モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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おそらく後で大幅な修正が入ると思います
内容は変わりません


2018.9.23 修正(内容自体は変わっていません)


叡智

 ナザリック地下大墳墓へ無事帰還。

 仮面の悪魔は密かに胸を撫で下ろした。話に聞き十二分な心構えをして赴いたはずであったが、直接対峙してみればアレは彼の予想など軽々と超えてくる化物であった。

 流石は至高の存在から逃げ遂せただけはある、と柄にもなく敵を称えたくなったほどだ。

 

 もちろん、それを遥かに上回る憎悪が彼の中には渦巻いている。感情を抑え込みながら振舞うのは得意であったが、それでもあの偽物の英雄相手は中々に辛いものがあった。

 

 ため息が零れる。疲れからくるものだ。

 身体的なダメージは予想より負ってしまったが、それでも許容範囲内。

 それよりも戦いながら探り探りの会話を繰り広げる方が、精神的に摩耗した。

 

「馬鹿な人間相手なら、ここまで苦労しないのですがね……」

 

 彼が相手の情報を探るように、相手もまた彼の言動から情報を抜き取るかもしれない。

 自身からの提案であったが、かなり際どい綱渡りであったと思う。

 だが、その苦労に対して最低限の収穫はあった、と安堵する。

 

 彼にしては珍しく()()()()()()と考えたが、状況がそれを許してくれない。

 此処、ナザリック地下大墳墓において最も多忙な身であるのが彼なのだから。そして彼自身、そのことに喜びを感じている。多忙であればあるほど、主人に能力を認められ必要とされているということだから。

 

「さて、何にしてもまずは報告をしてからにしましょう」

 

 疲労を滲ませていた先ほどまでと違い、その独り言には期待があった。

 ゆっくりと尻尾を揺らしながら――しかし廊下を走るようなはしたない真似はしない――ナザリック第九階層の廊下を美しい姿勢で歩いていた。いつもより、やや速足であるが誰かに咎められるほどのことではない。

 

 と、思っていると声がかかった。

 振り返ると一般メイドの一人がいた。

 

「お帰りなさいませ、デミウルゴス様……その仮面を着けている時はヤルダバオト様、とお呼びした方がよろしかったでしょうか?」

「おっと仮面を外すのを忘れていたようだ。ああ、ただいまシクスス。今日もキミたちの掃除には抜かりがないようで嬉しい限りだ。この美しい空間を見るだけで私は癒される」

 

 彼は仮面を外した。これで魔皇ヤルダバオトは一旦お別れ。

 代わりにナザリック階層守護者であるデミウルゴスが顔を出した。

 

 日に焼けた肌の身体にスーツを纏った東洋系の男性――に見える。漆黒の髪をオールバックに固め、丸眼鏡をかけていた。全体的に理知的な雰囲気があるが、それもそのはず。彼こそがナザリック最高の頭脳を持つ存在として至高の御方々の一人、ウルベルト・アレイン・オードルによって創造された悪魔なのだから。

 

 いや、ナザリック最高の頭脳というのは語弊がある、と彼は思っている。

 

「アインズ様はご自身のお部屋でしょうか?」

「はい。アルベド様と共に、偽モモンへの対策を練るとおっしゃっていました」

「丁度良かった。それでは私はこれで失礼するよ」

 

 デミウルゴスとメイド、互いに敬意を込めた一礼をして別れる。

 再び主人の部屋へ急ぐ彼の足は、また少し早くなった。

 

 彼が――というよりもナザリック全体であるが――抱えている問題の内、最も厄介なのが突如現れたモモンの偽物についてだ。

 あの邪魔者のせいで、計画は大きく狂ったと言っていい。

 

 それに、と記憶を遡る。

 偽モモンが現れ慈悲深き主人が怒り、奴に戦いを挑み帰ってきた時だ。

 

 玉座に戻ったアインズは、今までに見たこともないほど精神を乱していた。いつだって冷静で、英知を感じさせるお声を聞かせてくれるお方が、あの時ばかりは話しかけてもロクな答えが返ってこず、しまいには「少し一人にしてくれ……」というか細い声を震わせていた。

 お供について出たセバスもまた酷く狼狽えた様子で、返答は要領を得ない。

 

 デミウルゴスはあの時ほど不安を感じたことはなかった。

 得体の知れない存在が、信奉する神にも等しき存在を揺るがしたのだ。

 

 ―――――許せない。気に喰わない。そんなこと、あっていいはずがない……。

 

「……いけませんね」

 

 不必要なものを消し去るように頭を振る。

 余計なことに思考を割り裂いている暇はない。モモンの問題を解決しても、ナザリックには課題が山積みだ。むしろ、そちらが本題である。地下大墳墓の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの本懐である世界征服を果たすその日まで、非効率に足を止めるなど許されるわけがない。

