているからさ。だから、おりょうさんが気負うことなんかないよ」
幕末となると、飛行機の存在はまるきり無縁であるはずだ。そうとなれば、戦闘機道に対する興味が薄いのも頷ける。
だからこそ、おりょうには無理して欲しくはなかった。おりょうには、のびのびと趣味に生きていてもらいたかった。
「――あ、しまった!」
左衛門佐のでかい声が、住宅街に鳴り響く。
いったいどうしたのかと、一同が左衛門佐に注目する中、
「なんてこったー、今月の小遣いがまるでない。これでは、連絡船に乗る余裕すらない」
「何!?」
「く……それはまずいな」
機敏にカエサルが反応し、エルヴィンが心底悔しがるように握りこぶしを作ってみせる。
――間もなく、仕組まれた状況を把握した赤木も、
「それはまずい……旅費もタダじゃないしな。無理をしないほうがいい」
「うむ、そうする。……いやしかし、このままでは暇な休日になりそうだな。カエサルとエルヴィン、赤木は戦地へ向かってしまうというのに」
左衛門佐の視線が、露骨なまでにおりょうへ差し向けられている。肝心のおりょうは「へ」とか「え」とか、「――あ」と声を発し、
「――わかった。左衛門佐、一緒に遊ぶぜよ」
「本当か! かたじけない!」
「二人きりで遊ぶというのも、たまには良いぜよ。構わん」
「私もそう思う」
左衛門佐が、赤木めがけウインクをかける。
助かったよ、本当に。赤木は両肩で深呼吸し、小刻みに頷いて、
「お土産、買ってくるよ」
「うむ。ま、三人共、戦を楽しんでこい」
カエサルとエルヴィンが、「うむ」と首を縦に振るう。
場の一区切りがついたせいか、身体の力が抜けていく。暑さなんて二の次で、微笑するおりょうのことばかりを見つめ続ける。左衛門佐と休日の予定を組み始め、安堵した赤木は背筋を伸ばし、
おりょうから、ぺこりと頭を下げられた。
――ああ、やっぱりおりょうさんは、聡いな。
そういうところも、好きだな。
ふと、夏の青空を見る。
諦めなければ、想いは報われる。この世界は、そういうふうに出来ているはずなんだ。
送信者:赤木
『さっきは助かった。すまない、エルヴィン、左衛門佐』
送信者:エルヴィン
『気にするな。仲間だろ』
送信者:左衛門佐
『やるべきことをやっただけだ』
―――
高校戦闘機道全国大会が、そろそろ始まろうとしている。
一年の赤木は補欠兼雑用担当だったのだが、赤木が「どこからか」持ってくる戦術ノートは、隊員達にとっては大きな足がかりであり、立派な戦力の一つだった。
そのお陰で、赤木は一年坊主でありながらも「参謀」と呼び親しまれている。それだけでも破格の立場なのだが、赤木はあくまでパイロットの人であり、日々好き好んで鍛錬を続けているのだった。
二年になれば、レギュラー入りは確定だろうと周囲からはささやかれている。
そして、高校戦闘機道全国大会が始まった。
赤木は雑用をこなしつつ、エルヴィンやカエサルとともに、対戦相手の学園艦に忍び込んでは徹底的な偵察を行った。時には泊まり込んでまでも。
こう書くと忙しく見えるかもしれないが、赤木やエルヴィン、カエサルは完全に乗り気だった。
エルヴィンは元から戦史マニアで、軍事好きで、「お前が行くなら私も行く」の一言で赤木についていった。カエサルはといえば、「ローマといえば戦術戦略だ」の理論のもと、赤木とともに行動し続けた。
肝心の赤木はといえば、「戦闘機道」という文字が付属していれば何でも良かった。
――ほんとう、悪いな。お前らの名前は、ぜひ公表したいんだけれど
――いいって、ややこしくなるし。……本当は、お前だけの功績にしてもいいんだぞ
――それはダメだ。これはお前とカエサルと、そして俺の努力の結晶だ
――ほんとお前は。……ま、お前が活躍してくれれば、私はそれでいい
