どうぞよろしくお願いします。
モモン様が躍動するイビルアイ必見なお話
(なお視点は大体アルシェの模様)
この世界の夜空は美しい。
漆黒のキャンパスに散りばめられた宝石の如く輝く星々。満天の空を見上げ、どこかで誰かが宝石箱を思い浮かべた。本当に見事なものだ。誰もが息を呑み、その目を奪われる。
そんな夜があるというのに、この世界は残酷だ。
いつだってどこかで悲劇が起きている。喜劇や幸福は比べれるほどにないくらいちっぽけだ。
戦争が起こり人が死ぬ。病が蔓延し人が死ぬ。飢餓に陥り人が死ぬ。
悶え、苦しみ、あるはずのないモノに救いを――あるいは許しを請う。
人間だけではない。森妖精も、山小人も、ビーストマンも。
生きとし生ける全ての生命が、唐突な悲劇に見舞われていく。
そこに救いなどあるはずもない。理不尽を当たり前だと飲み込んで、胸に抱えた感情を押し殺し、美しき夜空に慰められながら生きている。
だから皆、求めるのだろう。目の覚めるような英雄譚を。
不可能を可能とし、悲劇を打ち破り、絶望の底より民を救い上げる、そんな夢物語を。
大人は鼻で笑い、子供たちは目を輝かせる。次第に大人たちも胸を熱くし、まるで当事者であるかのように英雄の成した偉業を語る。そんな夢で終わらせるには惜しいお話。
けれど、幸いか。この世界には確かに英雄と呼ばれる者がいる。
二〇〇年前に魔人を打ち滅ぼした十三英雄を代表とし、今もなおその輝きは受け継がれ生まれている。
王国に咲く蒼薔薇も、帝国で鳴く銀糸雀も。アダマンタイトという世界最高の鉱物を称号にする冒険者をはじめとした者たち。彼ら、彼女らの活躍はいつだって民衆を勇気づけ、王族すらも興奮させる。
そんな中でも、『漆黒』と呼ばれる者たちの話がある。
常に命の危険がつきまとう冒険者という職の中にありながら、彼らはたった二人で冒険をする。
男と女、戦士と魔法詠唱者という組み合わせ。
女の方は魔法詠唱者である。若くして第三位階までの魔法を駆使する天才。しかしそれよりも人々が注目するのは彼女の美貌だった。隣国にすら『美姫』という異名が届くほどの絶世の美女。同性異性関係なく、すれ違った者は振り返り息を呑んでしまう。
彼女だけでも一つの御伽噺ができてしまいそうだ。
だが人々は、漆黒といえばもう一人の男を連想する。
全身をチーム名と同じ色の鎧で包む偉丈夫。赤いマントをたなびかせ、背には人丈ほどもありそうな二本のグレートソード。佇まいからして気品を漂わせ、その言葉は優しく、その腕は勇ましく。威厳に満ちながらも清々しい。話した者が口を揃えて彼こそが真の英雄だと讃える。そんなまるで絵に描いたような存在だ。
過大評価だ、噂に尾ヒレがついている、と指摘する者もいる。
そんな連中も、彼の成した偉業を聞けば閉口した。一つきりの伝説ではない。彼は幾つも、幾つも、その英雄譚を積み上げている。
エ・ランテルの墓地における大量のアンデッド、および黒幕の打倒。
ギガントバジリスクの討伐。
吸血鬼ホニョペニョコの討伐……などなど。
突然、城塞都市に冒険者として現れ短期間に幾つもの偉業を成して遂げている彼であるが、民衆――特に王国民――にその名を知らしめたのが悪魔ヤルダバオトによる王都襲撃の一件だろう。
一万人以上の犠牲を出した悪魔の軍勢による王都への襲撃。その首魁たるヤルダバオトは、アダマンタイト級冒険者をもってしても太刀打ちできない化物であった。そんな化物を、彼はたった一人で相手取り、激闘の末に打ち負かし撃退した。
彼の挙げた勝鬨は、天を伝い大陸中へ響いたという。
そんな漆黒の英雄を吟遊詩人たちはこぞって語り、真も嘘も混じった伝説が人々の心に根付いていった。
曰く、その男は巨大な両手剣を片手で小枝のように振り回す怪力無双。
曰く、気合いと共に振るった剣は魔法を切り裂き、大地を砕き分かつ。
曰く、英知を宿した白銀の獣の背に乗り、疾風の如く駆け抜ける。
曰く、人々の願いを背負い、その男は何度でも立ち上がる。
民だけでなく冒険者たちからも羨望の眼差しを向けられる彼は、今や英雄という概念そのものであった。
漆黒という鎧は、英雄という願望の寄り集まる偶像であった。
そんな彼、漆黒の英雄の名はモモン。
遠い未来、史上類を見ない万年国と呼ばれるようになるアインズ・ウール・ゴウン魔導国の歴史において、唯一魔導王に辛酸を舐めさせた傑物であり、世界崩壊を止めた英雄であり、未来永劫語り継がれるすべての生者を守り続ける剣であった。