妹が好きすぎてTS   作:盛付時計

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義母がいろいろ抱えてまして

 結局夕日ちゃんは眠ってしまった。

 起こさないようにそっと布団をかぶせて僕は美夕さんを迎えに降りる。

 

「まあ……まあまあ」

 

 玄関口で靴を揃えていたお義母さんは振り返り、こちらをまじまじと見つめてから目を丸くした。

 夕日ちゃんに似た端正な顔立ちの女性だった。

 笠木美夕さん。僕の義理の母だ。

 

「おかえりなさい。美夕(みゆう)さん」

 

「祐希くん……よね。ずいぶん美人さんになったのねえ」

 

 美夕さんは様変わりした僕を改めて見つめる。

 下からじっくりと見られるのは恥ずかしい。

 思わず胸元に手を持っていってしまい、ああーー恥ずかしいのはそういう仕草になってしまうのだなと思った。

 

「立ちっぱなしじゃ疲れちゃうわね。中でお話しましょ」

 

 そんな僕の動揺を理解したのか、美夕さんは先導するように僕の前に移動した。

 視線が外れ、緊張がとける。

 僕と美夕さんはリビングへ向かい、テーブルを挟んで改めて向かい合った。

 そこで僕は美夕さんにこれまでの顛末を報告した。

 朝起きたら女性の体になっていたこと。

 そのまま夕日ちゃんと話したこと。

 そして体が急に動かなくなって気絶したこと。

 

「とりあえず食事はしたのよね。祐希くんちょっと熱を測らせてもらっていい?」

 

 そう言うが早いか美夕さんの手が僕の額に当てられ、顔が近づく。

 

「やっぱりちょっと冷たいわね。正確に測りましょうか」

 

 美夕さんはリビング隅のクローゼットから体温計を取り出して僕に手渡した。

 僕はおとなしく従う。

 手慣れた手さばきで体温計を差し出す姿は熟練の医師のようでもある。

 医療系の研究職だと聞いて履いたけど、実務経験がある手慣れ具合に見える。

 身近な人間の知らない一面を急に見せられて、どう対応していいか戸惑っていると。

 

「ふふ……夕日からお兄さんが死んじゃうって電話があってね。仕事を終わらせてから飛んで帰ってきたわよ」

 

 緊張した僕の心を見透かされたのか、相好を崩してそう言われた。

 

「それはご迷惑を……」

 

 反射的に謝ってしまった僕に、美夕さんも困った顔をした。

 

「あのね祐希くん。私は君の母親なの。それくらい子供のためなら当然よ」

 

 そう言って自然に美夕さんに頭を撫でられた。

 恥ずかしいけど素直に受け入れる。

 しかし、美夕さんはすごく落ち着いている。

 義理の息子が娘になったという尋常ではない状況なのにもう受け入れているようだった。

 

「ん……ちょっと聴音機あてていい?」

 

 美夕さんは仕事かばんから器具を取り出した。

 うなずいて僕は上着をたくし上げ、ある事実を思い出した。

 

「あれ、祐希くんこの……下着……」

 

 時すでに遅し。

 空気が凍った。

 しまった。

 夕日ちゃんのサイズでは合わなかったから、美夕さんの下着を借りているのだ。

 元息子に自分の下着をつけられるという事案である。

 

「大っきいね〜。そのサイズ合うんだね〜あはは」

 

 すごく気遣いを感じる言葉が痛いです。

 美夕さんと目を合わせられない。

 

(この状態が続くなら服もなんとかしないとな)

 

「んんっ。それじゃ祐希くん失礼するわよ」

 

 咳払いをした美夕さんが前置きして、僕の体に聴診器をあてる。

 真剣な顔で心音を聞いていた美夕さんは心なしか安堵した表情で笑顔を浮かべた。

 

「うん。特に異常はないようね。体が冷たくなることはもうないわね」 

 

 そう聞いて少し安堵した。頻繁に倒れるようならまともな日常生活が送れなくなる。それは困る。

 だが同時にもう1つ大きな疑問が残っていた。

 

「なぜこんな状態になっているかは――病院にいかないといけませんか?」

 

 明らかに専門の検査が必要な状況だろう。

 しかし僕の気持ちとしては夕日ちゃんのそばを離れたくない。

 入院となると夕日ちゃんのそばにいられなくなる。

 

「……いいえ。残念ながら病院でも理由はわからないと思うわ」

 

 帰ってきた答えは意外だった。

 そして不思議な断じ方だった。

 

「美夕さん……僕がどうなったかご存知なんですか?」

 

 意を決して僕は口を開いた。

 医療関係者とはいえ、万に一つもない体の変調に対しての普通の対応とは思えない。

 しかし、僕の体のことをなにか知っているのであれば――その対応も納得できる。

 図星だったのだろう――。驚きの顔を抑えながら美夕さんは逡巡して答えを返す。

 

「薄々気づいてるとは思うけれど、祐希くんが倒れたのは身体が急激に変わるために栄養を使いすぎたのが原因よ」

 

 その説明に納得した。

 身体が一から性別ごと入れ替わったのだ。そのために栄養を使いすぎて身体を壊すのは理にかなっている。

 同時に確信する。

 美夕さんはなにか知っている。 

 

「こうなったのは祐希くんの体質的な問題なの」

 

 間違いない。美夕さんはなにか知っている。

 

「君の血――遺伝の問題でね。笠木という家は特別な体を持っているの」

 

 血――

 遺伝――。

 どくんと心臓が波打った。

 