 

 目下、最重要事項であるナザリック建国に関するイベントも明日に控える。

 バハルス帝国の鮮血帝ことジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスがアインズへ謝罪する、という名目でこの墳墓を訪れる予定だ。

 帝国と仮初の関係を築くことで建国の足掛かりにしようという目論見だが、間違っても侮られてはいけない。圧倒的な格の違いというものを見せつけることも重要だ。

 

 敬愛する主人はそこに座っているだけで皇帝を支配者として圧倒するであろう。だがその傍に控える部下たちがアインズの僕として役者不足であると思われては本末転倒。人間に侮られるなど矜持が許さず、何より主人の顔に泥を塗ることになれば命を捧げても償うには足りない。

 

 仮にも客人として迎える以上、最高のおもてなしをしなければ。

 一応、既に考え得る人間に対する歓迎の方法は部下に伝え準備させている。

 

 だがもっと、さらにより良いものはないものか……。

 帝国連中の目の前で天候を変えるというのはハッタリが利いて面白いかもしれない、などと考えている内にアインズの自室の前まで来ていた。

 

 自分の姿に目を落とす。主人の目前に出るというのに、相応しくない格好はしていないだろうか。

 モモンとの交戦によって汚れた衣服は既に着替えた。今はスペアのスーツだ。

 皺は? ネクタイの歪みは? 着こなしは? ……すべてよし。

 

 満を持して、デミウルゴスは扉をノックした。

 静かな水面のようでありながら、大波の如き荘厳な響きを湛えた声が返ってくる。

 

 それだけで彼の魂は震えた。

 扉の奥に待ち、支配者に相応しき声を発した者こそがアインズ・ウール・ゴウン。

 すべてを投げ捨ててでも忠義を捧げたいと思える、最後にして唯一の存在。

 

 デミウルゴスたちナザリックの存在は、至高の四十一人によって創造された。故に、彼らへの忠義は絶対で本能に刻まれた存在理由である。だからアインズへも忠誠を示すのは当たり前のことであるのだが、彼は他にも理由を持って主人を尊敬ている。

 

 胸の高鳴りが抑えられない。

 ――――これから自分は、最高の叡智の一端を垣間見ることができるのだ。

 

 至高の四十一人のまとめ役でもあったアインズは、その役職に相応しい凄まじき賢者であった。その叡智は深淵の如き深さを持ち、しかし天高くから見下しているような広さも持ち合わせている。

 

 ナザリック最高の頭脳を持つ、と創造されたデミウルゴスであっても足元にも及ばない。常に遥か遠くの未来を見据えているかのような策を生み出し、数歩前を導くように歩いている御方。

 

 いつだって主人の言動に感動を覚えているが、最近で特に衝撃だったのはモモンという存在――鎧を奪った偽物の方ではなくアインズが扮する漆黒の戦士――を生み出した理由に気付いた時だった。城塞都市エ・ランテルを見つけた際に、自ら情報収集に動くという理由で漆黒の鎧を纏った主人であるが――――とんでもない。

 

 アインズ・ウール・ゴウンはモモンを英雄とするために生み出したのだ。

 それは、遥か先になってやっとデミウルゴスが思い至ることのできたナザリック建国を果たすための楔。

 ひいては最終目標である世界征服への布石だ。

 

 予定では帝国とのパイプを手に入れた後、王国に戦争を仕掛けエ・ランテル周辺の土地をナザリック所有の国土とするつもりである。首都にはそのままエ・ランテルが用いられ、そこを中心として国の運営を取り仕切っていくことになるが、一つ問題がある。

 

 王国は人間の国である。当然その民も人間。

 対して、アインズ・ウール・ゴウンはアンデッドであった。

 アンデッドは生者を憎み襲う存在。当然、人間はアンデッドを恐れている。

 アインズが人間の支配者として君臨すれば、反乱が起こるのは火を見るより明らかだ。

 

 もちろん暴力や恐怖によって鎮圧し、支配することは簡単だ。だがそれでは折角手に入れた国も、単なる廃墟と化してしまう。偉大なるアインズが玉座を置くに、その光景は相応しくない。

 だからナザリックは平和的にエ・ランテルを統治する必要がある。

 そこで、モモンという英雄の存在が活きてくる。

 

 人々を守る英雄が傍にいれば、民の不安は和らぐ。

 心の拠り所となる英雄が反乱を起こすなと頼めば、それは絶対の命令に変わる。

 平和を愛する英雄が賢王だと讃えれば、意識の奥底へ楔が打ち込まれる。

 

 そうして時間を稼いでいる間に、アインズが理想の王であると喧伝すればいい。

 いつかは民の意識からアンデッドへの恐怖心は薄れ、愚かしい彼らもアインズに支配される素晴らしさに気付くことができるようになるだろう。

 