秘密の戦術ノートは、今もなお「さる友人達がまとめてくれた一品」として提供し、隊員から受け入れられている。
□
そうして、大洗航空隊は大空の中で戦い続けた。
――結果は、三回戦目で敗退した。相手はサンダースだった。
それでも隊長は「歩むだけの道は歩んだ」、そう断言した。そして、二年になれば赤木のレギュラー入りを約束する、そう告げてくれた。
試合後の空気に飲まれ、隊長からのお墨付きを貰い、帰り際の夕日を見ては血が熱くなっていく。それでも涙を流さなかったのは、まだその時ではないからかもしれない。
芝村と竹下は、彼女と一緒にざんねんパーティーを開いたらしい。
赤木はといえば、帰艦後に「食べに行くぞ」とエルヴィンから腕を引っ張られた。行き先はもちろん、定食屋だ。
そこで無理やり奢られながら、カエサルが「お前も頑張った」と笑い、左衛門佐から「来年の活躍が楽しみだな」と期待されて、
「大洗航空隊の夜明けを、見せて欲しいぜよ」
歩む道は違えど、おりょうは、明るく元気よくこう言ってくれた。
――それだけで十分だった。
だから、改めて誓う。何としてでも、自分は幕末を勉強し、しっかりと脳裏に焼き付けよう。そしていつかは、おりょうの良き話し相手になりたい。
上機嫌になったせいか、自然と含み笑いがこぼれ落ちた。おりょうは、「いい笑顔ぜよ」と言ってくれた。
「――機嫌が、良さそうだな」
静まり返った微笑を浮かばせながら、隣に座っていたエルヴィンが水を組んでくれた。
こうして、高校戦闘機道全国大会は幕を閉じた。
―――
そろそろ冬も間近となった頃、赤木はひとり、スーパーへ出向いていた。
簡単な料理の食材を買い求めつつ、ついでに食玩コーナーへ立ち寄っては「飛行機モノ置いてねーかな」と呟く。戦車の食玩コーナーを通り抜け、ヒーローシリーズの棚も通りすがり、戦闘機コーナーを目の当たりにして「おっ」と声に出る。
箱の中身は――ドラケンか。これはいい。
カゴの中に突っ込み、ホクホク顔でレジへ向かおうとする。子連れの主婦とすれ違い、名も知らぬ女子生徒を横切っていって、真正面から歩んできたおりょうと目が合って、
「あ」
「あ」
もちろん、その場で動きが止まった。
「おお、赤木さん。こんにちは、何か買い物を?」
「こんにちは。えーっと、まあ、焼きそばを食おうかなって」
カゴを持ち上げ、おりょうに食材を見せる。おりょうはほうほう、と頷きつつ、
「料理も出来るとは、さすがぜよ」
「簡単な奴しかできないけどね」
「それでも、ぜよ」
「ありがとう、たはは」
好きな人から褒められて、つい浮かれてしまう。おりょうも、くすりと笑ってくれた。
そして、おりょうの買い物かごを目にしてみる。
肉、しらたき、ねぎ、しめじ――これらを視認して、思い浮かぶ料理といえば、
「おりょうさんは、もしかして鍋を?」
「うむ。軍鶏鍋を食べようかなと」
「しゃも?」
おりょうは、重く頷き、
「坂本龍馬の好物ぜよ」
「おー、好物!」
「うむ。……最終回も近いので、これを食べながら坂本龍馬を見送ろうと思っているぜよ」
「――え」
最終回という響きを前に、「マジで」と思った。
まだ、ろくすっぽも内容を掴み取れていないというのに。なぜ、坂本龍馬が偉大なのかすら理解出来ていないというのに。そもそも、龍馬道が終盤にまで突入しているとは思ってもみなかった。
ドンピシャな大河ドラマが放送されているというのに、どうして自分はこうも馬鹿なんだ。勉強しているはずなのに、エルヴィンに監修してもらっているのに。
「先は分かっている、分かっているぜよ。けれど、彼には生きていて欲しかったぜよ……」
「う、うん」
「いったい、誰が手をかけたのか。京都見廻組か、或いは西郷か……」
スーパーの調味料コーナー前で、おりょうが思考の海に飛び込んでいく。
