モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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前回のあらすじ

デミウルゴス「さすアイ!」


知り合い

 ガゼフ・ストロノーフ。

 強さを、武力を背景に生業とする者で、彼の名を知らない者はいないだろう。リ・エスティーゼ王国最強の戦士。いや、近隣諸国最強とまで謳われる戦士だ。王国戦士長という地位に就き、国王であるランポッサ三世の懐刀として従事している。

 

 元は平民出身で、王国の御前試合にて剣の腕を認められた成り上がり者だとか。

 そんな出自もあって、国内では貴族にあまり好かれていないようだ。しかし部下や、彼をよく知る者たちからは慕われ、優れた人格者であるという面もその強さと共に噂として帝国にまで届いていた。

 

 アルシェが所属していたワーカーのチームでも、話題の中に彼のことは幾度となく挙がった。

 隣国にまで名を響かせる有名人とあって“個人の強さ”という話になった時には彼はよく一つの基準として持ち上げられるのだ。「かの戦士長に匹敵するか否か」という風に。

 

 そして大体の場合、匹敵すると評されることはあっても上回ることはない。

 正確な彼の強さを把握している者は少ないため、所詮は推測で語るしかないという面があるが、やはりわかりやすい戦士としての強さにおいて、彼の名声は誰にも負けない。事実、英雄の領域にあるとされる彼の実力に及ぶ者などほとんどいないのだ。

 

 それほどの戦士、ガゼフ・ストロノーフ。

 遠くない未来、彼もまた英雄の一人として吟遊詩人たちに語られるかもしれない。

 

「そんな有名人に、一体どんな話があるんですか?」

「大したことじゃないが、幾つか聞きたいことがあるんだ」

「ちなみに約束は?」

「していない。そもそもヤルダバオトの一件で少し顔を合わせた程度の関係でしかないからな」

 

 自由奔放な冒険者と国に仕える王国戦士長では色々と立場が違うこともある。

 手紙一つ送るにしても、ちゃんと彼にまで届くのかは不明だ。組合の方から手を回してもらう方法もあったが、彼はのんびりと待つことも良しとしたようだ。

 

「とりあえず城まで行ってみよう。すぐ会えるに越したことはないが、無理ならしばらく王都に根を下ろして待つ。コイツが良い方向に働けば御の字だ」

 

 モモンは首から下げたアダマンタイトのプレートを指で弾く。

 最高位の冒険者であることを示すそのプレートは、身分を証明するには十分な物であり、多少なら権力者に対して優遇を求められる地位にあることを保証してくれる。

 

 とはいえ相手も忙しい身だ。

 いきなり出向いて、というのは無理だろうと考えていたのだが――――。

 

「お待たせした。こんな格好で申し訳ない」

「いえ、いきなり押し掛け、なるべく早くなどと不躾なお願いをしたのはこちらです」

 

 その男を見れば、屈強という印象がまずあった。

 訓練中だったのか軽装で、隆々と盛り上がる鍛え抜かれた肉体は鋼を思わせる。巌のような顔つきで、威厳を感じさせる皺が刻まれているが、朗らかに微笑むと憎めない愛嬌を浮かばせた。見るからに只者ではない雰囲気を纏っているが、何よりその瞳が強烈な印象を与えてくる。

 アルシェにとっての英雄――モモンとよく似た力強さを彼もその瞳に宿している。

 

 紛うことなき傑物。

 これが“王国最強の戦士”ガゼフ・ストロノーフなのかと、彼女は納得した。

 

「その様子ですと訓練中だったようで……お忙しい中、時間を割いていただき感謝します」

「何を言われる。モモン殿は王都を、いや王国を救った英雄。そんな貴方の頼みなら、王の傍にいなければならない時分以外であれば喜んで歓迎させてもらおう。それに、そろそろ部下たちにも休憩が必要な頃だったので丁度良かった。教官がいない方が力を抜いて休めるというもの」

 

 ガゼフは気さくに笑った。さっぱりとした態度に好感が持てる。

 モモンも彼の言葉に頷くが、しかしと続けた。

 

「戦士長殿の部下たちならば、見ていないところでも無茶な訓練をしそうですね」

「ははは、そんなことは……」

 

 流石にないよな? と言いたげな顔で視線を落とす。

 