「今から大切な話をするわね祐希くん」

 

 美夕さんの目が細められ、声のトーンが下がる。 

 

「はい」

 

 真剣な話し方に僕は佇まいを直した。

 

「君はもしかすると元の――男の子に戻れないかもしれない」

 

「――――」

 

 ひどく遠い話に聞こえた。

 

「それ、は」

 

 今まで僕の頭にあったのは夕日ちゃんのことだけだった。

 夕日ちゃんと話したい、夕日ちゃんに手を指しべたい。

 それだけを考えて自分がどういう状態か想像しなかった。

 もしかするとそうすることを避けていたのかもしれない。

 

「たとえば祐希くん。好きな娘っている?」

 

 どこかぼうっと考えていたところに、不意打ちの一撃を食らった。

 

「え、えっ……?」

 

 ずっと夕日ちゃんのことを考えていたから、そのまま夕日ちゃんのことを考えてしまう。

 好きというのは、女の子としてということだろうか。

 それはわからない。

 一緒にいて楽しくて、同じ景色を見れて、沈黙さえ共有できる。

 けど恋ってどういうものだろう。

 

「女の子になるっていうことは、その子と普通の恋人関係になれないってことよ」

 

「あ……」

 

 美夕さんの言葉に僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

「急だから想像しにくいと思うけど、そういう風な問題がいろいろと出てくるの」

 

「そうですね。それが、性別が変わるってことなんですね」

 

 呆然と僕はつぶやくことしかできなかった。

 

「笠木家の人は生まれ持った性別に囚われず、変わることができる。ただし、その変化は殆どの場合、一度だけなの」

 

 一度だけ。

 男から女になったことで一度。

 

「貴女のお父さんもそれでずいぶんと苦しんでいたわ」

 

 父――。

 別方向からの衝撃。

 そうか。美夕さんはこの体質が遺伝だと言った。

 笠木という一族の特質だと。

 ならば父も当然この体質を持っていても不思議ではない。

 

「私の仕事は君たちの一族の特別な体を研究するプロジェクトなの。だから色々と知っているわ」

 

 また別方向からの衝撃。

 確かに美夕さんは医学の専門家とはいえ僕の体質のことを知りすぎていた。

 けれど専門に研究していれば当たり前のことだ。 

 ――世界が、大きく揺らぐ。

 なるほど。

 学校の授業で、テレビで、ネットで、スマホで、僕たちはいろいろ知った気になった錯覚に陥る。

 だけど身近な世界がこんなにも複雑怪奇で――。

 

「でも信じてね。祐希くん。私は本当に貴方を大切な子供だと思っているわ。その気持ちに嘘はないわ。だからまだ――いいえ」

 

 美夕さんは何かを言いかけ、慌てて口をつぐんで目を伏せる。

 伏せられた視線の先は、左手の薬指に輝く指輪。

 夕日ちゃんに取り返しのつかないことをした父と、美夕さんの折り合いは悪くなり、父は家を出ていった。

 だけど美夕さんはなぜかその指輪を外さなかった。

 それは父の連れ子である僕を自分の子供だと受け入れる意味もある――と解釈していいのだろうか。

 美夕さんにしかわからない感傷だが、こぼれてしまった言葉は雄弁にその思いを語っている。

 

(ん……いまさらだな)

 

 何が秘められていようが、父が美夕さんと夕日ちゃんを連れて新しい家族になることを伝えてきた時、とっくに僕はそれを受け入れていた。

 僕は美夕さんを信頼している。

 

「つまり――美夕さん。とりあえず僕はこの体のままなんですね」

 

 だから僕は多くの秘密を抱えていた美夕さんを弾劾するつもりはなかった。

 

「え、ええ」

 

「そうですか。なら当面は夕日ちゃんと話ができるってことですね」

 

 僕は思いついたことをそのまま口に出す。

 

「……祐希くん?」

 

 その言葉が想定外だったのか、美夕さんが心配そうな声を上げる。

 

「今僕が女性の体でできることはそれですよね。じゃあとりあえず夕日ちゃんとたくさん話して、一緒にお買い物にいくのが目標です!」

 

()()()()()――」

 

「美夕さん聞いてください。夕日ちゃんが今日、部屋から出て、僕のために果物を用意してくれたんです。夕日ちゃんはすごいです」

 

 僕の体のことは確かに大変だ。

 けどきっと主役は僕ではないのだ。

 もっとすごいことが今日あって、僕はそのきっかけをつくっただけだ。

 

「夕日が――? 外に――?」

 

 会話が飛躍しはじめたその時、

 階段を降りる足音がする。

 僕と美夕さん、二人の視線が一瞬でそちらに向かう。

 リビングのドアが開かれる。

 美夕さんが目を見開いて立ち上がった。

 

「お母さん……」

 

「夕日……!?」

 

 眠気に目をこすりながら夕日ちゃんがそこに立っていた。

 

「ああ……ああ……なんてこと……」

 

 美夕さんの目に涙が浮かび、顔を手で抑えた。

 3年ぶりに部屋の外で相まみえた実の娘に、美夕さんは体を震わせる。

 

「おかえりなさい。お母さん」

 

 美夕さんの思いはもう言葉にならなかった。

 夕日ちゃんに近づき、ただ無言で抱きしめた。

 これでいい。

 この光景があるなら、きっと僕の体が変わったことにも意味はあるのだ。

 

 だから今は――これだけでいい。  

 

 

 

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