呟かれる考察を前に、赤木は為す術もなく頷くことしかできない。途中でドラマの回想も入ったが、せいぜい「あれ、そんなことがあったような」程度しか思い出せない。
――ドラケンのことなら、熱にうなされるように話せるのに。
ここにはエルヴィンも、カエサルも、左衛門佐もいない。赤木に出来ることはといえば、ただ、おりょうの言葉に対して首を振るうだけ。大河ドラマも最終回間近ということで、スイッチの入ったおりょうは今もなお熱く思考中である。
ほんとうに好きなんだな、おりょうさん。
かっこいいな、おりょうさん。
わからなくてごめん、おりょうさん。
「――あ」
――そして、おりょうは察してしまうのだ。赤木のいまの気持ちを、歴女であるが故に。
「ご、ごめんなさいっ、私はまた」
「いやいやいや。最終回が近いんだし、熱くなるのはしょうがないと思う」
「そうですか……そ、その、龍馬道は、楽しかった、ですか?」
「うんうん、楽しかった……よ。難しかったけれど」
「そう、ですか」
沈黙。
「あー、えと、坂本龍馬は、凄い行動的だと思う。かっこいい」
「あ、はい。そうですね、海軍を作るなんてこと、簡単ではありませんでしたから」
「うんうんそう思う。海軍だもんね、海軍、海軍……」
沈黙、
「あ――そ、そういえば! 大会、お疲れ様でした!」
「ああ、ありがとう。といっても、俺は何もしてないけどね」
「いえ、赤木さんは戦術面でフォローしていたらしいじゃないですか。それは立派な活躍ですよ」
「そ、そうかい? ありがとう。……っかし、サンダースは質も量もあって羨ましいよ」
「それでも、隊長殿が見せてくれた奮闘っぷりは素晴らしかったぜよ。あの食らいつきは、まさに箱館戦争の土方歳三のような食らいつき!」
沈も、
「あ、ああ! そうなのかもね! うん、隊長すごかった。土壇場でハイ・ヨー・ヨーを決めるなんて」
「は、はい、よー?」
「あ、うん。まあ、追跡みたいなものだね」
「へえ……」
沈、
「あ、ああ! でも、惜しかったですね。隊長があそこまで頑張ったのに、後ろから横槍を入れられるとは~ッ」
「横槍を入れたP51なんて、ズタボロだったはずなのにね。さっすがタフな奴だよ」
「あれは、P51という?」
「うんそうそう。最強に入る飛行機だね」
「うむう。どこか、河上彦斎めいているな……」
ち、
「す、すみません。戦闘機道の話をしているのに、ついうっかり」
「あ、ああいやいや。おりょうさんは、それだけ幕末を愛しているんだなって。俺も飛行機のことばっかりだから」
「な、なるほど。いやあ、私も戦闘機道のことを勉強しなくては」
「いやいやいや、無理しなくてもいいからね、興味を持ち始めてからでいいからね?」
「でも」
「いやあ、他人のためだけに始める趣味なんて、」
――長続きはしないものだぞ
友人(エルヴィン)の言葉が、鮮明にフラッシュバックする。何度も幾度も、頭の中で反響し始める。
今になって、ようやく痛感した。
誰かのために始める趣味なんて、やっぱり負担でしかないんだな。他人から見ても、尾に引く気まずさが生まれちまうものなんだな。
小さく鼻息をつく。
おりょうのことを見つめる。
「おりょうさん。戦闘機道は……本当に、興味が出てきた時に、出てきた時でいいからね?」
「ですが、」
「応援してくれるだけで、十分だよ」
笑えたと思う。
「そう、ですか」
「うんそうそう。あと、そんなに気を遣わなくてもいい、いつものおりょうさんでいいから」
「……わかったぜよ」
時間をかけて、けれどもゆっくりと、おりょうは口元を曲げてくれた。
「赤木さん」
「うん?」
「幕末のことを知りたくなったら、いつでも聞きに来て欲しいぜよ」
「ああ、もちろん」
「無理して、話に合わせる必要はないぜよ。嫌な顔をせず、頷いてくれるだけで、私は嬉しいぜよ」