 恐ろしい、そう思うほどだ。

 エ・ランテルを平和的に支配する方法として、これ以上のものは浮かばない。

 王国の“黄金の姫”で代用は可能かもしれないが、それも今になって言える話。

 当初、この世界の情報などほとんど皆無であった状態にありながら、あの叡智を宿した主人はすでにそこまで見据え手を打っていたのだ。

 

 完璧だ――――非の打ちどころもなく、破綻はあり得ない究極の策だった。

 なのに。それは崩れ、大きな狂いが現れた。すべて、あの偽モモンのせいだ。

 

 奴はナザリックよりモモンという存在を奪った。

 その目的は不明とされている。

 

 強さに憧れ同一化を図ったのか。栄誉に目が眩んだ愚行だったのか。あるいは、愉快犯。

 結論の出ない議論は嫌気がさすほど繰り返された。

 

 だが、デミウルゴスは一人とある可能性に気が付いていた。

 

 ――――偽モモンはナザリックの進める計画の全容を掴んでいるのではないか?

 

 あり得ないことだ。もしあるとすれば誰かが裏切った場合だが、創造主であるアインズ・ウール・ゴウンを裏切ろうとする者などいるはずがない。ならば洗脳などで操られている場合だが、調べた結果その可能性も皆無だ。

 

 ならば。

 ありえないが。

 受け入れ難いが。

 ……認めるしかない。

 

 偽モモンはナザリックの外側にいながら、ナザリックの計画に気付いた。

 内部より情報を得たのでなければ、慎重に行っていたはずの外部への工作の僅かな痕跡から推測を重ねていったに違いない。

 しかし人間社会に残した痕跡は吹けば消える塵ほどのもの。積もれば山ともいうが、たったそれだけでナザリックへ結び付けるのはおそらくデミウルゴスの頭脳をもってしても不可能。

 

 では偽モモンがアインズの計画を見抜いている可能性は否定しても大丈夫か?

 

 ――――否だ。

 

 デミウルゴスは知っている。

 たった一人だけ、外部にあっても深淵の如き計画を見抜けるかもしれない存在を。

 

 つまり、偽モモンはアインズ・ウール・ゴウンと同等の叡智を有している。

 そんな馬鹿げた可能性が脳裏に過った後、ずっと離れない。

 

 だがそれが最も筋が通る。

 モモンという存在を簒奪するという奇行が、馬鹿げた仮定を経ることで、ナザリックの推し進める世界征服――その足掛かりとなる建国計画を阻害する絶妙な一手である真実を浮かび上がらせた。

 

 モモンという英雄が手中に無ければ、平和裏に支配するのは難しい。

 “黄金の姫”での代用も無駄に手札を一枚切らされる上に、奴がその気になれば致命的なタイミングでの妨害工作も容易く行えるだろう。

 

 ナザリックとしてはなんとしても奴を始末し、モモンの鎧を奪い返したい。

 難しいことは、直接交戦して身を持って知った。

 

 下手に奪い返そうと実力行使で動けば、未だ息を潜めているナザリックの存在が明るみに出る恐れがある。策を弄して奴が偽物であると広めたとしても、偽物がいるという悪評がたってしまう。そうなれば英雄としてのモモンの価値は下がり、結果的に自らの首を絞める形になる

 

 他にも案はあるが躍起になって愚行を誘うことこそ、奴の目的かもしれない。

 主人と同格の叡智を相手取るなら、それくらいは想定して当然だ。

 

 偽モモン自身が計画を暴露した様子はなさそうだが、機を見計らっているだけに過ぎない。デミウルゴスも同じ立場なら、まだ早いと絶好のタイミングを待つ。

 

 厄介この上ない相手だ。

 何より、奴は強い。

 

 相性もあって一概には言えないが、純粋な戦闘力において階層守護者では奴には敵わないだろう、と武人であるコキュートスが語っていた。彼は至高の存在であるアインズ・ウール・ゴウンであっても互角と睨んでいるようだった。

 

 しかし、それで諦めるわけにはいかない。

 アインズの計画を邪魔する者を全て排除するのも部下の役目だ。 

 

 それを成すために、わざわざ危険を冒してまでヤルダバオトとして偽モモンに接触した。短い会話を交えただけであるが、互いに腹の内を探り合い――――デミウルゴスは最も欲しかった情報を得た。

 

 扉が開かれる。

 叡智の王がそこにいる。

 

 デミウルゴスは跪き、主人の言葉を待った。

 

「ご苦労であったデミウルゴス。さて、成果を聞かせてくれ」

「はい! お喜びくださいアインズ様、重要な情報を手に入れてまいりました」

 

 悪魔らしく、悪辣な笑みを浮かべる。

 主人はそれに満足したように、大仰に頷いた。

 




思ったより長くなったナザリック側の現状
次回も続きます
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