 アルシェたちが城を訪ねた時、門番たちが対応してくれた。

 本来ならいきなり現れた客人など無下に扱われるのものだが、漆黒のモモンの名は王都に轟いており門番たちは非常に丁寧に、かつ迅速な動きで要件をガゼフに伝えてくれた。ほとんど待つこともなく二人が通されたのは、城の領内にある塔だった。どうやら兵士たちの訓練場として利用されているらしい。塔内部に備えられた休憩室らしき部屋に案内された。

 殺風景で客人を呼ぶような場所ではないだろうが、こちらが急いでいるということを尊重してくれたのだろう。証拠に戦士長はすぐ現れた。

 

 そんなわけで、彼の視線の先――今いる部屋の階下に部下たちが訓練している広間がある。

 不安そうな表情を浮かべる彼に、モモンは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「お時間はそれほど取らせませんので」

「気を遣わせてしまったようですな……ところでそちらの女性は、新しい冒険者仲間ですかな?」

「ええ。帝国を訪れた際に出会いまして。今は共に“漆黒”の名を背負ってもらっています」

「アルシェ・リーブ・イエル・フルトと申します」

「聞いているとは思うがこの国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。よろしく頼む」

 

 無骨ながら貴族階級に倣った礼儀作法だ。落ちぶれたとはいえ元は貴族家の娘であったアルシェはこういう時の礼の返し方を知っている。久しぶりのことに妙な感動を覚えたが、ふとモモンのことが気になった。

 彼も礼儀作法はしっかりしている。

 親しくなった者にはある程度崩れた口調や態度で接するが、地位のある者や初めて会う者には基本的にきっちりと礼を尽くしていた。平民がなることの多い冒険者としては珍しい人物だ。もしかすると貴族、あるいは王家の血を引いているのではないか、と思った。

 

「それで、話というのは?」

「はい。二つほど戦士長殿に伺いたいことが」

「……もしやヤルダバオトの件を?」

「片方はそうです。こちらで何か情報を掴んでいないかと思いまして」

 

 ガゼフの顔つきが真剣なものに変わる。その目にはより一層強い光が灯った。

 彼にとってもあの仮面の悪魔は、特に危険視する存在なのだろう。

 

「エ・ランテルでの一件はすでに聞き及んでいる。随分とあの悪魔に気に入られたようで」

「好かれるなら見目麗しい女性に好かれたいのですがね……」

「もしかするとあの仮面を外せば美しい女性かもしれませんぞ?」

「……冗談でもそれはキツイ」

「これは失礼した……残念ながら奴に関する情報は何も新しいものは入っていない。王も危惧し情報の収集に乗り出したのだが、王国にある文献にはヤルダバオトなる悪魔の情報は何一つなかったようだ」

 

 そうですか、と残念そうな口ぶりでモモンは言うが、その実あっさり受け入れていることをアルシェは知っている。元々あまり期待していなかったようだ。ヤルダバオトの件は「ついでだ」と彼も言っていた。だから、もう一つの件が本題なのだがその内容を聞いて彼女は首を傾げた。

 

「では戦士長殿、こんな言葉を聞いたことはありますか?」

 

 ――――誰かが困っていたら助けるのは当たり前。

 

 アルシェもその言葉を知っている。モモン本人から聞いたのだ。

 その言葉について問うことにどんな意味があるのか、全く見当がつかないが、どうやら彼以外の誰かが最初にその言葉を言い放ったらしいことはわかった。

 おそらく、その誰かと知り合いなのかと聞きたいのだろうと推測した。

 

 ガゼフの顔を見れば、驚きの表情を浮かべていた。

 そしてゆっくりと、どこか嬉しそうな色に変わっていった。

 

「良い、言葉だなやはり……うむ。知っているとも。かつてある御仁から聞いた」

「何時、何処で?」

「詳しくは訳あって言えないのだが……少し前にとある村で窮地に陥ったことがあり、その際助けてくれた魔法詠唱者がその言葉を口にしていた」

「その方の名は?」

「ゴウン――――アインズ・ウール・ゴウンと名乗っていた」

 

 その名前を聞いた時、アルシェは一瞬頭が真っ白になった。

 アインズ・ウール・ゴウン――その名がまさかガゼフの口から出てくるなど、想像もできなかったからだ。

 忘れていない。忘れたくても忘れられるはずがない。あの化物の名は、彼女にとって恐怖の象徴であり、憎しみの対象であり、もはや呪いと呼んで差し支えなかった。

 

 ――――あのアンデッドが、戦士長を助けた?