納得するように、赤木は頷いてみせた。エルヴィンからも、おりょうからも、確かに「無理はしなくていい」と言われた。
――それでも赤木は、歴史を、幕末を学ぶことを止められそうにない。
初恋の人は、こんなにも優しいから。今日という日を以て、ますますおりょうのことが好きになったから。
「――わかった、そうするよ」
「うん」
そして、赤木は心の中でおりょうに謝る。
帰ったら、幕末について勉強しようと思っているから。
「それじゃあ、そろそろお会計に行こうか」
「わかったぜよ」
スーパーで会計を済ませ、外に出てみれば、空はすっかり満天の星々に覆われていた。
街頭はあれど、暗いものは暗い。学園艦というある一種の安全地帯であろうとも、女の子一人ではやはり心細いものがある。
「送ってくよ」
「え……でも」
「いいからいいから」
「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぜよ」
思うと、これで初めて二人きりになった気がする。先程の場面は、流石にカウントし辛いものがあった。
夜中の歩道を歩きながら、寒くなったとか、夕飯のこととか、将来について何となく話し合う。バランスの保てる話題といえば、だいたいはこんな感じだった。
そうして、おりょうをシェアハウスまで送り届ける。あとは、その場で溜息をついてみせて、何となく星空を眺めた。
時間をかけていけば、情熱を失わなければ、きっと報われる。そういう世界で、あって欲しい。
―――
「――で」
定期連絡の名の下、赤木とエルヴィンは図書館で本を読み合っていた。エルヴィンは「小説、坂本龍馬」、赤木はやっぱり「漫画、坂本龍馬」。
無感情な表情のまま、ページに目を通しながら、エルヴィンが「で」で次を促す。赤木は、痒くもない頭を掻きながら、
「すまん。全く進展していない」
「だろうな」
「出会って半年以上になるんだけどなあ……何がいけなかったんだろう」
原因なんて分かっているくせに、つい口にしてしまう。これでも大真面目に漫画を、チェックシートに目を通しているつもりだが、やっぱり要領を得ない。
「んー、顔?」
「あ、そうなの? じゃあ身だしなみや服装に気を使えば、」
「いや、そのままで十分だよ。お前の場合は、やっぱり趣味の不一致だろうな」
「……まあそうなんだけどさー」
力なく溜息をつく。これまでの経験からして、反論のはの字も立たない。
「大河ドラマもいよいよ終盤だが……どうだ、内容は頭に入っているか?」
「……龍馬は、海軍を欲しがっていて……えーっと」
「わかった」
その一言は、心の髄までグサりと刺さった。
友人だからこその反応が、今となっては恐ろしい。
「言っただろ、お前はあくまで戦闘機道の男だ。だから航空戦術を覚えられるし、戦闘機に関する知識も喜んで勉強しようとする。……対して幕末はどうだ、戦闘機道とは何の関係もない、だから覚えられない」
「ぐぐ」
「お前の頭の中は、戦闘機でいっぱいってことさ。だから、これ以上の知識なんて蓄えられそうにない」
「で、でもよお、お前らの話は面白いって思うぜ?」
「そういう奴だからな、お前は」
エルヴィンが、音を立ててページをめくり、
「前にも言ったが、お前は聞き上手なんだよ。友人の話なら何でも楽しめる、それって立派な特技なんだからな」
「えー? それでいいのかよお。理解もしていないんだぜ、俺は」
「いいんだよ」
エルヴィンが、小さな含み笑いをこぼす。
「話を聞いてくれるだけで、人は喜びを覚えるものなんだ。少なくとも私は、嬉しいと思っている」
「……おりょうさんは?」
「あいつもだろうな」
同業者であるエルヴィンが言うのだ。その答えは、きっと正しい。
聞き手に回り続ければ、おりょうとはいつまでも良き話し相手として、友人として一緒にいられるだろう。それもまた、交流のありかたの一つだ。
