夕日ちゃんの部屋の前で状況を説明すること小一時間。
悪戦苦闘の末、ようやく信じてもらうことに成功した。
「えっと。本当に祐希お兄さんなんです?」
「うん。夕日ちゃんの誕生日に、好きな本に、スリーサイズに、ここ1月食べたものメニュー全部あってるでしょ」
「すごい記憶力ですねお兄さん……」
3年もの間閉ざされていた扉はあまりにすんなりと開いて。
僕は夕日ちゃんに出会うことができた。
まずい。本当に涙が出そうだよ……。
改めて夕日ちゃんの姿を見る。戸惑いを感じるものの、男の僕を見るよりずっと落ち着いて向かい合ってくれている。
それだけでなんだか少し救われた気がした。
「ご飯いただきます」
おずおずとトーストを口にする。
もくもくと小さく口を動かしてゆっくり噛んで食べる夕日ちゃんは小動物のような愛くるしさがある。
ああ、夕日ちゃんと食事している。
夢ではないだろうか。夢ならもう一生さめなくていいや。
「あの……じっと見られては食べにくいのです」
「ええー。ずっと見てたいのに」
「あう……」
「冗談冗談」
ジロジロ見られると食べにくいのは確かだろう。
気分も落ち着いて改めて考えてみるととんでもない状況だ。
眠って起きたら急に性別が変わっていたなんて。にわかに信じられない。
体の感じがぜんぜん違うんだなと思う。
食事を運ぶトレーもやけに重く感じたし……。
「あ、あのっ。お兄さん。いえ今はお姉さんですね」
そんなことを考えていると、夕日ちゃんの気合の入った声が聞こえた。
「はい?」
いつの間にか食事が終わっていた。
少食の夕日ちゃんはトーストを少し残していた。いつも多めに作っておくから問題はない。
「理由は置いておくしかないとして、いきなり男性から女性になったということで色々と……不便が有ると思います」
「そ、そうだね。夕日ちゃんに会いに行くことで必死だったから深く考えなかったけど」
何も考えずに口走った言葉に夕日ちゃんが「あう」と口ごもる。
「そ、そこまで優先してくれるのは嬉しいですが。それはともかく。……お姉さんの格好がとてもその……せくしー、です」
「えっ?」
改めて自分の格好を見つめ直す。男ものの白く薄いTシャツにジーンズだ。
なるほど確かにお腹が少しスースーする。
原因はこの、シャツを押し上げお腹を露出させる、以前は無かった大きな膨らみ2つ――。
というか……今思うと何かこう。
「なんか擦れて……痛いね夕日ちゃん」
女の子の体は敏感と言うけど、Tシャツに先端が擦れて痛い。
これは確かにこのままだと大変なことになってしまいそうだ。
「そんなときはブラジャーですお姉さん!」
なるほど。名推理だね夕日ちゃん。胸が痛い。だからブラジャー。論理的である。
「えっと……うんと……」
言うが早いか夕日ちゃんはクローゼットへとダッシュし、ゴソゴソと中身を漁って何かを持ち出し、それを差し出してくる。
白い高級そうなブラジャーだった。
「お貸しします!」
「えっと。ありがとう」
これは……いいのだろうか?
少し前まで男だった僕の罪悪感が凄い。
いや今は同性……これはよくあることなのか? 女子世界でブラの貸し借りはゲームの貸し借りくらい気軽なものなのだろうか?
わからない。あまりに遠い世界につきわからない。
そもそもブラをつけるというのも昨日まで男だった僕にとってわりと抵抗がある。
しかし――眼の前でキラキラと目を輝かせて、自信満々に下着を差し出してくれている妹の期待を裏切るなんてできないに決まってる。
「ありがとう……あの、でもこれどうやってつけるの?」
当然、いや世間では当然ではないかもしれないが、彼女いない歴=年齢の僕は女物の下着の構造など知らなかった。
「えっとこれは後ろのホックをですね……」
なるほど、そうなっているのか。
説明を受け装着――しようとして。
「……あのこれ」
胸が凄い押し込まれるというか。苦しい! ギュウギュウにブラの中に押し込まれてしまっている。
「サイズがその」
「あ、あう……」
夕日ちゃんがすごいショックを受けていた。
間違った対処をしてしまったという以上に、なにか。深いショックを受けている気がする。
「いくら育ってもいいようにと買ってもらい、結局出番のないものだったのですが……」
ああ、何か夕日ちゃんのしては大きいなと思っていたけど、そういうことでもあったのか。
流石に身に着けたものを渡すなんてことはないよね。
苦しいのでとりあえず下着を外す。
空気にさらされた素肌をじっと夕日ちゃんは見つめて。
「お姉さん……すごく大っきいんですね」
あれ。なんか……夕日ちゃん……目が……怪しい?
「ふにふに……」
「夕日ちゃん!? ちょっとなんですかそのわきわきした手の動きは!」
ドタバタとそれからもやり取りを続け、結局、義母さんの予備の下着を借り受けることになった。
「それ……合うんですね……」
夕日ちゃんの初めて聞く、うめき声のような声が印象的でした。
落ち着いて、ゆったりすると、夕日ちゃんがもじもじし始めた。
やがて意を決したように夕日ちゃんは口を開く。
「あの。お姉さん。私は……お兄さんの役に立てましたか?」
おずおずと問いかけられた言葉は本気だった。
その言葉に、夕日ちゃんの行動が積極的だった理由がおぼろげながら理解できた気がした。
夕日ちゃんは部屋にいて閉じこもっている間ずっと静かだった。
物音もあまりたてず、テレビや動画の音もあまりさせていない。
とても気を使ってくれていたのだ。
それはきっと、自分が迷惑をかけているという想いがそうさせていたに違いない。
だからこそ夕日ちゃんはずっと僕や義母さんに負い目を感じていたのかもしれない。
「うん。夕日ちゃんがいないと大変だった。ありがとう」
だからまっすぐに僕は夕日ちゃんを見つめて、自然にその頭に手を載せていた。
頭を撫でながら僕は何度もありがとうと言った。
いいんだよ夕日ちゃん。
僕はずっと君の味方でいると決めているから。だから負い目なんて感じる必要はないんだ。
「そうですか。良かったぁ……」
はにかんだ夕日ちゃんの表情は自然な笑顔だった。
夕日ちゃんは可愛い。