 

 そんなこと、あるはずがない。信じられるわけがない。

 なのに、どうしてあの化物のことを語るガゼフは嬉しそうな顔をしているのか。

 

 わけがわからなかった。現実が遠くなっていくような感覚。

 疑問が疑問を生み出し、円を描いて回り始め、頭の中で堂々巡りする。

 思考が空回り一人だけ時間が固まったようにすら感じられている。

 

 だから、隣でモモンが漏らした呟きをアルシェは聞き逃した。

 

「そうですか……やはり貴方が起点だったか。さらには奴まで……」

「今何か?」

「いえ、ただの独り言です。お気になさらず」

 

 モモンは手を横に振る。

 

「ところで、御二人もゴウン殿の知り合いか? 彼は息災だろうか?」

「ええ……まあ、知り合いといえば知り合いですかね。彼の近況はわかりません」

「そうか。彼に救われた時のお礼がしたいのだが、どこにいるのかもわからなくてな。もし知っているのならあの素晴らしき御仁に言伝を頼みたいのだが――――」

「――――そんなわけないッ!!」

 

 ガゼフの話に耐えかねて、叫びながらアルシェは立ち上がった。

 彼は目を剥いて驚くが、構わず続けた。

 

「アイツが、あの化物が人を助けた!? 素晴らしき御仁!? そんなのあり得ない! アレはそんなものじゃない! 人間なんてゴミクズほどにしか思ってなくて、冷酷で、残酷で、禍々しくて! どうしようもない邪悪! ……正真正銘の化物だ!」

「……流石に、恩人をそんな風に貶されるのは不愉快なのだが?」

 

 ガゼフの目に険が宿る。鋭い猛獣のような瞳がアルシェを睨み付けた。

 だが、それがなんだ。ちっとも怖くない、もっと恐ろしいものを彼女は既に見ている。

 

 あのおぞましいオーラを思い出すだけで指先が震える。

 それでも拳を握って誤魔化し、王国戦士長を睨み返した。

 

 許せなかった。認められなかった。

 アインズ・ウール・ゴウンは彼女から大切な仲間を奪ったのだ。

 そんな相手をまるで英雄であるかのように語るガゼフの言葉は、どうしたって受け入れ難い。

 

 感情が暴走し、歯止めが利かなくなっている彼女へモモンから制止の声がかかる。

 

「アルシェ、よせ」

「でも――――」

「気持ちはわかる。だが感情をぶつける相手が違うだろう」

 

 彼の声は抑揚がなく平坦で、冷たい。だがそれが彼女の頭を冷まさせた。

 一色に染まった頭の中に彩が戻り、先の失言を思い返す。

 酷いものだ、と自嘲する。

 

「……取り乱してしまいました。大変失礼いたしました」

「いや、いい……気にしていないとも。だがもしかすると私の知るゴウン殿と、お二方が知る者は別人かもしれんな」

「そうであると、私も願っています……」

 

 アインズ・ウール・ゴウンという名の魔法詠唱者。

 別人である可能性は低いだろう、とアルシェの直感が告げる。モモンもきっと同じだ。

 

 重苦しい静寂が部屋を支配したが、ため息を吐いたモモンが切り開いた。

 

「さて、これ以上戦士長殿のお時間をいただくのも気が引けます。これで失礼させていただきましょう。貴重なお時間をありがとうございました」

「そうか。モモン殿はこれからどうするおつもりで?」

「詳しくは決めていません。ただ一度、聖王国を訪れてみようかと思っています。ヤルダバオトの言う宴がいつになるかわかりませんが、それまでに一度この目で見ておいた方がいいでしょう」

「何かあればまた訪ねてくれ。可能な限り、力になろう」

「その時はよろしくお願いします。それでは――――」

 

 一つ頭を下げ、モモンはアルシェを連れて城を後にした。

 羨望の眼差しと共に見送る門番たちへ手を挙げて応えるモモン。その一歩後ろを少女は重い足取りでついて行った。

 