けれど、赤木はおりょうに対して「それ以上」を求めている。単なる会話仲間に留まらない、互いに理解しあえる相思相愛の仲を夢見ていた。
「なあ赤木」
「うん?」
「そんなに、おりょうのことが好きか?」
「ああ」
きっかけは、外見そのものに一目惚れしたから。
あの大きな瞳、それを彩る眼鏡、女の子らしい身長、ふわりとした髪型、親しみやすくよく響く声。それらを体感して、理性だの本能だのが総立ちしたのだから間違いない。
最初は、そんな感じだった。
「……凄く、好きだ」
この前のスーパーでの一件で、いよいよもっておりょうに対する想いが溢れ止まらなくなった。
だって、あの人はあんなにも優しかったから。無知な自分のことを、あの人は許してくれたから。
こんなの、交際したいに決まっているじゃないか。
だからこそ、おりょうと肩を並べたくなるに決まっているじゃないか。
「――そうか」
「ああ。だから俺は、歴史を、龍馬の行く末を学ぶよ」
「わかった」
そして、エルヴィンと目が合った。
こんな自分のことを、ずっと見守ってくれるエルヴィンは、何が嬉しいのか穏やかに目を細めていて、
「ほんと」
「うん?」
エルヴィンが、頬杖をついて、
「羨ましいよ。お前に、そこまで想われるあいつのことが」
赤木は、「そうかい?」と言った。
エルヴィンは、「ああ」と応えた。
数分ほど漫画を読んだが、やはりどうしても、覚えたての知識が頭からすっぽり抜け落ちてしまう。
エルヴィンの言う通り、自分は戦闘機道の人でしかないのかもしれない。
けれど、諦めるつもりはない。だって、恋をしたのだから。
―――
冬休みがやってきて、まずはエルヴィンとカエサルが実家めがけ怠惰に襲いかかってきた。
瞬く間にコタツを占領し、チャンカーから与えられたおしるこをのんびりと味わう二人めがけ、赤木はけーれけーれと抗議の声を唱えた。
しかしエルヴィンは、カエサルは、その反応を待ってましたとばかりに不敵に微笑んでみせて、鞄からプリントの束を引っこ抜いてみせた。
――宿題という必殺の武器を前にして、赤木の反抗なんぞは瞬く間に沈静化した。
そうして、三人がかりで宿題をやっつけている最中、
「赤木」
「ん」
「戦闘機の方、どうだ」
「ああ。このままいけば、レギュラー入りは確定だってさ」
カエサルが、エルヴィンが、同時に「ほほー」と笑って、
「大したものだな」
「うむ。三年になれば隊長になれるんじゃないのか?」
「あーどうかなー、なれるといいなー」
口ではこうも言っているが、実際は「なる」だ。こと戦闘機道に関しては、妥協するつもりは一切ない。正確に言えば、「できない」だ。
戦闘機を目にするたびに「乗りてえ」と思うし、コクピットに入り込めば一刻も早くエンジンを吹かしたくもなる。これで戦闘機道という勝ち負けが生じれば、いよいよもって戦闘機に対する想いに火が点き始めるのだ。
俺が世界一のパイロットだ
勝ちてえ、負けたくねえ
夢を叶えるためなら、俺は喜んで難しいことも覚える
中学一年生になって、はじめて戦闘機に乗った時から、このスタンスはぴくりとも変化していない。
それで上等だと、赤木は思っていた。空を舞い、いつかソラノカケラになってしまっても、きっと後悔なんてしないんだろうなと、「前までは」考えていた。
「――ま、お前ならなれるさ。お前から飛行機を引っこ抜いたら、何が残るんだ?」
「なんもねえや」
カエサルと赤木が、はっはっはと笑う。エルヴィンも「ばかだなー」と言ってくれた。
――嘘をついた。
「で、最近のお前らはどうよ」
「あ? ああ、私は見ての通りさ。人生を変えたいほど、人生に不満を抱いていないしな」
「うおっ、さすが」
カエサルが、自信たっぷりにふふんと笑う。たぶんカエサルは、歴女の中でも一番生き長らえると思う。
「エルヴィン、お前は」
「私か? ……っふふふ」
含み笑いを耳にして、カエサルと赤木がエルヴィンに注目する。
何だ。
普段はぼんやりと感情を表現するタイプなだけに、この露骨な喜びを前にしては戦慄も走る。
自分の預かり知らぬところで、エルヴィンの身に何が起こったのだろう。宝くじでも当たったか、或いは戦車とツーショットでも撮ったのか。
「実はな」
「うむ」
「ようやく、ブーツを買えたッ!」
「ぶっ、」
「ブーツ? それはなんだ」
カエサルがエルヴィンめがけ、真顔で迫る。それでもエルヴィンは臆すること無く、「それはな」と悪そうに口元を曲げ、
「ドイツ軍が使っていた、軍用のロングブーツだ。……っふふふ、これでコスチューム関連はコンプリートだ」
「……! 羨ましい……! 頭も体も足も制覇するなんて……ッ!」
あの冷静なカエサルが、本気で歯を食いしばっている。エルヴィンは、未だに笑いが止まっていない。
赤木の目からすれば、これまでのエルヴィンは完璧な「ドイツ元帥」だった。母も「かっこいいわね、松本ちゃん」と評していたし、エルヴィンも「ど、どうも……」と照れていた。
――しかし、エルヴィンは更なる高みに辿り着いてしまった。
まさか、靴までそれらしくしてしまうとは。
金がかかるのに、よくやる。
「すげえ」
だから、本心からこう言った。エルヴィンは実に実に上機嫌そうに「ふははは」と笑い、
「これで私は完成された」
「ッ!!!」
カエサルが、一瞬にして歯を食いしばった。
ビビる赤木をよそに、カエサルは「うう」、「おお」、「うらっやましい」と唸りに唸っている。
――思うと、コスチューム的にはカエサルが一番控えめかもしれない。
まずエルヴィンだが、見ての通り全身ドイツ元帥だ。これ以上を求めるのは逆に困難といえる。
左衛門佐も、頭には鉢巻、体には胸当てと、実にわかりやすい。やろうと思えば、足袋を履くことで戦国度を高めることも可能だろう。
おりょうはといえば、特記すべきは羽織のみといえる。ただ羽織とはどうしても目につく上に、家紋らしきものも刻まれているから、おりょうからすれば羽織一つで満足しているのだろう。
対してカエサルは、現代でも通じそうな赤いスカーフのみ。これはこれでローマ的に完成されているはずなのだが、目の前のエルヴィンに刺激されてしまったのか、途端に物足りなさを覚えてしまったようだ。これも歴女故の対抗心なのかもしれない。
見ていられなくなった赤木は、「なあ」と声をかけ、
「なんかねえの? こう、お手軽なローマファッション」
「……トガという……ほら、ローマ市民らしい服装があるだろ?」
「ああ、あれ、うん」
「あれこそローマオブローマなんだが……あれを着て歩ける自信は、さすがにない」
「ああ――目立つもんね」
「現代社会めぇッ!」
カエサルがコタツの上に顔を伏せながら、悔しそうに「うらやましいうらやましい」と主張し始める。しばらくは笑いが止まらなかったエルヴィンも、次第に落ち着きを取り戻していって、
「――まあ、古代のコスチュームは目立ちがちだしな……」
「うん……」
「私のは、ほら、コートですって言い張れるし。軍帽はまあ、ギリ?」
「うん……」
そうして、エルヴィンがカエサルの肩をぽんぽんと叩き、
「カエサル、お前の気持ちはよくわかる。けどな、けれどな? お前は私達の皇帝であり、カエサルなんだ。だから、そう嘆かないで欲しい」
「……エルヴィン」
のっそりと、カエサルが身を起こしていく。
「服を着込まなくとも、お前にはローマに対する想いが、ローマの魂が心の中にある。そうだろう?」
「! その通りだ。お前にも、ドイツ魂があるッ!」
「そうだろうそうだろう!」
ソウルが通じ合ったらしく、元帥と皇帝がハイタッチを交わし合う。コタツに浸りながら。