「…………すいませんでした」

「謝る必要はない。キミの感情は、私や戦士長殿には知り得ないものだ。先ほどの発露を短絡的であると指摘はできても、間違っているとは誰にも言うことはできない。彼は懐の深い人物であるようだ。きっと許してくれるだろう。私にしても確かめたいことは確かめた。つまり、気にするな」

 

 先を歩いていた彼は足を止め、少女に並ぶと優しく背中を叩いた。

 その軽い接触にどれだけの温かさが込められているかを感じ取る。そのことに、少女は俯き唇を噛み締めた。

 

 ――――なんの役にも立っていない。

 

 むしろ足手まといだろう。

 エ・ランテルの人々や、ヤルダバオトに浴びせられた評価を思い出す。

 

 隣を歩く偉丈夫の顔を見上げた。両頬付き兜(フルフェイス)でその表情をうかがい知ることはできない。だがもし、その内側でアルシェに対する失望や不快の色を隠していたら。そんな風に考えると――――。

 

「兜に何か付いているか?」

「い、いえ……」

 

 アルシェは首を横に振った。努めて、いつも通りの表情を浮かべる。

 気にするな、と言われた。反省しろ、とは責められなかった。

 それは彼が甘いからではなく、アルシェが当然省みていると信頼されているからだ。

 

 勿論、反省している。せめて、彼の迷惑にはなりたくない。

 要らぬ心配をかけたくなくて、彼の期待に応えるように振舞った。

 

「しかし、思ったより早く要件が片付いてしまった」

「このまま聖王国へ向かいますか?」

「いや、先に冒険者組合に顔を出そう。アダマンタイト(わたしたち)でないと受けられない依頼があるかもしれない。なくても、聖王国方面での依頼があれば受けて行こう」

 

 冒険者組合に集まる依頼は、大体がモンスター退治である。

 他にも薬草の採取や、未踏域への調査などもあるが、モンスター専門の傭兵という面が何より強い。

 最上位冒険者への依頼ともなれば、のっぴきならない状況から縋ってきたものも多いだろう。

 

 聖王国へ旅立つ前に、そういう人々を救ってしまおうというわけらしい。

 アルシェは相変わらず英雄然とした彼に感心しながら、王都の街並みへ目を向けた。

 

 歴史を感じさせる、美しい都だ。

 王城付近のこの地域は、とくに煌びやかな印象がある。

 

「そういえば、他のアダマンタイト級の冒険者チームは王都を拠点にしているんでしたっけ?」

「ああ……そういえばそうか。いきなり来て彼女らの仕事を横取りするのは……よくないか?」

 

 まあいい、と彼が少し悩んだ後、とりあえず冒険者組合へ向かうことになった。

 王国のアダマンタイト級冒険者――――帝国出身のワーカーであったアルシェも、少しばかり興味がある相手だ。

 

「“朱の雫”と“蒼の薔薇”でしたよね。モモンさんは双方とも面識が?」

「いや、朱の雫の方々とはまだ顔を合わせたことがないな。蒼の薔薇のメンバーとはヤルダバオトの一件で知り合ったばかりだ。以降も連絡を取っているわけでもないが、流石にこの目立つ鎧くらいは憶えていてくれているだろう」

「確か、女性ばかりの冒険者チームだと聞きいたことがあります」

「強く、美しい方々ばかりだったよ」

 

 比較的男性の冒険者が多い現状で、女性だけで最上位にまで上り詰めたチーム。

 それで強く美しいとくれば、その在り方だけで御伽噺や英雄譚に語られそうだ、とアルシェは思った。

 

 そんな珍しい団体の話をしていたからだろうか。

 噂をすれば影――。

 

 少し不思議な、少なくとも女性のものとわかるくぐもった声が聞こえて来た。

 

「モモンさまぁああああああああああああ!!」

 

 振り返ると、歓喜に震える叫びと共に仮面を着けた不審者がモモンの懐へと飛び込んできた。

 彼もさすがに驚いたようだが、柔らかく受け止め抱き上げた。

 

「これはこれは、お久しぶりですイビルアイさん」

 




メイン(?)ヒロイン(?)登場


今更ながら、丁寧な喋り方をするアルシェに違和感が凄い……この娘、元貴族なのに
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