一方の赤木は、何となく「羨ましい」と思っていた。歴史に関してはド素人なので、こうして傍観することしか出来なかったが。
まあいいか、と思う。
無事解決したということで、シャーペンを握り直す。
「……しかしまー、ほんと」
「ん?」
いい顔をつくれたと思う。
「付き合いやすいわ、お前らとは」
そうしてまた、エルヴィンとカエサルが笑った。
□
のんびりと目を覚まし、今日も役目を果たせなかった目覚まし時計をオフにして、私服に着替えては歯を磨く。その後は、軽く朝飯を。
軽く欠伸を漏らし、点けっぱなしのテレビを耳にしながらで、何となく窓から空を覗き見てみる。
――空は嘘みたいに白く、実に晴れやかだった。
それを見て、どこか上機嫌が湧いてくる。ここに飛行機があったら、迷うこと無くかっ飛ばしていただろう。
さて。
時計を見つめては、「そろそろか」とジャンバーに着替える。父は「行くのか?」と言い、赤木は「そろそろね」と返して、
インターホンが鳴った。
母が「来たみたいね」と赤木に伝え、赤木も早速とばかりに玄関へ早歩きした。
はやる気持ちが抑えきれない。
だって、今日は、
「よっ――あけまして、おめでとうございます」
青い着物を着込んだエルヴィンが、相変わらずのカエサルが、赤い着物で決めてきた左衛門佐が、
「や。――こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくぜよ」
1月1日で、正月で、おりょうの着物が見られる日だったから。
「いやあ、みんな着物似合ってるよ。うん、凄く綺麗」
「はは、そうか?」
「ふふふ」
左衛門佐が気恥ずかしそうに微笑み、エルヴィンが口元を緩ませ、
「あ、ありがとうぜよ。正月だから、つい張り切ったぜよ……」
「い、いやあ、凄く似合ってる。凄くいい、すごく」
「う、うん」
おりょうは、すっかり顔をうつむかせていた。
いま一度、歴女メンバーを一瞥する。
赤い着物を着込み、かんざしで髪をまとめた左衛門佐は、間違いなく大和撫子だった。日傘を手にしていれば、お嬢様と何ら変わらなくなってしまうと思う。
次にエルヴィンだが、やっぱり青い着物がよく合っている。あえて軍帽を被っていないところが、エルヴィン独自のこだわりを感じさせてくれた。
そしてコート姿のカエサルだが、何となく「らしい」と思う。男性的な雰囲気があるからだろうか。赤いマフラーが、コートを栄えさせている。
最後に、おりょうについてだが――おりょうは紺色の、花柄の着物を何ら違和感なく着込んでいる。髪の色に近しいからこそ、自然とそう見られるのだろうか。
再び赤木と目が合い、「あう」と目を逸らされてしまった。似合っているというのに、そんな謙虚さを見せつけられては、赤木の精神なんてたまったものではない。
総括すると、超やばいかわいい。
「――ほれほれ、早くお参りに行くぞ」
エルヴィンから冷ややかに声をかけられ、赤木は「そ、そっすね」と怯む。
今日は、いいものが見られた。記念撮影したい。
□
正月の神社はすっかり混んでいて、そこに厳粛さや寂しさはどこにもない。正月という空気もあってか、どこか祭りのようにも見える。
左衛門佐も「賑やかだなー」と呟いているし、カエサルも「並ぶのかー」と苦笑い。それでも一同は、鈴を鳴らすために行列の一員となるのだ。
「いやー、これは時間がかかりそうだな」
「まあな。ま、何か話していればあっという間だろ」
「そうだな」
左衛門佐が、どこか消えてしまいそうな薄い笑みをこぼし、
「まさか、友達と一緒に初詣に出かけられるなんて、な」
「え」
「ほら、私は歴女だから」
――その説明で、すべてを察することが出来た。
だからカエサルも、エルヴィンも、そしておりょうも、それ以上は問わない。
「だから、こうしてみんなと一緒にいられることが、一年を通せたことが、とても嬉しい」
「……俺もさ」
「私も、私もぜよ」
おりょうの言葉に、赤木は黙って頷いた。
気づいてみれば、本当にあっという間だった。進学した時は「長くなるな」と思っていたはずなのに、もうじき高校二年生になろうとしている。
楽しい時間はあっという間だというが、まさにその通りなのだろう。
――おりょうの横顔を見つめる。
恋することが出来て、本当に良かった。
「友達になってくれたカエサルには、エルヴィンには、感謝するしかないぜよ」
「こちらこそ。私も、お前達が歴女じゃなかったら声をかけられなかった」
「――あ、そういやどうやって、歴女だって判断したの?」
カエサルが、何かをつまむジェスチャーを披露し、
「本だ」
「――ああ」
どうやら、歴女とは本を通じて集うものらしい。
それもそうかと、赤木は納得した。
「あ、そういえば」
「うん?」
「エルヴィンとカエサルは、昔からの付き合いなんだよな?」
カエサルが空を見つめ、「ああ」と返し、
「中学一年の頃にな。教室でひとりぼっちだった私に、エルヴィンが声をかけてくれたんだ」
「おお……連鎖しているぜよ」
「まあ確かに、それはそうなんだが」
そしてエルヴィンが、赤木のことをはっきり見つめ、
「小学校の頃な、私も友達がいなかったんだ。そこを、赤木が声をかけてくれてな」
「おおー!」
聞いていて楽しくなったのか、おりょうが手を握りながらで「それでそれで」と促す。
エルヴィンは、恥ずかしいのやら懐かしいのやら、薄く口元を曲げて、
「赤木がいなかったら、私は今頃、人と話す喜びだとか楽しさだとかに目覚めなかったと思う。……私が、カエサルに声をかけられたのは、あれだ。赤木の影響みたいなものなんだ」
「……ほー」
どんな感情を孕んでいるのやら、カエサルが実に実に楽しそうに表情を緩ませる。
なんだかこっ恥ずかしくなった赤木は、「ま、まあ」とぎこちなく口を挟み、
「エルヴィンとは隣の席だったから、まあ、その、あれだ。ほっとけなかっただけ! 以上!」
「……へえー……」
そして、おりょうからの強い視線。当然見過ごせるはずもなく、
「な、何?」
「いやあ、その……」
そして、おりょうは口と目で精一杯に笑い、
「いい人ぜよ、赤木さんは」
心が破裂するかと思った、血が沸騰しかけた。このまま消えちまっても良いやと、割と本気で考えた。
逃げ出したくなったが、おりょうの誠意をなかったことになど出来ない。だから赤木は、深呼吸一つで身体の力を緩め、おりょうをずっと視界に入れながら、
「ありがとう、おりょうさん」
言えた。
お礼はしっかりと伝わったのだろう。おりょうも、笑顔のままでこくりと頷いてくれた。
「……赤木」
「ん。どした、エルヴィン」
赤木の肩に、エルヴィンの小さな手が乗る。とても軽くて、けれども熱みが確かにあった。
「――よかったな」
エルヴィンは微笑する。どこか陰りが感じられる、いつもの色で。
そうしていつの間にか、鈴の前にまで辿り着く。
カエサルが「準備は?」と聞き、各々が何の躊躇いもなく五百円玉を取り出してみせた。流石だと、赤木は思う。
こうして賽銭箱の前で会釈し、カエサルが鈴を高らかに鳴らす。そうして一同が賽銭箱へ五百円玉を入れ、二礼二拍手一礼を行い――
どうか、おりょうさんともっと仲良くなれますように
戦闘機道だって、頑張ったからうまくいったんだ。だから、諦めなければ恋も叶うはず。
世界は、そういうやつの背中を押してくれる。そう信じたい。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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